君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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Ⅹ 運命 & Ⅺ 剛毅
遺るもの(9/6~9/7)


9/6(日)夜

 

「三上君に荒垣君か…三上君の事はわかっていたことだけど荒垣君もとなると、頭が痛いねぇ…」

「はい。幸い天田に変わった様子は見受けられません。ただ、三上が飲んでいるという薬に関しては…」

「難しいところだね…命を削る代物なんだろう? 途中離脱は何としても避けたい。彼は非常に強力な戦力でもあるんだ」

 

作戦室でソファーに座り幾月は美鶴と話していた。

彼が以前から制御剤を飲んでいることは知っている。だが幾月は言わない。嘘はついていない。

途中離脱を避けたいのは間違いのない本心であるからだ。

 

「どうにかならないのでしょうか?」

「どうにもならないねえ…薬を飲むことをやめたらすぐにペルソナが暴走して彼の命を奪ってしまうかもしれないね。()()()()()()()()のデータが見つかったよ」

「……」

 

暗い顔で俯く美鶴は知らない。

目の前のこの男が、人工ペルソナ使いを生み出すストレガ計画を発案・主導し多くの子供を手にかけたことを。

命を削る薬をストレガに──まわりまわって優希に渡しているのが、この男だという事を。

 

「まあそんなに落ち込まないでくれよ美鶴君。僕の方でもどうにかならないか調べてみるからさ」

「…ありがとう、ございます」

 

幾月は言葉だけの慰めを吐き出す。

調べるわけがない。そんな不都合なこと。

アレにはこのまま命を削り続けて貰わなければいけないのだから。

意気消沈して部屋を出る美鶴を内心ほくそ笑みながら見送った幾月は立ち上がった。

あと3カ月。早ければ2カ月の辛抱だ、と。

 

静かに階段を下りてきた美鶴を明彦が待っていた。

 

「例の薬についてなにか分かったか!?」

 

無言で首を横に振った美鶴に、明彦は悔しそうに食いしばると、両腕を手すりへと叩きつける。

 

「くそっ! 俺には…どうすることもできないのか…!」

 

泣きそうな、その血を吐くような声に、美鶴は何も言うことが出来ずただ見つめることしかできない。

半端な慰めの言葉を伝えたところで何の意味もなさないだろうことは美鶴にもわかっていた。

それよりも、美鶴は荒垣や優希が誰にも相談せずにひとりで抱え込んでそんなものを飲んでいたという事がショックだった。

 

(私は…信用されていない、ということなんだろうな…)

 

信用などという問題ではないということを、彼女も、他の誰も、分かってはいなかった。

あのふたりはただ、誰かに知ってほしくなかっただけだ。悲しんでほしくなかっただけだ。

ある意味では似た者同士の彼らは、それでいて大きな違いがあることを誰もわからない。

わかるはずがなかった。

 

 

 

 

「お兄ちゃん、聞いたよ…命を削るような薬…飲んでるって。なんで、そんな薬…」

 

奏子は兄に暗い顔を向け、問い詰める。

が、すぐに首を横に振り一度目をつぶって開いた。

 

「…わたしたち、の為なんだよね。ペルソナを暴走させて、傷つけないように。荒垣先輩も、お兄ちゃんと同じで」

「いや、荒垣くんはそうだけど俺は違うよ」

「え…?」

 

あっけからんと言い放った兄に、奏子はぽかんと口を開ける。

 

「荒垣くんは同じことを起こさないために、誰かのために飲んでるけど、俺は自分の保身のために飲んでるんだ。黙ってたことも含めて、荒垣くんみたいな綺麗な感情じゃないよ」

「え…え…どういうこと…?」

 

奏子には意味が分からない。

兄はなぜ、そんなことを言うのか。

 

「──狡くて、ごめんね」

 

困った顔でそう謝る兄が、奏子には今までと同じ兄ではないようなイメージを与える。

そしてそれの謝罪は奏子の感情を爆発させた。今まで押さえつけていたものを、噴き出すように。

 

「わ、わかんないよ! なんで、なんで!? お兄ちゃんは、狡くなんか…狡くなんかないよ!」

「いいや、俺は狡いよ。狡い奴なんだ。軽蔑してくれたって構わない。奏子や湊に、俺はたくさん隠し事をしてる」

「じゃあ、今教えてよ! だって、私たち、兄妹なんだよ…! なのにお兄ちゃん、いっつも黙って無茶して、死にそうになったり、大けがしたり…! 私、ヤダよ…お兄ちゃんに死んでほしくない!!! ケガしてほしくない!!!」

 

