6/23(火) 放課後
今日は珍しくどこにも寄るつもりがなかったのでまっすぐ帰ろうと、駅までの道を歩いていた時の事だった。
不意に、ポケットが熱くなる。
「あつっ…」
まさぐり、熱源を取り出すとそれはイゴールから渡されたメノラーだった。
掌に収まるサイズのその先端に灯った炎が風に吹かれたようにゆらゆらと揺れている。
今までは穏やかに燃えていただけだというのに。
瞬間、誰かに見られている感覚がした。
…とてつもなく恐ろしい何かの気配がする。
>ここに、とどまりますか?
誰かにそう問われている気がする。
とどまってはいけないと思うも、手に持ったメノラーが火傷しそうなほどに熱くなり、その炎を激しく燃え上がらせた。
つまりこれは、
>本当に、とどまりますか?
足が縫い付けられたように動かない。
拒否権や逃亡する権利は無いらしい。頭の中に響く声は疑問形であるのに答えを聞いてはくれていなかった。
「Yes」or「はい」の選択肢しかない。仕方なく、小さく頷く。
すると、間髪入れずに足元に穴が開いて何の抵抗もなく落ちてしまった。
モコイさんを抱きしめている暇はなく、思わず目をつぶる。少しの浮遊感とバチリと静電気のような音が。
「………………………あれ?」
しかし、想像していたはずの痛みはやってこなかった。
落ちたら絶対に体のどこかを打つだろうと考えていたのにその痛みは無い。しかも、浮遊感すら感じない。地に足つけて立ってすらいるように感じる。
目をゆっくり開く。
赤い雲。
嵐のように荒れて黄色がかった緑の空。
落雷。
そして草一本生えていない一面の荒野の真ん中に自分は立っていた。先ほどまで街中にいたというのに。
荷物は手に持っておらず、その代わり勝手に長剣が握らされていた。
「ココ、どこなんスかね…」
無事らしいモコイさんが肩から降りて見回す。
モコイさんが悪魔の巣だと言わないという事はそれとはまた別の空間なのだろうか。
しかしマーガレットや他の兄妹である『力を司る者たち』が待ち構えていそうな場所ではない。
ピリピリとした刺すような空気が漂うこの場所は、濃厚な死の気配が漂っていた。
「…わからない。ただ、普通じゃないことだけは確かだ」
身構える。
武器も持たされたあげく身一つプラスモコイさんという組み合わせに、何が来るかわからないため警戒を緩めることが出来ない。
ヒヒィーン!
馬の
聞こえたのは、真上。
反射的に一歩下がり、顔を上げる。
また嘶きを上げながら垂直落下してきた馬は白く、そして体中に目が大量についていた。
一度地面を蹴り空へと躍り出たその馬の上には、王冠を被り弓を手に持った黒いローブを纏う骸骨が。
「オマエがメノラーを持ちしヒトの子か! すべてはメノラーの導き…我々の試練を越えられなければ死、あるのみよ!」
見た目に寄らず随分とハイテンションな骸骨らしい。
正直思っていたのと違う。なんかこう、イメージではおどろおどろしい感じで話しかけてくるものだと勝手に思っていた。
でも快活な感じで爽やかさすら感じるのはどうなんだろうか。
「オマエ、なにか失礼なことを考えていたな! …まあいい! 俺は魔人 ホワイトライダー! 勝利を約束された白き騎士よ! どうだ、かっこいいだろう!?」
「あ、はい、かっこいいと思います」
「フハハハハハ! そうだろうそうだろう! では、存分に我ら
骸骨──ホワイトライダーは殺気を
こちらも剣と召喚器を構え臨戦態勢をとる。
「なんなんスか!? ままま、魔人ってやべーヤツだよチミ! でも、チミが戦うならモコイさんも頑張っちゃうヨ!」
ぶるぶると震えながらだがモコイさんもブーメランを構えた。
それを見たホワイトライダーは満足そうにモコイさんへ向けて弓に矢をつがえる。その矢に、光が集まった。
「…っ!!」
…冷や汗がぶわりと吹き出てとっさにペルソナをポベートールに変えてモコイさんの前に踊り出てから召喚器をこめかみに当て手引金を引く。
瞬間、凄まじい威力の光の矢が弓から放たれた。
ガキィイン!
