君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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それは矛盾と言う名の罪(8/9~8/16)

8/9(日) 昼

 

「……」

「昨日の朝まで病院に居たから心配してたけど今日も体調は大丈夫そうで安心したよ。ささ、今日は退院祝いということで遠慮せずに食べてくれ」

 

綺麗な店内に檜でできたカウンター。魚の泳ぐ水槽。目の前にあるガラスケースの中には魚の切り身が並べられている。

そして横には、幾月。

 

「さっきから黙りこくってどうしたんだい? せっかくきみの要望通り“回らない”寿司を食べに来たんだから…ああ、緊張してるのか。わかるよ。僕もハジメテはそうだった…いやー懐かしいなあ~」

 

こうなるとは思っていなかった。

どうやら倒れた日に朝倉先生からの電話を受け取ったのは幾月だったらしく、昨日である土曜日の夜に体調は大丈夫かと訊かれたついでについぽろっと「寿司が食べたいなー! 高級なやつ!」みたいなことをオブラートに包んで零したのだ。

そしたら今日の朝、昼前に拉致られてこんなマジモノの回らないすし屋で、幾月と二人っきりになって自分で墓穴を掘った状態になっているというわけだ。ぬかった。

確かに回らない寿司とは言ったがそれは出前のことであって、こんなザ・高級な店に連れて行って欲しいわけじゃなかった。というか店に連れていかれる、すなわち幾月と2人きりになるのでどうしても避けたかったのだ。

なので湊と奏子も連れて行こうとしたが2人ともそれぞれ予定があったらしく断られてしまって、結局このざまだ。

 

「僕のおススメはタマゴだね。甘くてふわふわでまずはコレ! ってカンジだ。三上くんも食べてごらん」

「じゃあそれを、いただきます…」

 

幾月の言葉に玉子の寿司を握り始めた大将を前にしながら頭を下げる。

 

「あっ! いいギャグ思いついちゃったよ…! 孫とタ()()を食べる…くふふ、今日も僕のギャグのキレはよさそうだ!」

 

勘弁してくれ。

そうげんなりしながら口に運んだ玉子寿司は確かに甘くてふわふわで美味しかった。

 

「いっぱい食べてくれよ。きみと2人きりだなんてこんなことは滅多にないんだ」

「そうですね…あんまりこういうのはないですね」

 

こっちが幾月と2人きりになるのを避けているからと言うのもある。

原因は言わずもがなこちらが幾月のことを嫌いなのと、たまに見せる観察するような視線だ。

というか今日は本当なら美鶴さんと食べ歩きに出かける予定だったのだ。それが突然、美鶴さんに急用が入ったからということでキャンセルになり、こうして幾月と2人きりで寿司を食べに来る羽目になってしまったというわけだ。

 

「マグロを頼もうかな」

「俺はエンガワをお願いします」

「おっ、渋いねぇ三上くん」

 

こうなればもう幾月の言葉通り、遠慮なく寿司を食べるしかない。ヤケだ。ヤケ。

 

湊や奏子、モコイさんにお持ち帰りで寿司を持って帰ろうと思ったが、夏場で生魚が傷みやすいらしく持ち帰りはやっていないと言われてしまって残念である。

 

店で食べた寿司はもう文句の付けようが無いほどに美味しかった。

でもできるなら、朝倉医院にいたあの時、自分も寿司を食べたかったな、と思うのは贅沢な願いなんだろうか。

高級な寿司を奢ってもらったというのになにか物足りないし、思ったより箸がすすまなかった。

 

ただ、今回は本当に幾月はなんの思惑も無しに奢ってくれた様で、そこを疑ったことは悪いなと感じた。たまにこういう本心からの善意を見せてくるのがまたこの男のタチの悪いところだ。

会話も怪しいところはなかったし、今日はあの嫌らしい観察するような目も一切なくて安心した。

なにかあるんじゃないかと警戒していた自分が馬鹿らしくなるくらい、何も無かった。

帰りも至って普通だったし、その後もラウンジでくつろいでいるときでさえ、なんらおかしな含む様なものはなにもなかったのだ。

考えすぎだったんだろうか。

 

