6/1(月) 夜
「…まあ、全部私の推測なんですがね」
帰ったら寮の一階が真っ暗だったので(だれもいないなんて珍しいな…)と思いつつぱちん、と電気のスイッチを入れると悲鳴と物音。
「きゃーーーーーーーーー!!!!!!?」
「ぎゃっ!」
慌てて物音と悲鳴の方へ駆け寄るとダイニングで岳羽と伊織がもみくちゃになって倒れていた。
「順平…サイテー!」
べちん!
「イテェ!? なんでオレッッ!?」
そのまま伊織は岳羽にビンタされて目を白黒させていた。なんだか悪いことをしてしまった気がする。
「…なんかごめん…それとただいま」
「……三上、帰ってきたか。おかえり。ちょうどいま、先日の女子生徒について話していたところだ」
「ついでに順平が怖い話してたの! なんだかよくわからなかったけど!」
ああ、そんな時期か…と遠い目をする。
残念ながら自分にも怖い話の持ち合わせは無い。精々オブラートに包んだ自分の死にざまを語るくらいしかない。そしてそれはそれでホラーなのか?という気もするけれど。かなり味気ないし。
「話がそれたが…明彦、先ほどの話、どう思う?」
「調べる価値はありそうだな」
美鶴さんの言葉に真田くんが頷く。真剣そうな二人の空気を中和するためか、それともおちょくるためなのか、伊織がにやりと笑いながら岳羽の方を向いた。
「しっかし、ゆかりッチさ。お化けがニガテとは、チョイ情けないよな」
「なっ!? 情けないって言った!? い、いーわよ、順平。だったら、調べよーじゃないの。お互い、これから1週間、色んな人からテッテーテキに話を聞いて回るワケ」
キッと表情をきつくした岳羽が鼻息荒く宣戦布告をする。
自分に情報収集の役目が回って来なくてよかったなと思う。そういうのはあまり得意ではないしあまり好きでもないから。
「怪談なんて、ゼッタイ嘘に決まってるし!」
「それは助かる。気味の悪い話だからな」
「じゃ、宜しくな。あー怖い怖い」
「どうでもいい…」
「俺としても物理攻撃が効かなさそうな幽霊が出てきてもらったら怖いなぁ…殴れないのは困るよね」
「三上センパイ、そこ気にするとこっスかね…」
まあ、幽霊が出てもハマ系で即成仏だとは思うが。
そこのところは本当にペルソナ様様だと思う。あってよかったペルソナ。
影時間
ぱちり。目が覚める。
「起きた…?」
顔を覗き込んでいるモルフェに少し驚くも声は出さない。いつものことだ。たぶん。
「あのね…次の満月…」
モルフェが皆まで言わずとも言いたいことが分かった。
恐らく次の大型シャドウにも近づかないでほしいとかそんなところだろう。
「ああ、それなら大丈夫だ。たぶん俺は待機だし…」
次の大型シャドウに関しては自分は出る幕がない。
怪我をしているしなによりも戦闘に参加しないので近づきようがない。今回は我慢だ。
心配を払しょくしたと思っていたその言葉を聞いても、モルフェの顔は明るくない。
「うん…」
「いや、ホントに隠れて行ったりとかしないから…湊たちも十分強いし」
「うん…」
それでもなお、心配そうな表情をするモルフェに何か声をかけようとした。
しかし
(あれ…急に眠気が…)
まるで泥に沈むように眠気が襲ってくる。
瞼と身体が重い。鉛のようだ。
「…ごめんね」
意識はそこで途切れた。
6/3(水) 放課後
なんだか体がだるい。
今日は夜にクラブに行こうかと思っていたがやめておいた方がよさそうだ。
あの男性の話をまた聞いてみたかったが仕方ない。体調が悪化するよりかはマシだ。
「チミ、顔色悪いっスよ」
「そんなに? …うーん」
モコイさんにまで心配されてしまうとは。
これは明日保険の江戸川先生の薬を飲むべきかもしれない。
