君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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沼男は、誰だ?


スワンプマン(10/4~10/9)

 

10月4日(日) 影時間

 

「目標を発見しました。これは…巌戸台の駅前広場です!」

「これで10体目か……12体まであと少しだね。1体ずつ慎重にいくとしよう」

 

作戦室で大型シャドウの居場所を探知した風花の言葉に幾月が頷いた。

 

「…って、1体ずつとは限らないですよ。ハハ、ウソですけどね」

 

幾月の言葉に対して冗談めかして笑い飛ばしたゆかりに、風花がすぐに驚いた顔をして口を開いた。

 

「…すごい、ゆかりちゃん。反応、2つあります」

「!? え、マジ? 当たんなくていい、そんなの…」

「また2体同時かあ…今度はどんなのなんだろ…!」

 

ゆかりの脳裏には8月の大型シャドウ戦の苦い記憶がよみがえっているのだろう。

ドン引きしたようなゆかりと興味津々な奏子は正反対の反応を返した。

その2人を気にするでもなく、明彦はキョロキョロと周りを見回す。

 

「……三上とシンジはどうした?」

「荒垣さんと三上先輩でしたら、あとから合流するって、さっき連絡が。それぞれ理由は聞いてませんけど…」

「…後から? 相変わらず、勝手な奴らだな。…だがなにか、嫌な予感がするのは気のせいか? あの2人が2人ともいないというのはなんともな…前回の満月の夜を思い出す」

「杞憂じゃないんスか? 後から来るって言ってるし」

「まぁね、この前の順平も集合に来なかったからね」

 

心配そうな明彦を励ますように順平が言った言葉にゆかりがからかうように被せた。

途端に、順平の顔が引き攣る。

 

「あ、あれは仕方ないだろ? もう心配ねぇって言ってんの!」

 

そんな順平を無視してゆかりは先ほどの明彦のように部屋を見回した。

 

「あれ、天田君も来てないし…ほら、順平呼んできて。この前の罰ね、これ」

「罰…? うわ、マジうぜぇ…ハァ、ま、ガキは寝てる時間だしな」

 

部屋へ呼びに行った順平を皆は視線だけで見送る。

すこしして完全に部屋の外へ出て行ったのを確認した美鶴が口を開いた。

 

「今回は、敵2体だ。とにかく、現場に急ごう」

 

皆一様に頷くが湊だけは明彦の言ったように、言いようのない嫌な予感を抱いていた。

この状況は『2回目』とまったく同じ流れだと。

 

 

 

 

巌戸台駅前

 

「ワンワン!」

 

コロマルが一番乗りし、吼える。

その後ろから追いついた特別課外活動部の面々は、駅から響く轟音と機械音が動くような音を耳に入れる。

 

「うわ、居る! この辺、いつも学校行くのに使うし、暴れられると、マジ困るんだけど…」

「使えなくなったら遠回りしなきゃだもんね…」

「なんだか、私たちを待ってるみたい…」

 

その話を聞き流しながら、美鶴は先ほどから気になったことを順平に訊くように口に出した。

 

「…ところで、天田はどうした?」

「…あ、なんか、部屋に居なかったんスよ。急いで呼びに行ったんスけど。で、メモ帳に『今日はいけません』って。いやーナイーブなお年頃なんスかね!」

「三上はともかくあの2人が…? っ!!」

 

順平の返答に少しの間思案するように視線を下げた明彦だったが、やがて何かに気がついたようにハッとして顔を上げる。

 

「まさか…」

「どうした明彦?」

 

目を見開いた明彦に、美鶴が怪訝そうに聞き返す。

 

「美鶴、今日の日付は…10月4日か…!」

「ああ、そうだが。……まさか、」

 

10月4日という日付になにか心当たりがあるのか、美鶴と明彦は2人して青い顔になる。

そして、焦る様に明彦が山岸に向かって叫んだ。

 

「山岸、シンジと天田の位置を探ってくれ!」

「え…? わ、わかりました…!」

「あの、あのふたりって何かあったんですか?」

 

その尋常ではない様子にゆかりが尋ねる。が、美鶴も明彦も顔を悲痛そうに歪め見合わせる。そして口を開いたのは美鶴だった。

 

「……二年前、街に出たイレギュラーシャドウを討ちに行った時の事だ。当時、ペルソナを得たばかりの荒垣に力の暴走が起きた」

「暴走…」

 

ゆかりが以前の満月の夜の暴走を思い出して顔を曇らせた。あの暴走は誰か巻き込まれていれば確かに死人が出ていたレベルのものだ。

 

