君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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第四の騎士(9/18~9/22)

9/18(金) 放課後

 

結局、あれから奏子とは微妙な距離のままが続いてついに文化祭前日になってしまった。

荒垣くんからは「早く仲直りでもしろ」とせっつかれたがこちらとしてもこんな喧嘩のようなもの(自分が一方的に奏子を傷つけてしまった)をしたのが初めてなのでどうやって謝ればいいのかわからない。

下手な言葉をかけたら更に奏子を傷つけてしまいそうで、その一歩が踏み出せないのだ。

なんとも臆病で酷い兄だと思う。

さっさと謝ればいいのに、ともう1人の自分がせっつくがどうも口が動かない。

「あ…」とか「う…」とか言っている間に奏子は岳羽や山岸、アイギスなどとの会話を始めてしまう。たぶん、というか恐らく奏子からも避けられているんだと思う。

湊もなんだかジト目で見てくることが増えたし真田くんと美鶴さんは言葉には出さないが思いつめているようだし、伊織に至ってはずっとチドリについて悩んでいるようだった。

そんなに悩むくらいならチドリに会いに行けばいい、だなんて簡単には言えない。たまに朝倉医院で顔をあわせり薬を貰ったりしているが、それでも敵対していることには変わりないわけで。

そんな場所に伊織を連れて行くわけにもいかないしそこで絶対チドリに会えるとも限らない。ストレガの3人組は別に朝倉医院に住んでいるわけではない。

 

朝倉医院といえば1人男の人のバイトが増えたようで、この前初めて顔を合わせたがいきなり「ナギサ! ジンから聞いたぞ。生きてたんだな。俺だ、イズミだ。覚えてるか!?」と言われて「あの…ちがいます…俺はナギサくんじゃなくて…あの3人が勘違いしてるだけで…」としどろもどろに答えているときにバイトの人──イズミさんが朝倉先生に無言で首根っこを掴まれてずるずると別の場所に引きずられていったのをよく覚えている。

好青年、といった感じの印象と、なにかやらかしたのかな…という困惑が胸を占めていた。

 

そんなことを思い出しながら、豪雨の中をへし折れた傘を盾にするように両手で持って帰り道を歩く。

 

(雨と風の勢いが強すぎる──ッ!!!)

 

ブワアアアアアアアアアアアアアアア!と音を立てながら吹きすさぶ強風に髪の毛をまとめていたゴムは早々にどこかへ行って伸ばしていた髪が仇のように顔にたたきつけてくるし、雨で顔面どころか全身びちょびちょになるしで最悪だ。

もう靴の中までぐっしょりと濡れ、歩くたびにガッポガッポと湿った音がする。

モコイさんを留守番させておいてよかった、と思いながらまさか傘が折れるとは思わず湊と奏子の持って行った傘は大丈夫なのかと不安になった。

 

「あっ…」

 

そう心配しているとひときわ強い風が吹いて手に持っていた傘になんとかへばりついていたビニール部分が吹き飛ばされ遥か彼方に飛んでいく。

 

いやもう、これは人間の歩いていい天候じゃない。

 

いつもこんなに激しかったかと思い出そうとするも、雨が降り出す前に帰ったりあまり風が強くないときに帰っている記憶しかない。ダメだ。頼りにならない。

 

どうにかこうにかびしょ濡れになって息を切らしながら寮へと帰ると同じくびしょ濡れの奏子と湊が頭を拭いていた。傘立てにはへし折れた傘が2本。残念ながらビニール部分が行方不明になってしまった自分の傘と同じく殉職してしまったらしい。南無三

 

玄関に敷いてあるマットの上で帰ってきた人用に用意されたバスタオルを取って頭を拭く。

疲労感が半端じゃない。すごく身体がだるい。

 

「お兄ちゃん…」

「優希、おかえり」

「あ、ああ、ただいま…ふたりもお帰りなさい」

 

会話が続かない。自分だけかもしれないが気まずい。

 

