9/28(月) 放課後
暗い顔の伊織に呼び出され、ワックで萎びたポテトを食べながら珍しく何も手をつけずに黙ったままの伊織が口を開くのを待った。
「…センパイ、オレ…どうすればいいんスかね…ずっとバカなりに考えて考えたけど、わかんないんですよ…」
「伊織…」
十中八九チドリの事だろう。
前回の満月の夜に自分と荒垣くんのペルソナが暴走したのを察知して止めに来てくれた?らしい。自分は余裕が無くて気がつかなかったが、さらにそこでチドリがストレガだと分かってから伊織はずっと悩んでいるようだった。
「チドリは敵で…でも、チドリはオレを傷つけたりはして来なかった。ただ、話をしたかっただけで…チドリ自身はなんにも悪いことしてねぇ…けど…」
複雑なものがあるのだろう。
8月の満月の夜、チドリと同じストレガのタカヤとジンに毒ガスを撒かれ荒垣くんが来なかったら全滅していた可能性すらあった。
そんな人間達の仲間であるチドリに平気な顔をして会えるかと言うと、伊織は無理なんだろう。
いや違う。毒ガスを撒かれたというのに次の日に会って絆されて一緒にラーメンを食べた自分の感覚がおかしいのだ。
「それに、あの日以降いつもチドリが居た場所にもう来てないみたいで…オレ、確かめようもなくて…」
「会って、なにを確かめるの?」
「!」
口から出た言葉はひどく冷たかった。が、止まらない。
「チドリに会ってストレガじゃないかまた確かめる? 何度やっても無駄だよ、彼女は紛うことなき人工ペルソナ使いの生き残りで、ストレガに変わりはない」
「……っ、」
伊織が目を見開いてから悔しそうな表情に変わる。ただ、ここで終わらせるつもりは無い。
「伊織は…
「ンな訳ねぇ! スけど…」
「なら、それでいいんじゃないかな」
ポテトを摘んで口に入れる。
「チドリはストレガで、敵かもしれないけど、そこを含めてチドリなんだし。無理に綺麗なトコ見なくていいんじゃないかな。ストレガだって知る前は普通に会ってたんだろ? なら、また会えばいいじゃん」
「そんなこと…出来るわけねぇよ…! 今更、どんな顔して会えば…」
「笑えばいいと思うよ」
「……笑えねぇっすわ」
伊織は裏切りなどの心配をしているのだろうか。確かに、自分のやってる行為はストレガと内通しているというある意味とんでもないものだが、正直な話あそこにいる時や朝倉医院で顔を合わせる時はほとんど世間話や薬の話だけであえて影時間の事やあちらとこちらの内情に触れないようあちらも気をつけているように感じる。なので伊織とチドリが出会ったことを今回は知らなかったのだ。
ただ、伊織は会えないと言いつつもいつもの待ち合わせ場所とやらでチドリが居ないか毎日待っているらしいので会う気はマンマンなんだろう。なら、叶えてあげようじゃないか。
この間は雑に会わせるなんてダメだと思ったがここまで煮詰まってしまっているのなら仕方ない。下手すれば自分もタカヤ達に拒絶されるかもしれないがこれ以上伊織が煮詰まっている所を見るのも忍びない。
「…んー…じゃあさ、俺と一緒に“悪い子”になろっか。伊織」
「へ…?」
「チドリに会わせてあげるよ。まぁ…今から俺らが行くとこに確実に居るかはわかんないけど…駅前よりかはいる確率が高い」
「え…え…!? ど、どういうことスか!? ち、チドリに…チドリに会える…!?」
目に見えて狼狽え始めた伊織は狼狽えながらも先程とは違い顔が明るい。どんな顔して会えばいいんだと言ってた割に会えるかもしれなくなるとそちらに負けるのは伊織の良いところかもしれないし欠点かもしれない。
