君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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Ⅸ 隠者
きっかけは些細なことで(8/6~8/7)


作戦室で待機していた幾月の元に、美鶴から連絡が入る。

 

「はいはい、僕だ」

「こちら、美鶴です。目標のシャドウは鎮圧しました」

「そうか。ご苦労様、戻ってくれていいよ」

「待ってください」

 

いつも通りのねぎらいの言葉をかけ、通信を切ろうと踵を返した幾月に待ったの声がかかる。いつもならかからないその言葉に疑問を覚えながら幾月は通信機の近くへと戻った。

 

「実は、今回はそれ以外にも報告すべきことが。作戦中、“ストレガ”と名乗る者たちから、妨害を受けました。奴らの口ぶりからして、桐条の犠牲者である“人工ペルソナ使い”の生き残りかと」

「”人工ペルソナ使い”の生き残りだって!?」

 

美鶴の発した“人工ペルソナ使い”の生き残りという言葉に、幾月は()()()驚く。

 

「しかも、1人ではありません。適性を押し付けられたとはいえ影時間の中に平然と現れ、我々の事も知っているようでした」

「ううむ…」

 

情報を横流ししているのは自分だからそれはそうだろうね、と幾月は口に出すことはせず、思案するように呻ってみせた。

ただし、大型シャドウ討伐の邪魔だけは頂けない。それだけは、阻止されてはいけない。釘をさす必要がありそうだ、と幾月は考える。

 

「なにか分かるかもしれないし、僕の方でも調べてみるよ」

「お願いします。それと…もうひとつ報告が」

「なんだい? 言ってごらん」

 

また一段と声を低く、小さくした美鶴に幾月は優しく声をかけた。

 

「三上が…伊織がこの間の話を口走ってしまったこともあったのですが、ストレガにもなにかされたようでまたペルソナを暴走させてしまって…幸い三上自身が自力でそれを抑え、誰も怪我をすることなく済んだのですが、一応ご報告だけでもと」

 

その言葉に幾月はひとりで口角を上げる。しかし声色を変えずに美鶴へと聞くべきことを訊くに留める。

 

「ふむ…そのペルソナは、前となにか様子が違っていたかい?」

「様子…ですか…」

 

少し、思案するような沈黙が続く。

 

「…そういえば、姿が変わっていたような気がします。前は腕と頭しかなかったのに…今回は足が生えていました」

「そうかい。ありがとう。だいたいわかったよ」

 

美鶴から伝えられた報告に幾月は適当に返事をする。

ここでそれを聞いた理由をわざわざ言う必要はない。そんなもの、幾月にとっては無駄以外の何物でもない。

 

「──では、通信を切って帰還します」

「シャドウの危険はなくなったとはいえ、夜道は危ないんだ。気をつけて帰ってくるように」

「はい。ありがとうございます」

 

通信機の電源を切り、ほくそ笑む。

 

「…ハハハ、ハハハハハハ! これだけ揃っていればもう逃げられない! “聖杯”の中身が満ち、“予言”が達成されるときが楽しみだ…!」

 

“計画”は順調に進んでいるようだ、と思うと幾月は笑いが止まらなかった。

この部屋にある監視カメラの録画は切ってあるためこの言動が誰かにばれることは無い。なに、後で機材の不調だという事にしておけばいい。

 

かつて失ったそれを雁字搦めにして逃げられないよう縛り上げ、再び手中に納める。

それが幾月の目的のひとつであり最終目標へたどり着くための手段であり、必要な物なのだ。

そのために、10年間様々なことをしてきた。

──どんな手を使っても。

 

 

 

 

8/7(金) 昼

 

コンクリート剥き出しの部屋で自分は絶賛頭を抱えていた。

 

