君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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今はもういない貴方へ(7/24~7/29)

目を開く。

視界いっぱいに広がる青と光が漏れる水槽。そして聞こえる“月の光”。

──ベルベットルームだ。

 

「あら、今回はちゃんと寝ぼけずに起きたようね?」

 

満足げにマーガレットが微笑む。

ペルソナ全書を開いてイゴールの隣に立つ彼女に、自分は小さくうなずいた。

 

「して、貴方様は“第二の試練”を越え、またもやその力の一端を手に入れた…大変喜ばしいことです。我が主もよろこんでいらっしゃることでしょうな」

 

イゴールの言葉に、ずっと聞こうと思っていたことを訊こうと口を開く。

 

「あの、前からずっと言ってる“我が主”って誰ですか?」

「貴方様も知っておられるはずですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()で我々は…我が主はその昔から貴方様と契約をしておられます」

「?」

 

なんだかぼかすような言い方をするイゴールは要領を得ない。

 

「貴方がわからなくても良いのよ。契約は今もきちんと続いているもの。時が来れば分かるわ」

 

マーガレットまでよくわからないことを言ってくるので首を傾げることしかできない。

 

「あのお方から示された試練は残り二つ。次もまた一か月後よ。頑張って頂戴」

「それではまた、お客人が次の試練を乗り越えたときに相まみえましょうぞ…」

 

視界が暗くなる。

次に目を開けたときにはすでに朝だった。

 

 

 

 

7/24(金) 放課後

 

屋久島から帰ってきて1日たった。

アイギスが仲間入りすることになり、アイギスを連れて屋久島から帰ってきてくたくたではある。

 

昼休みに期末テストの結果が発表され、今回も10位圏内でも無難な9位という微妙なラインの成績を取り一安心した。

湊はまたぶっちぎりで学年1位を独走していた。問題の奏子は47位に落ちていたがそんなに気にするほどではないと思う。

ちなみに朝に自分の部屋の向かいである湊の部屋から岳羽とアイギスがひと悶着するような、

 

「私の待機場所は湊さんの部屋か奏子さんの部屋、もしくは優希さんの部屋がいいとおもうであります」

「ダメだからね!?」

 

なんて声が聞こえていたが聞こえなかったことにした。アイギスには大人しく3階に部屋を用意してもらってそこで寝起きしてもらいたいものだ。

 

そんなこんなで神社の日陰で涼んでいると、丁度ライドウくんとゴウトがタイミングよくやってきた。

クリシュナとカルキの事を訊こうと立ち上がった瞬間、

 

「「増えている…!」だと!?」

 

と2人に驚かれてしまった。

そういえば、レッドライダーが増えたんだった、とホワイトライダーが見えているっぽい2人に苦笑いする。

 

「身体は大丈夫ですか。何ともありませんか」

 

ライドウくんに肩を掴まれて心配される。

 

「大丈夫と言えば大丈夫。そうだ、この前悪魔に襲われたときにライドウくんの仲魔に助けてもらったんだ」

「自分の仲魔に…ですか?」

 

不思議そうな顔で首を傾げたライドウくんに、クリシュナとカルキについて話す事にした。

 

「そうそう、クリシュナとカルキって2人なんだけど助けてもらったから改めて礼がしたくて…」

「クリシュナとカルキだと!?」

 

話の途中でゴウトが驚いたように叫ぶ。

驚くという事は2人は相当問題児なのだろうか。それとも、管ごと借りていたから記憶が無い、とか?

