路地裏
優希が医者の所で眠っている頃、明彦は溜まり場にいる荒垣の元を訪れていた。
「暇そうだな、相変わらず」
そう声をかければ気だるげに視線が上げられる。
「ん…? テメェか…何しに来た。また連れ戻そうってんなら、話す事はねえ」
「…そんなんじゃない。腐れ縁の相手でも、たまには心配になる事もある」
「ああ?」
眉をひそめた荒垣に、明彦は表情を変えないまま近くの階段に腰掛けた。
そして思い出すように目を閉じ、天を仰いだ後口を開いた。
「お前とも長いな…孤児院で顔を合わせてから、もうすぐ14年か…よく美紀とお前と三人で、まだ新地だったこの辺を夜まで走り回ったな。フ…影時間どころか、”時間”なんてものに目が行くことさえ無かった」
懐かしい思い出に微笑む。
あの頃は全てが輝いていて、よそ見をする暇もなかった。
「ったく、変わらねぇな…」
「?」
「弱音なら、仲間に吐きやがれ」
「ッ! …なんだと?」
心配するように吐き捨てた荒垣の言葉に、明彦は立ち上がって食って掛かる。
まるで自分は“もう仲間ではない”とでも言いたげなその言葉は、頭に血を登らせるのに十分なものだった。
しかし、次の荒垣の言葉で登った血はすぐに下がることになる。
「普段のテメェは馬鹿みてぇに前しか見てねぇ。昔の話なんかしねえ。分かり易すぎんだよ」
「………思い出話くらいするさ…俺だってな」
図星を吐いたその物言いに、明彦は黙ってしまう。
なんとかかんとか絞って吐き出した声は酷く情けないものだった。
しかし、それではいけないと表情を元に戻す。弱気になってはいけない。
なぜなら、折角影時間やタルタロスを消せる方法が分かったのだから。
「実はな…影時間やタルタロスを消す方法が、ついに明らかになった」
「!! 本当なのか…?」
頷く。
「今まで俺は、強くなる事さえできれば、正直、他は二の次だった。だが昨日、目的もなく戦ってるのかと正面から言われて、とっさに返せなくてな…」
「戦う理由か…そんなもん、それぞれだ。理由がねえなら、いっそ手を引きゃいい。…俺みてえにな」
自嘲するように吐き出した荒垣は視線を下へと落とした。
明彦はそれを首を横に振って否定する。
「お前とは…違うさ。と言うか、お前に説教をくうとはな…ヤキが回ったもんだ」
「……」
「邪魔したな」
「いや待て」
踵を返し、立ち去ろうとする明彦の背中に声がかかり立ち止まる。
「…アキ、お前らんとこに三上がいんだろ」
「ああ、それがどうかしたか?」
「…気をつけてやれよ。アイツはああ見えてなんでも綺麗に隠しやがる。ちょっと隙を見せたかと思えばそれより大きなモンを隠してるなんてザラだ。例えるなら、弱みを見せて油断させたところに特大の爆弾を隠し持ってるようなモンだ…そういうやつなんだよ、アイツは」
あまり接点がないかと思われていた荒垣が優希について言及するのは珍しい。
というよりも明彦の前ではこれが初めてだろう。珍しいこともあるものだ、と目をぱちくりとさせた。
「詳しいな」
「まあな。アイツが転校してきたときからずるずると、な。最近はぱったりなくなってたが…6月に2年のやつらを連れてここに来やがった」
「ああ、あの時か…」
「…悪い奴じゃねえ。けどな、俺には何かが引っかかる。だから気をつけてやってくれ。いい意味でも、悪い意味でも、な」
「言われるまでもない」
そう言って再び踵を返し去っていく明彦を、荒垣はじっとみつめていた。
「ちっとも変わってねぇな。お前は…」
巌戸台分寮
「お兄ちゃん、大丈夫かな…あんなこと言うなんて…」
「そうだね」
湊の部屋のベッドで寝そべる奏子が心配そうに呟いたそれに湊は頷いた。
最近の兄はよく思いつめたような顔をしたりはぐらかしたりと隠し事が多いが昨日のそれは