 

 

 

8/16(土) 夕方

 

10日から15日の5日間は夏期講習で模試の対策範囲などを勉強した。

ほぼほぼ自習のようなものだったが勉強はいくらしても困ることでは無いので真面目に取り組んだ。

ただ、最近悪魔に襲われる頻度が減って、モコイさんと一緒にどこかへ行くということも減ってしまった。

なんというか、自分に悪魔自体が寄り付かなくなってきているらしい。変なこともあるものだ。

モコイさんはモコイさんで最近忙しそうにどこかへと出かけているし、寂しいといえば寂しい。

いつか、それも近いうちに、モコイさんが自分のことを「もう大丈夫だ」と言って離れる時が来るのかもしれない。

ただ、それを考えると、胸の奥がチクリと痛むのだ。物理的にでは無く精神的に。

 

モコイさんのことは大事に思っているのでモコイさん自身が離れたいと言ったら、自分にはそれを止める権利がない。一緒に居てくれ、だなんてわがままは言えない。

そもそも、これまでモコイさんが一緒にいてくれたのも危なっかしい自分を守る為であり、善意でやってくれていた事だ。それに縋ってさらに後ろ髪を引こうなどというのは些か強欲が過ぎるというものだ。

それでも、

 

「モコイさん、今日神社で夏祭りがあるんだけど一緒に行かない? 屋台が出てたらりんご飴とか焼きそばとか鈴カステラがあるかも」

「ナイス提案だね、チミ! ぐふふ、食べ歩き、タマリませんなぁ…!」

 

モコイさんと一緒にいる時間を少しでも増やしたかった。

 

女性陣が下で浴衣に着替えるだのなんだのと言っていたのを聞いて夏祭りということを思い出したのは秘密だ。

正直、すっかり忘れていたので今日はこのまま風呂に入って寝てしまおうかと思っていた。けれど夏祭りと聞いて行かない訳にはいかなくなった。

たこ焼きの屋台もあるかもしれないし、と言い訳しつつ私服のまま財布を持ってモコイさんと部屋を出る。

 

「優希さんにモコイさん、お出かけでありますか」

 

玄関でばったりアイギスと会ったので返事をする。

 

「夏祭りにね。屋台のもの食べ歩きしようかなって」

「なるほど。男性の皆さんは既に出かけていらっしゃいますし、わたしも奏子さん達とお祭り専用の迷彩を着てから出かけたいと思うであります」

「ソレってもしかして、“ユカタ”ってやつ? フゥー! ボクちん、ちょっとコーフン」

 

モコイさんがこんな感じでエロオヤジみたいになるのはたまにキズだと思う。こういう時のモコイさんと伊織は似たもの同士な気がするのだ。

 

「モコイさん。ヤラシイ、であります」

「ガーン!」

 

アイギスもモコイさんの謎言語や他のみんなの言葉遣いを学習していて、セクハラなどにも対応可能になってきている。なのでモコイさんはたまにこうして言い返されているのだった。南無三。

 

 

 

 

夜 長鳴神社境内

 

境内はお祭りの屋台やそれを楽しむ人で賑わっている。

 

「ボク、りんご飴ナメナメさん」

「美味しそうでよかった。えっと次は…焼きそばかカルメ焼きかな…」

 

財布を片手にモコイさんと境内を歩く。

食べ歩きにしようと思ったが予想以上に人が多く、結局纏めて食べ物を買って境内の端で座ってゆっくり食べようということになった。

 

「すみません、焼きそば一人前ください」

「あいよ!」

 

焼きそばを買って袋に入れる。次の屋台を探そう、と見回すと前から浴衣を着た奏子とアイギス、岳羽、山岸が歩いてきた。

 

「あ、三上先輩! 来てたんですね!」

「お兄ちゃん! たこ焼き買って!」

「しょうがないなあ…」

 

財布を開いて残りを確かめてから、たこ焼きの屋台に並ぶ。

 

「あれ、優希」

「湊もたこ焼き食べる?」

「いいの?」

「うん。いいよ」

 

