君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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テストと屋久島旅行(7/18~7/20)

7/18(土) 放課後

怒涛の期末試験の日々は終わった。

校舎から出るときに二年生組と真田くんが一緒にいたのでそれに合流して歩く。

期末テストからの解放感とこれから行くことになる屋久島旅行にムードメーカの伊織だけでなく他の皆も浮き足立っているようだった。

 

「ッシャァー! んーっ、この解放感! なーにすっかなー!」

「ほんと! なにしよーっかな! 屋久島! 海! 夏休み! 楽しみだよねジュンペー!」

「順平くんと奏子ちゃん、切り替え上手だよね」

 

山岸の言葉に、伊織とスキップしていた奏子が足を止めて振り返る。

そして同時に返事を返した。

 

「まあな!」「まあね!」

「息ぴったりだね…」

「…てか、あれ、そういや三上センパイはともかく真田サン一緒なの、珍しっスね?」

 

苦笑いする山岸の横にいる真田くんにふと目がいったのか、伊織が頭にはてなを浮かべた。

確かに真田くんと美鶴さんがセットで居るのならともかく、真田くんだけというこの組み合わせは皆からすると珍しいかもしれない。

 

「幾月さんに呼ばれてる。なんでも、“新たな戦力”について話があるらしい」

「戦力って、また新人ですか?」

「さあな…」

 

知らない、と言いたげに真田くんは首を横に振った。

まあ、この新人というのは天田くんのことだろう。と言うかそれ以外考えられない。

 

「風花ー! 奏子ー!」

 

そんな声と共に後ろから森山夏紀──六月にシャドウに操られてタルタロスまで来た山岸と奏子の友達──が駆け寄ってくる。

 

「あれ、夏紀ちゃん。どうしたの?」

「汗びっちょびちょだよ大丈夫!? 走ってきたの!?」

「…はあ、はあ、教室から超特急で走ってきた…あンね、風花と奏子さ、補習付き合ってくんない? 知ってる顔、無くてさ…あ、つーか…今日はアレか…奏子はオニーサンと一緒にいるし…風花は実家帰るとこ? じゃ、いいや」

「待って!」

 

踵を返し立ち去ろうとする森山に、山岸が声をかける。

 

「いいよ、大丈夫。一緒に行こう」

「私も行くっ! テストの結果…ヤバそうだし…一応受けとかないと…!」

「じゃあそういう事で…済みません、先に戻っててください」

 

青い顔をして冷や汗を垂らす奏子と山岸が森山に駆け寄る。

この様子だと奏子のテストの結果は…察するべきかもしれない。だが奏子はやればできる子なので赤点にはいかないだろうし大丈夫だと信じたい。

信じ…うん。勉強会してたし信じるべきだと思う。

隣の湊が諦めたような遠い目をしてるなんて見えないもんね! なあモコイさん!

 

…モコイさんは今日は留守番の気分だからって留守番してるんだった。つらい。自分は1人でなにやってるんだろう。

ちなみにモコイさんに「屋久島行く?」と聞いたら「モチのロンで行くに決まってるネ、チミ」と言われたのでモコイさんも屋久島行きが決定した。悪魔とはいえ南の方はこっちより暑そうだし子供用かペット用の帽子でも買って被せるべきなんだろうか。でもモコイさんは他人から見えないらしいし帽子だけ浮いてるというのもそれなりにホラーなのでちゃんと着てる物も隠せるかどうか聞いてから考えよう。

「怪奇! 屋久島で浮く帽子!」 とか伊織あたりが喋り出したら申し訳なさでビーチに埋まる自信がある。

 

奏子と山岸が森山と共に校舎に戻っていくのを眺めながらそう思案した。

それにしても、一時期は「ぶっ飛ばす!」とまで言ってた森山と奏子の仲が良くなって良かったと思う。

 

「なんか、変わったよなぁ…びっくりだぜ、マジ」

「仲良きことは美しきかな。いや、結構。青春って素晴らしいよね! なんか、キラキラしてる」

 

伊織の言葉に被せるように、思ってもないようなクッサイ言葉を吐きながらこちらへ歩み寄ってくる幾月に顔を顰める。

幾月、お前の発言はキラキラどころかゲロゲロしてるけどな、と言いたいのを我慢して振り向く。自分は今、渋い顔をしてないだろうかと思うが別に渋い顔ぐらいは見られててもいいかと開き直ることにした。

 