「昨日の今日!!!!! 敵に回らない限り仲良くしようって言ったのは自分だけどさ!!!! いくらなんでも早すぎるし現在進行形で俺たち敵対してる!!!!」

「おっええツッコミすんなァ、のう、タカヤ」

「そうですね。思っていたより元気がよくて結構」

「誰が!!!! 原因だと!!!! 思ってん、の!!!!」

「それはそれ、これはこれ、ですよ」

 

ストレガのアジト。

その一室で仲良くテーブルを囲みながら、昼ご飯を食べていた。

…いや、どうしてこうなったのか。

 

「ナギサ、その味玉ちょうだい」

「え、ああいいよチドリ…って違う!!!! なんで俺は毒ガス撒いて殺そうとしてきた相手と仲良く昼飯食ってんの!!!!」

「うるさい…」

「うっごめん…」

 

自分のどんぶりから味玉を攫っていったチドリに顔を顰められる。

正直、この敵対した翌日に街を歩いていたら強制連行されて突然「ゆでるタイプのレトルトのラーメンを買ってきて作れ。食べたいから」と言われて素直に買い出しをして作って昼飯を平然と囲んでいたらうるさくなって当然だと思う。

いや、ラーメンを作り終えるまで抵抗しなかったというかそのことに気が付かなかった自分も自分で相当絆されていると思ってしまった。

優先順位は考えなくてはと決意したのはいったいどこのどいつだったのか。

 

「…というか、ジン…この二人の生活習慣とか色々…なんとかしようよ…」

「わいかて頑張っとるんやけどな…タカヤとチドリやし…」

「ああ…ごめん…苦労してるんだな…」

 

ゴミ袋だらけの部屋を見る。

以前はなにもない部屋だと思っていたが、その時は頑張ってジンが片付けていたらしく、今回来たときにはそこらじゅうに空き缶やらペットボトルやらビニール袋などが散乱していて汚部屋状態になっていたのでジンに了承を貰って慌てて片付けたものだ。ゴミ出しはしかたないのでやりそうなジンに頼もうと思う。

ちなみに、チドリの部屋は手を付けていない。女の子の部屋なので触れなかった。

部屋の中で黒光りするGが湧いていなかっただけましだが、冷蔵庫には水とか栄養ドリンクとか冷蔵が必要な甘いものだけとおおよそ食料と呼べるものが入っていない事にも愕然とした。そりゃ体壊すし寿命も縮む。特にタカヤは霞でも食ってるのか。現在進行形でラーメン啜ってるから違うけども。

料理に関してはタカヤとチドリは論外。唯一の希望であるジンですらもあまり料理が出来ないらしく、結局インスタントラーメンや出来合いのものを買ってきたり、コンビニ弁当が食生活のメインになっている。鍋と包丁があったのが奇跡としかいいようがない。しかし、

──これではいけない。

恐らく、そんな義務感のようなものがあったのだろう。だから、レトルトだろうがラーメンとその具材を買ってきて、野菜を刻んでぶち込むような手間もしたんだと思う。

 

そこまで考えて、日常生活の殆どの負担がジンに行ってないか? と気がついた。

 

「…昼ごはん食べたらもう一回スーパーに行ってくる」

「は? なんでや? まさか、逃げるつもりとちゃうんやろな?」

 

疑いの視線を向けるジン。

そんなわけない。というか逃げたらこの三人の食生活が大変なことになる。

健康はまず食から、だ。

 

「食生活、不安。俺、作り置きして、冷凍庫、ぶち込む。お前ら、電子レンジでチンする。それ食う。俺、その為の食材、買ってくる」

「あ…す、すまん…」

 

思わずカタコトになって責めてしまうがジンは悪くないので咄嗟に謝る。

 

「あー…いや…ごめんジンは謝らなくていいや…不安ならジンがついてきても…って誰かに見られちゃまずいか…こっそり後つけるくらいならいいかな…? というか炊飯器もないのか。えっと白飯くらいはその都度買ってきても問題ないかな…スーパーに売ってるだろうし」