今日は申し訳ないけどタルタロスにはついていかないで早めに寝るとして、明日の昼休みか放課後に保健室にいかなくては、と脳内に予定を書き込んだ。
6/4(木) 昼休み
結局体調不良は朝になっても治らず更に悪化しているような気がしたので昼休みになった瞬間保健室に駆け込んだ。
「失礼します…」
「保健室に何か用かねイヒヒヒヒ…ってこれはこれは三上くんじゃないですか…いつも調子が悪そうですけども、今日は随分と顔色がお悪いようで…ヒヒ…」
「はは…」
「これは…出番ですね、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ…さて、取りだしましたるこの秘薬──」
ニヤニヤと笑いながら薬を出してくる先生に苦笑いする。そしていつもどおり凄まじいにおいがしてるのでげんなりした。正直、体調が悪くなければ死んでも飲みたくない。
「あ、原材料とかはいいので…早くください…」
「慣れてしまっては面白くないですねぇ…イヒヒ…では、どうぞ」
これでも先生は最初の頃に比べて大人しくなった方だと思う。以前の周で見たときの先生はとんでもない台風のような存在だったので。飲め!飲め!とイッキを強要してくるとんでもねえ先生だった。今もそうかもしれないけれど。
匂いだけで吐きそうなので鼻をつまんでから大人しく差し出された薬を一気に
「~~~~~~~~~~~~~~~~!」
味に関しては激烈。なんというかこの後味の濃いものを食べてもしばらく苦みと渋みが抜けそうにない感じである。舌にこびりつくこのピリッとした感じが堪らない。主に嫌なのを我慢できないという方の意味で。
ドブよりも酷い薬臭さの残る独特の残り香で吐いてしまいそうだ。うっぷ。
「いいですねぇその顔、慣れてしまった三上くんでも薬を飲むときだけは最初と変わらない顔をする」
「も…もう少し味と臭いなんとかならないんですか…」
「無理」
「そうですか…」
味と臭いの改善については無理らしい。なんだか少し疲れた。
ついでに体調も悪いままだ。でもすこしだけ、勇気が上がった気がする。
6/5(金) 夜
身体が怠い。今頃ラウンジで岳羽と伊織が集めた情報の確認会がされているのだろうが出られそうにない。
とりあえず、今日も夜は早めに寝ておくことにする。
6/6(土) 夜
なんだかすごく体調がいい。昨日までの不調が嘘のようだった。
連日早めに寝た事が功を奏したのだろうか。
モコイさんとの食べ歩きを今週はあまりしていなかったので調子に乗って出歩いていたら遅くなってしまった。今日はいつもの“うみうし”と“わかつ”と“ワック”をハシゴした。なんだか食欲も以前のように戻ってきている気がして今日は本当にうれしい。
帰る途中、見覚えのある四人を見つける。
「アレ、チミのシスターとブラザーとそのフレンズだよネ?」
「…あ、ほんとだ」
モコイさんが不思議そうに首を傾げる。
湊と奏子と伊織と岳羽だ。四人が一緒にいることは珍しくはないが向かっている先が問題だ。
あっちは確か不良のたまり場になっていて遊ぶような場所では無かったはずだ。
四人だし大丈夫だとは思いたいけど念のためとこっそりついていくことにした。危なくなったら偶然を装って通りかかったフリをすればいいし。
結局四人は本当に不良のたまり場に用があるのか何なのか、来てしまったようだ。
「ちっと、オマエらさ。遊ぶとこ間違えてんじゃねえの?」
「あ…いや…べつに…」
不良の言葉に陰ながら頷く。
危ないだろうこんな薄暗くてじめじめしてて不良の多い溜まり場なんて。犯罪の温床かもしれないのに。
本当に、タカられて連れてこられるならまだしも何の用があって──
(あ)
