7/9(木) 放課後
一晩寝たら、ぼやけていた輪郭も得体のしれない気持ち悪さも全部消え去っていて、現金なやつだと自分の事を嘲笑する。と同時にあの感覚をずっと引きずっていかなくて良かったと安堵した。
駅前商店街を通っていると、日蔭のベンチに腰掛けているありすを見つけた。
彼女もこちらに気が付いたようで、立ち上がって手を振ってくる。
「あ! ユーキおにいちゃん!」
「今日も留守番?」
「そうなのー!」
返事をしたありすはピンク色のかわいい水筒をぶらさげていた。
彼女の保護者であるおじさん達はこの暑い日差しの中での水分補給を忘れていないようで安心した。たまに、そういうのを持っていない子供が公園の水飲み場で水をがぶ飲みしているところを見ることがあるが、さすがにありすにそういうことをさせるのには些か不安が勝る。
当たってお腹を壊したりしたら痛いだろうし、と考えるのは過保護過ぎだろうか。
いや、自分はいいがそれが奏子や湊だった時を考えると公園の水飲み場で飲ませるより普通に自販機で飲み物を買って渡すと思うので過保護じゃないと信じたい。
高校生にもなってそんな心配をすることは殆どない(というよりちゃんと2人とも自己管理できている)ので、杞憂ともいえるのだろうけど。
「ね、おにいちゃん、今日は何して遊ぶ? ウサギさんと追いかけっこ? それとも、人形遊び? トランプ遊びでもいいよ!」
なんというか、チョイスに困るというか外で遊べそうにない選択肢ばかりだ。
ウサギさんと追いかけっこというのはそもそもウサギを捕まえるor探すところから始まるので無理だし逃がしたら逃がしたで大変なことになりそうだし現実的ではないので冗談かなにかだとして、人形遊びも今ここに人形がないのでダメ。トランプ遊びもありすがポケットにトランプを入れているのならできるかもしれないがそんなことはなさそうだ。
それにこの外の狭いベンチの上でやろうものなら強風が吹いてきて山札が吹き飛んでしまう。
「うーん…」
悩む。
公園はこの前行ったしありすの提案する遊びはどれもできそうない。
無意味に時間を垂れ流すなんてできないし、ありすの要望も叶えなくてはいけない。難しい。
しかし、夏の日差しで溶けそうなほど暑い。いくらありすが座ってる場所が日蔭とはいえ、これは…
「あ」
思い付く。暑いのなら、涼しくなればいいのだ。
「ん~~~~~~~~! かきごおり、おいしー! つめたーい!」
何とか説得して遊ぶのはやめておいて、ありすと2人で近くの甘味処『小豆あらい』に来た。
夏になったのでかき氷を売り出したので食べにいくのにぴったりだと思ったのだ。
それに、かき氷なら腹にたまらなくて満腹になりにくい。と思う。
ふわふわとした羽のように軽いかき氷を、マンゴーソースと混ぜながら食べる。
珍しく、『小豆あらい』のメニューの中では小豆を使っていないものになる。期間限定だからだろうか。
(またモコイさんと食べに来よう…他の誰かを誘ってもいいし…うん、そうしよう)
食欲が落ちた自分でも楽においしく食べられるかき氷はありがたく、何度でも食べたくなる一品だった。
たこ焼きのほうがもちろん好きだが、最近はあれもペロッとは食べられないので食欲が出ないときは食べに行かないようにしている。モコイさんはゲロゲロになってしまうので食べてとは頼めない。
「かきごおり、置いてたらすぐ溶けちゃうの勿体ないの…ありす、好きな時にかき氷たべてたいのに…そうだ! 凍らせちゃえばいいのね!」
「たしかに、冷凍庫に入れておけばいつでも食べられるね」
「…冷凍庫ね! おじさん達に言ってかきごおり、たくさん買ってもらおうかな…?」
「食べすぎるとお腹壊しちゃうからほどほどにね。ありすちゃんだって痛いのは嫌だろ?」
「…うん。ありす、痛いのはイヤ。寂しいのも、イヤ」
しゅん、と落ち込んでしまったありすにいけないことを言ってしまった気になる。
もしかしたらなにかトラウマでもあったのかもしれない。
「ほどほどにすれば大丈夫だから…」
「そうね! ありす、ちゃんとほどほどにする!」
キラキラとした目をこちらに向けながら、微笑ましい約束をしてきたありすに頷く。
これならかき氷を食べてお腹を壊すなんて事態は起こらないと思う。多分。
いちごのソースがかかった赤いかき氷を食べながら、ありすは笑った。
「それじゃあ、おにいちゃん。かき氷ごちそうさまでした! ばいばい!」
「ばいばい」
かき氷を食べ終わるころには日が傾いていた。
また近くまでおじさん達が迎えに来たらしいありすはこちらに手を振るのもそこそこに、遠くへと駆けだして行った。
7/10(金) 放課後
駅前の路地裏で元気のないネコに餌をあげている湊と奏子を見つけた。
特に声をかける用事もなかったのでそっとしておく。
すこしネコのモフモフとした毛並みがうらやましかったけれど自分にはモコイさんとコロマルがいるので見なかったことにする。
べ、別に撫でたかったとかそういうわけではない。
嘘だ。めちゃくちゃ撫でたい。ネコバンザイ!モフモフバンザイ!
