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―5―
⑴
解決はしなくても、誰かに話すだけで気持ちが楽になるって本当だ。
気のおけない友人の存在は、しみじみありがたい。
買ってきてもらった食い物をつまみつつ、気付けばそろそろ終業時間。
ずいぶんと長居してしまったようだ。
たった半日だけれど、味わったお子様体験の数々……
中でも、オルステッドや奥さんたちの反応なんか、大受けだった。
いや、だから。笑いごとじゃないんだってばよ、と声を大にして言いたいのだが。
「このあと用事もあるし、帰りたいんだけど……どうするかな」
窓からは、たくさんの学生が歩いているのが見えた。
「今出ていったら、確実に人垣ができるんじゃないか?」
「変装してみたらどうですかな? ジュリの服もありますし」
「そうだ、そのローブ姿ってのがマズいのかもしれないぞ。
まんまミニチュア・ルーデウスだからな」
なにがあってもローブを脱ぐつもりはない。というか、脱げない。
いつどうなるかもわからない爆弾を抱えているこの身体……俺の人間の尊厳がかかっているのだ。
伸縮ローブは、もはや第二のご神体とあがめたいほど心の支えになっている。
さて、どうやって脱出しよう。
ノルンあたりに伝言を頼んで、犬タクを呼んでもらおうか。
大きなモフモフに乗ったチビッコ魔術師なんて、メルヘンな姿がもっと噂を呼ぶかもだが。
そういえば、家族でノルンにだけはまだ会ってなかったな。
「兄さん!! やっぱりここにいたんですねっ!」
そう考えた時、まさに本人がやってきた。
ザノバたちの手前、いちおう落ち着いた態度をよそおってはいたものの、モンモンと漂う怒りのオーラは消せていない。
「朝からロキシー姉さんに聞いてはいたんですが———」
俺の姿に一瞬ひるむが、すぐにキッと睨みつけてきた。さすがだ。
「その非常識な格好で、なんでわざわざ学校に出てくるんですか!
それだけじゃ飽き足らず、修練場でまで暴れるなんて……!
もう、すっごい噂になってて、みんな私に隠し子の真相を聞きにくるんです!」
ありゃりゃ……ロキシーじゃなくて、ノルンからの怒られコースだったか。
「次から次へと騒動を起こして……ただでさえ目立ってるのに。
兄さんは自覚が足らなすぎます!!」
「ええと、面倒ごとが向こうから寄ってくるだけでね、べつに好きで騒ぎを起こしてるわけじゃ……」
「とにかくっ! 急いで帰りますからね!」
いつもだったら怒りの表情もプンスカと上目遣いで可愛らしいが、見下ろされながらというのも、またオツなもんだな。
蔑まれ感がたまらない。ゾクゾクするような新たな魅力発見だ。
ノルンはキュッと俺の手を取った。どうやら一緒に帰ってくれるらしい。
⑶
兄さんの手をつかんで、廊下に出た。
というか、ちっちゃい手。
こんなになっちゃったんだ……。なんだかショック。
友達から、「ノルンのお兄さんってどんな人?」って聞かれることがよくある。
みんながどんなイメージを持っているのかは知らないが、私が目にする普段の兄さんは、どこか抜けててノホホンとした印象だ。
嬉しそうにレオをモフってる姿とか、姉さんたちに怒られてペコペコしてるところとか、ルーシーに逃げられて落ち込んでる情けない背中とか。
けれども、本当は危険な仕事をこなしているのも知っている。ひとつ間違えば、簡単に命を落とすような。
今さらながらにそれを実感して、ちょっとだけ胸に冷たいものが走る。
兄さんが突然いなくなったらどうしよう。
お父さんが亡くなり、お母さんもあんな状態で。
兄さんの存在は、一家の大黒柱という以上に、大切な心の拠り所になっているのだから。
とはいえ今、私に手を引かれてホテホテと歩いている兄さんに、あんまり深刻さは感じられない。
……まあ、こんな人なのだ。
研究棟を出たあたりから、知ってる人知らない人、たくさんの人に囲まれて、なかなか前に進めなくなった。
できるだけ兄さんを人の視線から隠しながら、用意したセリフを繰り返す。
「いとこが訪ねてきたんです〜。
兄によく似てますよね〜。ええ、よく言われます〜」
かなり棒読みになってるだろうけど、仕方ない。
隣では、空気を読んだつもりか、
「うわー、ノルン姉ちゃんの学校って大きいねー」
とかなんとか言いながら、キョロキョロしている。
だから……目立たないようにしてなさいってば。
「キミたち、いとこ同士なのか。名前は?」
突然名前を尋ねられた兄さんが、一瞬うろたえて「パウロ」と答えやがった。
思わずキッと見たら、なにを思ったか、それ以来同じ質問には「コナンだよ」と返すようになった。
コナンって誰? どこから出てきた名前なんだろう。
⑷
ようやく校舎から脱出したところで、ロキシー姉さんが待っていた。
「なんだか微笑ましいですね。
そうしていると、お揃いの可愛いお人形さんみたいですよ」
いけない、忘れてた。
往来に出てやっと、繋ぎっぱなしだった兄さんの手を離した。
兄さんと手を繋いだのって、いつぶりだろうか。
そもそもそんなことって、あったっけ?