「あ、でもその前にポテト食べきってからでもいい?」
「も、もちろんっス! ごゆっくり!」
「ゆっくりはダメじゃないかな…ああでも、もしかしたらチドリに拒絶されるかもしれないってことも覚悟しといてね」
そういうと、またガックリと落ち込み始めた伊織に忙しいな…と感じながらもポテトを食べ進める。Lサイズを食べ終え、席を立った。
「じゃ、行こうか」
朝倉医院の玄関を雑に開けて声もなく中に入る。最早顔パスだ。が、院内にある来客用チャイムは自分だとわかるように3回ピンポンと鳴らしておく。
「センパイ…ここって…病院……スよね? ここにチドリが…?」
「居る時もあるってだけだよ」
さすがにストレガのアジトを教える訳にもいかない。
なのでふたつの選択肢から消去法でこちらが選ばれただけの事。
特に理由はない。むしろ朝倉先生がうるさいので逢瀬には向いてないかもしれない。
「いらっしゃいませーってナギサか。ん? 後ろにいるのは友達か?」
「どうも、イズミさん。後ろに居るのは学校の後輩です」
「ど、どもっス! 伊織順平っス!」
「なるほどな」
イズミさんが(病院に似つかわしくない挨拶で)出迎えてくれたのでさっさと要件を伝えてチドリが居るか居ないか確かめよう。
「…つか敬語じゃなくても良いって言ってるだろ? ま、良いけどさ。今日はどうしたんだ? 薬とか包帯の購入か? 怪我か? それともどこか具合が悪いのか? タカヤ達とメシ食ってる先生呼んでくるか?」
矢継ぎ早に心配されるが首を横に振る。
今日は別に体調が悪いわけでもない。用があるのは自分ではなく伊織だ。
「彼がチドリに会いたいって言ってたから連れてきた」
「フーン…あ、彼が件のジュンペーくんか」
少しばかり警戒したような顔で伊織を眺めたイズミさんはしばらくしてどこか納得のいったような顔で頷いた。
伊織のことを知っているのか。
「そういう事なら案内しない訳にはいかないよな! ほら、こっちだ。来いよ」
「エッ、こんな簡単に会えちゃって良いンすかオレ!?」
ニカッと笑ってから踵を返して着いてこいと歩き出したイズミさんに伊織が困惑した。
いや、自分もこんなにスムーズに行くとは思っていなかったので内心驚いている。もう少し警戒されるかと思ったのに。
「パパおかえりー!」
「紗耶、ナギサお兄ちゃんだぞ」
「ほんとー!?」
「おや、ナギサの後ろにいるのは…」
「あ、ホンマや。なんか余計なオマケついとるやんけ」
「センパイ、なんスかコレ…」
「いつもの集まり。だと思う…気にしたら負けだよ」
部屋に入り、食事中の彼らに出迎えられる。
ドン引きしたかのようなこの濃厚な集団を見た伊織と小声で会話を交わして目を逸らす。自分もある意味この集団の一員だが気にしたら負けだ。
「じゅ、順平…どうしてここに来たの」
明らかに狼狽えているチドリがわなわなと震えている。これは拒絶されるパターンか?と心配してみていると、伊織が近づいてチドリの肩を優しく掴んだ。
「さ、触らないで…!」
「オレ…オレ…チドリに会いたくて…! それで、ずっとどうすればいいか悩んだけどやっぱ分かんなくて…でもさ、チドリに会えてやっと分かった。チドリがストレガだろうが人工ペルソナ使いだろうが関係ねぇ! オレはチドリの事が好きだ!!!!」
「す、好き…? …私、順平の敵よ。順平のこと、殺すかもしれないのよ」
「関係ねぇって言っただろ。チドリはオレのこと殺さねぇ。オレもチドリのことを殺させねぇ。それでいいじゃんか」
「バカな人…」
なんというか、すごく置いてけぼりだ。