そんな自分の予想を裏腹に、ライドウくんがおもむろに口を開いた。

 

「自分の仲魔にはクリシュナとカルキという、そのような高位の悪魔はいません。彼らは魔神と英雄というカテゴリーの悪魔で、御するのには酷く熟練したサマナー…ライドウといっても自分のような未熟者に彼らはまだ…それに自分がもしそれらの悪魔を御すことができたとしても、その“(えにし)”がないので召喚には応じてもらえないかと」

 

ライドウくんが言った言葉が理解できなかった。

クリシュナとカルキはライドウくんの仲魔ではない? そんな馬鹿な。だって、あの時、クリシュナとカルキは確かに“ライドウ”と、“サマナー”と呼んだのだ。

青ざめる。まさか、もう会えないというわけではないだろう。そんなはず、そんなはずない。

そんな自分を見かねてか、ライドウくんがゴウトを短く呼んだ。

 

「…ゴウト」

「ああ、ミカミよ。その悪魔とどこで出会った?」

「……悪魔の巣、みたいなところです」

 

正確には違う場所なんだろうがそんな感じのところだ。

 

「…時空が歪んだか…? どのようにして出会ったのだ?」

 

どのように、か。

まさか腰からぶら下がってました、なんて言えるはずもない。巣に管が落ちていたことにしようと思う。

 

「管が何本か落ちてて…拾ったらこう…出てきた…みたいなかんじです」

「封魔管が落ちていた…? もしかすると流れ着いたやもしれんな…」

「それで出てきたクリシュナとカルキに守ってもらって、巣から出たらもう管も2人の姿もなくて…ライドウって言ってたから、ライドウくんの仲魔かなって思ってたしお礼が言いたくて…でもライドウくんの仲魔じゃない……?」

 

だいたいは間違っていないと思う。

ただ、ライドウくんの仲魔ではないと言われてショックを受けている。あの2人の言っていたライドウとはいったい誰なのか。一体どのライドウと自分を勘違いしていたのか。

 

「ゴウト、彼にも話すべきです」

「うむ。こればかりは仕方あるまい」

 

何かを観念したようなゴウトが口を開く。

それは、到底認められないような内容で。

 

「ミカミよ、うぬが出会ったクリシュナとカルキは、このライドウから見て”先代”の17代目葛葉ライドウの仲魔であり──18年ほど前にとある戦いで先代ごと喪失した悪魔達だ」

「!!」

 

喪失した。それは、居なくなってしまったということ。

もしかしなくとも、死んだかもしれないということ。いや、自分にはなんとなく、彼らは()()()()()()()()()()直感めいたようなものがあった。

本当に、あれは奇跡の出会いだったのだと思うとの同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだとなぜか感じてしまった。しかし、それを感情は理解してくれない。

 

「え…あ…そんな、うそだ…だって、だってこの前、ほんとに…たすけてもらって…」

 

たくさん、助けてもらったのに。

自分はまだ何も返せてないのに。「ありがとう」の言葉すら、彼らに言うことが出来なかったのに。

 

「そんな、そんなの…うそだ…」

 

地面に雫が落ちる。涙が止まらない。

まるでずっと連れ添ってきた友達を喪ったような、そんな悲しみの感情が襲ってくる。

あのたった瞬きの間のような戦いの中でしか一緒にいなかったのに、涙は一向に止まってくれない。

 

「なんで……どうして……!」

「三上さん…」

「そっとしておいてやれ、ライドウ。こうなってしまったらもう気の済むまで涙を流すしかないのだ」

 

ライドウくんとゴウトに見守られながら、涙が止まるまで嗚咽を零し続けた。

 

「……落ち着いたか?」

「…はい、ご迷惑おかけしました。みっともなく泣いてしまってすみません…自分で思ってたよりショックだったみたいで…」

「あやつらは命の恩人だったのだろう? なればその反応も仕方あるまい」

 

ライドウくんから差し出されたポケットティッシュで涙と鼻水を拭く。

 

「だが、時空が歪んでいる悪魔の巣の中とはいえ、彼奴らと会うなどうぬにはなにか縁があるのかもしれんな。それとも、ライドウに出会ったが為に”先代”とも縁が繋がったか…?」

 

