君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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一日目・昼(12/15)

「おい、さっさと歩け豚!」

「はい喜んで!」

「……なにしてるの!?」

 

風花やゆかりと共に寮の玄関から出た奏子の第一声がこれである。

眼前では四つん這いになった綾時の背に座るラビリスと瓜二つの少女の姿が。

そんな少女の肩には優希の通学鞄があり、どう見ても優希の代わりに学校に行く気満々だ。

 

「なにって…外に出たらこの豚が絡んできたのよ。だから教えてやってんの。誰が一番強くて偉いかってことをね! ねぇ豚、この世で一番強くて偉いのはだぁれ?」

「はい! それはラビリスさんです!」

「よくわかってるじゃない。豚なりにちゃんと答えられたことを褒めてあげる」

 

うれしそうに答える綾時も、答えに満足し綾時の頬をすりすりと撫でる少女のことも奏子は理解ができなかった。

そして何故かこんな奇行が行われているというのに道行く人々は気にも止めていないのか全く視線は集まっていない。

 

「え、えええ…」

 

なんだろう。そういう“プレイ”なのだろうか。

というかこんな公衆の面前でこういうことするの恥ずかしいからやめてほしいなあ、等いろいろ言いたいことはあったが、それよりも聞きたいことを聞くために口を開いた。

 

「あのさ、荒っぽい方のラビリスちゃん…学校に行くつもりなの?」

「あ? そうよ。なんか文句でもあんの?」

 

沢山あります。なんて奏子は口に出せなかった。口に出せばややこしいことになることこの上ないからだ。

朝のこの忙しい時間に面倒ごとで学校に遅れたくない。特に試験がある今週は。

黙りこくった奏子に代わり、おずおずと風花が口を開いた。

 

「三上先輩の代わりに学校に行って大丈夫なのか奏子ちゃんは心配なんだよね? だって今の姿は三上先輩とは違うから…」

「ああ…そうね。アンタたちが見えてるのはアタシの姿でしょうね。でも周りからは宿主サマが喋って動いてるように見えてるらしいわよ」

 

他人事のようにそう告げた少女に今度はゆかりが首を傾げた。

 

「他の人にはアンタが三上先輩に見えてるの? それってスゴクややこしくない?」

「それはアタシも思ってるわよ。この身体は宿主サマのもので、でもアタシの見た目になっている。他のボンクラどもは“霊力”ってもんが低いからこの異常を異常と捉えられないそうよ」

 

少女が告げた言葉は簡単そうに聞こえるも簡単に理解できるものではない。

意味の分からない言葉が出てきて、ゆかりが表情を困惑に変える。

 

「霊力? なによそれ…またヘンな言葉が出てきてわかりづらいんですケド…」

 

ゆかりが訝しめば少女が綾時の上から降り、立ち上がって汚れを払った綾時が口を開いた。

 

「“霊力”っていうのは魔力とも呼べるものだね。呼び方が違うだけで二つは同じものだよ。これらには超常現象に対する耐性とかも含まれているからね。敏感すぎるのも考え物だけど…ペルソナ使いはともかく一般の人にはそういう耐性があまりなくて気づきづらいって彼女は言いたいんじゃないかな」

「へー…そうなんだ…」

 

ゆかりが一応は納得した、といった風に頷けば、少女は「ハッ」と馬鹿にするように鼻で笑う。

 

「全員、都合のいい風にアタシを見てるってコトよ。ボンクラどもはこの身体を三上優希という存在だと思い込んでる。そう世界を捉えているからアタシがいることに気が付かない。アタシだと思わない。そういうモンなの」

 

歩き出した少女についていくように奏子たちも歩き出す。

 

「だからアタシが学校ってとこに行こうが誰もアタシが宿主サマじゃないだなんてわからない。思わない。何の問題もないのよ」

 