「ふえっくしょん!」

「…奏子も湊も、風邪ひいちゃうから身体を冷やさないうちにお風呂に行った方が良いよ」

 

なんとか言葉を絞り出す。いま、自分はちゃんと当たり障りのない顔をしているだろうか。

笑えているだろうか。

 

「お兄ちゃんも…顔、青い…よ…?」

 

おずおず、といった様子で奏子が言う。それに大丈夫だ、といつもの返事をしようとして──それは言葉になることなく。

ぞわり、と寒気が全身を襲い、胸のあたりが気持ち悪くなって押さえる。

 

「…う…」

「どうしたの…!?」

 

まずい、とポケットをまさぐって制御剤ではない方の薬を口に放り込んで壁の方へとよろめきながら向かう。

息がし辛い。気持ち悪い。

どくどくと、服越しに触れる心臓の鼓動が乱れる。

こんな時に発作が起きるなんてと顔を顰めながらなんども息を大きく吸う。

 

「だい、じょうぶ…すぐ、おちつくから…」

 

何としてでも落ち着かないといけない。

こんなところで倒れるなんて、不味い以外の何物でもない。せめて、部屋まで帰らないと、と思いながらも身体はずるずると壁に凭れるように下がっていく。

不整脈の方は薬が効いてきたのか落ち着いたというのに、息苦しさと身体から力が抜けるような感覚、そして寒気が止まらない。

ぐにゃぐにゃと、視界が歪む。頭がふわふわとして考えがまとまらなくなる。

 

「……っ! お兄ちゃん、熱が出てる…!」

「……?」

 

急にひんやりとしたものが前髪をかき分けて額に触れたと思ったらいつの間にか奏子が前にいた。

どうして、そんなに慌てたような顔をしているんだろうか。

 

「優希、立てる?」

 

なんとなく、立てるかどうか聞かれたような気がするので首を縦に振る。そして、立とうとして──

 

身体が傾いて床に頭を打ち付けた。

 

「あ、れ…?」

 

確かに力を入れたような気がするのだ。けれど、力が入らなかった。

だれかが、何かを喋っているような音は耳が拾うのだが脳がうまくそれを処理してくれなくなってきたのか日本語だという事はわかるのに何をしゃべっているのか理解が出来ない。

身体が持ち上げられて、どこかへ運ばれているのがわかる。しかしその間、自分はぼんやりと動いていく天井を見つめていた。

 

運ばれたのは自室だった。

しばらく運ばれながら息を吐いて吸ってを繰り返しているとまだ頭の中がふわふわするがさっきよりかはマシになってきた。思考もまとまりやすくなっている。

 

ようやく、だれが運んできたのかきっちり目に入れて理解する。荒垣くんだ。

そのまま流れる様にこちらの衣服を脱がそうとしてくるので手で掴んでとめる。自分の服は自分で脱がせてほしい。さすがに同性といえども脱がせてもらうだなんて男としてのプライドまで失うわけにはいかない。これが荒垣くんではなくアイギスだったら容赦なく服をひん剥かれて死んでいた。

 

「離せって、脱がせられねえだろ」

「じぶんで、自分で脱ぎます…流石にそこまで、してもらうのは、ヤバイ…」

「さっきまで意識が朦朧としてたやつがいう事かよ…」

「おねがい、します…」

「無理そうなら言えよ」

 

そう言って部屋を出て扉のすぐ前で待つことにしたらしい荒垣くんを置いて、まずはびしょ濡れのベストを脱いで這って籠に入れる。

そしてぷちぷちとブラウスのボタンをはずして同じく籠に。靴下とズボンも脱いで籠へ。

以下省略してなんとか乾いたスウェットに着替えてぬいぐるみのフリをしているモコイさんが寝転ぶベッドに緩慢な動作で腰掛ける。身体がすごくだるいし何となく胸も痛い。これは間違いなく体調不良だ。

 

「終わったか?」

「おわった…」

「体温計はあるか?」

「ある…熱、はかった方が…いいんだっけ」

 

