君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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人でなしの唄(9/3~9/5)

自分の惨い頼みの後、湊は首を縦に振る事も横に振ることもしなかった。

ただ、「考えさせて欲しい」とだけ言われて自分はそれに対して、

 

「……俺が頼んでることは、忘れたかったら忘れていいんだ。ふざけるなって怒ってもいいんだ。だって、馬鹿だろう? 大事な弟に……こんな…人殺しにするような、こと。頼むなんて」

「……優希は、傷つけてるけど傷つけてないよ」

「?」

 

と自嘲するように吐き出せば、よく分からない答えを出される。

 

「優希がおかしくなった時にいつも傷つけてるのは、優希自身だけだから」

「……」

 

湊の言葉を信じられないわけじゃない。

けれど、にわかには信じ難い。

結果的に、そうなってるだけで運が悪ければ怪我をさせてしまったかもしれない。殺してしまったかもしれない。そんな危険な要因は、湊や奏子を傷つけるような可能性は、要らない。

ふたりを殺すくらいなら、自分を殺してこの周を強制的に終わらせる。

きっと、時間が巻き戻って4月からになれば、この異常も無かったことになるはずだ。救うのは、そこからでいい。

この周で必ず救うという決意は、自らの異常によってぐらぐらと揺れていた。

 

「結果論だ」

「結果論じゃない」

 

即座に言い返されて押し黙る。

 

「僕らは怪我させられたくらいで優希を怖がったり嫌いになったりしない。ペルソナの暴走だろうが、シャドウに操られようが、優希が抗っていたのを、僕らを守ろうとしたのを僕は見てる。けれど僕らは……みんなは優希1人に全て背負わせるほど不和じゃないし弱くもない! 己惚れるのも大概にしなよッ!!!!」

 

湊が叫んで立ち上がり、肩を掴んで壁に押し付けてくる。

それは、『己惚れるな』という響きの『ふざけるな』という叫びだった。

 

「優希が僕の立場なら、殺さずに止めるでしょ。それと、同じだよ。誰かを殺したくないのは、僕も同じだ…! それも、家族をだなんて…優希は自分が嫌だと思ったことを、僕にさせるの!? それで、良いと思ってるの!?」

「良いわけないだろッ!!!!」

 

今度は、自分が叫ぶ番だった。湊の胸倉を掴み返そうとして、やめる。

別に自分は、湊に暴力を振るいたいわけじゃない。湊を、怒らせたいわけじゃない。

 

「いいわけ…ないだろ……」

 

手を下ろして下を向く。

実の弟にこんなことを頼んで、良いわけがない。そんなこと、わかってる。

けど、自分がおかしくなっているのは確かだ。自分が死ぬのはいい。どうでもいいんだ。

しかし、誰かを人殺しにはしたくない。

極力、自分でできるところまではどうにかするつもりではある。あるけれど、意識を失ってしまえばそこはもう自分の手の届かないところだ。だから、誰かに頼むしか、ない。

 

「俺が、どうにもできないから…湊に、頼んでるんだ……お願いだ…いや、やっぱり…だめだ…そんなの、そんなこと…」

「迷うくらいなら、どうしてあんなこと、言ったの」

「……」

 

答えられない。

どうしてだろう。どうして、そんなことを思ったのか。

理由は簡単だ。自分がおかしくなっているから。

ペルソナも暴走させているし、日常生活でも最近記憶が飛ぶ。そこまで考えて、「ああ。自分は焦っていたのか」と合点がいった。

自分は、焦っていた。だから、こんな取り返しのつかないお願いをしてしまった。

湊の言う通り、己惚れていたのだ。

こんな頼み、誰が相手でもしていいはずがなかった。

 

「焦ってた…と言えばいいのかな。大型シャドウが来るたびに、俺の記憶が飛んだり、ペルソナが暴走したり、操られたり。今回は大丈夫でも、次は、誰かを殺してしまうんじゃないかって不安が常にあった…と思う」

「…うん、」

「──怖かったんだ。俺は。でももう恐怖の正体はわかったから大丈夫。ありがとう、それとごめん。さっきの頼みは取り消してくれ。俺のことは、俺で何とかする」

「取り消さなくていい」

「?」

 

自分でこの焦りと恐怖を何とかする、と決めたのにあの惨い頼みを取り消さなくていいと言われて首を傾げてしまう。

 

「取り消さなくていいって言ったんだ。──決めたから。もし本当に優希がおかしくなって、止めなきゃいけなくなった時は僕だけじゃない。奏子もアイギスも含めた、みんなで止めるんだ。その代わり殺さない。殺させない。嫌だと叫んでも絶対に死なせないから」

 

その目は、自分なんかよりもよっぽど強い決意の光を湛えていた。

みんなに止めてもらう、は盲点だった。なるほど、その手もあったか。

 

「だから、ね。僕や奏子…あとは荒垣先輩とか、もっと頼りなよ。“兄さん”」

 

悪戯っぽく笑った湊の“兄さん”呼びになんだかおかしな気分になってこちらも半笑いになる。先ほどまでの憂鬱な気持ちはきれいさっぱりとは言えないが緩和されている。止めてくれる、という約束だけで気楽になるのだから現金なものだ。

 

「ん。ありがとう。善処するよ」

「善処じゃなくて全力で甘えていいんだよ? 逆に一日兄と弟入れ替えてみる? 僕ら年子だしイケるでしょ」

「えーこれ以上弟に甘えたら兄としての尊厳がなくなるので遠慮の方をですね…」

「もう無いから遠慮しなくていいよ」

「ひどい」

 

兄としての尊厳はやはりもうないらしい。ショックだ。けれど今更ではあるので仕方ないところもあると思う。

そんな湊は掴んでいた肩から手を離してベッドに腰掛けて膝をポンポンと叩いた。

 

「ひどくない。ほらお兄ちゃんカッコカリが膝枕してあげる」

「膝枕!? そのチョイスはちょっと…」

「文句言わない」

「湊お兄さんや。他のチョイスはなにか無いですかね? 例えばテレビを一緒に見るとかゲームするとかそういうの」

「無い。早く来て。あとお兄さんはやめて。なんか兄っぽくない」

「ぐぬぬ…」

 

具体的に恥ずかしくない案を出してみたがダメらしい。

弟に膝枕してもらうとか恥ずかしさの極みだ。ギギギ、と油の切れたブリキのおもちゃのようにゆっくりと、それでいてぎこちなく近づく。

そして、ベッドの上に座り、そのままゆっくりと頭を湊の膝の上に置いた。

 

「…………」

「どう?」

「……うーん、いや、どうといわれても…」

 

なんともいえない。別に湊は女の子ではないのでドキドキもしないし落ち着くわけでもない。

ただ、あまりしない事なので慣れないな、という気がするだけだ。あと硬い。

というか兄は膝枕とかじゃなくてやっぱり一緒にゲームしたりだと思うしこれは姉とか母親とかの役割では? と思ったが言わないでおく。奏子が食いついたら今度はラウンジあたりで膝枕を体験させられてしまいかねない。なんという恐るべき公開処刑だ。

 

「太ももがつかれてきた…」

「ええ…言い出しっぺが根を上げるの早くないかな…」

 

結局、五分もしないうちに湊がギブアップする。

 

「膝枕って疲れるんだ…タルタロス登るよりしんどいかも」

「そんなに!? じゃあ俺もやる! 湊、交代しよう!」

 

五分もしないうちにタルタロスを登るより疲れる膝枕ってなんだ、と気になってしまって起き上がってチェンジを要求すると湊がぽかんとした顔でこちらを見た。

 

