君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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似た者同士(8/21)

目を開く。

もう、確認するまでもない。

視界いっぱいに広がる青と光が漏れる水槽。そして聞こえる『月の光』。

──ベルベットルームだ。

 

「もう寝坊助さんはやめたのかしら」

 

慣れた、と言わんばかりにマーガレットが微笑みながらペルソナ全書を開く。

 

「貴方様はついに“第三の試練”を越え、その力の一端を手に入れた。我が主もよろこんでいらっしゃることでしょうな」

 

いつもと変わらないイゴールの言葉を聞き流した。

どうせ次で終わりなのだ。深く考えることもない。

 

「さて、我が主より賜りしこの“試練”──今までお伝えすることができず、心苦しい限りでしたが…これは我が主から貴方様への“仮の儀式”となりますゆえ」

「…?」

 

イゴールが話した言葉に首を傾げる。“仮の儀式”とは、一体何なのか。

 

「度重なる運命の繰り返しにより、貴方様はついに真実にたどり着いた。しかし、そこで得たものをかの者に砕かれ、奪われてしまったのです。その砕かれたものを擬似的に補うための仮の儀式。それが、試練と」

「……」

 

わからない。そんな記憶はどこにもない。

 

「わからずとも致し方ないでしょう…貴方はその記憶とやり直すことを引き換えにしたのですから…」

 

記憶とやりなおすことを引き換えにした。

すなわち、自分はその記憶を失っているということなのだろうか。

 

「左様。ですが貴方様は来るべき時までその記憶を思い出すことはできませぬ。砕かれ、奪われたものを取り返そうとしたその時、やっと貴方様は思い出すでしょうな」

「貴方はまだ、本当の自分とまだ向き合えていないの。この空白のカードは、本当の貴方を映す鏡。私は、貴方が空虚な存在でも何でもなく、本当の貴方になれる時を待っているわ」

 

マーガレットが、空白のカードをペルソナ全書から取り出し浮かばせる。

本当の自分。よく、わからない。自分は自分。そのはずだ。

 

「第四の試練を越え…貴方様がまたここにいらっしゃるのを心待ちにしております…」

 

その声を最後に、意識は暗闇へと落ちる。

 

 

 

 

8/21(金) 昼

巌戸台分寮

 

昨晩から腹が減って減って仕方がない。

朝からとんでもない量を食べ、美鶴さんから怪訝な目で見られてしまった。

それでもなお、腹が満たされる感覚が来ることはなく。食欲が落ちる前は沢山食べていたとはいえ、これは少しおかしい。

棺桶に片足を突っ込んだせいで満腹中枢が壊れてしまったのだろうか。それはそれで両極端すぎやしないかと文句を言いたくなる。

しかし満腹中枢が当てにならないのなら、世間一般的な1人前で我慢するしかない、と飢えを訴える腹を無視して外に出ようとラウンジへ向かう。

 

映画祭りはまだ続いているが、今日は映画を見る予定は無い。

ただ、あのまま部屋で寝るのも辛いと思ったから外に出てあてもなく彷徨おうとしているだけだ。

 

「おい三上、てめぇそんな顔してどこに行こうとしてやがる」

「……?」

 

横を向いて声の発生源を確かめれば、鋭い目付きの荒垣くんがそこに立っていた。そんな顔、とはどんな顔なのだろうか。

 

「俺が言えるギリじゃねぇがな…そんなギラついた目をされちゃ天田やてめぇの妹含む女子どもが怯えんだろうが」

 

自分は今、そんなにギラついた目をしているのか。むにむにと瞼を指先で揉んでみる。そして何回か瞬きして開く。

 

「…どう?」

「ンなもんで治るわきゃねーだろ」

「いてっ」

 

デコピンをされて額を押さえる。

荒垣くんはふう、とため息をついた。それを見て、やらなくてはならない用事を思い出す。

 

「夜までにどうにかしとけよ」

「どうにかって…あ、そうだ。荒垣くん、今日空いてる?」

「あァ? まあ、空いてるが…どうした?」

 

荒垣くんを朝倉医院に連れて行くのをすっかり忘れていた。

 

「着いてきてほしいところがあるんだ」

「…?」

 

怪訝そうな顔をした荒垣くんを引っ張って、朝倉医院へと向かう。

場所は、駅前商店街の近くにある住宅街だ。

 

 

 

 

「はーっはっはっは! よく来たなァ! オレのモルモット予定の不摂生なクソガキィ!!!」

「おい、なんだコイツはよ」

 

朝倉医院に入るとハイテンションの徹夜明けらしい朝倉先生に出迎えられる。

げんなりした顔の荒垣くんが朝倉先生を指さし、珍獣でも見たかのような反応をしている。まあ初見はそうなるよね、という気持ちしかない。

 

「……俺の主治医の先生…うん、こんな医者いるかって顔してるのはよくわかるよ…」

「おい聞こえてんぞクソガキその1ィ! ウッセー、オレは徹夜明けなんだよ! テンション高くて悪かったな!」

「…個性的っていやあいいのか?」

 

