君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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ともだち(12/18)

12/18(木)

放課後

 

“──もしもし、聞こえますか…”

 

「……」

 

“──力が欲しいか…?“”

 

“──えっと…”

 

「……………」

 

“──これ聞こえてるんならいまから遊びに行かない? ”

 

「聞こえてるよ…なにやってるの優希…」

 

放課後。

溜まっていた追試も“今日の分は”終わり、居残りで勉強している朔間くんにノートでメガホンを作りながら囁いていれば、ジト目で見つめながらため息を吐かれた。

これは呆れてる顔だ。間違いなく。

 

「いや…ちょっとやってみたかっただけというか…」

 

ちょっとからかってみたかった的なそういうのだ。

なんか、無性にやってみたかった。別になんでもない追試があるだけの放課後ではあったけど、この機会を逃せばできない気がしたからだ。

めちゃくちゃくだらないけど。

 

「力がなんとかとか遊びに行こうとか…よく分からないけど、そういうの、僕じゃなくて妹さんとか弟くんとか…あとは同じ寮生の伊織くんとか真田くんにすれば良いのに…」

「いやほんと出来心で…ごめん」

 

迷惑だったよなあ、と謝れば朔間くんは目を丸くした。そしてその後すぐにバツの悪そうな顔になる。

 

「ええと、違うんだ。迷惑とかそういうことじゃなくて…僕にこういうことするの、優希らしくないなって。他にも試せる人が優希のまわりにはいるのに、なんで僕なのかなって」

「?」

 

なんで、と言われても別に理由はない。

強いていうなれば──

 

「友達だから、じゃ理由にならない?」

「友達…?」

 

素直に言ってみたが朔間くんの反応は芳しくない。

「えー? 友達ィ? マジー?」みたいな反応だ。むしろ友達だと思ってるのは自分だけとかそういうことになっていたりしないだろうか。

それならそれで自分はめちゃくちゃ恥ずかしいやつだ。どうしよう。

 

「もしかして、朔間くんは俺の事友達とかだと思ってない…?」

 

恐る恐る訊いてみれば朔間くんは微妙な顔をしている。

なんというか当たりでもなければハズレでも無い、といった雰囲気だ。

 

「……僕、優希に友達だと思われてないと思ってた」

 

そうして絞り出されるように出された言葉に今度はこちらが目を丸くする番だった。

 

「え…友達だと思われてないと思われてたの俺…?」

 

どこか対応に不備はあっただろうか──と考えて不備しかないのを思い出す。

しかも先日はシャビリスが身体を使っていたし、朔間くんにも迷惑をかけていたと思う。

さらに電話番号を渡されたのに1度もまだ電話をしていなければ朔間くんとしての家も知らないし色々ゴタゴタしていたとはいえまだ友達として1度も遊んだことがない。やってる事は放置だ。放置。

さあ、と血の気が引くのを感じる。ヤバい原因なんてありまくりだ。朔間くんが付き合っている女の子とかじゃなくて良かったと思うものの、これは不味い。

モルフェとしてつきあってきた年数を考えるならば無視なんてしちゃいけないほどの関係で、こんなことを思わせるなんてまずやってはいけないのに色々後回しにしてしまった。

甘えだ、これは。いやほんとにまずい。悪いことしまくってるじゃないか、自分は。

 

「心当たりしか無かったごめん! 本当にごめん! 今日なんでも奢るからさ、穴埋めさせて!」

「ええ!? お、お金とか奢るとかそういうことがして欲しいわけじゃ…」

「朔間くんに申し訳ないし俺がしなきゃ気が済まないんだって! もう勉強とかいいよね!?」

「う、うん。ちょうど勉強は止めて帰ろうと思ってたところだし…」

「じゃあ、どこ行く!? ちょっと遅いけど寮には連絡入れるし、今日は遊び倒そう! 高校生男子の健全な遊びを楽しもう!」

 

立ち上がらせ、かなり食い気味に告げれば朔間くんは微かにはにかんだ。

 