奏子はぼろぼろと大粒の涙を流しながらしゃくりあげる。

零れる涙を、手で拭うも止まらない。視界が、涙でぼやける。

 

「俺もだよ、奏子。俺も、奏子や湊が傷ついたり死んだりするのは、嫌なんだ。だから、俺が全部、持てる分は持たないといけないんだ」

「それって、わ、わたしと、みなとが、いるから…お兄ちゃんが…!」

 

傷ついてしまうのか。

奏子はそんな答えに行きついてしまう。しかし、目の前の兄は優しく奏子の頭を撫でると幼子に言い聞かせるように首を横に振りながら否定する。

 

「ちがうよ。奏子と湊がいるからじゃない。俺が、やりたくてやってるんだ。俺は、()()()()()()()()()()()()()。そうしなきゃ、俺はもう動けないし歩けないんだ。…俺が動くための理由に勝手に使ってるだけなんだ。だから、気にしなくていい」

「ひどいよぉ…! ひどいよぉ! なんで、そんな言い方するの!!! …う、ううう…!」

 

奏子の思考はぐちゃぐちゃだった。だが気づいてしまった。

兄が、もう既に壊れているという事実に。兄が、自分たちを通して別の何かを見ていることに。

奏子は、最近の兄がおかしいことに気がついていた。けれど、それを見て見ぬフリをすることで無かったことにしたかった。まともなままだと、昔の、幼少の頃の兄だと思い込みたかった。

双子の弟である湊が気がついたように、奏子も薄々なんとなく気がついていた。それが疑念に変わったのは屋久島旅行での人工ペルソナ使いの話の時だ。

そして今、はっきりと、兄の口から出された言い訳から、兄がまともではないと気がついてしまった。

ただ、実の兄が壊れてしまっていたことをすぐに受け止められるほど、奏子は強くはなかった。これが、寮のメンバーの誰かだったり『コミュ』相手なら奏子は相談に乗りつつ適度な距離を保っただろう。しかし相手は肉親。それも、親しい実の兄だ。

 

『いつも頼りになって、ちょっと情けないし無理はするけどいいお兄ちゃん』

 

それが、壊れた上に出来上がったものだと知ってしまったなら。奏子は、耐えることができなかった。

 

「──うん。()()()()

 

それは、優しい謝罪の言葉の形をした明確な拒絶(ざんこくなことば)だった。

奏子の脳裏に、愚者の──否、“旅人”のタロットカードが浮かぶ。

 

それが、真っ二つに斬り裂かれた。

 

「……っ!」

 

息を飲んで青ざめる。

奏子は、今起こった事象について、理解ができずにいた。よろよろと、兄から距離を取る。

 

「奏子…?」

 

不思議そうに奏子を見つめる優希は、突然奏子が青い顔で距離をとったことに対し何故なのかわからずきょとんとしていた。

ただただ静かにしゃくりあげながら涙を流す奏子に、何が起こったのかと心配して近づこうと一歩足を踏み出した。瞬間、

 

「優希! なに、したの…!」

 

切羽詰まったような表情の湊が優希の肩を掴んだ。

 

「みな…ああ、俺が奏子に酷いことを言った」

「なんて言ったの」

「俺が、奏子に自分と湊がいるから無茶をするんじゃないかって言われたから、そうじゃなくて俺が2人を言い訳に利用してるだけで2人のせいじゃないって。たぶん、それだと思う」

「…」

 

優希の答えに、湊は考える。

違う。

確かにそんな言葉を言われたら奏子はショックを受けるだろうが、そんなことで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だとすると、奏子がなにか選択を間違えたのだと、湊は思った。

湊は自分の部屋で勉強をしていた。だが、突然脳裏に“旅人”のタロットカードが浮かんだかと思ったら、それが真っ二つに裂かれたのだ。

なにか異常があったに違いないと探してみればすぐそこで奏子は泣いているわ兄は何が起こったかわからないような表情をしているわで、まず兄がこの間湊に言ったようなことを頼んで奏子を傷つけたのではないかと思ったのだ。しかしそうではない。

確かに、この様子だと奏子も傷ついてはいるのだろう。けれど、それよりももっと重大なことが兄のなかで、優希の中で起こっているのではないか。

普通、『コミュ』はブロークン状態にならない。浮気したり、恋人になった相手を放置したり、言う事を間違えない限りは。

そして、兄は恋人ではないので奏子がなにか選択肢を間違えた以外考えられない。

 

「奏子…喋れる?」

「ううっ…みなと、どうしよ…ひっく…おにいちゃんに…おにいちゃんが…」

「……俺は、出て行った方が良いな」

 

