ぱちん、と泡が弾けるような音がして湊は目を開いた。
たしか今日はラビリスのシャドウだと名乗った少女が
色々寄り道をしたようで帰ってくる時間自体は遅かったものの、何も問題を起こすことなく帰ってきた。
その上で晩御飯時に本体であるラビリスといざこざがあったものの、少女は初めて現れた時よりかは敵意もなく柔らかい態度をとっていた。
何があったのか湊は知らないが少女に変化があったのは確実だ。
そして次にここはどこなのかと思考する。
食事の後、湊はいつも通り順平の惚気やくだらない話を聞き、部屋に帰って勉強をして明日も試験があるので早めに布団に入ったはずだ。
だとするならこれは夢か。ベルベットルームにまた呼び出されたのかと思うも目に映る景色はひたすら真っ暗だ。
そして耳鳴りがするかと思うほどに静かでもあった。
これはベルベットルームではないと察する。しかし普通の夢でもなさそうだ。
しかし気味の悪さは感じない。むしろ、見知った気配が薄く広がるようにしてしている。
この気配がなんなのか、今の湊には予想ができない。家族か、それとも寮の誰かか。
「ボクの介入をこうして認知出来るというのはキミも随分と変わった存在のようだ」
「!」
聞き覚えのない低い声がし、さっと湊が身構えながら振り向けばそこには湊が予想していた存在ではなく見たことのない少年がふわふわと浮かんでいた。
ファルロスでも綾時でもないその存在は浅黒い肌に深緑の色をしたジャケットと半ズボンを履いており、その手には笛のようなものが携えられている。おおよそ普通の人間ではないその雰囲気に人ではないと湊はなんとなくそう判断した。
だがどうして見知った気配が見知らぬこの少年からしているのかという疑問が浮かんでくる。
「誰だ? とでもいうような陳腐な質問はやめてくれよ。ボクらがキミにとってどんな存在だろうと大した問題にはならないからね」
その端正な顔を無にしながら、少年は湊が訊こうとしていたことを遮り勝手に話し出す。
「それとは別で敵だと思われているのなら心外だけれど、ボクはシュブ=ニグラスとは違う。彼女とは相容れない。彼女の“救済”はボクの望む“救済”ではないからね。真に創造主を名乗る不届き者からの解放が成されるわけじゃない」
「!」
少年がシュブ=ニグラスの名前と目的を口にした瞬間、湊は身体を強ばらせる。そんな緊張した様子の湊を見てもなお、少年は素知らぬ顔で語り続けようとしていた。
「地母神であるシュブ=ニグラスはボクにとって敵。そしてそれに対抗する為にこのボクがキミに力を貸してやろうというのだよ」
「要らない」
自信満々な顔でそう告げてきた少年の言葉を湊は反射的に断ってしまう。
力が欲しいと思ってはいたが、それは誰かから与えられるものでは無いというのを分かっているからだ。
それに、こんな得体の知れない存在の力を借りるなどそれこそ危険だと判断した。
その言葉を聞いた少年は目を丸くするが次の瞬間には笑みを浮かべていた。
「わあ、強情だ。さすがは彼の弟だよ」
「彼…?」
「キミたちの兄さ。
突如少年に兄の名前を出されたことに湊は戸惑い、動揺してしまう。
「優希の…なんで…」
「何故、と言われても今のボクは彼の力の一端。キミのもつ彼の触媒を介してこの夢の中に顕れているのさ」
優希の力の一端だと少年は語るが、湊は優希がこの少年のような存在をペルソナとして使っているのを見た事がない。
ペルソナと言えばだいたい四体の骸骨の騎士かそれとも骸骨の天使か、オネイロイになった三体のペルソナくらいしか見たことがないからだ。
それに少年の姿をしてはいるが浅黒い肌に青みがかった髪をしているこの少年は優希と似ても似つかない。似てる要素はなくなにも関連が無さそうに見えるのだ。
「そんなの…急に言われたって信じられるわけが無い」
にわかには信じ難い事だった。
見たこともないのに力の一端だと告げられても証拠も何も無い。むしろなぜそんなことを言い出すのか疑問に思い不信感が増したくらいだ。
