君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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魔王(1/3)

チロンヌプの道案内で歩き始めて少し。突如、巨大な影が差して地面が揺れる。

 

「あいつだ。物陰に隠れろ」

 

チロンヌプに言われ、さっと急ぐように三人で傍にあったビルの陰に隠れる。

そして、窺うようにビルの陰から前方を見ると、その姿をはっきりと視認することができた。

緑色のプリンのような体躯に、大きな歯の並んだ口。ぎょろりと周りを探る様に動くふたつの目玉。そしてその体躯に見合った大きな腕。

それは──

 

「アバドン…」

「アバドンだね…」

「おっきい…本物ってあんな大きいんだね…」

 

奏子や湊のペルソナで見たことのあるアバドンだった。

だが、実際に悪魔として見るのは初めてで、その質量に驚く。

なにせ、こうして身じろぎするだけで地面が僅かに揺れるのだ。

こんなものが人間界に出てきたら、パニックどころではすまないだろう。

 

「準備は良いか? オイラは…まだちょっと待ってほしいけどよ…」

 

ブルブルと身震いするチロンヌプはアバドンに怯えているようだった。

仕方のない事だろう。実際、自分もあの大きさのアバドンとやり合うという現実に尻込みしそうになっている。

 

(それに…)

 

もし、耐性がペルソナと同じならば、火炎属性の【ホムスビ】が効かない可能性がある。

そしてあの巨大さだ。自分たちの武器の──それも奏子と湊の武器は急ごしらえのなまくらな状態でどれだけのダメージを与えられるというのか。

正直言って自分単独では勝ち目が無いに等しかっただろう。

【カーマ・シラーストラ】を放っても、一撃でやれたかどうか怪しい。

 

要するに、決定打に欠けている。

ジャボは一体どういうつもりで自分にあれをぶつけようと思ったのか。

それとも、奏子と湊も含めて、“勝てる”と思ったのか。

真意はわからない。聞こうとも思わないが。

しかし、ずっとこのまま隠れ続けるというわけにもいかない。いつかは飛び出して、立ち向かわなければいけないのだ。

 

「ふたりとも、準備は良い? 無理そうなら隠れててもいい」

「大丈夫。むしろ、お兄ちゃんひとりにしたらどうなるか…ねえ?」

「そういうこと。絶対無茶するでしょ。そんなの、許さないから」

 

ふたりの返答はだいぶ肝が据わったものだった。

不安は多少なりともあるのだろうが、それでもそういったものを感じさせない様子で頷いた。

ペルソナが現状使えるかわからないというのに、こうしてともに立ち向かおうとしてくれている二人を絶対に守らなくてはという義務感が湧いてくる。

 

「よし、よし、よぉーし…オイラも大丈夫だぜ。ふーっ、ふーっ。覚悟、できたぞ!」

 

チロンヌプの若干興奮気味なその声を聴きながら、気合いを入れる。

そして、1、2の3で飛び出した。

 

「────────────────────ッ!」

 

こちらを視界に入れたアバドンが吼える。

そのあまりの音の大きさにビリビリと空気が震え、廃墟と化したビルのガラスが割れる。

そして、突進。

 

【狂いかみつき】

 

勢いよく大口を開けてこちらへと突進してきたのだ。

 

「!」

 

質量で押しつぶす、もしくはその大口で捕食しようというのだ。

この攻撃により、多くの悪魔が命を落としたのは想像に難くない。

そして、食らえば自分たちは一瞬でこいつの腹の中だということも。

 

「下がって!」

 

チロンヌプ含めた三人を下がらせる。

そして、目の前のビルに向かって【ホムスビ】を最大火力で放った。

 

「ぐ…う…っ!」

 

身体が焼ける。それでも、間に合わせるしかない。

炎の勢いでビルが崩壊し、大小さまざまな瓦礫がいわなだれのようにアバドンへと降り注ぐ。

それを間近で受けたアバドンの動きが止まり、膨大な量の土煙と共にビルの瓦礫の中へ沈んでいく。

 

「やったか!?」

 

チロンヌプがそろそろと自分に近づく。だが、まだだ。

この程度で終わるなら、魔王を名乗ってはいないだろう。

 

「まだだ。チロンヌプは何か補助魔法は使える?」

「お、おう! こんなのはどうだ?」【警戒のフホホイ】

 

フホホイ! とチロンヌプが声を上げる。

その瞬間身体が少しだけ身軽になった気がした。どうやら、【スクカジャ】と似た効果があるらしい。

その技の効果を確かめた瞬間、瓦礫がガラガラと持ち上がり、再びアバドンがその姿を現した。

傷を負っているようだが、致命傷には至っていない。むしろ、怒っているような様子さえ感じられる。

 

「ォオオオオ!」

 

