12/23 (水)
夜
巌戸台分寮
結局、先日の訓練は湊たち特別課外活動部の敗北に終わった。
というか自分とデモニホがやりすぎたのもある。アナンタ、ヤマタノオロチ、ヒュドラは辛くも倒せていたので、実質初級をクリアはしたようなものだ。
とりあえず景品のレキシー人形をプレゼントしたのだが、いまいち反応が芳しくなかった。
やはりレキシー人形はもう時代遅れだというのか。他の景品は活動の役に立つものばかりなので、そんな反応にはならないと思うが、もしかしたら景品の見直しが必要なのかもしれない。
あとエリザベスとテオドアを呼ぶのを忘れていた。まあ、呼んでいたらさらにカオスな状況になっていたと思うので呼ばなくてよかったかもしれないが。
後でどやされるかもしれないがそんなことは知らない。知らないったら知らない。
とまあそんな反省を胸に、
「もうすぐクリスマスということで、『気になるあの子の心を鷲摑み! 可愛いケーキを作っちゃおう!』のお時間です」
「は、はいっ!」
山岸が食い気味に返事をする。誰か気になる相手でもいるのか。
今日は寮のキッチンで美鶴さんを除く女子と自分で集まってクリスマスケーキを作ろうの会を開いている。美鶴さんは用事があるらしく、不参加だ。みんながケーキを作るのを見たがっていたので参加出来なくて少し残念でもある。
ちなみにさっきの謳い文句はいま手に持っている料理雑誌からの引用なので自分の考えたものではないことだけを伝えておきたい。
「せんせー! 質問です! 何ケーキを作るんですか!? もしかしてバナナケーキ!?」
奏子がふざけながらも質問してくる。が、流石にクリスマスにまでバナナケーキを作るのは食傷気味になってしまう。
奏子がバナナが好きだからと結構な頻度でバナナデザートを出しているのでクリスマスまでバナナはヤバい。奏子自身が食べるならいいが、今回はクリスマスプレゼントのついでに好きな子と食べるケーキを作るのだ。自分だけの趣味では好きな子のハートを鷲掴みには出来ないだろう。
とは思ったが、まあどうせバナナバナナ言っているので本人が食べることは予想がついている。
なのでこんなのは建前だけども。
「いい質問ですね。今日はバナナケーキじゃなくて普通のパウンドケーキを焼きます。プレーンでもチョコでもOK。でもこの本によるとその上に色々と乗せてアレンジしよう!って話だからバナナは乗せても……OKということにします」
「やったー!」
「ふふ、奏子ちゃんってほんとにバナナ好きだよね」
結局、少し悩んだ末に許可を出す。自分は奏子にかなり甘い。
それに対して山岸が微笑ましげに笑う。おそらく山岸との料理同好会でも奏子はバナナを使った菓子ばかり作っているのだろう。
奏子は1人でもちゃんとひと通りの料理ができるタイプなので不味いものは作らない。そこは心配はしていないが。
「で、いつまでその演技を続けるつもりなんですか?」
「めんどくさいから今やめた」
岳羽にツッコまれ、料理教室の先生の真似を止める。
「なあナギサくん、ウチらもケーキ作ってええの?」
「いいに決まってるじゃん。あー…でもラビリスごめん。色々と間に合わなくて」
ラビリスに謝罪する。
結局、よく分からない手段で手に入れたマグネタイトは不純物まみれなので消費か濾過するまで綺麗に使えない。だからデカめなアナンタたちを召喚して一気に消費したのだがそれでもまだまだ残っている気がする。これではダメなのだ。
つまりメティスとやろうとしている“あること”が出来ず、ラビリスだけは未だに食べ物を食べることが出来ない。
早くそういう機能を追加してあげたいのは山々だが、こうして待ってもらうことにしたわけだ。
流石に山岸が機械に詳しいと言ってもパソコン関係だけだし、ジンもプログラム関係ばかりでハードウェア的なことは厳しいだろう。
かといって、桐条の技術者に勝手なことを頼む訳にもいかないしで正直にいうと詰まっているのだ。
さすがに異界がぽんぽん現れることもないし純粋なマグネタイトの供給源がないというのはかなり厳しい。
作戦の成功には必ずその混じり気のないマグネタイトが必要なのだ。
「優希さんが余計なものを持って帰るから遅くなってるんです」
「何も言えない」
チクリとメティスから棘の含まれた言葉が投げかけられるが事実なので何も言えない。