「すまんナギサ、ウチには電子レンジもないんや…」

「それマジで言ってる!? …スーパーは後にしてまずは電器屋に行こう。それか、ジンはネット得意なんだから適当に安い電子レンジをネットで買おう。ネットなら届く日選べるし…」

 

おずおず、といった様子でジンから衝撃的な発言が飛び出してきたのでそう提案する。

まさか、コンビニ弁当を温めることすらなく食べていたのか、それともコンビニで温めてから持って帰っていたのか、どちらかはわからないがこの場所に電子レンジがないというのは致命的だ。電子レンジがあれば冷凍食品が食べられる。冷凍食品が食べられるという事は、おかずが一個増えるという事だ…!

ビバ・冷凍食品。モコイさんは焼きおにぎりが好きらしい。

 

「わかった。電子レンジの件はわしに任せてくれへんか。けど、買い物にはひとりで行ってもらおか…タカヤもチドリもこういうの向いとらんのや…」

「なに。私だって買い物くらい、いける。タカヤと一緒にしないで」

「お前の場合は買いに行けたとしても菓子や画材くらいやろが…」

 

ジンが遠い目をしてチドリにツッコミを入れる。

その心中、察するほかない。

食生活を改善するのは作り置きを定期的に置いていくこととして、次は部屋の掃除──ではなく制御剤の改善…のための人員確保だ。

この三人を強制的に朝倉医院に連れて行く。自分の!ために!

ヒュー!自分の考えが悪魔的過ぎて怖い。自分は天才か?

まあ「散歩にでも行こう」と誘い出して連行すればいいと思う。コロマルの予防接種も先日それで済ませた。いけるはずだ。

なおコロマルが数日ほど自分と散歩に行ってくれなくなったのは秘密だ。

 

伸びに伸びた麺をずるずると啜る。というか気がついたらチャーシューが1枚減っている。隣を見ればタカヤがニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。食ったのはお前か。

 

「考え事などという無駄なことをして早く食べないのが悪いのです」

「あっ、言ったな!? ねえそれ禁句なんだけど知ってる?」

「知りませんね…」

「んだとこんにゃろ」

 

確かにそのひとときは笑顔にあふれていて、ひどく穏やかで楽しいものだったのだ。

 

 

 

 

(…いきが、くるしい)

 

どうして、こうなったんだろうか。と本日二日目の思考をぼんやりと回す。

気を抜けば、どこかへ意識が飛んで行ってしまいそうな苦しさと痛みが胸を襲っている。

横になったぼやけた視界の向こうで、タカヤが酷く焦ったような顔をしていた。

 

 

 

 

目を覚ます。

知っている天井だ。けれど、ストレガのアジトではない。

 

「起きましたか」

「タカ、ヤ…?」

「ええ」

「……」

 

ぼんやりする。

意識がまとまらなくてすぐにまた飛んで行ってしまいそうだ。

それになんだかタカヤが半裸じゃなくてちゃんとTシャツを着ているような気がする。幻覚だろうか。

 

「おいタカヤ、アイツ起きたか?」

「まったく、今日会ったばかりだというのに慣れ慣れしく呼ばないでくれませんか?」

「うっせえヒョロモヤシ! てめーがいきなりオレに電話してきてピーピー泣いてコイツをなんとかしろっつったんだろうが。つーか、てめえらも大人しくオレ様のモルモットになってさっさと健康になりやがれバーカ! じゃねえと殺すぞ!」

「あなた、それでも医者ですか」

「残念ながらな! 殺すしか能のない馬鹿なオマエらと違ってオレはなんでもできる天才だから?」

「殺しますよ?」

「おうやってみろやクソ雑魚。オレのペルソナが火を噴くぜ」

「あなたのはその汚い口に似合わない治療専門でしょうに…」

「おっとそれは禁句だぞ。まあ付け替えれば攻撃特化にできんだけどな」

 

