君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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解決(12/17)

シャドウである少女がラビリスを戦斧で激しく打ち上げ、そして叩き落したところだったらしく、ラビリスは床に伏せている。

そしてそんなラビリスを少女は踏みつけ“ファラリス”を呼び出しながら腕に巻き付けているチェーンを振り回しジャラジャラと鎖の音を鳴らしていた。

 

「ほらほらほらほらほらァ! さっきまでの元気のいいアンタはどこに行ったのかしら!? 本体であるアンタがこんなに弱っちいわけないでしょうが! 立て! 立ちなさいよ! 何度だって嬲ってあげるんだから!」

(…“あの子”が優勢か。けど、駄目だな。あの子はラビリスに()()()()()()()()

 

優希は危ない傾向だと感じた。

方や優希の持つ力の断片と同調し、疑似的なペルソナを得てしまったシャドウと、封印される前から兆候はあったらしいが未だペルソナの獲得には至っていない本体(ラビリス)

どちらが出力が上かと問われれば、シャドウの方だと言わざるを得ない。今の状態は優希自身がそうなるように仕向けたとはいえ、一方的なシャドウによる蹂躙となってしまっている。

要するにペルソナ使いとそれなりに戦える一般人が戦うようなものだ。

しかも、シャドウである少女は常にファラリスを呼び出す術に長けており、実質的に手数が二倍。二人を相手にしているようなものだった。

それでも破壊まで行っていないのは少女がラビリスを壊さぬように無意識に手加減しているからだ。

長く遊べるからではなく、今の少女は「本体ならばこの窮地を切り抜ける強さを持っているはずだ」という無根拠に近い無慈悲な期待をしているからだ。

それはそう思っているシャドウ自身も分かっていない無意識なものだ。だからこそ、ラビリスはまだ壊れていない。限界まで壊れたとしても瞬時に回復するここでは違いはないといわれるかもしれないが、それでも修復されるほどの大きな破損は未だ起きていない。そのことはこの場の主である優希が一番感じ取っていることだった。

 

ファラリスを少女に貸し与えているのは優希の意思だ。その気になればファラリスを奪った状態で二人を戦わせることも可能だった。

だが、それをしなかった。ファラリスを直視しない限り、その怒りを身に浴びない限り、ラビリスは己の怒りを理解しないと思ったからだ。

あれをひっくるめて少女を構成するものすべてが過去のラビリス自身の怒り。ラビリス自身の抱えてきた負の感情。

それが、どんなものなのか分からなければふたりはひとつに戻れない。

自覚しなければいけない。

 

だというのに、シャドウである少女はまだラビリスが何か奇跡的なことが起こって逆転し、圧勝するのではないかとでも思っている。

そうやって、期待してしまっている。

 

「可哀想ねえ…“私”。辛かったよね。悲しかったよね。“あの子たち”を壊すの、嫌だったよね」

「う…ぐ…」

「桐条のこと、恨めしいよね。無茶苦茶な命令を課してきたアイツらが憎いよね。私はみんなを殺して独りぼっちになったのに、桐条はこうして仲間に囲まれて…バカみたい…ねえ、そう思わない?」

 

少女はラビリスを煽りだした。否、事実という塩をラビリスのトラウマという傷口に塗り込み始めたのだ。

 

「思わへん…! だって、ウチは…!」

「“妹たちがいるから”? それとも、“宿主サマに助けられたから”? ハッ、笑わせんじゃねーよ! あのポンコツ共に私の苦しみなんかわかるわけがない! それに宿主サマはアンタの味方じゃないの! アタシの、この煮えたぎる憎悪の側よ!」

 

それに反論しようとしたラビリスを少女は鼻で笑う。ラビリスをあの状況から救い出した優希でさえ、少女側の立場であり、お前の味方はいないんだぞと告げるような言動は正直攻撃にしても優希からすれば言っていいものではない。

 

「──“ラビリス”」

「チッ、分かってる。分かってるっての! いちいち口出ししてくんな!」

 

優希がそれ以上自分と本体を区別するな、という意味で少女を呼べば忌々しいと言わんばかりの顔をして返事を返してくる。

あくまで優希は中立だ。若干、シャドウである少女寄りではあるがこの行動は“五式ラビリス”を思っての行動だ。

自身(本体)との乖離を起こさせたいわけではない。

そしてシャドウをラビリスに否定させたいわけでもないのだ。あれは、受け入れられて然るべきラビリス自身。シャドウである少女も、心の内で本体に回帰することを望んでいる。