アバドンが呻き声をあげる。おおよそ理性的ではないそれは、けれど確かに不快感を与えるようなものだった。

その呻き声が発されたのと同時に、地面を這うようにして氷が襲い掛かって来た。

恐らくこれは、【マハブフダイン】だろう。

魔法もできるだなんて聞いてない。が、防ぐしかない。もう一度、【ホムスビ】を放ち、相殺する。

そのまま、足を踏み込み、ロンギヌスを投擲した。

が、

 

【猛反撃】

「がッ!?」

 

ロンギヌスが当たった瞬間に、大きな腕で薙ぎ払ってきた。

巨体に見合わないスピードで瞬時に振り回されたそれを避けれるはずもなく、吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。

ビルに叩きつけられ、血しぶきにならなかっただけマシだが、しばらくは起き上がれない程のダメージを受けてしまい痛みに呻くほかない。

幸い、チロンヌプの【警戒のフホホイ】のおかげなのかどこかの骨が折れているということはなく、強烈な打ち身のような衝撃が襲ってきただけなので戦闘は続行できる程度だがすぐには起き上がれない。

要するに、ダウン状態になってしまった。

 

「お兄ちゃん! ……お願い、来て…っ!」

 

こちらを焦るように見た奏子は、祈るように目を閉じる。

それでも、何も起きない。

 

「なんで、どうして…ッ! 私じゃ、駄目なの!?」

 

何をしようとしているのか、察しはつく。恐らく、ペルソナを召喚しようとしているのだろう。

そんな無茶はさせられない。異界といえども、奏子たちが楽にペルソナを召喚できるとは限らない。ひどく疲れてしまったり、いつも以上に気力を吸い取られる可能性だってあるのだ。

止めようと口を開くも、出るのは呻き声ばかり。

アバドンがその隙を見計らって俺を叩き潰そうと腕を振り上げる。

 

「やだ、ヤダよ…! もう、“死なせたくない”!」

「うん。僕らはもう、"死なせたくない"」

 

そんな声とともにガラスの割れる音が聞こえた。

青い光がふたりを包み、自分の眼前に振り下ろされようとしていた腕が静止する。

腕を、なにかが抑えているのだ。

 

「お願い、“シヴァ”!」

「やれ、“ヴィシュヌ”!」

 

青肌の破壊神と魔神がその姿を現したのだ。それも、最近手に入れたという、姿違いのそれらだ。

白黒の二柱はそれぞれ持っている武器でアバドンの腕を引き裂き、そして消える。

 

「────────────!!!!」

 

悲鳴ともつかない声を上げて、アバドンが大きく怯んだ。

そして、切断された腕の断面から血の代わりに赤い粒子をばらまきながら先端の無くなった腕を天高く持ち上げた。

それを見てようやく、痛みが引いて起き上がることができた。

 

「大丈夫?」

「大丈夫。まだやれる」

 

心配そうにこちらを見つめてくる奏子にそう返事をする。

幸い、一撃を食らったとはいえまだ余裕がある。

奏子と湊がペルソナを召喚できるようになり、相手は反撃系のスキルを持っているということが分かっただけでも十分だ。

 

「オオオオオオオ!」

 

無機質に、またアバドンが叫ぶ。

その瞬間、周囲からアバドンへと力のようなものが吸収され、赤いオーラを纏う。

 

「ヤバい、アイツ、マガツヒを吸収しやがった! どでかいのが来るぞ!」

 

チロンヌプが警戒する。

どでかいの、と言われて想像もつかないが、当たれば即死圏内なのは確実だろう。

近くにはもう、止められそうな大きなビルは無く、逃げるにしてももう遅い。

ここまで来て終わりか、と冷汗が流れる。予想していなかったわけではないが、そこまで追いつめていたとも思わなかった。

せめて、チロンヌプや奏子と湊だけでも守らないと。自分は最悪、死ななければどうでもいい。

そうして焦る視界の端に、小さな蛇が見えた。

 

「おじいさま…ッ!」

『わかっておる。今のわしらは一蓮托生。協力してやらんこともない』

 

必死に呼びかければ、不服そうにそれは頷いた。

倉橋翁(おじいさま)からすれば、利点は何もない。けれど、あれだけ頑なでこちらを敵対視していたというのにこうして呼びかけに答えてくれるというのは、多少何かが変わったということなのではないだろうか。

少しだけ、良い方向に。

 

「──召喚!」

 

轟音。

黒いマグネタイトと共に現れた8つの首がぎりぎりと締め上げながらその巨体を抑え込む。

ビルを飲み込むほどに大きなアバドンと同等の巨体を持つ、蛇頭黄幡神がぶつかり合うさまはまるで怪獣大決戦だ。

 

「あれって…あのおじいさんの変身してた…」

「フシュルルルル…」

「今だ!」

 