少しだけ、ここではないどこか遠い場所を見つめているような目になった少女に奏子はなんとなくだが寂しさを感じ取る。

しかしそれがなにからくるものかまでは奏子にはわからずじまいだ。こんな短い付き合いだけでは何も知らない相手の事情がわかるとすればそれはエスパーになるだろう。

とはいえ、そんな話を聞くような信頼関係もなく。少女自身が攻撃的となれば余計に知ることはできない。

 

「それにアタシが行かなきゃ試験が受けられなくて困ってるらしいわよ。試験なんかが大事だなんて意味わかんないわよねぇ?」

 

ニヤリとした笑みを浮かべた少女はそのまま奏子たちを見ることなく鞄を担ぎなおして何事もなかったかのように歩き去っていく。

そんな少女にしばし呆然としていた奏子だったがあることに気が付き慌て始めた。

 

「もしかしてさっき綾時君に跨ってたのもお兄ちゃんがやったことにされて見られてるんじゃ…うわあ…ど、どうしよう!?」

「僕はああいう体験したことなかったし楽しかったから別にいいけど…」

 

慌てる奏子に綾時がのんびりと返事をする。

綾時からすれば先程のことも体験したことの無い珍しいこと扱いなのだろう。しかし奏子にとっては「別いい」で済まされることではない。

 

「よくない! 綾時くんは帰国子女ってことだから変なことしてても帰国子女だしで済むけどお兄ちゃんはそうじゃないもん! お兄ちゃんの評判にかかわるよぉ! どうしよ…教室行ってクラスの子に『朝見たんだけど奏子ちゃんのお兄さんそういう趣味だったの…?』とか言われたら! なんて答えれば…」

「確かにそれはちょっと困っちゃうよね…」

「答えにくいのわかるかも…いや、間違いなく答えにくいっての。どーすんだろあの子…三上先輩の身体でムチャクチャなコトしなきゃいいんだけどね…」

 

頭を抱えた奏子に同意しながら風花とゆかりがうんうんと頷く。

そこへ綾時がひょい、と割り込んでくる。

 

「それは大丈夫だと思うよ。彼女が言ったように僕らのさっきやってたことは受け取った側が見たいように変換されてしまうんだ。傍から見れば僕も彼女も地面に落とした何かを探しているようにしか見えなかったと思う」

 

そんな心配を払拭するような綾時の言葉にゆかりが疲れたようにため息を吐く。数分程度のことだがどっと疲れてしまった。

 

「そういうもんなんだ…なんか、ホントに私たちが見てるものが正しいものなのか不安になってきた…」

「あまり気にしない方がいいよ。世界にはこういうことは沢山あるんだ。…きっと奏子ちゃん達のお兄さんの方が僕らの知らない所で奇特な体験をしているだろうしね」

 

綾時の言葉に今度は奏子がため息を吐いた。

 

「ありそう…てかお兄ちゃんは荒っぽい方のラビリスちゃんの事は知ってるんだよね…? あそこまで凄いことは知らないのかなぁ…」

 

さすがの奏子でも少女の無茶苦茶な言動に付き合いきれないのか白旗をあげそうになっている。ああいうタイプは初めてで、奏子も興味深くあるものの初めから拒絶されていては意味が無い。関わり合いようがないのだ。

 

「どうなんだろう…確かに三上先輩はああいうメンドクサイことっていうか危なかったりトラブルになりそうなことは避けるよね。でもあの子も口ぶりだと先輩公認っぽいし」

「なんか、お兄ちゃんがあの子に理由なく身体渡すなんてしないだろうしって思う気持ちとあの子の暴走っぷりが釣り合わなくて。あれでも抑えられてる方なのかもしれないって言うのがちょっとね…」

 

昨夜、奏子に食ってかかった時の少女の様子は誰かに咎められているようにも見えた。それを見るに誰か──奏子は優希と予想した──が少女を咎めたに違いない。

暴走させないように手綱を握っている(実際にはあまり握れていないが)誰かがいるはずなのだと奏子は思っている。それでもあの有様だという事実に頭が少し痛くなってくるが。

