7/12 (日) 昼
暑い。
夏なのだからそりゃそうだと言われても仕方ないのかもしれないがとにかく暑い。
ビルのガラス窓とアスファルトは太陽光を反射してこちらに照り返してくるし、地面は地面で灼けるように熱いしでたまったものではない。
「あっつ…」
ふらふらする。
制御剤を飲み始めたのもあってかあまり体調も良くないし、暑いからか気持ち悪い。
胃の中には何も入ってないのに吐きそうだしひとりで外出したことを後悔するレベルだ。
それでも、暑苦しくなるが直射日光に焼かれるよりかはいい、と薄手のパーカーのフードを被りなおして歩みを進める。
今日の目的は神社へのお参りとコロマルの様子を見ることだ。
境内への階段を一歩ずつ、ゆっくり上がる。そしてようやく上がりきったころには眩暈が更に酷くなっていた。
(日陰…どこか日陰…)
汗をぬぐって日陰を探す。
境内を見回していると、こんなに暑いのに学帽を被り、長袖で真っ黒の学ランをきた男子学生とペットと思われる首輪をつけた黒猫がベンチの上で座っていた。
見たことがないのでここら辺の学校の制服ではなさそうだ。
(他の参拝客かな…)
この人気のない神社に舞子ちゃんや神木くん以外の人がいるのは珍しい、と思いながらも自分は軒下の日陰に腰を下ろして凭れかかる。
本当に暑くてどうしようもない。飲み物でも買って持ってくればよかった、と後悔する。こんなに体調が悪くなるなんて思わなかったし、夏の暑さを舐めていた。
少し体調が落ち着くまでじっと息を整えていよう、と深呼吸を繰り返していると、目の前に学ランの男子学生がいつの間にか立っていた。
「もし。気分がすぐれないようですが」
「ああ、えっと、大丈夫です…暑さにやられてるだけなんで…休めば大丈夫なんで…」
いきなり話しかけられたので驚く。
よくよくみると美丈夫とでも呼ばれそうな整った顔をしている彼は、懐から缶ジュースを取り出した。
「水分を摂っていないようでしたので。お節介でなければ、これを」
「ありがとうございます…」
「…ライドウ。バテている相手にそれは不味いであろう。別の物にしろ」
差し出されたもの──マッスルドリンコを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、横から声が聞こえてきて止める。
この妙に渋い声はどこから聞こえてきたのだろうか。…ではなく、
「…ライドウ…?」
聞こえてきた名前を思わずつぶやく。
ライドウと言えばモコイさんが警告していた…というかぶるぶる震えていたあの葛葉ライドウじゃないのだろうか。
「この人間…我の声が聞こえているのか…?」
「…ゴウト、出てきてしまっては余計に驚かれますよ」
「!!」
猫だ。黒猫が喋ってる。
男子学生──たぶんライドウ君の肩からにょきりと顔を出したのは先ほどの首輪をつけた黒い猫。名前はゴウトというらしい。名前も中々に渋くてかっこいい感じだ。可愛いけど。
妙に渋い声で猫が喋る現実に、脳みそがフリーズする。いや、普段悪魔やシャドウやらなんやらを見ていてこういう非日常の事には慣れたと思っていたのにここにきてまさかの猫が喋るという事態に思考が追いつかない。しかし可愛い。
緑のまんまるな目がくりくりしていてとても可愛い。
「うぬよ、我の声が聞こえているのなら首を縦に振るのだ」
古風な言葉づかいで喋る
興奮のあまり首を縦に何度か振った。
「そ、そう何度も振らずとも良い!」
「俺…暑さでやられて猫ちゃんが喋ってる幻覚見てるのかな…」
マボロシだろうが幻覚だろうがどうでもいい。
猫が喋っているという現実に感謝した。ありがとう夏の暑さ。
