花に月〜(無職転生だけど)コナ○騒動〜    作:麓63

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※あとがき部分に拙い挿絵を1枚付けています。
 イメージが壊れたり、限定される恐れもありますので、好まれない方はご注意を。





花に月〜コナ○騒動〜 9

−9ー

 

月の谷は緑豊かな美しいところだった。

大河のほとりにある100人あまりの小さな集落で、両側を山に挟まれた、いわゆる扇状地に位置している。

住民たちは、農業、主に果樹栽培で生計を立てているそうだ。

 

サクヤとコノハを連れ帰ったところ、集落全体が大喜びで迎えてくれた。

とくに父親からは涙ながらに感謝された。

獣に襲われたか、川に流されたか。男たち総出で必死に探していたらしい。

 

「まだ小さいのに……えらいね、ボク。本当にありがとうね」

子どもの(ように見える)俺がふたりを救い出して帰ったことに驚きつつも、女性たちが張り切って、新鮮な野菜や果物でこしらえた料理を振舞ってくれた。

姉妹が戻ってきたことで、集落全体がにわかに活気付き、動きはじめた感じだ。

ちょうど、お祭りの前のような高揚感があった。

 

「夕方になったら、あたしたち山に登るんだよ。

サクヤちゃんが月香草を咲かせるの。一緒に行こうよ」

無邪気に俺の腕を引っ張るコノハ。

 

衣装を着替えて現れたサクヤは、別人のように大人びて見えた。

「満月に照らされて、川のずーっと下流のほうまで花が咲くんだ。

助けてくれたお礼と言ってはなんだけど、もし夜までいられるんなら、ルディにも見てほしい。

すっごく綺麗なんだから」

 

 

大切な儀式を前に、人攫いに捕まって連れていかれた。

その時あたしは〝バチが当たった〟と思った。

 

あたしには、この月の谷での大切な役目がある。

死んだお母さんのほかは、誰にもできないと信じていたこと。

 

〝山の斜面に月香草の花を咲かせる〟

 

失敗したら、その年は、ずっと遠くの下流のほうまで収穫が見込めなくなってしまう。

そんなふうに、お父さんから聞かされていた。

それを、これからは毎年あたしがやらなければならない。

責任重大だ。

 

去年初めて役を務めた時、できなかったらどうしようってすごく怖かったのを、昨日のことのようにハッキリ憶えている。

声はかすれるし、足は震えるし。

夢中でやるうちに、なんとか成功したけれど……

ただのマグレだったんじゃないか。もう二度とできないんじゃないか。

そんな考えが抜けない。

 

夏が終わりかけ……儀式が近づくにつれて、逃げ出したい気持ちが強くなってきた。

そして、月香草の種まきで遠出して、つい思ってしまったのだ。

 

——このままいなくなりたい——

 

幼いコノハまで巻き込んで、あんなことになったのは全部あたしのせいなんだ。

 

ルディは変わった男の子だった。

恐ろしい牢屋に入れられても、ぜんぜん怖がっていなかった。

そればかりか、不思議な魔法を使ってケガを治したり、洗濯したり。

 

いや、魔法じゃない。魔術だ。

魔術師という人がいること、あたしだって知っている。

でもそれは、長い杖を持って気難しい顔をしたおじいさんだ。

 

月の谷にも、一度だけ魔術師が立ち寄ったことがある。

手から大きな水の玉を飛ばすのを見て、あたしたちはみんな、すごくビックリした。

あんなの初めて見たもの。

どうやるのか教えてって頼んだら、何年もたくさん修行して、難しい呪文も覚えなければダメだって。

 

ルディは飛んでいく大きな水玉は出さなかったけれど、手から水やお湯をバシャバシャ出した。

ほかにもいろんなことをしてくれた。

あのおじいさんとルディと、どっちがすごい魔術師なのかはわからない。

ただ、おじいさんは威張ってやってみせたのに、ルディは全部なんでもないことのようにやってくれたんだ。

できる、できないではなく、そうなるのが自然で当たり前のように。

そういえば、呪文もほとんど言ってなかったように思う。

 

そんなルディを見ていて、気が付いたんだ。

 

自分の役目を、特別で難しいことだと決めつけてただけなのかもしれない。

考えてみれば、花が咲くのも風が吹くのも、ごく自然なことだ。

ならば、月香草と風、そして月に任せればいい。

あたしはそれに合わせるだけ。

お母さんも、きっとそうしていたんじゃないかな。

 

そう思ったら、緊張も、胸のドキドキも小さくなっていった。

 

大丈夫。

あたしはやれる。

 

 

姉妹ほか、集落の代表者数名とともに、山の急な斜面を登っていく。

張り切って案内してくれるコノハによると、月香草を咲かせるのは、もともとは彼女らの亡き母親が担っていた役割だったそうだ。

 

時期が来ると、1年間伸ばした髪を月に捧げて豊穣を祈願し、月香草の種子を大河流域の東斜面にまく。

ものの数日で膝丈ほどに成長した草を、満月の晩に一気に開花させるという。

それを祭主としてつかさどるのが、サクヤだ。

母から娘へと代々受け継がれてきた特殊能力、一種の神子の力なのだろう。

 

ちなみに彼女たちが攫われたのは、いつもより遠くまで種まきに励んだ結果、町に近づき過ぎたためだそうだ。

 

「これは形だけの儀式じゃなくてな、ちゃんと意味があるんだよ。

月香草は、花が開く時に、地面に蓄積された毒や有害物質を吸い出してくれる。

今回花を咲かせられんかったら、毒が広がって土がダメになり、作物が枯れちまったはずだ。

この谷ばかりか、辺り一帯まで巻き込んでの大不作、下手をしたら飢饉になるところだった」

と、並んで歩く俺とコノハを後ろから見守っていた、姉妹の父親が言う。

さらに言葉が続く。

 

