君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

110 / 126
幽霊屋敷のその後(12/20)

ラウンジ

 

「…あれ?」

 

奏子は夕食を食べている最中に祖父の遺した屋敷から帰ってきた優希を見てなにか違和感を感じた。

例えようの無い違和感。家族として優希をよく知るものしか分からないような些細な雰囲気の違い。

奏子から見て、なんとなくだがそんなものを屋敷から帰ってきた兄は発していたのだ。

兄がそこに居るのに居ないような。笑う仕草や表情はいつも通りの兄なのに、なにか不純物が混ざっているような。

そんな違和感だった。

 

それらに似たものを奏子は最近ではないが感じ取ったことがあるような気がして、なんだったのか思い出そうと首を捻った。

 

「うーん…なんだっけ…」

 

しかしわからない。

ピッタリと「これだ!」と思えるような出来事を思い出せず頭を悩ませる。

確か、湊も同じ違和感に気がついていて何か話したような、という所まできて横に座っていた湊の肩を奏子はつんつんとつついた。

 

「なに?」

「んー…あそこにいるお兄ちゃんを見て」

 

パッと見た限りで何かが変、という訳でもないので上手く違和感を表す言葉を表現出来ず、とりあえず見てもらえばわかるだろうという安直な考えで奏子はそう湊に告げる。

 

「……?」

 

訝しげに奏子を見つめ、次になんなんだと言わんばかりに奏子が指をさした優希を見て湊は眉間のしわをさらに深くした。

 

「わかる? あれは…お兄ちゃん…だよね?」

「だと思う、けど…」

 

片割れである湊の反応も奏子と同じく歯切れの悪いものだった。

だが、そうなっても仕方ないだろう。今の2人から見た優希は、これまでの優希と纏う雰囲気自体は変わらないというのに明らかになにか違和感があったのだ。

 

「また変なペルソナが増えたとかじゃないよね」

「ないでしょ…だってお兄ちゃん、ペルソナ使えないんだよ」

 

ひそひそと話すもここで奏子は湊の言葉によって今感じている違和感に似たものをいつ感じたのか思い出した。

兄がよく分からない試練とやらに巻き込まれていると事後報告した時に増えていた気配のようなものと同じだ。あの時はペルソナが増えていたというが、今は奏子の言うようにペルソナは使えないためその線は薄いだろう。

なら、なんなのか。

それはそれで釈然としないものが残る。

 

「えー…じゃあ良くないものが憑いてるとか…? 年末だけど神社とかお祓いしてるかな…」

「悪魔とか言う存在だったら効かないかもね」

「やだなあ…」

 

流石になにか違和感があるからお祓いに行ってきてなどと突然頼まれたら優希も困惑するだろう。

さらに悪魔ならお祓いも効かないのでは無いかと予測する湊に奏子は不安がった。が、

 

「荒垣くん、塩! 塩が欲しい! 四隅に置いたり撒いたりするから!」

「はあ?」

 

と少し迫真めいて叫んでいる優希の声を聞けばそんな不安も吹き飛ぶというもので。

 

「…お兄ちゃんに自覚があるの初めて見たかも」

「あの様子だと、ほんとに何か連れてきてたりして」

「ありそう」

 

そんなことをひそひそと話していると、優希は塩を入れたプラスチックの容器を掲げてドタドタと回り出した。

塩を撒かないのは掃除が大変だということを分かっているからだろう。

 

「うおおおお悪霊退散! 悪霊退散!」

 

兄が奇行をするのは今に始まったことではない。が、今回ばかりは正真正銘の奇行と呼ばざるを得ない。

 

「三上先輩どうしたの? アタマおかしくなっちゃったとか?」

「わかんない…」

 

ちょうど階段からラウンジへ降りてきたゆかりが奇行を繰り広げている優希を見て恐ろしいものを見たかのような顔をした。確かに、今の優希の奇行はゆかりからすれば幽霊よりも恐ろしいものに見えるだろう。

