1回目
『それじゃ、今から迎えに行くから駅で待ってて』
「わかった」
そんな兄からの電話を切り、湊は隣の奏子を見た。
予定より遅れてしまったが、今日から兄と同じ寮に入ることになったのだ。その為、養父母達と共に住んでいた御影町から電車を乗り継いでここまでやってきた。
2年生から転入だなんて珍しいかもしれないが、色々事情があってそうなっているだけだ。
駅の入口で兄を待っていると不意に景色が変わる。全ての機械が止まり、辺りは棺桶が並ぶ世界になった。
ただ、それに対し今更反応する自分と奏子ではない。昔からそうなのだ。
そして、兄もこの異様な世界に適応している。心配しなくともすぐ来るだろう。
「ごめん、待たせたよね。あ、それとも、ようこそ辰巳ポートアイランドへって言えばいい?」
そう思っていると、まるでタイミングを合わせたかのように兄がやってくる。にっこり笑い、いつもと変わらない兄の姿に安堵する。
「どうでもいい。けど、会えて嬉しい。最近メールだけだったし…」
「そーだそーだ! 私も湊も我慢してたんだからね!」
「だからごめんって。じゃあ、寮に行こうか。案内するよ」
そうして、歩き出す。
奇妙な景色の中で、何の変哲もない思い出話や近況を話し合いながら歩く。
養父母から自分達までこちらに転校となると寂しくなると言われたことや、一時的にとはいえ特別寮に転寮で優希と一緒なら安心すると言っていた事などを伝えると「あの人たちは心配性だからなあ」恥ずかしそうにはにかんでいた。
もうすぐ寮につくよ、と兄がそう言って、さらに話を続けていたその時、物音が聞こえた。それに最初気がついたのは、兄だった。
「俺も巌戸台分寮には男子寮の全体クリーニングがある関係で今年の春休みと4月はじめの2週間丸々だけお世話になる予定なんだけど……ん…? なんだ…この音…」
普通、この変な景色になった時は環境音以外の物音が一切しない。だと言うのに、先程から金属を打ち合わせるような甲高い音が何度も響いているのだ。
立ち止まって、きょろきょろと周りを見回す兄の視線が、先程来たT字路で止まる。
そして、顔を青ざめて口を震わせた。
「……ひっ…!」
兄が見たものを直視したらしい奏子が、小さく悲鳴をあげる。
そこに居たのは、腕の沢山生えた化け物だった。
それは器用に奏子の悲鳴を聞きつけると、ぐりんと首を回して水色の仮面のような顔をこちらへと向けた。
「……まずい…!」
兄が、息を飲む。
そして湊に顔を向ける。
「……湊、これから奏子を連れて寮まで走るんだ。そこの角を曲がれば一本道ですぐだから、その寮に入ったらすぐに桐条美鶴っていう赤い髪の女子生徒にこの話をして欲しい。いいね」
「優希は…!?」
「今から、全力であいつを引きつける。大丈夫。俺が2人を守るから」
湊の返事も聞かずに化け物へと向かっていく兄を見て、湊は奏子を連れ、寮まで走ることしか出来なかった。
2人で転がり込むように寮に入り、謎の少年に求められるがまま急いで書きなぐるようにサインをして、桐条と名乗る先輩に兄が化け物から逃げる時の囮になったことを伝えた。
部屋の場所だけを教えられ、「君らの兄のことはこちらに任せもう寝るといい」と言って青い顔で飛び出していった先輩の言葉通り、2人はそれぞれの部屋に入る。
しかし、眠ることなど出来なかった。
結論から言えば、兄は翌日、別れた場所から少し離れた道路で死んでいるのが見つかった。
全身切り傷と火傷だらけ。致命傷は、腹を何かで貫かれたことによる失血性ショック死だったそうだ。
冷たくなってもう目覚めることの無い兄を前に、奏子は泣き崩れ、養父母は静かに泣くだけだった。湊は、泣くことが出来なかった。
