目を開けば一面の青。
「“第一の試練”を乗り越えたようね」
「ん…」
ぼんやりと、聞き慣れない声に軽く返事をした。
「あら、まだ寝ぼけているのかしら。ここは寝る場所ではないわよ?」
「!?」
半分意識がまどろんでいるところにくい、と顎を上げられ、そこでようやく意識がはっきりとする。
ガラスで包まれたこの青い部屋はベルベットルームだ。そして目の前にはマーガレットが。
そう言えば、『試練』を乗り越えたらまた呼ぶと言われていたような気がする。とそこでやっと思い出す。
「起きたわね…まったく、世話の焼けるお客様だこと」
心底、呆れたと言わんばかりにため息をつきながらイゴールの隣に戻ったマーガレットはペルソナ全書と思われる分厚い書物をめくる。
「貴方様は“第一の試練”を越え、無事にその力の一端を手に入れた…大変喜ばしいことです。我が主も喜んでらっしゃることでしょうな」
「そうですか…」
主が喜んでいると言われてもイゴールの主人とか知らないので反応に困る。
というかその主、こんな試練(という名の悪魔とのガチンコの殺し合い)を用意したうえで喜んでるとかかなり性格が悪いのでは?
絶対性格が合わないと思うので会いたくない。
「それは黙示録に示される『死神』の力。…けれど、それは貴方にとって呼び水に過ぎないわ。どう使うか、生かすも殺すも貴方次第よ。うまく利用して頂戴」
マーガレットが示したのは『死神』のタロットカード。
青い光に包まれて現れたそれをまたペルソナ全書で挟むとマーガレットは更に続けた。
「あのお方から示された試練は残り三つ。次は一か月後…と言ったところね」
「それではまた、お客人が次の試練を乗り越えたときに相まみえましょうぞ…」
短い会話の中で具体的な数字が示された。
試練は残り三つ。次回は一か月後。
たかが三回といえども、大型シャドウのようなスパンで大型シャドウよりもめんどくさい敵を自分とモコイさんだけで相手にしないといけないと考えると、些か厳しいものがある。
今回のような不意打ちやズルは効かない可能性が高いからだ。今回は、本当に運が良かっただけに過ぎない。
(もっと強くならないと…)
そう決意しながら意識は再び闇の中へと落ちていった。
6/25(木) 放課後
今日はモコイさんと2人で帰りつつ、喉が渇いたので缶ジュースを自販機で買って歩きながら飲んでいた。
今日は本当に暑い。病気のこともあるため長袖登校が許されていて直射日光が当たらなくても暑いものは暑い。それこそ、頭がくらくらしそうになる。本当に六月なのかという暑さだ。
「やっぱりナギサや! お前、生きとったんか!?」
そんな声と共に突然腕を引かれ、脇道に引っ張られる。
思わず横を向けば、青い髪とメガネ。ついでに半裸。
どこかで見た事のある二人組だ。見間違いであることを願いたいし幻覚ではないのだろうか。
「ほら、タカヤ、この顔どー見てもナギサやろ! 見間違いあらへん!」
「ええ、そのようですねジン。さあナギサ、行きましょう」
ストレガのジンとタカヤだ。聞き間違いでも見間違いでも幻覚でもなかった。
ぐいぐいと腕を引っ張られるが自分を誰かと勘違いしているらしいようでとても困る。
思わず腕を振り払い、叫ぶ。
「ひ、人違いじゃないんですかね!? というか誰ですか!? いきなり何なんですか!?」
軽くパニックになって思わずどもってしまったがその意志を伝える。このままいけば誘拐だよ誘拐!しかも人違いという。
後半は本当に白々しくてごめんと謝るしかない。君たちストレガの事は(まあまあ)知ってますでも無理なんですごめんなさい。
というかナギサって誰だ。知らないぞそんな人。ついでに湊と奏子もいるし既に特別課外活動部所属なので今からストレガの仲間入りするというのも無理な話で。
どう考えても彼らについていくことはできない。
人違いだという事を聞いた彼ら──というよりジンがタカヤの方を向いて顔を見合わせる。
「これって…ナギサは記憶を失っとるんじゃ…」
「そのようですね…ナギサ、私はタカヤ。そして横の彼はジンです。幼いころ、貴方と共にあの地獄を耐え抜いた仲ですよ」
「いや…すみません…ホントにわかんないんです…人違いだと思います…」
知らない。
マジで知らない。俺と
顔は知らないけれど自分によく似た顔らしいナギサ君に心の中で手を合わせることしかできない。
