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ー8ー
⑴
大きな音と、男たちの悲鳴。
が、それも数秒のこと。あっけなく静かになった。
ならず者がどれだけ集まろうが、オルステッドにとってはハエを払うようなものだ。
いや、払わずとも、ハエのほうから
はっきり言って、なんて贅沢! オルステッドの無駄遣いだ。
まあ、せっかく来てもらったのだから甘えよう。
俺の隣でウトウトしていたサクヤを始め、子どもたちがビクンと目を覚ました。
かわいそうに、すっかり物音に敏感になっている。
しばらく外の様子を窺って安全確認したのち、
「さあ、ここから出るよ」
土魔術で南京錠を破壊した。
子どもの中に、つつこうが揺すろうが、どうしても起きてくれない大物がひとり。
仕方ないから、俺の背に乗っけてもらった。
体格にあまり差がないぶん少々動きにくいが、片手は使えるから問題はないだろう。
「あたしのほうが大きいんだから、背負わせてよ」
サクヤが言うが、誘拐監禁されていた女の子にそんなことさせるわけにはいかない。
眠った子は、びっくりするくらい重たくなるんだよなぁ。
一度眠ると絶対に起きない。思えば、弟の小さい頃がそうだった。
ふたりで遊びに行った帰りにやられて、泣きたくなったことが何度もある。
ルーシーはお利口さんなのか、そういった場面はまだ見たことがない。
というか、一緒に出かけたこと自体まだほとんどないかも。
……なんだか寂しい。ルーシーとララに会いたいな。
ひとり背負って用心しつつ外へ出ると、ほか4人もおっかなびっくり付いてくる。
外はシンと静まり返り、人っ子ひとり姿は見えなかった。
俺も来る時に乗せられた荷馬車が1台あるだけだ。
あの男たちがどうなっても知ったこっちゃないが、人相の悪い顔がああなったりこうなったりしているのを、幼い子には絶対に見せたくない。
目に触れないところに片付けてくれた社長、どうもありがとう。
と、賊の生き残りが、馬車の幌からヌッと現れた。
馬の気配に紛れて潜んでいたヤツを、取りこぼしたのだろうか。
せっかく感謝したのに、とんだ凡ミスじゃないですか、社長さん……
血走った目、蒼白な顔には脂汗、ひと目でわかるほどに男は震えている。
「お、お……お前らぁ〜!!」
俺の背後で、子どもたちが引きつるような悲鳴をあげた。
恐慌状態に陥っている。無理もなかろう。
コイツはオルステッドの殺気を間近で感じ、仲間たちが一瞬で屠られるのを目撃したはずだ。
不明瞭な言葉を口走る半狂乱の男が、馬車から飛び降りようとして……
「『泥沼』」
着地することなく泥の中に膝まで沈み、べシャンと倒れた。
⑵
男をグルグル巻きにして牢屋に放り込もうかとも思ったが、町への道がわからなかったので、不本意ながら連れていくことにした。
人攫いとして官憲に突き出そうにも、この国ではおそらく無駄だろう。
後腐れのないように、どこか遠いとこに捨ててこないとなあ。
〝悪いことしたら、銀色の怖いおじちゃんが来るぞ〜〟
とかなんとか脅しとけば、改心するかもしれない。
怯える馬を落ち着かせながら、怯えきった男に道を確かめながら、その男を怖がる子どもたちをなだめながら町へと向かう。
身ひとつで連れてこられたので、残念ながら光の精霊スクロールはない。
まん丸には少しだけ足らぬ月、その薄明かりだけが頼りだ。
道から外れないよう、ゆっくり慎重に馬を走らせていった。
行程は思うように捗らない。
喉が渇いたと言われれば馬車を止めて水を出し、オシッコと言われてやっぱり馬車を止めて物陰まで連れて行き、暗くて怖いからお歌うたってと言うから歌ったら泣かれて……なんでやねん。
俺は幼稚園の先生じゃないぞ。
なんだか、どっと疲れてしまった。
子どもって、理屈じゃ絶対に動いてくれないってのが身に沁みてわかったよ……
オルステッドは、最初この仕事にひとりで行こうとしてたんだよな。
チビっ子たちをどうするつもりだったのか。
彼が子守りするのは、うちの子限定じゃないと不可能だろう。
「今までずっと小さい子たちの面倒……えらいな。大変だったろう?」
サクヤへの尊敬がじわじわと深まる。俺ときたら、数時間でほぼグロッキーだ。
「うーん……でも、あたしひとりだったら、きっと泣いてばかりだったろうなあ。
怖いって思う暇なかったから、かえって良かったのかもね」
サクヤは荷台でいちばん小さい子を抱いている。
妹のコノハのほうは、足元に転がる男を気にしながらも、前を見て障害物のあるのを教えてくれていた。
1頭立ての馬車に、子ども6人と大人ひとり。なかなかに狭いし、馬もしんどそうだ。
「ねえ、名前教えてよ」とサクヤ。
「んーと、ルディ……かな」
「どうしてあたしたちを助けてくれたの?」
「仕事みたいなもんだよ」
この姉妹を、満月の晩に間に合うよう〝月の谷〟の集落に帰すのが、今回の俺の任務だ。
いきなり監禁場所に乗り込んで救出してもよかったが、中の様子がわからなかったのと、必要以上に怖がらせることもなかろうと、回りくどい手順を踏ませてもらった。
俺の姿が好都合というのもあったしな。
攫ってもらえなかったら、どうするつもりだったって?