その比ではなかった。
──憔悴しきっている。
そんな表現が的確だった。
原因は分かりきっている事だが先日の大型シャドウ戦でのペルソナの暴走だろう。
誰から聞いたのかはわからないが、一歩間違えれば奏子と美鶴を傷つけてしまいかねないその行為を知ったらあの責任感の強すぎる兄が悩まないはずがない。
「どうせ要らないことまで考えて気にしてるんだよ」
「そうだね…お兄ちゃん、そういうところあるもんね。あーあ、ホントに桐条先輩とお兄ちゃん、そういうとこ似てるよね…」
「わかる。でも優希より先輩の方が相談してくれる時はしてくれるしマシだよ」
「…なんでお兄ちゃんあんなに全部しょい込みたがるんだろー、1人で全部できるわけないのに」
2人そろってため息を吐く。
兄が頑固者なのを双子は良く知っていた。
あまり相談ごとをせず、何でもひとりでやろうとする。
そして思いつめがちなのだ。
今までそれで大事に至ったことはない。だが、この状況ではどうなるかわからない。
しかしいつから兄がこうなったのかが双子にはわからない。中学の時から? それとも、高校になってから?
覚えがないため奏子は少し眉をひそめた。
「ねえ湊、覚えてる? 私たちがお兄ちゃんと再会した時の事」
「忘れるわけない」
「だよね…」
思い返す。
あれは事故が起こってから2年ほど経った小学4年生の時のことだった。
両親を亡くし、親戚をたらいまわしにされていた2人は突然、御影町に住む三上夫妻に引き取られたのだ。
そこで顔合わせとして連れてこられたのは、幼いころに行方不明になった兄だった。
思い出よりも少し身長が伸びていて、それでいて変わりの無い表情の兄。
「やっとあえた…!」
そういって、ぎゅうぎゅうと抱きしめられ頭を撫でられる。
どうして兄がここに、どこにいってたの、と聞きたいことが二人には沢山あった。
「お、おにーちゃ…!」
「……!」
さわ、と2人がタイミングを合わせたわけではないが同時に兄の背中に手を回す。
帰ってきたぬくもりに、これは夢ではないと2人で確かめ合うように兄の服を握り締めた。
顔合わせが終わった後、心配そうにそわそわとする兄は席をはずし、三上夫人からこの家で暮らすにあたっての注意事項が伝えられた。
ひとつ、遠慮しないこと。
ふたつ、亡くなった両親の事は忘れなくてもいいけれど、我儘をいったり甘えることはしっかりすること。
みっつ、よく学びよく食べよく遊んでよく寝ること。
よっつ、兄の名前を
四つ目を聞いたとき、奏子が「なんで?」と悲しそうに眉をひそめたのを湊はよく覚えている。
ただそれにも理由があった。
「私たちがあの子を引き取った時、あの子には全ての記憶が無くて…貴方たちのことくらいしか覚えてなかったのよ。名前も覚えてなかったから私たちは『優希』って名前を付けたんだけれど…貴方たちの事を調べて、あの子のこともわかって、貴方たちのお父さんとお母さんから…本当の、両親からもらった名前のことも伝えたの。でもその時、貴方たちのお兄ちゃんであるあの子は、突然吐いて…発作みたいなものを起こしてしまって…わかるかしら…そうね、とにかく大変なことになったの」
目を伏せる夫人に、不安になった奏子と湊はぎゅっと手をつないだ。
どうして、なんで、兄がそんな目に? と同じ疑問を抱えながら。
「急いで病院に運び込んで、しばらく入院して診察をうけたわ。お医者さんはね、『心が蓋をしているモノを、名前をきっかけに思い出してしまいそうになるからそれに対して無意識に拒否反応を示してるんじゃないか』って言ってたわ。きっと、思い出したくないほどつらいことがあったんでしょう。だからね、2人とも、お兄ちゃんが大丈夫になるまで我慢できるかしら…?」
「できる! 私、我慢します!」
「…僕も」