答えを聞く前にベッドサイドの小物入れに入れている体温計を手に取って脇に挟む。

しばらく待って音がなってから取り出せば『38.8℃』と体温計にかいてある。これは前のように土日が潰れるタイプの熱かもしれない。

 

「高熱じゃねえか…チッ、大人しく寝てろよ。飯は粥にしといてやるし後で経口補水液なりなんなりもってきてやる」

「ごめん…」

「こういうときはな、礼を言うんだよ」

「ありがとう…」

「おう。てめえの弟と妹にもあとで礼を言っとくんだな」

 

荒垣くんの好意に甘えてベッドにゆっくりと潜り込む。モコイさんが心配するように寄り添ってくれているのが分かって安心したのかすぐに眠りに落ちた。

 

 

 

 

9/19(土) ???

 

頭が痛い。

無理やり瞼をこじ開けるようにして目を開く。

視界にぼんやりと広がるのは草1本も生えていない荒野。が横になった景色。

いつもの魔人の領域とやらだと思う。知らない間に誘い込まれていたのか、それとも今日がメノラーの試練の日だったのか。

恐らくは後者だとは思うがメノラーの火が燃え上がった記憶も熱くなった記憶もない。

昨日から熱を出してベッドで臥せっていたので気がつかなかったのかもしれないがこれはあんまりにも唐突で強制的や過ぎないだろうか。

 

「う…」

 

呻きながら、立ち上がろうとするが身体に力が入らない。こういう時は都合よく動けるようになってるものでは無いのか、とぼんやりする頭で文句を垂れるが動かないものは動かない。

 

ヒヒーン!

 

馬の嘶きが聞こえる。

のろのろと視線をあげれば、音も無く現れた青白い馬に乗る大鎌をもった骸骨の騎士がこちらを見ていた。黒いローブのその姿は黙示録の騎士に共通する装いだ。

 

「…いよいよ最後の試練を与えるときがきたようだ。我ら四騎士をも退ける力…果たしておまえにそれだけの力があるのか否か。死に近き者よ…死を味わいし者よ…おまえが我らを喰らい終末の鐘を鳴らすことができるのか、

 

──このペイルライダーが、終審しようぞ!

 

跳びかかって来るペイルライダーの鎌の一撃を、なんとか地面を転がることによって避ける。

 

「見るがいい、私は黄泉を連れてきた。おまえの前に…後ろに」

 

首をのろのろと動かして前と後ろを見るが黄泉とやらは見えない。物理的に見えるものではないのだろうか。

いや、恐らくホワイトライダーの言う戦争の足音とかそう言うものと同じようなものなんだろうと勝手に納得した。

 

「…此度の試練は、(わたし)に打ち勝つことではない。死は万物に共通する終わりの定め…決して打ち勝つことはできない。だが、おまえはこれから味わわねばならぬ。幾億もの死を! ありとあらゆる死にざまを!」

 

ペイルライダーは大鎌を上げる。

今自分の手元には召喚器も武器もない。体調も最悪だ。

本当にただただこれからこうして地面に這いつくばったまま、嬲り殺しにされるのを受け入れなければならないのだろうか。

 

【パンデミアブーム】

 

蠅の羽音のようなものが聞こえたかと思うと怠かった身体により一層力が入らなくなり、寒気が全身を襲ってガタガタと震える。

 

「では、まずはひとつめだ」【ペストクロップ】

「がっ…!」

 

容赦のない大鎌の一撃が身体を裂き、ごぼりと血を吐いて意識が途切れた。

かと思えば次の瞬間にはまた意識が浮上する。

 

「おえっ…げっ…」

 

気持ち悪さと久々に味わう死の感覚に胃液を吐き出す。

まるで、一度死んで食いしばりをするギリギリの状態でむりやり復活させられたような気分だ。

 

「まだ始まったばかりだぞ」【ソウルドレイン】

 

