紫苑からの頼みを聞き入れた俺は翌日の朝、エリカとレオに会いに行くも、未だに登校してない事を知って疑問を抱いた。
あの二人が遅刻するとは珍しいと思いながらも、時間を改めて会う事にした。
午前の授業が終わり、昼休みに食事を済ませた後、司波達がいるであろう学生食堂へ向かう。
無秩序なざわめきが重なり合い、一つの喧騒を作り出している。学校の食堂はこれが当たり前だ。
多くの生徒達がいる為、司波達を捜すのには一苦労するかもしれないが、既に探知済みのオーラを辿れば造作もない。
「食事中のところ悪いけど、失礼するよ」
司波一行が陣取っているテーブルに辿り着いた途端に声を出すと、それを聞いて向こうは一斉に振り向いてきた。
「何か用か、兵藤」
未だ食事中でありながらも、司波が代表するように話しかけてきた。
如何でも良いけど、コイツの隣には司波妹が必ず座っている。もうお決まりとなっているんだろうか。
そんな事とは別に、俺と司波の会話が気になるのか、幹比古達は食事で動かしていた手を止めている。
「エリカとレオに話があったんだが……まだ学校に来てないのか?」
「そう言えば、あの二人に用があるんだったな」
朝に俺が1-Eの教室に来た事を司波は思い出した。「エリカ達はまだ来てないぞ」と教えてくれた張本人なので。
「あれ? エリカと西城君はいないんですか?」
此方の会話が気になったのか、光井が何気ない口調で尋ねてきた。
クラスが違うから、そんな質問をするのは至極当然だ。と言っても、それほど気にしている訳ではないだろう。
光井からの質問に司波が頷いた後、今度は俺の方へ視線を向けてくる。
「今更だが、二人は今日休みだろうな」
「二人揃って、か?」
「ああ」
俺が念の為に問うも、司波はコクリと頷いた。
すると、その返答を聞いた光井が人の悪い笑みを浮かべ、北山は目つきが興味津々となっている。
それとは逆に、幹比古と柴田は意味が分からないかのように困惑気味な表情だ。
二人が同時に休むなんて、とても偶然とは思えない。
こんな事を本人達の前で言ったら凄く失礼なのは重々承知してるが、ゼノヴィアにチョッと近い脳筋思考の二人が揃って休むのは普通にあり得ない。もしも『風邪で休んだから』と言われても、絶対嘘だと断言出来る。
となれば、何か理由があって休んでいるんだろう。もしかすれば昨日騒いでいた件と何かしらの関係があるかもしれない。
「そうか。ならついでに休んだ理由は分かるか?」
「何故兵藤がそこまでして聞きたがるのかが疑問なんだが」
「あの二人が昨日のプレゼンで騒ぎを起こしていたそうだから、チョッとばかり尋ねたい事があってな」
エリカとレオに会いたい理由を話す俺だが、司波は何の反応も示さなかった。
「まぁ、いないなら仕方ない。なら二人に会ったら伝えといてくれ。『周囲に迷惑を掛ける行動は慎むように』ってな」
「……ああ、分かった」
「以上だ。邪魔して悪かったな」
少し間がありながらも、了承の返事をした司波を見て退散する前に――
「ああ、そうそう。幹比古にも訊きたい事があるんだが」
「え? な、何だい?」
もう一人の人物へ視線を向けると、突然の事に幹比古が少々戸惑いの声を出していた。
けど俺は全く気にせず、ある事を尋ねようとする。
「最近――正確には一昨日辺りか。当校を嗅ぎ回ってるSB魔法らしき反応があったけど、気付いていたか?」
「!?」
俺の問いに幹比古が目を見開いている他、司波を除く一行も似たような反応を示していた。
「リュ、リューセーも気付いていたのかい?」
「一応な」
思った通り古式魔法師である幹比古も気付いていたようだ。精霊のレイとディーネが感知したのだから当然か。
一応確認の意味も込めて、もう一つ訊いておくとしよう。
「古式魔法師のお前なら分かると思うんだが、アレって日本の術式なのか?」
「え、えっと……我が国の術式じゃない、と思う」