思い出す。以前の周の記憶に間違いないのなら、四人はたしか山岸の件に関わる情報収集の為にここに来たんじゃなかったろうか。
記憶をたどり寄せていたその時、不良が不意に四人に近づく。ここはどうすべきか。
「フゥ…オマエらみたいの来っとシラけんだろ…帰れよ、ヒゲ男くん」
「ヒ、ヒゲ男くん? …あ、あー、オレの事っスね…」
たじろぎながらも答える伊織に対し、岳羽が口を開く。
「ここに来るのに、なんで、あんたの許可が要るワケ?」
「ちょっ、おまっ、バカかよ! お前あれか!? 空気詠み人知らずか!?」
伊織が焦るのと同時にこちらもいつでも出れるようにしておく。
岳羽は意外と根性があるというか負けん気が強いというか、それはそれで問題を引き寄せることも多いが良いところだと思った。押しが強くないとどうにもできないことはある。自分は不得意だけど。
「なにそれ…て言うか、こんな連中にビビんないでよっ! 」
「ああ?」
「“こんな連中”っつったよ、そのコ」
「やっちゃえばー? ツキ高とか、カンケないし」
「つか、写メとか撮って流しちゃおーか! パパとかが気ぃ失うよーなセクスィーポーズのやつ!」
「きゃははははっ!! やべ、ちょーウケるっ!」
岳羽の言葉にカチンときたのかたまり場にいた者が沸き立つ。
というかセクシーじゃなくてセクスィーなのか…というのは突っ込まないでおこうと思う。
女子って怖いなあと他人事のように思う。
「こいつら、サイッテー…」
確かに、言ってることは犯罪スレスレだしかなり倫理的に低俗だ。
だけれども、
もしかしたらサプライズ精神でもあるのかもしれない。
「あちゃー。彼女いま“サイテー”とか言ったよね。ヒゲ男くんも大変だ。こんなアグレッシブなコと一緒だと…」
男がこぶしを引く。
伊織の腹にぶつかる瞬間にその腕を右腕で掴んで止めた。
「そうかな? 俺は良いと思うんだけど」
にっこりと、不良の男の方に笑いかける。こういうのはファーストコンタクトの印象で全てが決まるのだ。悪印象ではなくいい印象を植え付けてなるべく穏便にここは済ませよう。
「あ…オマエ…」
「お、お兄ちゃ…!?」
「随分と楽しそうなことをしてるね! …俺も仲間に入れてくんない?」
できるだけ友好な事を示すために「僕も仲間にいれてよぷるぷる」的なセリフを吐いておく。お決まりの、もちろんお前がサンドバッグな!とは絶対に言わない。
「ひっ…!」
怯えたように腕を振り払われる。残念だ。第一印象をよくする作戦は失敗だったようだ。
とてもやさしく言ったつもりなのに。もしかして言わなかった方の言葉を察されたとか?
それはそれは申し訳ないことをした。
「な、なんでオマエがここに…俺たちのことはもう手出ししないって…!」
「俺は、“お前たちが俺の身内に危害を加えようとしない限りは”って言ったよね? そんなことも忘れちゃったか。あーあ、仕方ないなあ…」
口が勝手に言葉を吐き出す。
もしかして1、2年の時の自分はここで何かやらかしたのではないだろうか。具体的にはわからないが凄まじくとんでもないことを。
第一印象はいまでなく去年or一昨年で決まってしまっていたのでは???
よくよくみれば周りも一歩下がって怯えるようにこちらを見ている。そんな目で見られると少しショックだ。こちとらガラスより脆いおぼろ豆腐ハートなのだ。
「お、俺はこいつらがオマエの身内だなんて知らなくて…! た、頼む…! 見逃してくれ…!」
「こっちだってそっちの事情なんか知らないよ。あ、そうだ。今度は腕一本だけじゃなくて両方いっとく? そういう約束だったもんね!」
青ざめる男に対し、あくまでもにこやかに告げる自分。ちなみに、ここもまた勝手に口が動いている。
我ながらとんでもないことをしてる。今度は両腕という事は以前にこの男の片腕を折ったことがあるということだ。