「あー…やっぱダメかな? 恥ずかしい?」

「いや、ダメじゃないけど…優希がそんな楽しそうに笑うの、久しぶりだなって」

 

言われて頬をむにむにと触るが、自分は湊が驚くほどの笑顔をしているのかどうか確認することはできなかった。

 

「まるで、小さい頃に戻ったみたいだ。まだ、優希がうちに居たころみたいな」

「うちに…有里家にいたころの事か?」

「うん。あの頃。丁度幼稚園に行ってたくらいだっけ。優希はその頃のことは…覚えてる?」

「ちょっと待って」

 

湊の言葉にその頃を思い出そうとする。

朧気に残っている記憶はどれも湊と奏子の顔以外ぼやけている。

記憶を掘り出そうとして、突然込み上げてきた吐き気に顔を顰めて口元を押さえる。

 

「……」

「優希…?」

「ああいや…大丈夫……すこし、気持ち悪くなっただけだから…」

 

笑いかけてみるも、心配するような湊の顔は戻らない。

言われたとおり、ちょっとだけ甘えてみても良いんだろうか。こんな顔をしている湊に。

 

「大丈夫じゃ、ないんでしょ。思い出さなくて、いいから。無理して思い出さなくていいんだ…だから、無理はしないで。ごめん…ダメなこと聞いて」

「ダメじゃ…ない。けど、俺もごめ、ん…やっぱちょっとこれは…思い出すのいまは無理かも…甘えても、いいかな」

「ん」

 

湊が背中をさすってくれる。それに甘んじて大きく息を吸って吐くことを繰り返していると気持ちの悪さはすぐに消えて落ち着いてくる。吐かなくて良かったという安堵と急激な眠気が襲ってきた。いつもは、こんなことないのに。

 

「あ、れ…」

 

ぐらりと、身体が傾く。

ぶつりと意識が途切れた。

 

 

 

 

湊は突然眠りに落ちた兄の身体が床に倒れこむ前に咄嗟に腕を出して支える。

すうすうと穏やかに寝息を立てる兄は、先ほどまではっきり起きていたとは思えないほどに一瞬で夢の世界に旅立っていた。

湊が上半身をベッドに横たえさせ、足をベッドへと持ち上げても全く起きない様子はまさに熟睡しているといっても過言ではない。これはどうやっても起きないだろう。

 

「おい三上、いつまで話し込んでるつもりだ! 飯できた…ぞ…」

 

荒垣がドアをノックして顔を覗かせたので湊は唇に指をあてて『静かに』というジェスチャーをした。

 

「お、おう…」

 

荒垣はベッドで寝息を立てる優希とその横に腰掛ける湊を見て小さい声で返事をした。

 

湊の予想としては、優希は湊との言い合いによって張りつめていた糸が、湊が背中をさすって落ち着いたことによって切れてしまったために突然寝たのではないかと考えている。

確かに、気を緩ませるためと落ち着かせるため、という目的はあったがここまでとは思っていなかった。

まるでスイッチのオンとオフのようにはっきりしていたのには驚いたが。

 

「こりゃしばらく起きねぇな」

「たぶん。僕は今から行く」

「おう。今日は唐揚げだからな。早くしねぇと順平とアキのやつに食われて消えるぞ。……まあ、ここで寝てるやつの分くらいは取っといてやるか」

 

2人は部屋の電気を消して部屋から出た。

 

「で、どうだったんだ。兄貴との話し合いは」

「殺してくれって言われた」

「なんだって?」

 

湊の答えに荒垣は眉をひそめた。あの馬鹿、弟になんて事言ってんだ、と怒りを覚える。

 

「でも、なんか最終的に優希をたっぷり甘やかす方向で丸く収まったよ。そこは大丈夫」

「どういうこった? よくあいつを言いくるめられたな?」

「兄と弟の立場を入れ替えて膝枕した」

「??????」

「膝枕ってすごくしんどい。アイギスのこと尊敬する」

 

荒垣の心の中では怒りが飛んでいき代わりに猫が宇宙を見ていた。正にスペースキャット状態。何をどうやったら「殺してくれ」と言われたのに兄と弟の立場を入れ替えて膝枕をして、甘やかす方向になるんだとツッコミたかったがツッコんだら負けな気がして荒垣はツッコミを放棄した。

 

「荒垣先輩は優希の満面の笑み見たことないでしょ」

「ねぇな。あいつはそういう笑い方しねえ」

 

どちらかというと静かに微笑むタイプで子供のように笑ったり満面の笑みからは程遠い存在だ。目の前の後輩もそうと言えばそうなのだが。

やはり兄弟にはそういう顔を見せるんだろうかと考えた荒垣の耳に、とんでもない言葉が入ってくる。

 

「さっき、12年振りに見たんだ。それ」

 

心底嬉しそうな、今までに見たことの無い表情をした湊も珍しいと荒垣は思った。なんだ、今日はお前ら兄弟揃って表情筋動きまくってんのか、と言わんばかりの事態だ。

 

「12年振りってそりゃまたアレだな」

「…僕も10年前の事故から性格変わったらしいけど、優希のアレは見た目だけ取り繕ってる」

 

顔をいつもの無表情に近いそれに戻した湊の足が止まる。

 

「たぶん、だけど…優希はもう、とっくの昔に壊れてたのかもってたまに思うんだ」

「そりゃ、なんでだ」

「わかんない。でも、この前みたいな取り乱し方を見ると…なおさらそうとしか思えなくなってきた」

 

荒垣にも思うとこはあった。

あの時の取り乱しようは半端ではなかった。発狂していたと言ってもおかしくはないレベルだ。

 

「…優希は、12年前に誘拐されたんだ。公園で僕と奏子と一緒に遊んでる時に。僕が道路にまで蹴飛ばしてしまったボールを『お兄ちゃんだからとってくる』って言って取りに行ってそのまま帰ってこなかった」

「……」

「ボールは、道路の端に落ちてた。まるでそこで、優希が手から落としたみたいに」

 

それから大変だったんだ。と告げた湊の声色はなんの感情も感じさせない平坦なものだった。

 

「…誘拐されたあとどうしてたのかは知らないけど、10年前の事故があって、優希は桐条の研究施設で人工ペルソナ使いと一緒にタルタロスを登ってたんだって。夏休み前の屋久島旅行のとき桐条先輩のお父さんに教えてもらった」

「…! なるほどな、どうりでストレガのやつらと面識がある訳だ」

 

荒垣は優希が倒れた後、制御剤のことも洗いざらい湊に話した。その為、荒垣がかつてストレガから制御剤を貰っていた事も湊には伝わっている。

ただし、現時点でこれは2人だけの秘密ということになっているが。

 

「…きっと、あんなにおかしくなるくらい酷い環境だったんだと思うよ。同じ被験者が100人くらいいたらしいけど生き残りはもう殆ど居ないって。だから、まともそうに見えても、記憶になくても、優希の心はボロボロになっちゃったんじゃないかって。今日、なんで優希があんな無茶するのかちょっとわかった気がするから。……優希は、たぶん失うことが怖かったんだ」

「失うことが怖い、か」

 

荒垣はその言葉に納得した。

荒垣自身、制御剤を飲んでいるのは贖罪の為もあったが同じ事を二度と繰り返したくないからという意味もあった。言い換えれば、それはペルソナの暴走でまた誰かを傷つけたくないという恐怖からくるものでもあったのだ。だから、荒垣には優希の無茶な自らを省みない行動の原因が失ったり傷つけることが怖いという意思の表れだと聞いて安心したのだ。

 

「なら、沢山俺らがデキるとこ見せたり甘やかしてやらねぇとな?」

「そのつもり。だから明日は順平じゃないけどイイとこ見せて頑張ろうかなって」

 