ただ、事情を何も知らないために幽霊絡みだということが分からないだけで事情を知れば「ヤダ! もっと入念にやってよ!」くらいは叫ぶかもしれないことを奏子は予測したが黙っておいた。

そんな注目の的の優希だったが唐突に

 

「えっ」

 

と何かに気がついたような声を上げる。

そして何も居ない場所を見つめてサァ、と顔色を青くした。

 

「…嘘だろ。いやいやいや、どっかいけ! どっかいけ! 成仏してくださりやがれこんちくしょう! お呼びじゃねーの!」

 

しっしっ! と何かを追い払うような仕草をしたかと思えばまたドタドタと走り出す。我を忘れたような、いつになく荒い言葉遣いになった優希を見て、奏子と湊は即座に兄にとっての想定外の何かがあったなと気がついた。

 

「くそ、卑怯だぞ! アンタはもう死んでるんだから死人に口なしなんだよぉ!」

 

死人に口なし、という言葉を聞いて何故か奏子は唐突に幾月を連想した。

否、あの時の幾月の言動が最後の幾月修司という人間としての本性を表した場面だったからか、印象深く覚えていただけなのか。

すぐにそんな連想を振り払い、兄の行動を見守る。まさか、このままずっとドタバタとしている訳にも行かないだろう。

 

「おい、さっきからうるせえがどうした? なんか見えてんのか」

「見えるも何も! みんなには…聞こえも見えてもないか。そうだよなあ…俺に憑いてるんだもんな…なんか逆に安心した」

 

見るに見兼ねた荒垣が優希に声をかければこの場にいる誰もが優希が大騒ぎするほどの存在が見えていないことに気がついたのか途端に冷静になりだした。

 

「まあ、なんか居んなら部屋にいる山岸でも呼んでくりゃいいだろ。山岸ならなにか見えんじゃねえのか」

「あー、いや、大丈夫。あれは幻覚。あれは幻聴。よし」

「よし、じゃねぇよ。あそこまで大騒ぎしてそれで済ますんじゃねえ。気になるだろうが」

「ちょっと死んだクソジジ…いやー面倒くさ…色々と沢山遺してくださいました素晴らしい倉橋のお爺様がちっさい蛇みたいになっててギャーギャーうるせえでございますなだけですのよオホホ」

「やべぇモンじゃねえか」

 

エセお嬢様のような言葉遣いになった優希の放った衝撃の言葉に荒垣は即座にツッコミを入れる。

本音を隠しきれていなければ誤魔化しきれてすらいない。

要するに11月に倒した蛇頭黄幡神となった倉橋翁が優希には見えているというのだ。にわかには信じ難い事だがここ最近の優希の起こしている諸々を鑑みればこの程度のこと、ありえないことではない。

 

「冷静になったらなんだかこれもすぐに消せると思えば…うん。喚かれてるのも平気になってきたかも」

「だーっ! お前はすぐそうやってサラッとやべぇこと言うんじゃねえよ! 怖ぇじゃねえか!」

 

憑いているという倉橋翁をすぐ消せると発言する優希の目は本気だった。

 

「むしろ変な幽霊とか対話不能な悪魔とかじゃなくて良かったって思ってる。こっちのお爺様なら消しても罪悪感ないって言うか。もしかすると本当に俺の作り出した幻覚かもしんないし」

「お前マジで大丈夫か? 今からでも朝倉センセのとこ行ってくるか?」

 

荒垣は心配した。

明彦ほどでは無いがそれなりに仲の良くなった相手がこのように奇行を繰り広げ、ちゃらんぽらんなことを言っていれば何かあったに違いないと思うだろう。

それが本当のことだろうがそうでなかろうが、医者の朝倉の元ならなんとかなるのではないかと思うのは不思議なことではない。

一方、話題に出された朝倉からしたら連絡を受けた瞬間、血相を変えて「またクソガキがなにかやらかしたか!」と飛んできそうな状況ではあった。

そんな朝倉の名前を出された優希はぎょっと驚いたような怯えたような苦虫を噛み潰したような、そのどれともつかない微妙な顔になる。

 

