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ー4ー
⑴
多少の獣臭さを気にしなければ、犬タクシーはなかなか良い乗り物だと思う。
なによりモフモフの手触りがサイコーだ。
猫バスに乗りたいという、本物の子どもだった頃の夢が、遥かな時空を超えて叶ったのだ。
感無量である。
俺は今、聖獣レオの背にまたがって魔法大学に向かっている。
* * *
開店早々に服や靴を買ってもらい、ついでに夕飯の買い物も済ませて帰宅。
新しい服を身に付けて、仕上げにローブを羽織ると、チビッコ魔術師の完成だ。
さあ出かけるか!
戸口に向かったら、当然という顔でシルフィとエリスも付いてきた。
ひとりで行くと主張する俺に、ひとりで出すのは心配だという家族。
体内の魔力の流れは、良くも悪くも安定している。
だから、衆人環視の中で突然〝ふしぎなメルモ〟状態になる心配はない、と思う。
というか、ならないことを切に願う。
メルモちゃん……お若い読者の皆さんはご存知だろうか。
ナナホシは知らないかもしれない。もちろん俺も、リアルタイムで観た世代ではない。
不思議なキャンディで大人になったり子どもになったり。
主人公の幼女メルモちゃんが、着ている服はそのままに、大人の肉体へと変身するシーン。
女の子キャラならお色気サービスでも、男が人前でやったら間違いなく通報案件になるだろう。
マジック・アイテムの伸縮ローブだけが俺の命綱だ。
だが、よくよく聞いてみたら、みんなの心配の内容は俺の懸念とちょっと違った。
保護者として自分たちが付き添うべき、とおっしゃる。
……各所にルイジェルドが発生しているというのだろうか?
元気にしてるかな、ルイジェルド。
まさか彼の身になにかあって、俺の周囲の人間に次々と取り憑いてるってことはあるまいな。
まあ、なんだかんだで、面白がっているだけのような気もするが。
双方主張を譲らず、こう着状態におちいる中、救いの前足を差し伸べてくれたのはレオだった。
「ワフッ!(我輩が送ってやろう) ワンワン!(安心して任せるがいい)」
翻訳はテキトーだ。
猫バスならぬ犬タクは電線の上は走らないものの、あっという間に到着し、あっという間に帰っていった。
あまり人目に付きたくないし、クリフにはザノバの研究室に来てもらおうか。
午前最後の授業が始まったあたりの時間帯、昼休みにはまだ間がある。
教室から学生たちが大勢出てくる前に来られてよかった。
⑵
校舎内では、数人とすれ違った。
魔法大学に入学年齢の制限はないため、6〜7才の学生もいるにはいる。
俺くらいの子どもが歩いていても珍しくないはずだ。
あれ、二度見されたよ。こっちを振り返ってるヤツまでいる。
なに? 俺って、そんなに不審者か?
研究棟へ向かう渡り廊下に、これまた不審な動きをする者がいた。
真新しいローブに、初心者用の杖。
あっちへ行ったと思ったら、こっちから現れて……うろうろキョロキョロする姿が遠くからも見えていた。
迷子だな。ひょっとして、俺もコイツの関係者と思われたのかもしれない。
「どうしたの?」
声をかけてみたら、魔術修練場に行こうとして迷ったという。
授業開始時刻に遅れてしまった動揺と焦りが、全身からにじみ出ている。
俺より頭ひとつぶんほど大きい、育ちの良さげな人族の彼は、他国の魔法学校から事情で編入してきたばかりだそうだ。
そういえばノルンも、入学当初は教室移動でよく迷子になっていた。
今の俺は後ろ暗い身ではあるが、ここはひとつ助けてやらねばなるまい。
修練場は別棟だ。
こんなところをどれだけ探しても、辿り着けるわけがない。
自分より低学年に見えるチビすけに手を引かれ、新入りくんはなんとも情けない表情をした。
ここでは年齢と学年はまったく関係ないし、迷子になった時点ですでに情けないし。
「まあ、気にすんなよ。すぐ慣れるさ」
慰めてやったら、もっとビミョーな顔になった。
口には出さないけど〝なんだ、コイツ〟って思ってるんだろう。
魔術実習は危険のないよう配慮はされていても、けっこう事故は多い。
聖級治癒魔術の魔法陣を完備しているし、軽いケガなら生徒同士で治癒をかけあえばいい。
それでも昏倒するなどして、月に何人も医務室送りになっている。
ということで俺は、修練場の中に入る前に、外から様子を伺ってみた。
説明中らしき教師の声がする。
大丈夫かな? とかなんとか考えている隙に、新入りくんが扉をガバッと開けてしまった。
ちょうどその時、修練場の隅でファイヤーボールが出現した。
「「「あっ!!」」」
教師と、説明を受けていた生徒たちの間をうまい具合に抜けて、まっすぐにこちらに向かって飛んでくる火球。
おっと、危ない。
火球は俺たちの手前で土壁にぶつかって、爆発音をあげて消えた。
俺が出したアースウォールだ。
新入り君が、隣でへたり込んでいる。
いきなり中級火魔術ファイヤーボールが飛んできたかと思うと、次の瞬間2メートル四方の土壁が目の前にドンと現れた。
ただでさえ遅刻に焦っていたところに、この仕打ち。
腰が抜けるのも仕方がない。
修練場内部がにわかに騒がしくなった。
自分でやっといてなんだが、ジャマな壁のせいで内側の様子はなにもわからない。