未だ泣き止まない奏子を見て目を伏せた優希が踵を返し階段を降りる。

湊には今の兄をどうすることもできないので追えなかった。壊れた絆は、時間と会話しか解決してくれない。

 

「…お兄ちゃん、もう、壊れちゃってたんだね…私、妹なのに気がつかなかった」

 

しばらくして、落ち着いた奏子が自嘲するようにそう呟く。

 

「湊は、気がついてたんでしょ? …馬鹿だなあ私。ずっと、お兄ちゃんは大丈夫って、思い込んでた」

「仕方ないよ。僕も、この前までヘンだけど大丈夫だと思ってたし」

 

奏子のこういうところは兄に似ているな、と頭の隅で考えながら答える。

 

「……お兄ちゃんにね、拒絶、されちゃった。どうすれば…いいのかな。…おかしいね、いつも、他の人ならこうすればいいのかなって何となくわかるのに、お兄ちゃん相手だとぜんぜんわかんないや…」

 

また瞳を涙で潤ませた奏子は不格好な笑顔を作る。

そこも、似ているところだなと思った。どうあがいても自分たちは兄妹という括りからは外れることが出来ない。兄妹という、関係からは逃れられないのだ。

 

「大丈夫。優希は僕らを遠ざけても、きっと嫌いになる事はないよ。だからゆっくり待ってみて、落ち着いてから優希になんで拒絶したのか聞いてみよう。きっと理由があるはずだし、今度は僕も一緒に聞いてみるから」

「うん…ありがと…湊」

 

2人の姉弟は、静かに手を取り合った。

ただ、湊はずっと疑問に思っていたことがある。

 

(どうして、優希との『コミュ』だけ、なにも進まないんだろう)

 

“旅人”の『コミュ』はずっと、ランク1のままだった。

ランク1の未発展の状態であるのに、ブロークン状態になるという今までにない事態に、湊は頭を悩ませることしかできなかった。

 

 

 

 

路地裏でひとり、月を眺めていた荒垣の耳に、足音が聞こえて顔をそちらに向ける。

 

「……三上か」

「俺もきちゃった」

 

へらり、と笑いながら優希は荒垣の隣に座る。その横顔は少し憔悴しているようにも見えた。

 

「あのさ、荒垣くん」

「聞かねぇぞ」

 

口を開いて何かを話そうとした優希の言葉を遮った。

 

「えー…聞いてくれたっていいじゃん」

「どうせくだらねぇ話だろ」

「くだらなくないよ。大事な話だ」

 

真剣な声色でまっすぐ視線を合わせながら優希は荒垣を見た。

いつも都合が悪い時は視線を逸らすくせのあるこいつが、こんな真剣な表情をするなんてやっぱりろくでもないことなんだろうな、と荒垣は予測する。

 

「──もし俺に何かあったら、奏子のこと頼むよ」

「ケッ、縁起でもねえ。断る。自分の妹くらい自分で守りやがれ」

 

ほら、ろくでもない頼みだ。

荒垣は顔を顰めた。

 

「それが出来なくなるかもしれないだろ。だから」

「妹となんかあったのか」

「……」

 

そこで初めて露骨に目を逸らした優希を見て、荒垣は図星か、と思った。

 

「喧嘩なら、早く仲直りしろよ」

「うん」

 

返事に感情の色は無い。

 

「とにかく、俺を頼るのはやめろ。てめえが生きて守りゃいい話だろ」

 

つい二週間ほど前まで死ぬつもりだった自分を棚に上げて、荒垣は優希に説教を垂れる。

こうでも言わないとこのバカは勝手に安心して勝手に死にに行こうとするのだ、と。

そんなことが分からない荒垣ではない。

ただ残念ながら、その言葉の意味の殆どが、荒垣が優希に向ける心配や思いやりといった気持ちが通じていないことを荒垣自身が分かっていないという事が、大きなすれ違いを生んでいた。

 

「…ごめん」

「謝るんじゃねえよ。ったく…まあ、今日はふたりでここでしけ込むとするか。たまにゃ悪かねえだろ」

「……うん」

 

ふたりは、言葉なく月を見上げるのだった。

 

「どうしてチドリが…ストレガなんだろうな。……クソッ」

 

「どうしてあのふたりだったんだろう……僕は…母さんの仇を…どうすれば…」

 

そんな、迷いの声があるとも知らずに。

 

 

 

 

9/7(月) 放課後

 

昨日、不用意に喋ったせいで奏子を傷つけてしまった。今日の朝も顔を合わせたがやはりというかなんというか、自分も奏子もぎこちなかった。

これは、ちゃんと自分が謝れるまではしばらく必要以上に関わったり話しかけないほうがいいのかもしれない。

 