それを汲み取ったからこそ、優希はこうしてじっと手を出さずに待っている。

叩きつけられ、踏みつけられたラビリスはハッとなにかに気がついたような顔をして、少女の顔を見つめる。

 

「……そういう、ことやったんやね…」

「は? なんだよブツブツ気持ち悪い…」

 

気持ち悪いという感情をありありと顔に浮かべたまま、少女がラビリスから足を除ければラビリスは少女と向き合うようにしてその場にペタンと座り込み──

 

「ナギサさんがウチの味方やなくて、アンタの味方やって言うの…あれやね、アンタもナギサさんのこと、ウチと同じくらい好きなんやね。だから、ウチのくだらん嫉妬心みたいなのと同じの、抱いとるんとちゃうん?」

 

──とんでもない言葉を発した。

幸いなのは炎の勢いが強いために優希以外の声が内外からは聞こえなくなっているという点だろうか。

 

「は、はあ!? んなわけないでしょ!? 宿主サマは道具だっての! アイツはアタシに良いように使われる側なの! す、好きとかある訳ねーだろ!」

 

思わずそんな訳が無いと吃りながらも否定する少女だったが、顔が真っ赤なので説得力に欠ける。

それは羞恥からか。それとも。

一方、自らの抱えている感情が割って入れるものでは無いと分かっていてもラビリスは自覚してしまったそれを抑えることが出来なくなっていた。

“さん”付けをする他人行儀な呼び方で距離を保っていたが、そもそもそんな間柄ではないだろうと自覚してしまったのだ。

 

「でも、ナギサ“くん”にはさっきみたいに手ぇ出させたり口出しするのは許しとるやん? アンタが誰かを無理矢理戦わせるのが大嫌いなナギサくんにここまで協力してもろてさ、おかしいと思ったんや」

 

ラビリスが気になったのはそこだった。

一旦、優希が止める気がないという所までは分かっていたが“どうして”その行動に至ったのかがずっと謎だったのだ。

シャドウである少女が出した幻影で無ければ、偽物という訳でもない。

正真正銘、炎の向こう側でじっとこちらを見ているのは優希本人だとラビリスも分かった。

 

「いくらナギサくんがお人好しやからって親しい相手が2人おったとして、対立した時に何も言わずに一方だけに肩入れしはるってことはまずないやん? ほら、ストレガやったっけ? あの子らとのこともそうやし」

「そうね! アイツは超とバカがつくほどのお人好しだから、そういうことは無理ね!」

 

ふん、と何故か少女が得意げにラビリスの言葉を肯定する。

 

「それで…アンタにボコボコにされとる間考えてん。ナギサくんはどっちのウチもウチやと思うて大切にしてくれてはるってことなんやないかって。せやから──アンタがいう通りアンタはウチで、ウチはアンタなんやって。ナギサくん相手に素直になれんとこはホンマにウチやなあって思うよ」

「ウソ…アタシがアンタだって自覚してくるとこ、そこなの?」

 

がく然と、少女は口を開けた。それはもうあんぐりと。

少女からすれば憎悪と怒りをその身に浴びて自覚してもらい、ズタボロになった状態で負の感情である自分を捨てた後悔に咽び泣く──くらいは想定していたのだが、想定外も想定外。予想の斜め上をいく自覚方法で戦う気が萎えていた。

 

──アホらし。

 

そんな感情がシャドウである少女の内を締めている。

それに構わずラビリスは続ける。

 

「いや、もちろん他のこともあるで? アンタは“お母さん”のことを心配して美鶴さんに探してもらってたり、ウチのこと励ましてくれたり。お母さんが見つかった時もウチを連れてかへんって選択肢もあったはずやのにそうはせんかった。しっかりと手ぇ繋いで連れ出してくれたやろ。部屋に入る時も不安なのはきっとアンタもやのに、ウチが欲しい言葉をかけてくれて…嬉しかったんやで?」

 

目を閉じ、人格モデルとなった子供に会いに行った時のことをラビリスは思い浮かべた。

温かい手がラビリスの冷たいであろう機械の手をしっかりと握りしめ、心配を払拭させるほどの力強さで連れ出したことに感謝をしていたのだ。あの時、あのままもだもだと理由をつけて断ってしまっていたら。全てが手遅れになっていただろう。そもそも、人格モデルとなった子供のことすらラビリス自身は「まだ探さなくていい」「気にはなるが色んなことが終わってからで良い」と思っていたのだ。