「ありがとうね。…そうだわ! ふたりとも、今日の晩御飯はなにがいいかしら?」
「「オムライス!」」
2人で声をあげると夫人は微笑ましそうに笑う。
今思えば優希が穏やかに微笑むような表情をするようになったのは彼女の影響かもしれなかった。
「…あの時、お兄ちゃんには私たちの記憶以外ないって言われてたし、ホントにお父さんやお母さんのこと覚えてなかったから間違いないと思うんだけど…この前、ううん、6月の満月の日に変になったお兄ちゃんが呼び出したアレ、私たちは10年前に見たことあるよね…?」
「奏子も覚えてた?」
「うん。なんとなくだけど覚えてる。てか、お兄ちゃんが呼び出したアレを見たときに思い出したかも」
体を起こしてベッドの上に座った奏子はチョコ菓子の蓋を開け、口に放り込んで咀嚼する。
「なんで怖いアレがお兄ちゃんのペルソナなんだろ。何か変だよ…」
「けど、僕らは何もわからない」
「そだよね…お兄ちゃんが私たちと同じ“ワイルド”なら、わかるんだけど…お兄ちゃんの話なんてあの長鼻のおじいさんから聞いたことないしテオとベスからも聞いたことないよね…」
「そもそも同じワイルドなら優希も僕や奏子と一緒にベルベットルームに招待されない?」
またベッドの上に倒れこんだ奏子は天井を見上げながら、考える。
しかしヒントも何もない問題を解こうとしても解けないように、全くなんでそうなってるのかなんて奏子にはわかりようもない。
「うーん、わからん! お手上げ侍だー…」
「だろうね」
順平の真似をする奏子を横目で見ながら、湊は別の事を考えていた。
昨日の夜、兄は確かに「このようなことは二度とないように対策はとった」と言った。
そして確かに9日くらいから優希にまとわりついていた黒い靄のような手が視えにくくなっていた。
湊が知る中で暴走したペルソナを押さえつける手段はひとつ。ペルソナの制御剤を飲むことだった。
しかし兄がそんなものを手に入れるツテを持っているわけもないだろうし、知るはずもない。
だとしたらどう抑えているというのか。
強靭な精神力?
そんなはずはない。あの話し合いの時でさえ、兄の視線はぐらぐらと不規則に揺れていた。
となると、先ほど振り払った可能性である制御剤の存在をこの短期間の間にどこかで知り、手に入れたとしか考えられない。
ただ、もしそんなものを飲んでいたらただでさえ持病がある身体は持たないわけで。
(なおさら無茶はさせられない…)
かといって目を離すと勝手に無茶をする兄に内心舌打ちする。
兄は知らないのだ。どんな思いで湊がここにいるのかも、奏子の絶望したような顔も、涙も。
いや、兄である優希の事だ。もし知っていたとしても無茶をして、笑って1人で全部背負い込んで誰にもばらさずに全部持っていこうとするだろう。
(どうして…)
分かっているのに止められない。
──湊には、
夕方
ゆっくりと意識が浮上して目を開ける。
眠る前に見た天井と同じ天井に、外された点滴。
その跡には絆創膏のようなものがはってあり、少しかぶれているのかかゆい。
体調の方は寝る前よりもよく、眩暈は無くなっていたし気分の悪さもない。
起き上がって簡易ベッドに腰掛ける。
(影時間の時にこんなことになったら困るな…)
もしそうなって足手まといにでもなったら目も当てられない。
これはこれで対策を練らないと、と考えていると部屋のドアが開く。
そしてこの家の主である朝倉先生が入ってくる。
きっちり白衣に着替えてぼさぼさだった髪は整えられて、手に大量の荷物をもっていた。
「!?」
「おー、起きたか。顔色も随分マシになったじゃねえか」
「あ、はい。あの、それは…」
「あ? これか? お前が使うやつだぞ。これからな」
そう言って、机の上に一つずつ置いていく。