困ったようにこちらを見る荒垣くんに何も言えない。

素の朝倉先生は平時でもインパクトがデカいが今日はいつにもましてハイテンションで少し変だ。徹夜しているのは確定だがそれ以外にも白衣が血で汚れていたり、擦り切れていたり、腕に包帯が巻かれていたりして、獣か悪魔かなにかを相手取ったような様子だった。

そんな視線に気がついたのか朝倉先生は「あー」と言いながら苦い顔をして包帯の巻かれた手首を上げる。

 

「昨日の夜にな、ちょっと暴れん坊な悪魔なりかけ人間を捕まえてな。そいつを専用の部屋にブチ込むのに手間取ったんだよ。…今は麻酔が効いてぐっすり寝てるから安心しろ」

「…?」

 

悪魔になりかけた人間というのはなんなんだろうか。その名の通り悪魔になりかけている人間?

いや、まさかそんな人間が悪魔になるなんてこと…と考える。悪魔は悪魔じゃないんだろうか。

 

「で、そいつが荒垣ってやつだな。まあ、とにかく奥に入れよ。話はこっちでやるぞ」

 

奥へと案内されていつもの部屋とは違う部屋に向かう。

その部屋には冷蔵庫にパソコンとソファー、そして本棚にテーブルとベッドという、成人男性の一人暮らしの部屋のような場所だった。ベッドの上にライフルが置いてあるがモデルガンだろうか。

 

「ちょっち待ってろ。昨日使った商売道具をしまわなきゃなんねぇ」

 

そう言って、ライフルを手に取った朝倉先生はガンケースにしまう。

ちらりと見たケースの中に、実弾のようなものが入ってたのは気のせいなんだろうか。

荒垣くんもライフルが仕舞われていく様を食い入るように見ているので気になるものがあるんだろう。

 

「…よし、待たせたな。話があるのは荒垣、お前の方だ」

「俺に…? 医者の世話になるようなこたァした覚えがねぇぜ」

 

よっこらせ、とソファーに深く座り込んで欠伸混じりに荒垣くんの方を向いた朝倉先生は、荒垣くんのその答えにニヤリと笑った。

 

「おっと、オレを欺こうったってそうはいかねーぜ。話は全部聞いてる。お前…ペルソナの制御剤使ってるんだってな?」

「!? てめぇ…どこでそれを…!」

「こいつ」

 

さも当然といわんばかりにこちらに指をさされ、荒垣くんの視線が向く。

 

「いつ知った…?」

「……えーっと、」

 

ずっと前の周です、とは言えない。

適当にタカヤから取り引きしてる事を聞いたでいいかと考えた。ついでに自分も飲んでいること、湊たちには秘密だぞ☆しておくのも忘れずに。

 

「……タカヤ、から…実は俺も色々あって飲んでるんだ…それ」

「そうか…そうだったな…」

 

納得してくれたように目を伏せる荒垣くんに追撃チャンスが発生したのでここで畳み掛ける。

 

「荒垣くんが飲んでること、俺みんなには言わないからさ。俺が飲んでることも秘密にしておいてくれないかな?」

「……しゃあねえ。黙っといてやるよ。けどな、バレた時はそんときだぜ。腹くくろうや」

 

その言葉に頷く。バレてしまった時はもう仕方ないと思うしかない。その時に考えよう。

 

「で、アンタは制御剤を飲んでることを知ってなにがしてぇってんだ?」

 

荒垣くんが朝倉先生に向き直る。

その目は鋭く威圧感すらある。

だが、朝倉先生は全く気にしてない様子で飄々としている。

 

「なにって、治験と血液検査させて欲しいだけだぜ。サンプルはもう5()()()集まってんだが、サンプルやデータはあればあるだけいい。いくらあっても困らねーからな」

 

また欠伸混じりそう言った朝倉先生はひどく眠そうだ。いま、先生が5人分と言ったが自分とストレガの3人を合わせても4人なのでもう1人誰か制御剤を飲んでいる人を見つけたのだろうか。

 

「そのかわり、限度はあるが制御剤でボロボロになった体をある程度までは治してやれるし副作用のほとんどない無い制御剤だって飲める。至れり尽くせりだと思わねぇか?」

 

そう腕を広げて演説する様に得意げな顔をして言った朝倉先生を見た荒垣くんは、げんなりとした顔をこちらに向けた。

 

「おい、三上。こんなやべー医者を信用してんのか?」

「言動はアレだけど腕は確かだし良い人だよ」

「シャラップクソガキ! それを言うなら全てパーフェクトな天才ドクターと言え!」

 

素直な意見を述べたらとんでもない言論修正をされた。口の汚さに関しては、ある意味完璧かもしれないので確かに間違ってないのかもしれないがそういうには何故かはばかられた。

………。

というかさっきからなんだか無性にトイレに行きたい。腹が減ってるんだからついでに処理してしまえと朝適当にがぶ飲みした賞味期限切れの牛乳が不味かったのかもしれない。夏場だから余計に。

