12月17日(水)
影時間
「おいポンコツ。アタシと戦いなさい」
影時間、タルタロスに全員を呼び出した少女はカダスへと連れ込むとラビリスを睨みつけながらそう言い放った。
その目には敵意が溢れている。
「ど、どういうことなん…? 突然戦えって…理由を教えてくれんと…!」
「理由? ひとつに決まってんでしょ。グズなアンタを殺してアタシが“
「!」
驚いたラビリスに対し、少女の黄金の目は厳しい視線を向けている。
「薄々分かってるんじゃないの? このアタシが本物のシャドウ…倒すべき敵だってことに」
「そないなこと…!」
否定しかけたラビリスを見つめ、少女はその目を嘲るように細めた。
「いいえ、むしろ気づいてなきゃ焼き払ってるとこだわ。ここまで付き合って分からないとかどんなマヌケよ」
その顔自体は嘲りではなく落胆の色が強く、念押しもしくは確認の意味も含まれているように思えた。
返答を期待していない、どの返答でも結果は変わらない。
そんな風に見て取れた。
その事にラビリスが答えられないでいれば無言で少女が目の前に手をかざす。
影が盛り上がるように少女の前に浮かび、形を作り一瞬でラビリスの
それを構えてラビリスの眼前へと向けた少女はニヤリと笑う。
そして次の瞬間、それを勢いよく叩きつけた。
当たれば無事では済まない一撃を、なんの躊躇いもなく、だ。
「!」
当然、間一髪といったところでラビリスは飛び引くように後退しその一撃を避ける。浮かぶのは戸惑い。困惑。若干の怒り。その他諸々の感情。
「ちょ、な、なにするんよ!? 危ないやろ!」
「危ない? これは殺し合いよ? 危なくて当然じゃない! ほら、さっさと構えなさいよ。兵器は兵器らしく殺し合いましょーよー! アハハハハ!」
戸惑うラビリスに対し挑発的な高笑いで返した少女に周りはついていけない。
しかし、突然ラビリスを殺してなりかわるなどと言い出した少女を止めなければと風花は口を開いた。
「“荒っぽい方”のラビリスちゃん、とにかく落ち着いて!」
落ち着かせて話を聞こうと思ったのだ。
一応、話が通じない相手ではないと分かっているからこそ、風花は勇気を振り絞って叫んでみたのだが、対する少女はイラついた様子で風花を睨みつけた。
「あ? 黙れよモヤシ女! 何が落ち着いて、だ! アタシに指図すんじゃねえ! おい犬畜生、オマエもアタシに指図すんなよ。もし邪魔しようってんならアツアツのホットドッグにしてやるんだから」
「も、モヤシ女…!?」
風花に暴言を吐き、矛先を飛び出そうとしていたコロマルに変えた少女は釘を刺すとラビリスに向き直り上から下まで品定めするかのようにジロリと見つめた。
「アンタ、震えてんじゃない? そんなナリでよく妹を守りたいだなんて言えるわねぇ?」
「そ、れは…そないな事ない! うちかてキチンと戦える!」
「だったらあ、早く構えろってんだよこのポンコツが! なにグズグズグズグズやってんだよ! アンタのそのくっだらないオママゴトに付き合ってられるほどアタシは暇じゃないの、わかる?」
過去の経験から機械であるというのに微かに震え、戦うことに抵抗がある様子のラビリスを嘲笑い、不機嫌そうに少女は鼻を鳴らした。
「まだ戦うことが怖いんでしょう? だからアタシがアンタと代わってあげる! アタシがアンタを殺して“私”になってあげるっていってんだよ!」
「で、でも! アンタはウチのこと…ホンマはそんなつもりやないんやろ!?」
この3日間、少女は刺々しくラビリスとは一定の距離を保っていたが傷つけるような素振りも殺意も無かった。それどころか人格モデルとなった子供との面会に行った際はラビリスを励ましてさえいたのだ。
これから、もっと時間をかければ彼女とはきっと仲良くなれる。そんな幻想を抱いたからこそ、ラビリスは今の状況を受け入れることが出来なかった。
対して、少女はラビリスがそう考えているのだと手に取るようにわかったので逆に怒りを露わにする。
我ながら舐めているのか、こいつは、と。
「黙れ!“でも”も“だって”もねーんだよ!」
声を張り上げ、叫ぶ。
黒い炎が爆発するように巻き上がり、熱風が空間を襲う。