自分のことは二の次。みんな大変で、世界が大変なのに自分の我儘をいうわけにはいかないと遠慮していたのだ。

 

あの時の感情をなぞるように微笑む。

このシャドウである少女がいなければ、きっとラビリスは母親とも呼べる存在が生きている内に会えなかっただろう。

全てが手遅れになったあと、重く、冷たい石の前で自分のことを話していたかもしれない。

 

「…それに、“ウチらがおるから独りぼっちやない”ってお母さんに言ってたやんか。あれ、ウチがずっと言いたかったことでもあるねん。そこでちょっと気づいたっていうか。でもな、ウチはアンタがウチとは別の、ウチの姉妹やったら良かったのにって思うたよ」

 

自分とは別の姉妹なら良かったのに、というラビリスの言葉に少女はやっぱりわかってない、と落胆を怒りに変え、叫ぶ。

 

「ほらやっぱり! どうせ心の底ではアタシを認めたくないんじゃない!」

「ちゃうよ」

 

嘘つき、と叫び今にも突進してきそうな少女にラビリスは静かに首を横に振った。

 

「アンタともっとお話したり、色んなとこ行ったり…元気になったお母さんとも話したりしたかったなって言いたいねん。せやかてアンタの口ぶりやとウチが勝っても負けても、どっちかが消えてもう話せなくなるんやろ?ウチは、そんなの嫌や」

 

意外なラビリスの言葉に少女は目を丸くした。そんなことを言われるなど、露ほども考えていなかった、という顔だ。

少女はラビリスにとって忌むべきもの。そう思われていたからこそ、無意識に優希に引き寄せられて──捨てられてしまったと思っていたのだ。

 

「え…あ……そう、ね。どっちかが消えるの。消えて、元のひとりに戻るのよ」

「でもな、アンタがシャドウでもなんでもええからこうしてもうちょっとだけウチとは別の子として居ってくれへんかなって。ナギサくんの身体をいつまでも使うわけにはいかんし、無理なのはわかっとる。これが贅沢な願いだってことも」

 

いつの間にか戦斧を消して俯いていた少女へとラビリスは近寄り、めいっぱい抱きしめる。

 

「──ごめんな。ウチ、はじめてウチを受け入れてくれたみんなに嫌われたくないから…ずっとアンタのことウチやないって思って見て見ぬふりしとったんや」

 

そして優しく頭を撫でながら、暖かい身体をしているもう1人の自分の震える背をぽんぽんと叩く。不思議と、拒絶はされなかった。

 

「怒りも、憎悪も、寂しさも、嫉妬も。アンタが言うように“(ウチ)”のもの。ウチがこうして抱いてもたものなんや。否定したって綺麗にならんしなくなったりせえへんのにな…」

「…うん」

「ね、ウチを殺してひとりに戻るなんて止めへん? 命乞いがしたい訳や無いねん。むしろもう喋れへんようになるのが嫌や。ウチはアンタが大好きなんやって気がついたから。ウチの代わりに怒ったり、行動してくれた優しいアンタがウチの隣で笑ってて欲しいって思うのは、我儘かな?」

 

ラビリスはもう1人の己だと自覚しながらも少女と統合されることを嫌がった。

また話したい。まだ話していたい。こうして触れ合っていたい。もっと知りたい。

機械なのに心があるという、矛盾し、人に近くも人ではない自身や姉妹の存在は中途半端で宙ぶらりんだ。

戸籍があるわけでもなく、人として存在を保証されている訳でもない。

病気にはならないがもし壊れたら誰かに修復してもらわなければならない立場だ。

そして壊されることは死と同義でもある。

身体を移し替えることは出来ても記憶領域を損傷すればその限りではない。

どこまでいっても身体は無機物で、機械なのだ。そんな矛盾にぶち当たり、悩むこともあるかもしれない。先日だって部屋割りという些細な事だが自らが機械だということで悩んだばかりだ。

それでも、姉妹がいる限り。隣にこの喧しくも世話焼きで怒りっぽい自らのシャドウと名乗るこの少女が居る限り。ラビリスはいくらでも乗り越えられる気がした。

 

