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ー2ー
⑴
夕食後、順番に入浴を済ませて、そろそろ床に就こうかという時間。
シルフィもロキシーも、少し前にそれぞれ娘を抱いて寝室に入ってしまった。
エリスは玄関の気配を気にしつつ、ルーデウスの帰りを待っていた。
今日は戻らないかもしれない。仕事の予定は、あくまで予定だ。
それでももうしばらく、眠くなるまで待っていようと思う。
〝難しい内容じゃないから。大丈夫、夕方には帰るよ〟
そう言って出かけていったのだ。
心配はいらないと思うけれど、時々妙に抜けたところのあるルーデウスのこと。
気になってしまうのは仕方がない。
ほかのふたりもベッドの中にいるものの、門扉やドアの開く音がしたら、きっとすぐに降りてくるだろう。
ひょっとしてロキシーは、ララと一緒に眠りこけているかもしれないが。
「お茶でも飲みませんか?」
気を効かせたリーリャが、紅茶を持って現れた。
「ありがとう、いただくわ」
どちらも口数は多いほうではない。静かな時間が流れる。
最後の一口を飲もうとカップに指をかけた瞬間、エリスはハッとした。
カシャンというかすかな音ともに、なんともいえない嫌悪感……
「オルステッド!」
椅子を蹴るように立ち上がると、玄関に飛んでいってドアを思い切り押し開けた。
「いてっ!」
なにか聞こえた気もしたが、外には夜の闇が広がるばかりだった。
オルステッドらしき姿は既にどこにもない。
「ちっ!」 舌打ちして閉めようとしたら、そうはさせじとばかりに何者かが外側からドアを引っ張ってきた。
「ちょっと待って! とりあえず入れてくれ」
少年の声だ。今時分に、子どもがなんの用だというのか。
そのまま力任せに閉めた。
「……エリス様、中に入れてあげてください」
心当たりがあるのかないのか、思案気な表情のリーリャ。
エリスはしぶしぶドアを開けてみた。
「ええ??」
……確かに、この子どもはよく知っている。でも……
ドアに手を掛けた姿勢で硬直したエリスの脇から、リーリャは小さな訪問者を覗き込んだ。
「ぼ……坊ちゃん?!」
「いや、その、リーリャさん……坊ちゃんはやめてください」
薄茶色の髪にローブ姿の少年が、幼い顔に似合わぬ苦笑を浮かべて立っていた。
⑵
いつまでも動かないエリスに業を煮やしてか、少年はその腕の下をスルリと抜けて、そのまま我が物顔でペタペタ歩いてリビングに向かった。
裸足だ。冷たくないのだろうか。
「まあまあルーデウス坊ちゃん、懐かしいお姿でどうされたんですか」
「どうしたもこうしたも……困ったことに、俺にもよくわからないんですよね」
ソファーによっこらせと腰掛ける少年。
「靴は? まさか裸足で帰ってこられたんですか?」
「さすがに、オルステッド様が送ってくれましたよ」
「それは良かったですね。それで、お食事はどうされます?」
普通に会話が展開していくさまを、エリスは呆然と見守った。
リーリャの適応力はなんだ?