「お前が何と戦ってるのかは知らねーが、だいたい悪魔とかそんなもんだろ。だから、餞別に初回限定でウチのよく効く薬をタダで譲ってやろうってわけ。あ、次からはちゃんと金だせよ」
次もここに来ることが確定なのかと目を見開く。
いや、確かに制御剤の研究をしてもらう事になったので定期的にこなければならないのかもしれないが、アイテムを買う客としても来ることになるのかと思うと少し驚きがある。
「毒で痛いよディスポイズン~麻痺した時は」
「ディスパライズで?」
机の上に歌を歌いながら薬を置いていく先生のそれは良く知る歌のフレーズで。
思わず反射的に続きを答えてしまう。
「そうそう。ってお前サトミタダシの歌知ってんのか?」
「家が御影町だったので…店が近所に」
「ほー…じゃあオレと同じか。…ついでに名刺渡しとく。裏に地図が載ってっから、迷うことは無いはずだぜ」
「ありがとうございます」
名刺を受け取って財布に入れた。
そしてしばらく朝倉先生が薬類を纏める様をボーっと眺める。
「よし、と。これならまあ運べるだろ」
小さい小包くらいに纏められたそれを、紙袋に入れ手渡される。
それを受け取り立ち上がって脱がされていた上着のパーカーを羽織った。
「病院での診察の他に、ウチにも定期的に来い。それと、他にも制御剤を使ってるやつがいたら何とか説き伏せて連れてくるんだぞ。いいな?」
「はい」
「わかったならよォし! じゃ、帰れ。オレは今から忙しいからな!」
玄関まで案内されて、何やかんや玄関先が見えなくなるまでちゃんと見送ってくれる朝倉先生は面倒見がいい。
少し良すぎる気もしないが今だけはその優しさに甘えようと思う。
帰りながら財布に入れていた名刺を取り出し、電話番号を登録する。この三カ月ほどの間で連絡先が随分増えたような気がした。いや、気のせいじゃなく確実に増えている。
今までの周ではあり得ないくらいに自分の交友関係が広がっているのが手に取るように分かる。
これが吉と出るか凶と出るのか。
そんなことわからないが、もし失敗すればこの思い出が”次”には無くなってしまうのが惜しいなと感じる程度には、彼らとの関係が悪くないと思っている自分に自嘲した。
情や絆なんて、自分が失敗してしまえば泡沫のように消えてしまう脆いものだというのに。
影時間
「やあ、起きた? 湊」
湊はその声で目を覚ました。
横を向けば、ベッドに腰掛けるファルロスが。
「僕ら、初めて会ってからどのくらいかな…時が経つのは、あっという間だね。色んな意味で。…今は、
「ぴったり10回目」
「そっか。もうそんなに
湊が短くそう答えれば、ファルロスは納得したような顔をしてぴょんと淵から飛び降りた。
「ねぇ、きみのお兄さんが行方不明になったのって何年前かな」
「……12年前だけど」
「そうみたいだね。…実は、思い出したことがあるんだけど、僕が
「…?」
ファルロスの何か引っかかるような言葉に湊は疑問を持つ。
デスであるファルロスが生まれたのは10年前の実験からではないのか。
何故、12年前なのか。2年も空白があるじゃないか、と言いたげな湊の目線に気が付いたのかファルロスは困ったような顔で笑みをこぼす。
「どうして12年前なんだ、って思ったでしょ? まだ僕は君たちの中に封印されてすらいなかったのに。 …でもそれはまだ思い出せてないんだ」
しゅん、と意気消沈した様子のファルロスは珍しい。いつも飄々と微笑んでいるのに。
「ぼんやりとした微睡みの中で浮かんで誰かを見てた気がする。それがきみだったのか、奏子ちゃんだったのか、他の誰かだったのか、それすらも僕にはわからない。ああ、こんなの僕らしくないよね…ごめんね…」
「いいよ、別に。今更でしょ」
「ふふ、きみのそういう物言いも嫌いじゃないよ」