微笑むように目を細めたゴウトに考える。

先程から『縁』という言葉をよく聞くが、もしかしたら悪魔の召喚や出会いにもそういうものが必要なのか。

ライドウくんの先程の口ぶりからすると、そういう縁がないと一緒に戦えるほどの技量があっても召喚に応じてくれないと言っていた。

レッドライダーと戦った時、当然の事のように自分はそれを理解していたが、今になってみると何も知らない自分がなぜあんなことを思ったのかよく分からない。

 

「彼奴らのことは残念だったな…だが、もしやすると救えるかもしれぬ」

「……」

「自分とゴウトは先代について調査を行っている。どうして、いなくなってしまったのか、彼は何と戦っていたのか。……それを知るために。消えた場所が分かれば、生きていることがわかれば…!」

「いや…俺は、もう大丈夫…大丈夫だから…」

 

ゴウトとライドウくんのその話を聞いても、自分は首を横に振るだけだった。

 

「大丈夫じゃない。そんな顔を、貴方はしていない…!」

 

なぜか、ライドウくんのほうが自分よりも辛そうな顔でそう言ってくる。

ただ、俺にとっては『もう終わったこと』なのだ。

 

「本当に、もういいんだ。俺は…これ以上知りたくない」

 

知って辛い思いをするくらいなら知らない方が良い。

見たくない。聞きたくない。

 

「……でも…!」

「ライドウよ、ミカミはあくまで神降ろしされているとはいえ何も知らぬ一般人だ。これ以上巻き込むのはやめにしようではないか。それに我らとて全て伝えられるわけでもない」

「…そう、ですね」

 

そうして、自分は知るべきだろうことから目を逸らした。

 

 

 

 

7/25(土) 夜

 

路地裏のたまり場でひとり黄昏ている荒垣の元に、ストレガの3人が歩み寄る。

ストレガの姿を見たたまり場の人間は、蜘蛛の子を散らすように立ち去って行った。

 

「ん…?」

「こんばんは。お元気そうで何よりです」

 

タカヤが荒垣にそう声をかける。

その表情は酷く冷たく、感情を感じさせない。

 

「今回分の制御剤や。受け取りぃ」

 

ジンが前に出て制御剤を投げて寄越す。荒垣はそれを器用にキャッチすると、まだ立ち去らない三人に頭の中ではてなを浮かべる。

 

「そう言えば彼ら…また1人、面白い仲間を加えたようですね。…もとい、アレは1人ではなく“1つ”かな?」

「別に興味ねぇ」

 

タカヤの言葉に心底興味がない、といった風に返事を返す。

実際、あまり興味は無い。荒垣自身、彼らの活動に戻るつもりはまったくないしできることもないからだ。

 

「あなたから聞いたこと…本当のようですね。彼らは本当にやる気のようだ」

 

タカヤが荒垣から聞いたこと──それは、『特別課外活動部が大型シャドウをすべて倒し影時間を消そうとしている』という事だった。

前回の薬の受け渡しの時に、荒垣は半ば脅しのようにその情報を吐かされたのだ。

 

「まったく嘆かわしい…」

 

心底嘆かわしいと言わんばかりにため息混じりにそう吐き出したタカヤ。

 

「これでは私たちも、立たない訳にはいきません」

「!」

「彼らがなにをしようと構わない…力の使い道は持ち主が決めることです。しかし彼らは影時間を消すと言っている。それは力そのものを否定することです」

 

力の否定。

それは、タカヤ達ストレガの、桐条によって生み出された人工ペルソナ使いの存在意義の否定だった。

 

「それだけは、何があっても許容できません」

 

影時間への適性とペルソナ能力の喪失は影時間を主に生きてきた彼らにとっての死を意味する。彼らはまだ知らないが、力と適性を喪えば影時間に関する記憶もなくなってしまう。

そうなると、彼らの記憶も少なくない量が消えてしまうことになる。それは、実質的な彼らの『死』とも呼べることだった。

そんなこと、許されるわけがなかった。

 