2人だけの世界というかなんというか。お熱いことで。と言うべきか。拒絶されるかも? と悩んでいたのがバカバカしくなるくらいだ。こんなことならもっと早くに連れて来ればよかった。
「チドリ、こないだから明らかにイライラしとったし元気なかったんや。自傷行為も増えとったから理由聞きよったら黙って手斧飛ばしてきよるし、何事かと思うたらなんや痴話喧嘩かいな…しかも相手はお前の仲間のアホと来た…とんでもあらへん…犬も食わへんわ」
こっそりとジンが近寄ってきて耳打ちしてくる。
なんと、チドリも伊織と同じような状況に陥っていたらしい。ある意味お似合いなのかもしれない。
「まさかチドリまでイズミと同じようになるとは思いませんでしたがね。彼女はそういうものとは無縁だと。…相手は……かなり喧しいようですがまあ良いでしょう」
幼い紗耶ちゃんを怖がらせないためか、朝倉先生に言われたのか分からないが長い髪を後ろでひとつに結び、刺青を隠すようにちゃんと服を着たタカヤが値踏みするように伊織を見て、少し疲れた顔で無理やり自分を納得させるように頷いた。タカヤもこんなことを無駄だと切り捨てないのは朝倉先生との交流で変わった証なのだろうか。
「おうおう、お熱いこって」
朝倉先生は砂糖を吐きそうな顔で酢豚を食べている。思考が被ってしまったようだ。
「パパ、あの人…お姫さまの王子さま?」
「ああ、そうだよ」
「そうなんだー!」
紗耶ちゃんの無邪気な笑顔が眩しい。が、イズミさんは嘘を教えないでほしい。まだ伊織はチドリの王子様(予定)だ。
とにかく、立ちっぱなしもなんだしと空いていたタカヤの隣に勝手に座る。
「ナギサ、貴方…なにか変わった事はしませんでしたか?」
不意に、そう聞かれて首を傾げる。
変わった事と言われても特に思い当たる節はない。
「いや、無いと思うけど…なんか変?」
「……」
聞き返せば途端に黙るタカヤに不安になる。もしかして、なにか自分のやったことで変な事が起こっているのだろうか。
だが、思い当たる節が全くないのも確かだ。
「忘れてください。こちらの気のせいだったようです」
おもむろに口を開いたタカヤは何かを誤魔化すようだったがわざわざタカヤがこちらに伝えずに誤魔化したことに対し無理やり踏み入る訳にもいかない。
「そっか」
「……」
タカヤは何かを悩むようにこちらを見ているが気にするなと言われたからには気にするわけにもいかない。
というか伊織とチドリの方を見れば2人とも満更でもなさそうなスッキリとした顔で隣同士に座って話をしているようだった。ひとまず、伊織に関しては解決したと見てもいいのかもしれない。
が、問題はもうすぐ来る満月の日だ。むざむざと荒垣くんを殺させる訳にもいかない。が、ここでタカヤに口出しをするのはルール違反というものだ。
そもそも荒垣くんが死んでしまうのは天田くんが母親の仇を取るために荒垣くんを呼び出しててんやわんやしているところに、こちらのアナライズ系のペルソナ使いを始末するつもりだった(この時点で誰かはわかっていなかったために天田くんが山岸を庇うために言った嘘を信じた事故みたいなものだった)タカヤが来て天田くんを狙った銃弾から庇ったせいだ。ただ、アレはチドリが居なかったために対策できず厄介だったからという理由だったはずなのでチドリが2人とともにいる今回は無いと思ってもいいのだろうか。
いやいや、それを考えればここに伊織を連れてきたことをなぜジンもタカヤもさも当然の事のように許容しているんだ。さっきまでは拒絶されなくてよかった~というお花畑思考だったし自分が言うのもなんだが、おかしくないか?
