君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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カウンセリング(9/1~9/3)

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

突然叫び、蹲って耳を塞いで狂った機械のように泣きながら謝り出した兄に、湊はやってしまったと思った。

なにがスイッチだったのかは全く分からない。

けれど、「優希がおかしくなってきている」というファルロスの忠告を聞いていながら、不用意に追い詰めてしまった。先走ってしまった。

兄は、滅多に泣かない。弱音を吐かない。こんな風に引き攣った呼吸を繰り返しながら、子供のように泣いたりしない。こんな兄を、見たことがない。

 

「おい、三上…!?」

 

荒垣の、焦るような声に湊が顔を上げると、優希が喉奥に自分の指を突っ込んで嗚咽を繰り返していた。

 

「ぅっおえ…げえ…っ…げぼっ…」

 

びちゃびちゃと零れたのは胃液ではなく、血。

 

「げぼっごぼっうえ…えああ…あああ…」

 

目の焦点は有っておらず、顔と唇は真っ青。

嗚咽と引き攣った呼吸の合間に咳き込み、またびちゃびちゃと血を吐き出す。明らかに、正常などと言う言葉とはほど遠い。そう湊が判断している間にも、優希はがたがたと震え出して、床に倒れる。その衝撃で口に入れていた手が抜けるが、引きつった呼吸のままさらにその唾液と血まみれの手を首元へともっていき掻きむしり始めた。

 

「っひゅー、ひゅー…!」

「っ、おい有里! こいつを抑えるぞ!」

 

その行為でようやく危険だと判断したのか、正気に戻ったのか、どちらか定かではないが荒垣が優希の身体を押さえつける。その声に湊もすこし遅れて、ばたばたともがくように暴れる足を押さえた。

興奮しているのか瞳孔が開き、口から血を垂れ流すその姿に湊はかつての優希の死に顔が重なって、ひゅ、と息を飲んだ。ただ、今回はまだちゃんと生きている。死んでいない。

 

 

押さえつけられ、焦点の合わない瞳は何も写さない。しばらくして優希の全身から力が抜け、引きつった呼吸は徐々にゆっくりになり、穏やかなものに変わる。

 

「……っ、もう暴れねぇか…?」

 

その様子を見た荒垣が力を抜いてそっと離れる。依然、様子はおかしいが先程のような自傷行為をしないだけマシだろう。

荒垣としてもこんなに取り乱した──否、突然発狂したと言ってもおかしくない優希の姿に、恐怖を覚えていた。

一体何が原因でこうなったのか、荒垣にはさっぱりだった。だが、確かに荒垣との会話の途中からおかしな兆候はあったのだ。先程のやり取りを思い出す。

 

「…おい、大丈夫か?」

「ああ、うん、大丈夫だよ」

「そんなこと言ったってな、大丈夫そうに見えねえんだよ。…一旦温い茶でも飲むか?」

「…そうだね」

「じゃあいれてきてやるから、そこで待ってろ」

「どうして、だろうね」

「あ…?」

「──俺の命に価値なんて、ない」

 

ここで、荒垣は優希との会話が成立していなかったことに気がついた。優希は、別の方向を向いて別の何かと話している。この時点から、既におかしかったのだ。

最終的にスイッチを押したのは、引き金を引いたのは湊なのかもしれないが、その精神にヒビを入れたのは間違いなく、荒垣との会話だった。だが、荒垣は優希が何故そう言ったのかに気にすることなく、言われた言葉の方に注目してしまった。

そこに気がついて舌打ちをする。

 

「こいつは…ソファーで寝かしといた方がいいな。俺が運ぶから、てめぇは兄貴をしっかり見てやれよ」

「…」

 

弟である湊の顔も青ざめている。仕方ない。兄がこんな事になってんだ、と荒垣は勝手に納得する。

口元や手、倒れた時に頬ついた血を、優しくティッシュで拭ってから持ち上げた身体は想像より少し軽かった。

そのままラウンジのソファーに寝かせた時、不意に「荒垣くんは、魂には重さがあるって知ってる?」と以前問いかけられた時の事を思い出した。

 

「知らねぇな」

「魂の重さって21gなんだってさ。不思議だよね、見えないものに重さがあるんだ。死んだら、21g軽くなるんだって」

「ほぉ…」

「…死んだら、魂はどこに行くんだろうね」

 