「アタシを…この怒りと憎悪を否定するんじゃないわよ! アタシはアンタ、アンタはアタシ! どうあがいてもアタシたちは“対シャドウ特別制圧兵装五式ラビリス”なの! 怒りも、憎悪も、アンタが産んで、アンタが抱えてるモノなのよ! それを……
ラビリスと瓜二つな少女の目は怒りに満ちていた。
本気だと言わんばかりに背後で炎の雄牛が蜃気楼のように揺らめく。
「やるしかないのか…!?」
「相手がやる気ならこちらもそうするしかないだろう。加えてラビリスはもう俺たちの仲間だ。サポートくらいはしてやるべきじゃないのか」
「それは…そうだが…!」
美鶴が歯ぎしりし、少女を見つめる。
明彦の言う通り相手が交戦の意志を見せている以上、戦わなくてはいけない。
「なんか、やりにくいなあ…」
「……」
奏子がぼやく横で湊は少女の言っていることもその事情もよく知らないが、アイギスの姉であるラビリスにとっても少女にとっても大事なことなのだろうと感じ取ってはいた。
少女ともラビリスとも湊は関わり合いが薄く、流されているようにも思えてしまうがまだ出会って3日程度だ。そりゃそうだろうと言わざるを得ない。
コロマルや先輩である荒垣は既に少女と親しいようだが湊からすればアイギスやメティスとはまた違うラビリスの、そのシャドウである少女の事など何も知らずどうすべきなのか、という判断がはっきり下せる立場になかったのだ。
むしろ、ラビリスに関係しているのはアイギスとメティスを除けば美鶴と優希くらいだ。
やれと言われればやるが一応、兄の身体ではあるので手加減しなければならないだろう。
そんな悩みを抱えていた湊の視線の先で炎が揺らめき、人型を作り出す。
それはやがて鎮まり、その姿を顕にした。
「あれは…!」
現れたのは優希だ。しかしその目はいつもの灰ではなく少女と同じギラギラとした金に輝いている。
「──この戦いでラビリスに与するつもりなら…この子を排斥するようなら。俺はこの子の側に立つ。全力を持ってラビリス以外を排除させてもらう」
黄金を宿した目で優希は敵意を隠さずに少女の側だと立場を表明する。
その顔には以前まであった戸惑いや“甘さ”が消えている。ここが死ぬことのない
本気だと見せつけるような優希の態度に一同はたじろぐ。
「なによ、アンタの力なんか借りなくてもここにいるヤツら全員ぶっ飛ばせるわよ!」
そんな中でも少女は突然現れた優希に驚くことも無く突っかかり、啖呵を切る。
対して優希は冷めた目で少女を見やってから口を開いた。
「…俺がそういうのは好きじゃないんだ。きみは己だけを相手にしてればいい」
そう言うと炎の壁でラビリスと少女、優希と特別課外活動部に分断する。
位置関係からして分断を誘導、もしくはこの状況になるのを狙われていたのは間違いない。
「……チッ、余計なお世話なんだよ!」
小声でそう文句を吐きながらそっぽを向いた少女はラビリスへと向き直り、再び戦斧を突きつける。
「で、早くやんないと死ぬわよ。アタシは本気なんだから」
「せやね…ナギサさんもウチらの戦い止める気無いみたいやし。ウチも、腹くくるわ」
震えはまだ僅かにあるが戦斧を構える。
ラビリスからすれば味方だと思っていた優希が少女の側へついたことと2人を皆から分断して戦うよう強要していることにショックがないとは言えない。
だが、意味もなく優希がそれを望むはずもないとラビリスはわかったからこそ覚悟を決めた。
あくまでも優希は2人だけが戦うのならどちらの味方もしない、と言ったふうにも聞こえたからだ。
「…いくで! 痛くて泣いても知らんからな!」
まだ恐怖心はある。大切な誰かを傷つけてしまうのではないかという恐怖が。
それとは別で戦うことを放棄し、自分なんかよりもしっかりしているこの少女が“ラビリス”になった方が良いのではないか、という僅かな思いも数分前まではあった。
けれども今のラビリスは何故か目の前の少女に負けたくないという気持ちが浮かんできていた。
「ラビリスとこの子の戦いを邪魔しなければ俺も何もしない」
「何もせず、黙って見ていろと…!?」
「そうだよ。これは彼女たちの戦い。心と心のぶつかり合い。やらなきゃいけないことなんだ」