「我は幻覚ではない! 幻聴でもないぞ! …ライドウ、この人間が暑さでどうにかなってしまう前にさっさと別の飲み物を渡してやれ」
「はい」
次に差し出されたのは四ツ谷さいだあ。
無難なチョイスだ。できれば炭酸じゃないのが良かったなんて口が裂けても言えない。
「えと、すみません…」
頭を下げて受け取り、プルタブを開けて中身を一口。
ぬるい。
善意で貰ったものに文句をつけるのはどうかと思うが人肌程度のぬるさと炭酸の舌触りと甘みがなんともいえない感じになっている。
それでもからからに乾いていた口は潤ったので、貰えたことに感謝しなければいけない。
「ありがとうございます。少し楽になりました」
「それは良かった」
微笑むライドウくんは眩しかった。
これは夏の日差しのせいじゃなくてライドウくん自身が輝いてるに違いない。
「……ライドウ、こやつ…」
「ええ…」
ライドウくんの笑顔にやられていると、なにやらコソコソと2人で話し合いをしているらしい。
まさか、モコイさんと居ることがバレてしまったのか。
もしそうならどうしよう、と考えが頭の中で回る。
「すみません、つかぬ事をお伺いしますが、血縁に神職の方がいらっしゃったりその家系ということはありませんか?」
ライドウくんが真面目な顔をして訊いてきたのは別の事だった。ほっと安心する。
でも心当たりも無いし首を横に振る。
有里の家はともかく三上家はそんな知り合いも血の繋がりもなかったと思う。
「いえ…」
その答えに、ライドウくんとゴウトは顔を見合わせた。
「血筋由来のものではない…? どう思います? ゴウト」
「かのホワイトライダーを神降ろしするなど尋常ではないであろう。あやつほどの悪魔をこのような若くか細い人間に降ろそうと思うと負担も労力も相当なものになる。しかも害を与える目的ではなくただ降ろすだけとなるとさらに理由がわからぬ。…守護目的か?」
ゴウトの口から飛び出したホワイトライダーの名にドキッとする。
もしかして、モコイさんじゃなくてホワイトライダーが見えているのか?
しかし、ただのペルソナっぽいホワイトライダーが見えているなら他のペルソナも見えてないとおかしい。でも特に追求されないので見えてないと思いたい。
「お名前をお伺いしても?」
「三上です。三上優希。あの、なんかヤバいんですか…?」
「三上さん、ですね。いえ、ヤバいと言われればヤバいんですが…特に害は無さそうなので大丈夫かと。それより、最近変わった事などに心当たりは?」
めちゃくちゃ心当たりしかない。
ホワイトライダーと生死をかけたシバキあいをしました!なんて言って信用されるわけが無い。
もしかしたら信用してくれるのかもしれないけど個人的に到底信じられないことなので黙っておこうかと思う。
「……ないです」
本当にごめん、めちゃくちゃ心当たりしかないけど黙秘します。と心の中で謝る。
ライドウくんがいい人そうなのが罪悪感を余計に煽ってしまう。モコイさんが言うような怖い人じゃなくて良かった、とは思うけどこちらはこちらである意味怖い。
顔と性格的な意味で。
「……イヌガミ」
「ナンダ、ニンゲン!」
「…読心術を」
突然ナチュラルに懐からパイプタバコの管みたいな金属の細い管を取り出したかと思えば、そこから悪魔を呼び出したぞこの人。
「んん!?」
「ライドウ…」
というか即座にその悪魔に読心術を命令させたって言うのにびっくりだ。こっちが目の前にいるのに堂々と悪魔を出すわ読心術命令させるわでモコイさんの言ってた怖いってそういう事なのか…と手のひらを返しそうになる。
ゴウトはそんなライドウくんを呆れた目で見てるしこっちは驚くくらいしかないし……って、あ!
