100万回目のマイナススタート(4/6)
ぶつり。
いつもの糸を引きちぎるような音と共に瞼をあけ、起床する。
カーテンをあけ、朝日を浴びながらカレンダー付きの時計を確認した。
4月6日。午前6時ちょうど。
予定通りの日付にひとりで頷くと携帯電話でメールと着信のチェック、電話帳の確認を行う。
着信履歴には「
そこにちらほらと別の人間の名前もある。
『今回』は2人ともがこちらにくるのか。このパターンは初だな、と脳内でメモをしながら立ち上がり外へ行くための準備を始めた。
10分とかからずにもう慣れたそのルーティンを終え、寮の自室を出た。
今回は初めから寮生で良かった。ここにいる時の他の寮生との関係や、やるべき事はだいたい決まっているから楽でいい。
のんびりと、欠伸をしながら階段を降りる。
寮のラウンジにはまだ誰も居ないようだ。
恐らく皆まだ寝ているのだろう。
朝とはいえ、朝食にはまだ少し早い時間だ。もしかすると、筋トレ好きの同級生は毎朝の走り込みに行っているのかもしれないが。
兎にも角にも今はまだ人数の少ないこの寮だと誰かがここにいる事の方が珍しい。
冷蔵庫の扉にフックで引っ掛けてあるエプロンを手に取り、脱いだ制服の上着を椅子の背もたれにかけてから被って袖を捲った。
いくらセーターを着ているからと言ってブラウスが汚れない保証はない。
本来は着替える前に調理をすべきなのだろうが朝食を食べてからは洗い物があるので着替えている暇がない。
こだわりとして、自分が使った分くらいは学校に行く前に洗っておきたい。
今日のような休みの日も同様だ。着替える時間はあるがラウンジにスウェットのまま出てくるのもなんだか気恥しいし先に着替えてしまった方が面倒くさくない。
卵を割りながら謎の弁明をするのはもう何度目だろう。
覚えていない。
記憶が擦り切れる程に繰り返してしまった。
これまでの全てを失敗している。
弟である湊が妹である奏子だった時もあった。その逆も然り。
ふたりとも自分のことなど知らず(もしくは忘れていた?)見かけは他人として、ただの先輩として過ごしたこともあった。それでも尚、分け隔てなく救おうとしたし、時には陰から手を出したり見守るだけだったりした。
自分と弟(または妹)の2人で死の運命をわかちあおうとしたこともある。
しかしそれでもダメだった。必ず、必ず弟か妹があの春の日に死ぬ。
それでもまだ想いは褪せず、あの時の始まりの激情だけは罰のように残る。
涙はとうに枯れ果てた。
さて、詰みかと思われたこのループだが『前回』自分はある答えを見つけた。
ようやく、ようやくだ。結局今まで試していなかった──試そうとして他の要因で失敗していた──事を実行に移そうかと考えていた。これはあまり手を回したりする必要のない、とても楽な──それでいて最後の最期まで悟られてはいけない難しい計画だった。気負いだけはあまりしないでいいというのがすごく楽だ。
卵とウインナーの焼ける匂いが鼻腔をくすぐりつつも、食欲はあまりない。
ここ最近の周回は常にそうなので問題ないと受け流す。
程よく焼けた目玉焼きとウインナーを皿に盛り、今いる人数分ダイニングテーブルに並べる。遅くなりそうな
ご飯やパンなどの主食は各自で取ってもらうので自分の分だけ白飯をよそい、席について両手を合わせて「いただきます」とひと言。
ひとくち、ふたくち食べて顔を顰める。不味い訳では無い。味に問題は無い、はずだ。ただ純粋に吐きそうなだけで。
喉元までせり上がる吐き気。なんとか口元を片手で押さえ押し留めれば、どっ、どっ、と不規則に早まる鼓動。
ほんの少し食事をしただけなのにこれとは随分軟弱になってしまったなと大きくため息を吐く。
ある周から身体は大なり小なり原因不明の体調不良に見舞われるようになった。
意味がわからない。自分が何をしたというのか。
いやまあ、普通の人間ではしないような
異変に気がついた今からちょうど105回前の周回ではほんのたまに、無茶に無茶を重ねた時だけに出ていた。
しかし周を重ねる毎に悪化し今回では食事をとっただけでこのザマだ。少し急激に悪化しすぎな気もしないでもないけれど。
先が思いやられる、と頭を抱えていると階段を降りてくる音がした。
「おはよう、
「おはようございます、
降りてきた彼女──
生徒会長の彼女は規則的にきっちり起きてくる。しっかり用意も済ませて。