一流のメイドはなにがあっても取り乱さない。
これがプロフェッショナルの仕事の流儀なのか。
とはいえ、エリスもまた物事を複雑に考える性質ではなかった。
起こってしまったことを、あれこれ言ってもままならない。受け入れるのみだ。
剣王らしく、心の混乱をスパッと斬って捨てた。
「そう、仕方ないわね!」
ルーデウスだという少年の横に勢いよく腰を下ろせば、隣に座る軽い体が小さくバウンドした。
なるほど、この姿は懐かしい。
ロアの屋敷で、一緒に過ごした日々が脳裏に蘇える。
わがままいっぱい、子どもらしく伸び伸びと暮らしていたかけがえのない時期だ。
お祖父様、お父様、お母様……
エリスには珍しく、甘酸っぱい、泣きたくなるような感傷がこみ上げてきた。
もっとも当時のルーデウス本人は、たいして子どもらしくなかったかもしれないが。
「もっとよく見せて!」
「な、なに? おい、こら、やめて……!」
抵抗するルーデウスをあっさり捕獲すると、膝に乗せてじっくり観察する。
この頃から思春期の入り口まで、成長していく姿を間近に見てきたのだ。
でも……と、エリスは微かに眉根を寄せた。
その時の印象より、今のこのルーデウスはなんだか……
「やたら可愛らしいわ」
「もちろんですとも」
なぜかリーリャが誇らしげに頷いた。
⑶
「あ—————っ!」
シルフィだ。
もう寝てるのかと思っていたら、物音で起こしちゃったか。
「あ、ただいま。シルフィ」
俺はエリスの膝に抱えられたまま、「よっ!」と片手をあげた。
こんなんなっちゃったけど大したことないよ、ってな感じで。
できれば、大ごとにせずにスンナリ受け止めてもらえたら助かる。
「え————————っ?
なに、なに、なに、なに?
ちょっと待って、これってルディ? ルディだよね?
えっ、うそ、うそ! なんでっ? 」
やっぱり無理か……
シルフィは部屋の入り口に立って大騒ぎしながら、ひとり百面相だ。
いっぽうでエリスは、俺をガッチリとホールドしたまま、今は犬みたいに匂いを嗅いでいる。
倉庫から引っ張り出したローブは、カビ臭いと思うんだが。
……みんなリーリャのような対応だったら、どんなに楽か。
まあ難しいだろうな。俺だって、できるもんなら大声で叫びたいくらいだもん。
しっかし、まいった。
はあ、やれやれ……
前髪をクシャリとかきあげたところに、シルフィが猛然とこっちに近付いてきた。
よくわからないが、驚愕モードから突然スイッチが切り替わったらしい。
「おでこっ! タンコブできてるよ!」
「そういえば、さっきドアにぶつかってたわ。危ないわね!」
ぶつかったんじゃないの、ぶつけられたの。
反論しても無駄なので、ペロンと前髪をあげて素直に額を差し出した。
シルフィのヒーリングだ。
目をつぶって味わおう。
うーん、気持ちいい……
……………あれ?
いっこうに終わる気配がない。
なにをやってるのかと目を開けてみると、女性3人が俺を凝視していた。
「やだ〜っ! まつ毛長い、か〜わいいっ!」
女子高生のような声をあげたのはシルフィ。
エリスの表情にはモフモフ系動物を愛でるような萌え、リーリャは聖母のごとき慈愛溢れる微笑みをたたえている。
いや、このくらいの年恰好だったころ、可愛いなんて誰も言わなかったぞ。
母さん以外はテレーズ叔母さんくらいだ。
「髪が長めだからかな。こうして見ると女の子みたい」
「そうね。昔は眉なんかもこうキリッと……エッチじゃなくて真面目な顔してる時は、もっと凛々しい感じだったわ」
「あの頃はボクらも子どもだったし、ルディってなんでも知ってて、なんでもできて凄いって思い込んでたせいもあるよね。
大人の目線で見ると、また印象が違うのかも」
そうか、思い出を壊してスマンね。
「ルーデウス坊ちゃんは幼い頃から、ゼニス様に面差しが似ていました。
ノルン様は、もう少しパウロ様寄りだと感じます。
もちろんご兄妹なので、おふたりもよく似てらっしゃいますが」
「ああ〜、異性の親に似るってよく聞くよね」
「ルーシーもルーデウス寄りかもしれないわ」
「あ、でもアイシャちゃんは——」
「……へっくしょん」
深夜のガールズトークは、俺のクシャミで強制終了となった。
夜食をもらったあと、身体を洗ってくれるという妻たちを断固断って、ひとりで風呂に入るのにわりと苦労した。
なんか恥ずかしいじゃん。
ちなみに、8才前後という判定結果だったよ。