ま、そん時はそん時だ。
やりようはいくらでもあるさ。
「谷に帰ったら、サクヤちゃんにも大切なお仕事があるんだよ。
花をいっぱい咲かすの。あたしもお手伝いしたんだ」
誇らしげに言うコノハの言葉を聞く頃、馬車はようやく明け方の町に入っていった。
⑶
3人目を親元に帰すと、もうかなり日も高い。
さらに奥地にある月の谷へと、サクヤとコノハの案内で馬車を走らせつづけた。
川沿いの道を進むのは、森を抜けるよりもどうしても遠回りになる。
人間も馬も疲労困ぱい。
休憩を取ったところ姉妹が眠り込み、どうしても起きなくなった。
ああ……また例のやつか。
ゲンナリしていると、「子どもは眠らせた」なんて言いつつオルステッドが現れたのであった。
俺のバックパックを背負って、森を走ってきてくれたのだろうか。
ローブがなくて、なんとも不安だったからありがたい。
そういえば、グルグル巻き男がいたな。町を抜けたあたりから、すっかり存在を忘れていた。
本気で嫌がる男を無理矢理オルステッドに紹介して、それから解放してやることにする。
「今度会ったら必ず殺す、と言ってます。
あんな顔ですが、彼は正義の味方なので、あなたが悪事を働くとすぐにやってきますよ」
と、涙と鼻水でぐちょぐちょの顔に耳打ち。
男は腰を抜かして、文字どおり転げながら逃げていった。
「なぜ逃した」
「昨夜から2度も死ぬほど怖い思いをしたので、もう悪さはしないでしょう。
仲間もいなくなりましたしね」
「お前は甘い」
オルステッドは吐き捨てるように言った。
まあ、俺が甘ちゃんなのは否定しない。正直なところ、殺さずに済むなら殺したくないもんな。
ただ、みんないろんな事情を抱えながら、必死に生きている。
あの男にも、アイツなりの人生があるだろう。
やり直すチャンスはあってもいいと思うんだ。
⑸
川に沿って上流にさかのぼれば、やがて月の谷だ。
赤龍山脈からリングス海へと流れる大河は、多くの支流に分かれながら、肥沃な土と養分を下流域へと運ぶ。
この一帯は、農業生産地として周辺国の食料事情を支えていた。
中流域の山には、春から夏にかけて繁茂する、毒性の高い植物があるそうだ。
夏が終わる頃、その植物は、土壌に高濃度の毒素を残して自家中毒で枯れてしまう。
毒は山の傾斜に沿って広がり、秋の長雨で谷川に溶け込むと、やがて下流の農地にまで到達するのだ。
土壌汚染による凶作を、長いあいだ防いできたのが月の谷の人々というわけだ。
とりわけ、サクヤの存在が鍵になるのだという。
「毒により農地を捨てた多数の農民が、兵士として周辺国へと流れる。
例の魔石で凶暴化した魔獣の討伐に大量投入されたのも、そんな元農民の兵だ」
オルステッドは、馬からできるだけ距離を取ろうとしてか、荷台の一番後ろに座っている。
気の毒なのは馬だ。
背後に感じる恐ろしい気配から逃れようと、それこそ馬車馬のように走りつづけた。
「しかし今回、暴れる魔獣は現れず、このままでは不作による飢饉もやってこよう。
不安定な情勢の中に増員された兵士で、紛争国同士の軍事バランスは崩壊する。
王竜王国まで巻き込んでな。
これは、あまり都合が良くない」
最初は石コロ程度でも、雪玉が転がって大きくなるように、やがて重大な結果に繋がることがある。
1か所触ると、芋づる的にやることが増える厄介なパターンだ。
この仕事の難しいところで、同時に醍醐味と言えるかもしれない。
もっとも俺自身は言われるままに動いているに過ぎず、大局観をもってやっているわけではないが。
「あとは任せたぞ」
振り返ると、もうオルステッドの姿はなかった。
もうじき姉妹も目を覚ますだろう。
危機は去ったと安堵したのか、馬の走るスピードがぐっと遅くなった。
「お前もご苦労だったな」
月の谷には、きっと美味しい草がいっぱいあるから頑張れ。
なんなら、可愛い牝馬もいるかもしれない。