そこでようやくファルロスはいつもの調子に戻る。
「それじゃあまた、次は満月の一週間前に会おうね」
7/13(月) 朝
「明日から期末か…」
電車の席に座りながら考える。
今回、自分のことでいっぱいいっぱいになって二年生組の勉強を見ていなかったが大丈夫だろうかと心配した。
確かに何度か勉強会を開いていたようだし、湊と奏子に対する伊織と岳羽の関係は以前の周より悪くはないから勉強が滞っているというわけでもなさそうだ。
ただ、美鶴さんと岳羽の対立(と言うほどでもないがギスギスな関係)は自分にはどうすることもできなかった。
明日から試験だというのに何となく落ち着かない。しかしこれが終われば屋久島でバカンスだ。
海!カニ!エビ!海!カニ!エビ!あとたまに
そういえばになるが屋久島に滞在している間にちょうどマーガレットに告げられた一か月後になって次の試練が来そうなのでメノラーを忘れずに持っていこうと思う。モコイさんに関しても本人(本悪魔?)に行くかどうか聞いてから決めようかと思う。最悪、1人で戦うことも視野に入れる。
バカンス中に死闘を繰り広げて大丈夫なのかという不安はあるが恐らくホワイトライダーと同じようにあの訳のわからない荒野に飛ばされるだけだろうし、勝って戻った時には何事もなかったかのようになっているし細かく心配する必要はないか、と考えないことにした。
負けたとき? …そんなものは知らない。
夜
「……」
「……」
寮のダイニングの空気が重い。というか気まずい。
「え、ええと…も、もうすぐ夏休みですね。皆さん、何しようとか、考えてますか?」
山岸が上手く話題を出してくれたのでそれに乗っかる。
「俺は…特には…あっでも、体調がよければ海の家とかで海鮮系のグルメツアーはしたいかもね!」
「海の家! 三上センパイの言う通り夏と言えば海っしょ。ビーチに、水着に、ひと夏の思い出! ああーっ、気晴らしにどっか海とか行てぇー! なんかこう、南の方の、メチャクチャ透き通ってるっぽいトコ! つか、明日から期末だよ…あー、マジだりぃぃー…」
「期末…勉強…うっ…頭が…」
「奏子…」
頭を抱える奏子にこれは勉強足りてないパターンか勉強漬けだったかのどっちかだな、と遠い目になる。たぶん足りてないパターンの方だろうけど。
「まあまあ。けど、キレイな海っていうと、沖縄とか、一度行ってみたいな」
「沖縄じゃあないけど、“屋久島”って選択肢ならアリかもね」
「!」
突然割り込んできた声に皆がそちらを向く。
歩いてきたのは幾月だ。
…声の主も幾月だ。めんどくさい。
「理事長…いらしてたんですか」
「いや、前を通りかかったんで、来週の予定をちょっと知らせにね。桐条君、お父上は今年の休暇を、屋久島でとられるつもりらしい」
「え…お父様が?」
驚いたように小さく呟いた美鶴さんの声は近くにいた者しか聞こえていなかった。
「試験が明ければ、君らは休みだろ? どうだい、ここらで気分転換でも?」
「マジッ!? それ、旅行って事ッスよね!? キタァー!! 海! 海! 水着! 水着!」
伊織がガッツポーズをとる。
こちらもそれに合わせて小さくガッツポーズをした。ついでに目をキラキラさせて幾月に向かって“目的の物”を叫んでおく。
「エビ!」
「カニ!」
「バナナ!」
「水着、水着って…こいつ…てゆーか三上先輩に有里くんと奏子ちゃんまで…まだ順平よりかは健全だからいっか…」
呆れたような岳羽の視線がこちらに向くがそんなものは関係ない。今はエビが大事なのだから。
「理事長! もし屋久島行きが無理でもカニとエビとバナナ、楽しみにしてますね! おっきいやつですよ!」
サムズアップして念押しする。
理事長のポケットマネー(意味深)でエビを狩ってきてもらおう。否、買ってきてもらおう。