(ずっと私は独りじゃなかった。“独りになってしまった”ってそう思い込んでただけなんだ。024やシロ、私が壊してしまったみんな。そしてもう一人の私。みんながいたから、今ここに私が居る)

 

元はと言えば人格モデルとなった子供に会いに行くという願いでさえも024と呼ばれた試作機のものだった。

それでも、それを受け継いで、代わりに会いに行くと決めたのはラビリス自身の意思だ。

脱走までして会いに行きたいと願ったのは他ならぬ、ラビリス自身だった。

10年余りの歳月が経ってしまったが、それはようやく果たされた。

 

ラビリスの頭の中でぱきん、とガラスが割れるような音が響く。

瞬間、青い光とともに力の奔流が渦巻いてラビリスを包み、頭上に半透明の長髪の女性の姿が浮かび上がった。

線の細いその姿はしかし、機械乙女でも人でもなく。

 

「“アリアドネ”…これがウチの…ペルソナ…?」

 

呆然と消えゆく己のペルソナの姿を見、キラキラと目を輝かせるラビリス。

そしてペルソナの発現を見届けた優希は役目は終わったとばかりに炎の壁を解いた。

 

「うん。ウチはウチ。オンリーワンで、ナンバーワン! …せやんな?」

 

ペルソナを得た実感を確かめるかのようにぎゅっとこぶしを握り締めるラビリスに、納得がいかなかったのはすぐそばにいた人物だった。

 

「ハァァァァァ!? ちょっと! なーにが、“せやんな?”だよ! アタシがアンタの中に戻ってないのになんでペルソナを獲得しちゃってんのよ!? 意味わかんないんですけど!? それにナンバーワンはアタシなの!!! 一番強いのは、アタシ!」

「はいはい。分かっとる。分かっとるってー」

 

想定外の出来事に混乱し、ラビリスに詰め寄る少女から距離をとるようにしてそそくさと逃げるように駆け出したのは優希だ。

 

「…ごめん! 俺と混じっちゃったからラビリスとは別物として確立させてしまったかも! あくまで可能性だけど!」

 

そう告げるだけ告げようとして逃げようとする優希に対し、「それを逃がすか!」と少女はこうして自身が自由に動かせる肉体を得てから史上初とも呼べる最高速度で駆け出し、首根っこを掴むとブンブンと揺さぶる。

 

「ぐえ」

 

つぶれたカエルのような情けない声が優希の喉から絞り出されるがお構いなしだ。むしろ、いい気味でさえある。

 

「ちょっとぉおおお! なんてことしてくれてんの!? 馬鹿じゃないの! あああああああもう! この際、宿主サマだとか関係ねー!!! 焼き尽くしてからぶっ飛ばしてやる!」

 

ばきん、とガラスが割れる音がする。

“ファラリス”を呼び出し2,3発は優希を殴らねば少女の気が済まなかったからだ。

だが、

 

『グォオオオオ────ッ!!!』

「は…え、ハア!?」

 

“ファラリス”を呼び出した少女自身が、呼び出したものの変貌にあんぐりと口を開ける。

そこにいたのは炎で身体を構成した雄牛ではない。

はっきりと黒鉄の身体を得た荒ぶる猛牛──“アステリオス”。

 

「……ウソでしょ」

 

はっきりと変貌した()()()()()()を数秒ほど呆然と見つめた少女は次の瞬間ギロリと優希を睨み付けた。

 

「わあ、おめでとう。キミも俺との混じり物で中途半端なもどきじゃなく、己だけのペルソナに目覚めたんだ」

「ブッ飛ばす!」

 

呑気に祝っている優希が癪に障ると言わんばかりに少女は優希を殴ろうとするも拘束を解かれ、ひらりと躱されてしまう。

 

「逃げるなっ! アタシが“私”に戻れなきゃ…アタシはなんなの!? “五式ラビリス”じゃないアタシは…別の“誰か”になったアタシはなんなのよッ!!!!」

「まだ戻れないと決まったわけじゃないし試してみればいいんじゃないかな。ほら、強く念じてみればいけるって! 念だよ、念! あと気合い!」

「いや、ナギサくん…それはちょっと難しないかな…?」

 

飄々とさも簡単気に試してみろと告げた優希にさすがのラビリスも少女に憐れみを抱いた。

戻りたいという意思が少女本人にあるのなら、優希も協力するのだろうがその言い方は無遠慮すぎるだろう、と。

そもそも念じて戻れるのならとっくに戻れているのではないのだろうか。

それは片割れである少女も思っていたようで、半泣きになりながら優希を怒鳴りつける。

 