夕日に照らされ、憂う様にそう答えた優希は荒垣から見て今にも消えてしまいそうだった。

あの時、自分はなんと答えていたか。荒垣はよく思い出せなかった。

 

 

 

 

9/2(水) 昼

園村麻希は臨時のカウンセラーとして雇われた辰巳記念病院で、目の前の少年と対峙していた。

歳は18歳。高校3年。

先日、学生寮で突然取り乱し自傷行為を行った為に受診。

記憶の欠損あり。心臓に持病あり。

『他人へと危害を加えることは無いと思われるが自傷行為など何かあった場合はすぐに看護師を呼ぶこと』と赤い文字で書かれた紙と、目の前の少年とを見比べる。

首に包帯を巻いている以外は何の変哲もない普通の少年だ。

受け答えもはっきりしているし、笑い方が変ということもない。視線もきっちりと合わせてくる。本当に、この少年が取り乱し、自傷行為を行ったのかと疑わしいくらいに表面上はなんの異常もない。

少し大人びてるな、と思うだけで。

 

「カウンセラーの園村です。三上くん、これからきみに色んなことをやってもらうし、聞いていくけど、大丈夫かな?」

「はい。俺に答えられることなら」

 

軽い質問を何個かし、問題がないと判断した麻希は次に紙に海の絵を描いてみて、というお願いをした。

 

「えっでも俺、絵心無いですよ…下手くそでも、笑わないでくださいね…」

「大丈夫。笑わないよ!」

「ありがとうございます」

 

恥ずかしそうに言った少年に、そう答える。麻希自身、高校生の頃に賞をとるほどの絵を描いたことがあるが、だからといって他人の絵を笑ったりはしない。人には人それぞれの感性があるのだ。

 

鉛筆を手に取り、紙に向かった少年はすとん、とその表情を無くした。まるで、暗示にかかったかのように。そこで、麻希は「あ」と思った。

がりがりと、無表情で紙にひたすら鉛筆を擦り付けていく姿は先程とは大違いだ。

ただ、自傷行為をするといった感じでは無いので見守る。

 

そうして、出来上がったものは到底絵とは呼べない一面黒塗りの紙だった。

 

「……」

「三上くん?」

「えっ!? あっ、す、すみません…うわなんだこれ…じゃなくてできました! えーと……たぶん、よ、夜の海です!」

「そっかー、ちょっと見せてね!」

 

手を止め、無表情で沈黙したままの少年に声をかければ、ハッと意識を取り戻したかのように表情が戻って恥ずかしそうに話し始める。

少年はこの絵を『夜の海』だと言ったがそれは嘘だと麻希は直感的に判断した。

麻希はこの『海の絵を描いてもらう』という行為は、その人の見ている“心の海”を写し出していると思っている。

夜の海だと言ったのに、麻希が用意していた色鉛筆の青色や藍色を使うことなく、黒1色。しかも夜空や水平線、砂浜を書くでもなく、ただ塗りつぶしたとなれば尚更違うと言える。

ふざけてこういう事をするようなタイプにも見えず、さらにあの表情の抜け落ちた顔を見るにアレが本人でもわかっていない無意識の部分なのかもしれない、と麻希は分析した。

 

そして、心の海がそう見えるということは、普通ではない。

ふと麻希の脳裏に、『パパ』──()()()()の顔が浮かぶ。実の父親ではなかったが、あの人もこんな底知れない闇を抱えていたのかな、と思うと同時に哀愁のようなものが胸の奥から漂う。それは既にこの世に居ない死人を想う感情なのか、なんなのか麻希にはわからない。

しかしすぐにその思考を振り払い、もう1枚紙を出す。

 

「じゃあ、今度は家族の絵を描いてくれるかな?」

「わかりました」

 

今度は表情がなくなることも無く、悩むように「ん〜…」と唸りながら悪戦苦闘している。先程は使わなかった消しゴムもちゃんと使用して、家族を描いていっている。

 

「…できました」

「じゃあ、1人ずつ、誰なのか説明してくれるかな?」

 

完成された絵に描いてあるのは4人。

大人と思われる男女と、子供と思われる制服を着た男女だ。皆、笑顔を浮かべている。

 

