※あとがき部分に拙い挿絵を付けています。
イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。
ー10ー
⑴
「なんだ、その頭は」
俺の問いに、ルーデウスは答えた。
「月香草です」
そうだろうとも。
だが、聞きたいのはそういうことじゃない。
ムッとしていると、ヤツは「ああ」と上を向いた。
その拍子に、白い花をつけた艶やかな茎が、頭上でピョンと揺れた。
位置的に、本人が直接見るのは無理だろうに。
「よくわからないんですが、開花の儀式を見ていたら生えたようで」
ルーデウスは馬車の荷台からバックパックを出して背負い、木に繋がれている馬に歩み寄った。
「美味いもんいっぱい食わせてもらえよ。世話になったな」
たてがみを撫でられて、馬はヒンとひと声いなないた。
もとの持ち主はもういない。たしかに、ここなら馬も幸せだろう。
そうか、馬車は置いていくのだな。
歩くか。
ふたたび夜の森に足を踏み入れると、すぐに光の精霊が追い越してきて俺の足元を照らす。
背後から、歩幅の小さな軽い足音が付いてきていた。
暗がりで見てもはっきりわかるほど、ルーデウスに疲労の色が濃かった。
いつにも増して、受け答えのピントがズレているのはそのせいだろう。
目の下にクマをこしらえた幼い顔というものは、あまりよろしくない。見る者の良心を軋ませる。
たとえ中身は立派な大人だとしても、だ。
昨夜はひと晩中馬車を走らせていたし、今夜はそろそろ明け方に近い時間帯だ。
早めに休ませねばなるまい。
「おそらく……ですけどね」
「なんだ」
「あの子たちは、種まきの途中で攫われたんだそうです。
身体のどこかに、月香草の種が付いてたんじゃないでしょうか。
それがたまたま俺の頭に飛んできた、と。
一緒に捕まってた子にも種は付いたろうけど、普通ならそこで終わりです。
でも—— 」
俺は足を止め、ルーデウスが追いつくのを待った。
歩く速度が落ちているようだ。
「俺の場合は、開花の儀式にも立ち会ったし、なにより月香草が吸収すべき毒を持っていた」
「例の魔石か」
「集落の人にも助言されたんですが、枯れるまでそのままにしておこうと思います。
2〜3日かかるのか、もっと長いか短いかもわからない。
予測がつかないんで、ある時急に魔石の影響が抜けて、お見苦しいところを見せるかもしれませんが」
「いい。気にするな」
今度は並んで歩いた。
ヤツの足取りに合わせて、ゆっくりと。
⑵
翌日も移動。
ペースが上がらないのでなんとも言えないが、今夜には帰り着く予定だ。
俺に付き合わせてしまって、オルステッドに申し訳なく思う。
いっそ先に行ってくれと頼んだら、「バカなことを言うな」と怒られた。
ちなみに俺の荷物は、昨夜の時点で彼が背負ってくれている。
とにかく歩こう。前進あるのみだ。
眠って起きたら元気復活といきたかったのだが、どうにもダルさが抜けていない。
単なる疲労か、それとも頭の上に咲いてる花の影響か。
魔力切れの感じにも似ている。
毒じゃなくて、じつは魔力を吸い上げられてるとかないよな。
そもそも月香草ってなんなんだ。
生やしっぱなしで、ほんとうに大丈夫なものなのか。
いやいや、サクヤやコノハ、月の谷の人々の真摯な態度を思い出してみろ。
もう長いこと、あの草で土壌の毒を抜いてきたのは確かなんだ。
とはいえ、俺以外で人体に生えた例はないっぽいしな。
これって、茎を無理矢理抜いたらどうなるんだろう。やっぱり抜いちゃダメかな?
うーん……
どうにも、思考が堂々巡りしている。
良くない傾向だ。
……なに考えてたんだっけ。
てか、ここはどこだ?
オルステッドが怖い顔でなにか言っている。
いや、顔が怖いのはデフォルト仕様だよな。
なんだっけ……
そうだ、この感じは。
アレだ。
パトラッシュ
僕はもう疲れたよ。
なんだか……とっても眠いんだ……
⑶
最初に目に入ったのは、古びた板の天井だ。
いつの間にか、眠っていたらしい。
狭くて埃っぽい部屋。雰囲気的に森の中の猟師小屋だろうか。
でも、なんで?
天井の木目を睨みながら、俺は記憶の糸を手繰り寄せた。
ええと……仕事で紛争地帯にやってきて、
女の子を人攫いから助け出し、
月夜に一面の月香草の花が咲いて、
ついでに俺の頭にも花が咲いて、その帰り道。
森を歩いて、そして、それから——
……マズい、なにも思い出せない。
ガバリと起き上がったら、目の前に俺の脚があった。
もちろん脚くらいあるだろう。ないと困る。
だけれども。
濃くはないもののスネ毛なんぞをたくわえた、どう見ても大人の男の脚。
本来の俺の脚が、ローブの裾からニョッキリ出ている。
……そうきたか。オーケー。
まずは落ち着いて、状況を確認しよう。
胡坐をかいて座りなおし、頰を両手でパンと叩いて気合を入れた。
どうも俺の身体は、数日ぶりに、もとのサイズに戻れたらしい。
良かった、非常にめでたいことだ。
身体を触ると、頼もしい筋肉の感触を返してくれる。
と同時に、身につけているのはローブだけという頼りない事実も突きつけられた。
要するに、中身はマッパだ。
着ていた子ども服は、綺麗に畳まれて枕代わりになっていた。
ここまで俺を連れてきて、服を脱がせて、寝かせてくれた。
誰がって?