「好きにすりゃいい…」

 

そう言って、荒垣は立ち去ろうとする。

 

「待ちや」

 

ジンのその声に、荒垣はぴたりと足を止めた。

 

「お前…どないする気や。知っとるで。戻って来いて、誘いが来とるやろ」

「ムカつくぜ、このストーカー野郎が」

「わしらはアイツらを止める。ナギサもあそこにおるけど関係ない。こないだ薬渡したときにそういう“約束”になったからな」

「ナギサ…? 誰だ、そいつ」

 

ジンの言葉に荒垣は疑問をぶつける。特別課外活動部にはナギサという人物はいない。

そんな荒垣の疑問に、タカヤが薄笑いで答える。

 

「ああ、あなたがたはナギサのことを“三上優希”、と呼んでいるのでしたね。それは失礼」

「!! 三上、だと…!? 待て、薬を渡したっつーのは…!」

「せや、わしらやお前の飲んでるのと同じ、ペルソナの制御剤や」

 

ジンの言葉に荒垣は大きく目を見開いた。

 

「どういうことだ! なんでアイツがそんなものを飲んでやがる…!」

「あなたと同じですよ。彼も、ペルソナの暴走を起こした。それだけです。幸いにして彼自身以外に被害は無かったようですがね。しかし彼にはずいぶんと堪えたようで、すぐに薬を受け取ってくれましたよ」

「……アイツは、それでも戦ってるのか…」

 

「まあ、彼があそこに縛り付けられている理由はそれだけではないんですが」とタカヤは内心ほくそ笑む。

そんなタカヤの内心を知らない荒垣は俯いた。

 

「オイ、アイツらに味方する言うんやったら、真っ向カタキ同士や…ええんか?」

 

気持ちの揺らぐ荒垣に、ジンが追い打ちをかけた。

しかし、荒垣には戻る理由がない。

優希が薬を飲みながらでも戦っているという話を聞いて揺らいだ気持ちを振り払った。

 

「前にも言ったろ。俺にはもう、関係ねぇ…」

 

荒垣はそのまま立ち去っていくのをストレガの3人は見送る。

タカヤだけは、顎に手を当てて何かを思い出すように地面を見つめた。

 

(先日見たナギサからは…かのペルソナの気配が濃くなっていましたね…もしや条件は、“大型シャドウの捕食”だけではない…? まさか)

 

 

 

 

7/26(日) 昼

 

今日から夏休みだ。

明日からは湊が運動部の特訓だし、8月1日からは奏子が八十稲羽という土地で1泊2日の合宿に行くらしい。

それぞれのお弁当をつくろうかと思ったがこの暑さだ。痛んでしまってはいけないので声かけだけにとどめることにしようと思う。

 

ちなみに、天田くんが今日から入寮らしく部屋の掃除や荷物運びなどを手伝った。

それでも小学生にしては少ない荷物ばかりで、これから増えるとはいえ毎回心配になる。

荷物が少ないと言えば湊も少なかったがいまではヒーホーくんことジャックフロスト人形だったり柿の実だったり変なものが部屋に増えている。

ある意味これも毎回恒例だが一体なにをしてるのか不思議だ。

奏子の部屋も同様に変なものが増えている気がするのはもうしかたないと割り切った方が良いのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

7/29(水) 夜

神社前

 

今日は確かコロマルがイレギュラーシャドウに襲われる日だ。

水曜日なので神条さんに会いに行きたかったが影時間にコロマルが襲われるためにその予定をキャンセルし、なるべく今日はコロマルの傍にいることにした。

 

「コロマル、今夜は俺と居ようね」

「ワン!」

 

そう語り掛ければ、わかったとでも言うかのようにコロマルは一声吠えた。

時計を見る。今は11時50分。あと10分だ。気は抜けない。

召喚器をホルスターに入れて持ち歩いて職質されても困るのでもって来ていない。一応、屋久島の時のように連続召喚チキチキ耐久デスマーチさえしなければ、薬を飲んでいようが召喚器なしでもペルソナを召喚できる事は確認済みだ。