「えっと…これが母さんで、これが父さん。それでこっちが弟と妹です」

 

その答えに、麻希はつい口を開いてしまう。

 

「家族の絵だから、きみも入れて良いんだよ?」

「へ? なんでですか? 入れる必要、無いですよね」

「うーん、そうかな」

「入れたほうがいいのなら、入れますけど…」

 

恐らく、これが彼の本音だ。

麻希はそう思った。

家族について質問した時に、この少年は家族について愛情と慈しみたっぷりな幸せそうな表情で語っていた。幼い頃に本当の両親とは死別しているが、血の繋がった弟と妹と一緒に養父母のところで虐待を受けていたという情報もない。去年までは大型連休には毎回帰省し、受験生になった今でも定期的に連絡を取るとも言っていた。調査書でも事実確認が取れている。絵に描いたような実に円満な家庭だ。

 

だとすると、彼は、家族にとって特に自分は必要ではないと自分で思っているのだ。

入れる必要があれば入れる、というのはそういう事が必要になったらそこで初めて自分を家族の一員として認識する、というだけであって、家族にとって自分は異物か何かだと思っている。

きっと、彼の歪みはそこにある、と麻希は目をつけた。

 

「三上くんは、どうしてそう思うのかな?」

「どうしてって…理由が要るんですか?」

 

少年は、きょとんと不思議そうな顔をした。

 

()()()()()()()()()()()ですよね? そこに要らない以外の理由ってありますか?」

「……」

「あ、すみません…変なこと言って…せっかく聞いてもらったのに…」

「大丈夫。そういうのも、ちゃんとした答えだから! こっちこそ変なことを聞いてごめんね。あっ、そろそろ時間…今日はここまでにしよっか」

 

お手上げだった。

麻希は、この少年にやんわりと、しかし頑なに拒絶された。

「ありがとうございました」と頭を下げて部屋を出た少年を見送る。

少年にまとわりつくような黒い靄を幻視した麻希は、目をぱちくりとさせる。

その姿は幻だったかのように一瞬で消えたが、もしあれが、少年の持つペルソナだとしたら。

これは、一筋縄ではいかないと感じた。

 

 

 

 

麻希は帰宅途中、歩きながら携帯で話をしていた。

電話の相手は数年前から港区に住むようになった高校時代の友達だ。今も交流が続いている仲であり、非日常を駆け巡った仲間の1人でもある。

 

『よォ、こっち来たんだってな、園村』

「うん、辰巳記念病院ってところで臨時で雇ってもらえることになって…尚也くんも南条くんから頼まれたお仕事があって一緒だよ」

『へぇ、ナオリンもこっち来てんのか。つか、はよくっつけオマエら。見てるこっちがモダモダすんだよ!』

「あはは、朝倉くんは厳しいなあ…」

 

苦笑いする。

電話の先の男に会う度、連絡する度にこうしてせっつかれるのだ。まあ、本人に悪気はないしいつまで経ってもその1歩が踏み出せない麻希自身が悪いのだが。

 

『そんな調子じゃ、ナオリンをエリーに取られちまうぜ。良いのか?』

「良くないよ! もう、朝倉くんの意地悪!」

『あーいや、訂正。エリーじゃなくて、なんじょうくんに、だな。ケケケ』

 

いたずらっぽく笑う電話越しの彼──朝倉はいつまで経っても高校の時のままだ。こんなのでも、凄腕の医者だというのだから驚きだ。人は性格によらないと麻希は思った。

 

「南条くん相手だと流石に勝てないよ〜! うわーん尚也くんがお仕事人間になっちゃう!」

『ならさっさとくっついちまうことだな! で、どうだったよ? 初勤務はよ』

「うーんとね、すごい子が来たよ。詳しくは言えないんだけど」

『フーン…』

 

心底、興味無さそうな返答に麻希は乾いた笑みを浮かべる。

 

「海の絵を描いてもらったんだけど、紙一面ぜんぶ黒塗りだったし、あと…帰る時にペルソナ…って言えばいいのかな…それが、見えた気がするの。たぶん、悪魔の気配とは違うからペルソナだと思うんだけど…」