うだうだもだもだと悩んでいたらタカヤが怪訝そうな顔でこちらを見つめていた。
「どうしたのです」
「いやごめん、俺が言うのもなんだけど、なんでタカヤもジンも伊織を──順平を受け入れてるんだ? 俺たち、敵同士なんだよな?」
「そのことですか。我々は彼を受け入れたつもりはありませんよ。こちらの情報を漏らすようなら彼は始末します」
あっさりと始末すると言った冷めたタカヤの目がチドリといちゃつく伊織へと向けられる。
「ただ──、これは他言無用ですが。我々は貴方たちの邪魔をする必要がなくなったのですよ」
「?」
意味が分からない。どんな心境の変化だというのか。
タカヤ達にとって影時間は消されたら困るものだ。だから、影時間が消える原因になる12体の大型シャドウの討伐を阻止するために邪魔をしてきたはずだ。
だというのに、その必要がなくなったとはどういうことだというのか。
朝倉先生と共に過ごす中で影時間やペルソナに依存しなくなった? そんなまさか。流石にそれはないと断言できる。
なら、どんな理由があるというのか。考えられるものとすれば12体の大型シャドウすべてを倒しても影時間は消えないという情報をどこかから手に入れた、という線だが、それはそれで難しいものがあるだろう。あの情報は今のところ幾月しか知らないはずだ。
「……うーん…」
「納得がいきませんか」
「まあ、ね。そうすぐに納得できるわけじゃないよ。それとこれとは話が別」
「そうでしょうね」
そこで会話は止まる。
何となく気まずくなって携帯の時計を見ればもう晩御飯前──と言うより晩御飯の時間だ。
そう言えば、なんでタカヤ達が朝倉先生と食事をとっているんだと思っていたが早めの晩御飯だったのかもしれない。
それより、
「伊織。そこまでにしてまた今度にしないと荒垣くんの作る晩ごはん、なくなっちゃうよ」
置いといてはくれるだろうけど、とは言わない。
晩御飯の時間より遅くなると取っていてもらえる代わりにおかわり分は無いので深夜には夜食を食べる羽目になる。
まあ、その夜食も最近は荒垣くんに作ってもらう事が多くなっているのでほんとに頭が上がらない。
「っべ、マジすか!? もうそんな時間かよ!? じゃあ早く帰んないと! じゃあなチドリ、これからはまた“いつもの場所”で会おうな!」
「そうね」
勢いよく立ち上がった伊織に、チドリがいつもと同じように興味無さそうな顔──ではなく少し嬉しそうな顔で見送る。
これが恋する乙女というやつか。
邪魔したことを告げて、朝倉医院から去る。
「センパイに相談して、結果的にチドリとも会えるようになってラッキーってやつ? これから俺、ブイブイがんばりますから!」
「あんまり調子乗って怪我したらチドリが悲しむだろうからほどほどにね…」
「わかってますって! いや~! 今日のタルタロス探索は絶好調な予感がしますなあ!」
──ホントにわかってるんだろうか。
いや、これも自分が言えた立場ではないのでこれ以上言うのも野暮というものか。
吐いたため息は薄暗い夕闇の街に溶けていった。
10/3(土) 夜
伊織はあれから毎日チドリに会っているようで、絶好調になりっぱなし・タルタロスでの活躍も獅子奮迅、といった感じでまさにエースと呼んでも過言ではない活躍をしていた。
が、問題はもうひとつ。
「……」
「……」
美鶴さんだ。
なんだか、すごく余所余所しいというか思いつめているというか、近寄りがたいというか、そっけないというか。とにかくなんだか変なのだ。
しかし、そんな彼女に「どうしたの?」と聞けるほどの度胸は自分にない。こういう時の美鶴さんは拗らせると大変なのだ。まさにデッドオア処刑。選択を間違えると一発で極寒の地へと招待されることだろう。