ついでに言えば結構目敏い。体調不良など悟られては面倒臭いし下手をすれば計画が破錠してしまうかもしれない。
ここは上手く誤魔化さなければ。
「真田くんはまだ帰ってきてないけど、もうすぐだと思う…たぶん」
「そうか。では私は先に頂こう」
ある意味いつものルーティーンに含まれた真田くん──
誤魔化せてると良いな。
「そういえば、今日は三上の弟達が来る日だな」
「そうですね。おそらく昼頃か夕方には何時に着くかの連絡があるかと」
たぶんね、とは言わないでおく。もしかしたら連絡が無いかもしれないしあるかもしれない。
携帯の着信履歴に残っていた2人の電話の頻度は湊がたまにで奏子が毎日もしくは3日に1度ほどだ。
二人一緒に行動していると仮定するなら何かがあれば恐らく頻度の多い奏子の方から連絡が来る。
そもそも今回は頻繁に連絡を取り合うほどの仲なので苗字は(恐らく)違えども兄妹という関係のままなのだろう。
俺って実はきみの兄なんだ!ワァ!驚きだね!なんてカミングアウトしたりモヤモヤしたりする必要が無くて本当に良かったと思う。いや、このテンションでは流石にしたことないが。
スタートダッシュは中々に良い──体調不良の悪化を除けば──結果と言える。
実を言うと周回を重ねてはいるがその度に少しずつ背景が違う。そしてその記憶もない。
始まるのはいつも4月6日だが、始まる場所や湊や奏子との関係や他の人物との関係は違う。
養父母の家から始まったり、全く関係ない普通寮から始まったり。
湊や奏子とも顔見知り程度だったり、兄妹であることが最初からわかっている今回のようなパターンや、そもそも顔も名前も知らない他人だったりと様々だ。
初めの1週間程は毎回自分の立ち位置と周りからの印象を確認し、上手く相手から自分の過去の言動を確認するための時間になることが多い。
先程の美鶴さんとの会話で「桐条」や「桐条さん」ではなく美鶴さんと呼んでも怪訝な顔をされなかったのも確認作業のひとつだ。
寮スタートのパターンはだいたい美鶴さんと呼んでいるので、こういう呼び方や言葉遣いで親しさや険悪かそうでないかの関係を推し量ることが出来る。
閑話休題。
「ごちそうさまでした。美鶴さん、お先です」
「ああ」
双方あまり会話をしないタイプなので挨拶以外は無言を貫きつつも、なんとか食事を腹に押し込んで完食した。
今度からは食事の量を半分かそれ以下にしよう。
下手に残して悟られたくない。
適当に理由付けでもしとこう。ペットの金魚が死んで悲しいからとかそんな感じの。金魚飼ってないけど。
席を立ち、シンクで自分の分の食器と調理に使った器具を洗う。
洗っている途中で真田くんが帰ってきたようでバタバタという忙しない足音がする。
「おはよう、真田くん」
「ああ、三上か。おはよう」
「朝食はすぐ帰ってくるかと思ってラップかけ忘れたから必要ならレンジで温め直して。一応プロテインはシャワー後にすぐ飲めるように作って冷蔵庫の扉側に入れて置いたから」
「毎日すまない」
「好きでやってるから気にしないで」
言葉を交わしつつ裏で情報のすり合わせを行う。
どうやらこちらもルーティーン通りの行動で大丈夫なようだ。真田くんから「毎日」という単語を引き出せた。
朝の食事は荒垣くんが来るまではとりあえず毎日作るで決まりのようだ。
荒垣くんこと
自分は彼が来るまでの代理の料理当番、と言った感じだ。
それはそうと荒垣くんだ。奏子が居るからには彼を必ず生存させなくてはならない。というか奏子ではなく湊だった場合も自分の楽とその他諸々のために生存させなくてはならないのでどの道やることに変わりはない。
せいぜい身代わりに死ぬ覚悟で守るだけだ。自分の命は投げ捨てるものなので。
とりあえず適当な方針が固まり、皿洗いも終えたことなのでエプロンを脱いだ。
そして上着を着て寮を出る。
今日はまだ春休みラスト一日とはいえ休みなので私服でも良かったが兎にも角にも制服の方がもしも学校に用ができた場合行きやすいので制服で出歩くことにしている。
街をぶらついてても春期講習の生徒と間違われやすくて楽だという狡い思考もある。
部屋で確認するには監視カメラが面倒なので外に出て神社へと向かい、ベンチで通学カバンを漁る。
財布の中には数千円とポイントカードと病院の診察券。………診察券!?