ただ、ぽっかりと心に大きな穴が空いたような、そんな感覚だけがずっと残っていた。
兄の死は表向きには『深夜コンビニに行こうとして通り魔に襲われた』という犯人不在の痛ましい事件として処理された。
同じ寮に住む岳羽ゆかりと真田という先輩、そして美鶴には転校して早々不幸な事に見舞われてかける言葉も無いと酷く慰められた。
が、湊と奏子にはあの化け物が犯人だと分かっていた。否、同じ寮にいる人間は皆分かっていた。
あの、仮面の化け物が兄を殺したのだと。
──だから、湊は笑みを浮かべたのだ。
寮の屋上。追い詰められたそこで、銃をこめかみに当てたその時、やっと兄を惨たらしく殺した奴をここで殺せるのだとハッキリとわかったから。
自らのペルソナを突き破って出てきたそれも、そいつを切り刻める歓喜とどうしようもなく抑えきれない怒りに打ち震えているようだった。
2回目
1年が過ぎ、ニュクスという滅びを回避するために封印をして眠りについたはずだった。
目を開ければ、奏子と共に辰巳ポートアイランド行きの電車に乗っていた。
日付は、2009年4月6日。
時間が巻き戻っていることにあれは悪い夢だったのか、と思おうとするも、
現実味があり過ぎてどうも夢だとも思えない。
奏子にそれとなく探りを入れてみるも、「なにそれ?」という返答しか帰ってこず、この奇妙な記憶は自分しか持っていないのかと首を捻った。
そして駅に着くも兄からの連絡はなく、そのまま慣れた足取りで寮へと向かえば今度は何も起こることがなかった。
しかし、謎の少年──ファルロスからのサインは求められたし、ゆかりや美鶴との出会いはなんら変わりがなかった。
兄は急に体調を崩してしまったらしく寝込んでいるらしいと聞いて、もうあんなふうにシャドウによって殺されることは無いのだと安堵した。
そんな安堵も、10月には消えてしまう。
10月の満月の日。大型シャドウとの戦いの時、兄と天田と荒垣先輩はそこにはいなかった。
その時点で嫌な予感しかしなかったが、銃声を聞いて走って駆けつければ、そこには胸から血を流して仰向けに倒れる兄の姿が。
「ばか、だなぁ…荒垣くん…きみが、考える…こと、なんて…わかって…ごぼっ…」
「テメェ! 馬鹿野郎が!!! 喋るんじゃねぇ! 傷に響く!」
「そ、んな…三上さん……どうして…」
「なぜ…なぜあなたが…庇ったのです…!」
荒垣先輩と天田の反応は湊にも分かったが、銃を撃った側であるストレガのタカヤすらも顔を青ざめてありえない、と言いたげに狼狽えていた。
「……」
「おい! 三上、死ぬな! おい!」
荒垣先輩に揺さぶられた兄は、既に事切れていた。
その後、最後の大型シャドウ戦の時に、1度目の記憶が正しければストレガとの戦いになるはずが、ストレガはどこかへと行ってしまったかのようにその姿を消してしまった。
病院に収容されていたチドリはペルソナの暴走が起き、その場に居合わせた順平が決死の覚悟でその暴走を止めたが結果虚しく仮死状態に陥り、後に象徴化と蘇生を果たした。
そして、湊は2度目のニュクス封印を迎えてまた春の日に眠りについた。
3回目
また電車の中から始まった。
3回目となるともう慣れたもので奏子に記憶が無いことも確認済みだ。
駅に兄が迎えにこないことを確認する。クリア。
このまま10月まで何も無いことを祈りながら毎日を過ごした。
問題の10月の大型シャドウ戦も、タカヤに撃たれた荒垣先輩が意識不明に陥るだけで助かったという奇跡が起き、兄の無事を確認して安心して過ごした1ヶ月。
11月、最後の大型シャドウ戦を終えた次の日。
幾月によって捕えられた湊達はタルタロスまで連れてこられた。