 

「寝てるって言うけどあの子が居なきゃそのまま身体も寝ちゃってたはずだし…寝込んじゃうくらい力を使ったって…美鶴先輩の家でなにがあったんだろ…」

 

今まで寝込むとは言っても風邪気味であったり体調不良が多く、力を使いすぎて寝込む、などというのは見たことがなかった。

思い出した過去9度の『繰り返し』の中でも体調不良で倒れたことはあれども力の使いすぎでは倒れたところを見た事がない。

殺したいほどに憎い。手加減。爆発させてしまえばよかった。

優希と少女の言葉が奏子の中でぐるぐると回る。

もしかしなくとも、桐条でやらかした人物は兄の逆鱗に触れてしまったのでは無いのだろうか。

今まで奏子は自分たちが殆ど害されていないために寮へ襲撃者が来たことは優希が憎いと言い放った相手と関係の無いことだと思い込んでいた。

だが桐条本邸が襲撃されていた時間と寮へ襲撃者が来た時間がピッタリ合うのだ。無関係だなんてあるはずがない。

だとすると兄を狙ったとする犯人の狙いは、寮のみんなではなくピンポイントに言うなれば奏子と湊だったのだろうと奏子は正解に近い答えを導き出した。

もし、優希が寮へ襲撃者が来たことを犯人の前で知ってしまったら。他にも許し難い行為をされてしまっていたとするなら。ああいった言動になり、【火産霊(ホムスビ)】のような強力な力を人に向けて使ってしまっても仕方の無いことなのでは無いのだろうか。

 

(もし私たちがお兄ちゃんを危険な目に合わしている犯人が居たとして、目の前でお兄ちゃんに対する暴言を吐かれたり酷いこと沢山されて…そこで“殺してやる!”ってならないわけが無いよね…実際お兄ちゃんを殺しかけた幾月に対しては私も憎いし死ねって思うもん。あの人は死んでるけど)

 

湊なんて拘束されていなければ一瞬で飛びかかっていきそうだ。と想像してうむむと唸れば風花が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 

「ど、どうしたの奏子ちゃん…顔が怖いよ…?」

「なんでもないよ。大丈夫」

 

ちょっと殺意に対する理解を深めていましたと言えば心配されるだけだ。

その言葉を飲み込んで、ニコニコと奏子は笑顔を繕う。

兄に問い質す、ということはせずとも答え合わせくらいは美鶴に対してしても良いだろうという気持ちが湧いてきて、放課後に予定を入れることに奏子は決めて携帯を取り出すのだった。

 

 

 

 

放課後

 

休憩中に机の上に足を乗せたりしていたので姿勢は真面目ではなかったものの、驚くほど静かで、それでいて意欲的には真面目に試験と授業を受けた少女は放課後になるとそそくさと鞄を持って帰宅しようとしていた。

正直、学校に対する憧れは本体であるラビリス同様持っていたが行ってみれば「こんなものか」と思えるようなものだった。妙に冷めた反応になってしまったのは己がシャドウであるからなのか。

そんな疑問を浮かばせてすぐに消した少女は美鶴へと話しかける。

美鶴は奏子達から事情を聞いていた為に少女がここにいることは納得していた。だが、まだ慣れてはいないようでどこかぎこちない。

 

「桐条」

「な、なんだ?」

「ちょっと調べて欲しい事があるのよね。アンタらがした事だし、知ってて当然だとは思うけど」

 

そう切り出した少女に美鶴はまだ何か桐条という組織自体がなにか罪を重ねているのかという嫌な予感がした。が、

 

「五式の──アタシたちの人格の元になったガキがどこにいるのか明日の夜までに調べて教えなさい。アタシにもアイツにも情報はあってないようなもんだから癪だけどアンタの力を借りるしかないのよ」