ちょうどいいタイミングで後ろに湊が並んできたので頷いて三人分買うことにした。

焼きたてのそれをひと皿受け取り湊に渡して、もうひとつはパックに詰めてもらって袋にしまう。

最後の一皿はそのまま少し離れたところで待っていた奏子に手渡した。

 

「お兄ちゃんありがと!」

「奏子も湊も熱いから気をつけてたべ…って湊もう完食したのか…」

 

熱いから気をつけてと言おうとしたらぺろりと平らげた湊はもう空になった皿をゴミ箱に捨てるところだった。

もはや食べてるんじゃなくて吸引してるんじゃないかと思うぐらいの速さでもぐもぐとたこ焼きの残りを食べた湊は「ごちそうさま」というとそのまま去っていく。

…1人で来たのだろうか。

 

「湊さん、待ってくださいであります! 順平さんが湊さんのことを探していました!」

 

その後を慌ててアイギスが追いかけて行ったのでもしかして順平と来て単独行動してたのか? とも思った。

 

「じゃあねーお兄ちゃん!」

「先輩、さようなら」

「ああ、さよなら」

 

手を振って別れる。

そしてまた屋台を見つつ、買い物をしていると今度は真田くんと荒垣くんと天田くんが一緒に歩いているのが見えた。3人はまるで本当の兄弟のように仲睦まじく歩いている。こちらがわざわざ話しかける必要もないだろうとそのまま無視して鈴カステラの屋台に並んだ。

 

荒垣くんは今月の大型シャドウ戦の時に助けてくれたこともあり、自分の記憶よりも少し早い今月からなし崩し的に特別課外活動部に戻ってくるようになった。

主にコロマルと天田くんからの熱烈なアピールに根負けしたのだ。やはり荒垣くんは子供と動物には弱いらしい。

タルタロスの探索にも一緒に行くようになったので、これでメンバーは全員そろったことになる。

ただ、メンバーが全員そろったという事は、6月頃に見た全滅する幻覚──未来視のようなものがいつ起こるかわからないという事だ。あれ以来、あの幻覚は見ていないがアレがただの幻覚だったとも思えないのだ。

あれを思い返そうとするたびに、チクリと胸が痛む。今度は、物理的に。

まるで、槍で刺されたことが現実だと自分に教えるような小さな小さな痛みだ。

しかしそんな記憶は無い。自分の持つ周回の記憶の中に、()()()()()()()()()()()

 

(なおさら、倒れるわけにはいかない、か…)

 

目標を見誤ってはいけない。

今度こそ、ニュクスを自分だけで封印して湊と奏子の二人を生かさなければいけないのだから。

 

ただ、なぜニュクスを封印するのか自分はよくわかっていない。なんとなく「封印するものだ」と思っているがなぜそうしなければいけないのか、なぜ、封印すればなんとかなるのかよくわからない。

そもそも、どうして死の宣告者だなんてものが生まれたんだろうか。桐条鴻悦や幾月が『滅び』とやらを得ようとしていたが、それとニュクスとデスに何の関係があるのか。

いや、ニュクスが『死』そのものであって、到来すると実質的に全生命が死ぬので『滅び』ということには間違いないが何か引っかかる。

 

(うーん、わからないな)

 

空に浮かんでいる月の正体がニュクスだったわけだが、ただ今まではなにをしても落ちてくることなんてなかったはずだ。

死の宣告者であるデスが生まれて、落下地点の目印であるタルタロスができて、それで初めてニュクスが落ちてくるようになった。なら、なぜそんなものができた?

事故が原因とはいえ、シャドウが爆発したくらいで死を呼ぶ目印など簡単にできるのだろうか。

そもそも、どうして死の宣告者(デス)なんて存在が生まれた?

