1/15(金)
夕方
巌戸台分寮 アイギスの部屋
「えっと、三人と山岸に来てもらったのは他でもない、三人を強化しようと思って。メティスとの約束もあったしね」
少々広いアイギスの部屋に、5人ですし詰め状態になっているが仕方ない。
何をしに集まっているのかというと、先日手に入れたマグネタイトと実は前々から頼んでいた桐条からの支援で用意したパーツをぱぱっとアイギス、ラビリス、メティスの三人に組み込んでしまおうという算段なのだ。
「強化って…どうなるん?」
不安げにラビリスが聞いてくる。そりゃそうだろう、今から自分の身体を弄られるのだから。
「端的に言えば、ラビリスとアイギス、メティスには最新式のオルギアが搭載されて、みんな…よりニンゲンの見た目に近くなる…かな? あとラビリスは飲食が可能になる」
「え…?」
困惑するような、呆けるようなアイギスの声が響く。
強化されることにか、それとも見た目が人間に近くなることへか。困惑がそのどちらかへ向けられたものかはまだわからない。
「ただ、完全にニンゲンと同じになるわけじゃない。あくまで、見た目だけ。ケガを負えばマグネタイトが残っている分はその見た目を保てると思う。けれど、マグネタイトが尽きればまた機械の見た目に戻る。一時的なものだよ」
それでも、無いよりかはマシだろうということでメティスと相談し、この間やっとのことで奏子と湊、チロンヌプと共にアバドンを倒してマグネタイトを得たというわけだ。
要するに、受肉させるわけである。中身は変わらない表面上の受肉。
表面上なので中身は機械のままだし、ラビリスのロケットパンチやアイギスの指の銃が消えるということはない。
しかも、切り替え式にするので日常生活はマグネタイトを活性化させ、人間と同じ見た目で活動し、戦闘中は元の姿で活動するということもできる。
幻惑機能と何が違うの? と言われると困るところがあるが、少なくとも触り心地は改善されるだろう。
カチカチのアイギス膝枕を奏子と湊が堪能することは無くなるというわけだ。
「姉さんたちに黙って勝手に決めてしまったことは謝ります。でも、わたしだって姉さんたちにもっと人として生活してほしくて…」
メティスがそう言う。
今だと随分慣れたにしろ、アイギスはともかくラビリスはまだ学校へと通えていない。
見た目がアイギスやメティスに比べ、機械らしい部分が多いというのもあるのだろう。
随分と遅くなってしまったが、決戦を前に控えて、これだけはやっておかなければならないと思っていたのだ。
「せやけど…うーん…」
ラビリスが言葉に詰まる様に困った顔をする。
彼女も複雑なのだろう。「はい、ありがとうございます」だなんてわけのわからないことをされる手前、言えるわけがない。
「傲慢かもしれないけど、俺もラビリスやアイギス、メティスたちに自分は機械という負い目を無くしてほしいんだ。……持ってなかったらぶん殴ってもらっても構わない」
「そんなこと! しない、けど…でも、大丈夫なんですか?」
アイギスが叫ぶ。
不安は山盛りだろう。そりゃそうだ。オルギアの強化はともかく、マグネタイトなどという未知の物質を身体に纏わせます、だなんて言われて困惑しないわけがない。
「危険性はない、とだけ」
悪魔のように飢えてマグネタイトを欲することはない。あくまで、補助機能の一部だからだ。
ただ、スイッチのように切り替わり、幻惑機能のように一瞬で変えることが出来るためさほど難しいわけではない。
幻惑機能と違うのは自分も騙す必要はない、ということだ。ラビリスに搭載されていた幻惑機能は、ラビリスの精神衛生も考え、ラビリス自身も騙すように作られていた。
だが、それでは意味がない。触ったり戦ったりしたら切れてしまう幻惑機能はそう気づいてしまった時のショックも図り無いからだ。ただ、今の自身を直視できているラビリス達にその心配が必要なのかと言われると何とも言えないが。
要するに、主に自分の自己満足というわけだ。やるのなら、本気で彼女らを受肉させることも可能だったかもしれない。
だが、そこまで踏ん切りがつかなかった情けない自分の最大限の譲歩の形だ。
「できるのなら、ニンゲンにしてあげたかった。けれど、決戦を前に控えていて戦力の低下も防ぎたかった。我が儘で、ごめん」
「そんな…!」
頭を下げる。
出来ることなら人間にしてあげたかったというのは本心だ。だが、彼女たちの機械であるというアイデンティティを捨てさせたくなかったのもまたひとつ。