それは当然ひとりしかいない。
オルステッドだ。
「起きたようだな」
なんの前触れもなく、本人が入ってきた。
俺は、乙女のように頰を染めたかもしれない。
⑷
オルステッドはしげしげと俺を見て、「頭」と顎でしゃくった。
言われて手をやると、頭頂から生えていた草の感触がない。
周りを探してみたら、ローブのフードから茶色く枯れた月香草が出てきた。
役目が終わったのだろう。
胡座から姿勢を正して、俺は頭を下げた。
「いろいろお手数かけたみたいで……ありがとうございました」
「礼は必要ない」
「その……服のこともすみません。助かりました」
オルステッドはフンと鼻で笑った。
「気づいた時にはけっこう窮屈になっていてな。脱がせるのに苦労したぞ。
初めは変化がわからなかったが、じっと観察していたら、徐々に身体が大きくなるのが見て取れた。
人間の成長過程は、なかなかに興味深いものだな」
えーと……それは、つまり。
見ていた、と。
俺の身体のいろんなパーツが、第二次性徴期をこえて育つのを。
興味を持って、じっと観察していた、と。
も、も、も、もう、お嫁にいけないわっっ!
内心を、ムンクの叫びが吹き荒れた。
視姦プレイは、視られるよりも視るほうが好みだ。
「肉を捕ってきた。食欲はあるな?」
「……はい」
「食い終わったら出発するが……」
ローブいっちょの俺に、オルステッドが眉をひそめた。
「履き物がないので、また背負ってくれますか?」
悔しまぎれにシレッと言ってみたら、難しい顔をしながらも「うむ」と頷いた。
え??
〝うむ〟ですか?
いいんですか? マジですか?
「す、すみません、冗談です」
俺は慌ててバックパックに手を突っ込んで、靴を取り出した。
「前回で懲りたので、持参しました。
あと、服も……あれ? ズボンがない?」
変な汗出てきた。
オルステッドの冷たい視線を浴びながら、ようやくズボンを探し当てた。ついでにパンツも。
残念ながら、上は忘れてきたらしい。
ローブがあるから、まあいいか。腹の辺りがスースーするだけのこと。
⑸
結局、予定より1日遅れの帰還となった。
今回の、社長と部下の珍道中。俺の得た教訓はいろいろある。
まず、下半身の装備は重要だ。靴にしろ、ズボンやパンツにしろ。
どんな勇者も、下半身丸出しで能力を発揮するのは難しい。
文明人として、これほど心もとない状態はないと言えよう。
逆にそこを振り切って、ブラブラ上等で闘えたら最強だと思うし、嫌でもブツが視界に入ってしまう敵側にまで、精神的ダメージを与えられるかもしれない。
昔、ドルディアの牢で長いことフリーダムスタイルで過ごしたが、あの頃の俺は若かったということだ。
そして、幼い子どもは可愛いが、長時間付き合うと疲れもする。
複数の相手となったら、それこそ壮絶に。
ペースを乱されっぱなしで、ストレスが半端ない。
俺は今まで忙しさにかまけて、子育ての可愛いとこ取りしかしてこなかったのではないか。
反省しきりである。
最後に、オルステッドの〝おかんスキル〟はかなり高い。
うすうす気付いてはいたが、気働きがあって、世話好きでマメだ。
呪いのせいで、発揮する機会に恵まれなかっただけだろう。
俺の子ども服は美しいブティック畳みになっていたし、焼いてくれた魔物の肉にはオリジナル・スパイスがまぶされていて美味かった。
おそらく家事能力も相当なものと思われる。
ナナホシに今回の顛末を聞かせたら、納得してもらえるんじゃなかろうか。
彼女の服は脱がせていないと思うがね。……まさか脱がせてませんよね?
突然お子様サイズになったこと、数日ぶりで大人へと復帰できたこと。
結局のところ、よくわからないままだ。
あくまで想像だが、例の魔石は使用者の魔力の量や質によって、発現の仕方が異なるのかもしれない。
俺の身体が変化したのは魔力量、もしくはラプラス因子あたりに敏感に反応した結果だったと考えれば、そこそこ筋がとおるのではなかろうか。
手に持っただけ、あるいは石を目にするだけで作用してしまうほどに。
まあ、もう一度試す気はないし、今となっては検証のしようもない。
いろいろ世話になった謝意を改めて伝え、事務所を出ようとした時。
オルステッドがふと言った。
「パトラッシュとはなんだ?」
「え? ……犬の名前です……けど?」
「犬の名は、レオじゃなかったか」
「ああ、うちのはレオですね」
オルステッドは、わけがわからんという顔をした。
俺もわからん。なぜに今、そんな単語が出てきたのか?
まあ、いいか。
そんなことより早く家に帰ろう。
もとに戻った俺の姿は、家族に喜んでもらえるのか。もしかしたら残念がられるかもしれない。
まずは、娘ふたりと心ゆくまでスキンシップだ。
俺は数日ぶりの懐かしい我が家へと急いだ。
足取りは軽かった。
(了)