「なんか、勉強を大事にしないの優希っぽくないね」

「俺はなんだと思われてるんだ…?」

 

謎だ。

至って普通の男子高校生であって勉強はほどほどに派だ。

勉強大好き! みたいに思われてるんだろうか。勉強はどちらかといえば苦手な方だと思うしテストの点数がいいのも授業で当てられても覚えてるのは『繰り返し』というズルのおかげだ。

 

「這いずってでも学校に来るとかそんなイメージがある、かな…」

 

なにそれこわい。

 

「そこまで病的じゃないと思うんだけど」

「ほらこれまで優希ってば僕がモルフェとして中にいた時も学校だけは何かに取り憑かれてるみたいに行ってたし…あ、でもやさぐれてる人の真似をしてた時は行ってなかったね!」

 

やさぐれてる人の真似と言えば不良の真似みたいなことをしていた周の事だろう。

例の酒タバコは二度とやるまいと思った周だ。

あの時はなんかもう色々とどん詰まりになっててヤケになっていて、学校に行かないという選択肢をとることでなにか変わらないだろうかと思っていたけどそういうことも無く。

行かなかったのはあの時くらいと言われるほどには自分は這いずってでも学校に行くヤバい奴だと朔間くん(モルフェ)に思われていたということだ。

確かに、意識が無いとか高熱だとか特殊な事情がない限り学校に行くようにはしてるけど、そういうイメージを持たれる程だとは思わなかった。ズル休みくらいひょいとできる出席日数なら良かったんだけれども。悲しいかな、現実はそうじゃない。

 

「というか、困るかなって思って休んでる間の授業をノートやプリントに纏めて渡したけど休まなきゃいけない数日で全部写してそれを返してくるのも…僕的にはパラッと見て返して貰えればそれで良いかなって思ってたのに」

「写したの駄目だったかな?」

 

流石にノート丸写しはダメだったのだろうか。パクってる様なものだから、不快になるのはわかる。でも朔間くんのノート、自分のノートのつけ方と少し似ててわかりやすいんだよなあと頭の隅で言い訳をこねくり回す。

 

「違うよ…この前ノート見させてもらった時に改めて思ったけど……休んでるはずの期間のノートに僕のノートの写してる部分のとこがあってそこに更にプラスしてびっしり要点とか用語とか補足とか書いてあって驚いただけ。なんで休んでないの?」

「休んでたよ!?」

「毎回毎回あんなノート作ってたら休んでたなんて言えないよ!?」

 

あんなノートとは失礼な。まるでこちらがとんでもないノートを作っていると思われているみたいじゃないか。

れっきとした受験対策ノート、のはずだ。アレは。一応奏子や必要ないかもだけど湊に遺せるようには作ってある。

なるべく分かりやすく。見直した時に思い出しやすい構成にしているだけだ。

 

「ノートにページ数を記入して索引を作ってる人間とか初めて見た…」

「た、たまたまだし…受験対策に作ってるだけだし…」

「……僕知ってるからね、優希がこっちに転校してきてからずっとそういうノート作りしてるの。しかも全教科。あの頃はなんとも思ってなかったけどヒトとして生活してわかったよ。優希はヤバいしヘンだ!」

「う、嘘だあ」

「わざわざテキストの写真まで印刷して貼り付けて第2の教科書を作るのはノートをとるって意味じゃないんだよ!?」

「………」

 

ひとつ言い訳をしたら100返ってきた。

確かに、ちょっとやり過ぎかなと思うこともある。けどもう授業は覚えてしまっていて暇になって仕方ないから今度はどれだけ分かりやすく理解できるノートにするか、というのが一種の楽しみというかチャレンジみたいになっているのだ。

恐らくそれを何周も続けていたからこそ、こちらに転校してきてから2009年4月になるまでの主体な意識だった『前回』の俺もとい、それを代行していたウィッカーマンも無意識にそれをやってしまっていたのだろう。

そして朔間くん曰く“ヤバい奴”が完成されたというわけだ。

 