どこまで行っても、自分の我が儘で言い訳だ。
だから、こんな中途半端な形でおさまることになった。
「頭を上げて! 別に、わたし、怒ってませんから…」
「怒るとか怒らないとかじゃなくて…」
「もうええから、はよやらん? な?」
言い合いに発展しそうになった自分とアイギスを、ラビリスが止める。
ラビリスはこのもだもだと続きそうな争いをどうやら好まないらしい。確かに、誰だってそうだ。
自分もそうなのだから。
「じゃあ、ひとりずつこの機械の中に入って…」
山岸が説明する。
そうして、時間が過ぎていった。
夜
ラウンジ
「でよ~…ん?」
それに一番最初に気が付いたのは順平だった。
アイギスたち三姉妹がラウンジに降りてきたその時。奇妙な違和感といえばいいのか、些細な違和感に気が付いたのだ。
「な、湊。なんかアイちゃんたち雰囲気違うくね?」
「…?」
湊は順平に言われ、見る。
確かに、どことなく雰囲気が柔らかくなったような──否、違う。なんとなく、艶めかしくなっていることに気が付いた。
前まであった良くも悪くも機械らしい雰囲気が消え、丸く、優しくなっている。
より、人に近くなったような感じがするのだ。
「あ、湊くん。うちら、ちょ~っと変わってんで? どう? わかる?」
視線に気が付いたラビリスが笑いながらアイギスとメティスを連れて湊の前までやってくる。
それを、湊は上から下まで全部ぐるりと見渡した。
「…ふともも」
「まず気がつくのがそこ!?」
まず、目についたのは太腿が人間のそれと同じようになっている、ということだった。
そして、手も。
学生服や私服の上から見てわかるように、シルエットが機械のそれから明確に人間のものへと変わっていたのだ。
「え、え!? どーいう手品だよ!? マジ人間じゃん!?」
「それが…」
アイギスの口から語られたのは、夕方に優希が説明したこととまったく同じことだった。
「まぐね…? えっと、よくわかんねーけど…とにかく三上センパイがなんかしてそうなったってことか。んで、戦う時はいつもの姿に戻る、てな具合か」
ほへー、と感心するように順平が腕組みしながら頷く。
横にいる湊も、原理はよくわからなかったが兄が何かした、くらいの理解はした。
それが悪いことではなかったことだけが安堵できる要素だ。
「それで…その、湊さん。どう、でしょうか?」
正月の着物の時と似た、しかし明確に血の気の通い、柔らかく赤らんだ表情のそれは新鮮なもので。
「可愛い…」
つい、そんな言葉を漏らしてしまう。
瞬間、それを聞き入れたラビリスとメティスが「やった!」とアイギスを抱きしめ、朗らかに笑った。
もう、人間と区別はつかない。誰も彼女らを機械だとは思わないだろう。
別に、湊は機械の彼女たちが劣っているとも、人間が勝っているとも思わない。
機械なら、機械のままでも平気だし、湊は特に頓着というものを持ってはいない。
好きだから、好き。愛しているから、愛す。見た目も含むかもしれないが、基本的に湊が惹かれるのはその精神性だ。
だが、それとこれは話が別であった。
1月25日(月)
夜
ラウンジ
朔間くん──ヒュプノスが教えてくれた“約束の日”まであと6日になった。
自分たちのセンター試験や二年の進路相談も済み、やれることはやった。後はもう、決戦を待つほかない。
「今日って…もう、"最後の月曜日"なんだよね」
不意に、コロマルを撫でていた山岸がそう呟いた。
「もし、戦いに勝てなかったら、来週の月曜日は、もう…」
不安そうに、そう告げる。
気持ちはわかる。失敗すれば世界は滅び、今のこの世界は無かったことになってしまう。
その不安から、プレッシャーを感じても仕方のないことだ。
だが、
「大丈夫です」
アイギスがその不安を払拭するようにしっかりとした口調で言う。
「え…アイギス…?」
「必ず勝てます。…勝つしかないんです」
「アイギス…うん。必ず勝とうね」
はっきりと、そう告げたアイギスに岳羽が頷く。
不安はあるが、皆、大丈夫そうだ。
「あ、じゃあさ。約束しない?」
「約束?」
不意に、奏子が立ち上がってそう言う。
奏子も不安だろうに、それを感じさせない気丈さで。
「お兄ちゃんも、私も湊も。皆誰も欠けることなく、卒業式の日を迎えるの。ニャル何とかもその日が“ゲーム”の勝敗が決まる日だって言ってたから、逆に大勝利の日にしちゃわない?」