湊は無言で荒垣の方から差し出された拳に自らの拳を打ちつけ、秘密を共有するかのように悪戯っぽく笑いあう。

 

原因は、喪失への恐怖以外にもあると知らぬまま。

 

──人には、人でなしの心は分からぬと知らぬまま。

 

 

 

 

9/4(金) 放課後

辰巳ポートアイランド駅前

 

順平は夏休み後半から会うようになった“彼女”に会いにここへ来ていた。

キョロキョロと見回し、いつもの花壇に腰掛けている姿を目に入れて近づく。

 

「よっ、チドリ。この前のケガ、あれからどうした?」

 

この前の怪我とは、順平が少女──チドリとであって数日ほどした時にできていた手首の傷の事だ。

順平の目の前で血を流した彼女の手を優しくつかみ、自分のハンカチで止血したのだった。もちろん、「医者に見せろよ」と順平に言われたチドリはそのまま朝倉のもとへ行きぶっきらぼうに「“メーディア”で治したけど医者に見せろって言われたから。見て」と言いながら既に治った傷口を見せ、朝倉を困惑させてから帰った。

 

「え、アレ…傷は? 跡もない…? 意外と軽かったのか…?」

 

困惑している順平にチドリは手を止めて目を伏せる。

 

「順平はさ…何をしてる時、“自分は生きてる”って思う?」

「え、さぁな…息してる時とか?」

 

それは、チドリの純粋な疑問だった。

チドリは生の実感というものが薄い。否、ストレガの面々は、チドリ同様、生きているという実感が薄い。

道具のように扱われ、常に死と隣り合わせ。幼小にそんな生活をしていればそうもなるわけで。

違うのは“ナギサ”とイズミくらいだろう。

そのイズミも今では元気に愛する看護婦の女性の家と朝倉医院を往復している。

何の奇跡が起こったのか、イズミは翌日に人の姿に戻り精神も合わせて健康体になっていた。朝倉はイズミが健康になった理由を、「悪魔化した時に欲望である“生きること”に忠実な健康な身体に作り替えたんじゃねえか。元より悪魔は人間より丈夫だからな」と予測していた。

ただ、復讐を依頼してきた人間に生きていると知られるのは不味いので『はがくれ』でのバイトはそのまま辞め、代わりに朝倉医院でバイトをすることになったが。

ジンは「今更、ひとりふたり殺したところで変わらんのやから、イズミの邪魔になるようなら依頼してきた女殺せばええやろ。どのみちこの依頼は失敗なんやから」と語っていたがタカヤに止められていた。イズミも止めた。チドリは止めなかった。

 

「ハハ、つか、考えたことねーや。 チドリは、やっぱ絵描いてる時か?」

「どうかな…こんなの全部、ただの落書きだし…自分の事なんて…分からない」

 

目を逸らす。

チドリには、わからなかった。どうしてイズミがあんなに生きたいと願うのか。

女性を、人を愛したからだと言っていた。ならば、チドリはだれかを愛せるようになったその時にわかるのだろうか、と考える。

ジンに「イズミのことは運が良かっただけなんやから、チドリは変な男に引っかかるんやないで」と言われた際に、「自分の絵に理解がある人間が現れたら考える」とチドリはそう言い返したがそんな人間が現れたところで自分が『愛』を知れるとは到底思えなかった。

ジンも、タカヤも、イズミも、“ナギサ”も、チドリの絵を否定はしないが理解もしていない。「よくわからないが好きなら好きにすればいい」程度の扱いだ。チドリの絵を『良い』と言ったのは順平が初めてだった。

 

「そっか…隣、いっか?」

 

チドリは否定しなかった。無言で順平をみると許可を貰えたのかと思った彼は隣に腰掛ける。

 

「オレさ、実は1コだけあんだよね。充実してっかなって、思える時がさ。まぁ、なんつーか、“正義のヒーロー”やってる時かな?」

「?」

 

チドリが不思議な顔をして順平を見つめれば、食いついたと思われたのかキメ顔を作って芝居がかった様子で語り始める。

 

「今日と明日の間にある誰も知らない時間…そこは、選ばれた力を持つ者だけの戦場! 影の怪物から人々を守るため、ヒーローは今日も戦い続ける!」

 

そこまでほぼほぼノンブレスで語った順平は勢いよく立ち上がった。

 

「っとまぁ、そういう感じでさ、充実の瞬間っスよ!」

「……」

 

チドリは、思わぬ人物からの情報に呆然とする。

それと同時に、順平はタカヤとジンが言っていた影時間を消そうとしている集まり──特別課外活動部の一員なのではないかという疑問が浮かんだ。

ただ、彼らに関してはほぼほぼ手出ししないことが決まっているし、半信半疑だが邪魔したところで影時間が消えるわけではないと聞いてヘイトが幾月に行っている状態だ。

幾月さえいなければ、チドリたち人工ペルソナ使いは苦しまなくて済んだのだから。

更に、幾月はストレガを邪魔な人間を消すための道具とでも思っているのか何度も殺人の依頼をしてきている。この10年間──最近は殆どないが──いいように扱われっぱなしだったのだ。そんなやつに散々バカにされ、挙句に勝手に死ぬのだからどうでもいいだろうという扱いさえ受けたのだ。死ぬことに恐怖は無いが、人としてのプライドや大人たちへの怒りまで捨てたわけではなかった。

「そろそろ横暴な飼い主に繋がれている鎖を引きちぎり、裁きを下すべきでしょう」というタカヤの考えにジンもチドリも頷いた。

だから、敵対する必要はない。けれど情報は欲しかった。

 

ナギサに情報をくれと頼んでも、恐らく口を閉ざすだろう。それに、不用意に刺激したくないというのがタカヤの意見だった。それにはチドリも同意見だった。

ナギサは、たまにチドリから見てひどく揺らぐときがある。揺らいだ時のナギサはひどく不安定で、怖いものだった。だから、そんな状態にさせないために、刺激しない方が良いとチドリも思ったのだ。

 

「えっと…鼻で笑ってツッコむとこだぜ? 冗談だから」

 

真面目な顔で思案しだしたチドリに順平はおちゃらけた雰囲気を霧散させて真面目にツッコむ。そんな順平を無視してチドリは気になる事を訊く。

 

「それ…あなた1人で戦ってるの?」

「お、おいおい、真に受けんなって」

「誰も知らない時間の中なんでしょ? なら…誰も知らなくて当然じゃない」

 

チドリは思ったことをそのまま言った。ただ、すこし順平の事を素直にすごいと思う感情も湧いてくる。

 

「誰も知らなくて、誰も誉めてくれないのに、戦ってるんだ。エラいね。ちょっと見直した」

 

最初、押しつけがましい距離のわからない男だと、チドリは順平の事を思った。

ただ、こうしてチドリに話しているとはいえ、このお調子者の男が頑張っているというのはまあまあ評価を見直しても良いポイントだった。

シャドウとの戦いは正しく命懸けだ。それをこんな、ペルソナやシャドウといった超常の存在と関係なさそうで幸せそうな家庭でお気楽そうに過ごした男が、望む望まざるどちらにせよ頑張っているのだというだけでチドリは更に興味を抱いたのだ。

 

「そう…かな? こんな話、信じてくれちゃうとは、思わなかったな…」

「ねえ、それ、もっと聞きたい」

 

チドリは情報が欲しかった。けれど、今は少しでもこの男が何を感じ、何故戦っているのかを知りたかった。

 

「! なんか…不思議だよな、キミ。んーと…」

 

そう言って少し考えるそぶりを見せた順平は再び口を開いた。

 