放たれた光の矢は、ポベートールに反射されて霧散した。
ポベートールの耐性は『物理属性全てを吸収』と『呪殺と破魔を反射』だ。となるとこれは物理攻撃ではなく破魔属性の攻撃だろう。
「なるほど、この俺の
“必殺”という単語に冷や汗が出る。これを受け切れていなかったらモコイさんは即死していた可能性が高い。そんなこと、させるわけがない。させていいわけがない。
悪魔だろうとモコイさんはもう自分の大切な存在だ。死んだものは元に戻らない。だから、失うわけにはいかない。
ギラリと、ホワイトライダーの空洞の眼孔から光が漏れた。
【龍の眼光】
「ハッハー!」【死天召喚】
心底楽しそうにそう叫んだホワイトライダーの両脇に青い半透明のゼリーのような体を持つ天使 ヴァーチャーが現れる。現れたヴァーチャーはそのままこちらに手をかざしてきた。
【ラクンダ】
一瞬青い光に包まれ、身体がすくむ。防御力を下げられたらしいことに気が付いて舌打ちする。
「あ、させないスよ! 【デクンダ】!」
「モコイさん、その魔法いつのまに…!」
「へっへ、オトナの秘密っス!」
覚えていなかったはずの魔法を使うモコイさんに驚きながらも召喚器の引金を引く。
「モルぺウス!」【チャージ】
力を貯める。
そしてそのままモルぺウスが大きく両腕を開いた。
【大殺界】
空間ごと斬るかのようにヴァーチャーとホワイトライダーに斬撃を浴びせる。
呼び出されてすぐのヴァーチャーはその一撃で消え失せ、ホワイトライダーはすこしのけぞった。
「いいぞ! その一撃、骨の髄まで響いたぞ!!! だが、オマエたちはこれを耐えきれるか!?」
ホワイトライダーが手を上げると上空に熱が集まる。
その熱と魔力はアギダインの比ではない。これは──
「!!!」
【プロミネンス】
「ぁあああ!!!」
手が振り下ろされた瞬間、正しく太陽と形容されるような熱と炎が襲い掛かる。
衝撃で立つこともままならない。肺の中の空気が一気に吐き出された。
「ぐ…ぅ…!」
「ぅう…」
地面に倒れ伏すも顔を上げてホワイトライダーを睨み付ける。
鼻に制服が焦げたような匂いがつく。
「ふっ…ぅ…ぐ…」
なんとか立ち上がり、召喚器の引金を引く。
「ポベートール!」【メディラマ】
枕を抱えた獏がくるりと一回転し自分と倒れたままのモコイさんの傷を癒す。ポベートールは補助と回復に特化したペルソナになっているのでホワイトライダーの攻撃を
だが、死なないことが大事なのではなく相手を倒さないと終わらない戦いなのでポベートールで受け続けるという事は無理に等しい。相手に戦意の喪失は見込めず、いずれ気力が尽きてしまう。
そうなれば終わりだ。
「これも耐えたか!では、これはどうだ!」
心底楽しそうにホワイトライダーは魔力を練る。
先ほどのプロミネンスとは違い、それは純粋な魔力の塊から生み出される強大な攻撃だということがはっきりわかる。
「モコイさん!」
「ウィ!」
「さあ、ヒトの子よ! 名残惜しいがこれで終わりにしようではないか!」
──そしてそれは放たれた。
【メギドラオン】
爆発。
強大な魔力がうねり、紫の炎の爆発を起こす。辺り一帯が更地になるようなその攻撃は地面をえぐり、破片と土煙を飛ばす。
土煙が晴れた後、そこにはボロボロの優希だけが倒れていた。
仲魔と思われるモコイは死んで消滅したのだろう。
「…まだ死んではいないようだが、倒れたか。面白いヒトの子であったが所詮はこの程度か…」
ホワイトライダーは落胆する。
全力の攻撃を耐えきり、向かってくるかと思えばこの程度などとは思わなかった。と。
止めを刺すべく矢をつがえ、狙いを定める。もう動くことが出来ないただの的に死を与えることは造作もない。
ぴくりと、倒れ伏したヒトの子の手が動いたような気がした。
「油断大敵アメアラレっスよ!」【挑発】
「──!?」
後ろを振り向く。目と鼻の先にブーメランを構えたモコイが跳びかかってきていた。
死んだはずでは、と思う間もなく咄嗟につがえていた矢をモコイの方ヘ向け、放った。
【ゴッドアロー】
その光の矢が当たる瞬間、今度はモコイの前に枕を持った獏のような