「……優希はさ、あのまま学校を休んでも良かったと思うんだ」

「でも出席日数が…ほら…一応卒業するのには要るし」

「そういうとこなんだって。それで死んだら元も子もないよ。いまもあんまり体調良くないんでしょ? また、なんか顔色悪いし」

 

指摘され、そんなに顔色が悪いだろうかと疑問に思う。寒くて白く見えてるだけではないのだろうか。

 

「大丈夫だとは思うけど、風邪こじらせたりしないように暖かくして寝てね」

「……ああ、うん。気をつける。ところでどこ行く?」

 

歯切れの悪い返事を返せば朔間くんはムッとするが大きくため息を吐いて追及をそこで止め、一緒に帰ることにしてくれたようだった。

 

「じゃあ、ワック行きたい。ワイルダックバーガー。僕、友達やクラスメイトとあそこに行ってみたかったんだ」

「了解」

 

教室を出て、道を歩きながら朔間くんがワックに行きたいと提案してくる。

こちらとしても小腹がすいていたのでその提案はありがたい限りだ。

 

「何食べる?」

「小さいポテトと普通のハンバーガーでいいよ。大きいのとか食べきれないし」

「意外と少食なんだ…?」

「普通だと思う。そう言う優希はすごく食べるよね」

「うちはみんなよく食べるから遺伝じゃないかな。ああでも──最近、なんでか分からないんだけど更にお腹がよく空くようになっちゃってさ…喉も酷く渇くんだ」

 

そう、とても腹が空いて喉が渇く。

 

ヒトの食事程度では満たされない。

あの程度のもので、この身に足りるものでは無い。

 

「優希?」

 

マグネタイトとマガツヒが足りない。

足りなければ、降りることすら出来ない。

だからこそ、満たさなければ。

 

もっと、もっと、もっと、力を、

 

「優希! 血が出てる!」

「……っ! え、あ…ごめん。何の話してたんだっけ」

 

顔を上げれば朔間くんが心配そうに片腕を掴んでいた。

さっきまでなんの話をしていたんだったか頭がぼんやりしていて思い出せない。たしか、ワックに行くという話をしていたような気はするのだがイマイチ確証がない。

そうやって困っていれば朔間くんはティッシュをポケットから取り出すとそっとこちらの人差し指に当ててきた。

 

「違うよ! 指、噛むから血が出てるの!」

「えっ、噛んでた? 俺が?」

 

じわりと当ててもらっているティッシュに血が滲む。そこで口の中にも僅かに鉄の味が広がっているのを感じ、顔を顰めた。

どうやら本当に無意識だが自分で指を噛んでいたらしい。

 

「うん…ねえ、優希…だいじょ──」

「うーん、受験のストレスかな…」

 

何かを言いかけた朔間くんを遮ってしまった形になるが、ありふれた思い当たる理由のひとつをぼやけば朔間くんは大きく目を見開いた。

 

「えっ!? そっち!? それだったら尚更休まなきゃ! ワックに行ってる場合じゃないよ! ほら、絆創膏!」

「ありがとう」

 

思っていただけのつもりが声に出ていたらしい。

絆創膏を受け取り指に巻く。

 

「まあ…冗談だよ、冗談」

「優希が言うと冗談に聞こえないんだよ!」

「ならストレス発散の為に俺の遊びに付き合ってよ朔間ぇもん~! ワック行きたい! ワック〜!」

「……しょうがないなあ」

「やったあ」

 

幼い子供のようにおどけて言えばしばらく思案した後に朔間くんは折れた。

11月などは自分はよくぼーっとしていたし、このくらいで帰った方がいいと言われるとこちらもなんというか申し訳なくなってくるし遊びの機会を逃したということ自体に惜しい気持ちを感じてしまう。だからおどけて押してみればすんなり方針を変えてくれたのでありがたい限りだ。

それにしても朔間くんは押しに弱いのでなんとかなるとは思ったが、ここまでこちらに甘いと少し心配になってくる。こういうことをさせているのは自分なのだけれど。

 

 

 

 