「朝倉先生の? いや行かない! 絶対行かない! 今行ったら絶対怒られる!」

 

即座に否定し、ぶんぶんと首を横に振った。

その様子に荒垣はまた「こいつなにかやらかしてるな…」と遠い目になる。確実に朝倉に怒られる何かをした自覚が本人にあるということはかなり悪い状況まで悪化している可能性もあるという訳だ。

実際、荒垣の予測は正しい。

優希が黄昏の羽根の生命力の大半をラビリスたちの人格モデルの元になった少女に分け与えたことを知っているのはシャビリスだけだ。そして、その事に対する口封じもされていることからそれをシャビリス以外知らない、というのが問題なだけで。

 

「世話になってんだからよ、年始までには1度顔出しとけよ」

「まあ…顔出すくらいなら。行く」

 

色々言いたいことを喉奥に飲み込んで荒垣は忠告するだけに留めた。

今見ている分には優希は元気がありあまっていて、むしろ元気すぎて大丈夫かと心配になる程度だがここ最近の顔色の悪さと比べれば健康的で良いようにも見えた。

元気になっているのならそれでいい。何らかの前触れならさっさと伝えて欲しい。

それだけだった。

 

荒垣が黙り込み、そこでその話題は終了し何でもなかったといったふうに塩の入った容器を下げに行こうとしている優希に奏子は首を傾げた。

 

「あのお爺さんがお兄ちゃんに取り憑いてるならちゃんとお祓いに行かなきゃでしょ…あれ? でもお兄ちゃんが好きに消せるって言ってるなら行かなくてもいいの?」

「さあ…」

 

奏子としては本当にいるのかよく分からないがあんな暴言を吐きまくり性格も悪い倉橋翁が兄に見聞き出来ているということだけでも不快だった。兄がいくらいつでも消せると言っていても間違いなく喚かれればストレス源になるに違いないと確信している。

 

「消せるって言っても三上先輩にアイツが取り憑いてるならゼッタイお祓い行ってもらわないと困るって…ね、奏子ちゃん、悪いけどお願いしてみてよ」

 

ゆかりは湊がこういうことには積極的に動きはしないことを察知して、奏子に頼む。

ゆかりはゆかりで蛇頭黄幡神に殺されそうになったのだ。良い気分にはならないだろう。

そして奏子と湊の祖父を祖父とも思わない言動からかゆかりも遠慮がない。

そこへ、塩の容器を持った優希が通りかかる。キッチンに行くには必然的にダイニングテーブルの前を通らなければいけないので当たり前と言えば当たり前なのだが。

 

「あ、奏子、湊。()()()の屋敷で母さんのアルバムを見つけたから後で見よう。沢山、おかあさんの写真があったんだ。おとうさんが写ってるのも数枚あったよ」

 

お爺様、と呼んだ所だけわざとらしい発音をした優希はすぐにふわりとはにかみ、愛しいものを見るような目でふたりにそう提案した。

倉橋翁らしきものに憑かれているにしてはえらく上機嫌だ。このまま放っておけば鼻歌でも歌いながらスキップでもしそうな。

先程の騒がしい雰囲気とは違い、それくらいふわふわと酩酊しているような雰囲気を優希は纏っていた。

 

「あ、うん…」

 

そんな上機嫌すぎるにも程がある優希に奏子も湊も驚き、曖昧な返事しか出来なくなる。

お祓いに行ってくれ、と頼むタイミングすら逃してしまった。

 

「ホントにどうしちゃったの? 三上先輩、ヘンなものでも食べた?」

「さあ…わかんない…」

 

奏子も流石にそう言うしかなかった。

ころころと気分の変わる兄のことが何も分からないのだ。

私だって知りたいよー、と内心でお手上げ侍になった奏子の耳に、今度は短い悲鳴がきこえてきた。

 