今度は悲鳴を上げる間もなく意識が途切れ、またすぐに無理やり浮上させられる。

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 

【ブフダイン】

 

もはや言葉は無かった。

ひたすら死んで、無理やり死ぬ一歩手前のギリギリの状態で生き返らせられて、また殺される。

その繰り返しだった。

 

「……」

「叫ぶ声すら無くしたか」

 

大鎌の先で腹を抉られる。が、もう自分には声を出す気力もなにもなかった。

何分、いや何時間経ったんだろうか。何度、死んだんだろうか。また意識が途切れる。

浮上する。

 

【ベノンザッパー】

 

大鎌で斬り裂かれる。転がる。意識が途切れる。浮上する。

 

【死魔召喚】

 

【自爆】

 

召喚された髑髏に蛇が巻きついた悪魔──夜魔 ロアの自爆で爆殺され意識が途切れる。浮上する。

 

【マハムドオン】

 

呪殺の魔法で呪い殺されて意識が途切れる。浮上する。

 

【毒噛みつき】

 

ロアに巻きついた蛇に噛まれ、毒を受けて意識が途切れる。浮上する。

 

【永眠への誘い】

 

急激な眠気と生気が抜けるような感覚がして意識が途切れる。浮上する。

 

────ああ、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。もういやだ、もういやだもういやだもういやだ。

 

殺してやる。

死とて()()()しまえば、同じことだ。食べられれば、血肉となる。同じ“いのち”になる。

 

ざり、と地面を手で掻く。

 

「あ…あああ…ああああああ!」

 

喉から、絞り出すように声を出す。どぷり、と水音が聞こえた。

 

「“ニャルラトホテプ”ッ!!!」

 

自分が、何を喚んだのか分かりはしなかった。ただただ、黒い泥のような何かが、ペイルライダーを一瞬で呑み込んで静かに消えただけだ。

 

「う…おえ…っ…」

 

腹が痛い。

気持ち悪い。なにかに侵蝕されているような感覚を覚える。

 

──嗚呼、その力を使ってしまったのだね。

 

どこからか飛んできた金色の蝶が、感情のない声で語り掛けてくる。

直感した。自分は、()()()()()()()

 

──私は、全ての人間の意識と無意識の狭間に住まう者…私は君で、君は私だ。…嫌ったとしてもそれは変わらない。

 

その蝶を、知っている。

いまさら何を語りかけようというのか。心はひどく冷めていた。

こうなってしまうまで黙って見ていただけの癖に。この試練とやらを押し付けていただけの癖に。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そんな怒りを覚える。

 

──誤解だ。きみはなにか勘違いをしている。

 

誤解などしていない。こいつは、()()()()()()なのだと怒りをもってはっきりと理解している。

目の前から、消えてほしい。

 

「“ペイルライダー”」

 

喰らったばかりの“ペイルライダー”を召喚し、その大鎌を振るわせると蝶はバラバラに四散し光の粒子になって消えた。

どうせ()()()()()()()。しばらくしたら現れるのかもしれないが、あの耳障りな声を少しの間でも聞かなくてもいいというのは良い事だ。

苛立ちを抑える様にゆっくりと息を吐いて目を閉じる。感じた死と苛立ちを早く忘れてしまいたかった。どうでもいい事だとは言っても、苦しいことに変わりはないのだから。

 

 

 

 

目を開ける。

かすかに聞こえてくる『月の光』にここはベルベットルームだと認識する。

今回はそのまま現実で目を覚ますことなくここへ直送されたらしい。

 

「“第四の試練”を越え、儀式を全て終わらせたこと。是非ともこの偉業を成したことに、賛辞の言葉を贈らせていただきたいところですな」

 

イゴールがパチパチと手を叩く。

イゴールに悪意はないし称賛以外の他意がないのもわかっている。だが、その背後にちらつく黄金の蝶を思い出して思わず顔を顰めてしまう。

 