「ま、いっか。じゃ、これ絶対ヒミツにしてくれよ? “ペルソナ”って超能力みたいなのがあってさ。それ使えるヤツだけが、怪物を倒せんだ。けど誰でもペルソナ使えるわけじゃなくて、だから選ばれた何人かで戦うしかない。仲間はダチとか先輩でさ…こう見えても、オレ入ってからは連戦連勝なんだぜ? ま、ちっと危ない時があったし…オレを庇って先輩が怪我しちまった時があるけど…」

「へえ、楽しそうね」

 

実験関係なく、ある程度スパンと自由があった上の仲間とか友達というのはチドリにはいないので純粋に楽しそうだな、と思った。

チドリには、タカヤとジンしかいなかった。否、いなくなってしまった。

今年に入ってナギサとイズミに再会することが出来たが2人はチドリにとっては遠い人だ。

イズミはジンの友達だったというだけで親睦は殆どなく、記憶喪失のナギサには何度かペルソナが暴走した時に手を握ってもらっていたが、それはあそこにいた子供たちが皆そうだった。

不思議と、ナギサに手を握られると安心すると同時に暴走していたペルソナが沈静化するのだ。間に合わずに死んだ子もいるがそれは運が悪かっただけ。

被験者の中でペルソナに自然覚醒した存在であるナギサはよく実験に連れ出されており、そこから抜け出してまで、施設に残った中でペルソナが暴走した誰かの手を握りに行くわけにもいかなかった。実際、チドリはストレッチャーの上でガチガチに拘束されていたり意識を失ったりしていて動けない状態で苦しみながら大人たちに運ばれるナギサを部屋の外から見た事があった。

 

それはともかく。

 

「順平が来てから連勝って事は、順平は、チームのエースみたいなもの?」

「ま、まあな…」

 

照れたように帽子のつばをもった順平の声はうわずっている。

 

「リーダー的な役割…ってとこかな。とりあえず、オレがいないと始まんないって感じ? 作戦始まったら、みんなオレの指示で動くんだ。結構、大変なんだよな、リーダーってのも」

「……」

 

順平の言葉にチドリはナギサも似たようなことをしていたな、と思い出す。ただ、ナギサはあまり具体的な指示はせずに本人の意思に任せていたし、危険なら「その攻撃は駄目」だの「下がって」だの「炎がよく効くよ」だのどちらかといえば指示というよりもアドバイスを言うような役だった。誰かが危険になれば身を呈して庇うこともあった。

そして、この目の前の男がそんなリーダーをしているというのはにわかには信じがたかった。

チドリはスケッチブックを閉じて立ち上がる。

 

「ありがとう…順平。楽しかった」

 

タカヤとジン、そしてイズミからは聞けそうにない話を聞けてそれと同時に思考することを、チドリは普通に楽しんでいた。

 

「そ…そっか?」

「でももう時間。また明日…会いたいな」

 

明日は満月の日だ。

処方された薬のお蔭か、“メーディア(おともだち)”の調子もいい。

たっぷり、話を聞くことが出来るだろう。今度は、もっと込み入ったことを。

 

「へへッ…また明日、か。よぉーし!」

 

そんなチドリの思惑に気がつかず、順平は嬉しそうにそう呟くのだった。

 

 

 

 

9/5(土) 夜

 

「チドリ、今日居なかったな…」

 

順平は時間ギリギリになるまでチドリを駅前で待ったが、その日彼女がいつもいる場所に来ることは無く。

街中を駆けずり回って探したがその姿が見えることもなく、途方に暮れていた。

 

「やっぱ、もっぺん探してみっかな…」

 

そう思うも、順平の足はそこで止まる。

 

「でも、流石にマズいか…作戦あんだしな、今日」

 

はた、とそこで顔を上げて独り言ちる。

 

「作戦か…考えてみりゃ、あの子を守る為の戦いでもあるしな。なんか、そう考えっと、やる気出てきちゃうな…」

 

チドリも守るべき一般人だと思っている順平は自分に気合を入れなおした。

今日はいつもより一層、活躍せねばなるまい、と。

 

「つか、これこそまさに正義の戦いってヤツか? …オシッ!」

 

そうして、寮に戻ろうとする順平の背後から、聞き覚えのある声がかかった。

 

「動かないで!」

「えっ?」

 

 

 

 

影時間

作戦室

 

「今日で、もう6度目の満月だね。敵は見つかったかい?」

「はい…多分、ポロニアンモールの辺り……だと思うんですけど」

「多分…?」

 

今日も今日とて大型シャドウの位置を山岸に見てもらっていたが、妙に歯切れが悪い。

それもそのはず。今回の大型シャドウは電気を食うためにポロニアンモール周辺に『根』を張り巡らせているからだ。

あと、あるとするなら山岸のペルソナ“ルキア”と同じく探知系の能力を持つチドリのペルソナ“メーディア”による探査妨害か。

 

「何だか、モールの周辺から、ぼんやりと感じるだけで…範囲を絞ろうとはしてるんですけど…」

「今回のシャドウの“能力”って事か? 」

「わかりません」

 

真田くんの問いに困ったような顔で山岸は答えた。そこへ、荒垣くんが助け舟を出す。

 

「十分だろ、そんだけわかりゃ」

 

その言葉が終わるか終わらないかで作戦室に天田くんが帰って来る。

 

「どうだった?」

「順平さん、何処にも居ません。カバンもないし、今日はまだ部屋に戻ってないみたいです」

 

恐らく、というか絶対チドリに拉致られている。今頃手斧を持ったチドリとO☆HA☆NA☆SHIでもしている頃だろう。あーコワ。

と、ここまで言っていてなんだが伊織が拉致されるというイベントをすっかり忘れていたというのは盲点だった。以前の周に比べて伊織は明らかに誰かに当たったり特別な何かを欲して焦っているという事がなくなって余裕があるように見えたのが悪かったのだろう。完全に気を抜いていた。

ただ、これで伊織が殺されることは無いのであまり心配する必要はない…と思う。

 

「あいつ…満月って分かってんでしょうに!」

「寮の近くにも居ないようですね。順平くんの反応は見当たりません。念のため、少し時間を使って探してみましょうか?」

「いや、いいよ。若い君らだ。そういう気分の時もあるだろうさ」

「──でも、なにかに巻き込まれてる可能性だってゼロじゃないですよね?」

 

あえて、幾月の言葉に割り込む。

多分伊織を探させることは無理だろうけど、それでも。

 

「どうしてそう思うんだい?」

「あの目立ちたがりの伊織は昨日まで大型シャドウ戦に対しやる気満々でした。すくなくとも今朝までは。湊、岳羽、伊織は今日学校にいる間、何か変だった?」

「ううん。いつも通りテレッテしてたよ」

「ヘンだったっていうか…惚けてた? っていうか…妙に気合入ってたのは確かですけど…確かに作戦をすっぽかすようなカンジじゃなかったような…」

「だ、そうですよ。と、なると本人の意思で今居なくなってるわけではない可能性がでてきますよね? 生きる気満々の人間が理由もなく自殺しないのと一緒です」

 

そう言えば、一瞬だけ幾月は顔を僅かに顰めたような気がする。

というかテレッテしてたってなんだ。ちょっと知りたい。

 

「じゃ、じゃあもう少し時間をかけて探知──」

「ふむ。こうして話している間にも時間も差し迫っているし、きみたちはもう出た方が良いんじゃないかな。ただでさえ大型シャドウの気配がどこにあるか正確にはわからないんだろう? とにかく、今は目の前のシャドウをなんとかして欲しい。特に三上くん、まさか彼を探しに行くだなんて言い出すんじゃないだろうね? なに、彼の事は大丈夫だと信用してあげたらどうだい? 探すのは影時間が終わってからでも遅くはないはずだよ」