めんどくさいことはなるべく避けるをモットーに生きているはずなのに、どうしてこうして感知外の自分は問題を増やしているのだろうか。いや、自分の事なので恐らくはそうしなければならない理由があったんだろう。止むにやまれない理由が。
…なるべくはそうであってほしい。
蹴り倒して男の左腕に足をのせる。
「ひぃぃっ! 頼む…! 頼むからやめてくれよォ!」
「やめて、くれ? 何か違うよね」
「やっ、やめてください!!! もうそいつらに手出しはしないのでやめてください!!!」
「うーん、どうしようかな」
酷い。
今日の晩御飯を悩むかのような気軽さで他人の腕を折るかどうか決めようとしてる自分とか正気じゃない。
このままだれも止めなきゃマジでこの男の腕は折れてしまう。ちらりと湊と奏子をみるもドン引きしてるどころか少し怖がっているようなのでストッパーにはなりえなさそうだ。
安心させるためにもすこし笑いかけておこう。にっこりスマイル。
ついでに腕に乗せている足に体重を乗せる。あ、これ、もう少しで折れそう。やばい。
「いぎ…ぐっ、マジで…手を出そうとしてすみませんでした! だから、」
「うんうん。そうだね。でも、約束を破ったのはきみなんだし──」
「そこまでにしておけ、三上」
「駄目だよ」と、口が勝手に紡ごうとしたその瞬間、脇から聞こえてきた聞き覚えのある声に顔をあげて足に込めていた力を緩める。でもどけはしないようだ。
「…やあ、荒垣くんひさしぶり」
奥からやってきた荒垣真次郎──荒垣くんに片手をあげて挨拶をする。なんだか荒垣くんが苦虫を噛み潰したような顔をしているのは気のせいだと思いたい。
「変わらないなお前は。…そいつから離れてやれ…漏らしてる」
「うわ、それはやだな」
汚いな、と今度こそ足を放して離れてあげれば本当に失禁していたらしくズボンを濡らした男は片腕を押さえながらずるずると這いずって距離をとった。あれはひび位は入ってるかもしれない。
「あ、そうだ。きみ、荒垣くんに感謝しておいてね」
「ひぃぃいいいい!」
──そうじゃないと、ホントに折れてたよ。マジで。
そう親切心で告げたつもりが悲鳴を上げて逃げられてしまった。
ほんとうに、申し訳ない。これっぽっちしか申し訳ない気持ちは心にないけど。
「…三上、ぞろぞろとガキを連れて何の用だ。帰れ。お前はともかくコイツらの来るトコじゃねえ」
荒垣くんがようやく口を開くころにはこのたまり場は自分たち以外誰もいなくなっていた。
後ろから殴られたり人質を取られなくてよかった、と胸をなでおろすも荒垣くんの言葉は間違いなので訂正しておく。
「俺が皆を連れてきたわけじゃないよ。四人が路地裏に入ってったから心配で来たら巻き込まれただけ。たまたまだよ」
「…そうか、なら、さっさと連れて帰りやがれ」
そういって踵を返した荒垣くんを、岳羽が呼び止めた。
「待って! …ごめんなさい、私たち、知りたいことがあって来たんです!」
「その顔…アキの病室にいた…おい、アキに言われてきたのか?」
荒垣くんの顔が湊へと向く。こちらはたまたま会っただけというのは信じて貰えたようだ。
「…別に」
「…フン」
湊の答えに納得してないのかしてないのか。どちらかというと「仕方がない」と言いたげに息を吐いた荒垣くんは素直に口を開いた。
「知りたい話ってのは何だ。例の“怪談”とやらか?」
「そうですけど…え、なんでわかったんですか?」
岳羽の言葉に荒垣くんは傍にあった階段へと移動する。
ここに幾月がいれば「階段で、怪談の話をする…ぷくく…傑作だぞこれは!」くらい言ってそうだ。いやいや冗談じゃない。脳内幾月はしまっちゃおう。しっしっ!