…ちょっと落ち着こう。
夜
「奏子っち、流石にそれはナイ! 無いって! アッイテテテテテ! ギブ! ギブ!」
寮に帰ると上から順平の悲鳴が聞こえた。
丁度二階からのようだがなにがあったんだろうか。正直、めんどくさいことにしかならなさそうなので見に行きたくない。
でも部屋に帰るにはおそらく順平(と奏子)が居る場所を通らないといけないだろう。予想があっていたら、の話にはなるけど。
「三上、帰ったか」
「真田くん、ただいま」
「ああ…今は上にはいかない方がいいぞ。試験に向けての勉強会をやっているらしいが…」
「ああうん…そうみたいだね…」
2人で遠い目になる。
今なおどったんばったんと大騒ぎな音が聞こえてきているのでしばらく近寄らない方がよさそうだ。キッチンにでも引っ込んでパンケーキでも焼こうかな…と考えているとその音が静かになる。
「あれ、優希おかえり」
「ただいま。上で何があったの…」
「勉強してる間に目玉焼きになにかけるかの話になって、順平が奏子に『目玉焼きにケチャップは流石に無い』っていって
「目玉焼きにケチャップ、美味しいと思うんだけどな…」
「…どうでもいいけど伊織は醤油派らしいよ」
「へー」
からあげにレモンをかけるかかけないかの話題と目玉焼きにかけるものの話題はしないことにしよう、と心に決めた。
血で血を洗う争いになりかねない。なんて恐ろしい話題なんだろう。
静かになった今なら横を通っても巻き込まれないだろうし、何事もなく通れるかもしれない。
「……」
「?」
湊がなぜか不思議そうな顔でじっとみつめてくる。
まさか、湊はモコイさんの事が見えてるんじゃないのだろうか。モコイさんを肩に乗せてる=変人だと思われてないかドキドキしてきた。
実際、悪魔が見える人からすると肩にモコイさんを乗っけてるなんて変人でしかないのでそう思われていても仕方ないけど。
「…な、なにかついて…る?」
「…別に」
声は多少どもってしまったけれど平静を装えてるんじゃないかと思う。
興味なさげに視線をふいと逸らした湊はそのままラウンジのソファーに腰掛けた。
少し気がかりになりながらも、言うことが無いのなら無理に聞く必要もないか、と階段を上がった。
7/11(土) 夜
「…以上が、7日に行った作戦のあらましです。やはり、個体によっては一筋縄では行かないようです」
いつもの如く作戦室に集まってソファーに座る。
そして、美鶴さんの口から大型シャドウ戦のあらましが語られた。もちろん、自分のペルソナの暴走の事も含めて。
「なるほど…洗脳までしてくるとは…敵も徐々に手ごわくなってるね」
神妙な顔で幾月がこちらを見る。
おおかた、操られでもした自分の事をよく観察でもしたいのか。どの道良い意味では見ていないだろう。
美鶴さん以外のメンバーは──特に湊と奏子は──きまずそうだった。
だから、立ち上がった。
「…俺の心が弱かったせいで敵に塩を送ることになるばかりか、下手したら全滅の危険性まであった」
申し訳ない、と頭を下げる。
「…このようなことは二度とないように対策はとったけど、絶対だとは約束できないし俺は皆の不安を完全には取り除くことはできない。だから──」
「おいおいおい、三上君、頭を上げてくれよ。君は何を言ってるんだい? まさか、責任を感じて特別活動部をやめようって言うんじゃないだろうね?