 

妙だ。

何故幾月がここまで伊織を探すことを不都合だと考えるのかがわからない。いや、普通に大型シャドウを倒してほしいからそんなことを言うんだろうが、何か引っかかるような、そんな気がしなくもない。ただ、その理由がわからない。

 

「……」

 

荒垣くんがなぜか幾月の方をちらりと見る。

なにか思うところがあったのだろうか。

 

「ここでくすぶっていても仕方ない。とにかく出動だ」

 

皆、釈然としない面持ちのまま寮を出た。

 

 

 

 

──ポロニアンモール

 

噴水の前で山岸が“ルキア”を使って再探知を始める。

 

「どうだ?」

「この、ボンヤリした感じ…こんなに近くに来てるのに、どうして…!?」

 

山岸の困惑するような声が小さく響く。

 

「よし、あとは手分けして探すぞ。時間は掛けられない、急げ!」

「待ってください! お願いします、やらせて下さい! これは、私の役目だから…!」

 

美鶴さんをそう言って引き留めた山岸は集中するように目を閉じてぶつぶつと呟き始めた。

 

「ルキアの指が触れる…土の答え。髪が触れる…風の答え。唇が触れる…水の答え。教えて…この霧のような姿は、何…?」

 

自分には山岸がルキアを使っているときの感覚は自分にはわからない。

だが、この山岸のトランスしたような状態に真田くんが不安を覚えたようでこちらに話しかけてきた。

 

「おい、大丈夫なのか…?」

「大丈夫、だとは思うよ。危なくなったら止めればいいし」

「ふたりとも、集中の邪魔をするな」

「これは…足の…下…網目…?」

 

山岸のその言葉を耳に入れた瞬間、視界が一瞬ブレた。思わず、頭を何度か振りながらこめかみのあたりを押さえる。

 

「……?」

「網目…もしかすると、地下ケーブルと関連があるかもしれません。ここは、島が開発中の頃は工事用電源の基地があった場所ですので」

「地下ケーブル…?」

「はい。網目のような相当量の電気ケーブルが、地下に放られたままになっているようです。それとこの近くにはポートアイランドの電力を賄う発電施設が何個か地下に併設されているであります」

「それが索敵の邪魔になってるって事か?」

 

真田の声にこたえるように、山岸が口を開いた。

 

「…ありがとう、アイギス。今ので全部分かったわ。ケーブルに、シャドウの位置が、かく乱されてる訳じゃなく…

 

…そのケーブル網自体が、シャドウに乗っ取られてる! 」

「!」

 

皆が一斉に息を飲んだ。

 

「え、えええ!? ケーブル全部を!?」

「それっ…え…?」

 

奏子と岳羽から驚きの声が上がる。あまりの規模に倒せる算段がつかないのだろう。

 

「つまり…足の下は、そこらじゅうシャドウって事!?」

「…絞れなかったワケだ。本当にこの辺全部を占める大きさって事か…」

「そ、そんなの、どうやって倒すんです!?」

「チッ…地面の中か」

 

手詰まり感が半端ない皆の絶望したような声をBGMに考える。

今回、もしイレギュラーなことが起こるとしたらこの大型シャドウが得意とする電気関係だが、まるで予想がつかない。唯一可能性があるとすれば、さっきアイギスが言っていたポートアイランドの電気を賄う複数の発電所でも乗っ取るくらいしか思い浮かばない。

…いや、まさかそんな。いくら大型シャドウとは言ってもポロニアンモール付近の電力しか喰ってなかったし発電所に手を出すわけ。ないよね? いや、フリじゃなくて。

 

「じゃあ穴でも掘ってみる?」

「バカ言え。んなことしたら時間がかかりすぎる。ここもただじゃ済まねーだろうが」

「まあそうだよね」

 

そんな嫌な予感を振り払うように冗談を言ってみたが普通に却下されてしまった。悲しい。

 

「前にモノレールを乗っ取ったシャドウがいたと、記録で見ました。恐らくそれと同じで、どこかに“本体”がいるはずです。私が見つけ…え、これは…ここのすぐ近く…このモールの中です! 異様な電気の集まりを感じます…!」

「この中!?」

 

岳羽が驚き叫ぶ。意外と近くに居たらそりゃ驚くので何も言わない。

 

「地下にできている小さな空間の中です。…四角い箱の形をしてるから、たぶん、人工の空間だと思います」

「四角って…地下室とかかな…」

「そういや…」

 

天田くんの呟きに荒垣くんがなにかに気がついたように呟いた。

 

「“エスカペイド”のフロアやってる奴…最近、電源の調子がどうのってボヤいてやがったな…」

「電源?」

「確か、昔からあった地下の空間を、部屋に改造したとか、聞いたことがある。ひょっとすっと…」

「間違いないとおもいますっ!」

 

荒垣の言葉を肯定するように力強く、山岸が頷いた。が、しかしすぐに切羽詰まったような表情に変わる。

 

「ですが…先ほどから異様に電気が集まってきている気配がするんです…! これは…ポロニアンモールだけの電気じゃなくて…ポートアイランド中から電気を吸い上げているような…」

「確かに、ポロニアンモール付近には先ほども言ったようにポートアイランドの電気を賄う地下発電所が併設されています」

 

アイギスの言葉に山岸が青い顔をする。

 

「じゃあ、もしかしたら…! 大型シャドウは…ケーブルを伝ってそこから電気を吸い上げて力にしているのかもしれません!」

 

嫌な予感が大当たりしてしまった。なんてことだ。

 

「膨大な力を扱う敵には、恐らく殆どの攻撃が通用しません! 倒すには、繋がっているケーブルを破壊して力のもとを断たないと! それだけじゃありません! このまますべての電気を奪われると、ポートアイランド周辺が死の街になってしまいます!」

「!」

「なんだと…!」

「なので、ケーブルを切る班、心臓部のシャドウの力を削ぎつつ時間稼ぎをする班に分かれてください! 私の探知したところでは、発電所はこの付近に3つあります!」

 

山岸の言葉に緊張が走る。

“死の街”という単語に電気が無くなった時のことを想像して最悪を想定したのだろう。

 

「わたしの情報とも合致しています。ここは、別れるのが賢明な判断だと思います」

「よし。有里兄妹、メンバーの選出は頼めるか?」

 

アイギスの言葉に美鶴さんが頷いて湊と奏子の方を向いた。

ただ、自分はそれに手を上げて口を出す。

 

「ちょっと待って。時間稼ぎのメンバー、俺と荒垣くんと真田くんにしてくんないかな」

「どうして?」

 

奏子の純粋な目がこちらを向く。理由は簡単だ。

 

「荒垣くんには弱点がない。真田くんは電撃属性の攻撃に耐性がある。もし相手が電撃属性の攻撃をしてきても耐えられる。そして俺のペルソナは回復特化と物理と呪殺祝福以外の全属性に耐性を持つペルソナがいる。時間稼ぎにはぴったりの人選だと思わない?」

 

この人選はガッツリ耐久型だ。

回復特化の“ポベートール”と属性魔法特化の“パンタソス”は組み合わせると自分だけに限るが永久機関といっても等しいレベルで傷と気力を交互に回復させるペルソナだ。ポベートールで回復魔法をばらまき、パンタソスの【ソウルドレイン】で相手から精神力を吸い取りこちらの物に変換する。

今回のようにしてくる攻撃の属性が固定されている敵の相手はしやすい。

 

「うーん、どう思う? 湊」

 

奏子が困ったように隣の湊を見た。

たぶん、突飛な行動や無理をしないか疑われてるんだと思う。

 