「…その時に、運悪くひとりだけ犠牲者が出てしまった」

「それが、天田の母親なんだ」

 

美鶴の言葉を補完するように明彦がそう告げた瞬間、ふたりの居場所を探知していた山岸が顔を勢いよくあげて声を張り上げた。

 

「反応がありました! ふたりは一緒にいます! それに…三上先輩もそこに…!? 場所は、ポートアイランド駅の裏路地です!」

「くっ…!」

 

その言葉に駆けだそうとした真田の目の前に、大型シャドウが2体降りてくる。

 

「すぐに片付けるぞ…! 誤るなよシンジ…天田…!」

 

その声に、湊は震える手で召喚器を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

薄暗いそこで、天田は槍を持ってひとり道に背を向けて立っていた。

それは、誰かを待つような後ろ姿だった。

 

そこに、影が差す。

 

「来て、くれましたね。……2()()()()作戦を放ってまで来てる訳だから、分かってるんだよね」

「ごめん…俺はなんで呼ばれたのかわかんない」

 

優希はひとり困惑していた。

こっそり影から見守るだけにしようと思っていたのに、夜になって急に天田に呼び出されたのだ。なぜ自分が、といいたげな優希に、天田は心底忌々しい、といった表情を向ける。

 

「わからないなら説明してあげますよ。2年前の今日。あの日、僕の母さんはここで死んだ。死因は事故ってなってるけど、あれは事故なんかじゃない…僕は見ていた…母さんは殺されたんだ! お前らが殺したんだ…!」

「っ!?」

 

憎悪を含んだその叫びと表情は、荒垣と優希に向けられていた。

ただ、それを向けられたふたりは困惑し──特に優希の瞳はぐらぐらと揺れていた。

 

「…まて、俺はわかる。だが、こいつも…三上もだと…?」

「……いいことなんて、ひとつもなかった。生きてくなんて辛いだけだった。まわりだってそういう扱いさ。どこに行ったって、『可哀想』って」

 

荒垣の困惑を無視し、天田は拳を握り締め、親指と人差し指をこすり合わせる。半ばそれは癖のようになっている動きだった。

 

「死んじゃおうって思ったときもあったけど、このまま母さんに会うことなんてできない。だから決めたんだ! 仇を討つまで生きようって…!」

 

そこで、天田が槍を構えてふたりへと向けた。

 

「はじめは、シャドウだと思っていた。でも、違ったんだ。…この前、はっきりと思い出したよ。お前達のペルソナが暴れる姿を見て…ッ! ああやって…殺したんだな…!? 母さんのことも…っ…絶対許さない!!!!」

 

それは血を吐くような叫びだった。

涙をこぼし、しかし拭うこともしない天田が初めて顔を上げて息を大きく吸う。

 

「──だから、僕がお前らを殺してやる…!」

 

 

 

 

「ペルソナ!」

 

青い光と共に、アイギスが“パラディオン”を呼び出して柵を纏う乙女の像のような大型シャドウ剛毅(ストレングス)の攻撃を防御する。

 

「ポリデュークス!」【ソニックパンチ】

 

明彦が駆けながらポリデュークスを召喚し、肉迫するもそれはトロイの木馬のような金色の薄い像の見た目をした運命(フォーチュン)に阻まれる。

 

「チッ!」

 

【アギラオ】

 

その運命(フォーチュン)に順平の“ヘルメス”のアギラオが命中し、跳ねたままの勢いでフォーチュンは地面へと投げ出された。

 

「よっしゃあ!」

「っ、これで!」

 

ゆかりも負けじと召喚器を額に当て、引き金を引く。が、その隙を狙って剛毅(ストレングス)はその身に纏う花びらでゆかりをふっとばした。

 

「きゃあ!」

「ゆかりちゃん!?」

「召喚の隙を!?」

「岳羽!?」

 

吹き飛ばされたゆかりを、それぞれが心配する。が勢いよく吹き飛ばされたゆかりは頭を打って気絶しているようでピクリとも動かない。

 

「大丈夫でありますか!?」

「おい、ゆかりッチ!」

「クゥーン…」

 

それを見た湊は召喚器をこめかみに当て、引き金を引く。

 

「“ビシャモンテン”!」【ディアラハン】

 

現れたのは四天王の一人毘沙門天(ビシャモンテン)。塔のアルカナに属するペルソナだ。

そんな四天王の(いち)が手を前に突き出し癒しの光をゆかりへと降らせ、傷を癒す。

この戦闘中、意識は回復しないだろうが受けた傷は治せただろう。と湊は息を吐いた。

 