目印なんて用意するんだから、誰かが、ニュクスを呼んだとか? いや、ニュクスを呼ぶのが死の宣告者(デス)の役目だっただろうか。わからない。

情報をもう一度整理するか、死の宣告者(デス)としての記憶を取り戻した綾時くんが説明してくれる12月まで待つしかないか。

長い事周回をしていると、記憶が混じってたまにどれがどの情報だったかわからなくなるのは頂けない。完全に記憶できればいいが生憎と自分にはそんな能力もなく。

むむむ、と唸るがわからないものはわからないので今は置いておくことにした。そんなことよりたこ焼きだ。

 

「いただきま──あ、」

 

軒下に座ってたこ焼きを食べようとした自分とモコイさんの目の前に、見慣れた学ラン。

 

「ライドウくん」

「こんばんは」

 

頭を下げたライドウくんは学帽のツバをもって向きを直して、そして横のモコイさんを見つめた。

──しまった。

 

「モコイ…貴方…」

「……キャントークだネ」

 

ライドウくんに呼びかけられたモコイさんはそっぽを向いた。

顔見知り程度ではなく名前を呼ばれる程の知り合いだったようだ。しかし仲は良くなさそうな感じがする。

 

「モコイさん、ライドウくんと知り合いなの…?」

 

小声で訊いてみる。

 

「ボクちん知らないヨ、あんなシツレイなニンゲン」

 

嘘だ。絶対に前に話してくれた以上の事を知っている。

でも、無理やり聞く気にはなれない。モコイさんが隠したいことなら、それを無理やり聞いて喧嘩別れになるくらいなら、聞かない方が良い。

 

「ライドウ、モコイのことは諦めよ。こやつはもう我々に喋ることはなさそうなのだからな。…ただ、ミカミよ。うぬにはこれがどういうことか聞かねばなるまい」

「…それは、」

 

仕方がないので悪魔に狙われていたのを助けられたこと、それからずっと一緒に生活していることを白状した。ついでに憑依されている訳でも利用されているわけでもなく、あくまで『友だち』です。と答えておいた。

 

「成程。モコイが言っていた“協力者”とはうぬのことであったか」

「“協力者”?」

「ッゴウト、チミ…!」

 

首を傾げたところに焦ったようなモコイさんの声が割り込んだ。

しかし、ゴウトはそんなモコイさんの声をお構いなしに無視して口を開く。

 

「ああ、そうだ。モコイも我々とは別に”先代”を探しているようでな。うぬはその為の協力者、といったところだったらしい」

「なるほど」

 

モコイさんがどこかへ出かけている事への疑問が解けた。

モコイは、先代のライドウを探していたというわけか。18年間、ずっとひとりぼっちで。それを考えると大変だなという感情しかわかない。

 

「チミを騙して、ゴメン…」

「へ? 騙してないよね? どこが?」

 

モコイさんの悔やむような言葉に首を傾げる。こちらとしては騙されたという気は一切ない。それどころか協力できなくて申し訳ない気持ちさえ湧いてきていたのだ。

 

「だって、モコイさんは…モコイさんはチミに大事なことを黙ってたし…」

「でもモコイさんはちゃんと守ってくれてたよ、俺の事。アンズーの時なんて無視して逃げてもよかったのに」

「……ボクは…」

 

しゅん、と俯いて声を小さくするモコイさんはこちらに負い目があるらしい。

別に、寝込みを襲うとか勝手にマグネタイトとやらを吸われたりしていないのでこちらに不利益は一切ない。まあ、少し財布が痛む程度だがそれもこちらが勝手にモコイさんを連れまわしているだけで自己満足だ。

どこにモコイさんが負い目を感じるところがあるというのか。

 

「…なにか複雑なものがあるようだが、こちらもうぬらに報告しなければいけないことがあるのでな。特にモコイよ、うぬは心して聞くが良い」

「…?」

 

声を低くしたゴウトの目つきが鋭くなった。

そういえば、以前「もういい」とは言ったがライドウくんとゴウトは先代やクリシュナとカルキ達について調べていたんだったか、と思い出す。

となると、報告と言うのはそのことについてか。

 

「我とライドウが調査を行った結果、17代目は当時目付役であった我の目を欺き、ひとりで“混沌”との戦いに向かったことが分かった。それは、モコイよ、うぬの発言がヒントになっていた。間違いはないな?」