『んだよ、なんかやべーなそいつ。海の絵っていやあアレだろ? 園村お得意の心の海診断だろ? アレが真っ黒ってどういうこったよ…マトモじゃねえな…』

「うん…わたしもそう思う。何かに巻き込まれてなければ良いんだけどね…」

 

ドン引きしたと言いたげな朝倉の声に麻希は心配そうに答える。

麻希としては心配以上のことは出来ないし、カウンセラーという立場で立ち入ったことを訊くこともできないためにどうしようもないといったところではある。

 

「あまり無茶をするものではないよ、少年」

「すみません…迷惑でしたよね。神条さん」

「いいや、前も言ったが迷惑ではないよ。ただ、きみはもう少し自分をいたわるべきだ」

 

不意に、前から昼に診た少年と、サングラスの男が話しながら並んで歩いてくる。

少年は学校の帰りなのか鞄を持って歩いていた。あの後恐らく学校に顔を出したのだろう。が、

その男の姿と少年が告げた名前に、麻希はぽとりと携帯電話を落とした。

 

「ぇ……うそ、なんで…ぱ、ぱ…ううん、神取…?」

「あ、園村さん…? 昼はお世話になりました」

 

すれ違う距離まで来てこちらに気づいて礼儀正しくぺこりと会釈した少年と、その横で静かに笑みを浮かべる男を、麻希は知っていた。

神条久鷹──否、神取鷹久だ。麻希を利用し、デヴァ・システムを使い神になろうとしたが藤堂達高校生のペルソナ使いに止められ、死んだ男。

その姿は昔となんら変わりがない。いや、サングラスと顔に走る傷のようなものだけが変わっている。

それは、麻希ではなくかつての仲間である南条くん──南条圭が見たらすぐにその正体に気づいたであろう。

麻希は、10年前の珠閒瑠市での事件の時に南条から「神取が神条と名乗り復活した」と聞いていた。

だが、南条が語らなかった部分にこそ、重要な部分があったのだ。

神条は、本物の神取ではない。噂の力によって蘇り、神取の記憶と精神を持ったニャルラトホテプと呼ばれる邪神の化身だ。それを、麻希は知らない。ただ、再び死んだと言われていたので2度も死んだはずの死人が現れて狼狽えているだけだ。

 

「あ、携帯電話落ちてますよ。これ園村さんのですよね」

「え、ああ、うん。そう、だね、ありがとう三上くん」

 

落とした携帯電話を拾ってにこやかな笑みで返してくれた少年に礼を言って受け取る。

電話の先では、まだキャンキャンと朝倉の声が聞こえていた。

 

「それじゃあ俺はこれで」

「もう暗いし、気をつけてね」

 

そう言って、先を歩き出した少年を見つめていると、その横に並ばなかった男が麻希に語りかける。

 

「気になるかね?」

「何を…」

「全てだよ、園村麻希」

 

くつくつと、喉奥で笑う神条に、麻希はキツイ視線を向けた。

 

「気になるわよ。でも、あなたは教えてはくれないんでしょう?」

「もっともだ。だが、安心してくれ給え。私は彼に直接危害を加えるつもりは無い」

「信用出来ないわ」

 

言い返した麻希に何かを言おうと口を開いた神条だったが、少し離れた場所で立ち止まりこちらを見つめる少年を見るとそのまま麻希の前から歩き去っていく。

 

『おい! 今の声…!』

「朝倉くんにも聞こえてたんだ…いま、目の前に…死んだはずの…神取が居たの…」

『大丈夫か!? 何もされなかったか!?』

「わたしは、大丈夫…けれど…三上くんが…さっき話した患者の子が…」

 

電話の向こうから、息を飲むような音が聞こえた。

 

『三上って…三上優希か? 月光館学園高等部3年の、三上優希』

「う、うん…そうだけど…」

 

なぜ朝倉が少年のことを知っているのだろうか、と麻希は不思議がる。

 

『そいつが神取になにかされたのか!? 攫われたとかか!?』

「ううん、そういうことじゃないの。凄く、親しそうだったってだけなんだけど…」

 

切羽詰まったような朝倉の声に驚きながらもそう答えた。

今日初めて会った自分なんかよりも、よっぽど神取に、神条に心を開いていた。傍から見れば、仲のいい叔父さんと甥のようにも見える。

 

