君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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大晦日(12/31)

12/31(木)

巌戸台分寮 屋上

 

雪のふりしきる中、屋上で黄昏れる。

今日は本来なら、綾時君を殺すか殺さないかを決める話があるはず“だった”。そうなるはずだった。

重く、苦しい選択をし、どちらかを選ばなければならなかった。

だが、自分が“死の宣告者”となったことでそれもなくなった。別に綾時君みたいに0時になれば消えるわけでもないし。

それが、良かったかどうかは自分にはわからない。もしかしたら、記憶を消して終わらせる方が、幸せなのかもしれない。

けど、諦められなかった自分がいた。

それではダメだと吼える心が、魂があった。だからこそ、こうして繰り返しているわけなんだけれども。

 

それ以外に特に何かあった訳では無いが、なんとなく1人になりたかったのだ。

寒いがどうってことは無い。完全防備、雪だるまと言われても過言ではないもこもこ加減の服装で挑んでいる。

というかそれくらいしないと奏子と湊が五月蠅い。もっと着こめと言われたがこれ以上着こんだら熱中症になってしまうと思うのだ。

カイロにマフラー、手袋、そして厚手のコートだ。あれもこれもと着こまされたが、十分すぎるにほどがあるだろう。

北海道じゃないんだぞここは。

 

何度も言うが、どうして一人になりたかったかと言えば特に意味があるわけでも消えるわけでもなく、なんとなく、なのだが。

湊からは「0時になって勝手に消えたら許さないから」と釘を刺されたけども。

 

正直なところ丁度あと一か月で終わりが来る。

それに向けて、ひとりで静かに考えたかったというのもあった。やることは決まっている。やらなければならないことも決まっている。

だが、本当にそれでいいのか? という迷いもあった。

勝つためには、人間を捨てなければならない。だが、そうすれば湊や奏子、そして美鶴さんや養父母とも一緒に居られなくなる。

逆に、人間のまま、取り込んだ悪魔やこの力を捨てて戦うとしたら? それは無理な話だ。

ペルソナも使えないお荷物ができあがるだけ。そんな状態の自分を抱えたままでシュブ=ニグラスと戦ってみんなが勝てるか。

そう言われれば無理としか言いようがない。信じろと言われてもこればかりは無理だ。

相手は明確な意思を持っている。漠然と呼ばれただけのニュクスではない。自ら願いを確固たる意志で叶えに来たシュブ=ニグラスだ。

目的の為ならどんな手だって使うだろう。

もし、民間人が人質に取られたら。それだけで湊たちは動けなくなるだろう。

いくら朝倉先生たち大人のペルソナ使いがいたとしても、守り切れる人数には限りがある。

戦意を失わさせられたら終わりだ。

湊や奏子たちのためには、人で居続けなければならない。だが、勝つためには人を捨てなければならない。

そうしないと、確実に乗り越えられない。

 

「くそ…っ」

 

頭をくしゃりとかきむしる。

分かっている。全部が叶う、素晴らしい方法なんてないことくらい。

何かを得るためには、別の何かを失うことくらい。

だが、最善と思っている方法が、メティスによって否定されている状況ははっきり言って“詰み”だ。

『卒業式の日に兄妹三人で居なければならない』、などという勝利条件は初耳だった。

そうしないと、結局似たような形で湊と奏子がよろしくない運命をたどるということも、信じたくはなかった。

だが、自分の考えている作戦ではそれは不可能だ。

自分は、1月31日に死ぬ。これは変えられない。どうあがいても無理だ。

負けが決まっているゲームほど、つまらないものはない。どうにかしないといけないと頭ではわかっていても、上手い作戦が考え付くはずもなく。

 

「……死にたく、ないなあ」

 

ぽつりと、零す。

どうしようもないことくらいわかっている。

自分で選んで、そうなるようにしてきたツケだ。これは。

それに本来自分は存在しない異物だ。姉弟は湊と奏子だけであり、有里 渚()は存在しなかった。

だから、消えるのが世界として当然の流れで。

 

(……本当に?)

 

そうなのだろうか。

ずっとそう思い込んできたが本当にそれが正しい流れなのだろうか。

自分が死のうが消えようが、記憶は残る。そうなれば、皆は後悔するのではないだろうか。

 

(いや、そんなわけないか)

 

何度も何度も、助からないと説明してきた。

もうダメなのだと、説明してきた。

だからこそ、みんなは納得こそしないものの、分かってくれているものだと自分は思っている。

もう死んでしまうものを、どうやって救うというのか。自分みたいに時を巻き戻せるわけでもない。

巻き戻したところで変わらないものを、どうやって。

湊と奏子を犠牲にするようなら許さない。それ以外の誰かが犠牲になることだって。

記憶も奪い去れたなら。それが一番いい。影時間の記憶の修正と共に、自分が存在していたことも、()()()()()()()()()()()()()()()()

そうなれば、それが一番楽ではある。

自分はただの現象に戻って、みんなは辛い喪失の気持ちを抱えなくても済む。

それで大団円ではないのだろうか。

 