無事にたどり着いたワックのレジで商品を受け取り、朔間くんの待つボックス席に座る。

 

「はい、これ朔間くんの分」

「う、うん。ありがとう。ほんとにその量食べるんだ…」

 

そんな朔間くんの声をよそにいただきます、と手を合わせて包装紙を剥いて中身のパティが3枚入ったハンバーガーを齧る。

 

「ん?」

「もう齧ってる…すごい…」

 

明らかにドン引きしたような顔の朔間くんがこちらをチラチラと見ながら自分の分のハンバーガーへと手を伸ばし、丁寧に包装紙を剥いている。

慣れきったこちらとは違い、朔間くんは初めてだからか恐る恐る、と言ったふうに包み紙を触っていた。

どうすればいいのか分からないで困ったようにしばらく包装紙と戯れていた朔間くんがなんだか可哀想に見えてきたのでアドバイスをそっと出すことに決めた。

 

「紙は全部剥ききらずにハンバーガーの上の部分が出るようにこうやって剥くと食べやすいよ」

「そうなんだ。ありが…ってもう2個目!? ねえ、ちゃんと噛んでる? 喉に詰まらせちゃわないの!?」

「噛んでるよ。大丈夫」

 

まるで荒垣くん(オカン)並の朔間くんの心配にいつも通りだから気にしないでと伝える意味で返事をする。

出会ったばかりの時の荒垣くんもこちらの食事の早さにそうやって心配してきていたな、懐かしいなと過去に思いを馳せていれば同時にこの周で荒垣くんとの初食事会はカツアゲしてきた不良をしばき回したあとのうみうしの牛丼だったなと思い出して憂鬱になる。

あの凶行は荒垣くんにバレていなければ良いなと願っている。それに喧嘩を売ってきたのはあっちだし自分は何も悪くない。うん。正当防衛ですー!

 

「優希ってばまた変なこと考えてない…?」

「な、なんでそれが。へへへ、変なことじゃないし!」

 

どもりながら否定すれば朔間くんはちょびっとだけ齧ったハンバーガーを下げて、考えていた内容に関しては気にする素振りもなく答えてくれた。

 

「顔、かな…あと食べるの止まってるから?」

「なるほど…」

 

不覚である。

どんな顔をしているんだと窓ガラスを見るも、外に向けて張り出されているポスターでガラスが塞がっていて何も見えない。

まあいいか、とどうでもいい事はすぐに流して齧り掛けのハンバーガーをまた齧り始める。

 

「そういえばね、この前…タカヤに会いに行ったんだ」

「ふーん…」

 

朔間くんはタカヤに会いに行ったらしい。

ん?

 

「えっ? タカヤに…? 朔間くんが? 」

「うん」

 

どうしてそんな、唐突にと言わざるを得ない。しかし問いかけをして直ぐ、無意識に口の中にハンバーガーを持っていってしまいもう齧ってしまった後だ。

よく噛んで飲み込むまで喋ることが出来ない。

 

「この前、優希が銀髪の女の子に身体貸してたでしょ?」

 

喋れないので頷く。

 

「あの時、僕は優希のなんなのかってその女の子に訊かれて…僕って優希のなんなんだろうって考えて…それで…その、」

 

暗い表情になった朔間くんはまだ半分も食べれていないハンバーガーを持ったまま視線を下に落とす。

 

「僕は、優希にとって居ない方が良いんじゃないのかなって思ったんだ…」

「!?」

 

唐突な告白に驚くと同時によく噛めたハンバーガーをゴクリと飲み込んだ。

 

「…なんでそう思ったのか訊いても?」

「僕が居たせいで優希は辛い思いしかして来なかった、から」

「そんなことない。朔間くんが…いや、モルフェが居たからこそ俺は気が狂れることなくここまで頑張れた」

 

実際、モルフェが居たことによって自分が後悔していることは何一つ無い。

自分に起こったことは自分が引き寄せたものばかり。なら、そこにモルフェが気に病むようなことはなにひとつない。

そう思う原因もない。

そしてモルフェがいなければ自分は周回の初期も初期に気が狂れておかしくなってしまっていただろう。

 

