(やっぱりな……)
学校から帰宅した数時間後、俺は自分の部屋で司波から貰ったメモリーキューブに記録されてるデータを確認した。
自身の部屋にある端末を使い、関本の窃盗未遂動画、そして使用されたツールについての中身を一通り見ても、予想通り自分が持っても大して意味の無い物だった。
明らかに学校で保管しなければならない情報である事が一目瞭然だ。これを外に持ち出して、司波の奴は一体何の為に使うんだか。
一応考えられるとしたら、アイツが所属してる国防軍の特殊部隊――独立魔装大隊に提供する、かもしれないな。窃盗未遂動画はともかく、ツールにあったCADのログを辿ってスパイの正体を特定させる、みたいな感じで。
それなら俺の方でも九島に調べるよう頼んで……いや、止めておこう。関本の動機や、スパイの元凶を未だに知らない状態でデータを渡したところで、却って九島に無駄骨を折らせるどころか、それ以上に迷惑を掛けてしまう。ある程度の情報を得た上で、九島に連絡した方が良い。向こうが俺の話をちゃんと聞いてくれるかは別だが。
今のところ俺が情報を集める方法としては、やはり関本に直接会って確認するしかない。
千代田から聞いた話によると、彼は八王子の特殊鑑別所に移送されたらしい。未遂とは言え犯罪行為を仕出かしたのだから、そこへ送られるのは至極当然の流れだ。
会おうとしても、当然普通に行ける場所ではない。面会を申請する為の手続きをしなければ、立ち入る事すら不可能だ。
それをやる為には学校から委任状を用意してもらう必要がある。その方法は風紀委員長、または生徒会長を通さなければ申請出来ないが、生徒会にいる俺は中条に頼めば大丈夫だから問題無い。
恐らく司波も俺と同様の事を考えているだろう。アイツだって関本の動機や背後関係を知りたい筈だ。尤も、司波は風紀委員だから、風紀委員長の千代田に面会申請すると俺は踏んでいる。
だがそうなれば面倒だ。司波がいると
まぁ、そうなった場合はアイツに気付かれないようやるしかないか。
――ご主人様、何でそんな回りくどいことばかりするの?
――主なら、その気になれば、造作も無い、筈です。
すると、椅子に座っている俺の背後から、透明化していたレイとディーネが現れながら俺に言ってきた。
――精霊のお前達には理解し難いだろうが、人間は手順と言う物を踏まなければいけない生き物なんだ。
レイ達と向き合いながら、家族に聞かれないよう念話で教えていた。
傍に置いて二ヵ月以上経つも、産まれたばかり故か、未だ人間の事を理解しきれていないようだ。別にすぐに理解しろと思ってないし、じっくり時間を掛けて覚えてもらえば良い。この子達にはなるべく自分で見聞きし、そして理解して欲しいと思っているから。
すると。俺の部屋にある扉が突然ガチャッと開こうとする。それを見た俺は端末の電源を即座に切り、レイとディーネも即座に透明化して姿を消した。
「兄ちゃん……」
「にぃに……」
「どうした、二人とも」
入って来たのはパジャマ姿となってるセージとセーラで、揃って椅子に座っている俺に近付いてきた。
因みに今は夜の十時だった。二人は一時間前にとっくに寝てた筈なのだが、どうやら起きてしまったようだ。
「ここで、寝ていい?」
「だめ?」
自分と一緒に寝たいと言ってくる弟と妹に、俺は思わず苦笑してしまった。
普通だったら兄の俺じゃなくて、母親と一緒に寝たい筈なんだがな。この二人の場合、母さんじゃなくて何故か俺と一緒に寝たがるから不思議だ。
まぁ良いか。この後はもうやる事ないので、明日に備えて、今日は早めに寝るとしよう。
「しょうがないなぁ。じゃあ俺は寝る準備してくるから、此処でチョッと待ってな」
「「は~い♪」」
笑顔でセージとセーラの頭を優しく撫でた後、俺は寝る準備をしようと一旦部屋から出た。
――むぅ~~! やっぱりズルいの!