召喚器を使うよりかは少し疲れるがその程度、許容範囲内である。

 

時計の針が11時59分になり、秒針が59秒を指した。

1秒後、世界は一変する。

 

「ワン! ワン!」

「あの足音、コロマルにも聞こえてるよね。──こっちに来るみたいだ」

 

ついに影時間になったがそのまま神社前で待機する。

守るべきはコロマルとこの神社なので場所を変えてなんて戦えないし意味がない。

遠くの方からズシンズシンと大きな足音が近づいてくるのが聞こえる。

恐らくは剛毅のシャドウ・激震のギガス。シャドウの癖に筋肉モリモリの変態マッチョマンだ。

ちなみにシャドウの癖に魔法や重火器の類は使用しない肉体派。ガチムチともいう。

 

「ウーーー…」

 

そして見えたその姿にコロマルが唸る。

ビンゴ。相手は何の変哲もない激震のギガスだ。

 

「ワン! ワンワン! ワンワンワン!」

 

威嚇するように吠えるコロマルの前に立つ。

たしか、コイツの弱点は電撃属性と祝福属性──ハマなどだ。ホワイトライダーのゴッドアローで一撃だろう。

そのまま、近づいてくるギガスを睨み付ける。

 

「射殺せ! ホワイト──「なんだよ…なんだよこれ…!」天田、くん…?」

 

ホワイトライダーを召喚しようとした瞬間、聞こえてきた声に集中と注意がそれた。

形作られようとしていたホワイトライダーが消え失せ、そのまま収束する。横を向けばそこにいるはずのない天田くんが呆然といったように立ちすくんでいた。

どうしてここに、天田くんがいるのか。そんな考え事を一瞬でもしてしまい、隙が出来てしまう。

 

「がっ…!?」

 

その逸れた瞬間を見計らい、その強靭な拳で殴り飛ばされ、階段にたたきつけられた。

 

「ウゥー…バウッ…!」

 

痛みとぼやける視界の中、コロマルが唸りギガスに跳びかかっていくのが見える。

ダメだ。このままだとコロマルが怪我をしてしまうし最悪の場合、まだペルソナに覚醒していない天田くんもやられてしまう。

 

「三上さん…!? まさかコロマル、神社を守って…うわっ!」

 

天田くんがマーヤに覆いかぶさられる。

──立たなくては。助けなくては。

よろめきながら、立ち上がる。

ただ、天田くんにダメージを伝播させずに倒せる技を覚えたペルソナを自分が持っているかと問われれば、厳しいものがある。

悩んでいる暇なんてないのに、巻き込むことを恐れてしまい、ペルソナが召喚できない。

 

「はあ…はあ…! くそっ…!」

【アギ】

 

最悪、殴りかかってやろうかとヤケクソになった瞬間、炎がマーヤを焼いた。

マーヤはすぐに消えて、その背後にはオルフェウスを召喚した湊が立っていた。

 

「み、なと…?」

「コロマル…! 優希…!」

 

何故湊がここにいるのか自分はわかっていないので不思議な顔をしてしまう。

そんな中、コロマルに噛みつかれたギガスはコロマルを振り払おうとその大きな腕を振り回し、コロマルを投げ飛ばした。

 

「キャウンッ!」

「うわっ!」

 

投げ飛ばされた先には湊が。

コロマルを綺麗に受け止めた湊は尻もちをついて召喚器を手放してしまう。

くるくると地面の上を滑った召喚器は、天田くんの足元へと転がった。

 

「まさか、コイツが…コイツが母さんを…?」

 