「? よくわからへんけど、ナギサくんがうちのためになにかしてくれようとしてるんやろ? 遅くなってもええよ。ウチ、待ってるで」
「ラビリス…」
ラビリスは優しい。
が、これはなるべく早くしないといけない。しかし不備をきたすわけにもいかない。
自分が居なくなってもラビリスたちが大丈夫なようにしないといけないために純粋なマグネタイトが必要なのだ。
ろ過しないといけないような不純なものは必要ない。
そんな考え事をしながら作った自分の分のケーキは、いつもより少し不格好な気がした。
(これじゃ美鶴さんに渡せないな)
……こっそりもう一つ作り直すことにした。
12/24(木)
放課後。
教室で美鶴さんに声をかける。
「美鶴さんちょっといい?」
「どうした?」
「予定空いてる? いったん寮に帰った後で連れていきたい場所があるんだ」
美鶴さんを誘いたい場所があるのでそう告げてみると、美鶴さんは少し頬を赤らめさせる。
「それは…デートの誘いということでいいのか?」
小さく、吐き出されたのはそんな言葉。
デートの誘い。以前なら違うというかもしれないが今回はその通りだ。
「うん」
「そっ、そうか! その…ラビリスやメティスは来ないだろうな…?」
「? 美鶴さんだけだよ」
質問の意図がわからず首を傾げる。
デートなのになぜラビリスやメティスを呼ぶのか。普通、デートと言えば二人きりだろう。
まさか、過去にあの元許嫁が美鶴さんとのデートに他の女を連れてきたりしていたのだろうか。だとしたら尚更許せない。
なんて男だ。
「そ、それならいいんだ。では、また後でな」
「準備しておくから楽しみにしててね」
妙に挙動不審な美鶴さんを少し疑問に思いながらも、こちらも準備をするために一足先に帰ることにした。
夜
「こ、れは…」
美鶴さんが目を丸くして驚いている。
広がるのは満天の星空。
聞こえるのは静かな波のさざめき。
そしてそこには砂浜と、森。そしてアスファルトで舗装された道がぐるりと続いている。
真っ暗だと危ないのでちゃんと電灯もついている。
そのアスファルトの道路の上で、告げる。
「美鶴さんの為だけに用意したんだ」
無人島を。
否、無人島の再現物を、だ。
「美鶴さんにバイクを持ってきてって言ったのはそういうことなんだ。最近忙しかったし、思いっきり走ってほしくて…その、創った」
「つ、創った!?」
「そう、正確にはここはカダスだよ。景色を変質させて…まあ色々。クリスマスバージョンってことで」
美鶴さんに贈るクリスマスプレゼントをどうしようかと悩んでいたらたまたまコンビニで旅行雑誌を見つけ、それにバイクで思いっきり走れる島のコラムが載っていたのだ。
これなら美鶴さんも人目を気にせず好きなだけ走れるし、下手なものをプレゼントするよりもいいと思ったのだ。
というか、美鶴さんは大財閥の令嬢なのだから無人島のひとつやふたつ、用意されても驚かないと思っていたがそうでもないらしい。
驚いて目を丸くしている美鶴さんはとてもかわいい。
「ポロニアンモールのイルミネーションには劣るかもだけど、星空も綺麗でしょ?」
「そうだな、綺麗だ。それにきみと見れるならなんだって特別なものになる」
その言葉に思わずこちらが赤面してしまう。
なんというか、恥ずかしい。好きな人から自分が作ったものを綺麗だと言われるのがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
こっぱずかしいような、照れるような、嬉しいような。そんな感情がないまぜになっている。
「っごほん、と、というわけで好きなだけ走っていいから! 俺はここで待ってるし、楽しんできてよ!」
恥ずかしさを追い払うために咳ばらいをし、美鶴さんを急かす。
折角用意したのだ。好きなだけ走ってもらわないと意味がない。
「それはいいが…」
何か納得のいかなさそうな美鶴さんがこちらを見つめてくる。
何か不備でもあったのだろうか。
「きみも一緒に乗らないか?」
「いいの?」
おず、といった様子でヘルメットを差し出してきた美鶴さん。
自分は運転ができないから後ろにしがみつくだけになってしまうがそれでいいのだろうか。
そう問えば、美鶴さんは頷いてくれる。