「そうか」
どうやらレイとディーネが報告した通り、国外の魔法師である事は間違いないか。信用してない訳じゃないが、どうしても確認しておきたかったのだ。
あれ程まで執拗に式神を送り込んで探りを入れてるって事は、連中は間違いなく何かを狙っているだろう。
「まさかとは思うが、それの正体を突き止める為にエリカとレオが学校を休んでいる、訳じゃないよな?」
「さ、さぁ。僕には何の事だか……!」
少々目を細めながら問うと、さっきとは違う反応をしながら誤魔化すように知らないと答える幹比古。
……嘘が下手な奴だ。あからさまに何か知ってるのが見え見えで、思わず苦笑したくなってしまう。
聞いていた司波は幹比古に少々呆れているのか、軽い嘆息をしているのが見えた。
☆
西暦2095年10月22日
今日は土曜日だが、学校は休みじゃない。魔法科高校に週休二日制は採用されていないから。俺としては如何でも良い事だが。
それは置いておくとして、論文コンペ本番まで、あと七日。
プレゼンのバックアップは全校一丸という体制となっていた。
文科系だけでなく、体育会系の生徒達も、自分達の役割を確実に果たす為、準備に余念が無い状況だ。
そんな中、俺は予想外の人物――部活連前会頭・十文字克人からとんでもないお誘いを受けた。模擬戦をするから参加して欲しいと。
十文字は今回の論文コンペで、九校が共同で組織する会場警備隊の総隊長を務める事になっている。他校の代表と会合を持って忙しい筈なのに、自ら訓練の先頭に立つことで、警備部隊員に抜擢された生徒達の士気を高めようとしていた。
その為、九校戦に参加した俺、幹比古が練習相手として選出されたのだが……俺だけは丁重に断らせてらった。
一番の理由は後々面倒な事になるからだ。誘った本人は『十師族などのしがらみは一切関係無い純粋な模擬戦だ』と説得されても、俺からすれば、あんな真面目かつ真剣な表情で言われたら全然信用出来ない。
仮に十文字と戦えば、確実に俺が勝つ。それは断言出来る。言っちゃ悪いけど、十文字も一条将輝と同様俺や
互角の勝負をやって長引かせると言う手段もあるが、それもそれで却って面倒だ。学校にいる司波が妙な眼を使って観察されたら、鬱陶しい事極まりない。模擬戦中に『邪魔だ』と一時的に眼を使用不能状態にさせれば、アイツは間違いなく今まで以上に俺を警戒する事になる。それは流石に避けたい。
丁重に断る俺に十文字は非常に残念そうな表情となったのを見て申し訳ない気持ちになるも、生徒会でやらなければならない仕事に専念する。
後で聞いた話だが、今回の模擬戦で幹比古は十文字との模擬戦で良い経験を得たようだ。もしも俺が参加してたら、絶対その妨げになっていただろうと確信し、安堵するように気分が軽くなった。
ついでに真由美や摩利から小言を貰う破目となった。俺が十文字とどこまで戦えるのかを見たかったからと言う私事極まりない理由で。流石に生徒会長や風紀委員長を既に引退してる先輩二人の戯言は聞き流させてもらう。
☆
西暦2095年10月23日
日曜日は休日である筈だが、俺は学校に行かなければならない。大変不機嫌そうに膨れっ面となっている
理由は勿論ある。論文コンペの本番まであと一週間で、その準備があり、生徒会もバックアップ作業をしているからだ。
既に生徒会室では俺と光井、そして中条がいて仕事をしている。五十里は論文コンペの関係上不参加となっており、今も市原と一緒に完成済み大道具の作動テストを行っている最中だ。
「すみません、遅くなってしまいました」
すると、司波妹が謝りながら入室してきた。
彼女は司波兄と同様家の都合で少々遅れると事前に連絡があったので問題無い。因みにアイツはロボット研究部、略してロボ研でデバッグ作業をしにガレージへ向かったらしい。
中条と光井は司波妹が来た事で喜ぶように歓迎する中、窓の先にある外は雨が降り出している。
(ん?)