「さて、貴方様が失ったもの。全てとはいかずともその身に補い、あとは完全なる目覚めを待つだけにございます。ただしそれは、貴方様にとって残酷な真実を突きつけることと同義──それを乗り越えて真の自分と対峙してこそ、我が主の眼鏡に敵うといえましょう」

「貴方には期待しているのよ。私も、主も、私の妹たちもね。特に末妹のラヴェンツァは貴方にとても興味を持っているようね。まあ、仮とはいえ私のお客様なのだから会わせるつもりはないのだけれど」

 

まだ下が居たのか。とマーガレットの発言に驚く。てっきりエリザベスとテオドアだけかと思っていたらラヴェンツァというのがいるらしい。彼女もマーガレットに振り回されてそうな予感がするが性格がマーガレットやエリザベス寄りならテオドアの胃が死んでそうだなとも思った。ただ、自分には同情することしかできないので放置にも等しいが。

 

「ただ、まだ貴方は本当の自分に気づいてすらいない。聞こえてくる声によく耳を傾けて。貴方自身の考えで歩き出さないといけないわ。誰かに敷かれたレールの上を歩くのではなく、貴方自身で、ね?」

 

自分は、自分の足で歩いているはずだ。自分で選んで、自分でその責任をとっているともおもっている。だって、そうじゃなきゃ、あの最初の雨の日、自分はあの男の手をとったりしなかった。見て見ぬフリだってすることも、弟の死を受け入れ抱えて生きていくことだってできた。でも、自分にはできなかった。できない方を選んだのだ。

それは、自分で選んだことに変わりはないのではないのか。

 

「…わかっていないみたいね。でも、これは私たちの口から言えることではないわ。貴方が貴方の目で見て、耳で聞いて、感じて、直視すべきよ。貴方を雁字搦めにしているものの正体がなんなのかを」

 

マーガレットは厳しい声で叱責するように言った。自分の目で、耳で、身体で、感じなければいけない。それは、いつもやっていることと何が違うのか。よくわからなかった。

 

「──この部屋が貴方にとって違うものになる日を、私は待っているわ」

 

最後に見えたマーガレットの顔は少し悲しそうな表情を含んでいた。

 

 

 

 

9/21(月) 昼

 

二日飛んで9月21日。

最後の試練を終えて目覚めた日の朝はひどくだるく、まだ熱が下がっていなかったので一日ベッドの上で過ごした。当然、タルタロスの探索も自分ひとりだけ休んでベッドの上で惰眠を貪った。

しかしそれでもまだ朝に熱が下がっていなかったので今日も学校を休むことにしたのだ。

とは言っても今日は恐らく18日にあるはずだった文化祭の片付けだろうしこんなフラフラの状態で行っても邪魔になるだけだろうから休んで正解だったと思う。早く熱が下がってほしい。

 

「…モコイさんはチミに渡したいもの、あるんスよね」

 

ベッドで寝ていると、不意にモコイさんがそう言いながら頭の隣に座る。そしてこちらの胸元に一本の管を置いた。これはライドウくんが持っていたものと同じ管だ。

 

「これは、“封魔管”っていうっスよ。ボクら悪魔を封じて、サマナーが使役するための道具だネ」

「どうして俺にこれを…?」

「今日をモコイさんとチミの新しいフォーエバー友情記念日にしようと思ってネ。だから、コレ、プレゼントフォーユー。長年入って染み込んだボクの香り付き。キャッ、えっち♡」

 

またそんな急に、と思うもせっかくモコイさんがくれるというのだから有り難く受け取ろうと思う。

 

「これでボクを仕舞ったり出したり。ウーン、COMPで悪魔を出し入れする時代にコレはコンサバだネ」

「俺にもできるの?」

「できると思うヨ。けど、モコイさんは今までどおりが好きカナ」

 

確かに自分もモコイさんと直接会話できる肩乗り形式に慣れてきてしまっているし管からにゅるんと出すのもなんだか違う気がする。管に入れて持ち運びは満場一致でなしになった。

 