地面へと投げ出された運命(フォーチュン)が体勢を立て直し、天を仰げばどこからか赤いカーペットが降りてきて地面に敷かれ、その上にドーン! と巨大なルーレットが落ちてきた。

 

『な、なにこれ!? ルーレット…!?』

 

そのルーレットに運命(フォーチュン)が勢いよく飛び乗り、くるくると回り出す。

 

『っ!! これは…! ダメです! みんな避けて!!!』

 

風花が咄嗟に叫ぶも間に合わない。

止まったマスは、火花のようなマークが書いてあった。

 

瞬間、光が収縮し、巨大な爆発を起こした。

 

「みんな、無事か!?」

 

土煙が晴れ、美鶴が顔を上げれば、そこには死屍累々といった光景が広がっていた。

運よくアイギスに守られた美鶴と明彦、湊だけがそこに立っていた。

 

「奏子…ッ! ペルソナッ…!」

 

タナトスが吼える。刀を構え、高速で飛来し運命(フォーチュン)を斬りつけようとするも、それを剛毅(ストレングス)が邪魔をした。

 

「チィッ!」

 

湊は舌打ちした。

早くいかないと手遅れになってしまう。早くしないと──そんな焦りが湊の中に生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……仲間と離れたのも、薬で力を抑えたのも、要は忘れたかったからさ。けど、ダメだった。身体が、忘れねぇんだ。気がつけばここに来ちまう。見たくもねえ場所なのにな」

「今更…ッ! そんなこと言っても…!」

 

荒垣くんの言葉に、天田くんの持つ槍の穂先がわずかにぐらついた。

動揺しているんだろう。自分にはよくわからないけれど、きっと。

 

「わかってる。けど、俺は」

「──ごめんね。それはできない相談だ」

 

その動揺した瞬間を見計らって荒垣くんの前に割り込んで天田くんの持つ槍を叩き落とす。

自分はすぐ死んでやり直すかとか命で救えるなら命を使うとなるタイプだが、天田くんに死ねといわれてはいそうですかと言えるほどではない。それとこれとは違う。

どうせ殺すなら、自分が自分でなくなってしまって誰かを殺しかねないときにしてほしいものだ。

 

「なにを…ッ!?」

「荒垣くんはともかく。俺はね、死ぬときは誰かの為って決めてるんだ。でもこれは、()()()()()()()()()。だから、駄目だ」

「っ!」

「俺は狡いから、俺がいまここで無意味に死ぬより、俺が生きて一生きみに恨まれ続ける方を選ぶよ」

 

更に足で叩き落とした天田くんの槍を踏みつけた。へし折ってもいいんだろうけれど、流石に金属製のこれは無理そうなのでやめておく。

 

「そんなの…勝手すぎる…! 母さんの仇を取ることは無意味だって言いたいのかよ…!」

 

そう叫ぶ天田くんに対し、心はひどく凪いでいた。なぜだろうか。

 

「勝手で結構。復讐されて死ぬことは俺にとっては無意味だからね。けれどきみのその行為はきっときみにとって無意味じゃないよ。まあでも、天田くんも俺の守る範囲に相変わらず入ってることは意識しておいてほしいな。別に、こんなことされても天田くんのこと嫌いじゃないからさ」

「意味…わからない…意味わかんないよ! なんで殺そうとしてきた相手を嫌いじゃないとか守れるとか言うんだよ!!! お前、頭おかしいよ!」

「え? だって復讐は正当な権利だと思うから、かな? 別に家族を殺されて怒る気持ちはよくわかるし…俺だって湊と奏子を殺されたら同じことするかもしれないしね」

 

そう言えば、天田くんは訳が分からないという顔で半分パニックになりながら服の下の方を掴みかかってきた。

 

「だったら…! だったらなんで殺されてくれないんだよ…! 僕に、復讐させてくれないんだよ!!!」

「それとこれとは話が別、だからかな。権利があってもそれをしていいわけじゃない。それが易々と許される訳でもない。それに、俺ら殺したら天田くんも自殺でもするつもりだったんじゃないの?」

「!?」

 

そう。それとこれとは別だ。

復讐は誰にとってもする権利がある。けれど、それをして許されるかどうかは別だ。

自分の記憶にないことなので弁明も何もできないが、自分はそうだといわれてむざむざ殺されるほど被殺願望があるわけではない。意味もなく自殺したいわけじゃない。

自分は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。だから、自分はわがままだ。誰かの役に立って死にたいなどと。誰かの代わりに死にたいなどと。

 