端末を使って作業している最中、俺はある事に気付く。ロボ研のガレージに設置されている『3H』から緊急メールが届いたのだ。
3Hの正式名称は『Humanoid Home Helper』であり、人型家事手伝いロボット。学校には不要な物かもしれないが、ロボ研三年生にHARの大手メーカーの関係者がいるらしく、AI改良目的のモニター用に貸し出されているらしい。遊び心を加えているのかメイド服の格好をさせて、『ピクシー』と言う名称で呼ばれている。
そんなメイドロボからのメールに俺は怪訝に思いながらも中身を開いて確認すると――
『緊急事態
ガレージの空調システムに異常が発生。
一年E組、司波達也が睡眠ガスの被害に遭っている模様。
至急応援願います』
「なっ……」
司波妹が読んだら確実に暴走するであろう内容に思わず声を出してしまった。
「? どうかしましたか、兵藤君」
俺の驚いた声に反応した仕事中の中条が、キョトンとした表情で俺に声を掛けて来た。司波妹と光井も気になるのか、此方へ視線を向けている。
「いえ、何でもありません。チョッと誤作動を起こしてしまいました」
「そうですか」
俺は誤魔化しながら、緊急メールの内容を周囲に見られないよう即座に閉じた。
中条達はその言葉を全く疑ってないように、再び自身の仕事に専念しようとする。
「あ、会長。すいませんが俺、少し席を外します」
そう言って中条から了承を得た後、生徒会室を出た俺は即座に向かった。司波がいるであろうロボ研のガレージへ。
恐らく司波の方で対処は完了しているだろうと思いながら。
「あら、兵藤君じゃない」
「兵藤、何故お前が此処に?」
ロボ研のガレージに難なく辿り着くと、思った通りと言うべきか、既に片が付いていた。
中に入ると、司波以外の人物がいた。風紀委員長の千代田の他、知らない男子の上級生が。後者の方は魔法によってか、今は気絶し倒れている。
「そこのピクシーから緊急メールを生徒会に送られてな」
「何? まさか深雪にも――」
「安心しろ。メールを見たのは俺だけだ」
でなければ彼女が此処へ来て真っ先にお前の身を案じてる筈だろ、と付け加えると司波は納得の表情をする。
生徒会としても状況を知りたい為、俺は副会長として司波と千代田から一連の話を聞き出す事にした。
気絶してる三年男子生徒――
「とまあ、こんな所よ」
「成程、分かりました。では俺の方から中条会長に報告しておきます」
俺が代わりに報告してくれることに千代田は「助かるわ」と感謝の言葉を述べた後、応援を呼ぼうと少し離れた場所で携帯端末で連絡を入れようとする。
「司波、良ければお前も一緒に生徒会室へ来てくれないか?」
「何故だ?」
「俺が報告した途端、あの二人が真っ先に此処へ来ると思うから」
あの二人とは、司波妹と光井の事を指している。それは当然司波兄も気付いている筈だ。
もしも俺だけで中条にありのまま報告して問題無いと言っても、一緒に聞いていたあの二人は大袈裟な反応をした後、直接司波に会おうと安否確認しに行くだろう。
「悪いが俺は此処に残って、デモ機の確認をしなければならない。出来れば深雪とほのかには、なるべく伏せておいてくれないか? 後で俺の方で話しておく」
「嫌な役割押し付けてくれるなぁ」
後になってから『どうして先に教えてくれなかった?』と文句を言われる破目になる。
司波妹は超が付くほどのブラコン娘で、(最近になって気付いたが)光井は依存してるんじゃないかと思うほど司波に熱烈な好意を抱いている。二人が共通している事は、司波達也の身に何か起きたと分かった瞬間、他を放置してでも最優先してしまう。あくまで俺の勝手な思い込みだが。