そこで、兄は皆の目の前で見せしめとして銃で撃たれて殺された。
もっとなにか幾月が言っていたような気がしたが、湊にはそんな事を覚えていられるほどの余裕はなかった。
4回目
タルタロスでの探索時、強敵からのバックアタックを食らった湊と不調でふらついた奏子を庇って兄はあっさりと死んでしまった。
バックアタックを食らってしまったことと奏子の不調を見抜けなかった自分に湊は苛立ちと無力感を感じた。
5回目
夏の日
7月29日。
コロマルをイレギュラーシャドウから守ろうとしたらしい兄は更なるイレギュラーシャドウの出現によって死んでしまった。
コロマルも大怪我を負い入院している。湊は、次も同じようなことが起こらないようにこの日は気をつけようと決意した。
6回目
昼間に出かけたはずの兄が惨殺されてしまっていた。獣に食い荒らされたような跡があったらしい。
帰ってきたのは骨だけで、遺体は酷く損傷していた為にすでに火葬されて見ることが出来なかった。
昼間に出かけたのでシャドウの可能性はない。
ここまで来ると、湊も心が麻痺したかのように動かなくなってしまっていた。苦しい。辛い。そんな感情が浮かんでは消えるがそこまでだ。かつてそれを受け止めて慰めてくれていた存在はもう居ない。
どうして兄は1年と経たずに死んでしまうのだろう。
7回目
湊は奏子と一緒にニュクスを封印した。
しかし、そこから兄が帰ってくることは無かった。
帰ってきたのは冷たくなった身体だけ。兄は誰にも言わなかったらしいが、1月31日時点で動いていられるのが奇跡的な程に満身創痍だったらしい。その状態でタルタロスの頂上という至近距離でニュクスの死の波動を浴びればどうなるか。
答えはひとつしかない。
湊は、また失敗した。
8回目
湊は、その時の兄の死に様を思い出したくもなかった。
否、
ただ、凪いでいた心を久しぶりに占領した燃え盛るような激情と強烈な殺意だけは覚えている。
9回目
兄が、1人で立ち上がる。
ニュクスによる死の波動で、皆動けないのに、兄だけが何も無いようにそこに立っていた。
「これで、俺の旅路もようやく終わる」
兄が、何を言っているのか分からなかった。けれど、死のうとしていることだけはとてもよく分かった。
「俺のいのちは、やっぱり2人を救うためにあったんだな」
そうしてひとりで納得した兄の身体が浮く。
違う。そんなのがいのちのこたえだなんて湊は認めたくなかった。そんなものを認めてしまえば湊の繰り返しているこの悪夢はなんだというのか。
“ニュクス”を前に離れていく後ろ姿。
“世界”のカードを手に、こちらに向かって振り返り優しく微笑んだ兄に手を伸ばす。
「…だめ、だ…!」
いかないで。それ以上進まないで。
その先は、
その先にあるのは。
湊と奏子は立ち上がろうとする。今度こそ、救わないといけないのに。
“一人で”行かせてはいけないのに。
「──さよならだ」
死が、そう言って微笑む兄に絡みつく。
「逃がさない」と。影たちが絡みつく。
それが酷く湊を苛つかせる。
兄を止められなかった自分も、兄を呼び、逃さない『滅び』にも。
兄が、優希が消える。
手の届かないところへいってしまった。
もう止められない。もう帰ってはこない。自分や奏子と違って、ニュクスを封印した兄が3月まで生きていられるなんてありえない。
そんな、直観めいたものがあった。
隣で這う奏子の、絶望したような顔がひどく痛々しい。
ああ───
「また失敗した」
そうして、流転する。
10回目
揺られる電車の中で、また湊は目を覚ました。
今度こそ、兄を死なせはしないと覚悟を決めて外の景色を見るのだった。