「な、んで…それを」

「ひみつ。でもやめといた方が良いよ。きみにはまだ道があるんだから。死ぬ以外に選べる道があるのにきみは死に逃げるの?」

「僕に殺されたくないからそんなこと言うのか!? そんな言い訳聞きたくないよ!」

「違うって。天田くんはさ、復讐して自殺する以外の道もあるんだって。んー…少し難しいかな…」

 

良いたとえが浮かんでこない。自分の事に例えても難しいだろうし、この路線はやめよう。

 

「じゃあさ、天田くんは責任を取る方法が死だと思ってるのかな」

「え…?」

「だって、お母さんを故意か不可抗力かわかんないけど殺した荒垣くんや俺を殺したいし、その後死ぬんでしょ? なら、死に対する報いは死なのかなって思ってさ」

「そ、それは…」

 

明らかにうろたえ始めた天田くんにもう一押しする。

 

「天田くんはさ、知らないし優しいんだね。酷いやつはさ、どんなに苦しくても生かすんだ。死ぬより苦しい事って生きてると沢山あるんだ。だから、それから解放してくれる天田くんは、優しいね」

「ぼ…僕が…お前らに…やさしい…!? そ、そんな…」

「荒垣くんもさ、ちょっと前までは制御剤の副作用で静かに死のうとしてたんだよ。だから、そんな苦しみからさっさと解放してあげるなんて天田くんはやさしいね」

「ど、どういうことだよ…ホントなの!? 勝手に死んじゃうって言うのか!? 僕が…なにもしなくても…勝手に…! そんなの有りかよ!」

 

よたよたと離れた天田くんの見開いた目が荒垣くんへ向くと、荒垣くんはバツが悪そうに顔を逸らした。

 

「それなら僕は…今まで何を…!」

「はは、絶望させちゃったみたいでごめんね! きみのやってることが無駄って言っちゃってさあ!」

「おい三上…!」

 

へらりと見下すように薄く笑えば怒った様子の荒垣くんに肩を掴まれて天田くんから引き離される。けど、このままだと上手くいくはずがない。

だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()と刻みつけようかと思っただけだ。

 

「てめぇ…さっきからどこかおかしいんじゃねぇか。らしくねぇ…!」

「どこが? 俺はなんともないよ。いつも通りだ」

「いいや、変だ。いつものお前は天田に対してだろうが誰だろうがこんなこたぁしねぇし言わねえ…ッ!」

 

──そこまで言われて、ふと我に返る。

 

いま、自分はなんと考えた?

 

どんな顔で笑っていた?

 

慌てて、口を押える。気持ち悪い。

 

「大丈夫か?」

 

聞かれても、答えられない。

 

気持ち悪さの中で、ぞわりと殺気のような何かを感じて不意に顔を上げると、風を切る音が聞こえて天田くんに触手のようなものが鞭のようにしなって飛んでくるのが見えた。

 

「っ、だめだ!」

 

身体が、勝手に動く。荒垣くんを振り払い、天田くんを突き飛ばす。

 

左腕が、ちぎれて飛んでいったのが見えた。

 

わき腹が抉れて、灼熱が駆け巡った。

 

足が、地面に縫い付けられて、首に痛みが走って、血が噴き出すのが見えて、血がせりあがってきて、

 

「ああ、よかった」

 

──ぶちりと意識が途切れた。

 

 

 

 

「あ…ぁ……そん、な…」

 

尻もちをついた天田の顔は驚愕に見開かれていた。

服についた返り血と、地面に広がってゆく血を呆然と見つめる。

ガチガチと歯を鳴らし、目の前に広がる光景を認識できていないようだった。

 

「な…んで……お前が…僕を庇ったんだよ…! タダで…死にたくないんじゃ、なかったのかよ…!」

 

視線の先には、左腕が吹き飛び、血みどろになった優希が血だまりに沈んでいた。おおよそ五体満足とは言えないその身体からは既に命の灯が消えているように見える。

 

「天田…三上…!」

 

荒垣は何が起こったのかわからなかった。

突然優希が駆けだしたかと思ったら天田を突き飛ばした。瞬間、黒い何かによって片腕が弾け飛び、血を吹き出して倒れたのだ。

ショックを受けて、呆然と既に死体となった優希の身体を見つめるだけの天田を咄嗟に荒垣は抱きしめて庇うように後ろを見た。

 

「なんだ…どこのどいつだ…!?」

 

暗闇から現れたのは、影。

ギチギチと音を立てて現れたそれはひどく歪な形をしていた。

 

「ア、アア…アアアア……アアアアアアア…」

 

呻き声なのか、叫び声なのか、歌声なのか。荒垣には判別がつかなかったが、その口から漏れる声は明らかに人間のものではない。

 