「……」
「………」
さて、なぜ自分がこんなに思い悩んでいるかと言うと、今目の前に美鶴さんがいるからだ。
というか自分が呼び出された。そして双方無言。
美鶴さんは何かを話しだすこともなく、こちらも何故呼び出されたのかわからないまま、作戦室のソファーで冷や汗をダラダラと流している。
「……ふぅ」
美鶴さんが息を吐いてこちらを見た。
「三上、前から…言おうと思っていたのだが」
「う、うん…」
「──私は、きみの友人…しいては共に戦う仲間として足り得ているのだろうか」
「えっ?」
美鶴さんから言われたことに、頭がフリーズする。
「私は桐条の人間だ。今まで隠していたこともある。だから信用できない人間ではないのか、と……」
不安そうな美鶴さんの顔に、フリーズした頭が高速回転する。
「そんなことはない」
「だが…」
「ない!」
半ば意地になって美鶴さんの不安を払しょくしようと声を張り上げる。
どうしてそう思ってしまったのか、聞かないといけない。せっかく美鶴さんが勇気をふり絞って話してくれたのだ。
「…どうしてそう思ったのか、聞いてもいい?」
「……」
美鶴さんは視線を左右に彷徨わせた。
なにか、言いづらいことなのだろうか。
「…三上と荒垣が、」
「うん」
「薬を…飲んでいるだろう。暴走したペルソナを抑え込む薬を」
「そうだね」
「7月。あの時お前はペルソナが暴走することはもう絶対にないといっていたな。…あの時から、飲んでいたのか」
消え入りそうな声でそう聞いてきた美鶴さんに無言で頷く。真田くんにも言ったがもうばれてしまったものは隠す必要がない。
「私が、きみを追い込んでしまったのか…?」
見当違いの答えに目を見開く。
美鶴さんが、俺を? そんなこと、あるはずがない。むしろ美鶴さんと食べ歩きに出たり遊んだり、映画を見たりしたおかげでメンタルを保てている部分もあるのだ。美鶴さんのせいなんてことはひとつもない。
「そんなわけないよ」
「…だが、きみは私に制御剤のことなど一言も…」
なるほど、そういうことを美鶴さんに報告しなかったのが先ほどからの言動の理由か、と何となく察しがついた。
「ああ、アレ、誰にも言ってないから美鶴さんにってだけじゃないよ」
「荒垣には言っていたそうじゃないか」
「荒垣君はねー、共犯者だから別」
あはは、と苦笑いする。
荒垣くんは朝倉医院に連れていくうえでそういう情報の開示が必要だったからしただけだ。正直、必要がないのなら荒垣くんにすら教えなかったと思う。知られて自分なんかを心配されるのは勿体ない。
「私は…! 三上にそこまで頼ってほしいと思うのは己惚れなのか…!? 相談してほしいと思うのはおかしなことなのか!?」
「さあ、どうだろう…おかしくはない、とは思うよ」
ただ自分にそれが向けられると嬉しいとか助かるという気持ち以前に自分より良い人がいるのではないかとか、自分より見てあげるべき人がいるんじゃないか、という気持ちが湧くだけで。
「なら!」
「──でも、それを俺に向けるのは違うんだ」
自分の言葉に美鶴さんが大きく目を見開く。
「俺はどうしようもなくどうしようもない奴だから、心配するだけ無駄だよ。俺なんかより岳羽や山岸、奏子を見てあげた方がいい」
「───っ!」
美鶴さんの顔が怒りの色に染まる。
あ、言う言葉を間違えた、と思った瞬間、美鶴さんが大きく息を吸った。
「私は! お前の! 心配をしている!!!! それを他人に向けろなどと、お門違いも甚だしい! 言語道断だ! ええい、もう我慢ならん! いいか三上、お前が私の感情の邪魔をするな!!!! 私がそう思いたいと思ったからそう思うんだ!!!!」
「えっ」