一瞬ドキッとするも、すぐに気を持ち直す。
診察券ぐらいだいたいみんな持っているものだ。変なものじゃない。
うんうん変じゃない。と言い聞かせつつ財布をしまい、さらにカバンを漁る。教科書、資料集、勉強用のまとめノート、筆記用具、飴──そして掴んで引っ張り出した白い紙の袋………どこからどう見ても処方された薬ですありがとうございました。
いやもしかするとたまたま直近で風邪を引いていただけかもしれない。
風邪薬であることをファッキンゴッドに祈りつつ中身を確認する。なになに…『重い不整脈が出た時に服用してください』。
おもいふせいみゃくがでたときに…おもい……ふせいみゃく…はいアウトー!!!!
アウトーーーー!!!!
ここが外じゃなくて寮でもなくて1人住みのアパートなら1人で叫んでたレベルでアウトーーーー!!!!
は?神さま仏さま魔王さま俺が一体何したんですか?そもそも湊や奏子が毎回毎回死ぬのもマジであの子らが何したんですかと呪いたくなるレベル──実際そっち方面はちょっと呪ってる──だがそれとこれとは話が違う。
戦闘どころか運動………まともに出来るのか………?
数分後、そんな心配は吹き飛んでいた。
神社の番犬ことコロマル──字は
ヤケになったとも諦めたとも言う。
ただし、この不整脈云々が知られてない可能性もある。というか自分の性格からして隠れて病院に行って痩せ我慢しつつヤバい時にはどこかに隠れて飲んでる可能性が高い。むしろストレガのような人工ペルソナ使いの使う制御剤じゃなくてちょっとホッとした。彼らには悪いしどの道終わりのことも考えたり繰り返すことも含めて自分には寿命なんてあってないようなものだけど。
本格的に特別課外活動部が活動する時にそれとなーくナチュラルにタルタロス散策に参加して真田くんのように止められなければ勝ちだ。
止められたらその時は………その時に考えることにする。
今考えても後からリアルタイムで対応・対策を考えなければいけないのでどうしようもない。
「ありがとう、コロマル」
「わふ!」
コロマルをひとしきり撫で回してベンチから立ち上がる。
コロマルは今日もいい子だし可愛い。なんの気兼ねもなしに触れ合えるのはありがたい。張っていた気を緩めることも時には大事なのだから。
そして、万が一の時はコロマルも身を呈して怪我しないように守らねばならない。しなくていい怪我をする必要は無いし、逆に自分は命を捨てることも怪我をすることも惜しくは無い。ピッタリの配役だ。
またね、とコロマルに手を振って帰路につく。
他の場所の確認はおいおいで良いだろう。なんとなく、今日じゃないような気がしたのでやめておく。
こういう予感がした時はそれに従った方がいいと途方もない周回でなんとなく覚えた。
それに逆らった場合、即死の時もあれば後々とんでもない事態を引き起こすこともあったので触らぬ神に祟りなし、だ。
その後は夕飯の仕込みをしたりそれを食べたりラウンジのソファーの上でのんびりしたり部屋に帰って勉強をしたりしつつ適当に時間を潰した。
結局、湊からも奏子からも連絡はなかった。
夕飯の時に「便りが無いのは良い事の知らせとは言うけれど少し心配だな」くらいの言葉を零しておいた。
実際無事に寮に来れるのかどうか、いくら繰り返しているとはいえ毎回ヒヤヒヤものだし、いつも迎えに行きたいのだが焦って迎えに行くとだいたい自分が死ぬのでやめて待つことにしている。
深夜0時。ついに来た。
棺化しないと分かっていても、とりあえずは机の上で突っ伏して寝たフリをしておく。本当はラウンジで待っているうちに寝落ちをしたフリをしたかったけれど諸事情により断念。