あれは、ヒトの子の──
「今だネ!」
「おおおおおお!!!」
ホワイトライダーがそう察した瞬間、モコイの声と共に聞こえる別の雄たけび。
顔を正面に戻せば剣を振り上げたヒトの子の姿が。
モコイに気を取られ、至近距離まで迫られたいたことに気が付かなかったホワイトライダーはその一撃をまともに受ける。
振り下ろされた刃が
「ふ、はは、ははは! そう来たか! 見事なり! ヒトの子よ!」
そのままふらつき、崩れるように落馬した後ホワイトライダーは愛馬ともども消え去った。
「…終わった…のか…?」
「チミ、それはフラグっていうんだネ…」
ホワイトライダーが消えた後、力が抜けて地面にへたり込む。
最大威力の『メギドラオン』が来たときは死を覚悟したがポベートールのスキル『食いしばり』が発動してギリギリ耐えることが出来て本当によかったと思う。
ぶつかる瞬間に宝玉を持たせたモコイさんを範囲外に投げ飛ばして囮をしてもらったのが上手くいったのも功を奏した。
これがシャドウとかなら上手くいかなかっただろうと思うのである程度人間よりの思考能力のある悪魔という存在で助かった。
ヒヒィイイン!
「フハハハハハ!」
と、安心していたら高笑いと馬の嘶きが聞こえ、目の前に青い稲光と共にホワイトライダーが現れた。
「ヒトの子とその仲魔よ!!! 先ほどの機転、驚いたぞ! 」
「ウワー! チミがあんなこと言ったから復活したじゃないスか!」
「モコイさんごめん!」
思わず抱き合ってお化けでも見たような反応をする。
というか実質倒したのにまた出てきたのでお化けで間違いないと思う。流石にもう一戦は勘弁してほしい。消耗もしているし二度もせこい手を使って勝てる相手とは思わない。
「まあそう構えるな! 確かに俺は一度死んだのだからもう死合うつもりはない! 出来ればもう一戦欲しいが…な?」
「な?」じゃない。
なにが「な?」なんだろうか。勘弁してくれ。
「魔人ってヤべーっスね」
モコイさんの言葉に頷く。
一回殺されてももう一回やりたいとかとんでもない。自分は目的の為に死んでもやり直してチャレンジとかしているがホワイトライダーのそれは戦闘狂のそれだ。
「そうか! 褒め言葉として受け取っておこう! しかし俺は勝者に与えるものを忘れていたのでな! 戻ってきた次第だ!」
「要らないです」
絶対ロクなものじゃない。
即答でノーサンキューしておく。
「まあそう言うな! オマエにとっても必要なものだろう! 受け取れ!」
なんでだ。
断ったのに押し付けられてしまうことになるらしい。とは言ったものの何かを差し出されたわけではなく。
「…?」
首を傾げる。
こちらの不思議そうな様子にホワイトライダーが高笑いした。
「フハハハ! まだ実感はないだろうが資格あるオマエには俺の分霊を降ろしておいた! どうだ! 死と戦争の足音がいまにも聞こえては来ないか!?」
「いや、無いかな…」
「そうか…」
特に足音とかは聞こえてこないのでバッサリ切ると落ち込むホワイトライダー。
さっきまで殺し合いをしていたのにこんなにしょんぼりされては可哀想になってきた。
が、本当に特に実感はないので降ろしたという言葉を信じるなら、ペルソナを貰ったということでいいのだろうか。
「如何にも! 我ら悪魔はヒトの認知によって変わる存在! 即ち心の海から生まれたペルソナとやらとも規模が違いながらもまた同じ存在ともいえよう!」
なので、『神霊としての格を落としてヒトが扱えることのできるペルソナとして降魔させた』というのがホワイトライダーの主張なので自分の考えは間違っては無いのだろう。
「ヒトの子よ、勝利をもたらす終末の白き騎士の力、上手く使うと良い! では、さらばだ!」
視界が白に染まる。
気が付けば、メノラーが熱くなった道の同じ場所に戦う前と同じ状態で立っていた。
「マボロシ…だったんスかね…」
「いや…」
モコイさんの言葉を首を横に振って否定する。
メノラーはもうその熱を失ってしまったが自分の中で確かに今までとは違うペルソナがひとり、息づいている気がしたからだ。