「チミ、最近元気ないっスね」

「そうかな…」

 

モコイさんと下校しつつ、帰り道を歩く。ひどく、喉が渇いているし腹も空いているので今日は荒垣くんに晩御飯は要らないと連絡して『はがくれ』の特製ラーメンとはがくれ丼でも食べたい気分だ。

ただ、モコイさんの言うように元気がないというのはよくわからない。自分はいつも通り。そのはずだ。

 

「モコイさん、今日は“はがくれ”にいこっか」

「ナイス! モコイさん、沢山食べちゃうっスよ!」

 

モコイさんに確認を取ってから携帯で荒垣くんに電話をする。

手短に晩御飯は要らない旨と遅くなることを伝えると短く「わかった」とだけ言われたのでそのまま“はがくれ”へと向かった。

店の中に入れば濃厚な魚介系のスープの香りが食欲をそそる。カウンターに座ってモコイさんを膝の上に乗せた。

 

「いらっしゃい」

「特製ラーメンとはがくれ丼をください」

「あいよ」

 

ラーメンと丼が来るのを待つ。

モコイさんも久々の“はがくれ”でウキウキしているようだ。帰りにオクトパシーのたこ焼きをデザート代わりに味わってもいいかもしれない。今ならラーメンと丼を食べても6皿くらいはぺろりと食べられそうだ。

 

「へいお待ち!」

「いただきます」

 

出てきたラーメンの中の具と麺とスープを小皿を取ってモコイさん用に取り分けてそっと渡す。モコイさんが持ったものは見えなくなるらしいのでこういう時に便利だ。

そして自分も麺を口に運ぶ。

美味しい。

麺の小麦の味と醤油スープの魚介の味が絶妙にマッチしていて「ああこの味だ」となる。チャーシューをほおばり、口の中で蕩けるような食感を味わいつつレンゲでスープを掬ってひとくち。

そうやって食べ進めている途中で、一緒に出てきたはがくれ丼へと手を伸ばしてタレのかかったご飯と焼きネギ、チャーシューを同時に食べて味の切り替えを行う。こうすることで味のマンネリ化を防ぐのだ。

とは言っても“はがくれ”のラーメンは味に飽きるという事は無いのでただ単にラーメンを食べ進める合間に丼を食べるのが好きというだけになるが。

モコイさんは小鉢のラーメンでお腹いっぱいになってしまったらしく、満足そうに膝の上でげっぷをしている。

 

「フゥ~、ボク、まんぞくさん」

 

少し前まではモコイさん用に頼んだ小盛のラーメンのおこぼれを自分が貰う形だったのに、いつの間にか逆転してしまっている。いや、本来ならこれくらいいつも食べていたので4月からの自分がおかしかっただけでブラックライダーを倒したころくらいから調子が戻ってきたという感じなのかもしれない。エンジンがかかるのが遅すぎる体だとは思うがこうして食欲が戻ってきたのはいいことだと思う。戻ってきたというよりかは壊れた感じに近いのかもしれないが。

 

またスープを一口飲んで今度はカウンターの上にあるコショウのビンに手を伸ばした。

半分くらい食べたので、コショウをかけてまた違う味を試すのがここのラーメンを食べるときのいつもの食べ方だ。

 

「ごちそうさまでした」

 

そうして、ラーメンと丼を完食し、手を合わせ立ち上がって会計を済ませる。

そのまま階段を降りてたこ焼き屋“オクトパシー”へと向かった。

 

「あ」

 

“オクトパシー”の前のベンチに、今はもう見慣れた黒い学ランの姿を見つける。

とりあえず、先にたこ焼きを注文してから声をかけた。

 

「ライドウくん、こんばんは。横、いい?」

「はい。どうぞ」

 

自分もたこ焼きを受け取ってライドウくんの横に座る。

モコイさんはなんだか居心地悪そうだ。

 

「モコイさん、俺はしばらくここにいるし食後の散歩にでも行ってくる?」

「た、たしかにモコイさんは食後の運動をするのがマイブーム。チミ、よくわかったネ」

 

そんなよくわからない言い訳をしながらモコイさんが駆けていくのを見送る。

ライドウくんは心配そうにモコイさんの事を見つめていた。

 

「いつもああやってひとりで散歩してるから大丈夫だよ」

「……ええ、そのことではなく、その」

 

何だかライドウくんは歯切れが悪い。

 