「…ウワサだ。病院送りになった女どもが、その辺にタムロって毎日話してた。“山岸”って同級生を色々イジってるってな」
「は?」
ここで奏子がドスの利いた低い声を出した。
「へーふぅーん、あの子たち、放課後はここにいたんだあ…」
知らなかったや、なんて笑う奏子の目は笑っていない。怖い。
下手すればお礼参りに行きかねないくらい怖い。
「そういえば、奏子ちゃんが山岸さんは虐められてるって言ってたね…」
「おかげで騒がれてるぜ…犯人は、その山岸の怨霊だ、とかな。話じゃネットでも、昨日あたりから、そんなネタばっからしい」
「はあ!?!?! 風花ちゃんの“怨霊”ってそれ、どういうことなの!?!?!?」
奏子がキレる。本人曰く彼女の友達らしいのでその言われようには許せないものがあるのだろう。
そりゃあ、友だちが勝手に死んだことにされて怨霊扱いとなるとキレても仕方ないと思う。
「お前ら…知らねぇのか? その山岸ってやつ、死んでるかもって。もう一週間かそこら、家にも戻ってねぇって話だ。ってか、毎日通ってるお前らがなんで知らねえ?」
心底不思議そうに語る荒垣くん。
学校に行っていない荒垣くんが知っていて、毎日真面目に学校に行っているはずの奏子たちが知らないことに驚いているのだろう。その真相はE組の担任である江古田がいじめ発覚を恐れて隠してたとかなんとかじゃなかっただろうか。そこら辺だった気がする。
興味がないのでよく覚えてないけれど。
そして「なんで知らないのか」と言われた湊以外の三人が顔を見合わせた。
湊はあまり興味がないのかそれともどうでもいいのか、手持ち無沙汰気味にイヤホンを弄りながらぼーっとしている。
「どうなってんだ? 山岸って、確か、病気だって…つか、行方不明じゃねえか!」
「これ、もう“怪談”じゃないよ…ねぇ奏子ちゃん、E組の担任って江古田だったよね、アイツ、このこと知ってそうだった…?」
「どうだろう…私のクラスでも風花ちゃんは病欠っていわれてたから…」
三人がこそこそと言い合いをしているあいだに、考え事をしていた荒垣くんは何かに気づいたようにはっとした。
「そうか、アキのやつ…あの日出来なかった事の“代わり”ってか? ったく…過去を切れねえのはどっちだってんだ…」
その言葉に四人の視線が荒垣くんに集まる。
ちなみに自分は荒垣くんの言う「あの日出来なかったこと」が何かは知らない。真田くんの妹さんに関することか、それともまた別のことか。
あまり詮索するのは好きではないため知らないままにしてある。
「…っ! なんでもねえ…知ってんのは、それだけだ。…もういいか?」
早くこの場から立ち去りたい、そんな空気になった荒垣くんの言葉に、伊織が帽子を外してお辞儀をする。
「あ、はい! お世話になったッス!」
そして横を向いて
「…ほら、お前も頭下げろよ」
湊の頭を下げさせた。確かに、湊は荒垣くんにこういうことしなさそうだもんなあ、と感じたので伊織の言うことは間違いでもないと思う。
「ありがとうございますっ! すっごい助かりました!」
「私も…知らないことを教えてくれてありがとうございました! 優しくてびっくりしちゃった…」
「あ…?」
荒垣くんが低い声を出したので慌てて遮る。
「あー…俺からもお礼を言わないとね、ありがとう荒垣くん。本当にありがとう」
止めてくれてなかったらあの不良の両腕は今頃ボッキボキのベッキベキに折れていただろうから本当に感謝している。さすが、(未来の)寮のオカンだ。
「チッ…もう来んじゃねえぞ。特に三上、てめえが出入りするとこれ以上に人が寄り付かなくなっちまう」
「善処する」
失礼な。過去の自分が何をやったのかは知らないが今の自分はハイパーミラクルスーパー品行方正な高校生なのだ。
過去の自分が何をやったのかは知らないが(大事なことなので二回言った)
「なあ湊、オレぜってー三上センパイのこと敵に回せねえわ…というか怒らせらんねーよアレは…」
「わかる」
「いつも通りの優しい声と表情なのがまた怖かったよね」
「わかる…いつも通りの変わらないお兄ちゃんがいつもとまったく違うことしてるの凄く怖かった…」