わからんが、見つかったら面倒なことになりそうだというのはわかった。
「じゃあねっ」
俺はその場からスタコラサッサと逃げ出した。
おそらく、奥のほうで実技演習に励んでいた上級生が暴発させたんだろう。
あんなのが直撃したら、大怪我だ。
治せはするだろうが、当たりどころが悪ければわからない。
無詠唱で土魔術……俺がやったって言ってるようなもんだ。
でも、ギリギリこの姿は見られなかったと思う。
普通なら、新入りくんを案内した子どもがルーデウス本人だとは思うはずがない。
きっと、たまたまルーデウスが通りかかったんだ。
うん、そうだ。
たまたま居合わせて、人助けして、名前も告げずに去っていった。
そういうことにしておこう。
⑶
ようやく研究棟にたどり着いた。
「ザノバ、俺だ。入っていいか?」
いつものようにノックをすると、しばらく間があって硬い声が返ってきた。
「どちらさまですかな?」
思わずため息だ。新しい相手に会うたびに、例のやり取りを繰り返さなければならないのだろう。
「ルーデウスだ。ちょっと訳ありなんだが、できればあまり驚かないでほしい」
みずからドアを開けたザノバは、まず俺の頭上をキョロリと見回して、その下にある頭に気付くと、長細い体を折って顔を覗き込んできた。
目が合ったので、ウインクひとつ。
しばしのタイムラグのあと、
「うひょーっ! なんとっ!」 飛びずさるザノバ。
シェーッとでも叫びそうな、味わい深いポーズを披露してくれたのであった。
その後ジンジャーやジュリとも、お約束のやり取りをしたのは言うまでもない。
なんか、そろそろ面倒くさくなってきたぞ……
もう間もなく昼休み。
あまり校舎内を歩き回らないほうがいいだろうと、ジンジャーがクリフを呼びに行ってくれた。
「さすがは師匠。あいかわらず余の常識の上を行かれますな。
極めて精巧に作られた人形かと思いましたぞ」
ハッハッハと朗らかな笑い。
この姿は、危機感よりホンワカ感をかもすらしい。
ジュリが珍獣を見るような視線を向けてくる。
座る前に背比べしてもらったら、俺のほうが高かった。ちょっと嬉しい。
⑷
短いノックとほぼ同時にドアが開いた。
「おい! 噂になってるが大丈夫、か……?」
躊躇なく部屋に入ってきたクリフの視線が俺をとらえる。
文末の「か」のところで数秒動きが止まったものの、すぐに持ち直すと、いつもと変わらぬ態度で俺の対面に腰を下ろした。
あらかじめ聞かされていたにしても、やっぱりクリフ先輩はオトコマエだった。
「ここに来る途中、いろんな所で大騒ぎだったぞ。
ルーデウス・グレイラットに隠し子発覚!に始まって、
愛人が子どもを連れて学校に乗り込んだ!とか、
隠し子も無詠唱魔術の遣い手で、修練場を襲撃した!とか。
それから、ルーデウス本人は妻たちを恐れて雲隠れした!!ということだそうだ。
こりゃあ、昼休みの間に全校に広まるな」
廊下で見かけたヤツらが発信元か?
修練場の話でさらに尾ひれが付いたんだろう。
ああ……職員室にまで噂が到達したら、ロキシーに怒られるだろうな。
俺は、昨日からの事情をかいつまんで説明した。
クリフの質問にはできるだけ答えるが、なにせ俺自身なにが起こったのか、よく理解していない。
安全が確認されない以上、魔石の現物を見てもらうわけにはいかないし。
二次被害が出たらエラいことだ。
「まず、身体の大きさが子どもに戻っていても、記憶や思考はそのままなんだろう?
つまり、脳や神経系が退行したわけじゃない」
……なるほど。
たしかに若返りや転生なんてのは、それまでの記憶が保持されていないと、あんまり旨味はない。
俺がいい例だ。
オールリセットですべて忘れるというなら、若返りが成功したことすらわからなくなるもんな。
失敗して死んだりするリスクを負ってまで試すかというと、難しいところだ。
「魔術はどうなんだ? お子様レベルに戻ったのか?」
「昨日の感じでは、変わらず使えるんじゃないですかね。
さすがに全部試したわけじゃないですが。
魔眼もちゃんと入っているし、もっと大きくなってからの傷なんかも、痕がそのまま残ってますよ」
「そうか……」とクリフが眉根を寄せる。
「体格が大幅に違う以上、筋肉や骨格、脳ミソ含めた内臓まで、全細胞が入れ替わったというならまだわかる」
それって、もうすでに別人じゃなかろうか。
「肉体のみの時間転移……てわけでもなさそうですよね」
過去から肉体を持ってきて、現在の意識を憑依させる……とか、龍族の秘術でありそうだ。
でもその場合、傷痕なんかの辻褄が合わなくなる。
自分で試してダメだった解毒魔術や、果ては神撃魔術までお願いしてみたが、やはり状況は変わらなかった。
「呪いだというなら、リーゼの例もある。
物を介して軽減させることはできるかもしれない」
軽減か……8才が10才になったり。あんまり変わらんな。
もっとも〝呪いだから〟で思考停止しないところが、クリフのすごいところだ。
「まあ……結局は、様子見するしかないですね。
もしかしたら、一時的なものだったという可能性もありますし」
「力になれなくてすまない」
「いえ、おかげで少し、頭が整理できました」
元に戻る方法を模索すると同時に、このままだった時のことも考えないといけない。
仕事に影響が出るもんな。
あとでオルステッドのところに相談しに行こう。