そう考えていると、屋上のドアが開いた音がした。

湊か奏子か、それとも他の誰かが呼びに来たんだろうかと振り向けば、そこに居たのは、

 

「…アイギス」

「優希さん」

 

アイギスだった。

その表情は微妙に気まずそうな雰囲気を醸し出しており、困っていると言いたげでもあった。

この前、自分がアイギスに“八つ当たり”をしてしまったから、このような表情を浮かべていても仕方ないと思う。

あの後からアイギスはまた自分を妙に避けていたからだ。

どんな感情からかはわからないが。気まずいのは確かだろう。

しかしなぜ、アイギスがわざわざ自分に会いに来たのか。理由がまったくもってわからない。

呼びに来るなら別に誰かに頼めばいいだろうし、そもそもアイギスに湊や奏子、メティスなど自分に用がありそうな面子がこんな様子のアイギスに頼むはずもない。

真田くんとてここまで無遠慮ではないだろうし、本当にアイギスが会いに来た理由がわからない。

なんでだ?

 

「……」

 

アイギスはそのまま同じ場所で突っ立って、何かを言いにくそうにもごもごとしている。

 

「そのままじゃ風邪…はひかないだろうけど、冷えるから中に入れば?」

 

そう勧めてみるもアイギスは黙ったまま動こうとしない。

 

「メティスやラビリスに怒られるのは俺なんだからさ、ほら、中に──」

「あの、」

 

もう仕方ない、と建物の中へ手を掴んで入ろうとした瞬間、アイギスが口を開いた。

思わず、ばっと手を離す。

 

「わたしなりに、あの時の言葉を考えて、みたんです」

 

ぽつりと吐き出されたのはそんな言葉だった。

あの時、あの時? あの時、というのはラビリスとシャビリスの件の時のことだろうか。

 

「俺がアイギスに、俺を見殺しにしたことを自覚してほしいってやつ?」

「……そうです」

 

やはりそうだったらしい。

アイギスは小さくうなずいて、そして視線を外した。

こちらとしてもあれを真剣に考えられるととても気まずい。完全な八つ当たりであり、アイギスは何も悪くない。

アイギスが幼かった俺を助けられなかったのは、当然の結果なのだから。

 

「わたし、思い出したんです。…幼かった優希さんを見殺しにしてしまったことを。デスの討伐を優先して、千鶴さんとの約束も守れなかった」

「当然だろ? それがアイギスの役目だったんだからさ」

 

本当に、アレは八つ当たりなのだ。

アイギスがこうして罪悪感を覚える必要はない。ああ、本当に馬鹿なことをしてしまった。

 

「…ごめん、アイギスを悩ませてしまって。本当に八つ当たりだったんだ。だから、気にしないでいい。いや、気にしないでほしい。思い出させて本当にごめん」

 

頭を下げる。

アイギスの表情は見えない。なにも。

 

「──でも、わたしは。また、守れなかったんです」

「……?」

 

アイギスの言葉がよくわからなかった。

また、とはどういうことなのか。

 

「わたし、カダスで…っ、幼かった優希さんのシャドウを──守り切れなかった!」

 

さらによくわからない。

自分のシャドウ? 自分にシャドウはいない。いるとすればウィッカーマンくらいだ。

ウィッカーマンは普通に今でもいるし、消えたわけでもない。今でも急に視界の端に現れてピースしている。うざいからどこかへ行ってくれ。しっし!

なのでアイギスの話が全く分からない。

 

「ごめん。意味が分からない。順を追って説明してくれないか」

「え、あ、そ、そうですね…すみません」

 

そうしてアイギスから語られた話は、にわかに信じがたいものだった。

というか、信じたくもなかった。幼い自分がカダスに居て、「死にたくない。消えたくない」なんて喚いていたことなんて。

自分がその場に居たらパンの大神とやらではなく自分の手で消していたかもしれない。

それくらい、認めたくない部分であったことは容易に想像できる。

 

「……はあ。別にいいよ。守れなかったことくらい」

「よくありません!」

「いいんだよ、本当に」

 

むしろ守れなくて正解だ。

ずっと喚くだけの存在なんて要らない。弱い自分なんて要らない。殺意すら湧くほどだ。

だから別にアイギスが守れなくとも良い。

 

「どうしてそんなこと…! どうしてなんですか!」

「だって、俺にとってはどうでもいいことだから。むしろ要らないのが消えてくれてせいせいしてる」

 

若干食いついてくるアイギスにイラついて切り捨てるようにそう吐き捨ててしまう。

 

「要らないって…ひどい…そんなはず…!」

「それに俺、ピンピンしてるし。現実の俺が元気じゃダメ?」

「それは…」

 

現実を見てほしくてその場しのぎにそう言う。

そもそもアイギスが守れなかった“幼い俺”はもう誰にも救えない。救われなかったという事実だけがそこにある。

それをいまさら後悔してなんになるのか。そうしてほしいと言ったのは自分だが、こうもめそめそされるのもなんだかめんどくさい。

ダメだ。アイギス相手になるとどうしてもだめになる。こんな暗い感情が湧いてきてしまう。

 

(待てよ)

 

もしかして、自分はアイギスに“自分そのもの”を見てほしくてこうもイラついているのだろうか。

メティスやラビリスは自分を見てくれている。だからその姉妹であるアイギスにも、見てほしいのだと駄々をこねているのではないのだろうか。

それは、無いものねだりではないのか?