「アオーン! コノニンゲン、ナニモミエナイ! コイツコワイ! オレサマ、モウモドリタイ…クゥーン」
「なにも…?」
よかった。モコイさんのことを考えていたので読心術で繋がりがあることがバレてしまうのではと心配したけどなんだかよくわからないまま心の中というか頭の中がバレなくて済んだ。
ライドウくんとゴウトは真剣な顔つきでこちらを見る。
「いや、あの…その犬みたいなのなんですか…妖怪…? それとも幻覚…?」
そんなに見られても困るので話題を変えつつイヌガミを指さす。
湊の使うペルソナで見たことはあるが悪魔としてのイヌガミを目にするのは恐らく初めてだ。くねくねと空中で八の字を描きながら浮かぶ姿はとても可愛い。頭の黒い毛が短く艶々で触ってみたくなる。でも油断すると噛みつかれそうなのでちょっと怖い。
なんだか怯えてるようにも見えるけどどうしたんだろうか。
いやまあ、どうしたんだろうとは言ったものの十中八九ホワイトライダーが原因だろうしホワイトライダーが怖いのなら仕方ないと思う。イヌガミと魔人もとい黙示録の騎士だとレベルが違いすぎる。
…そう断言すればちょっと心の中で抗議の声が挙がった気がした。
貰ったホワイトライダー、本当に人格のない力だけの存在なのか…?
個性…あると思うんだけど…気のせいだろうか。
「ライドウ。 見える人間もいるのだから目の前で悪魔を出すなとあれほど…! ましてやいきなり読心術を使うなど!」
「すみませんゴウト。ですが…」
「だってもなにもないであろう! …うぬの見えているこれはイヌガミと呼ばれるものだ。ライドウによって使役されているものであるから勝手に襲い掛かったりはせぬが…ライドウが無神経な事をしてすまぬな」
「あ、幻覚じゃないんですね。噛みつかないんなら大丈夫です」
「うぬ、ずぶといと言われることは無いか…?」
そんなため息と共に、ゴウトの口からモコイさんがだいたい話してくれたことと同じような悪魔の説明がされる。
「──つまり、悪魔が見えるという事はそれだけ“素質”があり狙われやすいという事だ。我らから見てうぬは非常に危うい。が、しかし…うむ…」
「ゴウト、彼には我々の連絡先を渡しておいた方がよいのでは? 調査のついでに護ることくらいならば…」
「ライドウ、我らとてそうすぐに駆け付けられるものでもなかろう。だがそうであるな…連絡先くらいは交換しておいて損はない」
では、と勝手に話が進められてライドウくんが懐からシルバーの携帯電話を出す。
そして真顔のまま、
「番号を」
と言葉少なにその携帯電話を差し出してきた。
それを受け取り、自分の携帯電話の番号を入力する。
それと同時にこちらも携帯電話を出した方がいいと思ったのでライドウくんにそれを手渡した。が、
「……」
受け取ったライドウくんは沈黙して微動だにしない。
それどころかダラダラと顔を青くして冷や汗を流し始めた。
「だ、大丈夫…?」
「だだだ、大丈夫…です…電話番号の登録くらい…自分にだって…でき…でき…あっ…変な画面に…!?」
人差し指でボタンを押そうとしているライドウくんは酷く挙動不審だ。
もしや、これは…操作がわからない…とか…?いやそんなまさか。
彼だって(たぶん)高校生だ。携帯電話で番号を登録することくらいはできるだろう。
「ライドウ、大人しく観念して携帯電話をミカミに渡すのだ。機械が大の不得手のうぬに扱い切れるモノでもあるまい。ついこの間、支給された電子召喚器であるCOMPとやらを壊したことを忘れたのか?」
「うっ…」
「あれは試供品扱いの支給だったから良かったものの…COMPを使う事態になったらどうするのだまったく…報告書も我がこの手を使い“ぱそこん”の“わーぷろそふと”で打っているというのに…よいかライドウ、いつも我がいるとは限らんのだぞ。いつまでも我に頼ってばかりでは18代目葛葉ライドウとして一人前になる事は出来ぬ!」
「はい…」
ぷんすこ!と愚痴混じりに怒るゴウトに言葉でぼっこぼこにされてライドウくんは頭が上がらないどころか今にも地面にでも埋まってしまいそうなほどに落ち込んでいる。