「信じようが信じまいが今のままでは絶対にあの地母神には勝てない。それだけは断言しよう」
それでもなお、少年は余裕そうな態度を崩さない。しかし湊にとって聞き捨てならないことを口にした。
このままでは絶対に勝てない? どうしてそんなことが分かるのか。まだ戦ってすらいないのになぜそんなことを断言するのか。
そんな疑問がぐるぐると内心で渦巻く。
「ボクが──いいや、ボクとカルキが真の姿を取り戻し、キミの力となれば“条件”が揃うんだ」
「条件?」
「そうだ。同等の力をキミはもうすでに目にしているはずだよ」
そう言われても湊には覚えがない。
そんな感情を読み取ったのか、少年はやれやれと肩を竦めてから口を開いた。
「“シヴァ・マハーデーヴァ”。あれは正しくボクらと同質の力。分霊さ。あれは
“シヴァ・マハーデーヴァ”。
それは奏子の新しいペルソナだったはずだと湊は思い返す。突然得た強力なペルソナであり、湊も出処を聞いてみたが奏子にはにかまれながらはぐらかされるだけだったのだ。
それがここで名前が出てくるということは、この少年はそれに関係する存在とみていいのだろうかと湊はじっと目の前の少年を見つめれば気にした素振りも見せずに再び話し出す。
「ボクらはキミと契約をすることにより重要な3つのグナのうちのひとつである、“ヴィシュヌ・マドゥースダナ”へと戻ることが出来る」
“ヴィシュヌ・マドゥースダナ”という名前からしてヒンドゥー教に伝わる神であるヴィシュヌなのだろうがそれは湊の知る
「そうしてふたつ揃ってやっとあの地母神に対抗できるきっかけの力になれるのさ。とはいえ、キミにその気がなければ無用の長物だ」
意地が悪いのかそれとも親切心からか出そうとしてきていた手を突然引っ込めるような言葉を告げた少年は湊自身にはあまり興味がなさそうだった。
「あくまで、ボクは力がいるかと訊きに来ただけだからね。ただ、キミたちふたりが居ないと意味がない。彼を救えないんだ」
どうやら、少年の目的は優希を救うことらしいと察せられたがそれでも何故優希の力の一端だと名乗った存在がこうして人格を得て優希を救おうとし、湊へと協力を持ちかけてきたのかがまだ本心からは分からない。
「彼を救いたいだろう? さあ、ボクの手を取るんだ」
湊は僅かに躊躇し──数秒ほどその手を見つめた。
ニャルラトホテプの甘言と似たようなその言葉に戸惑いを覚えたからだ。
もし、これが罠で、目の前のこの存在が人をとって食らう悪魔だとするならば。湊は魂を食われて終わりだ。
そんな古典的なイメージ通りの悪魔であるという証拠もなにもないが、悪魔らしい悪魔を見た事がないので湊にはそう思うことしか出来ない。
「どうしたんだい? まだ躊躇いでもあるかい?」
思考を読んだのか、少年が笑う。
「まあ、ボクの話す理由は納得できないだろうね。悪魔というのは皆、利己的だ。けれどもボクは彼の……いや、彼を気に入っていてね。あの地母神にやるのは惜しいと思っているのさ。だからあの地母神を打倒する為に力を貸す。それがもっともな理由じゃあ駄目かい?」
ぱちくりと湊は目を瞬かせた。まさか、この目の前の少年がその程度の理由で湊に力を貸そうなどと言っているとは思いもよらなかったのだ。
もっとよからぬ事に兄を利用しようとしているのではという不安があったが、ただの独占欲かつシュブ=ニグラスへの対抗心なら問題は無いとは言えないが余程のことはしないだろう。
「そんなことない。むしろ少し…驚いた」
この言葉は本当だ。
案外、悪いやつでは無いのかもしれないと湊は思い始めてくる。
「ならもうひとつ、キミの心配ごとを払拭するようなことを教えてあげよう。ボクらは既に身体を失くしていてね。彼の心の内に住まう住人と化してるんだ。直接戦う力もなければニンゲンに直接手出しも出来ない。無関係の人々を巻き込むようなことにはならないよ。それに、“ヴィシュヌ・マドゥースダナ”へと変化したあとは正真正銘キミのペルソナのひとつと化す。暴走もしないさ」