一方、ラビリスたちの戦いをやらなければいけないことと断言した優希にアイギスは間違っていると思った。
対話ができるはずなのにそれを捨てる。敵同士というわけでもないのに戦い、傷つくことが本当にやらなければいけないことなのか。
優希がそんなことを望むようになってしまったのはなぜなのか。
「こんな…戦うのが正しいだなんておかしいじゃないですか!」
「本当に? おかしいと思う? 俺は何もおかしくないと思うよ。こうしなきゃ、対シャドウ兵器である彼女たちはひとつに戻れない。対話をして戻れる段階はとうに過ぎているんだ。……桐条の行った実験のせいで」
「!」
全員、大まかなラビリスの置かれていた状況を聞いていた。同情もしていた。
だが、それがここで出てくるとは夢にも思わなかったのだ。
否、コロマル含む察しのいい数人はラビリスのシャドウである少女が桐条に対して抱いている並々ならぬ恨みのようなものを暴力衝動に変換していることを察していた。
だが少女自身が初対面の時以外殆どそれを抑えていた為に意識をしていなかっただけで。
彼女はシャドウでありながら暴走しておらず、優希やウィッカーマンが諭したとはいえ自身の憎悪と怒りを制御しきったのだ。
来るべき時の為に。
「だとしてもこんなことは間違っています! 姉さん達は会話が出来るのに…分かり合えるはずなのに…どうして…!」
それでもアイギスは理解が出来なかった。
何故、戦うのか。何故、言葉が通じ、話が出来るのにそれで解決できないのか。そしてそういうことを1番嫌い、躊躇いそうな優希自身がラビリスとラビリスのシャドウ、どちらかが消えることを是としているのか。
はっきりと自我の芽生えを自覚したアイギスだからこそ、この優希の言動もラビリスのシャドウの言動も理解が出来ない。分からない。
「なら、アイギス。間違っているというのならきみが俺を倒してラビリスに加勢すればいい。力で証明してみせればいい」
アイギスの言葉を聞いた優希は溜息を吐いてそう言い放った。
それでもなお、目は何も写しておらずただアイギスを“見ているだけ”なのだ。
「違います! そういうことを言っているわけじゃ…!」
「同じさ。力がなければ何も出来ない。何も守れない。言葉なんて聞いて貰えない。平気で踏み躙られ、奪われるだけだ」
“力がなければ何も出来ない”。“言葉を聞いて貰えない”。
その言葉にショックを受けたのはアイギスではなく美鶴だ。
高寺との1件は優希に少なくない負担や心の傷を負わせていたとは思っていた。だが、思想をガラリと変えてしまうほどに歪ませてしまっていたとは思いもよらなかったのだ。高寺は、優希の命を奪うことは出来なかったがその代わり心を殺していった。癒えない傷を残していった。
「三上優希をやめる」と言った優希の言葉は嘘偽りなく本当の事だったのだ。
何も知らない子供、という面を捨て“有里渚”としての恨みも辛さも無力感も何もかもを隠さないようにしたのが今の優希だった。
それでも、ラビリスのシャドウを気遣ったり、全員を排除するなどと告げてくるなど手段は暴力的だが公平性を求めたりと何もかもを捨ててしまった訳ではなくその奥底にはまだ優しさが残っているようにも美鶴は思えた。
それに、排除すると言ってもこちらが手を出すのならという条件つきであり未だアイギスとこうして言葉を交わしているのだから大事な部分はなにひとつ変わっていないのでは無いかとも思うのだ。ただ、高寺との1件があったあともあれだけ戦わせたくないと言っていたラビリスを戦わせようとしている心変わりに違和感を感じるだけで。
「それに、きみだって俺に対する敵意を解消できていないんじゃないのか? それは植え付けられたもののようだし一度俺を殺して満足すれば収まるはずだよ」
「そんなのっ…出来るはずがありません!」
耐えられない、といった様子でアイギスが叫んだ。
出来るはずがない。もう二度と、幾月に操られていた時のような過ちは犯さないと誓ったのだ。
「できない? 嘘を吐くのはやめてくれよ。首を絞めて俺を殺そうとしたきみができないはずがないだろう」
告げられた言葉にアイギスは思わず目を見開いた。