「なのにそう思わせてしまったのは俺のせいだ。…ごめん。言葉とか、行動とか、気持ちを伝えるためのものが色々足りてなかった」

「ち、違うんだ! 謝って欲しいわけじゃ、ない。優希が悪いわけじゃないから…」

「それでも、俺はきみを蔑ろにしてしまっていた。いまの俺にはみんながいるけど、これまでの──モルフェという存在には俺しか居なかったのに」

 

有里渚(三上優希)という器に詰め込まれ、外を見ることしか出来なかったモルフェの気持ちを自分は同情しかできない。

自由に動けず、宿主はぽんぽん気軽に──ではないが死んでいくのだから見たくないものも見たかもしれない。その拷問めいたそれを受けながら、モルフェもよくここまで一緒に来てくれたものだ。

さらにここに来て要らない力を使って要らない物をこちらから食べさせられて気が狂いそうになってモルフェという存在の得た心とは相反する行動を取ったり傷つき苦しんだりしたのはこちらのせいだ。

それも忘れ、目的の達成がもうすぐなのだからと蔑ろにしていた自分は最悪だ。

モルフェも、朔間くんという存在も、友としてもっと大事にすべきだったのだ。

 

「……僕、優希が喋る前に言っておくね。色んなことが起こったけど全部が優希のせいじゃないから。だから、謝らないで」

 

じっとこちらを見つめてきていた朔間くんは急に声を低くしてそう言ってきた。

その事に言わんとしていたことを予測されていたという驚きよりも何と話すべきなのか分からなくなって押し黙る。

 

「なんだか優希が他の人から言われてたこと、僕もわかった気がしたかも…」

 

そう言って、朔間くんは苦笑する。

 

「──優希も僕も、お馬鹿さんなんだね」

 

小さく息を吸って目を逸らした朔間くんの意図が読めない。

どうして突然馬鹿と言われたのか、皆目検討がつかないのだ。

よく分からないまま、まだ黙っている自分に対して朔間くんは不快になっている様子を見せずに──むしろ言うか言わざるべきか悩むように視線をさまよわせたあと、何かを決意したように真っ直ぐこちらを見つめて口を開いた。

 

「タカヤの所に行ったのは、僕のヒュプノスとしての力をタカヤのペルソナにあげる提案をしに行ったから。力を渡したあとの僕はただの人間になってしまうから、影時間に関わる記憶──モルフェとしての記憶も全部消えて別人になっちゃうかもだけど、その方がいいのかなって思ったんだ」

 

頭がくらくらした。

朔間くんが──モルフェが、消える?

 

「だ、駄目だ。そんなことはしちゃ駄目だ」

 

つい、口からそんな言葉が零れた。立ち上がり、下唇をかんで下を向く。

 

(嫌だ)

 

ああ、駄目だ。朔間くんが望んでいるのなら、

 

(嫌だ)

 

認めないといけないのに。止まらない。

 

()()()()()()()()()()

 

周回の記憶なんて言うこんな辛い記憶、朔間くんだって捨てたいだろう。

 

「絶対に嫌だ」

 

朔間くん自身のためにもタカヤのためにもなるのに。

なのに何故か認められなかった。

こんな記憶は消えて、自分の事も忘れて友達も他に沢山作った方が絶対いいに決まってる。

なのに何故嫌だと思うんだろう。

その方がよっぽど素晴らしいことなのに、どうしてみっともなく嫌だと縋っているんだろう。

 

「う、うん。タカヤにも断られたからもう言わないよ」

「……」

 

立ち上がってしまったこちらに驚いたのか、朔間くんは眉を困ったように下げるとそう告げた。

タカヤも断った、とは言うが自分の行いのせいで朔間くん(モルフェ)にそう思わせてしまったこと自体が許し難い。もし、タカヤが首を縦に振っていたら。ここに朔間くん(モルフェ)はいなかった。