「こらあかんわ…ナギサ、ホンマに覚えとらんのか? あん中でひとり自然覚醒したにもかかわらず、わしら人工ペルソナ使いを一番気にかけてくれとったんはお前やないか! わしはよう覚えとる…お前が、タカヤのペルソナに自分のペルソナの名前をあげたときかて…わしらを庇ってクソッタレの塔から落ちて居なくなった時のことかて…ついさっきのことみたいに思い出せる! せや、もう計画は凍結されたしチドリも生きてて一緒におるんや…! 記憶が無いくらいかまへん! 帰ってきてくれや…ナギサ…」
こちらの両肩を掴んで縋るようにまくし立てたジンが可哀想になってくる。
でもこちらにはそんな記憶一切ないので本当に人違いだと思うことしかできない。ここで自分が付いていけば本当のナギサ君に悪い気がしてしまうのだ。
タルタロスから落ちたという事はもう死んでいるかもしれないけれど、もしかしたら生きているのかもしれない。そんな中で恐らくそっくりさんだろう自分が居たら本当のナギサ君は良い気がしないと思うのだ。
だってそれは、居場所をとってしまうことになるのだから。
「…すみません。ホントに人違いだと思います。それに俺の名前はナギサって言うんじゃなくて優希って名前なので…」
「そうか…そら、すまんかったな…」
やんわりと手を外してちゃんと名前も違うことを説明する。
少し残念そうな顔だが納得してくれたようで離れてくれたのは本当によかった。
とにかく、いずれ敵対する彼らに下手にかかわる訳にはいかないのだ。
情を持てば覚悟が鈍ってしまうし何より彼らはもうペルソナの制御剤のせいで体はボロボロ。あと二年生きられるかどうかだという。
救うのであればもっと早めに行動すべきだろうし、結局のところ自分の意識が自分としてはっきりするのはどうあがいても4月6日なのでどうしようもない。
逆のことを言えばそれ以前の事は自分にもわからないし自分が何をしていたのかよくわからないのだ。しかしそれもあくまで自分なので自分の予測から離れた行動はあまりしないし記憶はなくとも体が勝手に喋ったり動いたりするときはある。ただ意識していないだけで。
そして今回タカヤとジンに会っても何の反応も言葉も無かったので自分は本当に2人の事を知らない可能性が高い。
つまり件のナギサ君とは別人というわけだ。
「別人…そうですか。ナギサ、貴方がそういうのであればそういうことにしておきましょうか」
(!?)
タカヤの方は諦めていなかったらしい。というか話を聞いてなかったらしい。
とんでもねぇ電波だ彼は。こういう時に電波を受信するのは本当にやめてくれと言いたい。
「私は感じますよ。私のペルソナ“ヒュプノス”と貴方の中の存在が共振しているのを。ですが、貴方の中のそれはいま、酷く小さい…まるで、砕けてしまったかのように。…いえ、“
いや、本当に電波だとは思わなかったがこっちとしては共振とやらはこれっぽっちもわからない。ホワイトライダーが言う、聞こえない足音くらい実感がない。
というかタカヤは共振云々どうでもいいので半裸をやめて服を着てほしい。夏ならまだいいけれど秋や冬場はみているこちらが寒いので服を着てほしい。とにかく服を着てほしい。寿命が短い分余計に服を着てほしい。敵に回るとはいえ風邪ひかないのかとか心配になる。
夏でも長袖を着ている自分が言える話ではないけど。
「よくわかりませんけど…か、帰っていいですか…」
「えぇ、もちろんです。ですがナギサ、記憶があろうが無かろうが、私は今のあなたに興味があります。…気が変わったらすぐにでもこちら側へ帰って来てください。あなたはどうあっても“こちら側”なのですから。私たちはいつでも貴方の帰りを待っていますよ」
全く嬉しくない「帰ってきてね♡」だ。
しかもこのまま自分の事をその居なくなったナギサ君と重ねるつもりだ。ジンはすぐにわかってくれたというのにタカヤはどうしてこうも電波なんだろうか。
というか思い込んだら止まらないタイプなのだろうか。
以前の周で会った時はこんなにしつこくなかったし、場合によっては誘われはしたけどナギサなんて名前は出なかったし一体全体何がどうしてこうなってしまったのか。面倒だ。
「では、また会いましょう」
「まあタカヤがこう言うてはるんや。人違いかもしれんけど付き合ってもらうで」
「えぇ…」