表情を一切変えずに淡々とそう告げた優希の声からは感情が読み取れない。
怒っているわけでは無いが優しいわけでも柔らかいわけでもない。
ひたすら“無”なのだ。
「起きて……わかってて…あ、ああ…!」
「謝らなくていい。別に責めてるわけじゃないしきみは悪くない。事実を述べたまでだ」
震える声で何かを言おうとするアイギスに対して取り繕うようにそう告げた優希はそれでも感情の色を出さない。
優希からすれば首を絞められたことは本当に今となってはどうでもいいことだ。今更そのことを出すのは意地が悪いと思われても仕方ないが、それでも出さなければアイギスを動かすことは出来ないと思ったからだ。
いや、少しだけ。優希はアイギスに対し仕返しのような事を考えていた。本当に死にはしなかったものの殺そうとしたのだから、これくらいは言っても許されるだろうという優希なりの甘えだ。
許されなかった場合は戦いになる。それはそれで今の優希にとっては好都合だった。
何せここはどうやっても死ねない空間だ。死亡もしくは主要な部位の欠損など不可逆な損傷をした場合に即座に損傷前の五体満足な状態まで巻き戻されるようになっている。
そして力尽きた場合にも同様のことが起こる。
死にはするがすぐに生き返れると言うべきか。そういう風にセーフティーをかけてあった。
優希はここでアイギスの持つ蟠りのようなものを、1度自分を殺させて解消しようという魂胆でもあった。デスの討伐という命令があるのなら、それをズルい手で解決させてしまえばいいと思ったのだ。
そこにアイギスの精神状態は慮られていない。アイギスが優希を仮にとはいえ1度殺し、どうなるかなどというのは考えられていない。
ただ連携に支障があるから解消しようとしている。そこに優希自身がまたアイギスと仲間として肩を並べたいと思う感情は含まれていない。
寮にいるのも学校に通うのも自己満足もあるが元を辿れば全て奏子と湊、そして養父母に心配をかけないためだ。それらの“枷”が無ければ優希は特別課外活動部と別行動を取っている方がアイギスとの諍いも無くよっぽど動きやすい。
それらの問題をわかっていて、わざと考えないようにしていた。
──それに、
正直な話、優希はアイギスに対する自身の感情に名前をつけられないでいた。
アイギスの守るべき“有里渚”として関わっていたのはほんの数日程度。それも、アイギスの記憶回路からはほとんど抹消されている。覚えていないのと同じだ。
そして自身はそのことをあまり覚えていない。というよりもあれは桐条千鶴とアイギスの勝手な口約束のようなものであり、優希自身には何ら関係のないものだ。
だからこそいくらアイギスが自分を大事だと言おうとも、それは奏子や湊のオマケ。2人やメティス、ラビリスのようにアイギスにとって本当に大事な存在には含まれていない。それをよく分かっていた。
だからこそ期待はしていなかったというのに首を絞められたあの時、優希がアイギスに抱いたあの落胆のような感情はなんだったのか。この、失望ともとれるような虚無感はなんなのか。それを知りたかったのだ。
一方、アイギスが優希を殺そうとしたと聞いて動揺を隠せなかったのは奏子で、狼狽えた様子で優希へと問い詰める。
「ど、どういうことなの!? アイギスがお兄ちゃんを殺そうとしたって…」
「別に。俺は
その話はここで終わりだとでもいうかのように打ち切り、アイギスをじっと見つめる。
「で、きみはどうするんだアイギス。俺と戦うか。それともきみの言うように対話で解決してみせるか。話は聞くけど解決できるかは保証できかねる」
「優希さん、一応警告として言っておきますが姉さんに手を出そうというのなら私だって黙ってませんよ」
「それでもいい」
言葉を発したのはアイギスではなくメティスだった。
きっと優希を睨み付け、挑発するようにそう告げるが優希は意にも介してないのか素知らぬ顔をしている。
「メティス、きみはわかってるんだろ。だから他のみんなと違ってきみだけはラビリスの事に口出しも手出しもしようとしなかった。臨戦態勢にならなかった。姉という存在が大事なきみがいの一番にそうなってもおかしくなかったのに」
「…っ!」
