「三上君は大人しく部屋に帰ったようだ。…これでやっと話が出来るというものだよ。…でしょう?」
優希を部屋から追い出した幾月は、やれやれといった様子でズレていたメガネを押し上げて武治をみた。
「ああ、私は、桐条の犯した“もうひとつの罪”について…君たちに話をしなければならん」
「”もうひとつの罪”…?」
武治の言葉に美鶴は疑問の声を上げる。
桐条がしたことはあの事故だけではなかったのか、と。
「発端は──タルタロスというあの忌まわしき塔が生まれ、幼くして美鶴がペルソナ能力に目覚めた事だった」
「!」
美鶴以外の特別課外活動部の全員が目を見開く。
「シャドウにはペルソナが有効だということは美鶴の話で聞いただろう。我々はそのペルソナ能力に目をつけ、タルタロス攻略への足掛かりとしたのだ。…孤児を使って」
「そんな…!」
「ウソでしょ…」
驚きと衝撃。
風花やゆかり、そして美鶴までもが青ざめる。
美鶴は初耳だった。父が、桐条がそんなことをしているなんて知らなかった。
「お父様…それはっ! そんなことは…!」
「……わかっている。到底許されることではないだろう。だがあの時の我々は焦っていた。どうにかあの事故の原因を究明しようと…タルタロスの謎を解こうとした」
武治は心底悔やむような声を出しながら顔を顰めて深く息を吐いた。
「美鶴がペルソナ能力に目覚めたことから、そのくらいの感受性の高い年齢の子供には何かがあるのだろうと予測し、美鶴と同じ年頃の孤児を100人ほど集め、“無理やり”ペルソナに目覚めさせた…いや、人工的に植え付けたのだ。ペルソナ能力を」
「人工的に…ペルソナを…!?」
明彦が信じられない、といった風に呟く。
この場にいる誰もが信じられないだろう。人工的に、しかも無理やりペルソナに目覚めさせられるなど。それにどれだけの苦痛が伴うのか、想像できないほど皆は馬鹿ではなかった。
「──その中に、ある少年が居た。彼は、我々が他の子供を人工的にペルソナに目覚めさせる前から…それを使いこなして見せた。幼いながらに孤児たちをまとめ上げ、まるで他の子が得た能力を理解しているように役割分担をさせ、時に庇い、今の君たちのようにタルタロスを登っていた」
「そんな子が…」
「てか、なんでこの話するって時に三上センパイがいちゃダメなんスか? むしろセンパイが聞いてる時にすべきなんじゃ…」
順平がもっともな発言をする。この情報は、優希にも共有されてしかるべきだ、と。
美鶴もそれはそう思った。部屋に帰らせたのなら、この話は明日にすべきだろうと。なぜ、わざわざ三上を追い出してまでする話なのか、彼女にも、他の面々にもわからなかった。
「…それは、これを見てもらった方が早いかな」
幾月の言葉と同時に部屋が暗くなる。
そして、プロジェクターで一枚の書類がスクリーンに映し出された。
青い髪に灰色の目。生気を感じさせない無表情で湊によく似た幼い少年が書類の写真に写っている。
「!!」
皆が一斉に息を飲む。
名前は“有里渚《ありさとなぎさ》”。
その下には簡潔にペルソナに目覚めた年月日やそれからどうやって活動していたのかが書いてあった。
「エッエッ!? 有里!? 有里ってあの有里!? 湊と奏子っちの有里だよな!?」
「お、にい…ちゃん…」
「………!」
順平がきょろきょろと湊と奏子と書類を交互に見ながら戸惑う先で、奏子と湊は目を見開いて青ざめた。
「そう、これは三上君だ。本名は、有里渚くんというらしいけれど、どうやら彼にはその記憶が無いらしい。そしてそれに酷いトラウマがあるみたいでね、だから迂闊に彼の前ではこの話はできなかったんだよ」
どこから調べ上げてきたのか、幾月がトラウマの事まで説明する。
「彼は、我々の犠牲者の一人と言っても過言ではない。…私も、今日顔を合わせるまでは彼が生きているとは思っていなかった。人工ペルソナ使いの生き残りは、計画が凍結されるまでの半年で殆どいなくなってしまった事に加え、彼は事故で塔から落ちた。まず助かる高さではなかったからな」
武治の言葉に場が静まる。
100人もいたのに生き残りは殆どいないという言葉に、自分たちが上っている塔がどれだけ危険なのかを再確認したからだ。
実際は、まだ体のできていない幼い子供たちに対して無茶なスピードでのタルタロスの探索をさせたことに加え、武治が承認していなかった人体実験に連日の投薬、生活環境の劣悪さ、ペルソナの暴走など様々な要因で使いつぶされていってしまったということだけなのだが。