どうせこの話は荒垣くんがどうするか決めることだし、一刻も早くトイレに行きたい。

 

「先生、トイレ借りてきてもいいですか」

「おう、話があるのはコイツだけだからな。お前は席外しても問題ねーぜ。場所はわかるな?」

 

頷いて部屋を出てトイレへダッシュする。そしてドアを開けて急いで鍵を閉めた。

 

手を洗ってトイレから出る。

何がとは言わないがスッキリした。絶好調とまでは言わないが少し調子が良くなった気がする。

 

「…………?」

 

廊下を歩いていると、不意に先程までは感じなかったチリチリと脳裏を焦がす様な、後ろ髪を引かれるようなそんな感覚がして立ち止まる。

右を向けば、1枚の扉。

無意識に、ドアノブを捻ってその中に身体を滑り込ませていた。

中は、真っ白な部屋だった。

鉄格子でふたつに区切られており、その向こうに黒い人型のなにかが蹲っている。

チリリとまた、脳裏を焦がすなにかを感じた。

自分はまるでそうするのが正解だというかのように鉄格子へと吸い込まれるように近づく。

そして、鉄格子の隙間から手を伸ばして触れられる距離にあった眠っている様子の『だれか』の鉤爪の生えた黒い大きな手に触れた。

 

「……」

 

冷たい。

僅かに体温のようなものは感じられるが、それでも平熱よりかは低い。

包み込むように、両手で優しく握る。

自分は、()()()()()()()()()()。けれど、覚えてはいない。

 

ただ、助けたいと思った。

 

「…フゥー…」

 

目を閉じて息を深く吐く。

大丈夫。俺ならやれる、と自身を励ます。

やり方はわからない。けれど、なんとなく、できる気がするのだ。

 

目を、開いて目の前の『だれか』の中で蠢く異物だけを吸うように意識する。

 

【吸魔】

 

瞬間、ずくんと腹が痛みに疼いた。

耐えられない痛みでは無いので続行する。

 

「ぐ……いっ……」

 

異物を喰らうように吸収する。

 

吸収する。

 

痛みが酷くなってくるがさらに耐えて続行する。

 

吸収する。

 

時間がどれほど経ったのか分からない。分からないが、終わる頃には汗でびっしょりと髪と服が濡れていたし、腹部は先程の比では無いほどに痛みを訴えて脈打っている。

 

「……う……あ……」

 

人のものに()()()手から自分の手を離し、腹を抱えて丸め込むように床に倒れ込む。

苦しい。熱い。痛い。なにかに侵されるような感覚がする。

 

苦しみながら、腹の中で暴れ狂うような異物を押さえつける。

黙れ、黙れ、黙れ、俺に喰われたからには言うことを聞け、と怒りのようなものをぶつけた瞬間、鎖の音が一瞬だけ聞こえて大人しくなった。

もう苦しくもなんともない。ただ、しばらくは起き上がれそうにないなとも思った。疲労感がすごいのだ。

というか、自分がいま、なにをしたのかよく分かってない。

なにを、したんだったか、わからない。でも、いつもあんなふうに、だれかの手を、握っていたような気がする。

 

あたまが、ぼんやりとする。ぐるぐると、しかいがまわって、チカチカする。赤い。あかい、血が、視界の、端に。

 

「ここに居たのかクソガキ! おい、大丈夫か!? って、なんだこの異様なMAG(マグネタイト)の気配……それにどういうことだ…ヤツが人に戻ってやがる……? いや、そんなことよりも、オマエ、意識はハッキリとしてるか? 自分の名前は言えるか?」

 

扉を蹴破るように開けて部屋に入ってきた先生に抱き起こされる。

先生。せんせい。目の前のこのひとは、だれだっけ。

 

「だ……れ……?」

「……っ!」

 

どうしておどろいたような顔を、するんだろう。

よくわからないけれど、白衣をきてるから、きっと、いつものおとなのひとに、ちがいない。

そうだ、いわなきゃ、なまえを、いわなきゃ。きかれたことには、こたえないと、おりのなかのあのこがいたいめにあわされてしまう。そんなのは、だめだ。

じぶんは、()()は、

 

「ぁ………り…さと……」

「…何?」

 

「ありさと、なぎさ」

 

朝倉はそう告げて苦しげに意識を失った優希に舌打ちして横抱きにする。

こちらのことを認識できずまともに自分の名前も言えないとくるとなにか異常が起こっていることは確実だった。ただ、ナギサという名前は朝倉自身聞いたことがある。ストレガの3人がよく優希を指して言う名前だ。つまるところ、こうなるような原因があって記憶の混濁かなにかが起こっているのでは無いかと推測した。そしてそれは、昨夜、“ジンの頼み”でストレガと協力して捕まえてきた檻の中の男絡みだということも。

 

「ぁ……」

 