「これも、責めてる訳じゃない。メティスの対応が正しいんだ。ラビリスとラビリスのシャドウであるあの子の間には、俺を含む誰かが割って入っていいものじゃない。これはふたりの──いや、“五式ラビリス”の乗り越えるべき問題なんだ」
その手段が戦いというだけで、優希は対話を否定していない。
ラビリスのシャドウである少女については思いのたけをぶつけるために戦闘行動を経由することでしか解決できないこともあると知っているからこそ、優希は戦うしかないと言っているだけで。
言葉だけでは伝わらないこともある。
対話で済むなら優希もそれで済ました方が楽なのだ。こうしてわざわざカダスに全員を呼び出して、排除するだのしないだのを言わなくても済むのだから。
けれど内なる自己との対話で済む段階はとうに過ぎている。ラビリスは己の抑圧してきた願いや感情について、自覚していないからだ。
それが出来ていれば
言葉では何の解決にもならなかったからこそ、戦いという手段でもうひとりの己であるシャドウと対話するしかないのだ。
「俺はみんなまとめて相手にしたって構わない。だからさ、教えてくれよアイギス。俺の抱えてるこれは何なんだ? どうして俺は、きみに落胆を覚えているんだ? きみが大事なのは湊と奏子。そしてメティスとラビリスだ。“敵”である俺じゃない。そんなことはわかってる。わかってるんだ。なのに──どうしてこんなに虚しいんだろう」
限界だったのはラビリスのシャドウである少女だけではなかった。ずっと、ぐるぐると思案していた優希は煮詰まってしまっていた。
意識は覚醒しているが身体を使えないという空き時間が膨大にあったこの二日間、ずっと優希はウィッカーマンにすら相談せずにこの虚しさについて考えていた。考えて、結局分からなかった。
「……」
アイギスは答えられなかった。なにが、「だから」なのかも分からなかった。
優希がそんなものを抱えているとすら思っていなかったのだ。
アイギスだけではない。全員が答えられずに黙り込んでいる。
「でも同時にさ、苛々するんだ。すごく。こんなの、
「三上さん…?」
優希が顔を顰めた瞬間、金の目が赤く塗り替えられる。深く、濃くなりどろりとした血のように赤く、暗い色に。
それと同時に炎がぶわりと勢いを増す。
姿が画面越しに見えているように揺らめき、何度もブレた。
そして足元で黒い泥のようなものがゴボゴボと泡たち、弾けている。
「う、あ、あああ…うるさい、おれは…おれだ…」
その不安定な様子にパンの大神の姿を重ねたのは何人いたのか。パンの大神自身が優希の姿を模倣していたせいもあってか、今の優希は雰囲気も含め、それとよく似ており異常に見えた。まるで、暴走しかけているのを必死に抑えている。
そんな風に。
「はーっ…、はーっ…!」
息を荒くし、頭を抱えながら何度か呻き優希は何かに耐えるように苦し気にしている。
しかしすぐに深く目を閉じて息を大きく吐いた優希の目は次の瞬間、静かな黄金色の目に戻っていた。湧き出ようとしていた泥のようなものも静まり無くなっている。まだ元の目の色ではないということからある意味ではまだ正常とは言えないが異様な雰囲気ではなくなった。
「…なん、でもない。ちょっと、声が…したんだ。でも、気の所為だから」
声がする。
恐らく実際に聴こえているものではなく、幻聴のたぐいか先程から言っていた頭の中で響くというそれだろう。
「なんでもないわけが無いだろう。そうやって隠すのをやめろと俺たちは言ってるんだ」
「ごめ、ん」
明彦が指摘するも、だらだらと脂汗を垂らしている優希の表情は先程とは違い余裕が無さそうだった。
「……」
謝罪はしたものの黙り込んで目を逸らしてしまった優希へと近づいたのはアイギスだ。
その顔には先程までの動揺は浮かんでいない。なにか、覚悟を決めた顔だった。
優希の片手を握り、真剣な顔でアイギスは口を開いた。
「話してください。優希さんが抱えているものを、すべて。どれだけ時間がかかっても構いません。私は──かつて
「……」
憔悴しきって虚ろになった瞳とアイギスのレンズアイがかち合う。
小さく、優希の口が開く。
「…もう遅いよ」
発された言葉はそれだった。