このうるさくて口汚い声には覚えがある。朝倉先生だ。

なんだか、タカヤとすごく仲良く言い合いをしているような、そんな気がする。この言い合いのお蔭で意識がはっきりと戻ってきた。Tシャツを着ているタカヤは幻覚じゃなかったらしい。

そして朝倉先生がいるという事は、ここは朝倉先生の病院である朝倉医院ということだ。なるほど、道理で見知った天井なわけだ。

 

「おうガキ、起きたか。点滴取り換えるから待ってろよ」

「……?」

「なんでここにいるんだ? って顔してんな? てめーがぶっ倒れたからだ。まあ今回のはお前の持病のほうの発作だったみてーだから多めにみてやるよ…ただ、残念なことに悪化してやがる。お前、ずっとうわ言で痛みを訴えてたぜ。やっぱあの薬、不味いな」

 

最悪だ。これ以上悪化したら最悪特別課外活動部の活動が出来なくなる恐れがある。

悪化の原因は薬のせいかもしれないが、薬を飲んだうえであのペルソナが出てきてしまったということは、飲まなければもっと暴走していたかもしれないということで。

一瞬にして飲まないという選択肢は消える。

 

「あなた、持病持ちだったんですか」

「まあ、うん…」

 

正直、4月になるまで自分の意識としては知らなかった、なんて言えない。

結局今までのループどおり健康体のつもりで動こうとするからこうやってしくじるんだろうけど、病人らしいムーヴはそれはそれで不慣れだ。

しかも、戦闘に参加できなくては意味がない。

 

「…気にしなくていいよ、タカヤのせいじゃないし」

「ええ、気にしませんとも」

 

こちらの言葉にそう答えたタカヤだったがその表情はなんだか複雑そうな感じだった。いつものように嘲っているわけでもなく、余裕たっぷりの笑みでもなく、なんとも言えない、といった顔だ。

 

「ところでオマエらストレガ三人衆。さっきも言ったが近いうちに荷物まとめてウチに越してこい。オレが養ってやる」

「!?」

 

朝倉先生からとびだした言葉に驚く。ウチにこい、つまり…一緒に住めということなのだろうか。自分に言われたものではないが、タカヤ達にこんなことを言えるのは朝倉先生の心臓に毛でも生えているからなのだろう。

 

「お断りします」

「今なら暴走したペルソナの対処ついでに健康になれて通信高校を無料で受験できちまう! ワオ! お得だと思わねぇか?」

「結構です」

「は? うるせえつべこべ言わずにとっととウチに養子にこいこの不摂生ども。三人ガキ育てるくらい超余裕な金持ってんだこちとら。んでぐ~たら勤勉に過ごしながらたまに血を抜かれる生活をしろ。健康優良児になれ」

 

ばっさりとタカヤに断られる朝倉先生だったが先生も負けてはいなかった。

1を言われれば10を返すマシンガントークでこちらが口を挟む余地がない。

 

「私たちにはやるべきことがあるのです」

「アーハイハイ†選ばれし力†、†選ばれし力†。中学生ン時のオレよりひでー厨二病だな。ペルソナは別にどんな人間でももってるもんだっつの。目を覚ますか、覚まさないかの違いだけだ」

「ちゅう…?」

「そういうとこだけ世間知らずの純真さを出すな」

 

鋭いツッコミをタカヤに入れた朝倉先生とタカヤの相性はよさそうだ。

 

「2人とも…仲いいね…」

「「それだけはない」です」

 

半笑いで言った言葉に同時に返事を返されて、内心で「ほら」と思う。

絶対先生と住んだ方がタカヤが楽しそうでいいと思う。勝手な考えだけど今のタカヤは人間らしさというか、本来のタカヤらしさがある。あれ?本来のタカヤらしさって、なんだ?