「…ですが三上がペルソナに目覚めたのは今年の四月の事です。これでは辻褄があわない」
「ふーむ、恐らくは記憶喪失になったことでペルソナ能力を一時的に失ったんじゃないかな。三上君の使うペルソナは当時使用していたそれとは大きく変わってるんだ。ペルソナは精神に左右されやすいからね、そういう稀なこともあるんだと思うよ」
美鶴の疑問に答えるようにそんなことを言いながら、幾月はリモコンのボタンを押す。
するとスクリーンに映しだされていた書類の画像は消え、映像が始まる。
『……、…て…!』
粗い、不鮮明な映像。
そこに映っていたのはシャドウ──刈り取る者の周りを1人で跳ねるように駆ける幼い少年。
持っている剥き身のナイフは体に比べて大きく、そしてひどく不釣り合いだった。
『……うしろに、さがって…!』
そこでようやく、彼が誰かに何かを言っているのかが鮮明に聞こえる。
瞬間、映像の中で青い光と力の奔流が渦巻き、主を守るようにそれは現れた。
タナトスによく似た、しかし違う姿のペルソナ。
タナトス纏うコートの端がある部分は、そのペルソナの場合漆黒の羽で埋まっており、湊はそれを「“ニュクス・アバター”のようだ」と感じた。
──ニュクス・アバター。
ある意味湊たちが最終的に倒すべき敵であり、死の宣告者であり、
それに似ているということは、あれも自分のタナトスと同じくデスの力の片鱗なのか。もしそうだとしてもなぜ、この時点の兄がそんなものを持っているのか、湊にはわからない。
考え事をしている間にも、画面の中のペルソナはぐぐ、とのけ反りその頭骨に力を溜め、一気に放出する。
【アンティクトン】
それは湊が見たこともないものだった。
メギドラオンとも他の魔法とも違う、禍々しい力の衝撃。
そうして一瞬にして刈り取る者を消し飛ばした後、その映像は途切れた。
「──と、こんな風に今とは全く違う姿のとても強力なペルソナだという事がわかるね」
ビデオを消して部屋の電気をつけなおした幾月は軽く、といった様子でそう告げた。
「私としては彼に是非ともこの力を取り戻してほしいと思ってるんだけれどね。だけどそれは、すなわち辛いことを思い出すことになるだろうから、無理強いはできないしねぇ…おっと、皆もこの話は三上君には秘密にしていてくれよ? トラウマを刺激されて意識を失ってしばらく体調を崩したって症例を聞いてる。迂闊に話すのは危険すぎるかな」
しかたない、と言いたげな言葉を吐きつつもどこか納得していなさそうな幾月に湊は違和感を覚えた。
湊にとっても幾月は信用ならない相手だ。この男のお蔭でアイギスや岳羽を含むどれだけの人が要らない傷を負ったか。表面上は優しいが酷く狡賢い狡猾な男だと湊は思っている。
だからこそ、その言葉になにか含みがあるように湊は思えた。戦力の増強と言う意味ではなく、別の意味でこの時の兄の力を欲しているような、そんな言い方だった。
「…本来なら庇護されるべき彼のような子供たちを利用し、人工ペルソナ使いとして苦しませたばかりかあまつさえその命を散らせた。それが、桐条の”もうひとつの罪”だ。すでに凍結させた計画とはいえ、あまりにも失ったものが多すぎる。…この罪も償っても償いきれないものに変わりはない。君たちには、こういうこともあったのだと私の口から隠さず伝えておきたかった」
武治が後悔をにじませる声色でそう言い放った。
部屋は静まり返っている。
映像と、伝えられたものとで皆それぞれ思うところがあるのだろう。
皆が黙ってそれぞれ考えている横で、アイギスだけはじっと先ほどの映像を思い返すようになにも映していないスクリーンのあった場所から目を離す事をしなかった。
7/21(火) 朝
あの後部屋に帰ってすぐにベッドに入り込んだらぐっすりと眠ってしまっていて、いま朝食を食べているがなんだかみんながよそよそしい気がする。
よそよそしいというか、なんだか気を遣っているような、そんな距離感だ。生暖かい視線を感じる。
やっぱり血を吐いたという事が衝撃的すぎたんだろうか。今度からはもっとうまくごまかそうと決意した。
そう決意しながらバナナ(幾月が買ってきた訳ではなく桐条の別荘が用意してくれた)とりんごのジャムをヨーグルトに突っ込んでスプーンで混ぜていると幾月が寄ってきた。
「そうだ、三上君。きみは今日一日安静にしていてくれよ? なにがあるかわからないからね、夜まで様子見という事で」
「泳がないんで海を見るだけでも」