「それもあったけれど、個人的には、娘たちの安否がなにより気がかりだったのが本当のところでなあ。

ここ数日、まったく生きた心地がせんかった。

だから、坊やにはいくら感謝してもしきれんほどだよ」

 

妻の忘れ形見でもある娘を想う彼の心は、察して余りある。

こちらの都合うんぬんは抜きにしても、ふたりに関われて、そして助けられて良かった。

心からそう思う。

 

登るにつれて視界がひらけていき、一行はやがて、中央大陸東側の広大な景色を見渡していた。

 

太陽が背後の山に隠れるのと時を同じく、大河の伸びる遥か東の稜線に大きな丸い月が顔を覗かせた。

日本で言うところの〝中秋の名月〟だ。

空の暗さとのコントラストが強まるにしたがって、満月が存在感を増していく。

 

月香草は風に揺れながら、淡く光を放っていた。

 

月がずいぶん高くなった。

俺たちが見守る中、サクヤが月香草の群生する斜面の中腹に立ち、ゆっくりと月に向かって両手をあげた。

 

はじめはかすかに、そしてしだいにはっきり聴こえてくる響き。

……歌か。

魔術の詠唱のようにも聞こえる。

少女の声が風に乗る。不思議な節回しが耳に心地いい。

 

すぐに一面に広がる草の斜面のあちこちから、スルスルと花茎が伸びていった。

注意深く見ていると、蕾がゆっくり膨らんでいくのがわかる。

いっきに花を咲かせるというのは、本当らしい。

 

突然。

 

———ヒュッ

 

……あれ? 

 

この感覚。

このタマヒュン感は、どこかで……?

 

……や、やばい!!

 

急速に頭が冷えた。

早く身を隠さねば! 

焦りまくる俺。

が、実際は、1歩下がっただけで動けなくなった。

 

事案発生だ。

 

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

急にうずくまった俺を心配してくれるコノハ。

頼む、こっちを見ないでくれ。

幼い姉妹の前で、メルモちゃんを披露してしまったのか。

しかも、大切な儀式の最中に。

 

いや、待て。絶望するのはまだ早い。

俺は今、伸縮ローブを着ている。最後の砦は守られたはずだ。

なんとかなるかもしれない

 

この場をどうやり過ごそうか、回らない頭で必死に考える。

 

「プッ。ルディ、それ。どうしたの?」

 

ああ……笑われちまったよ。

 

俺は観念して立ち上がった。

変態が現れたと泣かれるより、笑われるほうがまだ救いがあるだろう。

 

が、コノハは俺の頭上あたりを面白そうに指差していた。

 

あ。

彼女と目の高さが近い。

 

混乱しつつも自分の身体を見回すと、お子様サイズのまま。

そして頭を動かした時に、なぜか頭皮が突っ張った。

かつて経験したことのない、おかしな感覚がする。

 

「なんだ? これ」

 

伸ばした手にヒンヤリ触れた、細長いもの。

見えないからよくわからんが、植物の茎と葉のような。

 

「頭から、月香草が生えてるよ」

歌だか詠唱だかを続けているサクヤを気遣いながら、こみ上げる笑いを必死にこらえるコノハ。

俺は、ふたたび混乱中だ。

 

ほかの大人たちも、チラチラこっちを気にしている。

しかし、儀式はおそらくクライマックス。

サクヤは声をひときわ張り上げた。 

 

ザア———————ッ

 

強い風が吹き抜ける。

 

強風が凪いだ時、

月香草がいっせいに花開いた。

 

見渡す限り満開の

花、

花、

花……

 

月の光を弾いて、銀色に輝いていた。

 

 

幻想的な光景に我を忘れてしばし見惚れ、そして気付いたら周りに人が集まっていた。

皆、俺の頭に思案顔だ。

 

「ああ、それは無理に抜かんほうがいい。

月香草は、毒素を吸収し尽くしたら自然に枯れるから。

なんでキミの頭に生えるのかはわからんけども」

 

……毒か。やっぱ、アレだよな。

「はあ、心当たりが無くもないです。

ちなみに、どれくらいで枯れるんでしょうかね」

「ここに咲いてるのは長くても2〜3日でしおれるんだが、それはどうだろうなあ」

 

うまくいけば、万事解決となるかもしれない。

期待を込めつつ経過観察だな。

なんにしろ、早めに立ち去ったほうが良さそうだ。

 

「皆さんはこのあと、どうされるんですか?」

「今夜はひと晩中、ここで見守ることになるな」

「そうなんですか。じゃあ、僕はこれで失礼させてもらいますね」

 

「ルディ! 行っちゃうの? 朝までいればいいのに」

「ちょっと急ぐんだ。コノハちゃん、連れてきてくれてありがとう。

ほんとうに不思議で綺麗な光景だった。きっと一生忘れないよ。

サクヤちゃんにも、どうかよろしく伝えといてね」

 

斜面の中腹に立つサクヤがチラリと視線を寄こしたので、軽く手を振って応え、月明かりの山道を降りた。

頭上の草がビョンビョン揺れる。

 

睡眠不足で疲れてはいたけれど、清々しい良い気分だった。

 

馬車を残していた集落の入り口付近には、オルステッドの姿があった。

「見事な花でしたよ、そこからも見えましたか?」

 

彼は問いかけに答えず、俺の、ある一点を凝視していた。

 

「なんだ、その頭は」

 

 

 

 

 





【挿絵表示】

ババーン、と横広の大画面にしたらバエたのではと思いつつ。
ちょっぴりメルヘンな気分になれました。


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