「いいんだ。きみとふたりでこの景色を走ってみたい」
「それなら、喜んで」
ヘルメットを受け取って、バイクにまたがる美鶴さんの後ろにつく。バイクに乗るのは慣れていないのでおぼつかなかったがちょうどいい具合に乗れた気がする。
バイクが風をきって走る。
バイクの音の他に、風の音だけが響いている。
流石に、鳥や虫、他の生き物までは再現出来なかった。
人々の認知から引っ張ってくれば良いだけなものの、どうしても紛い物感が強くて再現するのを断念したのだ。
本来、必要のない能力なのでこれ以上再現度を上げてどうするんだと思う気持ちもないでもないけれど。
ひとしきり走り終えたバイクが止まり、美鶴はヘルメットを外した。
まさか、優希からこんな場所へ誘われるとは思いもよらなかったのだ。
連れていきたい場所がある、と言われた時はどこか食事の美味しい良い店に連れて行ってくれるのか、それとも遅くはなるが優希の実家にでも行くのかと思ったくらいだ。
それが無人島の再現物だとは予想がつくはずもない。しかも、バイクで好きなだけ走っていいなどと、最近美鶴があまりバイクで走れていなかったことまで知っているようなことを言われてしまえば嬉しいプレゼントに他ならない。
どれだけ自分を驚かせれば気が済むのか。美鶴はそう思った。
「少し、あっちで座らないか」
そのまま浜辺に流れ着いていた大きな流木へと向かい、自然とふたりで腰掛けた。
会話はなく、静寂が場を支配する。
ただひたすら、波が押し寄せ引いていく音が聞こえる。
「…きみのもう一つの名前で呼んでみてもいいか?」
「ん? いいよ」
もう一つの名前。本当の名前、というべきか。
ラビリスたちが優希のことをナギサ、と呼んでいて美鶴もそう呼んでみたくなったのだ。
息を吸い、口を開く。
「…渚」
「なんだか美鶴さんにこの名前で呼ばれるの、慣れないし恥ずかしいな」
恥ずかし気に視線をそらし、しばらく黙った優希は少し憂えげな表情になり、小さく口を開く。
「……渚って、海と陸の間の水際、ちょうどここみたいなモノを指すんだって。お父さんとお母さんは俺に、いろんな人と繋がれるようなニンゲンになってほしいって思いからそういう名前を付けたって聞いた」
「そうなのか…」
おそらく、思い出したのだろう。
桐条の実験のせいで失っていた──否、封じられていた幼い頃の記憶を。
両親が子供に名付けの意味を言って聞かせるのは何らおかしいことではない。
こうした本当の両親のことも語れるようになってきたということは傷が癒えてきたのか、単に思い出したからなのか。
美鶴は優希の内心がわからないためにどちらか判断しかねていた。
だが、無理に訊くわけにもいかないと言葉を続ける優希の話を聞くことにした。
「湊の名前も奏子の名前も人の中心に──誰かが自然と集まって来たり、寄り添えるような人になってほしいからって。兄妹みんな、似たような願いが込められてる」
優希は一瞬、安堵するかのようでいて何かを慈しむような眼差しを波打ち際へと向け、すぐに悲し気な顔をする。
「千鶴さんも、俺の名前の意味を分かって呼んでくれてたらしい。酷いよな、こんな偽物の俺に、『本当の有里渚』じゃない俺に──ニンゲンとして生きてくれ、なんて」
なんて残酷なんだ、と言いたげな優希に美鶴は「そんな意味で叔母上は願ったわけじゃない」と否定したくなり、しかしその言葉を飲み込んで、代わりの言葉を吐き出した。
せめて、優希が傷つかないように。
「私が知っているのはきみだ。私にとっての”有里渚”はきみなんだ。どうして、そんなことを言うんだ」
「本物じゃないからだ。俺は、『本当の有里渚』の居場所をとってしまったんだ」
「じゃあ、聞くが。その『本当の有里渚』とはいったい誰なんだ?」
美鶴の疑問点はそこだ。
優希はこの間から、自分は本物ではないと言い続けているが、それなら『本当の有里渚』とはなんなのか。
元々魂が無いのなら、本物も偽物もなく、『有里渚』という存在すら、いなかったのではないか。
「元々いなかった存在が、きみが居たから生まれてきたというのなら。それは、きみが。きみこそが、有里渚ではないのか?」
それでも、その声は答えない。
イチャイチャさせるつもりだったのに書き終えたらなぜかこうなってました。
ドウシテ…