腕の中の優希がぶるり、と震えて青ざめる。

嫌な予感がした朝倉は持ち上げていた優希の身体を迅速に、だが優しく床に降ろして回復体位をとらせた。

そして優希はもう1度大きく痙攣するように身を震わせ──

 

「おえ゛……げっ…ぅ…!」

 

──嘔吐した。

食べたものだろう消化されきっていないそれらが胃液と共にビチャビチャと吐き出され、すえた臭いが漂う。

吐瀉物を喉に詰まらせていないか気をつけながら、朝倉はトントンと背中を叩いて全て吐ききるのを待った。

 

 

 

 

「う……」

 

呻きながら目を開ける。

喉がイガイガする。見た事ある天井だ。

というかこのくだりは3回目な気がする。つまるところまたなにかやらかしてぶっ倒れたのだろう。バカか自分は。いい加減学習しろ。

 

「よ、不健康不良児。お目覚めか? 名前は言えるか?」

「三上優希…です…」

「じゃあ俺が誰かわかるか?」

「え……朝倉、先生…?」

「ん。大丈夫そうだな。気分が悪かったりとか変なとこはねーか?」

 

やけに朝倉先生が優しい。いや、言葉が汚いだけでいつも優しいけれど。

首を横に振る。

 

「オマエ、倒れる直前までなにしてたかわかるか?」

 

朝倉先生の言葉に思い出すように記憶を辿る。が、トイレを出てからの記憶が無い。ついでにパンツとズボンは上げていただろうか。出たんなら上げてるだろうが何かあって下ろしたままとかの可能性もあるから不安だ。

 

「トイレを出てからは何も…覚えてないです」

「そうか…」

「…俺、パンツとズボン下ろしっぱなしで倒れてたとか無いですよね!?」

「ねーよッ!!! つか、そこは覚えとけや!」

 

ごもっともだ。

だがしかし現実は無慈悲かな、ズボンを上げるのは特別意識してやる事では無いので上げた記憶がない。いや、先生がちゃんと履いてたって言ってるのなら履いていたのだろう。普通に朝倉先生は「ノーパンだったぞザマァ」くらいは言いそうなのにそれがないということはそういう事だ。

 

「パンツ云々は置いといて、その先は覚えてなくてもしゃあねぇか…このことに関しては…良くやった、と褒めるべきなのか勝手なことすんじゃねぇと怒るべきなのか…今のオレにゃわからねぇ…」

 

困ったような顔をする朝倉先生は、何かを言うことを戸惑っているようだった。それは、いつもズケズケと物を言う先生にしては珍しいことだった。

ただ、自分が覚えてなくても仕方ないことが起きたらしい。まさか、やっぱりノーパンで…いや、考えるのはやめとこう。

 

「ま、そんだけ元気なら大丈夫か…」

 

ガシガシと頭をかいた朝倉先生はまた口を開いた。

 

「そうだ、荒垣は通いでオレのモルモットになる事が決定したぜ。いやあ、タカヤ達に比べてすんなり行って驚いたぜ。物分りが良くて結構結構。まあ、ちっとややこしいもん抱えてるみてえだけどな…」

 

満足そうに笑う朝倉先生の苦労は計り知れない。

モルモットなんて言葉を使ってるが、患者に対する扱いは丁寧だしとても細やかに気を使っていることは自分に対する扱いから見てよく分かる。朝倉先生は悪ぶりたいだけなのだ。

 

「ついでに雑用として週に何回かバイトしてもらうことになったから人手が増えてありがたいことこの上ねーわ!」

 

ガーハッハッハ!と笑う先生は大金を前にした悪巧みする悪役のようだがそんなことは無いのでスルーする。

 

「ところで、話は変わるが定期検診の分もこっちに転院してこい」

「え、なんでですか…?」

 

突然のことに戸惑う。

確かに、あっちの病院での朝倉先生の言動がこっちとギャップありすぎて最近ゾワゾワしていたがそんな急に言われても困る。

 

「理由としてはいちいち切り替えるのめんどくせーのとオマエしかあっちの病院で診てる患者が居なくなったから、だな。どうせこっち知ってるなら近い方がいいだろ」

「なるほど…」

「紹介状はこっちで書いとくから気にすんな。次の診察からこっちに来てくれりゃいい」

 

先生のその声に頷いて、身体を起き上がらせる。

来週からはこっちの病院でいいとなると通うのが楽になる。時間の空きもできるしいいことずくめだ。

そんな思案をしながら帰るための準備を始めるのだった。

 

 

 

 

「断る」

「あ? なんでだ。まさかオマエも死にたがりとかか? あっちはあっちでなんか複雑みてーだが」

 

優希が部屋を出たすぐの頃。

「副作用のほぼない制御剤を提供する代わりにモルモットになれ」という朝倉の要求に対して、そう答えた荒垣に朝倉は首を傾げたが、ストレガの三人を思い出してそれと同じかと予測する。

 

「……」

「なにがあったかは知らねえがそういうのはやめとけ」

 