「モコイさんは、ずっといなくなったボクらのライドウくんを追ってたケド。これからはチミとずっと一緒に居ようカナって」

「…いいの?」

 

モコイさんが追っていた“先代”さんは既に死んでいるらしいと夏祭りの時にゴウトに聞いてから、モコイさんはぱったりと外出することをやめた。ただ、見回りや散歩自体はまだ行っているようだったのでそっとしておこうかと思ったがモコイさんの中でなにか区切りがついたらしい。

 

「いいの。ボクはもう、見つけたから」

「よくわかんないけど、モコイさんの中で区切りがつけられたのなら良かったと俺は思うよ。でも、無理はしないでね」

「ノープロブレム!」

 

手を上げてカッコつけたモコイさんにこちらも笑顔になる。

見放されなくてよかった。モコイさんと離れることになることにならなくてよかったという安堵が胸を駆け巡る。

実のところ最近不安だったのだ。モコイさんが自分のもとを離れてしまうのではないかという危惧で。いや、離れると言われたら引き留めるつもりはやはりないのだが、それでも辛いものは辛い。

永遠なんてないとはわかっているが、自分が生きている限り──すなわち1月末まではずっと居てくれるものだと心のどこかで思っていたからだ。その杞憂が飛んでいって本当に良かったと思う。

 

「熱が下がって元気になったら、また食べ歩きに行こう」

「ウィ!」

 

そんな約束を取り付けて、また眠りに入ろうと布団を引き上げる。

ただ、これだけ寝ていて寝すぎにならないかと思ったが眠れるのなら眠れるときに寝た方が良いだろうと自分を納得させた。明日ちゃんと朝に起きれるか心配だが致し方なし。

 

 

 

 

9/22(火) 朝

朝起きれるかという心配は全くする必要がなかったらしくいつも通りの時間にぱちりと目が覚めた。

むくりとベッドから起きて立ち上がる。

カーテンを開けて朝日を浴びながら首を回して身体を伸ばせばバキバキといい音がする。

──快調だ。

昨日までの不調はすっかり治ったらしい。今日の夜は奏子に謝らなければならない。あと金曜日の礼と大事なことも言わなければいけないので湊にも同席してもらおう。

いつもの用意を済ませて部屋を出る。モコイさんはまだ寝ているようなので朝食の後で迎えに行こうと決めた。

 

 

 

 

放課後

商店街でモコイさんと約束していた食べ歩きをしているとありすがやってきた。

どうやら今日もお留守番しているらしい。

 

「おにーちゃん、今日もなにか食べているの?」

「まあね」

「ふーん。ね、ありすも一緒に行ってもいい?」

 

考える。今日はモコイさんと食べ歩きすると約束していたので大丈夫なのだろうか、と肩のモコイさんを見ると顔を青くして震えていた。どうしたのだろうか。

とにかく、モコイさんの調子が悪そうなので今日は申し訳ないけど断ろうと思う。

 

「ごめんね、今から帰ろうと思ってたからもうお店にはいかないんだ」

「…そうなんだ」

「うん。だから今日はこれでバイバイかな…」

 

明らかにシュンとしている様子のありすに罪悪感を覚えるがモコイさんが優先だ。

こんな様子のモコイさんは尋常ではない。

 

「それじゃあ、おにーちゃん。またね」

「うん、ごめんね。またね」

 

足早に帰路を急ぎ、ありすが見えなくなった頃に話しかけてみる。

 

「モコイさん、大丈夫? 具合悪い? ゲロゲロしそう?」

「……チミ、なんであんな…()()()()()と仲良しこよししてて平気なの…」

「?」

 

震えながら、モコイさんが口に出した言葉の意味がわからない。

ありすがなにかモコイさんから見て変だったのだろうか。

 

「チミは…もしかして近づきすぎて気づいて居ないのかもしれないっスけど…アレは──」

 

モコイさんは大きく息を吐いた。そして

 

「──あの子は、『魔人』っスよ。しかも、とんでもない強さの…もしかしたらホワイトライダーよりも…ぶるぶる」

「は…?」

 