囲いこまれているような奇妙な雰囲気を感じるほどに少年は湊の不安を払拭しようとまるで思考を読んだかのように問題点を消すような返答をした。
感情の起伏が激しくないその平坦な言葉遣いは己が消えるということを告げているにもかかわらず冷静かつ堂々としている。
しかし嘘をついているというふうには聞こえない。信用できる言葉ととってもいいだろう。
「それなら」
ここまで聞いて悪いようにはならないだろうと湊は判断して差し出された蛇の誘いのような手を取った。
警戒をこんなすぐに解いてしまうというのは調子がいいかもしれないが、
「…フフ、それでいい。契約成立だ。今後ともよろしく頼むよ」
少年が微笑み、瞳が妖しげに光る。
その言葉を最後に湊の意識は暗転した。
12月16日(水) 朝
「そうか…わかった。許可は取れているんだな? ……感謝する」
朝一番に電話で報告を受け取った美鶴は顔を顰める。
ラビリスのシャドウである少女に頼まれた調べ物はたった半日で調べがついた。
簡単に。しかし元から調べられていた訳では無い。
嬉しい結果でもない。
(このことは…どう伝えればいいのだろうか…)
美鶴は頭を悩ませる。
非常に言い難い事態に陥ってしまっているのだ。恐らく、結果を伝えればあの少女は怒り狂うに違いない。違いないが、伝えない訳にもいかない。
そして本体であるラビリス本人にだけ伝える、ということに関してもしにくい話となってしまっている。
こんなことを伝え、ショックを与える必要も無いように思えた。
(だからといって黙ったままでいるのか? 隠して…バレれば? そもそも隠す必要などあるのか?)
美鶴は今まで隠し事をしていて良かった試しがないと思い返す。
ゆかりとも一時期そのせいで険悪になってしまったことを思えば隠さない方が良い気もしてきた。
(いずれ知らなければいけないことだ。なら、)
美鶴は覚悟を決める。
着替え、部屋のドアを開けて少女が使っている優希の部屋まで向かいノックする。
「起きているか? 私だ」
「起きてる。…調べが着いたのね。ちょっと待ちなさい」
部屋の中から返事が聞こえ、随分と良い察しの良さに美鶴は少しだけ目線を下に下げる。
これからのことが憂鬱だ。
「待たせたわね。で、その顔からするといい報告って訳じゃなさそうねぇ? それとも、アタシになにかされると思って怯えてるの? ま、せいぜいそうやって身を縮めてなさい。それがお似合いよ」
「……」
朝早くだというのによく回る舌だ、と美鶴は思った。そしてその察しの良さに溜息を吐きたくなった。
「……きみが予測している通り、いい報告は出来ない。その…彼女は、」
「死んでた? ま、それでもいいわよ。予測してたから」
美鶴の言葉に被せるように告げた少女の声は軽口めいていて平坦だった。
だが、その予測は間違っている。そう美鶴は伝えなくてはならない。
「いいや、違う。彼女はまだ死んではいない」
「…! じゃあ、生きてるっていうの!? あの子、生きてるの!?」
ここに来て明らかな期待と喜びの感情を出し、美鶴へと詰め寄った少女は僅かな希望に縋っているように見えた。美鶴が予想していたようなことを起こすつもりは全くもって無いらしいことがここでわかった。純粋にこの少女は人格モデルとなった子供に会いたいだけなのだ、と。
しかし対する美鶴の顔は明るくない。暫し沈黙したあと美鶴は重い口を開く。
「意識がもう無いらしい。今は機械で延命しているが、回復の見込みはなくあと数日持てばいいほうだと」
「……そう」
それはほぼ死んでいるようなものでは無いか、と少女は思った。
しかしまだギリギリで生きている。
死んではいない。もしかすると声を届けることが出来るかもしれない。
あと数日というこのギリギリのタイミングで知ることが出来たということこそが幸運なのでは、と少女は思った。
「今日、会いに行くことは出来るのよね?」
「そう言われると思っていた。許可はとってある。私と共になら大丈夫だろう」
「わかったわ。アイツ、起こしてくるから」