『けどよ、アイツに目をつけられてるっつーことは、利用する気マンマンって事じゃねーのか。オマエん時みてーによ』

「…………」

 

麻希は、答えられなかった。

ただ、直接危害を加えないと言った神条の言葉が気になる。あくまでも、神条は少年には手を出すつもりは無いのだろう。それは本心であるというのは麻希にも伺えた。

だが、なにか引っかかる。

神条の存在自体にもだが、10年前に珠閒瑠で起こったようなことが、自分達の知らないうちにここでも起きているのではないかという漠然とした不安。

 

『とにかく、気をつけろよ。あのガキに関してはオレも気をつけとくし…園村の場合はこれからナオリンに送り迎えして貰え。な?』

「うん…ありがとう」

 

そうして、電話を切った麻希は帰り道を足早に歩いた。

 

 

 

 

9/3(木) 放課後

一昨日の記憶が全くない。朝から夜まで、全部。

起きたら2日だった時の自分と驚きは計り知れなかった。夢かと思って頬をつねりながらカレンダーと携帯を交互に確認したくらいだ。

しかも、湊と荒垣くんがひどく気遣うような視線を向けてくる。他のみんなからも心配するような目を向けられたが、特にこの2人からの視線がわかりやすい。

恐らく、というか絶対に自分が2人の前で何かやらかしたのだ。

今は包帯に隠れて見えないが、知らない間に首は掻きむしったような傷があったし、喉はひどくイガイガしていた。

 

最近、こうやって記憶が飛ぶことが増えている気がする。

どう考えてもおかしい。いや、一昨日に関しては確実に自分はおかしかったようだ。

話に聞いたところ、朝、突然おかしくなって倒れたとかなんとか。その後ずっと眠り続けていたらしい。つきっきりでいてくれたモコイさんが心配していた。

あまりにも心配されるので昨日は美鶴さんの勧めで午前は心療内科を受けて午後から学校へ向かうことになった。

カウンセラーの園村さんは良い人だったし、特になんともなかった。これといって問題があったわけでもない。逆に、おかしくなった原因がなにかわかった訳でもないけれど。

けれど、途中で「家族の絵に自分も入れていいのに」と言われたときは少し困った。逆に、なぜ自分を入れなくてはいけないのかがわからない。

そういうのも何かカウンセラーだと引っかかるところがあるのだろうか。

 

夜は動けたのでそのまま神条さんに会いに行ったら首元の包帯を見られてしまって叱られてしまった。

こういう時は翌日でも休んだ方が良いらしい。次からは体調が悪かった日の後は神条さんに無理に会わず休むように気をつけようと思う。

ただ、何となく神条さんと一緒にいるとひどく落ち着く。まるで、幼いころから知っている親戚のような、そんな感じがする。

 

そして今日。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。昨日カウンセリングにも行ったけどなんかよく分からないだけだったし…あ、もしかして心療内科じゃなくて…脳の方か…?」

「ええ!? の、脳!?」

 

奏子と岳羽、山岸と帰り道を歩きながら喋る。

よくよく考えたら、記憶が飛ぶなら精神じゃなくて脳の方に異常がある場合もある。

そっちを調べて貰えばよかったか? と思うが次の満月まで日がないのでいきなり病院に行くという事も出来ない。

 

「あーいや、もしかしたらって思っただけだから気にしないで」

「三上先輩の大丈夫って大丈夫じゃないですよね」

「うぐ…」

 

岳羽に痛いところを突かれてしまう。

 

「俺的には大丈夫だと思ってるんだけどな…」

「お兄ちゃんの『大丈夫』はホントに大丈夫な時と大丈夫じゃないときがあるから信用できないんだよね」

「うぐぐ…」

 

手厳しい。

そう言われてしまうと何も言えない。いや、大丈夫だと思ったことがイレギュラーなことが起きて大丈夫じゃなくなるだけで、予想の上では大丈夫なのだ。ただ、結果はこの通り散々なものなので何も言えない現実だけがのしかかる。ふがいない。本当にふがいない。

 

「先輩、あんまり無茶しないでくださいよ? 有里くん、一昨日ずっと顔が暗かったし先輩から離れなかったみたいで…」

「私もお兄ちゃんの看病、したかったんだけど。湊が女子はダメ~! って! ぶー! 私だって女子の前にお兄ちゃんの妹だもん!」

「ごめんね」

 