「いいんじゃない? 荒垣先輩もいるし優希にしては今回補助に回るだけみたいだし無茶はしないでしょ。…しないよね?」

「たぶん」

「お兄ちゃんこっち向いて。ちゃんと私たちを見て。無茶、しないよね?」

「しません…」

 

湊と奏子に迫られて白旗をあげる。

2人の目が笑ってなかった。怖い。いや、こんな目にしてしまったのは自分の行いなので甘んじて受け入れるがこの信用の無さは今回で是非とも消したいところだ。

まさに汚名返上戦といった感じだ。

 

「では、メンバーはこれで決まったな? 各自、無茶はするんじゃないぞ!」

「応!」

 

それぞれがそれぞれの役割を果たすために、目的の場所に駆けて行った。

 

「──で、これが件の大型シャドウ、な…」

「わー…近づくだけでバチバチするね。髪の毛逆立ちそう」

『身体がケーブルですから、三上先輩が予測した通り電気を使った強力な攻撃をしてくるかもしれません! どうか、気をつけてっ!』

 

巨大なケーブルを束ねた四肢からシャドウの身体が生え、背中に何本も真空管プラグがささった異形は灰色のたてがみを立ち昇らせている。

今日の()()()()()()()()隠者(ハーミット)だ。

 

「俺たちはここで奴の力を削いで有里達がケーブルを切るまでの時間稼ぎをすればいいというわけだな。…腕が鳴る」

「へっ、俺たちらしい仕事だな!」

「ああ、全くだ!」

「俺の事も忘れないでいてくれるとありがたいな…」

 

気合十分な真田くんと荒垣くんのコンビネーションの後ろで小さく吐き出した言葉は雷鳴にかき消されて恐らく聞こえない。

とにかく、自分は2人が攻撃する後ろで補助魔法と回復魔法をばらまいていればいいのだ。

 

「行け! “カストール”!」【デッドエンド】

 

荒垣くんの“カストール”が隠者(ハーミット)に迫り攻撃をしようとするが電気の障壁に阻まれる。

 

「チッ、やっぱ効かねえか…」

「なら次は俺だ!」【ソニックパンチ】

 

真田くんの“ポリデュークス”が拳を振り上げ障壁に打ち付ける。しかしやはりというべきかダメージは無い。

 

「あんまり飛ばされると補助するこっちが追いつかなく…はならないか」【ラスタキャンディ】

 

召喚器の引き金を引いてポベートールを召喚する。くるくると回る可愛らしい彼は今日も絶好調らしい。

ポベートールは虹色の光を3人全員に落とした後「ぷう」と可愛い音を出して消える。

ああ、本当に癒しだ。モコイさんに次ぐ癒しかもしれない。実体があるなら抱きしめたいレベルだ。

 

「これは…三上、助かる」

「ん、じゃあ次は…これか」【ランダマイザ】

 

ペルソナを切り替えるように意識してまた引き金を引いた。

現れるのは赤髪の乙女。パンタソスだ。

彼女は隠者(ハーミット)に向かってオレンジ色の光を落として僅かに弱体化させた。どうやら障壁は攻撃だけを弾くようだ。これは、良いことを知れた。このままガンガン弱らせてやろうと笑みを浮かべる。

 

「おい三上、テメェ…楽しそうだな?」

「いやあ、最強の壁を持ってると思われる敵をこうして知らぬ間にクソ雑魚にできるってすっっっごい楽しいよね! ジャンジャン弱体化させてやろうと思ってさ!」

「…“クソ雑魚”……いや、良い性格してるとは思ったが…やっぱ不良共を返り討ちにするだけのモンは元々あんだな…こういう性格は妹が似てんのか…」

「?」

 

荒垣くんが疲れたような顔をしているがどうかしたのだろうか。

まあ、このままとにかく弱体化とこちらの強化と障壁に使っているエネルギーを減らすための攻撃を繰り返して行けばいいか、と思っていた矢先、沈黙していた隠者(ハーミット)が身体を動かして変な挙動をし始める。まるでこれは、周りの電気を集めるような──

 

【充電】

 

『敵シャドウの体に、大量の電気が充電されています…! 一時的にですが障壁が解除されました! 何か、しかけてくるかもしれません!』

「罠だか何だか知らないが、今なら近くで殴れるというわけだな!?」

『はい。ですが気をつけてください! なにをしてくるか本当にわかりませんから!』

「問題ねぇ。なにかされる前にぶったたきゃいいだけだ」

 

その言葉を聞きながら荒垣くんが鈍器をもって走り抜ける。いや、鈍器じゃなくてアレはどうみてもバス停だ。奏子からにこやかに渡されたそれを荒垣くんは最初、微妙そうな顔で使っていた。今では愛用の品になっているが。

 

「うらァッ! 喰らいやがれ! ッせいやぁ!」

 

一撃。二撃。三撃。攻撃をすべて隠者(ハーミット)にフルヒットさせて体勢を崩させた荒垣くんはこちらへと振り向いた。

 

「今ならボコれる。やっとくか?」

「ああ! やるぞシンジ!」

 

3人で囲んでこれでもかと言うくらいに一方的にボコボコにする。

しばらく切ったり殴ったりしていると隠者(ハーミット)が動くような気配がしたので後ろへと飛び退く。

大きく頭をのけぞらせた隠者(ハーミット)は1秒ほど止まった後バチバチと充電していた電気を放つように勢いよく頭を下げた。

 

【サンダーストーム】

 

凄まじい音と共に【ジオダイン】とほぼ同じ威力を持った雷が竜巻のようにこちらを襲う。

こんな攻撃を自分は知らない。パンタソスは電撃耐性を持っているはずなのに、それを貫通してくるような痛みが襲う。

 

「ぐうう!」

「うああ!」

「ぐ…ッ!」

 

痛みと共に、身体から力が抜ける感覚がする。否、先ほどポベートールの【ラスタキャンディ】であげた分が下げられたというべきか。

他の部分はなんら変わっていないので下げられたのは攻撃をする力だけらしい。

煙が晴れ、ひとり立ち上がる。

 

「ふたりとも、無事…?」

「おうよ。まあ、ちっと傷は負ったが動けねぇほどじゃねえ」

「ああ、なんとかな…だが、なんだ…今のは…」

 

分からない。あれは自分の知る隠者(ハーミット)が充電した後の攻撃である【ギガスパーク】ではない。

それでも今は2人の傷の回復が先だ、とポベートールに切り替えようとした。

そのとき、鞭がしなるような音と腹部に衝撃が走って吹っ飛ばされる。

 

「三上!」

 

ごろごろと、ケーブルだらけの床を転がった。

痛みで起き上がれない。恐らく地面を這うケーブルの一部を操って攻撃を仕掛けてきたんだろう。

パンタソスは“物理攻撃全てが弱点”だ。つまり、今の攻撃は物理攻撃だったというわけだ。だが、記憶の中の隠者(ハーミット)はこんな物理攻撃もしてしてきた覚えはない。

ポベートールに切り替えて息を吐く。

もしかしたら、今まで通りにはいかないのかもしれない、とかろうじて手に握ったままだった召喚器をこめかみに当てる。

 

【メディアラハン】「大丈夫! ふたりはさっきみたいに障壁を削って!」

 

とりあえず自分を含めたこの場にいる全員の傷を治して立ち上がる。

真田くんと荒垣くんがペルソナを召喚をしてまた障壁へと殴りかかっているのが見えた。

 

『3人共! 聞こえますか! いま、3つすべての発電所につながるケーブルが切断されました! 障壁がすぐに解除されるはずです! トドメを!』

 