 

言われた言葉は意外なものだった。

人探しをして欲しい。それも、ラビリスたちの人格の元になった相手をだという。

この少女が願うにしてはまともなものだろう。だが、居場所を知ってどうするのか。

 

「まさか殺しに行くとは言わないだろうな? そんなことをするとなれば伝える訳にはいかない」

 

精一杯美鶴としては警戒した言葉だった。しかし帰ってきたのは、

 

「はあ?」

 

という敵意のない腑抜けた声だった。

 

「そんなことするわけないでしょ。探して欲しいヤツってのはアタシらからしたら母親みたいなものよ? 母親を害そうだなんて頭がイカれてんじゃないの?」

 

どの口が言うのか。

散々周りに攻撃的な態度をとっているばかりか止められるまでは本気で奏子を傷つけようとした少女に対し美鶴は疑念を抱く。

本当に見つけられたとして、会わせていいものか。悩んだ末、美鶴はその探し人の行方が分かってから決めればいいと考えた。調べておくことには損は無い。本体であるラビリスが会いたいと願っているのならこの“荒っぽい方”は抜きで会わせてもいい。

目の前の彼女には悪いが美鶴はリスクを考慮してそう思ったのだ。

 

「わかった。早急に調べよう」

「…悪いわね。でも礼は言わないんだから! アンタたちが勝手にアタシたちを造ったのよ。それくらいやって当たり前でしょ!?」

「そうだな…」

 

それを言われればそうとしか言えない。こちらの勝手な都合で生み出され、酷い扱いを受け、挙句の果てに凍結処理をされ廃棄される予定だった。

それらの所業は殺されたり恨まれても仕方の無いことであり、この少女は正しくシャドウという存在の例に漏れず優希やラビリスの怒りや悲しみを代弁する形で常に怒ったように刺々しくしているのだろう。

優希やラビリスがある意味で優しすぎただけでこれが普通だ。

否、優希とラビリスの対応は優しさからと言うよりも二人とも被害者意識が薄く、むしろ加害者であるのではないかという意識を持っていたことに起因していると美鶴は分析している。

それらが無ければきっとこの少女のように怒ったかもしれない。もしくは無くとも人の良さで許したか。

わからないがなんとなくそんな気がした。

 

「ま、いいわ。お小言とかいうまどろっこしいものはアタシもキライだからやめてあげる。期日、守れなきゃアンタんち乗り込んで全部燃やすから」

「…善処しよう」

 

最後にとんでもない言葉を残して去っていこうとする少女に美鶴は頭が痛くなった。恐らく、本邸の場所も優希の記憶から見て知ってしまっているのだろう。

リムジンに乗っていた為にほとんど外は見ていないだろうがそれでも彼女なら辿り着きそうだという予感があった。嫌な予感だ。

 

「はぁ……」

 

小さくため息を吐いた美鶴は今言われたことの資料を取寄せるために携帯を取り出し電話をかけるのだった。

 

一方、教室を出ようとした少女に対し、その男子高校生の平均よりも小さい体躯で朔間が通せんぼをして食ってかかっていた。

 

「なんだか桐条さんと話していたけど…きみ、なんなの…? ゆ、優希の身体を使ってなにしようとしてるの…!?」

 

朔間──ヒュプノスからすれば何も知らないうちにかつての宿主である優希が別人に変わっているという奇妙なことが起こっていれば問い詰めたくなるというもので。

優希の気配はするものの、ほとんど少女の気配で塗りつぶしたようになっていれば違和感を感じるなという方がおかしい。

そうやって問い詰めれば少女は怪訝そうな顔をする。

 

「お前こそなんなのよ。宿主サマにくっついてたのは知ってるけど出てったんならもう無関係でしょうが」

 

率直にそう聞かれ、朔間は混乱した。

 

「え…なにって言われても…僕は…」

 