後ろでひそひそと4人がそうやって話していることも気づかずに、自分は自分でモコイさんと晩御飯を何にするか決めていたのだった。
6/7(日) 朝
「寒い…」
ハロー風邪、グッバイ絶好調。
朝起きたばかりだというのに頭はくらくらするし眩暈はするし起き上がれそうにない。
昨日の絶好調はどこに行ったというのか。神は俺を見放したというのか。なんてひどい神だ。出来ればぶっ殺してやりたい。
おっと本音が。オフレコでお願いします。
外は暑いのに吐き気もするしとにかく寒いしで起き上がりたくない。息苦しいし布団に入って震えるしかない。
とにかく、連絡を入れて今日は一日部屋で過ごすことにする。
明日までには治っていることを祈って。
6/8(月) 朝
(…38.9℃…駄目だ…)
動けない。
一日たったが風邪がさらに悪化して夜中から熱が上がりだして今では39℃近くにもなってしまった。
これでは学校にすらいけないだろう。
担任に連絡を入れ、一応美鶴さんと湊と奏子にも休む旨を伝えておく。
(ヤバくなったらさすがに救急車呼ぼう…そうしよう…)
今日は大型シャドウの出る満月の日だがそれどころではない。普通に命の危機を感じている。脈も随分と速い。いざというときは病院で貰った薬を飲まないといけないかもしれない。
(そういえば、水分なにも用意してない…モコイさんに下までとってきてもらおう…)
動かずに飲める位置に水分を用意していなかった──というか昨日飲み切ってしまったので下の冷蔵庫まで水か何かをとってきてもらおうと思ったのだ。
「モ…コイさ……」
「ナニナニナニ! 呼んだ? この優しいモコイさんのこと、呼んだ!?」
モコイさんは小さな声でも気が付いてすぐに寄ってきてくれた。その優しさに感謝しかない。
「した、から…みず…とってきて…」
「オッケー! ボクちん超特急!」
ポテポテと足音を鳴らしながらドアを開けて急いで出ていくのを見送ったあと、意識が暗闇に落ちた。
「ん…」
目を開く。
寮の自室じゃない。妙にふわふわとした感覚がする。ここはどこだろう。
足が勝手に動く。これは夢の中だろうか。
考えがまとまらない。視界もあまりよくない。もやがかかっているみたいだ。
(あれ、なんだかこれみたことあるな…)
手に、妙にしっくりくる何か長い棒状のものを持っている気がする。槍のようにも思える。
それは、なんだったか。なにか思い出せそうな、見た事のある気がするものだ。
しかし考えがまとまらない。
(まあ、夢ならそれでいいか)
再び、意識が落ちた。
影時間
タルタロス エントランス
湊たちはタルタロスに迷い込んだとされる山岸風花の探索に乗り出していた。
待機組として美鶴とゆかりが残ったのだが二人の関係はあまりよくなかった。
「なかなか連絡がないな…通信の感度は最大なんだが…」
「……」
必死に機器を弄る美鶴にゆかりは顔を顰めるもすぐに顔をいつも通りの表情に戻した。
そして沈黙に耐え切れなくなったゆかりは適当な話題を探して口を開いた。
「そ、そう言えば、あの森山って子…三上先輩が寝てるとはいえ寮でほぼ1人きりなの、大丈夫ですかね」
「正直を言えば、影時間に絶対安全な場所など無い。だが、高熱の三上と彼女をここへ連れてくるわけにも、2人のためだけに何人も割くわけにもいかないだろ」
「そうなんですか…」
「森山だけなら誰かひとり残せたかもしれないが、高熱で動けない三上もとなると守るのは少々厳しいからな…」
気まずい空気が流れる。
雇い主である桐条の娘とそこの研究員の娘という関係であるためか元々ゆかりと美鶴の仲は良いとは言えない。ポートアイランドの事故がなければこの時点で良い学友になれたのかもしれないがそういうわけではなく。
その上で寮で寝ている動けない人間とシャドウに魅入られたかもしれない人間だけで待たせるのは些か不安なのではないかという懸念を言ってみたが美鶴に「人員を割けない」と即座に言われゆかりの胸の内になにかもやもやとしたものが溜まる。
適性のある風花の探索には特別課外活動部全員をかり出して行っているのに、同じくらい危険な二人には一人も割けないとはどういうことなのか、と。