「……」
美鶴さんには使ってくれとは言ったし、自分でも薬は飲んだし精神的にも安定させて制御するつもりではいる。
けれど。それとこれは別問題だ。
メンバーが怯えたりして作戦に支障をきたせばそれこそ本末転倒。自分一人で増える戦力より、自分がいることにより落ちる戦力が大きい可能性の方が高い。
それでは、意味がない。
「だけどきみは誰一人として傷つけてはいないだろう?」
「…それは結果論ですよ幾月さん。それに、彼がここをどんな理由で抜けたかは知りませんが、二回もシャドウに操られた俺よりも荒垣くんの方がまだ安定しているように見えます。メンバーに加え入れるのなら俺なんかより彼の方が良い」
幾月の言葉を否定する。
あれは結果論でしかないのだ。何かが一歩違っていれば、本当に全員死んでいたかもしれない。
ペルソナの暴走というのはそれくらい恐ろしいもので、おそらく周回を繰り返した自分のペルソナの強さなら、現時点での荒垣くんのペルソナの比ではない。
現状の湊が本気を出してタナトスを使えば何とか止められるかどうか、だ。
ただ、その暴走したという件のペルソナを自分は見ていないので何とも言えないというところも不安点だ。
「……三上君、きみは酷く優しい。だけどねみんなの意見を聞かずに勝手に決めつけて抜けようだなんて許されるわけではないよ。だろう? 美鶴君」
「ええ。…三上、昨日も言ったがきみにはこれまで通り作戦に参加してもらう。今回の事も、前回の事も、皆仕方ないと思っているはずだ」
皆から目を逸らす。
信用していない、と言われればその通りなのかもしれない。「仕方がないだなんて、そんなはずがない」と思っているのは、自分だけかもしれないというのも頭ではわかっている。
でも、それでももしかして、という感情が消えない。
皆に、面と向かって聞く勇気がない。
「……」
「…まあ、この話はここで置いておくとして、一旦話題を切り替えよう。実は悪い話ばかりじゃないことが判明したからね」
パン、と手を叩いて幾月が話題を変えたのを見計らって座る。
誰とも顔を合わせることが出来ない。
皆を信じ切れない自分にその資格はない。
「今日、みんなに集まってもらったのは──」
「…待ってください」
岳羽が幾月の話しを遮る。
「この際なんで…桐条先輩に訊きたいことがあります」
「私に…?」
「私だけじゃないと思いますけど、ここに来てから、ビックリの連続で…私、少し流されてきた気がするし、だから、この際、はっきりさせたいんです。ズバリ訊きますけど…
──センパイ、私たちに、まだ何か大事なこと言ってないんじゃないですか? 例えば“影時間”や“タルタロス”の事、分かんないみたいに言ってましたけど…あれって、10年前の“事故”と関係あるんじゃないですか?」
「──っ!!」
美鶴さんの、息をのむような音が聞こえた。
「10年前のジコ…?」
伊織が不思議そうに呟く。
10年前の事故、それは──
「学園の周りで爆発があって、たくさん人が死んだ話…当時すごいニュースになった筈ですし、先輩は、知ってますよね?」
…湊と奏子、そして両親が2人とともに巻き込まれた事故だ。
そして、両親が亡くなった事故でもある。
その時の自分は、自分の記憶は、殆どない。家族で車に乗っていて、湊や奏子と一緒に事故に遭ったのか、それとも。
ただわかるのは一人でムーンライトブリッジの上で倒れていたことだけだ。その前の記憶も、その後の記憶も、養父母である三上夫妻に引き取られるまでの記憶が全くない。
今まで気にならなかったのに、一度気になると今度は心底、この穴だらけの記憶が恨めしい。
「…ああ」
「幸い生徒は無事だったみたいですけど、でも、なんかヘン。なぜかちょうど同じころ、一度に何十人も不登校になってるんです。…コレ、偶然なんでしょうか」
「どういう意味だ」
きわめて感情の乗っていない声で美鶴さんが訊き返す。
顔を上げると、岳羽が申し訳ないような顔をしつつも口を開いたのが見えた。
「私、実は学園に残ってる昔の書類とか、調べたんです。そしたら、不登校なんてのは記録だけ。ホントはみんな、急に倒れて入院したって…似てると思いませんか…? 風花をイジメてた子が…入院した時と」
「……」
美鶴さんは、目を逸らした。
先ほどの自分と同じように。
「ちゃんと説明してください! 10年前の事故…あの日、本当は何があったんですか? 学園は桐条グループが建てたんだから、桐条先輩は知ってるはずでしょ!私、ホントの事が知りたいんです!」