朔間は──ヒュプノス(モルフェ)は優希のなんなのか。考えたこともなかった。

共にいることが普通だと思っていた。当たり前だと思い込んでいた。優希のことは自分が守らないとと思っていた。けれど今は別れていて、優希はヒュプノス(自分)に守られなくても戦えている。歩めている。

それならば、朔間と優希はただのクラスメイトという繋がりでしかなく。しかし朔間はそれを認めることは出来ずに頭を抱える。ファルロス()のように宿主と友達になった訳でもない。腐れ縁。相棒、という程でもなく名前のつけられない関係だったことに気がつく。居ただけ。会話をしただけ。力を貸しただけ。

それだけだった。

そもそも、朔間は優希のことを理解しているつもりであまり理解していなかったことにも気がついてしまった。幸せにしようと思っていたのに、自分たちの器になってしまって悲しんだ分の償いをしようとしていたのに逆方向になっていた。

そして優希は優希で何も知らなかった。モルフェという存在に疑問を持たなかった。双方、一方的だったのだ。

 

「…僕って、優希のなんなんだろ…」

 

その事に気がついて愕然とした朔間を見て少女は苦虫を噛み潰したような顔をし、距離をとる。

 

「なによこいつ…気持ち悪いんですけど」

 

少女としては同じシャドウである朔間(モルフェ)のことは優希の記憶から知っていた。

しかしそれだけで少女が止められるはずもなく。一体なんの権限があって少女を止めようとしているのかという意味で訊いただけで頭を抱えだした朔間に少女は嫌悪で慄いた。少女はこういうグズグズなよなよした奴が嫌いだ。

直感的に知らんがな、と本体であるラビリスでは無いがなんとなく関西弁でそう答えたくなった。少女はなんとかそれを堪え別の言葉を吐くことにしたが。

 

「よくわかんないけど、そういうのは自分で考えなさいよ。それとも、誰かから貰った答えで満足したいわけ? それならそれでいいけど」

「そ、それは……そんなつもりじゃ…」

 

それだけ言って押し退けて教室を出る。

子守りは好きではないし少女の役目ではない。

 

「じゃあね。クソザコナメクジ」

 

ひらひらと手を振りながら鞄を担ぎ直し少女は去る。

教室などという狭い場所から真っ直ぐ寮へと帰るつもりはさらさらなかった。

疲れるまでこの東京という街を見て回ることにしたのだ。

興味深いものは沢山ある。やりたいことだってある。それに対し、残っている時間が余りにも少なすぎる。優希本人がラビリスのシャドウである少女に対し融通を効かせ、自由にできるのは3日きっかりという期限ができたとしても。

少女はその誰にも指図されないが予定をいれる限り果てしなく多忙とも呼べる状況に少しだけ充実感を感じていた。

 

 

 

 

学校を出、秋葉原をぶらついていたラビリスのシャドウである少女は不意にあたりが静かになったような気がして立ち止まる。

おかしい。先ほどまで人の喧騒でにぎわっていたはずだ。なのにこんな、息遣いが聞こえるほどに静かになるなどありえない。

逃げ込むように路地に入った瞬間、何かの気配がしてさっと振り向けばそこに居たのは細身の褐色肌をした見慣れない男だ。

肩にジャケットをかけ、飄々とそこに立っている。だというのに異質さを感じる。

何かが普通の人間とは違う。そう思った。

 

「誰だ…ッ!」

「僕の名前は鶴龍ジャボ。今はそう名乗ってるただのプロレス好きさ」

「嘘つくんじゃないわよ! …なんなの…アンタ……ただの人間じゃない…わよね…」

 

鶴龍ジャボ、と名乗った浅黒い男に少女は怯えを覚える。

今まで感じたことのない、圧倒的な力量差。そして少女ほどの存在が無意識に体を震わせるほどの畏れ。

目の前にいる人物がただの人間ではないのは明らかだった。

後ずさり、距離を取ろうとするも逃しはしないとでも言いたげな視線が捉えて離さない。

ペルソナを出そうとすら思えない。出そうとした瞬間ねじ伏せられてしまうことは想像に難くない。

 