「ダメだねぇ。なにかあったときになるべく人を呼びやすい自室で待機しておいてくれないかな?」
「…わかりました」
食い下がったが今日の予定は丸つぶれらしい。
昨日へまをやらかすんじゃなかった…と後悔する。まあ、やることといえば伊織にビーチでのナンパに連れまわされることくらいだろうし我慢することにする。
「じゃあ皆はそれぞれ気にせず楽しんできてね」
それぞれ屋久島の縄文杉観光もとい森林浴とビーチでのナンパに行く皆にひらひらと手を振る。アイギスはどちらについていくのか悩んでいるようだったが、しばらく湊と奏子を交互にみつめたあとこちらへと振り向いた。
「では、わたしはここに、優希さんの傍に残ります」
「えっ」
突然のアイギスのその行動に驚く。
昨日はあれだけ警戒して「ダメ」とまで言われていたのに一晩でこの反応をされるとさすがに驚くものがあると言うものだ。
いや、もしかしたら自分の監視という意味で近くにいるのかもしれない。そう考えると妥当だ。でも女性陣といっしょに縄文杉を見てもいいんじゃないかと思う。それもまたアイギスにとって良い体験になると思うから。
「優希さんもわたしの“大切”だと判断したまでであります。よく思考し、ダメだというのは気のせいとして一時保留にする結論に至りました」
「??????」
「そして、順平さんたちと行動する湊さん、美鶴さんたちと行動する奏子さんとは違い、優希さんはひとりであります。いま優先すべきは目を離すと単独行動しかねない優希さん、と判断しました」
意味が解らない。
アイギスは気のせい、だなんて言うような子だっただろうか。もっとこう、理路整然にシャキシャキと判断するタイプじゃなかっただろうか。
「アイギスえらい! ちゃんと昨日私と湊が言ったこと覚えてるんだね!」
「はい。優希さんは目を離すとすぐに単独行動をする、と言うのは覚えました。それと好きなものはオクトパシーのたこ焼き。生年月日は1991年4月4日。年齢は18歳。身長は174㎝、体重は──「ストップ! ストップ!」…? わかりました」
このまま止めていなかったら危うく自分でも知らないような個人情報を全て暴露されるところだった。冷や汗をかく。
救いなのはアイギスに悪意がないことだ。たぶん、普通に教えてもらったことを復唱しようとしただけだと思う。きっと。
「アイギス、優希を頼んだよ」
「任されたであります。では、いってらっしゃいであります」
「いってきま~す!」
湊にそう言われて自信ありげに敬礼して横に並んだアイギスは自分と同じように手を振って皆を見送った。
そして自分はそんなアイギスを見つめる。
「…? わたしに何かついてるでありますか?」
「なにかついてるってわけではないけど、きみが俺の隣にいるのはなんか珍しいなって」
「珍しいも何も初めてであります」
「…そうだった」
しくじった。
既にこの場から湊たちが去っていて本当に良かったと安堵する。勘のいい湊に気づかれでもしたら厄介なことになる。要らぬ疑いをもたれるどころか最悪ループしていることを話してしまわないといけない状況に陥るかもしれない。そんなことは絶対に避けたい。
「優希さん、貴方は安静にしてないといけないので迅速に部屋に戻りましょう」
「一晩寝たから大丈夫だよ」
「それでも、であります」
押しが強い。
ぐいぐいと背中を押されて部屋まで連れていかれる。
そして、部屋のドアを開けた瞬間、
「あ、お帰りなんだネ、チミ。モコイさんはこれからバ──」
バタン。
モコイさんの言葉を最後まで聞かずにそのドアを閉めた。
モコイさんが部屋にいるのを忘れていた。もしアイギスが『そういうのも見える』んなら大変なことになりかねない。コロマルと会話するほどだ。モコイさんが見えるというのも可能性としては持っていた方が良いだろう。
「入らないでありますか? では、わたしが先に──」
「ちょ、ちょっと待って! へ、部屋が散らかってるから! いま片付ける!」
「わたしは部屋が散らかっていても作戦行動に支障はきたしません。ですがそれが命令というのなら了解しました。アイギス、待機するであります」
先にこちらの部屋に入ろうとするアイギスを止め、急いで扉の間に自分の身を滑り込ませて部屋に入って鍵を閉める。
「モコイさんごめん、急いで窓から部屋の外に出られる?」
「ど、どうしたのチミ、そんなに焦って…」
「部屋に特殊なセンサー積んだヒト型ロボットが来る。モコイさんバレるかも…みたいな?」