アイギスには、湊と奏子のことだけを見てもらうだけでいいのではないか。

自分のことは気にせずに、居てほしいはずなのに。

そう思うと、急に恥ずかしくなってきた。

 

「うあ~~~~~~~~~!!!!」

「っ!? どうかしましたか!?」

「どうもしてない!!! 恥ずかしくなってきただけ!!! あ~~~~~!!! アイギス、忘れてくれ! 頼む!」

 

両手を合わせ、頭を下げる。

 

「えっ!?」

 

突然の行動に驚いたのであろうアイギスの顔を気にせず、言葉を続ける。

 

「全部だ。シャビリスの時の話からさっきまでの話も、罪悪感も、全部! ほんとに俺の八つ当たりだったんだ、あれは…」

「どういうことなんですか? 八つ当たりだというのは聞きましたが、それと優希さんの今の言動が結びつきません」

「だ、だから…」

 

説明しにくい。

まさか、自分を見てほしいから八つ当たりをしていただなんて幼稚にもほどがある理由だと自分ですら自覚していなかったなどとは。

恥ずかしい。

 

「アイギスに……自分を…見てほしくて……八つ当たり…してました…ってこと…」

 

小さくもごもごと説明をすればアイギスの目が見開かれる。

 

「そんなことで…」

「そう、そんなことなんだ…ごめん。本当にしょうもないよね。アイギスが大事なのは湊と奏子なのにさ」

 

ガシガシと後ろ髪をかく。

こんなことでこれまでアイギスに八つ当たりをして、アイギスを傷つけた。

許されていいことではない。

 

「いいえ。わたしはしょうもないことだなんて思わない」

 

そこに、硬い声が響いた。

 

「わたしが、例え記憶を消されていたのだとしても、幼かった優希さんから目を逸らしていたということは本当のことです。そんなわたしを見て、優希さんがそう思うのは間違っているだなんて、わたしは思いません」

「間違ってるんだよ。こんなこと」

 

アイギスがそう考える理由が分からなかった。何もかも間違っているだろう。

アイギスの態度に嫉妬のような感情を抱いたことも、八つ当たりをしたことも。なにもかも。

だというのに、アイギスはふわりと笑う。

 

「では、仲直りしましょう。握手です」

「え?」

 

そう言って手を差し出してくるアイギスに思わず口をぽかんと開けてしまった。

アイギスに限って力いっぱいに握ってくるだなんてどっきりはしないだろうが、突然の握手に驚いてしまったのだ。

 

「何か悩みがあるなら年内のうちに解決しておくべきだ、と奏子さんと湊さんも言っていましたから」

「はあ…」

 

もう一度後ろ髪をがしがしとかく。

こういう時にふたりの勘は侮れない。アイギスに適切なアドバイスをして送り出したのだろう。

こうなることを半ば分かっていて。

 

「わかったよ。仲直りしよう」

 

アイギスは何も悪くない。だというのにアイギスも悪いかのようなこの状況は何なのだろう。

アイギスはアイギスでこちらだけが悪いのだということを認めてくれないし、相当強情なのではないのだろうか。

いったい誰に似てしまったのやら。

 

「はい、仲直り、です。ではこれからは…これまで通り。わたしも優希さんのお友達、ですね」

「これまで通りって…いや、確かにコロマルの散歩やモコイさんと遊びに行ったりしたけど友達…なのか? 仲間じゃなく?」

 

疑問に感じる。

仲は悪くはなかっただろうがそんなに親しい間柄だっただろうか。

ただの仲間ではなかっただろうか。

 

「ですので仲間であり、友達であります」

 

そう言い切ったアイギスは笑っている。

これはどうあがいても訂正も修正も出来なさそうだ。諦めるほかない。

 

「じゃあ、そういうことで」

「はい」

 

そう言うと、アイギスは頷いて屋上を去っていった。

本当に、これでいいのだろうか。

こんな解決で、許されていいのだろうか。

白い息をホッと吐く。雪はまだチラチラと降ってきている。

 

何がしたかったのか結局わからないまま、仲直りだけをして自分はまた一人でぽつんと屋上に立っている。

 

(自分も部屋に戻ろう…)

 

そのままこの場にひとりでいることになんとなく嫌気がさして来たので部屋に戻ることにした。

あと数時間で、今年が終わる。

最後の最後にこんなことがあるだなんて思いもよらなかった。

 

(仲直り…か)

 

だが、気分は悪くなかった。

 

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