「そんなこと、どうでもいいだろう? 僕が何者かだなんてこれから起こることに比べれば些細でどうでもいいことだよ」

 

ジャボは少女の問いをはぐらかし、『ニヤリ』と笑って口を開く。

 

「シュブ=ニグラスの到来」

「!」

 

どうしてそれを、何も知らないはずの赤の他人が知っているのか。少女が目を見開けばジャボが満足そうに言葉をつづけた。

 

「これも人類がこれまで、これからと幾度となく直面するだろう『絶滅イベント』のひとつ。“僕ら”はそう捉えている」

「はあ? な、なに言ってんのよ…『絶滅イベント』…ですって? 人間どもはそういうことにずっと巻き込まれてるってわけ?」

「そうさ。本来なら、君もある『絶滅イベント』──母殺しの火の神が起こすある事件に巻き込まれるところだったんだよ。それが、その器の持ち主が居たせいでズレてしまった」

 

そう言われても少女には意味が分からない。

母殺しの火の神、と言われても少女は神話に詳しくなければ神というわけではない。対シャドウ兵器のシャドウという複雑な立場なだけだ。ある程度の知識のようなものはウィッカーマンから教えられてはいるがこの程度の話くらいでピンとくるほどでもない。それに人類という種そのものがこのような危機に幾度となく遭っているという言葉自体が理解しがたいものだ。

内心で白旗を出し、ウィッカーマンに問いかければ「もう少し判断材料が欲しいから会話を続けて」という指示が出たために癪だが黙って聞くことにした。

 

「そのせいでこれからがどうなるか、僕には“視え”ているけど既に分岐しているものを語るほど無粋じゃないからね。結果がわかるゲームほどつまらないものはないだろう? 八百長試合も好きじゃないしね」

 

ジャボの言い方に少女は違和感を覚える。なにか、未来でも見たかのような言い方だ。

 

「じゃあ、アタシや宿主サマがどうなるかもアンタにはお見通しってわけね。で、アンタ誰なの」

「言っただろう、僕は()()()()()さ。それ以上でも以下でもないよ。僕としては人類に滅んでほしくないんだ。人類は僕らにとっては欠かせないものでもあるからね。でも、天に座す神や這いよる混沌を名乗る邪神はそうでもないらしい。前者は人類を失敗作と見ていて、後者は玩具扱いさ。色々分岐して今まで運よく滅んではいない道を辿っているけど、まだ諦めてはいないようだしいつ東京にICBMが飛んできてもおかしくないだろうね」

「…何が言いたいわけよ」

 

長々と語るジャボに少女はしびれを切らしかけていた。

何が言いたいのか全くわからないし、言われたとおりに話を引き延ばしていたが、ウィッカーマンは難し気に唸るだけだ。何かわかっているのだろうが言葉にできるほどの確証を得れていないのだろう。

 

「端的に言えばスカウトだね。もちろん君じゃない。器の方さ」

 

スカウト、ときてウィッカーマンがさらに頭を抱えたような気配がした。「面倒ごとは勘弁して欲しいなあ…」というボヤキとともに。

恐らくジャボには聞こえていないそれを少女は聞かなかったことにして眉を寄せた。

スカウトだというがいったい何がして欲しくてスカウトなんぞしてこようというのか。

 

「そんなこと言われて、宿主サマが『はい、わかりました!』だなんて言うと思う? ねぇ、言うと思ってんの?」

「簡単には頷いてくれないことくらいわかっているさ。けど、どうだろう。もし地母神であるシュブ=ニグラスを退けたとしても、数年のうちに人類に対する別の脅威が現れるとすれば」

 

