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−7ー
⑴
国名でも地方名でもなく、「紛争地帯」と呼ばれるこの一帯は、絶えず小国同士の小競り合いや内戦を繰り返し、絶妙なバランスを保っている地域だ。
豊かな森林や水源に恵まれた土地でありながら、ところどころに無残な戦乱の痕跡を晒している。
とある新興国。
と言っても、都市国家と呼んだほうが正しいような規模だ。
王都にも関わらず殺伐とした町には、各地から集まった傭兵や、とても堅気には見えないツラ構えの男らが行き交う。
住民たちは昼間こそ通常の生活を営んでいたものの、夜間にはよほどのことがない限り戸締りをして閉じこもった。
うっかり出歩くと、金品を奪われるのはまだマシで、誘拐されたり殺されたりすることも珍しくなかったからだ。
夕闇迫る、うらぶれた町かどに、場違いな子どもがひとり。
不安げな視線をさまよわせながら、頼りない足取りで歩いている。
身に付けている服は、貴族というほど華美ではないが、この周辺でよく見かけるものより上質なのがわかる。
薄暗がりに浮かびあがる白い肌、明るい色の髪、愛らしい顔立ち。
家族や使用人からはぐれた、裕福な商家の子どもと思われた。
その姿を見かけた誰もが、攫われるのは時間の問題だと確信した。
しかし、間もなく訪れる悲劇的な運命から救ってやろうという者がいなかったのは、彼らも賊と同類の人間だったからである。
ああ、ほら言わんこっちゃない。
路地裏から唐突に腕が伸び、華奢な身体を暗がりに引きずり込んだ。
叫び声ひとつあげる暇すら与えられず、ひとりの子どもが忽然と姿を消した。
⑵
みなさん、こんにちは。
敷金礼金ゼロ、家賃もゼロ。
人生幾度目かの無料アパート生活を送ることになりました、いたいけな少年ルーデウスです。
ワンルームでありながら、ルームメイトがひい、ふう……5人も!
ちょっと狭いことを除けば、流行のルームシェア物件ですね。
都会の喧騒から離れた、自然豊かな郊外という立地。
大きな声で騒ごうが、ドタンバタンと暴れようが、近所の目は気になりません。
* * *
さすがは紛争地帯の無法地帯。
道端に立ってみたら、ものの5分で見事に攫われた。
その仕事は迅速丁寧……手際よく俺の口を塞ぐと、2〜3発殴りつけてからグルグル巻き、ズタ袋に詰めて、いっちょ上がり。
そのまま荷物扱いで、馬車で郊外まで運ばれた。
そして放り込まれたのが倉庫っぽい建物の片すみ、独居房サイズの牢屋だ。
俺の牢屋経験から鑑みるに、ここの住み心地は最低ランク。
定員オーバーなうえに、床はベチョベチョ、すえた匂いが立ち込めていた。
はっきり言おう。トイレがしつらえられていないせいだ。
狭いスペースに俺を押し込めようとした男に蹴り退けられ、誰かがヒックヒックとベソをかいている。
ごめんね、もう少し我慢してね。
抵抗もせず俺がへたり込むのを見届けて、むくつけき男たちは晩メシの話をしながら出ていった。
倉庫の扉が閉まると、完全に真っ暗だ。
あんまり長居したくない場所だな。もっとも、長居する気もないが。
……そろそろ行ったかな?
拘束していた縄を外し、魔術で指先に小さく火を灯した。
さっきまで泣いていた子が、びっくりした顔で涙に濡れた瞳を見張っている。
(大きな声出さないでね)
灯りと反対側の指をシーッと口元に当ててみせ、牢屋にいる全員と目を合わせながら、状況を確認した。
女の子が多い。男の子は、奥のほうに今の俺より年上っぽいのがひとりいるだけだ。
3才から10才くらいまでの少年少女。
俺と同じ境遇なら、親に売り飛ばされたというより、無理やり攫われたのだろう。
汚れてやつれてはいるが、見目のいい子ばかりなのは、性奴隷としてアスラ貴族あたりに売り払うつもりかもしれない。
鉄格子の外にロウソクがあったので、指先から火を移す。
子どもたちの怯えた顔が、壁に深い影を作りながら浮かび上がった。
「蹴られて痛かったね。ケガは?」
すでに泣きやんで俺をポカンと眺めている女の子の顔は、頰から顎にかけて打撲と擦り傷になっていた。
「ちょっと触るよ」と治癒魔術をかけた。
「ほかにケガしたり、具合の悪い子はいないかな?」
「……サクヤちゃんが……」
奥にいる、いちばん年長の少年を指差した。
彼は、ここに放り込まれてすぐ妙な動きを始めた俺を、壁際から睨みつけている。
警戒しているのか、幼い子を守るように抱え込んで。
まだ心折れていない、気丈な眼だ。
「キミたちを助けに来たんだ。大丈夫、心配しないで」
なるべく刺激しないよう気をつけながら、ほかの子をかき分けてサクヤちゃんとやらに近付いた。
狭くて逃げようもないが、暴れないでくれるのはありがたい。
そっとケガの程度をチェックする。毛を逆立てたノラ猫に触れるような気分だ。
いっぱい殴られたのだろう。
あちこちに紫色のアザが散り、右上腕は腫れ上がっていた。
骨にヒビが入っているかもしれないな。
「痛かったろうに……キミは強いね。
みんなを守ろうと一生懸命だったんだよね」
鼻の奥がツンとなって、涙がチョチョ切れてくる。
最近は、健気な子どもがダメになった。いじらしくて愛おしくて……
いちばんひどい腕の傷に治癒魔術を施せば、少年の顔つきがいくぶん穏やかになった。
今まで、そうとう痛みがあったのだろう。
あとは小さなキズや打撲だ。
確認のため薄汚れた上衣の前を開きかけたら、いきなり頭をはたかれた。
あれ?