そう言った瞬間、眉をひそめた荒垣が口を開いて小さく呟いた。

 

「テメェになにが分かる…」

「あ?」

 

怪訝そうに顔を顰めた朝倉に、荒垣は立ち上がった。

 

「テメェになにが分かるっつったんだ!!!! …人を殺しちまったやつの気持ちなんざ、人命を救うオイシャサマにはわかんねえだろ! 俺は…くそっ!」

 

頭を抱えてなにかを抑えるように叫んだいつもと違う荒垣の様子に、優希が居ればなにかわかったのかもしれないが、今は席をはずしているし朝倉は生憎とその様子を気にして口をつぐむようなタイプでもなく。

対する荒垣といえばこんな一介の、今日会ったばかりの医者になにが分かるのかと激しい怒りのような何かを覚えていた。

 

「…わかんねーな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ?」

「は…?」

 

今度は荒垣がぽかんとする番だった。

いや、自責の念やそういうのがあるだろ、と思ったが確かに何故イコールで繋がるのかと問われればこのみょうちきりんな医者を納得させるだけの答えを荒垣は持ち合わせていなかった。

 

「ああ、あれか? 命ひとつ奪ったからにゃ、責任取って死ななきゃいけないんですぅ~ってやつか。バカかオマエ。んなわけねーだろ。命を奪っちまったっつっても、その分生きて生きて奪っちまった分以上の命救えばいいじゃねーか。幸いなことにオマエはペルソナっつー特別なもんをもってんだ。抗え、生きろ」

「なっ…テメェ…どこまで…」

「さーな。けど、現にオレは()()()()()。それになあ、キレーゴトだが死んだら殺した奴の周りが悲しむのと同じように、オマエの周りも悲しむだろうが。同じことなんだよ、結局。誰もが納得できる死に方なんかねえ。大往生して布団の上で家族に見守られながらポックリ逝く以外はな」

 

「堂々巡りだ」と言いたげな朝倉の視線が荒垣を貫く。

しかし、荒垣の気持ちは揺れ動きながらもまだ『死』に囚われていた。

 

「だが、俺は…きっと…恨まれてる……」

「いいじゃねーか恨まれたって。恨むようなら勝手に恨ましとけ。そんで、殺されそうになったら『まだ死にたくねえんだすまんな』って開き直りゃいい」

「……マトモな人間じゃねえな…」

 

呆れたように荒垣は下を向く。この医者はカタギ(まとも)じゃない。

価値観が一般のそれとは大きくかけ離れている。

 

「いいか、さっきも言ったがもし償いがしてぇってんなら生きろ。生きて、生きて生きて、奪った分の命を背負って歩け。その道がいくら茨の道だろうが許されなかろうが何だろうが、歩き続けるしかねえ。死んだらさっさと楽になれるかもしんねえけどな、死にたいなんてそりゃ逃げだ。オマエは、“まだ逃げ続けるつもり”か?」

「…!」

 

その言葉に、荒垣は目を見開いた。

荒垣はこれまでずっと逃げ続けてきた。なし崩し的に特別課外活動部に戻ってきたが、それは天田を──荒垣がペルソナの暴走で殺してしまった女性の息子を守るためだった。その上で、天田が復讐をしようというのなら、荒垣はそれを受け入れようと思っていたのだ。だが、それも『逃げ』だと言われてしまうと何も言えなくなる。

 

「なら、俺は…どうすりゃいいんだ…」

「決まってる。オレのモルモットになれ。薬でぶっ壊した身体もある程度までは何とかしてやれるしペルソナの暴走も完全にとは言わねーが飲んでる限りは抑えられる。そんで開き直って生きていけ。簡単なことだろ?」

 

なにが簡単か。

荒垣はそう反論したかった。が、なぜか首を縦に振っていた。

ちらりと、脳裏にここへ自分を連れてきた人間の姿がよぎる。

 

「…ああ」

 

荒垣は、そうして地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸を掴んでしまった。

目の前の医者は、満足そうにニヤリと嗤った。

なお、その感情の内容は「よっしゃあ~~~~~~~~~! 新しいモルモット、ゲットだぜ!」という何の含みもない残念な物だったが、荒垣がその心の声を知れば速攻でクーリングオフしていたであろうその言葉を口に出さなかったのは朝倉のファインプレーだったかと思われる。

 

 

 

 

荒垣と優希が病院を去った後、朝倉は革張りの椅子に深く腰かけて天を仰いでため息を吐いた。耳元には、携帯電話をあてている。

 

「──はあー…ああ、成程な。だいたい分かった。サンキューなタカヤ。ついでに、ジンに『オマエのダチはもう大丈夫だ』って伝えといてくんねぇか? 頼むわ」

 

通話を切る。

タカヤに必要なことを聞いて終わりにしようと思ったらまだ話が続き、面白くはないが重大な話を聞けたので良しとする。

 