とんでもない事を言ったのだった。

 

 

 

 

モコイさんから言われた「ありすが魔人だ」という話はにわかに信じがたいものだった。

だって、ありすは普通の女の子だ。普通に笑って、ご飯を食べて、遊んで、むくれて。

そんな女の子が魔人だと、悪魔の中でも強力な存在だと言われて「そうなんだ」と納得できるわけがなかった。

今度会える時があったら聞いてみるしかない。そして、もしものときは。

 

……。

 

……モコイさんの口ぶりからするとなんとかなりそうになさそうなので全力で逃げよう。

うん。そうしよう。

全速力で逃げよう。そしてライドウくんに電話──はダメだ、とすぐにその思考を振り払う。

ブラックライダーでさえ荷が重かったのだ。ホワイトライダーより格上だとモコイさんが感じたありす相手に戦えるとは思えない。

やはり逃げ一択か。

それに、まだありすが危険な悪魔と決まったわけではない。あんなに無邪気なありすのことだ。きっと、悪魔であることを隠して普通の子供のフリをして生活を楽しんでいるに違いない。話し合えばわかるはずだ。

そう結論付けて、椅子から立ち上がる。

 

そろそろ湊も奏子も帰ってくる頃だろうとラウンジに降りればちょうど2人がそこにいた。

 

「晩御飯食べたら、話があるんだ。ちょっと付き合ってもらってもいいかな」

 

そう告げると、顔を合わせた後に頷いた2人に自分はほっと内心胸をなでおろした。

 

夜の食事をとり、湊と奏子を連れて夜の街を歩く。終始、自分たちは無言のままだった。

そして長鳴神社の境内まで来てそこで止まり奏子に向かって頭を下げた。

 

「──まずは、奏子。この前はごめん。俺は奏子の気持ちがわからないままに酷いことを言ってしまった。言われた側の事を何にも考えてなかった。次からは、あんなことが無いように気をつける。無茶も…うん、できるだけしないようにする」

「……」

 

奏子の顔は、暗い顔のままだ。

ダメかもしれない、という不安が自分の心に巣食う。

 

「……私も、ごめんなさい」

 

小さく、呟かれた言葉は謝罪の言葉だった。大きく目を見開く。

 

「えっ…なんで奏子が謝る…えっ?」

 

混乱する。悪いのは自分だけのはずだ。なぜ奏子が謝るのか全く意味が分からない。

 

「私、お兄ちゃんのこと、不用意に傷つけて怒らせちゃった。お兄ちゃんはあんなこと、言いたくなかったのに」

「いやそんなことないって! あれは俺が、俺が悪いんだ…! 奏子は何も悪くないからな!?」

 

おたおたと慌てて慰めるも泣きそうになっている奏子の瞳はあっという間に涙が溢れそうになっている。

困ってしまって湊に助けを求める視線を送るも、溜息をつかれて視線を逸らされてしまった。なんてこった。孤立無援か。

 

「泣かないで…俺は傷ついてないし怒ってもいないし、気まずい感じだったのは俺がヘタレなだけだったからで…奏子は何にも悪くないから、な?」

「ううん、悪いの。私、気がつかなかったもん。知らなかったもん。だから…だから…」

「ああその、奏子! 今度の日曜! パンケーキ! 仲直りにパンケーキ一緒に食べに行こう! 俺の奢りで! 夏休み言ってただろ? ちょっと遠いけど食べに行きたいって…だからほら、泣き止んで…大丈夫だから…」

「パンケーキ…? いく…!」

 

食いついた。よし。と内心でガッツポーズをする。

このままなんとかかんとか泣きそうになっているのを誤魔化そう。しかしそうは問屋が卸さない。

 

「僕も行って良いんだよね?」

 

湊が手を上げてリングインしてくる。

もちろんだ、といいたいところだが食欲が増えた自分+結構元気に良く食べる奏子+とてもよく食べる湊のトリオで行くとなるとお金がヤバイ。

 