呻くように何かつぶやいた天田くんに近づいていくギガス。

ホワイトライダーを召喚しなくては、と集中するも、痛みがそれを邪魔して許さない。

痛む身体を抑え、盾くらいにはなろうとギガスの横を滑って天田くんの横へと転がり込んで抱きかかえる。

ギガスはそんなこともおかまいなしに拳を振り上げ、自分ごと天田くんを潰そうとしてくる。痛みに備え、きつく天田くんを抱きしめて目をつぶった。

 

「っああ、かあ、さ…ん…? ちがっ、あ…みかみ、さ…う、うああああああああああああああああ───ッ!!!!!」

 

その瞬間、天田くんが叫んだ。

 

──そして、召喚器を掴んで、額に当てて引き金を引く。

 

目に眩しいくらいの青い光と力の奔流が渦巻き、ギガスの拳を防いだ。

形作られたのは、車輪のようなものを挟んだ黒い人型──復讐の女神の名を冠するペルソナ・ネメシスだ。

 

「くっ…!」

 

天田くんがギガスをにらみつけると同時に、ギガスをお札のようなものが取り囲む。

 

【ハマオン】

 

祝福属性の即死効果を持つ魔法であるそれは、ギガスに張り付くと一瞬にしてその姿を消し飛ばした。

 

「はあ…はあ…やった…やれたんだ…」

 

息を切らせながら自分に抱えられた天田くんを離しつつ、湊たちの方を向いた瞬間、それが目に入る。

 

「──避けろ湊!」

 

声を張り上げる。

湊の後ろにもう一体…いや、激震のギガスの上位互換である闘魂のギガスが湊とコロマルに向かって腕を振り上げていた。

もう一体イレギュラーがいるなんて知らなかった。こんなことになるなんて、気を抜き過ぎていたのかもしれない。

 

「…っ!」

 

湊がこちらの声に反応して振り向くも、動けそうにない。

湊が死ぬ。殺されてしまう。そんなこと、許していいはずがない。

 

「うおおおおッ! 斬り裂け! “レッドライダー”!!!」

 

もはやそれは集中もへったくれもない無理やり引き摺り出すような召喚だった。

ごっそりと、精神力が削られるような感覚がして意識が飛びそうになる。

それでも何とか形作られたレッドライダーはその剣を横凪ぎに払い大きな風の刃を闘魂のギガスへとぶつける。

 

【真空刃】

 

戦いのときに自分の腹を裂いたそれが、ギガスに直撃し、容赦なくダメージを与えた。

しかしまだ、相手は膝をついただけで倒れない。

 

「もう一度…消えるまで何度だって撃ってやる…! やれ」

 

フー、と息を吐く。

無理やりだろうがなんでもいい。目の前の、湊とコロマルを害そうとしたこいつだけは、完膚なきまでに叩き潰さなくてはいけない。

そうでもしなくては、自分の気が収まらない。

 

【コロシの愉悦】

 

【チャージ】

 

レッドライダーの虚ろな眼窩がギラリと光る。

そして、カカカと特有の歯を鳴らす音を立て、剣を振り上げた。

 

【テラーソード】

 

力を増したレッドライダーの長剣が闘魂のギガスの耐性をぶち抜いて斬り裂き消し飛ばす。2発も耐えられないのかという嘲りのような感情と、安堵がないまぜになって不思議な感覚に陥る。

昂っているような、そうじゃないような、そんな感覚だ。

これは恐らく血の気の多いレッドライダーを使ったせいかもしれないと勝手に決めつける。

血の気の多さで言えばホワイトライダーも負けていないと思うがそういうことではないっぽいのでこれはレッドライダーのせいだ。そういう事にしておこう。

…なんだか心の中で抗議の声があがった気がした。

 

「天田くんも、湊もコロマルも怪我はない…?」

「…三上、さん…はい、なんとも…」

「僕とコロマルは大丈夫」

「ん。じゃあ、ちょっと休憩してから寮に帰ろう…ごめん、情けない話だけど…俺がしばらく立てそうにないや…」

 