「理事長…?」

「人を迎えに来て、近くを通りかかったもんでね。ちょうどいい、紹介しとこう」

 

幾月の後ろから、背丈の小さい初等科の少年──天田くんが歩いてくる。

 

「どうも」

「あれ、天田君じゃん。どしたの?」

「! 知り合いだったのか…」

 

岳羽の驚くような声に、真田くんが目を見開いた。

 

「彼は、事情があって、休み中も帰らないんだよ」

「あ、少し聞いてます…確か、ご両親…」

「もともと母さんと2人だけだったんですけど、その母さんも、事故に遭ってしまって。一昨年の事です」

 

微妙な空気になる。

家族についての話はここらではタブーだ。いろいろと、特別課外活動部は家庭環境が複雑な人しかいない。

 

「まあ…そういう事なんだ。今は遠縁からの学費の保証だけで通ってる。でも、だからって1人ぼっちで初等科寮に居たんじゃ寂しいだろ? そこで、彼を夏の間だけ、君らの寮へ転居させることにしたんだ」

「転居って…えっ!? いいんですか!?」

「もちろん、招くからには、彼にも“見込みがある”という事だよ」

「!」

 

幾月の言葉に、全員が目を見開く。

「見込みがある」。その言葉の意味を解らない皆ではない。天田くんにも、ペルソナ使いの素質がある、もしくは影時間に適応した。ということだろう。実際そうなのだけれど。

 

「それじゃ、俺が聞いてた、“新たな戦力”というのは…」

 

真田くんの言葉に、幾月は天田君のいる横を見つめながら口を開いた。

 

「うん、まあね。でも、ご覧の通り、彼は初等科だし、あくまで、可能性の話だけど」

「……」

「真田明彦せんぱい…ですよね」

 

複雑な顔をした真田くんに、天田君が歩み寄る。

 

「あ…ああ」

「ウワサ、初等部にも届いてます。ボクシング…負け無しだって」

「ああ…よろしくな」

 

挙動不審な真田くんは明らかにいつもとは違った。

天田くんと荒垣くん関係の事で挙動不審になっているんだろう。()()()()()()()()()()()()

 

(あれ…?)

 

なんでいま、自分はそう思った?

 

 

 

 

7/19(日) 昼

昨日天田くんをみてから謎のもやもやが止まらない。

胸騒ぎと言うのだろうか、そんなよくわからないものがぐるぐると渦巻いている。

それでも、まだ水着を買っていなかったのでモコイさんとポロニアンモールに出かけて色々物色した。

モコイさん曰く、悪魔は持ったものも同時に見えなくすることができる(範囲は限られているけれど)らしいのでモコイさん用にサングラスと麦わら帽子を買った。

自分は水着とその上に着る濡れてもいいパーカーと日差しを防ぐキャップと大事な浮き輪を買った。

海に入るにしてもぷかぷか浮き輪で浮かんでいたい派なのでこれだけは譲れない。

 

「サマーバケーション、ビーチ、トロピカルハワイ…グフフ…モコイさんは楽しみだネ」

「行くのは屋久島だからハワイじゃないけど、楽しめるといいね」

「ウィ!」

 

ウキウキと嬉しそうに買ったばかりの麦わら帽子とサングラスを被りながら、子供用の小さなリュックに荷物を詰めるモコイさんにこちらも笑顔になる。

自分も荷物を詰めないと、と荷物をまとめ始めた。

 

 

 

 

7/20(月) 朝

フェリー

 

「うおー! ようやくはっきり見えてきたぜ奏子っち! アレが、や・く・し・まーーーーーーーーー!!!!」

「待ってろバナナーーーーーーーーーーーーー!!!!」

「はは…」

 

絶賛海の上を爆走しているフェリーで順平と奏子が叫ぶ。もう船に乗ってからはテンション上がりっぱなしらしく、きゃいきゃいとふたりで元気にはしゃいでる。

自分は日陰に座りながら海と鳥を眺めているし、湊は眠そうにあくびをしていた。

 

「ん…?」

 

伊織がこちらを向いて俯く。

山岸を挟んで微妙な空気になっている岳羽と美鶴さんが気になったんだろう。

真田くんもなんだか静かだ。まあ、こればかりは仕方ないと割り切るしかない。

 

──ところで理事長はちゃんとカニとエビとバナナを用意してくれているんだろうか。

 

 

 

 

 

屋久島につき、案内された大理石の床と柱が並ぶ建物の中をぞろぞろと歩く。

 