「さ、財布と相談させてください…」

 

冷や汗を垂らしながらそう告げた。

またバイトの日々になるかもしれない、と頭の端で予定を組みながら考える。が、そこで2人をこんなところまで連れてきた本当の目的を思い出した。

 

「あ、そうだ。2人に言おうと思ってたことがあってさ、この前、奏子が俺が秘密にしてること聞きたいって言ってたただろ? あれ、この前でもう終わったから言ってもいいかなって思ったから伝えようかなって思ってさ。…あー…あんまり聞いてて面白い話じゃないし2人は怒るかもだけど、聞く?」

 

別に、メノラーの試練の話は口止めされているわけでもなんでもないし実際ライドウくんにも暴露しているので話しても問題ないだろうと思った次第だ。

 

「「聞く」」

「ん。わかった」

 

そうして、簡潔に。ライドウくんやクリシュナたちの話はぼかして試練の事を話した。

 

「お兄ちゃん、そんな変なことに巻き込まれてたの…!?」

「まあね…戦ってるやつがちょっと特殊だったから特定の誰かに相談なんてできなかったんだよね…こちらとしては不可抗力だったし押し付けてきたやつはしばらく接触してこないだろうから大丈夫…だと思いたいな…」

 

はあ、と溜息をつく。

 

「奏子も湊も、喋る金色の蝶には気をつけてね…絶対ロクでもないから。あいつ」

「青い蝶なら見た事ある、けど…金色の蝶、か…」

 

湊が何かを思案するように顎に手を当てるがすぐにそれをやめてしまう。心当たりがないのだろう。

逆に自分は青い蝶を見た事がない。湊と奏子いわく、寮や教室などそこらじゅうにいるらしいが見た事がない。

 

「…ちょっと優希に聞きたいんだけど、その試練の最期の日っていつ?」

「えっと風邪で寝込んでる時だから…19日。先週の土曜日かな」

「…ふーん」

「えっなにそのなんか意味深な『ふーん』は!?」

 

湊のなにか納得したような顔に驚く。

一体何を感じて今ので納得したというのか。

 

「って、お兄ちゃん寝込んでる時に戦ってたの!?」

「強制的に呼び出されて動けないところをボッコボコにされてただけだよ…たぶん、あれは勝ててない…」

 

遠い目になる。

あの時の事はあまり思い出したくない。ちょっと気持ち悪くなってきた。うっぷ。

 

「さ、サンドバッグにされてたってこと!? どこのどいつなの!? 私と湊でギッタンギッタンにしてやるんだから!」

「いや、奏子いいよ…もういない、というかそいつ俺のペルソナになってるし…」

「えっペルソナになったの!? ど、どういうこと!?」

 

だって食べたから、とは言わない。

というかどうして悪魔を食べられると思ったんだろうか。なんで、食べたからといってペイルライダーがペルソナになっているんだろうか。

分からないし思い出そうとすると腹がじくじくと痛むのでやめた。

 

「俺もよくわかんないんだ。まあ…とにかくこの押し付けられた苦行は終わったし、あとは3体の大型シャドウを倒せばいいだけだし、無理せず頑張っていこう。で、日曜はパンケーキだ。予定を空けておいてくれると嬉しいな」

「はーい!」

「わかった」

 

一応まとまって話も終わったので夜道を3人で歩いて帰る。

行きとは違い、明るい雰囲気で和気あいあいと帰る帰り道はとても良いものだったとだけ言っておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

「──ふぅん、おにーちゃんの大事な物、やっぱりあの人形さんなんだ。ふふっ、ワタシの本当のオトモダチになってもらうためにはやく死んでもらわないと! あのお人形さんと一緒に!」

 

「つぎの月が見えなくなる日に、また会おうね。おにーちゃん」

 

「“アリス”は、待ってるよ」

 

少女(アリス)の笑みはまるで新しい玩具を見つけたかのようにきれいな笑みだった。

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