苦笑して石垣に凭れこむ。

背中の痛みは打ち身程度なので息をしたら少し痛いかな、と言った感じで動くのに支障はなさそうだ。

息を深く吐いて昂りと疲れを追い出す。どっと感じていなかった疲れが身体を襲って今にも寝てしまいそうになるがここで寝たらまたシャドウに襲われかねない。身体と眠気に鞭を打って立ち上がる。

 

「…もう大丈夫。帰ろっか」

 

 

 

 

「影時間に対応できる犬ってそんなのアリ!?」

「ハッハッハ…」

「よしよしコロちゃん、いい子だねー」

「ワン!」

「お兄ちゃんは打った背中見せて! 湿布貼るから!」

「ありがとう、流石に背中には手が届かないから…頼むよ」

「うわ…青あざになってる…」

 

撫でられるコロマルの横でブラウスをたくし上げて背中を見せる。

どうやら青あざになってしまっているようで奏子のドン引きする声が聞こえたあと、ばちん!と湿布が貼られる。

 

「いてっ!」

「湊! 乱暴にしちゃ駄目だよ!」

「勝手に無茶する優希にはこれくらいでいいんだよ。骨折れてたらまた待機してもらうだけだし」

 

絶対零度の視線が突き刺さる。

どうやら、湿布を貼ったのは奏子じゃなくてなぜか不機嫌な湊らしい。

 

「な、なんで怒ってるんだ…?」

「自分の胸に訊いてみれば?」

 

理由を答えるつもりはないらしく、一刀両断されてしまう。

正直、原因に心当たりがありすぎてどれが湊の怒りのポイントなのか見当がつかない。

 

「…お手上げ侍だ」

「こういうときだけ順平の真似しても駄目だから。優希だって馬鹿じゃないんだから考えればわかるでしょ。なんで、僕が怒ってるのか」

「う…コロマルと一緒とはいえ影時間までに俺が帰ってこなかったことと、応援呼ばずにシャドウと戦闘したことと、召喚器を持たずに出歩いてまた召喚器なしで無理やりペルソナを召喚したことと、寮につくまで怪我を黙ってたこと…?」

 

とりあえず今回の事だけに限り思いつく要素を羅列する。するとみるみるうちに奏子の顔は驚愕に染まった。

 

「えっお兄ちゃんそんなことしたの!? そりゃ湊も怒るし私でも怒るよ! もし湊がたまたま寮を出た天田くんを追っかけなきゃ、お兄ちゃんもコロマルも天田くんも大けがしてたかもなんだよ!」

「はい…」

 

ごもっともです。

でも怪我のことは正直寮についてからきちんと申告したんだし問題ないと思ってる。

 

確かに、1人で何とかできるという甘い考えは捨てた方が良いのかもしれない。天田くんに覆いかぶさったマーヤに対して巻き込むことを恐れて攻撃できなかった自分がいた時点で、1人では何にもできないという証明にしかならない。

 

「そもそもイレギュラーが起こるのがわる「イレギュラーは起こるものだよ、優希」…わかった。気をつける」

「その言葉何度目~? ま、いっか…お兄ちゃんが単独行動するのは今に始まったことじゃないし…」

 

2人にこうして怒られるともう何も言えない。

散々絞られ、美鶴さんにも「このような無茶は2度とするな」と釘を刺されてコロマルにも「『礼は言うがこのような無茶は頂けない』といっているであります」とアイギス翻訳で苦言を言われてしまったので大人しくしていようと思う。

ただ、自分が少し背中を打ったくらいで他には誰も怪我をしていないという現状に、自分は満足していた。

 

──────

 

 

 

 

「自分の、使命は…東京を、人の生きる世界を…守護すること…!」

 

黒い泥のようなものにまみれて消えかけの仲魔を前に、満身創痍の男は刀を杖にして立ち上がる。

 