「アタシまでちゃんとしたペルソナを得ちまったんだから無理に決まってんだろ! ああクソ、こんなことならアンタなんか頼らなければよかった! アンタなんか…アンタなんか……だ、だ、だ……だ!」

「だ?」

「だ…い…! あああ! ダサい死に方しちゃえばいいのよ!!!! アンタなんかねえ! 箪笥の角に小指ぶつけて死ぬとか、たこ焼きで舌をやけどしてそのショックで死ぬとかそんな感じの死に方がお似合いなのっ!」

 

子供の癇癪よろしく意味の分からない罵倒を吐いた少女に優希は困惑した。少女はというと涙目で顔を真っ赤にしており、“ラビリス”に戻れなかったことが相当悔しいようだ。

 

「ええ…ダサい死に方って…いてっ!? ぼ、暴力反対!」

「あんなにアタシ頑張ったのに! なんでよ! なんでなのよ! 放り出すなんてずるいじゃない! ()()()も“私”やみんなと同じでアタシなんか要らないんだあああ! うああああああん!」

 

優希をかなり強めにボカボカと殴りつつ大声をあげて泣き出した己のシャドウだった少女に困ったのはラビリス自身だ。要らないなどと言った覚えはない。むしろ、要りまくるのだ。

笑顔を作り少女を励ますように呼びかける。

 

「要らんわけないよ! ウチは嬉しいんよ!? ねっ、ナギサくんっ! 美少女のウチがふたりに増えて二倍お得やで! 嬉しいやんな!?」

 

お願いだから要らないことを言うなよ、という視線も込めて優希を見れば流石に空気を読まないわけにはいかなかったのか、少女が泣いているのが想定外なのか、うんうんと何度も頷いた。

 

「い、いやー、俺も美少女がふたりになってうれしいな~! 二倍お得だな~! ハーレムさいこうー!」

 

棒読みでひきつった作り笑いを浮かべながら普段なら絶対に言わない浮ついたセリフを吐き、様子を窺うように美鶴の方をチラチラと見ている優希はまさにお仕置き待ったなしだ。

どちらにせよ詰んでいる。

 

(どうしてこんなことに…いや、自分の自業自得か…)

 

まわりまわってある意味自業自得と言える因果に内心で頭を抱えながらも優希は少女をどうするか、ということに思考を動かしていた。本当に別物として確立されてしまったのなら“ラビリス”であれどもラビリスで無く。メティスのように最初から自己を別物(メティス)だと認識していれば別なのだが、少女の場合自分は「ラビリスのシャドウだ」とはっきりと自覚しており、統合され消えるか、ラビリスの主人格として君臨するかしか道はなかったのだ。

だが、ラビリスがそう願ってしまったが故か、優希と混じってしまったが故か。どうなのかわからないがラビリスに統合されず独立して存在してしまった。

今はカダスにいるということで姿を維持できているが肉体を構成するにあたって十分なマグネタイトを持たない少女は人の世界では活動できない──はずだ。

綾時や朔間という前例があれどもあれらは一応特殊なシャドウであり、対シャドウ兵器のシャドウなだけの少女が影時間という場所から出られるとは限らない。

どうしようか、と悩んでいればそんな優希にしがみつくように少女が不安げな瞳を揺らしながら見上げてくる。

 

「ほんとう…?」

「ほんとほんと! 俺、誰かを嫌いとか好きとかに関してウソはつかないよ。というか好きじゃなければここまで一緒にいない」

 

優希の“好き”は好きでもLOVEではなくLikeの方だが、そんなことは少女にわかる訳もなく。

 

「そ、そう? アタシのこと、嫌いじゃない? 要らないって言わない?」

「言わないよ。絶対に」

 

それは誓って絶対だと言える。

優希とて、最初から異物として判断し、要らないのならウィッカーマンがさっさと完璧に取り込んで食いつぶすなり排除するなりしている。

三日間身体を貸し与え彼女の自由にさせたのも、こうして場を用意したのも、同調してしまったものすべて情からだ。

最初は憐憫か、それとも仲間意識かもう判別がつかないが、“絆された”という少女が嫌いそうな要因で存続が決まったのは言うまでもない。

 

「メティス…ごめん」

 