「いいね、それ」
ニヤリ、と湊が不敵に笑う。
約束。守れる、のだろうか。実際のところ、決定打は見つかっていない。
完全に男神たるシュブ=ニグラスとなり、女神たるシュブ=ニグラスと相打ちとなる形でぶつかり合うか、終わらない時間の中に閉じ込めるか。
その二択しか浮かんでいない。
そうやって、眉を顰めていると、天田くんが顔を覗き込んできた。
「……難しい、ですか?」
「……はっきり、言えば。でも、約束をすることは悪くない。どうせ、勝って影時間が消えてしまえば影時間にまつわる記憶は消える。けど、シャドウやペルソナが消えるわけじゃない。それを思い出すトリガーを用意しておくというのはいいことかもね」
「そういうことじゃなくてっ!」
奏子が駄々をこねるように叫ぶ。
どういう、ことなのか。そう言う意味で奏子は約束をとりつけたんじゃないのか。
「馬鹿か、てめえ。奏子はそう言う意味で言ったんじゃねえよ。テメエにも生きてほしくて言ってんだ」
「……」
荒垣くんにそう言われ、黙り込むほかなくなる。
「というか、初耳…なんですけど、その情報」
「あれ、言ってなかったっけ」
そう岳羽に言われたが、どうも、記憶が曖昧だ。それもそうだろう。ここまで来るのが珍しかったのだから、説明したとかしていないとか、聞いたとか聞いていないとかを覚えているはずがない。
「それもあって、タカヤ達は影時間が消えることを恐れていた。きっと、今も恐れているのかもしれない。それでも、味方──というか、敵対はしないでくれているけどね」
恐れている理由は、“仕事”が出来なくなるからかもしれないが、朝倉医院に入り浸っている今、それはあまり関係ないだろう。そもそも、お金を稼ぐ目的で復讐代行などというものをしていただけであって、お金があればしなくていいのだから。
「影時間に関する記憶が一時的にでも消えるというのが本当なら、余計に“約束”はしていないとな」
「ワン!」
コロマルが真田くんの言葉に反応するように声を上げる。
そこへ、割り込むように伊織がぬっと顔を出してきた。
「じゃあさ、ついでにぱーっと打ち上げとかどうすか! 特別課外活動部、大勝利&センパイがた卒業おめでとうございますって具合でサ!」
「今のうちに寿司の予約。僕、マグロかな。あと荒垣先輩の料理」
伊織のその言葉に、湊が手をあげる。
それに続くようにアイギスも立ち上がり、宣言する。
「ではわたしはマグロ、サーモン、たまご、エンガワ…」
「あ、じゃあウチはタコ! 前から食べてみたいと思ってたんよ~!」
「姉さんたちはそうするんですね。なら、わたしはいくらがいいです」
「ふふっ、良いだろう、予約しておくよ」
「しゃーねーな。他のやつらは何食いてえ?」
笑う美鶴さんに、仕方がないといった様子の荒垣くん。
場の空気が和む。皆、少なからず緊張していたのだろう。
まだ勝ったわけではないが最後の大型シャドウを倒した後のようなやりとりに微笑ましく思っていると、奏子がこちらを向いて口を開いた。
「お兄ちゃん。きっと、なんとかなるよ。大丈夫。だって、その為にこれまで頑張って来たんだもん。私は──ううん。私たちはお兄ちゃんとの“絆”を信じてる」
「奏子…」
まっすぐな目で見つめられ、思わず逸らしそうになるも、動かない。
いま、ここで動いてはいけないと思ってしまう。
たとえ、不安な心を見透かされていたとしても、それでも奏子は否定するようなことを言わない。
ならば、その目を逸らしてはならないとなにかが呼びかけるのだ。
「…そうだな。俺も、皆との絆を信じてる」
それだけは、嘘偽りない想いだ。
ずっと独りだった。そう、思い込んでいた。けれど皆はこうして力になろうとしてくれている。
仲間だと、言ってくれている。ならば、それに応えなくてはならない。
ひとりで戦うんじゃない。皆で、乗り越えなくてはならないのだ。
そこをはき違えてはいけない。
たとえ最後まで別の方法が見つからないとしても、足掻き続けることに意味があると思うから。
──Rank UP!
XⅪ “
三上優希 Rank8→Rank9
“原型”のペルソナを生み出す力が増幅された!
満月まで、あと6日
「付き合っていたハム子の前で優希がニュクス教の男に刺されて死んだ」分岐の短編は
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