 

「いっとくけどな、オマエらの言う“影時間”? つーのにオレが適応してねー時点でんなもん消えてもペルソナは消えねーの。おわかり? なんならオマエの目の前でもういっぺん“カラドリウス”先生だしてやろうか」

「カラドリウス先生…?」

 

朝倉先生から飛び出た聞き慣れない名前に疑問を浮かべる。出す、ということはペルソナという事でいいんだろうか。

 

「嫌ですよ。あなたのペルソナはピーチクパーチクと喧しい…癒しの力は相当なものの様ですがなんなんですかあれ」

「なにってカラドリウス先生以外のなにものでもねぇけど」

「そうですか…もういいです…あの喧しさはやはりあなたのペルソナとしか言いようがないのでしょう」

 

タカヤの口ぶりからすると朝倉先生のペルソナで間違いなさそうだ。

というかタカヤから「もういいです」という諦めの言葉を引き出すとは、朝倉先生は相当の話術(と言う名の正論っぽく聞こえるごり押しパンチ)の使い手だ。

朝倉先生のごり押しパンチ! タカヤにこうかはばつぐんだ!

 

「ねえ、さっきからうるさいんだけどナギサは起きたの?」

「オッサン、なんであっちの部屋に帰ってこーへんねん! ナギサになんかあったんか!? …ってナギサ、起きたんか!」

 

ドアが開いてチドリとジンが入って来る。

どうやら3人ともこの朝倉医院に来たようだ。どうやってきたんだろうか。

 

「みんな、どうやってここに…?」

「あ? あー…オレの車でオマエごとこいつらをここまでデリバリーしてやったんだよ。オマエがぶっ倒れて発作起こしてる時に、このタカヤが財布の中にあったウチの名刺見つけて慌てて電話かけてきやがってな。ったくこいつらオマエのことナギサって言うもんだから最初はオマエだってわかんなかったっつの。まあ、コイツらも制御剤を飲んでるって知れたから僥倖だけどな」

 

髪をガシガシと掻きながら朝倉先生がそう説明する。

なるほど、ちょうど買い出しをして帰ってきた後だったので、意識を失った時にタカヤがこちらの財布の中にあった名刺に気がつくことが出来たのか。

いやでも、普通は連絡するだろうか…自分ならしない。だってここ怪しいし。

と思ったが財布の中覗いてるなら診察券もあったろうしもしかするとそれを見たのかもしれない。そちらの方が濃厚そうだ。

 

「……タカヤ、ありがとう」

「礼には及びません」

 

ありがとうと言うと少し照れたようにそっぽを向くタカヤ。これは珍しい。

 

「オレには感謝無いわけ?」

「ありがとうございます、先生」

「よし。許そう。ちなみに保険効くから安心しろよ」

 

保険が効くと聞いて胸を撫で下ろす。

これでウン万円取られていたらお財布が爆発して素寒貧になっていたところだった。最悪、ツケにしてもらうか悪魔からカツアゲしなければいけない。

まだあるんだろう? ほら、そこでジャンプしろよ。的な。

 

「オレの方からお前の寮には連絡しといたから今日はこのまま泊まれ。経過を観察して悪化しないか見張っとかねーといけねえ」

 

革張りの椅子に座ってラムネ菓子を貪った朝倉先生は気だるげだ。

泊まりが強制的に決まった訳だが先生が寮の誰に電話したのか、どこまで話したのか分からないため正直な話今から帰るのが怖い。というかモコイさんは1人で大丈夫なのだろうか。心配だ。

そう考えていると、不意に朝倉先生が口を開いた。

 

「そーいや、オマエらが飲んでる薬の原料がわかったんだが…なんだと思う? 正直な話、オレじゃ原料に該当するものに心当たりが無くてな…ヴィクト…知り合いにブン投げ…依頼したら1発だったぜ」

「色々なんか漏れてんで、ヤブ医者」

「うっせーツーブロメガネ」

「どこから制御剤を…ああ、ナギサからですか」

「受け持ってる患者が処方した覚えのねー薬持ってたらそりゃ調べるに決まってんだろ。つかさっさと予想言えや」

「とんでもあらへんムチャクチャな医者やコイツ」

 

制御剤の原料なんて、知りようがないし皆目見当もつかない。

ただ、朝倉先生でも分からなかったということはマトモな材料では無さそうだ。

 

「…解答者がだれもいねーんで勝手に正解を発表しちまうけどな…“血”だったぞ」

「血? どうして、そんなものを…」

 

チドリが訝しむように眉をひそめた。

血。血液。なんでそんなものを薬に?