ここに来る際も湊か奏子が残った方が良いのではという話題は出ていたが、今日だけは寮に来ておらず通信機越しに聞いていた幾月によって「全員で出た方が良い」と押し切られたのだ。
「…でも、山岸さんひとりの救出には、こうして全員で──」
そんな疑念を音として発しようとしたゆかりの言葉は最後までいう事が出来なかった。
途中で、明彦からの通信が割り込んできたのだ。
『美鶴、聞こえるか?』
「私だ。いま、そちらの位置を確認した。思ったより上だな…通信がギリギリだ。それより、4人とも無事か?」
『だ…わら…な…』
ノイズ混じりの混線しているような音が通信機から発せられた後にぶつんと通信が切れる。
「明彦! おい!」
「…通信圏外、とかですか? なんか、心配ですね…」
何が起こるかわからない状況に、不安な表情なまま、ゆかりは俯いてロビーの床を眺めることしかできなかった。
「……ここは、」
湊はタルタロスの中で目を覚ました。
たったひとりで倒れており、周りに誰もいないことからどうやら皆とはぐれてしまったようだと湊は自覚する。
何もない。ただタルタロスの奇妙な床が広がっているだけでシャドウの一匹も居らずしばらくは安全かと小さく息を吐く。
いたとしてもタナトスで蹴散らせばいいか、と湊は声には出さずに思った。この程度の階層に出るシャドウが相手ならそれができる程度の強さはある。
「目が覚めた?」
そうやってぼんやりと周りを見回していたところ、突如聞こえた己によく似た声に反射的に振り向く。
そこには影時間には似つかわしくない
「大丈夫かい? 僕が誰かわかる?」
猫を思わせる黒い癖毛に綺麗な青色の瞳を持った7,8歳くらいの少年はぼんやりしている湊を見つめ返す。
ただ、自己紹介されなくとも湊はその少年の名を知っていた。
「…ファルロス」
「うん、大丈夫そうだね。言いたいことは色々あるけど、今はゆっくり話していられない」
少年──ファルロスは目を伏せる。
何かを憂うようなその表情を湊はじっと見つめる。情報共有なら既にしてあるため、何をそんなに憂う事があるのだろうか、と。
「大型シャドウが二体来ることなら、
「…違うよ。今日はそれよりもっと怖いものが来ようとしてる。…シャドウとは違う、違うけどよく似た、とても大きな存在だ。なぜかわからないけど、そんな気配を感じる…とにかく、急いだほうがいいよ…」
『いつも』とは違うそのファルロスの本当に焦っているような様子に、湊は頷いて走り出した。
山岸風花を保護したはいいが、大型シャドウ『
そのさなか、シャドウの呼び声に呼ばれてきた森山を守るため風花のペルソナが覚醒し、バックアップを美鶴と交代する。
「美鶴! 下がって居ろ、コイツは俺たちが…!?」
動けるメンツが前へと出た瞬間、明彦が突然身震いをして何かに気づきタルタロスの入口を見る。
「……み、三上…?」
「──、───」
そこには俯いた優希が片手に槍のようなものを持って立っていた。
今日は髪を結んでいないのか、その男性にしては長めの髪が顔を隠している。
高熱で倒れて寝ているはずでは、とか何なんだその槍は、とか明彦は色々聞きたかった。が、それよりも早く優希が動いた。手に持っている槍を
悲鳴をあげたそれを意に介せず静かに優希は顔を上げた。
「…ペ…ル、ソ……ナ…」
虚ろな目の優希が召喚器も無しに小さくそうつぶやくと、背後の影から黒いもやの様なものが現れた。
明らかに、ペルソナではない。いつも見る、モルぺウスなどでは決してなかったし、湊の知るポベートールでもない。まるで、不定形なペルソナのなりそこないのようなそれは徐々にその形をボロ布と鎖とに変えていく。
「…!」
湊には、それに見覚えがあった。しかし、どうしてそれのことを虚ろな兄がペルソナと言ったのか、理解が出来なかった。
あれは、
「あの人も…怪物のほうも…どっちもすごく怖い…、どうして……? なにも、見えない…」
風花が怯えたように呟く。
「あれは…!」
「…!」
美鶴と明彦にも、それは見覚えがあった。
最初の大型シャドウの襲撃の日に、優希のペルソナが暴走して現れた存在だ。
そしてその後にしたことと言えば──
「──!!!」
大型シャドウの捕食だ。
倒れ、地に伏した