その声と共に隠者(ハーミット)が大きくのけぞって溜めていた電気を霧散させる。ビリビリと先ほどまで感じていた電気が迸るような感覚も消えていた。

 

「よし、これなら! あいつらはやってくれたみたいだな!」

 

しかし、そうは問屋が卸さない。

隠者(ハーミット)の背に刺さる真空管がバチバチと音を立てながら発光しだした。

 

「まさか、さっきの技をもう一度出そうと言うのか!?」

「最後のあがきってか…!」

「いや、違う。これ…真田くん! “ポリデュークス”を出して防げるやつだ!」

 

死の気配を感じて危険を察知するときとは逆に、なぜかそんな予感がした。

 

「なっ…」

「ポリデュークスが無理なら俺が行く! 大丈夫、俺の言うことを信じてほしい」

 

横に並んでそう言えば、真田くんがやれやれといった感じで召喚器を額に当てた。

 

「仕方のない奴だ…なら、信じるぞ。三上!」

「ああ! 荒垣くん、トドメは任せたよ!」

「へっ、2人分の期待背負ってるとなっちゃ責任重大だな。任せろ。きっちり沈めてやるよ」

 

自分もこめかみに召喚器を当てる。そして、叫んだ。

 

「“パンタソス”!」

「“ポリデュークス”!」

 

【ギガスパーク】

 

瞬間、1点集中させるためか電気で作られたビームのような攻撃がこちらを襲う。が、ダメージは思ったより少ない。

 

「荒垣くん!」

「シンジ!」

 

電気の奔流が消える。今だ。

叫ぶ。

 

「「──決めろ!!!」」

「──うおおおおお!!!!! “カストール”!!!」

 

パンタソスとポリデュークスを飛び越え、カストールが突き進む。

そして、その蹄を振り下ろした。

 

【デスバウンド】

 

その攻撃は隠者(ハーミット)を地に伏せさせるには十分な威力を持っていた。

 

 

 

 

「3人共、無事か!?」

 

発電施設のケーブルを切った湊たちがなだれ込むようにしてエスカペイドへと入れば、倒れ伏した隠者(ハーミット)の目の前で背中合わせにして座り込む3人が居た。

よろよろと疲れたように拳を上げた3人に、一同はほっと一息吐く。

 

「完全勝利って…やつ?」

「チームワークは良かったな」

「へっ…まあな。そうかもしれねえ」

「無事なようで良かった。見たところ大きな傷も…いや待て、何故()()()()()()()()()()()()()!?」

 

だが、大きなミスを犯していたことに気がついた3人は勢いよく跳ねるようにしてその場から跳び退く。

優希がそのミスに気がつかなかったのは、単純に安堵と疲労からだ。

「今日は暴走しなかった。ああ、良かった」という気の緩み。

それが、このミスを招いた。

 

「…完全勝利どころか大ポカやらかした…トドメ、差しきれて…ああもう、バカか自分は! みんな下がって! まだコイツ、起き上がるかもしれない!」

「待て三上、俺がや…ぐ…っ…」

 

召喚器を慌てて構えた優希を押しのけるようにして前にでた荒垣が急に胸を押さえて苦しそうにする。そして、ボタボタと尋常じゃない量の汗をかいて下を向いた。

 

「シンジ…?」

「あ、荒垣くん…まさか…」

「はな…れろ…! ぐ、あああああああああああ!!!」

 

叫びと共に召喚器なしでカストールが出てくる。現れたカストールは隠者(ハーミット)を掴み上げると壁に叩きつけて何度も何度も踏みつける。

その様子は尋常ではなかった。

 

「暴走…してるのか…? ペルソナが…!」

「荒垣さん! しっかりしてください!」

 

カストールを制御できていない荒垣に天田が駆け寄ろうとする。

 

「天田!」

「駄目だ! 天田くん!」

 

隠者(ハーミット)を押しつぶしたカストールの次の標的となったのは、荒垣の近くにいた優希と──天田だった。

 

「まずい…! “ブラックライダー”!!!」

 

召喚器の引き金を引いて、現れたのは漆黒の騎士。その黒い馬をもってしてぶつかり合うようにカストールの一撃を防ぐ。

が、その姿にノイズが走った。

 

「あ…なんだ、これ…きもち、わる…う、あ…あ…いやだ…俺まで、ペルソナを暴走させるわけには…」

 

頭を押さえて呻いた優希の姿も尋常ではなかった。荒垣と同じように汗をかき、呼吸が荒くなる。

 

「ちがう…なにか、書き換えられて…いや、さいしょから、これは…ブラックライダーじゃ…なくて……! まさか…カモ、フラージュ…!?」

 

優希が違和感に気づき目を見開いて息を飲んだ瞬間、カストールを抑えるブラックライダーの姿がノイズと共にブレてボロ布と鎖を持った化け物へと変わる。

 

「───ッ!!!」

 

咆哮。

その2体のペルソナが取っ組み合う姿を見た天田は、完全に記憶を思いだした。

母親が、死んだ時の記憶を。

 

「…あぁ…!」

 

ギガスを押しつぶすカストール。

それがこちらをギラリと睨んだ瞬間、割り込むように入ってきた鎖とボロ布の化け物。ボロ布の化け物の方は頭とボロ布しかなかったが、2体の化け物は天田と母親がいる路地裏を破壊しながら双方喰い合うように暴れた。

さながら怪獣が暴れるように。

その争いに巻き込まれ、天田の母は天田を庇い飛んできたガレキで頭を打ち付けてなくなってしまったのだった。

 

「…そんなの…あんまりだ…」

 

うわ言のようにぶつぶつと心情を吐き出す。

目の前の、信頼できると思っていた頼れる人が、母を殺した人殺しなんて、と。

仇が、ふたりいたなんて、と。

 

「く…そ…止まりやがれ…!」

 

荒垣の叫びは虚空に溶けて消えた。

 

 

 

 

巌戸台分寮 屋上

 

順平は屋上で縛られ、横になりながら叫ぶ。

 

「なあ、どういうことか説明してくれよチドリ!」

 

月に照らされながら順平を見つめる少女──チドリはその叫びに冷めた声で返す。

 

「説明することなんてない。順平は私に話をしてくれるだけでいいの」

「へ? は、話をするだけでいいの?」

「ええ。それだけでいいわ。縛ったのは逃げられないようにするため」

 

予想外の話に順平は拍子抜けした。もっとこう、大層な要求をされると思っていたのだ。

 

「じゃ、じゃあさ…この縄といてくんねーかなー? なんて」

「ダメ。順平は逃げるでしょ」

「ゼッテー逃げない!」

「嘘」

 

チドリの容赦ない言葉に順平は少しへこむもめげないしょげない諦めない。

アピールを続けることにした。が、それよりもチドリの横に立つ人影が気になってつい聞いてしまう。

 

「なあ…チドリの横のソレ…ペルソナ…だよな」

「ええそうよ。“メーディア”…私の友達」

「へー、なんか可愛いな! 炎を使うとかオレッちのペルソナとお揃いじゃん!?」

「かわ……お揃い…そう」

 

掌で炎を揺らめかせながら立つ牛の頭骨を持つ赤い姿を、順平は意味もなく褒めた。

その言葉に、チドリは少しだけ今まで感じた事のない感情を覚える。なんだか胸の中で小さな火が灯ったような、そんな感覚だ。

 

「ああ! オレのペルソナは“ヘルメス”って言って、火が得意な燃える熱い男だぜ!」

 

縛られているのにのんきに自らのペルソナを語る順平に先ほどの戸惑いは無い。

チドリに敵意がないと分かったからなのか、その表情は明るかった。

 