兄妹で手を繋ぐのが自然な年齢の頃、私は心に厚い壁を作っていた。
兄さんはいつだって私のこと気にかけてくれていたけれど、強引に距離を詰めるようなことはしない人だ。
そのへんは、お父さんとはちょっと違う。
でも、私が素直に甘えていたら、きっと鬱陶しいレベルで愛情を返してくれただろう。
ちょっと勿体なかったようにも思う。
いや、私が甘えようが甘えまいが関係なく、いつだって愛情を注いでくれていた。
兄さんは空いた手で、ロキシー姉さんの手を取った。
「奥さんとの仲も良好ということで、ルーデウス隠し子説は消えるでしょう」
「そう願いたいですね。職員室で、あんなに注目を浴びたのは初めてでしたから」
ふたり寄り添う姿は、親子……じゃないか、歳の離れた姉と弟に見えるだろう。
でも、たがいに向ける視線は恋人同士のそれだ。
私にもいつか、こんなふうに見つめ合える相手ができるのだろうか。
兄さんがちっちゃくなっちゃった。
大変な事態、といえばそうなのだけれど、今この瞬間の空気は心地良い。
3人で、ゆっくり歩いて帰った。
⑸
定時で上がったロキシーに、予定外のノルンまで揃ったので、我が家では早めの夕食となった。
ゼニスは今朝より落ち着いているみたいだったが、やはり隣に座らされる俺。
家族揃っての和やかな食卓だ。
食事の席で、解決までもう少し時間がかかりそうなことと、さしあたっての方針を説明した。
こうなった原因や元に戻る方法を探りつつ、やれる仕事は今までどおり進めていくこと。
学校は今日で懲りたから、しばらく行くのはやめておくこと。
「皆さん、どうもお騒がせしてます。
もうしばらくご迷惑をかけるでしょうが、よろしくお願いします」
頭を下げたら、パチパチとおざなりの拍手をもらった。
さて、腹もくちくなったし、オルステッドのところに一度顔を出しておくか。
よいしょと背伸びして、壁に掛けていたローブを手に取った。
ちょっとしたところで、リーチ不足を感じる。
不便ではあるが、もともと俺は遠距離攻撃型だから、戦闘になってもさほど影響はないだろう。
「ルディ、出かけるの? そろそろ暗いよ?」
「仕事復帰は、もうしばらく様子を見たほうがいいように思うのですが」
「私も一緒に行くわ!」
「兄さん、明日の朝でもかまわないんじゃないですか?」
「えーっ? お兄ちゃんとお風呂入ろうと思ったのに!」
いろんな声が飛んでくる。愛されてるな、俺って。
「オルステッド様と話すだけだよ、すぐ戻る。
予定が狂っちゃったからな、今後のことを相談してくるよ。
レオ、ちょっと事務所まで頼めるか?」
部屋の隅でとっておきの骨をしゃぶっていたレオが顔を上げ、「ワオン」と答えた。
「レオが一緒だから大丈夫」
すっかり過保護になった家族を言いくるめ、犬タクにまたがった。
日頃から俺は、ルーシーやララのことを心配しすぎ、過保護すぎと言われつづけてきたものだが、今日でわかった。
ほかのみんなだって……いや、もっと重度だと思う。
人生2度目の〝見た目は子ども、頭脳は大人〟状態。
まあ、残念ながら頭脳のほうは特に武器にはなっていないが、中身は熟練魔術師で最強龍神の配下だ。
皆もそれはわかっているはずなのに。その上でこの過干渉はなんなんだろうか。
帰ったら、子どもたちの躾とか教育とか、話し合わないとな。