「……そうっスよ。奴は…ボクにはよくわからなかったっスけど、泥みたいな見た目をして…みんなを…呑み込んでいたみたいだネ…」

「“みんな”と言うのはライドウが連れていたうぬ以外の仲魔全員か? クリシュナも、カルキも、かのシヴァも、パールヴァティーも、他の仲魔も、すべてか?」

 

ゴウトの確かめるような言葉に、小さく、モコイさんは頷いた。

その様子に、「ああ、やっぱり」という諦めの感情しか自分の中からは湧いてこなかった。なぜだろうか。今その事実を聞いても、不思議なくらい感情が何一つ動かないのだ。

 

「最後に立っていたのは、あの人だけだったっス…それで、あの人は…ボクを出す直前に14代目とか供倶璃(くくり)(ひめ)について話してたっス…剣に変わっただの…祈りになるだの…管の中からじゃよく聞こえなかったんスけど…」

「なに!? 供倶璃の媛だと!? それはまことか!?」

 

モコイさんの言葉に、噛みつかん勢いでゴウトが問い詰めると、またモコイさんは小さく頷いた。

 

「あの大うつけが…ッ! 自らの命とMAG(マグネタイト)を使って東京を守るために神を()んだな……! あの供倶璃の媛と…同じように…! だが、あやつには媛の時のように依代としての役目を終えた後に命をつなぐ霊薬(ソーマ)もなければ、それをつかう仲魔もなにもいない…つまり、捨てたというのか、命を…!」

 

人間であったのなら、青ざめるような顔をしていただろうゴウトが、吼えるように吐き捨てた。話している事の殆どが専門用語なのか自分にはこれっぽっちもわからなかったが、死んだとされるのは間違いなさそうだ。

 

「ゴウト、供倶璃の媛とは14代目の報告書にあった、あの、アメノオハバリの依代となりコドクノマレビト(クラリオン)を共に打倒したという…」

「ああ…その媛に間違いはない。14代目の目付けをしているときに我も直接この目にしたものだ。あやつめ、あの報告書からいざというときの自らの体質の使い道を知ったな…! 愚か者めが…それで死んでは元も子もないであろう…!」

「あの、」

 

激怒している様子のゴウトに、声をかける。

俺には何となく、その先代さんの気持ちがわかってしまったから。

 

「きっと、先代さんはゴウトに自分が死ぬようなところは見せたくなかったんじゃないかって思う…ます。俺でもきっと、勝ち目のない戦いに行くことになって、自分が帰って来られ無いってわかったら、家族を置いていきますから」

 

自分が、もし…いや、これからニュクスの封印をすることになったら湊と奏子には間違いなく宇宙(ユニバース)のアルカナの力は渡さない。

ひとりで行けるものなら、最終日のタルタロスの攻略だって、ニュクス・アバターとの戦いだって、ひとりで行きたいくらいだ。

置いて行って、彼らが何も知らないうちにすべてを終わらせたい。そう思うのは、ダメなことなんだろうか。

 

「……うぬもうつけであったか」

 

静かに、吐き捨てるようにゴウトはそう小さく呟いた。

 

「…我は、あやつの勝利と生還を願っていた。だが、あやつはあの時すでに、勝つことしか考えていなかったのだな…我が、そう育ててしまったのか…」

「ゴウト…」

「…ミカミよ、うぬに何が起こっているのかは知らんが、うぬの周りの人物が望むのは勝利ではなくうぬの生存よ。我が、時間をかけてそうなったようにな。…ライドウもこの言葉、しかと心に刻んでおくのだぞ。我は、うぬが死ぬくらいならば里に帰ったほうが良いと思っているのだからな」

「はい…肝に銘じます」

 

よく、わからない。

確かに生きることは大事だ。でも、手段が命を捨てる以外になかったら、命を使うしかなかったら、それしか選べないじゃないか。

 

「置いていく側は気楽なものよ、遺される側のことを考えなくてよいのだからな…」

 

わからない。ゴウトの話を聞いていると、自分の選択が本当に正しいのか、わからなくなってきた。

どうして、ひとりで終わらせてしまうのがダメなことなんだろうか。どうして、誰かを守る代わりに死ぬのがダメなんだろうか。

俺はただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

場所は変わってストレガのアジト兼住居。

その階段下の入口であるそこに、幾月は立っていた。

 