微妙な距離を保ったただのクラスメイトの朔間くんだけが存在していたかもしれないのだ。

それを知らずに話しかけ、何も覚えていないという事実を知ってしまったら。

自分は正常ではいられなかっただろう。

 

「だいじょうぶ。だからそんな…不安そうな顔をしないで。ああ、ハンバーガーも落としちゃってるし…トレイの上だからセーフかな?」

 

ハンバーガーをトレイが汚れないように起き直して口を開く。

 

「……ごめん」

 

こんなことなら、囲って、閉じ込めてしまえば良い。自由にさせないで、ずっと、ずっと、一緒に居ればいいんだ。そうすれば、消えることがない。

喰らって再び同化してしまえば永遠に離れることなどないのだから、それでいいようにも思える。

 

本当に? それで良いのだろうか?

なんだか、良くはない気がする。違う気がする。

正しくない。ヒトとしてその思考は異常な気がした。

 

「謝るほどのことじゃないから良いよ。でも、きっといま優希が抱いた気持ちって優希に対して弟さんとか妹さんとか…僕やみんなが向けてるものと同じなんじゃないかな」

 

朔間くんの言葉でハッとする。

消えて欲しくないと自分が思う気持ちは、湊や、奏子、みんなのものと、

 

「…同じ、もの」

「うん、多分、同じものだよ。僕もまだ、人間のことはわからないけど。それでも僕だって優希に消えてほしくないし死んでほしくないよ。それだけは、僕も──ずっと昔からちゃんと持ってる」

 

とはいえ、それがわかったとしてどうなるのだろう。

自分の場合は避けようがない。生きれる道を探すとは言ったもののもう決まりきっている結末が見えている。どうしようも出来ないんじゃないのか。

理解を示すことは可能になった。けれど、何者にもどうすることもできるわけがない。

 

「無理だ。俺という()()()()が死ぬのは避けられない」

 

そんな気持ちから、素直に朔間くんへと否定を吐き出してしまう。

傷つけることになる。けれど否定しなければ夢を見てしまう。縋ってしまう。

自分のように。

 

「大丈夫だよ。きっと、なんとかなる。色んなことを変えられるんだって優希が僕やみんなに見せてきたんでしょ? なら、大丈夫なんだよ!」

 

大丈夫だ、と連呼する朔間くんは何か必死になっているようにも見えた。

自らとこちらにそう思い込ませようとしているような──自信をつけさせようとしているような。奏子がこちらを励ます際に連呼する無根拠な根性論にそっくりな主張になんとなくこちらもそんな気持ちになってくるような、ないような。

 

「そう、なのかな」

「そうだよ! もう時間を巻き戻したり繰り返したりはないかもしれないけど、

それでもきっとなんとかなるよ! 出席日数も!」

 

凄まじいゴリ押しのようにも感じられる朔間くんの言葉に段々そう思えてくる──訳もなく、サッと頭が冴える。

 

「いまからでも出席日数がなんとかなる!? それは…ならないんじゃない…?」

「……そうかも。ちょっと言い過ぎたかな」

 

流石にそれは無理だろうと冷静にツッコめば、朔間くんが苦笑いした。

出席日数は今でさえギリギリなので、これ以上休めば生き残ったとしてももう一度三年生をやり直すことになる。

覚悟の上だがなるべく回避したいと思うのはおかしくないはずだ。

そういう思い切りの無さが悪い部分だと思いつつも、すべてを捨てる世捨て人みたいな生活ができるのはもっと才能があったり努力していたり覚悟が決まりきっている人間であって。

ここまで否定してみたが、学校をサボりつつ単位を取得する方法なら無いこともない。

 

「いや…担任やクラスのみんなをせんの…おっと、認知の書き換えをすればワンチャンあるかも。要は出席してればいいんだよ。出席してれば」

「優希ってば今サラッと洗脳って言いかけなかった!?」

「…ソンナコトイッテナイデス。とにかく教室という場所を一種の異界みたいなものにしてクラスのみんなや教師陣の認知を書き換えて常に俺が居るってことにすれば理論上は可能なんだけど…外から見たら居ない存在を居るものとして扱ってることになるし明らかな異常だしな…普通に替え玉用意して俺のガワ被らせた方が楽そう」