機械音痴のライドウくんに任せるのは先ほどの会話から駄目と分かったので電話番号を言ってもらって登録しよう。きっとその方が早いだろう。というかそうしたほうが絶対に携帯電話も無事ですみそうだ。
「じゃあ俺が登録するので携帯返してもらって…番号お願いしてもいいですか?」
「かたじけない」
意気消沈するライドウくんに携帯電話を返してもらってたどたどしく伝えられる番号を登録する。
そしてこちらからライドウくんの携帯に電話をかければ、着信音がちゃんとなったのですぐに切った。
「ミカミ、夜道には気をつけよ。いや…夜道でなくとも悪魔は出るが夜の方が奴らは活動しやすい。何かあればこの番号にかけるのだ。すぐにとは言わないが急いで駆け付けよう」
「ありがとうございます」
気まずい。1人でもほぼほぼ対処できます、なんて今更言えない。
モコイさんと一緒にいることやナイフなどの武器を持ち歩いている事がバレたりすると弁明のしようがない。この無償の善意がすごく心にくる。
ライドウくんとゴウトがいい人(猫)なだけに。
「では、そろそろ時間なのでな。ゆくぞ、ライドウ」
「はい。…では、さようなら」
「さよなら」
頭を軽く下げたライドウくんの肩にゴウトが飛び乗る。
そしてそのまま1人と一匹は神社の境内から去っていった。
まるで台風のような二人だったな、と思うと同時に変なつながりができてしまったことをモコイさんに報告するかどうか悩む。
言ったら言ったでモコイさんに怒られそうではある。けれど伝えなくてはバッティングしたときにモコイさんに言い訳が立たない。
(よし)
つながりができてしまったものは仕方ない、と諦めて大人しく報告することに決めた。
怒られるより信頼を失う方が自分は怖い。
立ち上がってお参りをする。
内容は、「次の試練と大型シャドウ戦が無事に終わりますように」だ。
こんなときに神頼みとは何とも微妙なものかもしれないが、祈らないよりかはマシという気もする。
(コロマルはいなかったしこの後はどうしようかな…)
お参りが終わり、神社ではやることがないので予定が空いてしまっている。
先ほどまで体調が悪かったのでこのまま帰ってもいいが、なんだか楽になっているし飲み物を持っている今なら大丈夫だろうと高をくくった。
──のが、駄目だった。
(ま、まずい…さっきより悪化してる…)
ふらふらと駅前を歩く。
途中で飲み物を追加で買い、飲みながら歩いていたがライドウくん達と一緒にいたときより楽じゃない。
日陰で休んでいたから楽だったのか、誰かと話していたから楽だったのか、どちらかはわからない。けれど移動を始めて少したって調子に乗ってきたらこれだ。
自分は馬鹿か。
「はーっ…はーっ…げほっ…けほっ…」
暑さでむせる。
息もあがっているし眩暈も酷い。ぐにゃぐにゃと世界が歪んでいるようにも見える。
ひときわひどく視界が揺れた気がして、思わず建物の壁に手をついて蹲る。
「……最悪だ…」
まっすぐ帰ればよかった。
蹲っても視界の揺れは治まらない。心臓の音が煩い。息が苦しい。
深呼吸をして落ち着こうと息を大きく吸った瞬間、ふ、と意識が飛んだ。
「おい!」
目を開ける。
何度か瞬きしてぼやけた視界が治るころに分かったことは、ここがどこかの家の一室らしいことと腕に点滴が刺さっていて簡易ベッドに寝かされていることだ。
ここはどこだろうか。病院のように処置をしてもらってはいるが病院ではなさそうなことだけはわかる。
視界を少し動かせば、大きな水槽があり、そのアクアリウムの中で熱帯魚が泳いでいるのが見えた。
ここが病院なら処置室にはアクアリウムは無いはずだ。
不思議な部屋に頭の中ではてなを浮かべる。
「目が覚めたか。ったく、世話かけさせやがって…」
部屋のドアが開き、マグカップを持った男が入って来る。
よれよれのスウェットにぼさぼさの髪。疲労を濃く残したその顔に、自分は見覚えがあった。
「まさかオフの日に買い物に出かけたら受け持ってる患者が意識失ってるなんて誰が思う? なあ、」