「ひっ…!」

 

その声を上げたのはゆかりと同じように階段からラウンジに降りてきたメティスだ。

メティスは優希を見てその顔を怯えの表情に変えたと思えば、すぐに敵対心が見え見えな表情へと変わる。

 

「お前は誰だッ! どうやってここに入ってきた!?」

 

怒号に近い声をあげたメティスはツカツカとキッチンから出てきた優希へと歩み寄ると飛びかかるようにして押し倒し、紅い蝶を模したバイザーを顔へと下げてメイスを取り出したかと思うと構える。

突然怒号をあげたかと思えば戦闘モードに入ったメティスに優希は混乱した。

 

「へ? え? メティス? なに!? えっ、どいてどいて! こんなの美鶴さんに見られたら色々誤解されて処刑される! 死ぬ! そ、それに何度も言うけど俺にはメティス達にそんな気持ちとかないから! 仲間とかみたいに思ってるだけだから!」

 

突然のメティスの暴挙に混乱したのは優希だけでは無い。その場に居た全員だ。

なお、優希はメティスの行動よりも押し倒されたという事実から美鶴に処刑されかねないことを危惧しているという、迫真めいているのか気が抜けているのか分からない態度だった。

そんな間抜けな叫びを耳にしたメティスはピタリと動きを止める。

 

「…優希さん? あなたが?」

 

怪訝そうな顔をして押し倒した優希を見やるメティスは混乱の極みにあるのか奏子達の方を見ては優希の顔を見るというような行動を繰り返していた。

 

「メティス、どうしたの!」

「ちょっと、ギャーギャーうっさいんだけど」

 

そんな中、騒ぎを聞きつけたのかアイギスと今はシャビリスに身体を使わせていたタイミングだったらしいラビリスが降りてきた。

 

「メティス。アンタ、ナギサを押し倒すなんてなかなかやるじゃない。大胆ねェ?」

 

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらシャビリスがそう告げればメティスはバイザーを上げて訝しげな顔をシャビリスに向けた。

 

「シャビ姉さんにもこれが優希さんに見えてるんですか?」

「はあ? 当たり前だろうが。もしかして壊れたとか? ヤダ、アタシ達の中じゃ最新型のクセして?」

 

シャビリスは妹であるメティスに対しても未だに辛辣らしい。

だが、そんなシャビリスの反応を見たメティスは何か言いたげにしたがそのまま視線を逸らす。

 

「そう、かもしれません。優希さん、ごめんなさい」

 

そしてメイスを仕舞い、押さえつけていた優希の上から降りた。

 

「…メティスには俺が何に見えたのさ」

「………それは、」

「そうだな…上で話をしようか。メティスが誤認したことに思い当たる節が無いとは言えないし」

 

問いに言い淀んだメティスを見て、優希は特に怒る様子もなく自然に立ち上がってそう告げ、その手を引いて階段へと歩みを進める。

 

「ちょっとメティスを借りるね」

 

それだけを告げて他のことを話すことも無くふたりは階段を上がっていった。

 

 

 

 

屋上

 

「うわ、寒っ!」

 

メティスを連れて外へ出るとやはり冬なので冷えていて部屋の中で話せばよかったかと後悔した。だが、今の寮内で人が通らないない場所でそこそこ広い場所は屋上くらいしか無かったのだ。

もし、メティスの疑いを解けず部屋の中で戦闘になったらめちゃくちゃになってしまうし。

 

「あの…本当に優希さん…なんですよね?」

()()()()()()ね。でも、メティスにはそう見えないんだろ?」

 

メティスがこちらのことをどう見えているかは分からない。が、屋敷から帰ってきた途端にこうなったということはそうなる何かが屋敷であったということだ。

それに心当たりがない訳では無い。

 

「はい…黒いモヤの…不純物の混じったマグネタイトの集まりに見えます」

「なるほど」

 

黒いモヤ。

確か山岸やチドリ、園村さんもそんなことを言っていた気がする。ニュクス教の教主として振舞っていた時の自分がそういう風に見えたこともあったと。

 