「流石にそのズルの仕方は怒られちゃうんじゃないかな…あ、でも今の優希が何かしても気がついて怒れるヒトなんて居ないか」

 

誰にもバレないね! とにっこりと無邪気に笑う朔間くんには悪いが集団的な認知の歪みというわかりやすい異常が発生した場合、アザミさんとライドウくん達クズノハやヤタガラスのサマナーが気がつかないわけが無い。そもそも勘のいい朝倉先生が先に気がつくかもしれない。

そしたら怒られるだけじゃ済まないだろう。

よって、この案は却下だ。

 

「残念だけど居るんだな、これが」

「居るの!?」

「知り合いに何人か…」

「居るんだ…」

 

あと、この手の話の弱点は他の人間と認知の書き換えを行った対象の話の辻褄が合わなくなるところだ。

他人から話題に出されたら終わる。それなら替え玉作戦の方がよっぽどバレにくい。

変える玉がないのでどうにもならないが。

ドッペルゲンガー、どこかに居ないかなと思うものの、顔を合わせたら死ぬらしいのでノーサンキューだ。

 

「まあ、ズルはダメってことかな。適度にやるよ」

「うーん、優希はこれまで頑張ってきたんだし、ちょっとくらいズルしてもいいと思うんだけどなあ」

 

むしろこの『繰り返し』が出来ている状況自体が大きなズルなのではと思わないこともない。

他にあとひとつだけ、自分に都合のいいように物事を動かせる方法があるにはあるが、人道に反しているどころか並みの悪魔ではその資格すらないような突拍子もないことなので出席や単位くらいで使う気にはなれない。

 

「これ以上単位とか出席日数とか受験とか考えるのやめよう。センター1月だし…もっと楽しい話をしよう!」

 

朔間くんはどこの大学受けるのか、どういうことがやりたいのか等など気になるがこれ以上学校に関する話をしていると思考が良くない方向に行きそうなので却下だ。

 

「楽しい話って言われても…あ、そうだ。優希はクリスマスの予定は空いてる? 24日か25日のどっちかでいいんだけど」

「予定は…まだ決めてないなあ。でもどちらかは用事が入るかもしれないし空けてたい」

 

一応、美鶴さんの都合がつけばだがクリスマスデートのようなものをしようかなとは考えている。せっかく武治さん公認の許嫁もとい恋人にはなったのだしちゃんとしたデートのひとつやふたつはしないとダメだと思ったからだ。さすがにそれをしないで死んだら幽霊になって出てくる自信がある。

けれどまだ予定すら妄想の段階であるし、絶対に一日中予定が入る! という訳でもなく。

たしかハッキリと決まってる予定として25日の夜はクリスマス女子会(コロマルのみ参加可)の予定があって男子はラウンジ利用禁止の通達が来ていて、強制的に外出するか部屋に籠るかを選ばなければならなかったはずなので何かに誘ってくれるのなら都合はいいのだ。

 

「25日の夜なら不測の事態がなければ空いてると約束できるよ。で、何するのさ?」

「えっとね、もし予定が空いてたらクリスマス会っていうのをしてみたいなって!」

 

恥ずかしそうにそう告げてきた朔間くんの要望は至って普通の事だった。

その日は女子もクリスマス会するし。いいと思う。

 

「僕、そういうことにもちょっと憧れてて…でも1人でするのはなんだか恥ずかしかったり勿体ないなって思っちゃって」

「わかる…わかるよその気持ち。なんか1人だとクリスマスになってもチキンとかケーキ食うかなとか思わないんだよね」

 

寮に入らずアパートで暮らしていた周は家に帰れば結局1人だったので季節の物事に対しやる気がかなりなかったように思える。

旬が過ぎて安売りになったクリスマス後のケーキや半額になった節分豆を買うのは好きだったけど。

 