「すごい…」

「リアルに“世界の豪邸訪問”だな…」

 

山岸と伊織がそう呟くのも無理はない。なんていうか、建物全体が輝いているのだ。

ぴかぴかに。

埃ひとつ無さそうなその道の向こうから、メイドが2人歩いてきてぺこりと頭を下げた。

 

「「お帰りなさいませ、お嬢さま」」

 

一言一句同時に喋るメイドに、湊以外の二年生組はすこし引いたような顔をした。

いや、誰でも初見のこれは驚くと思う。あとビビる。ドラマとかで見るようなマジお嬢様対応をこの目ではっきりと見ることが出来ているのだから。

 

「そちらは、ご学友の皆様ですね。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」

「“ごがくゆう”って…」

「メイドって、実在してんだな…」

「ヤバいよね…ドラマみたい…」

「やっぱり先輩、スゴい人なんだ…改めて実感…」

 

メイドに連れられ少し歩くと、前から美鶴さんの父親──桐条武治さんが歩いてくる。

そしてすれ違いざまにこちらを見ると、小さく言葉を漏らす。

 

「……きみは…」

「?」

「お久しぶりです」

 

その声をかき消すように美鶴さんが挨拶するが、武治さんは美鶴さんを一瞥すると少し照れたように呻いてから視線をわざとらしく外し、そのまま去っていった。

 

「い、今の人って、もしかして…」

「先輩の…お父さん?」

「怖っ! 南の島だけに…海賊ルック?」

「キャプテン・キッドの真似とか!?」

「そんなわけがあるか…」

 

伊織と奏子の呟きに、呆れたように真田くんがツッコむ。

真田くんはボケる側だと思っていたが、それよりもさらにボケる伊織と奏子が来たおかげでツッコみとして目覚ましい成長を遂げているような気がする。これからもツッコミ要員として頑張ってほしいところだ。

 

「フフ…短い休暇だが、まあ存分にくつろいでくれ」

「おし! 楽しましてもらうッスよ!!となりゃ、すぐそこだし、まずは海だな。やっべ、テンション上がってきた! さっそく、ビーチに突撃!?」

「ちょ、もう海? てか、行くのはいいけど、女子はそんなすぐ支度なんて無理だよ? だよね、奏子ちゃん」

「あ、そっか。確かにそうかも…」

 

岳羽の言葉に奏子が頷くのを見た順平はしかし、抑えきれない、と言った様子でウキウキしている。

ステイ! と言いたいところだがこちらもモコイさんをキャリーケースに入れっぱなしだったので急いで部屋に行きたいところもあって止めない。

 

「ならオレたち、先行ってるぜ。つか、1秒もムダに出来ねーからなッ!!」

 

大興奮である。

 

そしてそのまま各々の部屋に案内された。

自分もキャリーケースを開き、水着とモコイさんを出す。狭いキャリーケースに押し込むように入れてしまって本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「ごめんねモコイさん、狭かったよね?」

「ぷはー! ノープロブレム!」

「帰りは肩に乗ってていいからね」

 

空港でモコイさんが引っかからなかったので肩に乗せてもいいだろうと思った次第だ。

足踏み式の空気入れで浮き輪に空気を入れながら、後ろの髪を結んでいたゴムを取って髪を下ろす。

そうして、着替えを終えてモコイさんを肩に乗せながらビーチへと向かった。

 

 

 

 

浮き輪をもってキャップを被った上に更に上着として買った白のパーカーのフードを被って真っ白な砂浜を歩く。

海だ。

とんでもないくらい澄んでて綺麗な海。と照りつける太陽に青空。

 

「モコイさんはあばんぎゃるどな体験をしてくるっスから、ここでバイバイさんだね。ヒュー!」

 

そう言うと、モコイさんは小さな浮き輪をもって駆けだして行ってしまった。よほど海が楽しみだったのだろう。それを見送ってから前を見れば伊織がモコイさんと同じくはしゃいでいた。

 

「んー、この、ビーサンに、指の足の付け根が食い込む感じ…ようやく”夏”実感だぜ!」

「どうでもいい…」

「沖に目印になるようなものは無いな…泳ごうかと思ってたが」

 

真田くんの言葉に残念そうに伊織が溜息をもらす。海の楽しみ方は人それぞれだから別にいいと思うんだけどな、と思うも口には出さないでおく。

自分なんて浮き輪でぷかぷか浮くのが楽しみというなんとも子供っぽい感じだし。

 