「オッサン、なんや。わしらになんか用かいな。アンタからもろた薬のストックはまだあるんやし、来ることないやろ」

 

心底不愉快だ、といった様子のジンが、幾月を迎え入れる。

その顔は嫌悪にまみれ、用がないなら来るなと暗に伝えているようだった。

 

「やあ、今日はそれとは違う話がしたくてね。タカヤはいるかい?」

「…チッ、こっちや」

 

舌打ちをして幾月を奥へと案内するジン。

 

「──わしらはまだ、アンタの事が許せへん。ナギサにムチャクチャやったことも、わしらにやったことも」

「必要なことだったんだ。どうしてそれが許される必要があるんだい?」

 

幾月の目は酷く冷たく無機質だった。

それは、まるで感情を出す必要すらないというような、物に対するような反応だった。

ジンたち人工ペルソナ使いの生き残りを、幾月は人だとは思っていなかった。それは、人工的にペルソナ能力を付与されたわけではない“ナギサ”にも向けられている。

10年前も、今も、幾月にとって“ナギサ”は道具だ。それ以上でも以下でもない。

 

「ははは、彼が切り刻まれなければ誰を切り刻むというんだい? まさか、桐条のご令嬢を? おいおい、冗談はよしてくれよ! そんなことをすればクビになるし僕の目的が達成できなくなってしまうだろう?」

「やっぱ、最低のゴミや。アンタは」

「心外だなあ…これも慈善だよ、慈善。代わりにキミたちが切り刻まれることはなかったんだ。彼の尊い犠牲に感謝しようじゃないか」

「…タカヤにソレ、言うんやないで。わしやからまだ耐えれてるけど、ナギサに一番救われたあの人がなにするかわからん。最悪、利害無視してアンタのこと殺すかもしれへん」

 

吐き捨てるようにそう言い放ったジンの顔は嫌悪以上のなにかを浮かばせていた。

これだから、幾月(この男)は嫌いだ、と内心でもう一度舌打ちする。

 

「わかってるとも。僕だってまだ死にたくはないからねえ…」

 

わかってるのかわかっていないのかわからないような態度で、へらへらと返事をする幾月にジンはもう何も言うことは無かった。

そのまま、階段を上がってタカヤのいる部屋まで案内する。

 

「タカヤ、幾月や。なんかわからんけど話があるらしいで」

「どうぞ、はいってください」

「だ、そうやで」

 

投げやりに幾月に吐き捨てたジンはドアを開けようとしない。その様子に幾月はやれやれと首を横にゆるく振るとドアノブに手をかけた。

 

「それじゃ、失礼するよ」

 

幾月が部屋に入った時、タカヤはボロボロな1人用革張りのソファーに足を組んで座っていた。

埃で薄汚れ、ところどころ革が破れて中のスポンジがはみ出ているそれに、まるで王様と言わんばかりに座っているのだ。幾月からすれば、あのゴミがゴミに座っているなんて見物だ。と内心笑いが止まらない光景だったが。

 

「それで、話とは?」

「いやあ、今日は君たちに話があってね。単刀直入にいうよ。特別課外活動部(彼ら)が大型シャドウを倒す行為を、邪魔しないで貰えるかな?」

 

その言葉を聞いたタカヤの眉がピクリと動く。

 

「それは、何故?」

「何故って、困るからだよ! あれを邪魔されたら“聖杯”の中に入れるべきものが溜まらなくなってしまうだろう! 困るんだよねえそんなこと!」

「聖杯…?」

「なんやそれ」

 

馴染みのない言葉にタカヤとジンの2人は同時に眉をひそめた。

幾月はこれまで予言だの目的だの意味の分からないことを言っていたが、今回の言動はいつもよりもおかしい、と2人は感じ取る。

 

「聖杯は聖杯さ! 万能の願望器…即ち“時を操る神器”と呼ばれる物そのものだ!」

「アンタ、まだそんな耄碌ジジイの与太話信じとったんか」

「で、それと大型シャドウの討伐を阻止…いえ、影時間を消させることの阻止をすることに何の関係があるのです?」

 