「荒垣が茨の道ならアイツは死体を積み上げて出来た道ってか…そんなもん10にも満たなかったガキが全部背負ってちゃ、歪みができていずれ破綻しちまう…そりゃ精神もぶっ壊れるわけだな……今回は結果的に良かったが、あの部屋はアイツが不用意には入れねーように鍵掛といた方が良いな…ったく、桐条も惨いことしやがる」

 

思案する。

朝倉は荒垣に対し「殺した人間の死を背負って開き直りながら生きていけ」とは言ったが、タカヤから聞いた“ナギサ”の話はそんなレベルではなかった。

到底、ひとりでは背負いきれない人数の死を背負って歩いている。それも、自分で殺したわけでもない人間の死を。

 

「本人は無意識か知らねーが、あんな細い糸一本の上に乗ってるようなバランスでまともそうなフリをしてるのは、かなり不味いよなァ…どうすっかな…」

 

一度傾けば、崩壊は一瞬だ。ただ、朝倉にはそれがどの要因・どのタイミングで来るかわからない分、どうも手出しすることができなかった。

朝倉からすれば、三上優希という人間は、まともな人間の皮を被った狂人の部類に入る存在だった。しかしその狂った精神は別に他人に向いているわけではない。あくまで、すべて本人へと向かっているのだ。

他人の為に平気で命を投げ出すようなことを繰り返すのに、それでも生きることをあきらめない。

酷く矛盾している。

いや、もしかしたら本人の中では矛盾していないのかもな。と朝倉は独り言ちた。

他人のために自分を投げ出すことと、死ぬことは恐らく本人の中でイコールで繋がっていない。根本的な価値観のようなものがズレている気がするのだ。

だが、朝倉にはなにがズレているのかは分からない。だからそうでしかないと己の常識範囲内で予測することしかできなかったのだ。

 

──────

 

『お前の言う通りいっぺん殺すか!』

 

電話の先の声はジンに対し気軽そうにそう言い放った。

 

事の発端は1日前に遡る。

ジンは旧友であり同じ人工ペルソナ使いだったイズミと数日前に再会したのだ。ナギサに続き、イズミまで、と喜んだジンは彼と交流を重ねた。

その中でイズミは今、知り合いである看護婦の女性の元でその一人娘と共に世話になっていること。制御剤は看護婦のツテである薬剤師から()()()()()()()こと。イズミが桐条の管理から逃れるきっかけになったタルタロスでの探索時の事故以降、しばらく保護してもらい世話になっていた恩人の女性が亡くなったこと。そのひとを殺した犯人を殺してほしいとジンたちに復讐を依頼したこと、などを知った。

 

その復讐依頼の調査をしていたさなか、ジンは『シャドウ喰らい』と呼ばれる存在と対峙する。

それはシャドウを人間から引きずり出し、喰らっていたのだ。ジンはその時たまたま居合わせた荒垣の機転により逃げ出すことに成功したが、その存在はジンの心に大きなしこりを残していた。

 

そして、交流していくうちに何度も吐血するイズミをみてその命が長くないことを悟ったジンは、「神も仏もありはしない」と世界を呪った。イズミは漠然と死へと向かっている自分たちとは違い、大事にしたい関係も守りたいものもある。生きたいとあんなに強く願っているのにそんなのはあんまりだ、と。

さらに追い打ちをかける様にイズミに対して復讐してほしいという依頼が届いてジンは頭を抱えた。その内容は、「イズミと会った彼氏が廃人化して戻ってきたから復讐してほしい」というものだった。つまるところ、ジンが会った“シャドウ喰らい”がイズミである可能性が高くなったという事だ。

だとしても、もう長くない彼を殺すことなどジンにはできるはずがない。だが、タカヤの言葉は冷ややかだった。

 

「イズミはペルソナに、人間からシャドウを狩らせています。狩りの対象を今は選べているのかもしれませんが──もし。しもべたるペルソナに逆に支配されてしまったら、どうなるか。わかりますね?」

「そりゃ、手近な人間から襲うやろ──」

 

言って、ジンはイズミの手近な人間を思い出す。

イズミが愛する看護婦の女性に、その幼い一人娘だ。

もし、暴走すれば、まず一番に廃人になるのはこの2人だという事実に、ジンは愕然とする。

 

「そないなこと、むごすぎる…」

 

運命は理不尽だ。まるで、この再会がこんな惨いことをジンに見せつけるために仕組まれているのだとしたら、ジンはこんな運命にした神を呪っただろう。

 

「イズミも、そんなことなど望んでいないのでしょう。彼の命が消えるのが先か、ペルソナが制御不能になるのが先か。それは分かりませんが……時間は、もうありません」

 

タカヤは憂うように目を閉じて、しばらく言い淀むように黙るとゆっくりと目を開いた。

 

「今、唯一の真実は。そんな彼を救えるのは、我らだけだということです」

 

ジンはその言葉に拳をきつく握りしめ、悔しそうに壁にたたきつけた。

 

「それなら。わしがこの手で、イズミを葬る。それが、奴を友と呼ぶ、わしの義務や」

 