「ああ…出ました、遊びに海来たのに“黙々と泳ぐ”タイプ」

「悪いか。お前こそ、何して過ごす気だ」

 

怒ったように食って掛かった真田くんに、伊織が待ってましたと言わんばかりに自信満々に言い返す。

 

「そりゃあ、夏で海と言ったら、お楽しみは決まりっしょ!」

「カニ」

「いやいや湊、確かにグルメも大事ですけども? でもさあ、それはオレッちの答えじゃないから…お!」

 

湊の答えに落ち込みかけていた伊織は建物へとつながる道を歩いてきた女子組が目に入ったのか、嬉しそうに駆け寄る。

 

「え…なに?」

 

戸惑い気味な岳羽の反応は正しい。伊織の言う、夏の楽しみ方。それは──

 

「おーっ、ゆかり選手、想像よりけっこう強気のデザインですな! やっぱ、部活でシボれてるって自信が、大胆さにつながってるんでしょうか!?」

「はあ!?」

 

女子の水着の批評とナンパだ。

うん、横で聞いててもデリカシーに欠ける発言だと思う。伊織がぶっ飛ばされたり処刑されないか不安だ。実際現在進行形で岳羽が微妙な顔をしているし。

 

「パラソル…空いてるとこ、勝手に使っていいのかな?」

「いーんじゃないかな?」

 

少し遅れて山岸と奏子が歩いてくる。それを見た順平はまた目を輝かせた。

 

「おっとー続いては奏子選手と風花選手ですなー。奏子っちのはこれまたキュートな人魚ですな~! 普段は見えないラインが、もう、ね! たっまりませんね~!!」

「わーありがと!」

「いんや~、いーんでない?いーんでなーい? つーか、風花オマエ…めっちゃ着やせするタイプ…!?」

「え…ええっ?」

「んだよー、そんなハズかしがんなくても、いいじゃんよぉー、ムフフ」

「順平、オヤジくさい」

「ムフフって、変態かっつの!」

 

ごもっともである。

変態オヤジ臭い順平のそれは控えめにした方が穏便に済む気がする。特に美鶴さん相手には。

 

「そんで、トリを務めますのは…」

「ん…どうした?」

 

そんなことを思っていたら美鶴さんが遅れて歩いてきた。白い水着に大胆に映えるハイビスカス。

何度見ても思うが──綺麗だ。

 

「うわー、桐条先輩、キレイ…」

「ホントすっごい、白くて、キレイ! 日焼け止め、もう塗りました?」

「い、いや…って、三上…凄まじく重装備だな!?」

「直射日光が最近痛くてさ…肌もヒリヒリするし…俺も塗ろうかな…日焼け止め…暑さで灰になっちゃいそうだ…」

「三上も塗るのか…? そうか」

「お兄ちゃんも白いもんね…! 私の貸してあげる!」

 

女子じゃないけど肌がかぶれたり痛くなるのは避けたいので塗りたい気持ちが強い。

こうなるなら買って来ればよかったかもしれないと後悔する。

まあでも、奏子が貸してくれるらしいので少し分けてもらって塗ろうと思う。

 

「日光で灰になるとかセンパイは吸血鬼かよ!? ところで、湊サン。ぶっちゃけ、誰が好みよ?」

「どうでも…うん、優希と奏子」

「いや、奏子っちはともかく三上センパイは女子じゃねーし! 湊ってばテキトーに無難なの選んだな!? てか、いまどうでもいいって言いかけてなかったか!?」

「三上と有里妹か…そうか…」

「真田先輩は何を納得してんスか!?」

 

何やら三人で話し合っているようだがよく聞こえない。

 

「ほら、お兄ちゃん! 日焼け止め塗ったげる!」

「ぶべっ」

「わーお兄ちゃんのほっぺむにむにー」

 

日焼け止めを出して両手に塗りたくった奏子に頬を挟まれた。そのままむにむにと触られる。これ、塗るためじゃなくて頬を触る口実に揉まれてないだろうか。

 

「──でもまあ、いいなあ、こういうの。ホント、来てよかったよなぁ。よっしゃ、そいじゃそろそろ水に浸かるとしますか!

 

行くぜっ!!