「だからね、優希と…もし良ければなんだけどあの寮にいる真田くんとか誘ってくれたら嬉しいなって…」

「? 真田くんも?」

「うん。優希とふたりもすごく楽しいと思うよ! でも、クリスマスって大勢で祝うんだよね? なら、他の人も居た方が良いと思ったんだ」

「なるほど」

 

理屈はわかる。というかそういう催し物は人数が多いほど楽しいものだ。

だが、

 

「都合がつけばタカヤ達も誘ってみる。あ、伊織や綾時くんや湊とか大丈夫?」

「彼らのこと…? うーん…ごめんね。他の人はともかく…優希の弟のことは…僕、苦手かな」

 

一応誘うかもしれないという意味でそう訊いてみたが朔間くんの反応は芳しくない。

話によると湊に対して敵意や苦手意識を見せていたらしいので確認のためにということだったがこれは誘わない方が良さそうだ。

 

「でも…いいよ」

「何が?」

 

誘わないことを決めた瞬間に朔間くんがそう答えたので首を傾げる。

 

「彼のこと。そろそろ僕も前に進まなきゃ。…それに、優希の弟だもん。僕が思ってるより悪い子じゃないに決まってる」

 

よく分からないが湊を呼んでもOKということになったらしい。

知りうる限りの知り合いを呼ぶべきか悩むもののあとは朝倉先生とか藤堂さんとか会えるとも来るとも思えないが神条さんとかくらいしか居ない。神条さんを呼べばどんな空気になるかは火を見るよりも明らかなので呼ばないけど。

モコイさんが居ればきっと朔間くんも喜んだだろうが見える形では居なくなってしまったし、モコイさんを除いた大人組はかなり微妙な人選な気がする。

そもそも朝倉先生も藤堂さんも忙しいと思うのでこの案は却下だ。

 

「じゃあ、できる限り声かけとく。全員が来てくれるかは保障しかねるけど」

「だいじょうぶ。ごめんね、突然変なこと言って」

「季節的には変じゃないからセーフ」

 

もう街はすっかり街はクリスマス気分だ。

あと一週間ほどでクリスマスになるというのだから、クリスマスの飾りやイルミネーションがそこかしこに設置されている。

明るい電飾で無気力症が大流行している暗い雰囲気の街も少しは華やぐというものだ。

ただ、やっぱり無気力症の人間は『これまで』と変わらず減らず、病院での収容数が増えているとニュースでやっていた。

町中の空気からして生体マグネタイトはともかく、マガツヒの変動はかなりある。徐々にだが増えてきている。

それが先日の青山霊園での悪魔の活発化であったり穢れの触媒としてあらわれているのだろう。専門家ではない自分にはどうすることもできないので見ていることしかできないが、この事態はニャルラトホテプかシュブ=ニグラスの影響もしくはそれらの下準備にしか見えない。

 

予測に過ぎないが別の可能性を考えるなら本来降りてくるはずだったニュクスという神本体もこの星にはマガツヒなしに顕現できないので自動的にマガツヒを集めるための機構が働いているか、だ。

何者も感情や願いといった精神的なエネルギーを触媒にしているのはまず間違いない。

 

「優希?」

「なんでもない。そろそろ遅いし帰るよ」

 

ハンバーガーを平らげ、包み紙を丸めて立ち上がる。

やらなければならないことはまだまだある。いろんなことが避けられないにしても、準備はしておいて損はない。

 

「今日はありがとう。それと、これまでごめん。改めて、俺と友達になってくれないかな」

 

帰り道。寮と朔間君の住んでいるマンションまでの分かれ道で恥を忍んでそう告げてみた。

手を出してみればきょとんとその手と顔を交互に見つめて朔間くんはいつものようにはにかんで握手を返してくれた。

 

「うん。これからもよろしく、優希」

 

朔間くんと改めて友達としてやり直す。残り一カ月ほどだが、それでも。

特に何かを話すこともなく。そのまま手を離して朔間くんは別れを告げて去っていったので自分も帰路につくことにした。

 

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