深夜になる前に探し物を探すフリをして部屋を見たところ自分はまだ活動に参加していないようで武器のぶの字もない。
召喚器すら持っていないみたいだ。一瞬、不整脈のことを既に知らせているのかと脳裏によぎるが、もしそうだとしたら誰か気遣うような視線を向けてくるはずだ。岳羽こと岳羽ゆかりが特に。
後輩とはいえ馴れ馴れしくゆかりちゃんとも呼ぶ訳にも行かず、岳羽さんだとよそよそし過ぎる。苦肉の策に苗字を呼び捨てにしたらビンゴだったらしい。良かった。
とはいえ、不整脈のことがバレた訳でも無いとすると可能性があるのは『自分は寮に入って数週間ほどくらいしか過ごしてない説』だ。下手をしたら春休みになってから入ったパターンである。
朝の真田くんとの会話で「毎日すまない」と言われたが、恐らくこれはある程度寮にいつつもあまり日が経っていないため言われたのではないかと推測する。
そもそも、真田くんとの会話が結構ぎこちない感じというか少し距離がある感じがしたのであまり仲良くなれていないのだと思う。仲が悪い訳でも無さそうだけど。
それならそれでいちばん都合が良い、と深く息を吐いて身動ぎするフリをした。
そして、影時間が終わって数分して一悶着しているだろう頃に自然に目を覚ますフリをして欠伸を噛み殺しながら下へと降りる。
「今日はもう遅い。部屋は2階と3階の一番奥に用意してある。君たちの兄には明日挨拶するといい」
「──よかった、無事に着いたのか。起きてきて正解だった」
美鶴さんの後ろから呟くように声をかける。
「三上!」
「三上先輩!?」
驚いた美鶴さんと岳羽、そして少しだけ目を見開いた弟である有里湊と「お兄ちゃん!?起きてたの!?」とわりと大袈裟に驚く妹の有里奏子。
なんともなさそうでなにより。
「ふあ…いや、さっき部屋で寝ちゃって今目を覚ましたとこ…本当はこっちで待ってようと思ったんだけど…」
言葉を切っておく。皆まで言う必要は無い。
適当に誤魔化し相手の想像に任せるのも生き抜くための手なのだ。それを救うべき対象の実の弟と妹にも使うのはなんとも言えないが。
「………」
弁明した所でじとーっと見つめてくる湊の視線は和らぐことは無かった。
「……えっと、もしかしてヨダレ垂れてる?」
「ついてない。優希は変わんないなって思っただけ」
「?」
「もう! 湊! お兄ちゃんを呼び捨てにするのはダメだって言ってるのに!」
首を傾げれば湊から否定の言葉が飛び、奏子が湊にむくれっ面になりながら注意する。
それにしても初っ端から下の名前で呼び捨ては初めてかもしれない。大体が兄さん呼びだったり三上さんだったり先輩だったりしたのでかなり新鮮だ。
「別にいいでしょ。優希は優希なんだから」
「ちょっと前までは湊もお兄ちゃんって呼んでたのに!」
「それって小学生までじゃん。奏子うるさい…」
「うるさくないもん!」
ぷりぷりと怒る奏子と耳を塞いであーあー聞こえなーいと棒読みで言う湊に苦笑いしつつ言い合いを止めることにする。
このままヒートアップすると二人とも眠れなくなってしまう。特に元気な奏子の方が。湊は眠いのか先ほどから何度も欠伸を噛み殺している。
「ほら、俺は呼び捨てとか気にしてないから…2人とももう夜遅いし長旅で疲れただろ?湊なんか眠たがってるし話もそこそこにして寝ようか」
「はーい」
「……うん」
素直に頷いた2人によし。と心の中で花丸を送ると、2人に気圧されていたのかそれとも見守ってくれていたのか、微笑んだまま黙っている美鶴さんに向き直った。
「湊は俺が案内するので、美鶴さんは奏子のこと頼みます」
「ああ、こちらこそ頼んだ」