 

そんな大声とともにバシャバシャと伊織が海に入っていくのを横目で見る。

 

「うわ、ツメテー!! ギャハハハ!!!」

 

…青春だなあ。

 

 

 

 

皆がはしゃぐ様を、パラソルの下に座ってぼんやりと眺める。

もう少ししたら海で気ままに浮かぼうかと思うが、今ははしゃぐより海を眺めている方が楽しい。

 

「三上、海は楽しめているか?」

 

横のビーチェアに座る美鶴さんが話しかけてくる。

たぶん、他から見たら自分はただボーっとしているだけでとてもじゃないが楽しんでいる風には見えないからかもしれない。

 

「うん、もう少ししたら俺も泳いで…泳いで…? いや、浮かんでくるよ」

「浮かぶ…?」

「あ、水死体とかどざえもん的な意味じゃなくて浮き輪で…」

「そ、そうか…」

 

会話が続かない。

せっかく話をしているというのにどんな話題を出せばいいのかわからない。

共通の話題があまりないというのも困りものだ。こちらは美鶴さんの好きなものがバイクだということは知っているが、話に付き合えるほど詳しいわけではない。

下手に間違った情報を喋るのも悪いだろうし、訊いてもいいのか謎なところである。

 

「その、だな、三上。夏季休暇の予定は…空いているだろうか…?」

 

そう悩んでいたら美鶴さんの方から話しかけてきた。気を遣わせてしまっただろうか。

 

「…空いてると思うよ」

「なら、この前三上が言っていた食べ歩きに…もしよければなのだが私も…連れて行ってくれないだろうか」

「えっ、俺が一緒だなんて迷惑じゃない?」

 

美鶴さんの提案に、思わず言葉が先に出てしまう。

体調がよければ食べ歩きに行く予定だったが美鶴さんの方から一緒に行かないかと誘ってくれるのはすごくドキドキする。

でも、もしかしたら途中で体調を崩すかもしれないし、当日になって体調が悪くなってドタキャンするかもしれない。

忙しい美鶴さんにそんな迷惑はかけられないと反射的にでた言葉がそれだった。

 

「迷惑なわけがあるか! 私とお前は“友だち”なんだぞ!? …この前あんなに私を連れまわしたというのに…食べ歩きはまだ早いというのか…?」

「ご、ごめん! でも、俺…最近体調崩しやすいし…迷惑じゃないかなって」

 

その言い方はちょっと語弊を招きかねないので止してほしいところではあるが、間違いではないので謝るしかできない。

 

「だから…いや、いい。三上、きみに連れて行ってもらうのはやめにする」

「……!」

 

その言葉に、ガツンと頭を石で殴られたかのような衝撃が走った。

美鶴さんの機嫌を損なってしまったばかりか、失望させてしまったかもしれない。

どうしよう、どうしようと頭の中がぐるぐる回る。

もしかしたら情けなく半分涙目になってるかもしれない。

それぐらいショックだ。

そうやってまた頭の中をぐちゃぐちゃにしていると、美鶴さんが突然自分の手を取った。

 

「──私が、きみを連れて行けばいいだけの話だ」

「!?」

「きみが私を連れて行くのに不安があるのなら、私がきみを連れて行こう。何があっても私の都合なのだから、途中で体調を崩そうが予定がキャンセルになろうが気にする必要はない」

 

名案だ、といわんばかりに微笑んだ美鶴さんは酷く満足気だった。

 

「それに、私は三上の事を迷惑などと思ったことは一度もないさ」

「美鶴さん…!」

 

失望されてしまったかと思っていたのに、予想外の答えが返ってきて逆に涙目になりそうだ。というか美鶴さんがなんだかかっこいい。

 

「では、夏季休暇に入り次第、予定の連絡をする。これは2人だけの秘密だ。誰にもバレてはいけないぞ」

 

なんて、悪戯っぽく笑う美鶴さんに圧倒される。やっぱり美鶴さんはすごい、と思ってしまうのはまだまだ自分が未熟だからなのだろうか。

 

「わかった」

「体調が悪い時は遠慮せずに言ってくれ。きみに合わせよう」

「美鶴さんも体調が悪い時は言ってね、夏だから熱中症になりやすいし健康な人も気をつけるべきだから」

「ああ、その点はわかっているよ」

 

「…なあなあゆかりっチ、桐条先輩と三上センパイ、またイチャついてね?」

「イチャついてるって程じゃないでしょ。…ってホントだ、イチャついてる…」

 

美鶴と優希のいるパラソルを見やってそう告げてきた順平に、呆れたようにゆかりはその言葉を否定した。が、すぐに振り返って砂浜のビーチチェアにいる2人を見るとまるで2人だけの世界と言わんばかりに楽しそうに会話しているのが見えた。