かかりつけの主治医だ。
名前はそう、たしか──朝倉だったはず。
それにしても口調がなんとも荒いしいつも病院で見ている雰囲気は全くない。別人だと言われたら信じてしまいそうな感じだ。
「あ? 病院で見てるオレと違うって顔してんな? 鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してるぜ。こっちが素だよ、素。あっちはよそ様用にペルソナをな…こう、チョイチョイっと付け替えてんだ」
「!?!?!?!?」
「お、そのカオいいねえ。正しく驚きましたって顔だ。お前のかんがえてること、あててやろうか? “どうしてペルソナの話をしたんだ”ってトコだろ? 決まってらあ、
朝倉先生は皮張りの椅子に腰掛けてラムネ菓子を口に流し込んでバリボリと音を立てながら砕く。
どうしてペルソナ使いだという事がばれたのか、そもそも先生もペルソナ使いだったのか、という驚きが衝撃的すぎて他の事が何も考えられない。
「おーおー、驚いてら。驚いてるお前の想像してるであろう質問に答えてやろう。なんたってオレはイイ医者だからな。
ひとつ、オレは高坊の頃、ダチと『ペルソナ様遊び』をした。『ペルソナ様、ペルソナ様、おいでください~』ってやつな。そこで肩幅広めのエセ紳士に名前を告げてペルソナに目覚めたってわけだ。お、訳わかんねえって顔してんな。ジェネレーションギャップだなあ。お前が幼稚園児くらいのガキのころは流行ってたんだぜ? これ」
ペルソナ様遊び。
聞いたことがない。そんな簡単そうなものでペルソナに覚醒できるってことはこの世界がペルソナ使いだらけにならないだろうか。
そんなことを思いつつも他にペルソナ使いがいるという情報に特段驚きはない。なぜだろうか。
「ふたつ、なんでお前がペルソナ使いだと分かったか。お前が春先にぶっ倒れて寝込んでる時に視えたから、っつーのが答えか。曖昧かもしんねーがそのあとも独特の“匂い”がしてんだよ。お前も、お前の見舞いにきた同じ寮の人間とやらも」
匂い。
モコイさんも言っていたがなんだか臭いんだろうか。動く右腕をくんくんと嗅いでみる。
…わからない。
「匂いはペルソナ使いの中でも変わってるやつにしかわかんねえよ。まあその匂いに関しては特にお前はその匂いが濃い。あとはお前の弟と妹もだな。お前と比べると弟はお前の5割。妹は2.5割くらいといったところか。というか前より濃くなってねえか…? …まあいいか。
みっつめ、ここはどこか。ここはオレの家兼自営の病院だ。ここで人には言えないモン抱えたやつらの治療やそいつら向けの薬とかの販売をしてる。悪魔とかの相手をしたやつとかな。…お前、悪魔ってわかるか?」
こくりと頷く。
さっきゴウトにレクチャーしてもらったばっかりだし、日頃モコイさんと一緒に襲い掛かってきた悪魔を返り討ちにしたりしているのでタイムリーな話題ともいえる。
「手間が省けて助かるわ。ペルソナ使いやサマナーってやつらが悪魔とかと戦うときがあるんだが、そういうやつらは普通の病院だと変に勘ぐられちまうし頻繁に利用してたらややこしいからな。そういうやつらにゃそういうやつらの為の場所が必要なのさ」
足を組んで悪い顔で笑う朝倉先生はいい意味で悪い大人だと思う。
ニヒルという言葉が似合うその出で立ちは、ちゃんと整えていたらもっとかっこいいだろうにと思うと残念だ。
「ところで、これ、な~~~~~~んだ?」
スウェットのポケットから取り出されたのは、タカヤからもらった制御剤の入ったピルケースだ。
さあ、と顔から血の気が引く。
ある意味一番バレてはいけない人間にばれてしまった。
「オレの処方した薬じゃねぇよなぁ~~~~~~? おい、答えろ。これはなんだ?」
怖い。
顔が堅気のそれじゃない。
「どうせお前が急激に体調悪くしたのもこれのせいだろ。お前の病気は確かに発作が出るときがあるが、そのタイミングが分からんだけで日常生活にも運動にも支障がないはずだ。あんな顔真っ青にして汗ボタボタ垂らしてイキナリ気絶するほどのもんじゃねえ。…そういや、春先に運ばれてきたときも死にかけてたな。あんときのもこれが原因か?」