「あくまでも使命に生きるか! ライドウ! クハハハハ! 人形のような貴様にはそれが相応しいだろうな! だが結果を残せなくては無意味だ」

「いや…今までは、そう思っていた。けど…今は違う……! おれは、おれ自身の意思で守りたい…! 例え何度裏切られるとしても、そこにある人の温かさは変わらない。遺るものはそこにきっとあるから…! そんなみんなの想いを守りたい…! だから、」

「だからなんだというのだ! 人は愚かで忌まわしく汚い存在だ! その事実を直視して絶望しろ! 貴様にはろくに戦える仲魔はもう存在しない…! 抵抗などするだけ無駄だ! 苦しみ悶え、世界を救えなかったという結果だけを抱いて死んでいけ!」

 

杖にしていた刀を地面から離す。

 

「…14代目が出会ったという供倶璃(くくり)(ひめ)…彼女らは…いや、“彼女は”、身体に膨大なMAG(マグネタイト)を溜める蠱毒の器だった。人の温かさに触れた彼女は…14代目を含む大切な人たちを守るために、その身を呈して異星より来たりしかの邪神を祓う(つるぎ)と化したという」

「まさか、貴様…! あの(ひめ)と同じことを…!」

「ああそうだ。けど、お前を倒すのはおれじゃない。おれと、おれの仲魔と、おれに関わった総ての存在(ひと)の想いだ。おれは…その為の祈りになろう。みなを守る、祈り(ねがい)になろう…! その為なら、この命惜しくはない!」

 

ちらり、と男は後ろを見る。

そして、腰に着けていた管を1本外し、中から仲魔を召喚する。

 

「──、今までありがとう。こんなおれに最後まで、ついてきてくれて。でも、おれはもう帰って来られないだろうから。きみだけでも、逃げて、自由になって…それでいつかゴウトに伝えてくれ。この管の中に、しばらく単独でも活動できるだけのMAG(マグネタイト)は詰めてある。…大丈夫。おれは、救うよ」

 

渋る仲魔に向かって笑いかける。

 

「だっておれは、使命に生きることよりもみんなが生きて笑っていられることの方が…大切だってわかったから」

「させぬ!」

「それはこちらの台詞だ」

 

男は迫る泥を切り伏せ、仲魔が走り去るのを見届ける。

そして、刀の切っ先を自らへ向けた。

 

「命が惜しくはないのか! もし自刃し、私を倒せたとして、貴様は己が守った後の世界も見ることが出来ぬのだぞ!?」

 

焦ったように先程とは正反対のことを泥が叫ぶ。

まるで、思い通りにいかないと駄々をこねる子供のように。その先になにがあるかを知っているように。喚び出される存在(モノ)が何か知っているように。

 

「言っただろう。惜しくはない、と。おれがいなくなっても、おれの想いは誰かが継いでくれる。それはきっと、どんな絶望の中でも消えることの無いものだから。…おれの体質が、魂が、特別なものだったのは、このためだったんだってやっと分かった。だから、お前にも感謝するよ。

 

──“ありがとう”」

 

そうして、泥に向かって酷く穏やかな表情をした後、切っ先が胸へと吸い込まれる。

 

「葛葉ライドウウウウウウ!!!! 貴様ァ! 最後の最後で筋書きから外れるなど、認めぬ! 認めぬぞぉおお!!!」

 

倒れゆく男を見て、泥は癇癪を起こしたように発狂し、叫ぶ。

泥となった者の拵えた筋書き(シナリオ)通りに動くだろうと思われた男は、最後の最後でとんでもないどんでん返しをしてみせたのだ。

そんなもの、それに認められるはずもなく。

 

まばゆい光が、空間を満たす。

祈りによって喚ばれたもの、それは──ひとつの光だった。

 

『我は、総ての者の背後にありて究極で不変の現実──宇宙(犠牲)の力そのものである。拠って、ここに奇跡を起こそう』

 

──かくして、奇跡は成り世界は救われた。

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