アバドンは大きく抑え込まれ、その動きを止めていた。

 

「来て!」【ターンダヴァ】

「来い!」【ニルヴァーナ】

 

奏子と湊のペルソナである、シヴァ・マハーデーヴァとヴィシュヌ・マドゥースダナがそれぞれの技を放つ。

片や、万魔の攻撃。片や、光の柱で攻撃されたアバドンはまたしても大きく怯んで態勢を崩した。

蛇頭黄幡神はその瞬間を逃さず、アバドンは食い散らかされて地に伏せるように消滅した。

 

「……」

 

沈黙。

蛇頭黄幡神は空気に溶けるようにしてその姿を消し、そのまま静かになった。

残ったのは大量のマグネタイトと静寂だけだ。

それを、必要な分だけ貰う。大量に貰っても使い道がないどころか、より人から離れてしまう可能性を考えるとあまり良くない。

 

マグネタイトは必要な分を得てなお、有り余っていた。

あの大きさの悪魔ならば、確かにこれくらい必要だろうな、という感想が出てくる。

人間界へと出てこられた場合の被害も想像したくない。ビルを丸々飲み込めるほどの大きさの悪魔だ。下手をすれば街ひとつを飲み込んだかもしれない。

そんな嫌な想像をしていれば、わらわらとジャックフロストやピクシーといった隠れていた悪魔が出てきた。

あっというまにどんちゃん騒ぎとなり、担ぎあげられる。

そして、一番高い瓦礫の上に湊と奏子ともども乗せられ、こう告げられた。

 

「魔王様、万歳! ニンゲン万歳!」

「え??????」

 

困ってチロンヌプを見やると、腹を抱えて笑っている。

 

「わはは! 魔王様、だってよ! 良かったじゃねえか!」

「良くないよ!?」

 

全く良くない。

恐らく、先程の戦いを彼らは影から見ていたのだろう。そうでなければ、こんな担ぎあげられ方はしないはずだ。

 

「オイラ、人間界に行ったらニンゲンを守れるヒーローになりたいホ!」

「そうね、守ってもらったんだから私たちだって恩返ししなくちゃ!」

 

そんな会話を聞きながら、意識が遠のいていく。

ふ、と浮かぶ感覚がし、気が付いたときには三人で元いた道の真ん中に立っていた。

 

「あ…」

 

ジャボの姿はない。

だが、帰ってこれたのだという安堵が胸を満たす。

それと同時にチロンヌプにお礼を言うのを忘れていたことを思い出す。

 

「…チロンヌプにお礼、言いそびれたな…」

「そうだね…」

「うん…」

 

三人で、心残りを引きずりながら帰路へ着く。

そしてそのまま重い足取りで三上家へと帰り、リビングのドアを開けた。

 

「よぉ、遅かったな!」

「え?」

 

そこには、小さな狐面のプリティーな姿が何の違和感も無しに昼食の食卓に座っていた。

 

「え、ちょ、チロンヌプ!?」

 

奏子が混乱したように食卓にちょこんと座ってもぐもぐと唐揚げを摘まんでいるチロンヌプを見る。

平然とそこにいるチロンヌプはさも最初からそこにいましたよと言わんばかりに昼食の光景に馴染んでいた。

 

「あら、この子、チロンヌプちゃんっていうのね。お腹を空かせてたみたいだからお昼どう? って言ったのよ」

 

嬉しそうに笑いながら養母(かあ)さんがそう言う。

と、いうより養母さんがそんなことを言っているという衝撃で流しそうになったが、悪魔は普通の人には見えないはずだ。

モコイさんが湊達に見えなかったのと同じで。だというのに、養母さんは自分たちが話しかける前からチロンヌプを認識し、こうして意思疎通をはかれているというのはどういうことなのだろうか。

 

「決めたぜ。オイラ、MAG(マグネタイト)が続く間はここのペットになる! コャンコャン!」

「えぇ…?」

 

困惑と共に養母さんを見れば、ずっとニコニコと笑っている。

虚しい別れが無かったのは良かったが、これで良かったんだろうかという疑問もわいてくる。

だが、チロンヌプはむやみやたらと人を襲うタイプではないだろうし、ペットになると言っているくらいだから可愛がられるつもりでここにいるのだろう。

完全に、養母さんに胃袋を掴まれてしまっている状況だ。

というか、道案内は良いのだろうか。

そんな疑問を残しつつ、微妙な空気で昼食をとり、巌戸台へと帰るのだった。

 

 

──Rank UP!

 

XⅪ “原型(アーキタイプ)

 

三上優希 Rank7→Rank8

 

“原型”のペルソナを生み出す力が増幅された!

 

 

「付き合っていたハム子の前で優希がニュクス教の男に刺されて死んだ」分岐の短編は

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