助けて、と優希がヘルプサインを出せば仕方がないと言いたげな嫌そうな顔をしたメティスが渋々口を開く。

 

「…まあ、“荒っぽい方”のラビ姉さんと約束しましたし、ニュクス()も協力しますけど“荒っぽい方”のラビ姉さんに関しては優希さんが美鶴さんに愛想をつかされない程度にちゃんと責任を持って何とかしてあげてくださいね。それでダメダメな貴方にひとつ、貸しですから」

「はい…」

 

メティスからの冷めた視線と言葉がぐさぐさと優希に刺さる。

助けて、と言ったのは「引きはがしてくれ」という意味ではなく、この少女の身体をどうにかしたい、という意味だ。

大体予想がついてはいるが、その為の知識を乞おうと思っただけである。

 

「で、荒っぽい方のラビ姉さんをいつまでもそう呼ぶわけにもいきませんし、別個の存在として確立されてしまったのなら別の──彼女だけの呼び名を考えなくてはなりませんよ。どうするんですか?」

「確かに…これからも荒っぽい方のラビリスちゃんって呼ぶのは可哀想だし、ラビリスちゃんとはまた違うんだよね?」

 

メティスの言葉に風花が難しい問題だ、と悩む。

彼女はこれまでラビリスだった存在であり、未だにラビリスに戻ること──ラビリスとなることに執着している。けれども別個の存在となったからにはラビリスと呼ぶのもややこしい。

そんな中、勢い良く手を挙げたのは奏子だ。

 

「はいはーい! じゃあ、ラビリスのシャドウだからシャビリスちゃんは? シャビちゃん、可愛くない!?」

 

奏子の提案はシャドウという呼称とラビリスの名前を組み合わせた安直なものだった。

確かに、これならもともとラビリスであったということも分かりやすくはある。が、

 

「えー…女の子の名前にしちゃあちょっとダサくね?」

「シャビリス、ねえ…」

「順平と珍しく気が合う…とりあえず保留で。私たちが考えるにしろ、あの子が好きな名前を見つけたらそれでいいんじゃない?」

 

全員の反応は微妙だった。

とにかくなにがなんだかよくわからないまま、無事に丸く収まって良かった、いろんな意味で疲れたので帰りたい、と思うものが大半だった。

 

「ううっぐずっ…ナギサぁ…アタシのこと…お、置いてくんじゃないわよ…! 置いてったら許さないんだから!」

「おいていかないよ。とりあえずは俺の中に戻って…戻って? もらって…あれ?」

「わかった! 戻るわよ! 戻ればいいんでしょ!」

 

自分の中に戻るというのは適切な表現なのか。

そもそも他人の自分の中に戻れるのなら本体であるラビリスの中に戻れるのでは? と優希は気がつく。

まさかそれすらも無理になっているのか、と試せばあっけなく少女は光となって消え、そして優希の姿を先ほどと寸分違わない少女のものへと変えた。

 

「あ、あれ? あれ? アタシ、宿主サマの中に戻ったんじゃ…?」

「ど、どうなってはるん…!?」

 

混乱する少女とラビリスはお互いを見やる。

 

「えーと、宿主サマから伝言で“アンタにまだアタシを受け入れる気持ちがあるなら間借りさせてやれ”って…アイツ、舐めてんの!?」

「え? それって、ひとつに戻るってことやんな!? ウチと混ざらんの? もう話したりできんくなるのは嫌やで!?」

 

つまるところ当初の予定だったひとつの存在に戻れということなのか、とラビリスは混乱した。

折角独立した人格として確立されたのに最後の最後で消えるかもしれない手段をとれ、と言い出した優希の考えが理解できなかったのだ。

しかし、少女は難しそうな顔をしながらも伝言を続ける。

 

「なんか宿主サマが言うには『ラビリスにはスペアかなにかわからないけど記憶野が二つあるからきっと大丈夫! 統合はされないはず! 危なそうなら中断させるし』だって。アイツ…いつの間に“私”のナカ覗いてんのよ…ッ!」

「知らんかった…そんなの…」

 

ラビリス自身も知らなかった自身の体内の機構について優希が当然のことのように知っていることに若干引きながらも、それができれば一応優希の身体に少女がいる、という事態は解決するということに目を向けた。

 

「ナギサくんのなかにおるよりかはこの子がウチの中におる方がええんよね…? ええ、でも受け入れるってどうすれば…! まさか…!」

「それで方法なんだけど──ふぇあっ!?」

 

どうやって少女を受け入れるのか。手段に困ったラビリスは少女へと近づき、その唇に己の唇を重ねた。

もにゅ、と暖かい湿った感触を感じ取ったラビリスはしかし、羞恥からか目を閉じたままだ。

 

(たしかナギサくんがこうやってたからこうだよね! あれ? なにも起こらない…?)