「なるほどって、それだけですか? なにか他に言うこととか…」

「いや…特に無いかな。ところでそのマグネタイト、例の作戦に使えたり──」

「出来るわけないでしょう。そんな不浄なものを姉さんたちに渡さないでくださいよ」

 

それもそうだ。

メティス──どちらかと言えばメティスの内に混じるニュクス──曰くの不純物まみれのマグネタイトがなにか悪さをしないという可能性は無きにしも非ずだ。

 

「と、言うことみたいだけどお爺様は何か知らない?」

 

肩に何故か当然と言ったふうに乗ってふんぞり返っている小さな蛇の姿になった恐らく倉橋翁に語りかける。

これは倉橋翁を名乗る寮に帰ってきてバタバタ除霊の儀をやっていた時に突然でてきた悪魔だ。口調も傲慢さも全てがあのおじいさんと一緒なので疑うことなくそう扱っているがちょっとムカつく。

 

『知らん! 知らん知らん!そもそもお前は── 』

「あーはいはい何も知らないならお爺様は黙ってていいですよー」

 

ギャーギャーと喚き出しそうになった倉橋翁を諌め、れてはいないがとりあえず無視しメティスへと向き直ればメティスはこちらを怪訝な顔で見つめていた。

 

「何かいるんですか? お爺様って言ってましたけど…」

「あー…実体化してない悪魔、かな。屋敷から憑いてきたみたいで。無害だから気にしないでいいよ」

「気にするなと言われても普通に何もいないところに話しかけてたら気にすると思うんです」

「あはは…まあ、確かに」

 

正論を言われてしまってぐうの音も出ない。

 

「で、優希さんがさっき語った心当たり、とは?」

「……悪魔化が進んだのかなぁ、と」

「その連れ帰ってきたという実体化していない悪魔が原因じゃなくて?」

「うん」

 

メティスがこちらを誤認した原因。

それはシュブ=ニグラスとの同化が進み、ウィッカーマンの力が身体に馴染んできたために起こった悪魔化に近いものによるセンサーの異常検知ではないかとこちらは推測した。一応、悪魔に限りなく近いシャドウとはいえメティスも素体は機械だ。

 

「悪魔化の進行…たしかに有り得ない話じゃないかも。むしろ、そうなるというのは予測の内。そうならなければおかしいんです」

 

その言葉通り、予めそうなるとはメティスも予測していただろう。だが、色々混じっているが故に元々知っている気配と違い、判別しきれなかったのでは無いのだろうか。

そしてその悪魔化──合一が進んだのもメティスが感じとっている大量のマグネタイトをどこかで得たせいなのでは無いか、と。そう予測している。

 

「でも、私の知るシュブ=ニグラスの気配でも、ウィッカーマンのものでも──ましてや貴方の大元の存在だったものの気配でもない。大丈夫、なんですか?」

「何度も言うけど今のところは俺だよ」

 

それは自分が奏子と湊の兄でありつづけるならば変わることは無い。それ以上でも以下でもない。

そもそも悪魔化したという自覚も強くなった感覚も正直なところ全くない。なんとなく、“そうなのか”くらいだ。

なにか使える魔法や能力が増えたという訳でもなく倉橋翁という喧しいオマケがくっついてきたくらいだ。

 

「そう答えると思ってました。それ以外に優希さんは答えられないでしょうし」

「よく分かってる。流石メティス」

「貴方が褒めても何も出ませんよ」

「俺以外が褒めたら何が出るのか…」

 

メティスはやっぱり結構こちらに厳しいと思うのは気の所為なのだろうか。

 

「話を戻しますけど、悪魔化が進んだというのならなぜ突然そんなに進んだんです? 今日行ってきたという場所で何が?」

「大したことじゃないんだ」

 