芝居がかったような、狂気に染まったような幾月の言葉に「信じられない」と言いたげなジンと、話の論点が見えてこないタカヤが問いかける。

 

「簡単なことさ。聖杯の“中身”に必要な物が大型シャドウだからだよ」

「は?」

 

また、意味の分からないことを言い出した幾月にジンが顔を顰める。そもそも、大型シャドウは倒せば奴らは霧散する。中身が溜まるどころではないしそんな入れ物を幾月が持ち歩いているわけでもない。どういうことなのか。

 

「ああ、そういえば君たちは“影時間”が消えることに不安があったようだけれど、別にすべての大型シャドウを倒しても影時間自体は消えないよ」

「なっ…!?」

「はあ!?」

 

いけしゃあしゃあと衝撃の事実を告げた幾月に、今度は目を見開く番だった。

 

「影時間という時間の存在自体は事故以前から確認されていたんだ。ただ、10年前の事故でそれが連日起こるようになっただけでね」

「ど…どういうこっちゃ、荒垣は…アンタが手綱握ってるあのイロモノ集団のやつらは大型シャドウを倒せば影時間は消える言うとったで…!?」

 

ジンは信じられない、といった様子の震えた声で問い詰める。

自分たちもその情報を鵜呑みにしてあれだけ勿体ぶって登場して顔見せをし、更に妨害工作まで行ったというのにそれすらも無意味なことだったというのか。

そもそも、こいつは、自分の関わっている桐条の令嬢さえも騙しているというのか。

ひくり、と口の端をひきつらせた。

 

「ああ、アレ、嘘。だってそうだと言わないと彼らは大型シャドウを積極的に倒そうとしてくれなくなってしまうからね。何事もモチベーションや目標が必要だろう?」

「アンタ…アンタってやつは…」

 

悪びれもせずにケロリと嘘だと白状した幾月。

その顔に罪悪感という文字は1つもなかった。

 

「それに、どのみち倒さないと無気力症候群の患者が増えてしまって手が付けられないからね。僕の目的も果たせる。彼らはシャドウを倒すという特別な使命を帯びた非日常な生活を送って充実感を得る。Win-Winの関係じゃないか! それのどこがいけないんだい?」

 

一個も悪いところは無い。むしろ、いいことをしているんだと、その言動に一つも疑問を抱いていない幾月にタカヤもジンもなにも言うことが出来なかった。

ストレガは、殺しやハッキングなど人に言えないようなことをやってきた。だが、それもこれも全てが生きる為であり、生きる為に仕方なくしていたことだ。他に生きる道があるとするならそちらを選んでいた。

しかし幾月は違う。目的の為に人を殺しているのは同じだが、生きる為と自らの愉悦のためでは大きく意味も必要性も異なる。

コイツァ、正真正銘のゲス野郎や、とジンは内心で唾を吐き捨てた。

 

「……わかりました。あなたのその言葉を信用するとして、こちらからも聞きたいことがあります」

「いいよ、なんでも答えよう」

「あなた──ナギサをどうするつもりです?」

 

ギラギラと、威嚇するような目つきで幾月を睨み付けたタカヤは珍しく怒っているようだった。

対して幾月は余裕そうに薄く笑っている。

 

「どうするつもり、とは? うーん。僕は別にもう彼を切り刻んだりはしないよ? その必要がないからね! ああでも、時が来れば“処分”するかな。中身が無くなれば器はただのゴミだし、僕が用があるのは“中身のほう”だ」

「……」

「まあまあ、そう怒った顔をしないでおくれよ。大丈夫、全ての大型シャドウを倒すまでは彼の安全は保証しよう」

「…その後は? 処分というのは、ナギサの命を脅かすということですか」

 

怒気の膨らんだタカヤに睨みつけられてもなお、幾月は余裕な態度を崩すことはしない。それは、彼らの手綱も幾月が握っていることに代わりは無いからだ。制御剤が無くなればペルソナが暴走して自傷し、最悪殺される彼らに薬を提供している側の幾月の絶対的優位が崩れることは無い。