 

数十秒たってもなにも変わった様子が無い現状にラビリスは疑問を感じ始める。

いったん唇を離せば眼前には顔を真っ赤にした己と同じ顔が。

 

(な、何も変わってない──っ!)

「~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

 

何も変わっていないどころかふるふると涙目で震える少女は今にも泣き出しそうだ。

己の作戦が失敗に終わったと見たラビリスはどうしようかと頭を抱える。

 

「このバカっ! ポンコツ! 欠陥品! 話、ちゃんときけっての…っ! 宿主サマも唖然としてるわよっ! 間抜け面をアンタにもみせてやりたいくらいだわ!」

 

涙目のまま、少女が憤る。しかしラビリスが思ったよりかは憤ってないようなので一安心。

優希は優希でラビリスの突飛な行動にあんぐりと口を開けているらしい。

 

「ふふ、それともぉ? アタシとキスしたくて堪らなかった?」

 

ニタリと涙目のまま強がるように煽る少女だったがぷるぷると生まれたての小鹿のように震えている様を見てしまえば情けない事この上ない。

 

「いや、ナギサくんがキス…したときにそっちにいったんならもう一回キスすればこっち戻れるかなって…それだけやし…」

「ふ、ふん! そんなことだろうと思った。宿主サマは『手を繋ぐだけでいい』って言ってるわよ。むしろキスされると思ってなかったみたいだわ」

 

それもそうだ。

美鶴に処刑されてから優希は別の手段を思いついていないはずがないのだ。

ラビリスにキスした時は混乱しており咄嗟に取れる方法がそれしか無かったというだけで、別にキスでなくとも良いというのは先日のメティスの言葉からもわかる通りだ。

それを、己のシャドウであるこの少女が大暴れしたとはいえすっかり忘れていたことにラビリスは申し訳無くなる。

 

「うぅ…堪忍なぁ。てかこれ、ナギサくんともキスしてるってことになるんやないの!?」

「そうね。良かったんじゃないの? “大好きなナギサくん”とまたキスできて?」

「うう、からかわんといて…!」

 

とんでもない事に気がついてしまったラビリスは頬を両手でおさえた。

自分のしてしまったこととはいえ、満更でもないがなんて恥ずかしいことをという羞恥心で満たされてしまったのだ。

 

「照れてるとこ残念なんだけど、……こうなった以上、アタシ“処刑”に巻き込まれたくないからさっさとそっちに行きたいのよね。ほら手を出す!」

「せやね…」

 

“処刑”の二文字が出た瞬間、恥ずかしがっていたラビリスは真顔に戻った。

“処刑”の光景を間近で見ていたのもあってか、あれの恐ろしさはよく知っている。

宿主である優希1人に犠牲になってもらおうと少女はそそくさと急ぐようにラビリスと手を繋いだ。

 

「で、手を繋いだらあとは宿主サマが勝手にやってくれるから。めちゃくちゃ今テンパってるけど」

「“処刑”2回目はさすがに嫌やもんね」

 

かなり慌てているらしい優希の姿を想像し、ラビリスは苦笑を浮かべた。そうしている間に少女の姿が光となって消え、ラビリスへと吸い込まれる。

それは一瞬で、瞬きをした時には既に目の前に優希が立っていた。

 

「ど、どうなったん!? あの子は!? ってうるさっ!? 無事なのはわかったから頭の中でギャンギャン叫ばんといてぇな!」

 

己のシャドウはどうなったのか、とラビリスが心配すれば瞬時に10の返事が返ってきたらしく顔を顰めながら人間なら片耳のあるであろう場所に着いている排熱機構も兼ねられたヘッドギアをおさえる。

 

「ええと、もうひとりのウチからの伝言…“自分だけの身体はもう要らん。自由なんやろけど変なやつに絡まれそうやし面倒臭い。機械の体の方がクソザコナメクジな宿主サマの生身より圧倒的に快適で楽やから、このまま居ることにする。反吐の出るなまっちょろいオママゴトはやりたくないしポンコツに任せるわ”やて!? なんやの!? あの子反抗期なん!?」