腕を振り上げてぷりぷりと怒る奏子に苦笑いする。なるほど、モコイさんだけでなく湊もつきっきりでいてくれたのか。昨日そんなことは聞かなかったので帰ったら改めてお礼を言おう。

 

「明後日、満月の日ですね…」

 

唐突に、ぽつりと呟いた山岸の言葉に2人が表情を固くする。

 

「あんまり緊張しないようにね」

「わ、わかってます! けど、毎回何か起こってるし、今回も何かあるんじゃないかって思うのは変ですか?」

「変じゃないよ。そうやって起こりうるアクシデントを予測するのは大事なことだ。でも、起こりうる可能性ばかりに目を向けて、他の大事なことを忘れないようにね。一番は死なないこと、怪我しないこと、だから」

「お兄ちゃんがいうと説得力な~い」

「あはは…でも死なないことは大事だよ」

 

自分とて、別に意味もなく死にたいわけじゃない。

選んだ選択に付随しているのが死であるだけであって、死なないのならそちらを選ぶ。

でも、どうあがいても死ぬときは死ぬのでそういう諦めと言うものは持ってるのかもしれない。

 

「とにかく、満月の日は気合い入れていこー! おー!」

「おー」

「奏子ちゃんは元気だね。見てるだけで、なんとかなるって気になるのがすごいよ」

「あ、それ私も思う。奏子ちゃんってなんかいつも元気モリモリだよね。元気の塊ってカンジ?」

「ふたりとも、ありがと!」

 

元気いっぱいでいいことだ、と微笑ましい光景を目に焼き付けながら思った。

すこしでも、この明るさが続くように、失われないように、頑張らないといけない。

 

 

 

 

「湊、お帰り。少しいいかな?」

「ん」

 

寮に帰ってきた湊を出迎えて一緒に上にあがる。

一旦荷物を置いて来てもらい、部屋に迎え入れた。

 

「ベッドに座ってもいいからね」

「うん」

 

何の躊躇もなくベッドに座った湊は特別変わったところがあるようには見えない。ただ、湊はそういうところを隠すのが上手いから、見えないだけで本当は辛いのかもしれないし、なにか異変があるのかもしれない。けれど、それを無視して今から自分は湊にとってひどく残酷で(むご)いことを言う。

 

「湊、まずは一昨日…つきっきりで居てくれてありがとう。奏子から聞いた」

「別にいい」

「ごめんね。それで、今日部屋に呼んだのはこれだけじゃなくてさ…」

 

湊の眉が寄る。怪訝そうに思っているんだろう。

 

「湊に頼みごとをしたいんだ。嫌なら断ってくれていいから」

「頼み事…?」

「うん。前置きしておくけど、聞かないと言う選択もあるんだ。今聞かずに、この話を無しにすることもできる。今から俺が言うのは、酷くて狡くて、惨い事だ」

 

そう告げると湊の顔が曇った。俯き、考えているようだった。

 

「本当は、美鶴さんや荒垣くん、真田くんに頼むのがいいんだろうけど。きっと、俺を除いた特別課外活動部のなかで今一番強いのは湊だ。だから、俺は…湊に重荷を背負わせることになると思う。それでも、いいのなら」

「……聞かせて。いいから」

 

顔を上げた湊は決意を秘めた目をしていた。

こんなお願いをすることになって、本当に、申し訳ないと思う。でも、これは湊にしか頼めない事だ。

 

「俺…最近、記憶がよく飛ぶんだ。一昨日みたいに、さ。実は数日前にも短時間だけど記憶が飛んでる」

 

湊は黙って聞いてくれている。

 

「原因は、わからない。けど、最近…俺はどこかおかしくなってきてるんじゃないかって気もするんだ。湊も、きっと一昨日の、おかしな俺を見たんだろ。だから…」

「……」

「もし、もしだ。俺が、俺じゃなくなろうとしてるのなら…俺が、俺じゃなくなったその時は、」

 

ああ、俺は本当に狡い兄だ。

赦してほしいだなんて、今更、思わない。

 

──けれど、誰かを傷つける前に、殺してしまう前に。

 

 

 

 

「俺を、殺してほしい」

 

 

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