首を横に振る。
制御剤はあのときは飲んでいないしそもそも貰ってすらいなかった。
どうして倒れたのか、自分ですらわからないのだ。
「春先のは違うってわけか? じゃあこれはなんだよ。まさかラムネってわけでもねーだろ」
「ペルソナの…」
「あ?」
「ペルソナの制御剤…です…それで、ペルソナを…抑えてる…」
「ああ!?」
責められてもごもごと自白すれば、朝倉先生は勢いよくソファーから立ち上がってずんずんとこちらへ近づいてきた。
その顔は般若に近い。
「ペルソナの制御剤だと!? ふざけんな! なにがあってそんなもん飲んでる!? お前が…お前がそんな体調悪くするほどのモンを!!! いつからだ!」
「えっと…」
頭の中で思い出す。7日が暴走した日で、その次の日である8日に制御剤を貰い、それから毎日昼に飲んでいる。
つまり…
「5日前…くらいから…です」
「たった5日でこれか…!? 馬鹿野郎! 飲むのやめろ! 今すぐにだ! ああくそ、今からお前の精密検査…いや、採血だけでも…!」
ガシガシと頭を掻きむしって焦った顔をする朝倉先生がうろうろと部屋の中を歩きだした。
飲むのをすぐに止めろと言われても止めるわけにはいかない。そんなことをしてまた得体のしれないペルソナが暴走したら困るのは自分だ。
「俺には…飲むのを止めることはできません…やめられ、ないんです」
「なんでだ!!! 中毒性でもあるのか…!?」
「違います…! 飲むことをやめたら…俺は…周りを傷つけることになる…! だから…」
必死に否定する。
中毒性はない。けれど飲むことは何を言われようとも止めることが出来ない。
ペルソナが暴走すれば傷つくのは自分ではなく周りだ。自分だけが傷つくのならそれでもいいが、周りに被害が及ぶのならそうもいかない。
「…そういや、ペルソナの制御剤っつってたな。なるほど、お前ペルソナが暴走してんのか?」
無言でうなずく。
自分としては暴走しているつもりはないが、周りが言うのだからそうに違いないと思うのだ。というか、湊たちが嘘を吐く理由も意味もない。
「はあー…そうか。そういうのの対処はオレの専門じゃねえからな…どうすっかなあ…」
困ったようにまた頭を掻く朝倉先生はいい先生だ。
こんな自分のような患者を本気で心配して、怒って、何とかしようとしてくれている。
「…ただ、制御剤なんてモンが出回ってお前みたいな高坊でも手に入るってことはペルソナが暴走してる人間も少なからずいるってわけか。なるほどな。…おい、これ何個かサンプルで貰ってもいいか?」
「どうぞ…」
「ペルソナを無理やり薬で押さえつけてるってことが相当体に負荷がかかるモンなのか、それともこの薬自体が劇薬なのか。オレが調べてやるよ。んで、よけりゃ改良もしてやる。効果はちょっと薄いが体に負担がかからないやつ~ってな感じでな。…まあお前の中にいるやつは効果を弱めたやつじゃ無理そうだな…なるべく早く制御できるようにしとけよ」
この医師には何が視えているのか。
自分にはわからない。けれど、手を伸ばしてなんとか助けようとしてくれている事だけはわかる。
「ありがとうございます…」
「あ? 礼をいわれるまでもねえ。つーか、礼をいうくらいなら体調管理しっかりしろ。街中でぶっ倒れんな。オレが偶然通りかかってなけりゃ下手すりゃ熱中症になって死んでたぞお前」
「はい…すみません…」
耳に痛い。
今度からは調子に乗らないようにしたい。
「わかりゃいいんだよ、わかりゃさ。…まだ動けそうにないだろ。寝とけ。寝てる間に採血も済ませとくし夕方になったら起こしてやるから」
優し気なその声に瞼が重くなる。
自分では意識していなかったが気を張っていたのかもしれない。
「他にこの薬飲んでるやつのサンプルが欲しいな…1人じゃたりねー…ツテ使って探るか。最悪なんじょうくんかなんでも屋みてーになってるナオリンにでも頼んで…」
なんて声が聞こえていたことは聞かなかったことにして瞼を落として眠りについた。