「違うと思う…というかごめん、あの子ときみの内線を繋いで会話出来るようにもしてみたけどうるさいよね…」

 

どうやら無事に別の人格としてスペアの記憶野に定着することが出来たらしい。しかも優希は一瞬で内線の回路を繋いでシャドウの声がラビリスに届くようにしておくというお節介もしたようだ。

しかし出力の関係から全て京都弁で出力されたラビリスのシャドウである少女の初めての言葉はあんまりにもあんまりなものだった。

要するにコミュニケーションはめんどくさいのでラビリスに任せ、出たい時に出てきて暴れる方式で一応の満足となったらしい。

すっかり少女本人が単品で存在する予定で色々と計画していた優希とメティス、そして他の面々は出鼻をくじかれたような状況になった。

 

「ええよええよ。ウチもあの子と会話出来るの嬉しいし。あ、でも“機械の身体で美味しゅうご飯が食べられるようにして欲しい”って言うて照れとる。ウチはアイギスやメティスと比べて旧型やもんね…ご飯なんて食べられるか分からんもん。気持ちはわかるでー!」

 

アイギスとメティスは食物を経口摂取出来るがラビリスは試作機だった為にその機能がついているかは怪しい。むしろついていない可能性の方が高いのだ。

そのことを残念がっていれば優希が安心させるように頷いた。

 

「そこは大丈夫。元から予定に入ってる」

「? なんの?」

 

なんの予定に入っているのかラビリスには分からなかった。

優希の考えていることがさっぱり分からないのに安心させるよう頷かれても首を傾げるしかない。

 

「で、シャビちゃんはどうなったの!?」

「ナギサくんのとこからウチの中に戻った、でええんかな? 一応、大丈夫みたいや! もーめっちゃギャンギャン言うとるくらい元気やから心配せんといてな! 堪らんくらいうるさかったらウチも内線をちょっとの間ミュートにしとくし!」

「うわ、機械的解決方法だ…」

 

意外と物理的な遮断方法に奏子は口の端を引き攣らせる。ラビリスはラビリスで意外と容赦がない。

現在のこの力関係から見ると主導権を突然握られるかもしれない、という心配はあまり無さそうだった。

とられたところでさして今のシャビリス──あの少女は暴力的な問題を起こすつもりもないらしいことが分かるからだ。

ラビリスも突然奪われれば文句のひとつやふたつ言うかもしれないが、絆されている今、そこまで抵抗や問題はないだろう。

 

「姉さん、本当に何か変なところはありませんか…?」

 

おずおずとアイギスがラビリスを心配すればラビリスはニカッと笑みを浮かべて親指を上に立て、前に突き出す。

 

「ノープロブレムや!まあ元々あの子はウチやしな! …あれ? ウチいつの間にこんなん覚えたんやっけ…? ま、えっか!」

 

自分のした仕草に首を傾げながらもどこかで知ったのだろうと流したラビリスはぺこりと特別課外活動部に改めて頭を下げた。

 

「あの子がほんますんません…いや、あの子って言うよりウチでもあるから、ウチもすんません…自分の問題やのに皆さんを巻き込んでしもて…」

「僕らは殆ど何もしてませんし、どちらかっていうとラビリスよりも三上さんと真田さんが勝手に暴れてたので気にしなくていいですよ。ね、おふたりとも」

 

天田がにっこりと笑いながら優希と明彦を交互に見れば、片方は素知らぬ顔。もう片方は、

 

「…気にしなくていいは同意だけど暴れてたについてはノーコメントで」

 

と顔を逸らしながら答えようとしない。

 

「マ、とにかく無事に一件落着して良かったンじゃね? …オレ、気分的に疲れたからもう寝てーよ…」

「確かに、身体は疲れてないけど…三上先輩が怖くて緊張してたのはあるかも。あの目、本気で戦いになるかと思った…」

 

今度こそもう帰ろう、と誰からともなく言い出し夜は深けていく。

こんなことがあったと言うのに現実の時間が殆ど進んでいないのはカダスが影時間以上に特殊な空間だからなのだろう。

だとしても時間を殆ど止めてしまえるというのは不思議この上ない。一体どういう仕組みになっているのか。

ひとりで考え事をしていた湊の気になる点は結局そこだった。


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