アイツというのは本体であるラビリスの事だろう。
それを止めることなく見送った美鶴は自らの分と優希の分の欠席を伝えるために携帯電話を取り出した。
一方、4階にある元理事長室でありラビリスの部屋となったその部屋のドアを乱暴に開けた少女は着替えが終わりメンテナンス機械の上でぼーっとしていたラビリスの腕を乱暴に掴んだ。
「行くわよポンコツ」
「ちょ、行くってどこになん!? 学校はええの!? 突然どうしたんよ!?」
「桐条と宿主サマから許可は貰ってるわよ。試験なんかよりももっと大事なことなんだから」
パニックになるラビリスに対し説明するのも惜しいといった風に少女はずるずるとラビリスを引きずりながら階段を降りていった。
1時間後。
病室のネームプレートを前に、少女とラビリスは2人揃って同時に息を吐いた。
美鶴は病室の外で待つと言って廊下で待っている。
「…開けるわよ」
「う、うん…こんな形で会えるとは思わんかったからかウチ、緊張してるわ…」
「アタシもよ。だから大丈夫。大丈夫よ」
珍しく喧嘩腰はなりをひそめ、ラビリスを励ますように声をかける少女も同じように緊張しているのだろう。
母とも呼べる人格モデルとなった子供はすべてを破壊すると言い切った少女にとっても“例外”だ。この先の部屋にいる子供だけは絶対に傷つけまいと思っている。
少女がドアを開けてそれにつられるようにラビリスも病室へと入る。
そこには、機械に囲まれてベッドの上で横たわっているやせ細った少女が眠っていた。
身体のいたるところに管がつけられており、その呼吸は弱弱しい。少女の命が風前の灯火なのがわかる。
「覚悟しとったけど…この子が、ウチらの…」
「そうよ。ようやく会えたのよ。“私”の元になった女の子。024の言ってた母親みたいなもんね」
静かに。しかし目覚めることのない弱弱しい子供と称しても仕方のない少女を見つめながらふたりは何とも言えない気持ちを抱える。
ベッドの脇の椅子に座り、ラビリスは子供に対し話しかける。
「言葉、通じはれへんかもしれんけど…はじめまして。ウチら、五式ラビリスいいます」
返事はない。当たり前だ。
それでもラビリスは話し続ける。
「ウチらに命をくれて、ほんまにありがとう。ええと、何から話せばええんやろ…」
「なんでもいいわよ。アタシなんか話すことなんてないもの。ううん、アタシもアタシの口で伝えなきゃいけないか」
何もない、と言いつついざ本人を目の前にして何も言わないのは自分の目的に反すると思ったのか少女も口を開く。
「アタシたちがいるからアンタは一人なんかじゃないわよ。最低なことばっかだったけどアンタが生んでくれたおかげで今のアタシが居るの。まあ、…ありがと」
ここにきて、母親とも呼べる存在を前にしてもぶっきらぼうな少女にラビリスは僅かに笑みを浮かべる。
「素直やないなあ」
「うっさいわね…」
照れ隠しのようにそっぽを向いた少女の耳は赤く染まっている。
こういう時、人間の身体ってわかりやすいんだなとラビリスは思い、その笑みを明るいものにする。
「せや、妹がおるんよ。しかもふたりも! それに驚いてはるかもしれんけど、ここにもうひとりのウチもおるんや。驚きやろ?」
「妹っつっても人格モデルは別だけど。片方は真面目ちゃんでつまらないしもう片方は生意気すぎるわ」
ラビリスの言葉に茶々を入れるように少女が感想を述べればラビリスはむくれる。
「もう! んなわけあらはれへんやろ! ふたりとも、すっごく可愛いんです。できれば会ってほしかったんやけど…時間、あらへんもんな…」
残された時間は少ない。アイギスとメティスが会うというのは無理に等しいだろう。
ラビリスたちも会えるのはこれで最初で最後かもしれないのだ。
道中で、美鶴から彼女の病気の治療法が見つかったと聞いていた。だが、既に弱り切っておりその治療法は試せない。
ある意味で、遅かったのだ。
「アンタも災難ね。あと少しだったのに…」
惜しさを感じながら、少女が冷たい手を握る。