 

「なんか、三上先輩と桐条先輩、あんな感じで仲いいけど男女の関係ってわけでもなさそうだよね…」

「わかるぜ。桐条先輩もだけどよ、三上センパイのほうがなんつーか…そういうのと無縁そうだもんな…」

「だいたい話題が事務的すぎるもん…そりゃあね」

「オレッち、この前『効率的なタルタロスの登り方』談義してるの聞いたぜ…内容は…思い出したくもねえ…とりゃあ隙あり!」

「きゃっ! ちょっとアンタねえ…不意打ちとか、ずるいわよ順平!」

 

暑い日差しのなかで顔を青くしてぶるりと震えた順平はその記憶を振り払うように水をかけあうのだった。

 

 

 

 

 

宿泊場所である桐条の別荘のホールで美鶴は父である武治を待っていた。

皆の前では父が照れてまともに話ができないのを見越してのことだ。

 

「ご無沙汰してました」

 

そうして葉巻をふかしながら帰ってきた父に、そう声をかける。

 

「お元気そうでなによりです…」

「彼らは、寮にいる者たちか?」

「済みません、ご休暇を大人数で騒がせてしまって…」

「彼らに…明かしたそうだな。なぜ、今まで隠していた」

 

怒っているようなその顔に、美鶴は少したじろぐ。

美鶴は少しだけ、父に責められることが苦手だった。もし見放されてしまったら、失望させてしまったらどうしよう、という心はどうしてもあるものだ。

 

「別に、隠したわけでは…」

「言ってあるはずだ。元々、お前が負うべき罪ではない」

「ですが…」

 

それは不器用な父の気遣い。彼は不器用ながらに親として美鶴を愛しているし、美鶴が祖父の──武治の父の罪を背負うのはお門違いだと思っている。

 

「“調和する2つは、完全なる1つに勝る”。“南条”と分かれた折りより、我ら“桐条”に伝わる言葉だ。…美鶴、人を信じてみろ。どれだけ己を殺しても、所詮は個の力。この世には、1人では成せない事がある」

「…はい」

 

武治はもう一度葉巻を吸う。そして、息を吐いた。

 

「──宗家のデータベースに入り込んだのは、お前だな?」

「!」

「それも然りだ…旅行などにかこつけず、なぜ初めから、じかに私に問わない? 私とて桐条の当主である前にお前の父なのだから、遠慮することなど何もないはずだ」

「申し訳…ありません」

 

その言葉に美鶴は頭を下げる。

悪いことをした気になったし、なぜ初めから父を頼らなかったのだろうかという気持ちが生まれたからだ。

 

「謝るな。怒っているわけではない。…だが、そうだな。彼らを全員、ここに集めろ」

「?」

「元より隠す意図などない。全てを伝えるため、準備をしてある。連れてきた中に、”岳羽”という少女と“ナギサ”という名の少年がいるだろう。彼らが力に目覚めるとは…もはや、運命なのだ…」

「お父様…? 岳羽はいますが“ナギサ”という少年は居ませんが…」

 

武治の口から出た名前に、美鶴は頭にはてなを浮かべる。

特別課外活動部にも、寮にもそんな名前の人間はいない。しかし武治はゆっくりと首を横に振って美鶴の言葉を否定した。

 

「いや、いるはずだ。“有里渚(ありさと なぎさ)”という少年が」

「…? いえ、彼は有里湊ですよ。二年の…」

「違う。美鶴、お前の隣を歩いていた彼だ。髪を一つ結びにした」

 

その言葉で美鶴は武治が言おうとしている人物が誰かようやく合点がいったようで目を見開いた。

 

「有里…まさか、三上…三上優希の事ですか!? 彼の本名は有里優希じゃないんですか!?」

「三上優希…? いいや、彼は有里渚ではないのか」

 

2人でこんがらがって混乱する。

まるで、2人が2人とも、別々の人物の話をしているようで、話しがつながらない。

いや、武治が『有里』と言ったのだから有里兄妹の兄である三上で間違いないだろうと美鶴は思う。だがなぜ名前が変わったのかがわからない。

彼女とその父にはわからなかった。

 

「…そのことも含めてやはり私は彼らに説明しなければならないようだな、頼んだぞ美鶴」

「は、はい…」

 

美鶴は困惑しながら去って行く父の姿を呆然と眺めることしかできなかった。

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