端的に説明するとそんな感じになる。
「ゲェ。ロボットっスか、そりゃヤバヤバさんだネ…」
「そう、だから──」
「失礼します! 優希さん以外の声と反応を検知しましたので緊急時のマニュアルに基づいて突入させていただきます、であります!」
「「わああああああああーーーーーー!!!!!」」
バーン!とドアを開く音と共にアイギスが侵入してくる。
終わった。
もう終わりだ。
ホワイトライダーと戦った時のようにモコイさんと抱き合って叫ぶ。というか部屋のカギ閉めたよね俺? どうして入ってこれたんだ…と思ったが彼女の特技は鍵開けでこれくらいの簡素な鍵なら30秒と経たずにあけられるんだった。
「あああああアイギス、こ、これは…ペット! 俺のペットだから! 噛んだりしないから!」
「…ペット、“愛玩を目的として飼育される動物のこと”でありますか。ですがその方はわたしの中にあるデータの”動物”の見た目からはかけ離れているであります」
「……う…」
目を逸らす。
そう言われると誤魔化しようがない。
「えっと、このことは俺とアイギスの秘密に、してくれないかな…? とても大事なことだから…」
「秘密、ですか」
「そう。守秘義務…的な?」
「なるほどなー」
罪悪感が心にクる。
騙してごめんアイギス。と口に出さないで内心だけで謝っておく。
モコイさんの存在がバレる
「では、これはわたしと優希さんとの秘密という事ですね。了解しました」
「ごめんね」
「? なぜ謝るのでしょうか」
「まあ、いろいろあるんだ…いろいろと…」
ホントにいろいろある。
どうしようもなくて言えない事ばかり増えていく。
「ところで、そちらの方のお名前をまだ聞いていませんでした。私はアイギスです。貴方は?」
「ボクは悪魔のモコイさんっていうんスよ。カレの仲魔ってやつだね、チミ」
「優希さんの仲間のモコイさんさんですね。記憶しました。優希さんの仲間ということはわたしも仲間であります」
「仲“魔”の、モコイさんだネ」
「モコイさんさん」
「??????」
モコイさんとアイギスの間で名前の訂正とその復唱が続いているが一向にかみ合わない。
このままではモコイさんがモコイさんさんさんになってしまいそうになったのでちゃんと説明することにした。
「モコイさんは“モコイ”が名前で、それに『さん』をつけて自分の事を呼んでるんだ」
「なるほどなー、ではモコイさんでいいのですね」
「正解だネ、チミ!」
ピンポーンとどこで手に入れたのかボタンを押すとマルの絵が着いた棒が起き上がるおもちゃをモコイさんは鳴らした。裏面はバツが書いてある。
しばらくモコイさんとアイギスでなにやら和気あいあいと話したのちに、モコイさんはサングラスとハイビスカスの首輪をつけてひとりで外へとバカンスを楽しみに出て行った。
そうなると、部屋にはアイギスと自分の2人だけになる。
「では、優希さん。私はここで待機していますのでごゆっくりくつろいでください」
直立不動で部屋の隅に立ったアイギスはそのまままっすぐこちらを見たまま微動だにしない。
なんというか、気恥ずかしい。
一応ベッドの上に腰掛けたがこのままアイギスを無視してくつろぐなんて自分にはできそうにない。
「アイギス」
「はい、なんでありますか?」
「どうやってくつろげばいいんだろう…」
違う、そういう事が聞きたかったんじゃない。でもある意味、(アイギスがいる場合)どうやってくつろげば良いのかわからない。いつも彼女は湊か奏子と一緒にいたから。
自分はあまり接点がなかったからどう対応すればいいのかわからない。
機械とは言っても彼女はちゃんと心を持った存在だ。広義のヒトである彼女を無碍にすることなどできないし、便利な機械扱いできるのは幾月くらいなものだ。
「くつろぎかた、ですか…では、優希さんは体調がまだ芳しくないと思われますので寝てみてはどうでしょうか」
「なるほど」
アイギスの言う通りベッドで寝てみる。天井を見つめ、数秒。
「……」
だめだ、アイギスの視線が気になって寝るどころではない。
起き上がる。
「どうかしましたでありますか?」
「…えっと…アイギスもくつろいでくれたら俺もくつろぎやすい、かも…?」
苦肉の策だがそう提案してみる。
もしかしたらこれで彼女も丁度いいくつろぎ方なるものを考え付くかもしれないし。
「そうですか。では、失礼いたします」
──そうして、ベッドの前まで来たアイギスは自分の横に寝そべった。
なんで?????? どうしてそうなる??????