先ほどまで悩んでいたしおらしい姿はどこへやら。暴君もかくやといった様子でぷりぷりと怒り出した。色々暴論な気がするがツッコんだら処刑されそうなので言わない。
「えっと、じゃあもう好きにして…」
「ああ、そうさせてもらう。で、他になにか隠していることは無いのか。無茶はどれくらいする予定なんだ。好きな食べ物はなんだ。好みの女性のタイプも教えてくれ。今後の参考にする」
「聞きたいこと多いね!? あと最後のなに!?」
「いや。最後の質問は聞かなかったことにし…やはり教えてくれ。詳しく」
頭を抱える。
もしやアイギスにインプットするつもりでは、という疑念が湧くが流石にそんなことはしないだろうしとすぐに振り払う。が、いつもの美鶴さんらしからぬ言葉に困惑しながら質問の答えを並べようとした。
「えーと、隠してること、は…今は無いかな…たぶん。ぱっとは思いつかない。無茶は…思いつく限り…? どれくらいっていうのが難しいな。好きなものはオクトパシーのたこ焼き。これははっきりと言える。好みの女性のタイプ…は…ええと、その…いえない…というかよくよく考えるとわかんないかな…」
「なんだ、えらくはっきりしないな…」
「そんな残念そうな顔をしなくてもいいじゃんか…」
「いいだろう。実際残念なのだから」
手厳しい。
はっきり言われてしまうと中々にクるものがある。面と向かって残念だのなんだの言えるのは湊と奏子を除くと荒垣くんしかいなかったので新鮮かもしれない。美鶴さんもどこか遠慮していたところがあったから、この変化はうれしいにはうれしいが…真っ向から言われると、なんとも。
「…いや、それがきみという人間なんだろう。実際のところ、きみは私が思うほどの人間ではないのかもしれないな。理想を押し付けていただけに過ぎない。“完璧超人”などどこにもいるはずがないんだ」
湊とか意外と完璧超人に近いけれど湊は湊でいろいろ悩んでいるし、美鶴さんも完璧超人なんてこともなく。というか美鶴さんが自分の事を何だと思っていたのかすごく気になる。
とてもとても気になる、が聞くのはやめておこう。絶対ロクな答えが返ってこない。過剰に評価されていたと知った日にはあまりのショックで死んでしまうかもしれない。死なないけど。
「まあ…俺は実際残念だし情けないし兄としての威厳はないしすぐ落ち込むし病気がちだしすぐ熱だすしすぐ怪我するし信用ないし首にひもつけてた方が良いとか言われることもあるけどさ…」
「例えが多いな。自覚はあるのか」
「でもさあ、俺だって男だし、男にはやらなきゃいけないって時があるじゃん?」
目元を抑えながらそう言うと、美鶴さんが苦笑する。
「些かきみはそれが多すぎる。たまには他人を頼ってみたらどうなんだ」
「頼りまくっててこれなんだよ…はー…荒垣くんや湊にも言われるけど、既に頼りまくってるのにさらに頼めと申しますですかお嬢様…」
「お嬢様はやめてくれ」
「ごめん。というかそれを言うなら美鶴さんだって悩みとかないの?」
延々と愚痴になりそうだったので話を変える。こちらも言ったんだから美鶴さんの悩みや愚痴だって聞いてもいいはずだ。聞く権利があるはず…たぶん。
「悩み…悩みか…そうだな、私には定められた“許嫁”がいるのだが…近く提携する相手企業の新任社長…ふた周りも歳の離れた、大人の男性だ」
「えっ」
「ふふ、驚いただろう…? ……その…実は、私のあまり好かんタイプ…でな…」
驚いたのは許嫁がいるというところではない。許嫁がいること自体は知っていたが、ふた周りも年上だとは思わなかった。武治さんは一体何を考えて…と思ったが政略結婚とはそう言うものだと気持ちを収める。自分が口出ししていい問題ではない。が、美鶴さんが好かないタイプと聞いてその気持ちが揺らぐ。