幾月にとってストレガとは幾月に搾取される側でしかないのだ。それに、幾月自身が手を下さなくともじきに彼らは制御剤の副作用で死ぬ。

勝手に死んでくれるなんて、なんて便利な道具だろうか、と幾月は内心でまた嗤う。

 

「おいおいおい、命が残り少ない君たちがそんなこと気にしてどうする? どのみち彼も長くないんだ。君たちからもらった制御剤を飲んでいることを僕が知らないとでも? この間も倒れたそうじゃないか…可哀想に…ズタボロになっても彼は歩みを止めることが出来ない」

「それはアンタがナギサをあそこに縛りつけとるからやろがッ!」

 

あまりの幾月の責任転嫁に、ついにジンがキレた。いろいろ手を回して縛りつけていることを、ストレガの三人は知っている。“ナギサ”をズタボロにしているのはこいつ自身だというのに、なにを言うのか。

 

「縛りつける? 人聞きの悪いことは言わないでくれ。僕はただ、()()()()()()()()()()()と思っただけさ。彼は彼自身の意思であそこにいるに過ぎないよ」

「……クソ野郎が」

「酷い言いようだなあ。僕はそんなに悪いことはしてないよ。良かれと思った行動が結果的に、そうなっただけさ」

 

幾月は思い出す。

彼をここ、辰巳ポートアイランドへと呼んだ二年前のことを。

彼さえ用意できれば、全てそれで事足りると、大型シャドウ達が目覚めると思っていたのだ。だが、結果は違った。“何も起こらなかった”のだ。彼は監視付きの男子寮の部屋で、影時間も象徴化することなく1時間眠り続けた。だが、それだけだった。

何が足りない、と幾月は考えた。考えて考えて、昨年の冬にようやく、「ピースが足りないのだ」と気がついた。

目覚めのための呼び水。封印された欠片。

 

それは、湊と奏子の存在だった。

 

あの二人の存在を知った時、幾月はほくそ笑んだ。

アイギスによってデスを封印された双子の兄妹。永らくそちらも探していたがまさか、そこで()()()とは幾月は思っても見なかった。

──あの兄弟たちは、三人そろってこそ意味があるのだと。

まるでそれは、呪いのように。

 

「で、もし僕が彼の命を脅かすとして、それでどうなるというんだい。まさか、僕の邪魔をするなんて言うんじゃないよね? 制御剤を渡しているのが誰か、今一度よく考えた方が良い」

「……ええ、わかりました。わかりましたよ」

 

幾月の言葉に観念したように怒気を霧散させ、息を吐いたタカヤの返事に幾月はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「──特別課外活動部が行う大型シャドウ討伐の邪魔をするのは、やめましょう」

「タカヤッ!」

「それでいいんだよ、それでね。僕は物わかりのいい生徒は嫌いじゃないんだ」

「ケッ、なにが生徒や…わしらのことかて物くらいにしか思っとらんくせに…」

 

満足そうにうなずいた幾月と、しかたないといった風のタカヤにジンは奇妙な違和感を感じる。

いくら薬の事を出されたからといってこんな簡単に引き下がる訳がない。

だが、それでもタカヤがやめると言ったのだ。ジンはその意見に従うしかない。

 

「じゃあ、僕はこれで帰るよ。夜分遅くに邪魔したね。ああ、見送りは結構」

 

そう言って、去っていった幾月の姿を窓の外から見えなくなるまで見送ったタカヤは不意に口を開いた。

 

「チドリを起こしてきてください。…これから大事なことを話します。ここまでコケにされたのです…少しくらい反抗しても許されるでしょう?」

 

そう嗤うタカヤの顔はひどく楽し気で生き生きとしている。

 

「幸い、我々にはナギサのお蔭で利用できる人間が出来ました。

 

──それならば、骨の髄までしゃぶり尽くし、お望みどおり利用してあげようではありませんか」

 

すべては、自分が優位だと信じてやまないあのいけ好かない幾月(おとな)を玉座から引きずり下ろすために。

彼ら(ストレガ)は、理不尽な運命に反抗するために方針を固めた。




新月まで、あと4日
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