死んではいない。けれど死にかけてはいる。もう少し、もう少しだけ早ければ。
体力や寿命があれば。
そんなことを思った瞬間だ。
ベッドで横たわる彼女の姿が一瞬光に包まれた。暖かく、まばゆいばかりのそれは瞬きをした瞬間には消えており、錯覚かそれとも幻覚を見たのかと思う程度のものだ。
しかし少女はわなわなと身体を震わせると突然握っていた手を放し病室の外へと駆け出してしまった。
「え、ちょ、いきなりどこ行くん!?」
ラビリスが止める間もなく少女は走り去り、ラビリスを置いていく。
「どうしたんやろ…? 外には美鶴さんがいはるから大丈夫やと思いたいけど…」
それでも心配だ、と立ち上がろうとしたラビリスの目の前でぴくりと先ほどまで少女が握っていた手が動いた。
動くはずがないそれが動いた事実に、ラビリスの思考回路は一瞬停止する。
「え…?」
とっさに病室から飛び出した少女は美鶴の目の前からも止める暇がない速さで駆け出し、人気のない非常階段の近くまでやってきていた。
周りに誰もいないことを確認し、大きく息を吸う。そして、
「アンタ、ばっっっかじゃないの!? ホイホイとあの子に生命力を与えるなんて頭がどうかしてるんじゃない!」
叫んだ。
怒りの矛先は宿主である優希だ。既に必要な分の休息を終え、意識は取り戻しており自分から少女に身体の主導権を譲ったまま静観していたのだがここで初めて少女の意志に反して行動したのだ。
とはいえ、したことといえば黄昏の羽根に残っていた生命力の大部分を人格モデルとなった少女に分け与えただけだ。直接的な行動は何もしていない。
「え? 『どうせ1月31日までの命なんだから少ないけど治療法が見つかったのなら間に合うように残ってる分をあげてしまった方がいい』? ノーテンキにも程があるわよバカ! アンタのものを与えたらアンタの家族が悲しむでしょうが!? ほんと、何考えてんのよ!」
きっかけの生命力さえあればあとはその子自身でどうにかなる。内でそう言い切った優希に少女は顔を顰めた。
その行為自体がラビリスのシャドウである少女にとっては認めがたいことだとしても、善意からこの少女は優希のことを心配しているわけではない。優希のためを思っているわけでもない。この身体が使えなくなれば少女が困るのだ。
こんなことは認められるわけでもなく、癇癪を起したように怒鳴る。
「それに、アンタ燃費が悪くて消費が激しいんだからこのままじゃ下手したら1月31日まで持たないわよ。良いの!?」
間に合わなければ世界ごと終わる。そんな博打に出た優希に対しなにを余計なことをしてくれやがったんだと少女は憤っているのだ。
だが返ってきた答えは「持たせるよ」という一言だけだった。
「……ああそう、アタシがバカだったわ。アンタ、そういうニンゲンだものね。ほんと…ニンゲンって最悪。家族よりアタシたちを優先するなんてねぇ。そういう生易しいところが大っ嫌いなのよ!」
生易しい行為は何も生まない。悲劇を生むだけだ。
人格モデルとなった子供に関しても、生きながらえさせたとしても正常になれるかどうかわからないのに安易な考えで命を与えるなどどうかしている。
拒絶反応にも似たそれは少女の中で納得に近いものを導き出す。
──ああ、コイツは誰かに自分を切り売りし、分け与えることで自分という存在を確認している大馬鹿野郎なのだ。と。
「でも、いいの? アンタはこれでより一層、悪魔ってやつに近づいたんでしょ。ニンゲンの部分を自分から捨ててどうすんのよ」
優希という存在が死へと近づくごとに人から離れていくのだと知っている少女は呆れからそう問いかけるも“答え”を聞いた少女は大きく溜息を吐くだけにとどめ、それ以上の反論はしなかった。
「…わかったわ。アンタがそのつもりならもうアタシは止めない。その代わり、頼みがあるの」
そろそろ、けじめをつけなければいけない。
少女はそう覚悟を決めたのだった。
クリシュナ「シュブ=ニグラスは敵」(本当の目的がほぼ一緒じゃないとは言ってないし“救済”を諦めてもいない)