皆の視線が、美鶴さんに集まる。
自分はそれを見て、目線を下に落とした。
友だちだと言ったのに、彼女を庇うことすらできない自分がもどかしい。だが、今の自分がこの時点で知り得ないことを言っても怪しまれるだけ。
最悪、幾月に消されるかもしれないだけだ。
「…隠してる訳じゃない。必要の無いことは告げてないというだけだ。しかし…」
「…仕方ないさ。きみのせいじゃない」
「わかった。全て話そう…」
いつも、こうやって、美鶴さん一人に押し付けてしまう。
「シャドウには幾つも不思議な能力がある。研究によれば、それは時間や空間にさえ干渉するものらしい。私達は敵と思ってるからあまり意識しないが、もしそれを利用できるとしたら…どうだ? 何か大きな力になるかも知れないと思わないか?」
「え…?」
「今から14年前、そう考えて実践に移した人物が居たんだ…桐条グループの先代、桐条鴻悦……私の祖父だ」
今度は、自分と美鶴さんと幾月以外の皆が息を飲む番だった。
「祖父は、シャドウの力にいたく魅せられ、それを利用して何か途方もないものを造ろうとしていたようだ」
「途方もないもの…?」
「実現のため、祖父は特別に研究者を集い、数年がかりで大量のシャドウを集めさせた」
「シャドウを集めたァ!? えぇ、正気かよ…」
伊織が驚きながら叫ぶ。
驚くのも無理はないだろう。あんなもの、集めようとすら思わないのだから。しかし、それを大量に集めたとなると正気を疑うものであるのも分かる。
「しかし、10年前実験の最終段階で暴走事故が発生。制御を失ったシャドウの力によって後に忌まわしい痕跡が残ることになってしまった」
「それって…まさか、」
「そう、“影時間”と“タルタロス”だ」
「…!」
もう一度、皆が息を飲んだ。
「記録では、集められたいたシャドウは分かれて飛び散り“消失”した、とある。満月の度にやって来るのは、この時のシャドウだ」
「“消失”…それでいつも、予想できない場所に…」
「ちょっと、いいですか? 今の話がホントなら、なんで学校がタルタロスに? まさか…実験をやった場所って…!?」
岳羽の顔が青ざめる。
話の中の関連性に気がついたようだ。
「…そうだ」
「じゃあ…ウチの生徒が何十人も入院したっていう、あれも…」
「全て、きみの考えている通りだ。傘下にあって、人も集まり、最も“好きなようにできる”場所…恐らく、ポートアイランドは最適だったんだ。実験の場所は、紛れもなく、10年前の月光館学園だ」
「それ…どういうことですか…それじゃ、この部の活動って…無関係の私たちを使って、その時の後始末ってこと…?」
揺らぐように、うわごとのように呟いた岳羽はキッとその目線を強め、美鶴さんをにらみつけた。
「…騙したんですか?」
「……」
違う。
いや、騙された側だと思っている方はそう思っても仕方のないことだ。
でも、結局影時間に適応してしまった時点で、ペルソナを持ってしまった時点で、だれしも“無関係”では居られない。無関係ではなくなってしまう。
「真田先輩だって知ってたんでしょ? これじゃ私たち、都合よく利用されてるだけじゃない!? それとも先輩は、戦う理由なんて、どうでもいいって事なんですか?」
納得できない、といった風に真田くんへと食って掛かる岳羽は、もう半分ムキになっていた。
覚えても仕方のない怒り。隠していても仕方ない事情。仕方のない事ばかりで、けれど仕方ないでは済まされないものだった。
「そんな風に言った覚えはない! …理由なら…あるさ…」
「どう取ってくれてもいい…黙っていたのは、確かに私の意思だ。
…すまなかった」
小さなその謝罪は離れた席に座る自分の耳にもはっきりと聞こえた。
「隠す気など無かった。だが筋道よりも、きみらを確実に引き入れることの方が、私には大切に思えた。理不尽だろうと、戦えるのはペルソナ使いだけ…世界で私達だけだからだ」
「今さら…!」
「それに、私には…力を得るかどうか、選ぶ余地など無かった。私は…」
「美鶴…もういい」
俯いてしまった美鶴さんに、真田くんがやさしく声をかける。
ああ、どうして自分は真田くんのように美鶴さんを守ってあげられるどころか、迷惑をかけてしまっているのだろうか。
ほんとうに、どうしようもない人間だ。自分は。こうなることがわかってるのに何も手を打たないのだから。