イセエビくらいのでかいやつ。それか中くらいのを沢山。エビフライにして食べるから。
ついでにカニとバナナも。金は沢山持ってんだからこういう時ぐらい豪勢に振る舞ってくれたっていいと思う。
今なら幾月さんってどんな人?って聞かれたら真顔で「お金を出してくれる人」と言ってしまうかもしれない。
「はは、まあ、考えておくよ。それでどうだい、桐条君」
「しかし…お父様もお忙しい方ですし、せっかくのご休暇をかき回すわけには…」
まあそうだよね、と言う感想しか浮かばない至極まっとうな意見である。
いくら同じ寮に住んでいるとはいえ、同級生(湊たちから見れば先輩)の父親(しかも多忙)の息抜きに大人数で押しかけようというのは常識的に考えて失礼の極みだ。いくら自分たちが美鶴さんと仲が良かったとしても。
「ハハ、珍しく弱気じゃないか」
美鶴さんが弱気なんじゃなくてお前が失礼なんだよ、と言いたくなる口を押えて黙っている。
「ご息女が顔を見せに来るというのに、お父上は嫌がると?」
美鶴さんだけなら絶対嫌がらないだろうし結局みんなで押しかけても嫌がりはしないけどそれは親子水入らずにはならないだろこの野郎。と内心でキレる。
マジで幾月はこちらをキレさせる天才か? それとも自分がこいつの本性を知ってるからムカつくだけなのか? と悩む。どうしてこう、いちいち癪に障るのか。普通にいい人そうに見える(そう見えるだけ)のに。
「君らは本当に、よくやってる。たまには息抜きも必要だよ。次の作戦日も分かっている訳だし…私はいいと思うけどね」
「………分かった。気分転換は必須事項のようだ。行こうじゃないか」
すこし笑い混じりにしょうがないなと言わんばかりにそう言った美鶴さんは可愛かった。
いや、最近は思いつめたような暗い顔ばかりだったので多分そういうギャップ萌えとかいうやつなんだと思う。恋愛的な意味は無い。はず…たぶん…恐らく。
「オッシャァー!!」
「カニ!」
「バナナー!」
「海か…」
叫ぶ伊織に湊と奏子。そしてぽつりと海に想いを馳せる真田くん。
「…特別メニューが組めそうだな」
考えてるのは筋トレのメニューなんだけれど、それはそれで楽しめるのならいいと思う。
「やっべ、楽しみー!」
「私、水着とか買わないと…」
「あ! 私も!」
「なんだよ!オレの貸してやるってー!」
「順平のはさすがに着ないでしょ」
「ま、そうだよな。そう言う湊は水着持ってんのかよ?」
「いや、今度買うしどうでもいい」
「幾月さんも泳ぐんですか?」
「私は泳ぐのはちょっと…」
これから始まる旅行について皆は話に花が咲いているようだ。
そんな中、岳羽と美鶴さんの二人が出て行ったのを目だけで追う。
あまり問題は無いと思って放っておくとして、こんなに無理やり幾月が屋久島に連れて行きたがったのは湊か奏子、もしくは二人ともをアイギスに会わせたかったからだろう。
屋久島にはアイギスが保管されているエルゴ研の研究所がある。その近くまで2人のどちらかを連れてくることが出来れば無事ミッションコンプリートというわけだ。
岳羽の父である岳羽主任のビデオレターの公開はもしかしたらついでの可能性すらある。
とことん掌の上で転がされてるなあ、と思いながらも別に変えるべきことではないので上手く転がされることにした。
ただ、岳羽のフォローを自分でするか、湊か奏子に任せるかはいまだに悩んでいる。放っておいても彼女は立ち直ることはできるだろう。だが、受けなくてもいい傷があるのとないのとでは違う気もするのだ。
非常に悩ましい。
(まあ、なるようになれ、か)
ウジウジ悩んでいても仕方ないか、と立ち上がる。
そして気がついた。
──今年まだ水着買ってない!!!!!
あと浮き輪も。