「ひっ…」
「やだ…」
そのグロテスクな姿に倒れていたゆかりと、前線に立っている奏子が悲鳴を上げた。
そんなことを気にせず『なにか』は食事を続ける。が、それを見逃す
彼らからしても、その異質な存在は敵に見えたのだろう。実際、片割れである
勇ましく剣を振り上げた
対して『なにか』は食事に夢中だ。直撃は免れないだろう。そう思われた。
が、
「────────────…」
『なにか』の目が、視線が、
それだけで、
「…つに……はや、く……ひ…つに……」
ぶつぶつと、感情のない声で優希が呟く。
「足りない……まだ……足りない…」
髪に隠された隙間から見える虚ろな視線の先には、倒れた
それを見たのはたまたま隣になった湊だけだろう。
湊は、その目にぞっとした。前回の満月の時にみたあの目は、夢でも見間違いでもなかったのだ。
そして、ふらふらと
「優希、だめだ!」
思わず、手を掴む。冷たい。
手を掴んだのはいいが、『なにか』の方は邪魔が入らないとわかるとさっそくエンペラーを捕食しているらしくそちらの方に移動していた。
あんな異質な相手に手を出せるはずがない。湊は優希を繋ぎ止めるのでいっぱいであるし、ゆかりは怪我をしていてダウン。奏子は心配そうにこちらを見ているし、残りの三人も『それ』の異様な気配に怖気づいて動けないのだ。
「ど……して、…れは……し、んで………」
焦点の合わない虚ろな目がぼんやりとこちらを見つめてくる。ぶつぶつとまた何か話しているようだが湊には聞き取れないほど小さな声だ。
口だけ動かしていると言っても過言ではない。
「優希、お願いだから帰ってきて。目を覚まして」
そんな異常な様子の兄に湊は手を握り締め、祈るように言う。
遠くへ行ってしまわないで。消えてしまわないで。そんな柄にでもないことを思いながら。
「湊…お兄ちゃん、どうしちゃったの…?」
「わからない。けど、危ないのは確かだ」
不安そうな奏子が『なにか』を気にしながら寄ってきた。
そして、その異常な様子から言葉を交わすまでもなくもう片方の手を握る。
「お兄ちゃん…」
「優希…」
奏子と湊が再び呼びかけるも目は虚ろなままだ。
しかし、口がわずかに動く。
「おれ…は…おれは、なんだ…」
まるで問いかけるようなその言葉に湊と奏子は顔を見合わせあい、頷いた。
「お兄ちゃんは私たちのお兄ちゃんだよ」
「…おれは、ふたりの…おにい、ちゃん…」
「そう。優希は僕らの兄」
「…………ゆう、き…」
優希は名前を反芻しながらぼんやりとしている虚ろな目を、ゆっくりと瞬かせる。
その一瞬で異質な輝きは消え、元の色に戻った。そしてそのまま一瞬意識を失ったのか地面へとくずおれる。
「お兄ちゃん!?」
「…っ!」
倒れそうになるのを慌てて奏子と湊で支えれば、しばらくしたのちにゆらゆらと揺れ徐々に焦点が合った目が二人を捉えた。
「…えっ、俺…なんでタルタロスに…部屋で寝てた筈なのに…こわ…」
優希はしっかりとした目と心底不思議そうな顔できょろきょろと周りを見回す。
その様子は心底何が起こったのかわからないと言いたげだ。どうやら、異常な行動をしていた最中の記憶がないらしい。これでは話の聞きようがないかもしれないな、と湊は少しだけ目を逸らしてまた小さく息を吐く。
そう言えばあの化け物はどうなったんだと大型シャドウがいた方向を見れば、その時にはもう『なにか』も謎の槍も大型シャドウも消えていた。
まるで、夢のように。
「…話は後にして、帰ろう」
「ああうん…なんか、山岸がいるってことは俺の知らないうちに全部終わってるっぽいね…頭痛いな…」
支えた身体は先ほどとは違い、温度が戻ってきていた。
むしろどんどん上がってきているような気がする。
「熱、上がってきたんじゃ…」
「頭が痛い以外は…身体はなんだかすごく楽なんだけどなあ…それにしても夢遊病なんて俺持ってたっけ…」
「シャドウに呼ばれたんじゃない? 森山って子も、呼ばれてここに来たみたいだし」
「そうかな…そうかも…?」
不思議がっている優希にはやはり先ほどまでの記憶は全くないらしい。
「今日の事は黙って居よう」と、優希以外の面々は視線を合わせると頷き合った。