サクヤは顔を赤くして、胸のあたりを押さえてフルフルしている。
この反応は?
まさか?
「こ、ここは痛くない! 大丈夫だから!」と、大きな声を出された。
だから、今はシーよ、シーッ!
外の様子を探るが、男たちに気付かれた気配はない。というか、見張りは近くにいないのだろう。
いや、それはいいとして。
ひょっとして、俺。
……また、やっちゃった?
シルフィ、ごめん。
反省したつもりが、俺、ぜんぜん学習してなかったよ。
〝ショートヘアは男〟
この先入観をなんとかしないといい加減、ヤバいかも。
⑶
脱出の予定は真夜中だ。
誘拐した子どもたちを運び出そうというタイミング。
一味が勢ぞろいしたところを、うちの社長がかっこよく登場する手はずになっている。
まだ数時間はあるだろう。
暇だし、少しでも過ごしやすくしてやろうか。
ケガは治したものの、汚れたままでは辛かろうし。
「ちょっとごめんね、キレイにするからそっち側に寄って」
まずは牢の隅に溜まっている汚物を水で流した。
屋外まで流し出すと見つかっちゃってマズかろうから、ちょっと遠くにやっただけだ。
匂いはどうしようもないけれど、多少はマシかな。
冒険者時代は、宿屋に入って最初にやることが掃除だった。
ここらへんは、日本人的感覚が残ってるんだろう。
小さい子から順に、簡単に服を洗っては禁術スチームドライで乾かし、そして着せていく。
相手が可愛い女児だろうが、今や俺も娘のオムツ替えをこなす身だ。
心を無にして、洗って乾かす工程をひたすら繰り返す。
魔術を繰り出す俺の手を、子どもたちは飽きることなく見守っていた。
微妙なお年頃のサクヤ嬢は少々抵抗を示したものの、見えないように、できるだけ配慮して許してもらう。
汚れた水の入った桶(俺の手製)が残ったけれど、まあ仕方ない。
最後に牢内の床を乾して、ようやく人心地ついたのだった。
怯えや不安が解消というわけにはもちろんいかないが、子どもたちの表情が和らいで見える。
濡れて汚れた服というのは、それだけで気力を奪うものだ。
久しぶりに小ざっぱりして安心したのか、みんな眠そうにトロンとしてきた。
親元に帰してやれるまでもう少しかかるから、休める時に休ませてやりたいと思う。
「……お父さんみたい」
最初に泣いていた子がピトッとくっ付いてきたと思ったら、そのまま夢の中へ。
俺のパパン・オーラはこの姿になっても、健在であるらしい。
眠る子を起こさぬようにジリジリとサクヤに近づいて、小声で話しかけた。
「どこから連れてこられた子たちか、わかる?」
「町の子がふたり、川向こうの村からひとり、あたしとコノハが月の谷」
指差しながら説明するサクヤによると、俺にしがみ付いて寝ているのがコノハで、サクヤの妹らしい。5才か6才くらいかな。
暗くて分かりにくいが、ふたりは顔立ちが似てる。
こうして見ると、サクヤははっきり女の子だ。それも美少女と言っていい。
やはり俺の目はフシアナだった。
「いつから捕まってた?」
「外見えなくてよくわからないけど、食べ物は何回かもらったし、たぶん2日くらいだと思う。
ほかの3人は、あたしたちが連れてこられた時もういたの。だからもっと……」
そこで彼女はなにかを思い出したようにハッとした。
「ねえ、月はどうなった? 今日ってもう満月?」
「いや、満月は明日だよ」
俺たちは、そのタイミングを狙って来たんだから。
「いいか、よく聞いて」
サクヤをまっすぐ見た。
「真夜中に、外がちょっと騒がしくなるはずだ。
俺の仲間が悪者をやっつけてくれるから、そしたらみんなでここを出る。
まず町まで戻ってふたりを家に帰して、それから川向こう、最後に月の谷にキミたちを送っていく。
大丈夫、満月には余裕で間に合うよ」