そうしてジンはズボンのポケットから携帯電話を取り出した。イズミを呼び出そうと、震える指でボタンを押して電話帳をスクロールする。

途中、まるでそこで止まるのが正しいというかのように『ヤブ医者』の文字が目に入り指を止める。

先日、幾月の横暴さにキレたタカヤが、「朝倉を利用すればいい」と言っていた言葉がフラッシュバックする。

あのトンデモな医者だ。もしかしたら──なんて僅かな期待を込めて、ジンはイズミにではなく朝倉に電話をかけていた。

 

『もしもし~! こちら悪魔とやり合ってバカみてーな怪我を負ったボケカスどもを24時間営業で治療する朝倉医院です! 御用の方はピーという着信音の後にぃ~』

「ふざけるのも大概にせぇよヤブ医者」

『お、なんだジンか。どうした? またチドリが怪我でもしたか? それとも包帯のストックが尽きたか?』

 

緊張していたジンのそれが吹き飛ぶくらいふざけた受け答えから始まったその電話は、次第に真剣みを帯びていく。

 

『…なるほどな。オマエはダチを救いてぇってわけか。で、オレは新しいサンプルが欲しい。利害の一致だな! まあ、寿命の事はどうしようもできねーが、一時的なペルソナの暴走くらいは何とかできると思うぜ。一時的なら、な』

「ホンマか!?」

 

朝倉の言葉に希望が見えてくる。

イズミが助かるかもしれない。それだけで、ジンはさっきまで呪っていた世界を少しは見直してもいいかもしれないと思った。

 

『ああ。けど相手が暴れるとなると面倒だしな~…あ、そうだ。お前の言う通りいっぺん殺すか!』

「は!?」

 

まるで明日の朝はトーストにしよう! と言いたげな朝倉にジンは面食らう。救ってくれるんじゃなかったのか、とか、いろんな感情がないまぜになる。が、

 

『まあまあそう食って掛かるなって! 仮死状態もしくは麻酔で眠らせてウチに運び込んでベッドに縛り付けて蘇生(リカーム)なりなんなりして経過観るからそこは安心しろって!』

「安心できる要素ないやないか!」

 

この男と話していると本気なのか冗談なのかわからなくなってくる。

 

『で、問題があるんだが、オレはオマエらの言う“影時間”っつーのに適応してねぇみたいなんだわ』

「知っとる」

『だから呼び出すなら絶対に人が寄り付かないであろう人気のない場所で。影時間が終わる30分前くらいにしといてくれ。終わり次第オレが仕留める。ただ──』

 

言い淀む朝倉はなにか懸念があるようだった。

 

『──影時間内で暴れられた場合はオマエらが全力で耐えてそこに留めといてくれねぇか』

 

その言葉を聞いたジンは、なんやそんなことと。と思った。朝飯前どころか元々どうにもならなかったのならイズミを殺すつもりだったから覚悟は済んでいる。

 

「かまへん。任せとき」

『ん。じゃあ任せるわ。オレも影時間になる前に用意して指定の位置につく。またあとでな』

 

 

 

 

その後はもう、壮絶としか言いようのない戦いだった。

「死にたくない」と叫んだイズミは己のペルソナである“名無し”──シャドウ喰らいと共に抵抗を始めたのだ。挙句の果てにシャドウ喰らいと同化し、暴れた。ジン達3人が、もう駄目だ、負けると思ってしまうほどに。

しかし最後にイズミの愛する女性の一人娘である紗耶(さや)が影時間だろうにイズミを探しにそこへふらりと来てしまったのだ。

その姿に一瞬だけ自我を取り戻したイズミが自らの身体を抑えた。瞬間、影時間が終わる。

 

──物陰から、一発の銃弾が飛んできた。

それは確かにパスンと音を立ててイズミに命中する。が、影時間が終わっても尚、黒い化け物の姿のままのイズミは銃弾が飛んできた先を睨み付けた。

 

「ちっ、物陰にいてもやっぱ弾道でバレるか。つーかオマエらなんだよコイツ! ペルソナ使い飛び越えてほぼ悪魔人間じゃねーか! MAG(マグネタイト)がぷんぷん臭ってやがるぞ! いやこりゃマガツヒか…? ってあぶねえ!」

 

跳びかかってきたイズミの一撃を一度腕で受けてから避け、慣れた手つきでライフルに次の弾を補充した男──朝倉は脂汗を流しながら叫ぶ。

 

「来い!」

 

青い光。そこから現れたのは蛾のようなかわいらしいペルソナ──“モスマン”だ。

前に見たカラドリウスという青い小鳥のようなやかましいペルソナとは違う。

 

【シバブー】

 

半透明のモスマンは相手を縛りつける魔法を放った。

影時間外だというのにペルソナをみせた朝倉に、タカヤ達三人は特に驚きはしない。

朝倉は、“そういうペルソナ使い”なのだと、既に教えられているからだ。ただ、先ほどから気になっているのは影時間も終わったというのに景色が妙に揺らめき歪んでいることだ。だがその疑問は朝倉の口から答えが出されることになる。