そんな自分の考えを見透かしたのか、朝倉先生が口を開いた。

 

「知り合いでも正確な血の主の正体はわかんなかったらしいんだがな、人間でも獣でもなく、“悪魔の血”らしいつーことだけはわかった」

「悪魔の血ぃ? なんや、エラいオカルトやな」

「オカルトだけど眉唾じゃねーよ。オマエらに影時間の適性があるように、悪魔にも見える見えないの適性があって実際にいんだよ悪魔は。神とか天使とか魑魅魍魎とか人外の存在をまとめて『悪魔』っつってんだ。ペルソナがオマエらの言うシャドウだけに有効な訳じゃねぇ。むしろお前らみたいなシャドウとかと戦ってる奴らの方がレアケースだ。オレの知り合いでも影時間のことは誰ひとり…まてよ」

 

はた、と何かに気がついた朝倉先生はそのマシンガントークを停めた。

 

「影時間…“シャドウ”…ペルソナ…無気力症候群…いや、まさかな、もしそうだとすると……やべぇぞこりゃ……」

「どうしたんです、一心不乱に書きなぐったりして」

「…影時間という仕組みは…“アイツ”が『前回』の反省を活かしてオレらの様な経験者を入れない為の対策だったとしたら…? 無知なペルソナ使いはアイツの掌で踊らされるって訳だ…無気力症候群と影人間の特徴が似ているのにも合致がいく…」

「無視ですか…」

 

タカヤの言う通りブツブツと何かを呟いて一心不乱にメモを書きなぐっている。

言っている意味はほとんど分からないがなにか深刻な事には違いなさそうだった。

 

「クソがッ! オレらじゃ何もアイツに手出し出来ねーのかよ! トコトンおちょくってきやがる! このまま指くわえて見てろってか!」

 

いきなり叩きつけるようにペンを置いて立ち上がった朝倉先生は明らかにイラついていたが深く息を吐いてそのイラつきを追い出すようにまた椅子に腰掛けた。

 

「フー…悪ぃ。ひとりでイラついちまって。話を戻すか。薬の原料が悪魔の血ってトコまでは言ったな?」

「そうね。そこまでは聞いた」

「んでその作用だったんだが、“ペルソナや悪魔の異能を封じる効能”があった。こりゃ、制御剤じゃなくて抑制…いや、封印剤つった方がいいシロモンだぜ」

 

制御剤ではなく、封印。

その言葉の意味がわからない訳では無い。

ペルソナを使用できなくする薬で無理やり無意識なペルソナの使用をせき止めているということだろうか。

 

「“封魔”って状態異常わかるか? アレみてーなもんだ。ただこれでも相当薄まってやがるからペルソナを意識して使う分には問題ねぇ…はずなんだが、血の方が薄まってても動物や人間の身体に劇物らしくてな。それがオマエらの身体を蝕んでやがる…一体、なんの血なんだか…」

 

朝倉先生は頭をまたガシガシと掻いた。

 

「一応オレの方でもヴィクトル…あー知り合いと一緒に悪魔の血を使わねー暫定の改善版を作ってみたがな、それでも今まで薬で傷ついた身体のダメージがいきなり治るわけじゃねーし上手くいくかわかんねーから、治癒魔法や治療と併用して使ってかなきゃなんねぇ。試すならウチに通いは必須。できりゃ住み込みが望ましいけどな。あとオマエはダメだ。今のやつでも効いてるか怪しくなってきてる。制御剤を飲めばフツーはコイツら3人みたいにペルソナの気配が希薄になるんだが、オマエの場合薄くなるどころかどんどん濃くなってるっつーのはオカシーぜ」