幻覚を見ていた。もしくは、何かの1部を部屋中のマグネタイトごと取り込んだ。

そのどちらかだ。

そしてそのついでに倉橋翁の残滓のようなものであるこの小さな蛇も連れて帰ってきた、ということになる。

抱きついてきたあの人影はなんだったのか。なにか関係があるのか。何も分からないがきっかけと言えば蔵を探索したことくらいしか思い浮かばない。

 

「大したことないわけないですって…こうして実害のようなものが出てるんですし。私にぶん殴られてたらどうするつもりだったんです」

「なんで!? って叫ぶ」

 

それ以外に何が出来るというのだろう。あの場合、攻撃する訳にもいかないし逃げても追いかけられるだろう。どうしようも出来ないと肩を竦めればメティスは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「怒らないとかお人好しすぎません?」

「褒めても何も出ないよ!」

「褒めてませんけど。というかそれ、私の真似ですかやめてください」

「辛辣」

 

メティスの当たりがきついのは今に始まったことでもないが、それでも今日は特にきつい気がする。

まだこちらが本当に“三上優希”だということを信用しきれていないのだと思う。

だからこそ、

 

「山岸に視てもらって俺だって証明出来たら安心出来る?」

「……どうでしょう。風花さんも私と同じように見えると思いますけどね」

 

そうだとしたら余計に困る。

澱んだマグネタイトはなんとか消費するか濾過するにしてもそれまで黒いモヤのような姿に見えるというのは不便極まりない。

一応、認知を操作して姿を自分のままで固定してみる。一瞬だけ景色が揺らぐ。

 

「これでどう?」

「! いつもの優希さんの姿に見えるようになったけど…」

 

メティスの目は「何をやったんだ」と言わんばかりにこちらに問いかけてくる。

 

「ちょっとね。認知を操作しただけだよ。メティスは俺の事を“三上優希”だと認知している。そして俺も自分のことを“三上優希”だと認知している。その認知を固定化して俺の姿を変な黒いモヤとか他の姿に見えないようにしたんだ」

「そう、ですか…」

 

『三上優希』という枠から出る必要も無いのでこの縛りは不純物まみれのマグネタイトを消化するまで固定し続ける羽目になるだろうが仕方ない。

メティスが恐らく心配しているようなデメリットは無いに等しい。というか他者から見えている姿を固定するだけで中身は何も変わらないので別件で姿を変える必要がある、などといった状況に追い込まれない限りなにもないしならないことを祈る。

 

「…なんだか、ズルされた気分」

「えぇ…」

 

しばらく釈然としない雰囲気を纏わせていたメティスだったが、そう言うとため息を吐くような仕草をしてこちらへとしっかり向き直る。

 

「姿、いつもの優希さんに戻ったのでこれ以上の追及はしませんけど。何か変なところがあったらすぐに言うんですよ。呑まれて暴走されても困りますから」

「善処します…」

 

トゲ7割、優しさ3割のメティスのその言葉に曖昧な返事を返しておく。

メティスからすればこちらが悪魔の力に呑まれ、暴走するかもしれないという危惧があるのだろう。

そんなことは無いと思いたい。流石に。

そもそもこちらにはウィッカーマンというストッパーが居るので、相当なことがなければ悪魔の力に呑まれたりはしないはずだ。

さっさと問題が起こる前に戦闘で消費・発散して無くしてしまった方がいい。

なおさらみんなには特別訓練を受けてもらわないといけない。マグネタイトを消費するには悪魔を受肉させるのが一番だ。

自分はまだぺーぺーなので自らの領域であるカダスでしかできず、方法もなんとなく再現したい悪魔を探して「出ろ~!」と念じているだけなのでタルタロスや現実世界などでは使えないのが難点だが。

しかも正確にはちゃんとした悪魔とは言えない代物たちだ。あくまで、悪魔の再現物、模造品と言った方が近い。

性質的にはシャドウの方が近いので完全な悪魔とは言えず、まだまだモコイさんを召喚するには知識も技術も力も経験も足りない。

 

決戦の日までに、できる日が来るのだろうか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。