もう頭の中ははてなでいっぱいだった。別にアイギスの事は恋愛的な意味で意識しているわけではないのでドキドキもしないのだがこういう突然の奇行となると別の意味でドキドキしてしまう。主に恐怖的な意味で。
「む、心拍数が上がっているであります。何か異常でもありましたか?」
大アリだよ!と叫びたい気持ちを抑えて、起き上がってベッドの上で正座したアイギスと向き合う。
「あのさアイギス、一応アイギスは女の子なんだから軽々しく男とベッドで寝るっていうのは駄目なんだよ…」
「? 軽々しくはありませんが」
そーゆー誤解させることを言うんじゃありません! と頭を抱えたくなった。
可愛く首を傾げるアイギスのこの天然っぷりをよく耐えてたな皆(主に女性陣)と今になって実感する。なんていうか、妹がもうひとり増えた気分になるのも仕方ないと思う。
「アイギス的には軽々しくなくても…あー、その、あれだよ、他の人から見ると男女のまぐわいとか恋愛的な意味で受け取られちゃうからね、あんまりこういうことしちゃ駄目だよ」
「わかりました。ですが、皆さん外出中ですのでこの部屋には現在誰も入ってきません。こうしても問題ないかと」
「…ああ、うん。もうアイギスの好きにしていいよ」
「? 了解しました」
もう諦めた。どうなっても知らない。
再び横になったアイギスは至近距離でこちらをガン見してくるけどこっちも横になって目を閉じて寝ることにした。
アイギスは横になって目を閉じて寝息を立て始めた優希を見つめる。
(脈拍、呼吸、体温。どれにも異常は有りません。極めて平常です)
なぜあれだけ胸騒ぎのようなものを感じていた優希のことが突然気になったのか、それはアイギスにもわからなかった。ただ、あのビデオを見たときから、湊と奏子に感じているものと似ているモノを感じるようになったのだ。守らなければいけない。近くにいて、見ないといけない。そんな感情を、アイギスは名前を付けることができなかった。
(幾月さんの言う通り、わたしにはなにか認識を誤っているのでしょうか。湊さんと似ているから、間違えて…?)
わからない。
この感情は、認識はバグだとでもいうのか。アイギスには判断がつかない。
ただ、いまだけは、それでもいいとなぜか思ってしまう。
(ココロ…わたしには、まだ…)
目を伏せ、考えに耽ろうとした、その時
(!?)
センサーが異常を知らせる。
だがそれは、自分の異常ではない。
「優希さん、起きて、起きてください!」
「ぅ…っひゅ、こひゅっ、けほっ!」
慌てて起き上がり、肩をたたく。
大きく息を吸って目を薄く開いた優希は肩で息を吸いながらも酷く不思議そうにしている。
「…あい、ぎす…どうしたの…?」
「優希さん…いま、貴方は…!」
「?」
アイギスは続く言葉を発することが出来ない。
──アイギスには、優希が寝に入ってしばらくした後に『呼吸も心臓の鼓動もまるで示し合わせたかのように同時に突然止まった』などと言える訳がなかった。
まるでそれは、電池の切れた機械のように。
「いえ…わたしの気のせいだったみたいであります」
「…そう…? じゃあ、おれ、またねるから…」
うつらうつらとしながらまたもぞもぞと布団に潜り込んだ優希に、アイギスはこのことを報告すべきなのかそうでないのか、もしかしたら本当にただの気のせいだったのかもしれない、と思考を回す。
気のせいならそれでいい。アイギス自身も再起動したてでもしかしたらどこか異常があるのかもしれない。ただ、次にまた起こらないか目を光らせておく必要がある、とじっと優希が起きるまで見つめ続けるのだった。
新月まで、あと1日