かと言って、司波の言う通り、関本がやらかした事でデモ機に異常が起きていないかを確認しなければならないのも事実だ。論文コンペ成功の為にも、要望には応えておくとしよう。
「はぁっ、分かった。せめて俺に飛び火しないよう、後で二人にはちゃんと言っておいてくれよ」
「そうする」
「けど、その代わり……」
そう言いながら俺は司波に接近する。奴は身構えようとするも敢えて気にせず、千代田に聞かれないよう小声で話しかけた。
「後でピクシーに記録させてる内容を俺にも全て渡してもらおうか。千代田委員長には内緒にしておくから」
「何の事だ?」
「惚けるな」
用心深い司波が、何の記録も残さない訳がない。異常が起きた瞬間、現場の証拠を記録する機能を持っている3Hのピクシーを即座に利用してる筈だ。
それにピクシーが此方をジッと無言で見詰めている。アレに映っている双眸は、恐らく今もこの状況を記録し続けていると見ていいだろう。
「千代田委員長に今もピクシーに記録させてる事を言ってないのを考えると、お前はその情報を秘密裏に何処かへ持ち出そうと考えているんじゃないのか?」
「…………」
「司波も知っている筈だ。学校内のデータを無断で外に持ち出したら、重大な校則違反になるんだぞ」
ロボ研が所有してるピクシーが得たデータは、学校用の資料として保存する決まりとなっている。それでも外に持ち出す際、正式な手続きが必要となってしまい、風紀委員、もしくは生徒会を通じて学校側に申請しなければいけない。
故に風紀委員である司波は、委員長である千代田に申請しなければならない。今も千代田に黙っている司波は、無断でデータを持ち出そうとしてると俺は推測した。
「もう一度言う。全ての記録は後で俺にも渡すんだ。それが嫌なら、千代田委員長に頼んで正式な手続きをしてもらう事になるぞ」
「…………」
因みにデータを外へ持ち出す際の手続きには、相応の時間を要してしまう。
けれど、ピクシーが得たデータの内容に関しては重要な証拠である為、場合によっては厳禁扱いされて持ち出し不可となるかもしれない。
司波はそうなる事を危惧してるから、今もこうして千代田に黙っているのだ。面倒な手順を一切省く為に。
「………分かった」
再びデータを渡すよう催促して数秒後、司波は観念するかのように嘆息して了承の返事をしてくれた。
流石に俺相手では分が悪いと判断してくれたようだ。
だが正直言って、ピクシーが記録させてるデータは、俺にとって如何でも良かった。それでも後で中身は確認させてもらうが。
俺が脅すようにやった理由は、この男に少しばかり釘を刺す為であった。
非常に面倒な性格をしてる司波には普通のやり方で注意しても無意味だから、ある程度の脅しをかける必要があった。だからと言って、『今後その妙な眼で俺を視たら、二度と使い物にならなくしてやるぞ』みたいな脅しをすれば、それはそれで俺を危険人物と見なされてしまう。
だから司波が違法的な行為をしたら、それを弱みとして脅す事を考えた。本当ならこんな真似はしたくないけど、好き勝手に調べられてる俺としては本当にウンザリしてて、仕返しをしなければ気が済まなかったのだ。ずる賢い人間からすれば、俺のやってる事は稚拙だと思われるかもしれないが。
この程度で俺の気が完全に晴れずとも、多少と言えど司波は俺に強く出れなくなったから良しとする。
そして俺が生徒会室に戻って中条だけに報告した後、作業を終えた司波から、証拠映像が記録されたメモリーキューブを受け取る事となった。因みに中身は関本勲の窃盗未遂映像と、彼が使用していたツールだと言っていた。
けれど、関本は一体何故、司波に窃盗行為なんかを仕出かしたのだろうか。千代田が言ってた産学スパイ行為と言えばそれまでだが……チョッと気になるから、俺の方でも調べてみるとしよう。