 

ピッ、と指を指されてバッテンマークを作られる。

残念だ。通いが必須でも良いから副作用の無いものを使いたかった。それに、今の制御剤でも効いてるか怪しい、と言われて眉を顰める。やっぱり、あまり効いていないかもしれないということを他人の口から言われると現実味を帯びてきてしんどいものがある。

 

「正直、飲むなっていいてーけど、飲まねぇともっと濃くなるかもしんねぇ。その状態で暴走したら…間違いなく手がつけられねぇだろうな。こんな得体の知れねー劇物を飲ませるしか手がねぇっつーのは主治医として…医者として悔しい限りだ」

 

深く息を吐いて顔を俯かせた朝倉先生の顔は暗かった。

 

「待てや。つまりナギサは無理でも、わしらはその副作用がない薬でなんとかなるってことかいな?」

 

ジンが疑問を投げかける。

 

「まあな。けど副作用が全くないわけじゃねえ。飲み始めは気持ち悪くなったり、身体が怠くなったりはすると思う。ただそれも飲みなれるまでだ」

「そんな美味い話があるかいな。信用できへん。そうやって美味い話で、わしらを釣って騙そうって魂胆とちゃうんやろな?」

 

キッ、と目つきを鋭くして疑うジンの数倍はギラギラとした目で朝倉先生は睨み返す。

個人的にタカヤ達3人は大人たちにかつていいように扱われた経緯から、大人である朝倉先生に警戒を抱くのも仕方ないものだとは思う。

 

「あ? オマエらみてーなペルソナ使いとしてもクソ雑魚なクソガキ騙してなんになるっていうんだ。そもそも、騙して薬漬けにして切り刻むつもりなら自分かコイツで勝手にやってる」

 

低い、地の底から這うような静かな声にジンも、他の2人もたじろぐ。

 

「いいか、オレはな、本来は慈善事業なんてガラじゃねえんだ。だから働き(ギブ)()報酬(テイク)を用意すんだよ。体組織や血液、データっつーのはタダじゃねえ。大事な資源だ」

 

あとは、そうだな…と目を伏せた朝倉先生は何かを思い出すように黙る。

 

「オマエらがオレの…兄妹に似てたからかもしんねぇな。この短時間で重ねてみてたのもある。

…興味ねぇかもしんねーがウチは貧乏だったし、クズオヤジとクソババァがぽこぽこガキこしらえたはいいが、そのガキであるオレらを虐待しまくっててな。最後にゃクソオヤジの寝タバコの火の不始末でオレ以外全員家ごと焼け死んじまった。そういうこともあって医者を目指したから、悪い意味だけじゃねえ。…けど、だからこそこれはオレのエゴってわけだな」

 

「あーあ、天も神様も祈ったってガキなんか助けてくんねーんだよ」と背を伸ばしてバキバキと身体を伸ばした朝倉先生はまたラムネ菓子を口へと流し込んで食べる。

 

「天も神様もオマエらを見放したかもしんねーけど、オレならオマエらに手を差し伸ばしてやる。人を虐げるのも人だがな、人を救うのもまた人なんだよ。…気が変わったらでいいからいつでも来い」

 

そう言った朝倉先生に、答えるものは誰もいなかった。

気迫に押されたのか、先生の話が衝撃的だったのか、三人共何かを考えるように黙っている。

 

「てか、オマエらが飲んでる薬も出どころ不明なんだからよー、オレの作ったやつ飲んでサクッとダメなとこに文句つけるなり暴走したらキレるなりしてくれよめんどくせーなー」

 

──そんな湿っぽい雰囲気をぶち壊すような発言をブチかました先生に、自分はもう何も言えなかった。台無しである。

 