目を細めて満足そうにするタカヤと諦めたようなジンに再会の約束を無理やり取りつけられ困惑する。
十中八九近いうちにまた会うことになるそれだ。憂鬱になる。
「はあ…」
2人が去った後、溜息を吐いた。
あまり五月蠅くないふたりではあるけど、なんだかあっというまだった。
なんで彼らが接触してきたのかよくわからないし、今後のいろいろに関りがないとは言えないけどもともと『これまで』で彼らの状況を理解してしまっているいま、悪印象はあまりない。
「なんか…嵐のような2人だったっスね…」
「たしかに…すごく疲れた…」
ぬるくなったジュースを飲みながら、これから起こるであろう面倒を想像してげんなりしつつ帰宅した。
夜
ラウンジのソファーに座りながらうつらうつらしていると、珍しく湊が横に座ってきた。
「…ねえ優希、ペルソナ増えた?」
「へっ? なに?」
突然そう言われたものの、対応できず素っ頓狂な声をあげてしまう。
『これまで』でポベートールやパンタソスに目覚めたときも同じく湊や奏子に聞かれたことがあるので謎だが、ふたりはどうしてペルソナが増えたことに気がついたのだろう。
「だから、ペルソナ増えた? って」
「え…あ、うん…なんかわかる?」
これは湊に言っても問題ないだろうと真面目に答えつつもそう問い返せば湊は困った顔をする。
そんなに答えにくい事だったのだろうか。それとも、こちらの訊き方が曖昧過ぎたせいだろうか。
「なんか…なんだろ…気配が増えたとかじゃなくて…なんとなく、気配が強くなった気がして」
なんとも要領を得ない答えが返ってきて首を傾げる。
気配が強くなったというのはホワイトライダーの分なのだろうか。でもそれなら、湊は増えたというはずだ。
なのに強くなった…? もしかして、ホワイトライダーがうるさいからだろうか。とにかくやかましかったのでもしかしたら降魔されたホワイトライダーの分霊もやかましくてそれで気配が強くなったんだろう。
「なんかやかましい感じ…?」
恐る恐る聞いてみる。もしかしたらホワイトライダーの言ってた足音云々は自分じゃなくて湊に聞こえてるのかもかもしれない。
「ううん。違う。そうじゃない。ただ…どうだろう、僕には少し表現しにくい感じだと思う」
「そっかあ」
まあうるさくないのならそれでいいか、と納得する。
「こういうのは奏子に聞いたら早いだろうけど、たぶん奏子は駄目だ。よく視えすぎるし…いまの優希を意識して“視よう”としたら怖がるよ。山岸もあんまり見てないと思うからまだ大丈夫だけど、しっかり視たらダメかも」
困った顔で湊がそう言うので奏子と山岸が怖がりそうなことを想像する。
……。
もしかして、背後霊みたいな感じでホワイトライダーがピースしてるとかじゃないよね?
とても不安になってきた。山岸もダメという事は間違いなくその線が濃厚になってきた。
よくわからないがホワイトライダーの制御に気を配った方がいいんだろうか。まだ実践では使ってないから本当に出せるかどうかもわかっていないのだ。
自分の心から生まれたペルソナではなく、悪魔から直接貰ったペルソナなので正直どう動くかわからない。ホワイトライダーとマーガレットが太鼓判を押していたので使えることには違いないだろうが、それでも湊にこんなことを言われてしまう代物なら不安になるばかりだ。
「ごめん…増えたやつがその…見た目ホラー一直線の骸骨系だからさ…(乗ってる馬に)目も多いし怖いよね…あまり使わないように気を付ける」
「え…? …そう、…僕は平気だからいいけど…優希は──いや、なんでもない」
なんだか歯切れの悪い反応だ。
やっぱり湊でも目がたくさんあるやつは怖いんだろうな、と思った。
非常時以外はお披露目できない存在(暫定)になってしまったホワイトライダーほんとうにごめん。申し訳ないというしかない。でも可愛い弟と妹の為なんだ。と心の中で謝ると、なんだか抗議するような声が聞こえたような気がした。
…聞こえなかったことにしておこう。
「じゃあ、なんでそのペルソナが増えたか聞いてもいい?」
話を変えたかったのか、湊がペルソナを増やした経緯を聞きたいらしい。
試練云々は抜きにして適当になんかやかましい人にもらったって感じで話そうと思う。
実際そんな感じだし。
「なんか…戦闘狂の骸骨みたいな人に…感銘を受けて?」
「えぇ…」