しっかりと頷いた美鶴さんから鍵を渡される。
上へ行く前に隣にいる居心地悪そうな岳羽にも一応声をかけておく。
「岳羽も付き合わせてごめんね、もう12時過ぎてるし気にせず寝てもらって構わないから」
「いえ!あっ、分かりました…それじゃ…奏子ちゃん、また明日」
「うん!またね!」
いつの間に仲良くなったのか奏子のことをちゃん付けしながら先に階段の向こうへと消えていく岳羽を見送り、美鶴さんと奏子が続く。
そしてその後ろを自分と湊が続いた。
「それじゃあ、俺らはここで。おやすみ、奏子。美鶴さん、おやすみなさい」
「ああ、三上もな」
「…奏子、おやすみ」
「湊おやすみ!お兄ちゃんもおやすみなさい!」
2階の踊り場で美鶴さんと奏子と別れる。そのまま廊下の突き当たりまで歩いて扉の前で止まった。
「2階全体が男子寮というか男子の階になってるんだけどね、一応ここが湊の部屋だよ。荷物は届いててもう部屋に運び込んであるから。勿論、勝手にあけたりはしてないから安心して。まあ普通の方の男子寮に入るまでの数週間だけだから整理してもしなくてもいいかな」
「うん」
「あとは…これがこの部屋の鍵。鍵は無くすと凄く怒られるからなるべく無くさないこと。紛失時には鍵の付け替えとかが必要になるからとても面倒臭い」
「うん……あの、さ…優希」
「なに?」
何かを言い淀むようにこちらを見つめる湊の視線から目を逸らしたくなる。
まるで全てを見透かされているような気がして落ち着かない。
「……署名って寮に入る時に…した?」
全然なんともない問いかけで内心胸を撫で下ろす。
突然「何か隠してる?」とか言われなくて本当に良かった。そんなこと言われるはずがないけど大なり小なり騙しているという罪悪感が必ず忍び寄るのでそういう悪い予測をしてしまいそうになるのが欠点だ。
「え?…いや、署名はしたけど…寮に入る前の…ほら、郵送で届く入寮手続きの書類くらいにしか無かったと思う…何かあった?」
「そう…なんでもない。確認したかっただけ」
適当に困惑した振りをしておく。
何回も何回も繰り返す内に湊や奏子の言う、『署名』も今回聞かれなかった『子供の寮生』も心当たりどころか正解のど真ん中をブッチぎるレベルで知っているのでなんとも言えない。
「じゃあ、明日正式に説明とか案内とかがあるだろうからこの辺で。おやすみ、湊」
「うん、おやすみ」
挨拶をしてすぐ向かいの扉を開ける。
さて、肝心の部屋割りなのだが実は男子寮が自分がいることにより右三部屋・左二部屋から右三部屋・左三部屋に変わっているのだ。
つまり、一番奥にある湊の部屋の向かいに自分の部屋があってその隣に今は使われていない荒垣くんの部屋があり、その隣に真田くんの部屋がある感じになっている。
湊の隣の部屋はもうすぐ入ってくる2年の伊織こと
なんだかとってもややこしい。
電気を消し、ベッドに横になって今度こそ本格的に寝に入ろう…とした。
そう、したのだ。
「2人とも無事に着いてよかったね」
横から声をかけられる。
もうかなり眠いので言葉は出さずにゆっくりと頷くだけにする。
ベッドのすぐ横に、小さな『白髪の少年』が立っている。
「──ごめんね。また、始まってしまうけれど…ぼくにはどうすることもできないし、あの子にもどうすることが出来なくて…でも…それでも…」
わかってる、だから泣かないでいい。
そう告げようとした口は動かない。上げようとした腕も動かない。
ずぶずぶと眠りへと落ちていくように意識が落ちる。
「ぼくには、こうしてきみを眠らせてあげることしか出来ない…ほんとにごめん…ごめんね…」
眠りに落ちる瞬間、そんな泣きそうな言葉を聞いた気がした。