「…私に淑女たれ、と。いずれ夫になる自分の後ろを黙ってついて来いという言動が多く、ウェイターなどにも横暴。性格もお世辞にも良いとは言えない。しかしそれとは別に、望まれれば私は理想通りにしてみせようとは思っている。だが…」
「なんだか納得がいかない?」
こくり、と小さく美鶴さんは迷うように頷いた。
「…わかっているんだ。地位も権力も才能もある彼と結婚することが桐条グループにとっても、誰にとっても最良の選択だと。お父様やお母様も通って来られた道だからな、覚悟はしている」
「美鶴さんはそれでいいの?」
「わからない。迷っている自分がいるのは確かだ。だが、縁談を断ったからといって…その先のことはどうしろと言うんだ」
確かに、美鶴さんは桐条の娘として、日本有数のグループの娘として育てられてきた。
そして、許嫁もいるし将来も決まっているレールの敷かれた道の上に立っている。いまさらそのレールを壊して好きな道を歩けばいい、というのは厳しいものがあるだろう。けれど。
「俺は、美鶴さんがどんな選択をしても応援するよ。だってそれが、友だちだろ? だから、美鶴さんの心のままに。嫌なことは嫌って言って抗ってみたら意外とうまくいくかもよ?」
俺は美鶴さんに悔いのない選択をしてほしい。
たとえこの先、時間を巻き戻すことになってこの会話がなかったことになったとしても。
自分が、死んだとしても。
「フ、友だちか。そうだな。私ときみは友だちだ。…ありがとう、少し気が紛れたよ」
「お役に立てたようでなにより」
笑い合う。
やっぱり、この距離感がいい。
少し近づいた気がしないでもないが、それは親友とかそういう感じの距離なんだろう。
「あ、そうだ。すっかり渡しそびれていたんだけどこの前珠閒瑠市に行った時のお土産。渡そうと思って」
「これは…?」
「それは開けてからのお楽しみってことで」
ポケットからラッピングされた袋を出して手渡す。
不思議そうな顔をした美鶴さんが中身を取り出した。ちりん、と鈴の音がする。
「これは…」
「金の招き猫ストラップだよ」
「その、独特のセンスを…持ってるんだな…」
サムズアップしてみたが、美鶴さんは金の招き猫ストラップをもって苦笑している。
「…だが、きみからの贈り物だ。大事にしよう」
「ありがとう」
ストラップを再び袋にしまった美鶴さんは笑みを真剣な表情に戻した。
「明日は満月の日だな。準備はできているか?」
「もちろん。体調バッチリ戦力バッチリって感じだよ。みんなの中だと特に伊織が勢い良いね」
「そうか」
「まあ細かいところは湊と奏子に訊いた方が良いんじゃないかな。俺は待機も多かったし」
今回は熱を出したり待機だったりしてあまりタルタロスの探索には参加していない。
正直、1人で別行動しても良かったがそれだと湊と奏子の視線が厳しくなるのは目に見えているし当然許されることでもないだろう。
鍛錬しようと悪魔の巣に潜るのも、誘き寄せる悪魔がこちらに目をつけなければ自分の場合は入る事すらできないので確実な方法ではない。
結局、ペイルライダー戦以降自分はあまり強くなれていない気がする。ただ、その分自分以外のメンバーが強化されているようなので今回は自分がいなくても大丈夫だろう。
タカヤは邪魔しないと言ったが天田くんと荒垣くんが心配なのでこっそり見守ることにしようときめた。
10月4日(日) 影時間
「あ…ぁ……そん、な…」
尻もちをついた天田の顔は驚愕に見開かれていた。
服についた返り血と、地面に広がってゆく血を呆然と見つめる。
ガチガチと歯を鳴らし、目の前に広がる光景を認識できていないようだった。
「な…んで……お前が…僕を庇ったんだよ…!」
天田の呟きは影時間の路地裏に静かに落ちていった。