――主と、寝てみたい、です……。
透明化してるレイとディーネから、物凄く訴えるように念話を送ってくる事に、俺は内心嘆息した。
ってか、お前達は精霊なんだから睡眠は必要無いだろう……。
小さいセージとセーラはともかく、お前達が俺と一緒に寝る事になれば、色々問題だらけな絵面となってしまう。
俺からすれば娘みたいなもので、中身は幼児だから問題無いかもしれないが……。
それに加えて、ここ最近のレイとディーネは色々ストレスが溜まってるみたいだから、どこかで発散させないといけない。機会があれば遊び相手になるとしよう。
☆
西暦2095年10月24日
明けて、月曜日。
三年の関本勲が司波に窃盗行為を行った件が既に広まっていた。論文コンペ絡みの件もあるからなのだろう。
当然それは修哉と紫苑の耳にも入っており、二人から詳しい情報を求められた。副会長である俺が知っている筈だ、と言う理由で。
流石に詳細を教える事は出来ない為、余計な事に首を突っ込まないよう窘めた。
ついでに、そのエリカとレオだが、今日はいつもより早く学校へ来たらしい。しかも二人揃って、だ。一緒に行動していたのが丸分かりだと分かった俺は、『随分仲が宜しい事で』と揶揄うように言っていた。本人達が聞いたら、真っ先に否定するだろうと思いながら。
「隆誠くん!」
「リューセー、チョッといいか?」
そんな会話をしてる中、突然教室に話題となっていたエリカとレオが入室してきた。
聞かれたかと少々危惧していた俺達だったが、それらしき反応が無く、二人は席に着いてる俺に近付く。
「おはよう、二人とも。朝から俺に何の用だ?」
取り敢えず挨拶をするも、レオ達はそれを無視するかのように本題に入ろうとしてくる。
「昨日、特殊鑑別所にぶちこまれた関本先輩の件なんだけどさ」
「あたし達、その関本先輩と面会したいから、学校の委任状を申請してくれないかな?」
「いきなりな要求だな。ってか、何で俺にそんな事を頼んでくるんだ?」
関本と何の接点も無い筈の二人が、どうして面会したがるのかが分からない。少なくとも、友人の司波が酷い目に遭ったから、と言う理由じゃないのは確かだ。
「面会申請するには風紀委員長の他に生徒会長も出来るってミキが言ってたから」
「副会長のリューセーなら、もしかしたら生徒会長に頼んで委任状を申請できるんじゃないかと思ってな」
ああ、そう言う事ね。道理で幹比古が教室の出入り口付近で、俺に向かって両手を合わせながらペコペコと頭を下げて謝罪してる訳か。
てっきり司波の奴が、俺にチョッとした仕返しの意味も込めて態と口走ったかと思っていた。勝手に決め付けるのは良くないな。ここは素直に反省しておこう。
まぁそれより、目の前のエリカ達をどうにかしないとな。
言うまでもなく二人からの頼みは容赦なく断った。いくら知り合いだからって、余計な事に首を突っ込もうとするコイツ等の手助けをしてしまえば、今後もまた面倒な頼み事をしてくるかもしれないから。
放課後の生徒会室。
「兵藤君、お兄様からお話は聞きました」
「どうして私達に黙っていたの!?」
俺が入室して早々、司波妹と光井から睨まれていた。光井は可愛らしく頬を膨らませており、司波妹はチョッとばかり冷たい笑みを浮かべている。
二人がこうなっている理由は既に察してる。昨日起きた関本の窃盗未遂事件を司波から聞いたから、揃って俺を睨んでいるのだと。
生徒会が知っていなければならない案件である筈なのに、それを全く聞かされていなかった事が腹立たしいのだろう。
「仕方ないじゃないか。伏せておいてくれって言われたんだからさ。それともお二人さん、俺はアイツの頼みを無視してまで報告すべきだったかな?」
「そ、それは……」
「えっと……」
先程まで睨んでいた司波妹と光井の勢いが一気に失った。
敬愛している兄+好意を抱いてる男に逆らう真似なんか絶対しないのを知ってるから、俺はそれを弱点として突いたのだ。彼女達には司波兄を愚弄するような言い方さえしなければ、それで抑える事が可能だと。
俺の言い分に言い返せなくなった為、二人は俺に軽く謝罪した後、生徒会の仕事を始めようとする。
それを見て安堵した俺も仕事を始めようと思った矢先、生徒会室の扉が開く。入って来たのは会長の中条と、引退した元会長の真由美だった。
「お邪魔させてもらうわね」
「「七草先輩!」」
「真由美さん、今は論文コンペが控えているんですから……」
彼女を見て驚く司波妹や光井とは別に、俺は少々呆れるように言った。
新生徒会が発足されても、真由美は今も時々生徒会室に来る事があるのだ。実際は遊びに来てる、と言った方が正しいが。
俺としては別に問題無いが、出来ればこの時期に来るのは勘弁して欲しかった。さっき言ったように、一週間後の論文コンペが控えている為、仕事もそれなりに忙しく、彼女の相手をしている暇は無い。
「ごめんなさい、今日は大事な用件があって来たの。リューセーくん、チョッと良いかしら?」
「?」
付いて来てほしいと言われた俺は、真由美と一緒に生徒会室にある別室へ入る。
「単刀直入に言うわ。リューセーくん、明日の放課後、私達に同行してもらえないかしら」
「……はい?」
いきなりの事に俺は思わず首を傾げてしまった。
そうなるのを既に分かっていた真由美は理由を話そうとする。
昨日に起きた窃盗未遂の件について事情を尋ねる為、真由美は摩利と一緒に関本がいる特殊鑑別所に向かう予定になっている。その際、生徒会メンバーである副会長の俺を付き添いとして同行して欲しいようだ。
調べたいと考えていた俺としては願っても無い展開だが、一応理由を尋ねてみた。
面会しに行く際、役職を持った生徒を護衛として連れて行く事になっている。だから真由美は生徒会メンバーで副会長である俺を連れて行こうと考えたようだ。
元生徒会長の真由美と元風紀委員長の摩利は相応の実力があるから、護衛なんて必要無いと思うだろう。
けれど、万が一の事を考えた摩利が、以前に真由美の護衛をした俺が適任だと決めたらしい。真由美もそれに了承して、こうして俺に頼んでいるとの事だ。
「――と言う訳なのよ」
「分かりました。そう言う事なら、お引き受けしましょう」
一通りの理由を聞いた俺は即座に了承した。特に反対する理由は一切無いので。
「因みに中条会長には?」
「もう話してあるわ。既に私と摩利とリューセーくんの委任状を申請するよう頼んでるから」
つまり俺を護衛として同行させるのは最初から決めていたって事か。恐らく真由美の事だから、例え俺が断っても、相応の理由で説き伏せようと考えていたかもしれないだろうが。
「ならば、もう一人分の委任状が追加となりますね」
「え、どういう事?」
「多分ですけど、当事者である司波も関本先輩に面会しようと、今頃は千代田委員長に申請してるんじゃないかと」
それが的中したかのように、後になって摩利から「急で悪いが、達也くんも一緒に行く事になった」との報告が入るのであった。