「今日も獅子奮迅の活躍を……する予定だったんだけどなあ…まさかこんなことになるなんて思いもよらねぇだろ…」

「そう…ごめんなさい。でも聞くなら今日しか──」

「ん? どしたチドリ」

 

落ち込んだ順平に感情のない声色で謝ったチドリが急に言葉を切る。

そしてポロニアンモールの方を見ると青い顔をしだした。

 

「…“ナギサ”が不安定になってる…! どうして…? ひどく揺らめいて…ダメ、ダメ、ダメ! 止めないと…! 恐ろしいものがやって来る…!」

「な、なんだよ? いきなりどうしたんだよ!? チドリ、どこか悪いのか!?」

「…違う、私じゃない。順平。一緒に来て。“メーディア”、お願い」

 

突然青い顔で取り乱し始めたチドリを心配してうろたえた順平の首根っこを掴んでチドリは跳んだ。

 

「えっちょ、まっ…うあああああ!?」

 

影時間の夜の街に、情けない順平の叫びが響いた。

 

 

 

 

咆哮と暴れる音。衝撃。

エスカペイドでの2体のペルソナの暴走は、つけ入る隙が無いほどに激しく、半端に手を出せば2体ともに目をつけられる危険性を孕んでいた。

落ち着くまで、どちらかがどちらかを食いつぶすまで、手出しができない状況に陥っていた。幸運だったのは2体とも魔法やスキルを使おうとせずただ暴れるだけだった点だ。

 

宿主の2人はどうにかこうにか制御しようとしているものの、互いのペルソナ暴走自体が共鳴しているようで激化しており荒い息で蹲ることしかできない。

 

もう駄目か、と思われたその時、炎が2体の暴走するペルソナへと降り注いだ。

 

「順平。やって」

「えっ、ええ!? オレッちが!? あの怪獣大戦みたいな2体の間に!?」

「そうよ。“ヘルメス”と順平ならきっとできる」

「ち、チドリがそういうなら…オレ、頑張るぜ! うおおお! “ヘルメス”!」

 

後ろからやってきたのは白いゴスロリドレスを着た少女──チドリと居なくなった順平だった。

召喚器の引き金を引いた順平の背後から、“ヘルメス”が2体のペルソナに突撃する。

 

【アサルトダイブ】

 

それは無謀ともいえる突撃だった。だが、完全にヘルメスの突撃を予測していなかった2体はその一瞬で同時に体勢を崩す。ダメージは殆ど無いに等しいが隙を作るには十分で。

先に体勢を立て直したのはボロ布の化け物の方だった。腕を振り上げ、カストールをひと薙ぎして床にたたきつけた。

その攻撃でカストールが消える。続いて、ヘルメスに跳びかかろうとした『それ』はぴたりと動きを止めるとうなだれるようにして消えた。まるで、糸の切れた人形のように。

 

「うう…ぐぐ、クソ!」

「っ…待って! 荒垣くん!」

「シンジ!」

 

カストールが消えてすぐ、胸を押さえたまま苦しそうにエスカペイドから走り去る荒垣を追うように明彦と優希が走り出す。後者は多少ふらついていたが。

残ったメンバーは呆然とそれを見ているだけしかできない。今、目の前で起こった現実を上手く処理できていないのだ。

 

「大丈夫? 天田くん」

「………」

 

奏子に声をかけられても、俯いたままの天田は何も言うことが出来なかった。

ゆかりは順平とチドリに話しかける。

 

「どこいってたのよ順平! それにその子は…?」

「貴方たちに説明する必要があるの?」

「なっ、」

 

首を傾げて説明する必要性を感じない、といったふうに無機質に答えたチドリにゆかりはカチンとくる。

 

「なによ! というかアンタもペルソナ使いなの!? なんでここにいるのよ!」

「ナギサが心配だっただけ。邪魔もしない。言われなくても帰る」

「“ナギサ”って…まさか、三上先輩のこと…? っ! 人工ペルソナ使いの生き残り…!? 」

 

ゆかりがチドリの口から飛び出た名前に彼女の正体を言い当てる。

チドリはそれを否定しなかった。が、踵を返して去ろうとする。

 

「じゃあチドリは…あのストレガってやつらの…!」

「…そうね。さようなら、順平」

 

順平の言葉は肯定したチドリは赤い髪をたなびかせながら炎に巻かれると一瞬にして姿を消した。

 

「なんで…なんでチドリが…」

 

「あんな奴らの仲間なんだ」、と順平は天国から地獄へ落とされたような表情をしていた。

 

 

 

 

ポロニアンモールの外。海に面した埠頭で、明彦と優希は荒垣を探して走っていた。

 

「居たか!?」

「ううん、居ない」

「シンジのやつ、何処に行ったんだ…?」

「今は探すしか、……ッ!?」

 

びくり、と優希が身体を跳ねさせてある方向を向いた。明彦も同じようにそちらを向けば、先ほどカストールが暴走した時と同じような光が立ち上っている。

 

「あそこか…!」

 

近くまで来たとき既にカストールが天高く腕を上げ、荒垣の首を絞めあげているところだった。

荒垣は呻きながらもポケットからピルケースを取り出すと、制御剤を2つ口に放り込んだ。瞬間、空気に溶ける様にしてカストールの姿が消える。

地面へと落ちた荒垣に明彦が駆け寄る。

 

「シンジ!」

「荒垣くん!」

「今飲んだのは何だ!? 答えろシンジ!」

 

こぶしを振り上げる明彦に荒垣は顔を逸らした。

 

「…なんでもねえ。って、あっおい!」

 

そんな荒垣の手に握られていたピルケースを明彦は奪い取る。

 

「聞いたことがある…ペルソナの制御がうまくいかない場合、無理やり抑え込む薬があると…! だが、この薬には副作用が!!!」

「…ねぇよ」

「?」

「副作用がねえんだ。今飲んでるやつにはな。…けど悪いな、三上。バレちまったみてぇだ」

 

謝る荒垣の視線は優希を捉えている。その事実に明彦は後ろの優希を振り返った。

今回、ペルソナが暴走をしたのは荒垣ひとりだけではない。つまり、

 

「──まさか、三上もか!?」

「あはは、まあ…うん。バレちゃ仕方ないよね…」

 

悪びれもせずに認めた優希に明彦は頭を抱えた。

 

「そんな…おい、嘘だろ…何故だ! 何故なんだ三上!」

「あっ俺? 何故って真田くんはよく知ってると思うけど」

 

その言葉に明彦は思い出す。

7月の大型シャドウ戦の時のことを。つまり、あの後からずっと

 

「──7月から…薬を…飲み続けていたのか?」

「そうなる。あ、でも安心して。俺のは副作用のあるキツイやつじゃないとダメなんだけど、荒垣くんは今は副作用のないやつになってるから」

「安心などできるか! お前は…命を削ってる自覚はあるのか!?」

 

明彦は優希に迫る。まったくもって安心などできなかった。

明彦は荒垣だけ副作用がないものを飲んでいると伝えられて安心できるような薄情者であるつもりもなかった。曲がりなりにも戦友だ。それも、先ほどはいいチームワークを発揮して大型シャドウを倒す寸前まで追い詰めたのだ。だてに共同生活をしていないし、友情が生まれないわけがない。

そんな存在が自分の命を削るようなものを飲んでいると聞いて、明彦は憤る。

 

「あるよ」

「じゃあ何故!!」

「え、飲まなきゃならないからだよ。()()()()()()()()()()()()

 

明彦はそこで、触れるような距離まで近づいて初めて『三上優希』という存在のもつ歪みに気がついたのだった。

幼なじみの呆れたようなため息が漏れる。

 

「そいつは、そういうやつなんだよ。諦めろ、アキ」

 

 

 

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