「……実は港区での調査を終了して中央区の方に帰ることになりまして。それで、最後に会えれば、と思っていたところで」

「あ、ライドウくん帰っちゃうんだね。寂しくなるなあ…」

 

電車で長くて数十分ほどと比較的近いとはいえ、ライドウくんにも他の仕事や学業があるし、用がなければこちらへ来ることはないだろう。

それは寂しくなる、と思っていたらライドウくんがガサゴソと懐をまさぐり始めた。そういえば、今日はゴウトはいないんだろうか。

 

「ねえライドウくん、ゴウトは? 今日は一緒じゃないの?」

「ゴウトは、先に寄宿先に帰っています。自分だけ、今はここで食事をと」

「なるほど」

 

そうなるとゴウトにはお別れを言えないというわけだ。なんだかそれはそれで惜しいな、という気分になるが会えないものは仕方ない。

 

「あの、親睦の証に、これを」

 

ライドウくんが取り出したのはハンカチに包まれた石だった。

何の変哲もないただの石に見えるのに、なんだか少しピリピリするような気配を感じる気がする。

 

「こんなモノを贈るなどとゴウトが居たら怒られるのかもしれませんが、なぜか貴方にはこれが良いような気がして…これは、“宿魂石”と呼ばれる代物…の欠片です。かつて死の星──アマツミカボシの力を宿していたというこの石は、縁起ものとはほど遠いのですが…それでも、自分は貴方が持つべきだと」

「えっ、ヤバいものじゃないよね!?」

「いえ、ヤバいものです」

 

咄嗟に叫んだ自分に被せる様にあっさりと「ヤバいもの」だと言ったライドウくんはいつもの無表情に近い顔だった。

 

「マジ?」

「マジです。ですが安心してください。これの大元の石にきっちりとアマツミカボシは封印されているので。……恐らく」

「すっごい不安!!! むしろ不安しかないよ!?」

 

ホントに不安しかない。悪魔が寄ってきたりしないんだろうか、と不安になるも、もし寄ってきているのなら今襲われているだろうし、そんなことは無いかとすぐにその不安を誤魔化した。

 

「と、いうことで受け取ってください」

「あ、ありがたく頂戴いたします…?」

「はい」

 

包んでいたハンカチごと半ば無理やり手渡されて、謎の石──宿魂石を受け取る。

自分が持った瞬間にピリピリとした気配がなくなったのでやっぱり気のせいだったのかと気にしないことにして、懐にしまった。

 

「ああ、やはり貴方が持っていたら鎮まりますね。良かった」

「?」

 

このライドウくんの口ぶり。まさか、自分はいいように使われたのではないのだろうか。なんというか、ライドウくんが持て余していたものを、自分が持つことによってなんともなくなったような……いや、そんなまさかな。

うんうん、ライドウくんが自分にアマツミカボシとやらの封じられた危ない石の欠片を渡して無理やり無効化したなんてこと、ないよね?

……無いと信じたい。純粋に、善意しかないお別れのプレゼントだと思いたい。

 

「と、とにかくありがとう? 大事に…うん、なるべく手放さないようにしとく…」

「そうしてください。もし、その石にヒビが入ったりなどの異常があったら自分の番号にかけてください。すぐ向かいますから」

「ああ、うん…わかった…」

 

絶対何かある。

けど多分自分では計り知れないことなので深く考えないようにしておこう。

この石ひとつで世界が滅ぶわけでもないだろうし、良いものを…ああいや、良いもの、かどうかはわからないけどライドウくんとの思い出の品として大事に取っておこう。そうしよう。厳重に保管して。

 

「それでは、自分はこれで。渡すことが出来て良かったです。また、会えるといいですね」

「うん。またね、ライドウくん」

 

ライドウくんは立ち上がって去っていく。

これでライドウくんとお別れかと思うと寂しいものがあるが、別れとはいつも突然だ。再会の約束をして、見送る。

横には食べるのをすっかり忘れて冷えたたこ焼きが置いてあった。それに手を伸ばしてひとくち。

 

「うん、冷えたたこ焼きも悪くない」

 

少し寂しいけど、それだけだ。

()()()()()()()()()()()()()()

そう思って、「あ、自分には来年以降がないんだった」と自嘲した。

バカみたいだ。

失敗したらまた4月から。失敗しなくとも1月末には死ぬつもりでいるのに、また会える、だなんて。一瞬でもそんな絵空事に夢を見ていただなんて。

一気に冷や水を浴びせられた気分になって、テンションが下がる。

人は死んだらそこで終わりなのだ。なにもかも、全部。築いたものも、死んでしまえば意味など無くなる。残るものなどきっと、なにもない。

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