それはシュブ=ニグラスを退けても第二、第三の滅びがやってくる、と言っているようにも取れる言葉だった。

だが、それは少女にもウィッカーマンにも関係がない話だ。過去にも同じようなことがあったのなら、直接的な原因ではないものに首を突っ込むわけにもいかない。

優希という人間は別に救世主(メシア)になりたいわけではないし手の届く範囲を守りたいだけだ。

それ以外はどうでもいいと言えば聞こえは悪いが節操もなく手を出しまくるほど余裕も力もない。

 

「んなの誰かが解決するでしょ。宿主サマが居ても居なくても同じことよ」

 

それが答えだった。

無責任だろうがすべての事件に出張って解決するわけにもいかない。そもそも、生存すら確定ではないのだ。無理な約束はできない。

 

「その“誰か”が居なければ? 失敗してしまえば? 大切な存在が傷つけば? 恐らく器の彼は見て見ぬふりなどできないだろう。けれど僕らの側についてくれればある程度協力ができる。それに、陛下も彼に興味を持っているようでね」

「知らないっての。それに宿主サマはもうじき死ぬらしいじゃない。協力なんて無理無理」

 

少女は鼻で笑うもジャボは気にしていないようだった。そのことにまた少し眉を寄せるも、そのことすらジャボは意に介していないのか逆に鼻で笑われてしまう。しかしその笑い方は癪に障るものではなく、からりと乾いていてさわやかなものであった。

 

「それはどちらでもいいさ。僕としては、協力するという約束ができればそれでいいんだ。それだけで情報の共有ができるだろう? それにもし彼が人を捨てて完全な悪魔となり、“シュブ=ニグラス(魔王)”として()()()に来ることがあればそれだけでまた派閥ができてしまうからね。いくら悪魔が実力主義とは言え唯一神との戦いを控えている今、要らぬ争いはこちらとしても避けたいんだ」

「…ああそう」

 

少女は相手が高位の悪魔であることをなんとなく察し、ウィッカーマンはジャボの意図を理解した。

要するに、「悪魔として存在するつもりなら、“唯一神(LAW)”ではなく“陛下(CHAOS)”の側につけ」と言いたいのだろう。ウィッカーマン(優希)としてはどちらも勘弁願いたいが。

そして予想が正しければ優希はカダスのナギサ(ノーデンス)経由でその“陛下”のメールアドレスを持っている繋がりからあちらに情報が洩れているとしてもおかしくない。以前優希が内心で危惧していたことが目の前で起こっているということだ。そもそも黙示録の四騎士自体が“陛下”の部下のようなものであると考えればそちらから情報が洩れているほうが可能性は高く、レッドライダーがその名前を出していたことから知られていても当たり前のような気もしていた。

ただ相手はあくまで今回は顔見せ、といったところだろう。本気で今答えをくれということではなく検討していてくれ、程度だ。

 

「できればいい返事を待っているよ。もちろん、人であることを捨てなくてもね」

「ふん…」

 

ニコニコと笑顔でそう告げたジャボに少女は顔を逸らすことで返事とした。

恐らくこのジャボという男は優希がどう答えるのかすらもわかっているのだろう。だが、あえて言わず自分の口から言うのを待っている。先も八百長は好きではないと言っていたようにそれなりにこだわりがあるらしい。

代理で起きてきているウィッカーマンですら、本体である優希に話を伝えずにすぐに返事というわけにもいかずに静観を選んでいる。

思考はウィッカーマンと優希にあまり違いはないために結果は聞かずともわかりそうなものだったが、一応ということだ。

 

「そうだ。忘れるところだった。陛下から伝言だ。“ノーちゃんに代わってこれから色々とよろしく”だそうだよ」

 

最後に振り向きそう言って喧騒の中へと消えていったジャボをひとしきり睨み付けたあと、少女も元の騒がしさを取り戻した街の中へと戻っていくのだった。

 

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