「いや違うな…なんか貰った? 押し付けられた? みたいな…」
「悪徳商法じゃないよね?」
「悪徳商法かもしれない」
「クーリングオフしようよ」
真面目なのかそうじゃないのかわからない湊の言葉に苦笑いする。
確かに、まだホワイトライダーは未使用だ。クーリングオフも十分できるんじゃないんだろうか。
(できません)
…心の中でまた抗議するような声が上がった気がした。
今度も聞こえなかったことにする。
「悪魔って…クーリングオフとかの制度あるのかな…」
「なんだって?」
「いや、なんでもない…押し付けられたにせよ何にせよ、ペルソナが増えるのはありがたいし怖がられない程度に使うことにするよ」
「うん」
悪魔にそういう制度があるのかはわからないが、多分ペルソナのクーリングオフはできないんだろうな、という事は察せられるのでありがたく有効活用しようと思う。
何か問題があればイゴールの主とやらを呼び出してしばけば良いだけな気がしてきた。しばけるかどうかは別として。
全力の拳一発分くらいなら許してくれそうだ。
もし殴ることがあるなら思いっきりチャージしてタルカジャ重ねがけして助走をつけて大きく振りかぶって殴ろうと思う。
なんだか魂がそう叫んでいる気がするのでそうすることにする。
そう固く決意を秘めていると、湊が口を再び開いた。
「次の満月、あと二週間くらいだね」
「そういえばそうだな…」
「…優希は僕と一緒に行動しよう。流石に二度も勝手に動かれたら心配にもなるし…目の届く範囲にいてほしい」
至極真面目な顔でそう告げられて何も言えなくなる。
これではどちらが兄かわからない。兄としての面目はもうあんまりなくなってしまってる気がする。
三回連続でぶっ倒れるor寮から勝手に脱走ってとんでもないやらかしだと思う。三回目である今回はシャドウに誘われたらしいので不可抗力ということで。こんなこと自体初めてなので戸惑っている面もあるが。
「ああ…足手まといにならないよう頑張るから…」
「足手まといなんかじゃない」
湊が眉をわずかに寄せる。ああ、これはよろしくない対応をしてしまったようだ。
「…ただ心配なだけ。僕も、奏子も。他のみんなも」
「でもさ、ほら、俺はここのところ活躍できてないし…」
倒れてばっかりだし、と小さな声で続ける。
自分無しで特別課外活動部の皆が大型シャドウに勝てるのは喜ばしいことだ。だってそれは、自分が居なくても大丈夫ということなのだから。
安心すべきことなのだ。
でも、気持ちはそうではなく。役に立っていないことや大事な局面で倒れてしまうことが酷く悔しいのだ。それも、以前なら倒れないような時に倒れたり風邪をひいたりしているのが尚更もどかしい。
もっと動けるはずだと動けていた時の感覚でやるのは不味いことだとわかっている。
それが自分という生き物だとわかってしまった。
しかしわかっていても止まれない。
まるで下りの坂道を走るブレーキの壊れた車のようだ。
「だから、無理しない程度に頑張るよ。流石に四回連続って言うのは嫌だしね」
「怪我したらちゃんと回復する?」
「うん」
「単独で突っ走らない?」
「しないよ」
「怪我してるのに限界まで無茶しない?」
「しないしない」
まるでおつかいに行く子供に言い聞かせるように質問を投げかける湊に頷いていく。
「──誰かが危ない時に庇ったりしない? たとえそれが、僕や奏子でも」
「…それは、」
言い淀む。
しないと約束できない。だって、俺にとって大事なのは湊と奏子だ。その次に他の人の方が優先度が高い。
正直、
だから、
「約束できない。湊も奏子も、きっとほかのみんなも、庇うよ。大切な人が大けがしたり死にそうなときには」
湊の目をみてはっきりと告げる。
それをどう受け取られたのかわからないが湊が深いため息を吐いた。
「…わかった。僕も、奏子や優希が大けが負いそうとか、死にそうとかになったら庇うかもしれないし…でも僕らだってそんなに弱くない。優希一人に全部負わせるほど弱くないから」
まるで宣戦布告するようにそう告げて来た湊に無言を返す。
しばらく見つめ合った後、玄関が開いた音で視線を外して玄関を見た。
「おかえり」
──ああ、『飢えた獣の為に身投げするよう』だとそう評したのは、誰だったのだろうか。
湊は玄関に向かって声をかけた兄を見て、苦虫を噛み潰したような顔をした。