「岳羽くん。…罪は、“過去の大人たち”にある。そして彼らは、みんな自らの行いによって命を落とした…今はもう、当事者はいないんだ。謂れのない後始末なのは、みんな同じなのさ」
「でも…」
それでも食い下がろうとして黙った岳羽に、穏やかに幾月が語り掛ける。
「事故から10年…シャドウたちがどうして今になって目覚めたかは、本当にわからない。でも、目覚めたってことは、見つけて倒せるって事でもある…これ、どういうことかわかるかい?」
A.幾月の思惑通り全部倒して終わりが来ます。
なおその終わりって世界の終わりなんですけどね。クソが。
反吐が出そうになる。優し気に語るこいつの言動全てに。“嘘は”言っていないだけであって誤魔化していたり美鶴さんよりもひどい隠し事をしている部分が本当に癪に障る。
むしろいつかはちゃんと言おうとしてた美鶴さんがクリーンすぎるし訊かれなかったからで済ますこいつがまっくろくろすけなのが問題なんだけれど。
「あの12体こそ、全ての始まりなんだ。…と言ったら、分かるかな?」
「ヤツらを全部倒せば…“影時間”や“タルタロス”も消える…?」
「そのとおり!」
真田くんの推測に、満面の笑みで頷いた幾月に嫌悪感を感じる。
大方、うまく乗ってくれたとでも思っているのだろう。本当に気持ち悪いやつだ。
「さっきは話の腰を折られちゃったけど、どうだい、朗報だろ?」
「本当なんですか!?」
「確証となる記録もある。ここからが、本当の戦いの始まりだね」
ああ本当にムカつく。こいつを目の前にすると平常心が保てそうにないのが本当に嫌だ。
な~~~~~~~~~~~~~~にが本当の戦いだ。
本当に、何故かわからないが平常心を保てずこれだけ心の中が荒れ狂うのはちょっとおかしいかな、とは思うものの、こいつがやったことは凄まじいやらかしレベルのことでもあるので擁護しない。死んでもしたくない。
「ホントの、戦い…」
「事情がどうあれ、人を守るためなのは変わらない。シャドウ達は、だんだん力を付けてる。待っているだけじゃ勝てない。それに、タルタロス自体にも謎は多いからね。なぜあんな巨大なものが現れたのか…僕らの知らない“答え”が、きっとあるはずだ」
そういえば、幾月は予言云々は知っていても、タルタロスの“役目”は知らないんだったか。
そのまま知らないままでいてくれ…と祈るしかない。
話が終わって作戦室から皆が出ていき、室内には自分と幾月の2人だけが残っていた。
あんなどうしようもない空気で解散したというのに美鶴さんを含めた皆はこちらに心配するような目線を投げかけていた。
心配されるべきなのは、自分ではなく美鶴さんなのに。
それとも、戦力の低下を案じてのことだったのだろうか。…わからない。
「三上君。私はね、きみに部を抜けてほしくはないんだよ」
「……」
ギラリ、とメガネの奥の目が光ったような気がした。
「きみは彼らにとって…特に有里兄妹にとっては欠かせない存在だ」
幾月が、迫る。
思わず後ずさる。
「きみが部にいる限り、弟さんと妹さんである2人が無茶をしないはずだ。きみがいるからこそ、繋ぎ止める鎖となり、ストッパーにもなっているんだよ?」
また、幾月が迫ってきた。
ゆっくりと、後ずさる。
「それにね、きみは私にとっても大事な存在だ。そう──とても、ね」
幾月が、息のかかる距離にまで迫ってきた。
後ろは、壁。もう逃げ場はない。
「何故逃げようとするんだい? 私はこんなにも、いつも通りだというのに」
「……」
めちゃくちゃ距離が近いからだよ。
なんて言って引いてくれる相手ではない。いや、もしかしたら「冗談冗談」といって離れてくれる可能性はあるだろう。
だが、この幾月は何かおかしい。まるで、被っていた皮を脱いだような──
「…まあ、とにかく部を抜けないで、大事に育ってくれたらそれでいいよ。身体を壊さないように気を付けるんだ」
「…はあ、気を…つけます…」
そう言って離れてはくれたが意味が解らない。
気持ち悪い。
言われた言葉に何か違和感を覚える。
ぞわぞわと、背筋を虫が這うような気持ち悪さがする。
そそくさと頭を下げて離れる。
あの男と同じ空気をこれ以上吸って居たくない。
今日はもう、風呂に入って寝てしまおう、と考えた。
さっぱりして、モコイさんとなんでもない話をするか部屋にあるテレビで騒がしい番組を見て忘れて寝よう。たとえそれが、先延ばしにする行為であっても。
そう思いながら、自室のドアを開けた。