 

「おーおー! いっちょ前に悪魔なりかけな人間の癖して空間を歪め始めたか…道理でペルソナが出しやすいこって! わりーが、悪魔が寄って集って“巣”になる前に仕留めさせてもらうぜ」

 

ニヤリ、と嗤った朝倉は【シバブー】を喰らって動けないイズミに対し、ライフルの銃口を向ける。いくらシャドウ喰らいと同化し万能の耐性を持つようになったイズミでも、それは攻撃に対してのみであり状態異常には適用されていないようだった。それとも、朝倉のペルソナとタカヤ達のペルソナの性質が違うからなのか。判断はできなかった。

 

至近距離で何発も銃弾がイズミへと浴びせられる。

装填した分を全て撃ちきった朝倉はライフルにもう一度弾を込めようとして──やめた。

目の前で崩れ落ちるように倒れるイズミを目に入れたからだ。

 

「イズミッ!」

「待ちなさい」

 

ジンが駆け寄ろうとするのをタカヤが制す。

朝倉は倒れたイズミに近づいてなにかを調べているようだ。

しばらくそうやって待っていると、歪んで揺れていた周りの景色も元に戻っていく。

 

「お。景色が戻ったっつーことはオレの麻酔で完璧寝てるなコイツ。よーしよしよし、脈は弱いがすぐ死ぬようなもんじゃねえ。おいオマエら! 撤収だ撤収!」

 

つんつんとつついた後に異形化したイズミを背負い、近くに止めてある朝倉の車へと怪我しないように放り込んだ朝倉はエンジンをかける。3人と気を失った紗耶もそれに合わせて乗り込む。紗耶はチドリが抱えて乗ったが。

 

「なあヤブ医者。イズミはどうなるんや?」

「ん~…どうなるんだろうなあ。悪魔になりかけてるからすぐには死なないとは思うんだがなー…」

 

さっきから朝倉の言っている、『悪魔になりかけ』という言葉に対し疑問を覚えていたジンは問い詰める。

 

「さっきからいっとる悪魔って、あの悪魔やろ? なんでイズミがそんな…しとったことと言えばシャドウ喰っとったくらいや」

 

そのジンの問いに、朝倉は車を走らせながら答えた。

 

「前にオマエらが飲んでる薬にゃ悪魔の血が使われてるって話、しただろ? ああいう悪魔由来のは、飲み続けると悪魔になりやすくなる効果もあんだわ。ただ、相当濃いものを飲まないとああはなんねぇし…ああ、なるほど、シャドウ喰らってたのがポイントかもしんねえ」

「シャドウを喰っとったことがか?」

「まあな。仮説だがシャドウも広義の悪魔とみると同じようなもんだろ? だから、悪魔の性質に近いシャドウを食ってたせいで悪魔化しやすくなって『生きたい』って想いと反応して悪魔になっちまったんじゃねえか、と。似たようなケースは何個か見た事があんだよ。悪魔の本質は“欲望”だからな…生きたいって想いも欲望だったんだろうさ」

 

生きたいと願うことも、欲望のひとつだと言った朝倉にジンは考える。

それほどまでに生を渇望していたという事だろう。それは自分たちにはないもので、ジンは羨ましくもあった。

 

「さて、その嬢ちゃんの家はここでいいか?」

「あってるわ。私が送り届けてくる」

「頼んだでチドリ」

 

家の鍵は開いていたようで、数分してチドリがひとりで戻って来る。

紗耶をどうにか家の中に戻すことが出来たのだろう。

 

「布団に寝かせておいた。これでいいでしょ?」

「パーフェクトだぜ、チドリ。じゃあオレの病院にいくか。コイツをこのままベッドに寝かすのも無理だしちょっち特殊な術式ぶち込んだ檻にでも入れときゃいいだろ」

「は? イズミを檻に入れるって言うんか!?」

 

朝倉の言葉にジンが憤る。

桐条の実験体として時には檻に入れられたこともあったジンたちストレガにとって、否、人工ペルソナ使いの生き残りであるイズミにとって、それがどれだけ苦しい事なのか。この男は分かっていない。

 

「ジン、やめなさい。ああなってしまった彼ではベッドに寝かしたところで、起きて暴れられでもしたら手の打ちようがない事くらいわかっているでしょう」

「せやけど…」

 

タカヤの言葉を聞いても、納得がいかない。

頭では理解しているが気持ちが追いつかないのだ。せっかく実験体扱いから逃れられたというのに、こんなところでこんな扱いだなんて、と。

 

「まあ人間の身体に戻せれば檻の中生活からはオサラバだぜ。…問題は、悪魔になった人間を元に戻す方法が分かんねえとこなんだけどな…最悪、ヤタガラスでも頼るか~? メンドクセー…」

 

そう悔しそうに告げる朝倉に、ジンはもうなにも言えなかった。

ただその翌日にその問題が解決することなど、誰も知りようがなかっただけで。

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