「あ…あなた…アホだとかバカだとか壊滅的に話がヘタクソだとか商談がニガテとか空気が読めないとか言われませんか?」

 

ドン引きするようなタカヤの声は少し震えている。怒っているというより本気で「わけわからん」という顔と声だ。

 

「タカヤの言う通りや…コイツ…アホや…底抜けのアホや…ちょっと同情したわしらの気持ち返してくれや…」

「バカ」

 

散々な言われようである。

対して朝倉先生はそんな言葉を聞こえていないとでも言わんばかりに無視してファイルを取り出した。

 

「晩メシ、出前取るから好きなトコ選べ。より取り見取り、どこでもいいぞ」

「なっ、飯でわしら釣るつもりかいな!? くっ、そんな汚い手には騙されへん!!」

「そう言いつつガッツリ釣られてんじゃねえかこのガキ!」

 

憤慨するようにぷりぷりと怒るジンだったが、朝倉先生からファイルをひったくってさっそくその中身を見ているので言葉と動きが一致していない。そこへチドリが顔を出して一緒に中に挟まれているチラシを見ている。

 

「ねえ私、このお寿司を食べてみたい。タカヤ、良いでしょ? お寿司なんていつもスーパーの特売の残り物なんだし」

「やれやれ…仕方ありませんね…」

「金払うのはタカヤじゃなくてオレなんだが?」

「せやせや。しかもわしらの財布管理しとるのはタカヤでのーてわしやでチドリ」

「そう…どうでもいいわ…」

「ジンは苦労してんだな…予算はこんだけいるし奮発して2万までな」

「は!?!?!? 2万!?!?!? ホンマかいなヤブ医者!? ほなわしは…」

「ヤブ医者いうのやめろって」

 

…とても賑やかでいいと思う。うん。

ストレガの食事事情、意外と世知辛くて頭痛がしてきた。もっと復讐代行サイトで稼いでると思ってたけどそうでもないらしい。

やっぱり朝倉先生の元で生活したほうが、本人たちもお金を気にせず好きなことが出来ていいんじゃないんだろうか。朝倉先生が相手という事もあるのか、出会ってまだ一日と経ってないのに仲も悪くなさそうだし。

 

「オマエ、起きれそうか?」

 

朝倉先生がこちらを見て優しく聞いてくる。それに頷いてゆっくりと体を起こそうとすると、背中に手を回して介助してくれた。

 

「オマエは寿司食うなよ。経口補水液と、食えそうならやわらかいパンとかを少しずつ、だな。後で持ってきてやる」

 

その発言にショックを受ける。

自分も食べたかったのに、高級出前寿司。

せっかく先生のお金で寿司が食べられたのに、とんでもない好機を逃した気分だ。

ダウンした敵に追撃を与え損ねた挙句総攻撃チャンスを逃してしまうレベルの。

 

「い、一貫だけなら…」

「アホ言え。魚介食って吐いたらどうすんだ」

「ぐぬぬぬぬぬぬ」

「おーその心底悔しいって顔、見物だぜ。ギャハハハハ!」

 

朝倉先生にダメと言われたあげく笑われた。悔しい。絶対体調良くなったら幾月の金で寿司を食おうと決意した。

なんで幾月かって?

…八つ当たりだ。

世話になっている朝倉先生に「元気になったので寿司奢ってください!」なんて言えるわけがない。対して幾月にはあんまり世話になってない。この前の屋久島旅行だってリクエストのエビとカニとバナナを用意したのは桐条家だ。ついでに研究施設で保管してた大量のシャドウを逃がすなんてあいつが意図的にやったに違いない。それくらい信用がない。

だからこれくらいの扱いでいいし寿司を奢らせる。なんとしてでも!

 

そう決意しながら4人が届いたおいしそうなお寿司を食べるのを横目に、ちびちびと経口補水液を味わい夜は更けていくのだった。ひもじい。

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