「テケ…リ…テケ…リ……リ…」

 

そしてその見た目は醜悪のひと言に尽きるものだった。黒いスライムのような体に牙や目玉、手足など人間のパーツとシャドウに共通する複数の仮面が乱雑に散りばめられている。

 

「リ、リ、リリリリリ、リィイイ…!」

 

シャドウにしても醜悪すぎるそれは発声はするものの、人間の言葉のようなものを喋ってはいない。

が、明らかにこちらに敵意のようなものを向けているのを荒垣はしっかりと感じ取った。

 

「天田、動けるか!? おい、天田!」

「よかった、ってなんだよ…なんで…どうして、僕を見て安心したみたいに…笑って…」

 

逃がそうと天田を揺するも、その虚ろな視線は血だまりに沈む死体に向けられている。とてもじゃないが動けそうにない。片手で懐をまさぐる。

 

「ちっ、」

 

召喚器を構え、カストールを召喚しようとした荒垣の肩を灼熱が貫いた。

 

「がああッ!?」

 

激痛に召喚器を取り落とす。

天田までは貫通していないことを確認して、更に庇うように抱きしめる。

肩は、恐らく先ほどの触手で貫かれたのだろうと荒垣は咄嗟に判断する。が、召喚器を取り落とし、今少しでも動けば触手が飛んできそうなこの状態に、八方ふさがりか、と諦める様に荒垣は目を閉じ──ようとして天田の息を飲む声で再び目を開いた。

 

「ふ、ふふふ…あははははは、」

 

聞こえるのは、笑い声。

聞き覚えのある──否、()()()()()()()()()()()だ。

しかしそれは、聞こえるはずのない声で。

 

──どぷり、と水音がした。

 

ぞわぞわと荒垣は背筋が粟立つのを感じた。

いいようのない恐怖感に身体が震える。先ほどのシャドウを視野に入れたときよりも恐怖している。

『あれ』は、なんだ。

 

血だまりの中からまるで映像を逆再生するかのような歪な動作で()()()()()人影が笑いながら立ち上がる。

その姿にブレるようなノイズが一瞬走り、ごぼごぼと影から黒い泥のようなものが湧き出した。

 

「とっても、おいしそう」

 

無邪気な声で。

歌うような声で。

笑うような声で。

月のように濃い金色の目をした『それ』は告げる。黒衣の『誰か』は呟く。

 

荒垣は、その姿を知っている。けれど、知らない。あんな姿は、知らない。

 

鎖の音が聞こえ、静かに影からボロ布と鎖の化け物が現れた。

あれは、前回の満月の時に見たペルソナだ、と荒垣は直感的にそう判断した。いや、いまの荒垣にとってはもはやあれがペルソナなどと言う存在かどうかすらわからなくなっていた。

今見ている光景は、幻ではないかと、悪い夢ではないかと思いたいくらいだ。しかし、肩の痛みがそれを許さない。

 

 

 

 

「 い た だ き ま す 」

 

 

 

 

迫るシャドウもどきの触手が、届く前に全て腐り落ちる中『それ』は幼子のように嗤った。

 

 

 

 

「─────────ッ!!!!」

 

咆哮。

呼び出されたペルソナは大口を開けてシャドウに跳びかかり、がつがつとそれを喰らい始めた。悲鳴のようなものを上げるシャドウは抵抗しようとする前に、それをしようと動かした部位から腐りおちていく。

否、腐るという表現は近くて遠い。『死んでいく』といった方が正しいのかもしれないと荒垣はその光景を見て思った。

 

最後には、シャドウを影に沈める様に押し込んだペルソナが同じようにそのまま影へと沈み込んだことにより、静かになる。

立っているのは、感情のない金色の目をした──

 

「──三上、」

 

違う、と荒垣はその名前を呼んですぐに否定した。

『あれ』は三上優希ではないと。だが、

 

「三上!」

 

荒垣はその名前を呼び続けた。

 

「帰ってこい!!!!」

 

声を張り上げた。

 

「てめえの弟と妹を──兄妹を置いてくつもりか!!!! 生きて、守るんだろッ!!!!」

 

その声に、姿がノイズがかったかのようにブレた。感情がない瞳が、そこで初めて見開かれた。

 

「…いきて…まも…る……?」

 

うわ言のように呟いて、ちかちかと目の色が灰色混じりになる。

そして、傾いて地面へと倒れた。

コートの様にまとわりついていた黒衣は霧散し、服は血まみれのベストとブラウスに戻っている。

左腕が千切れ、弾け飛んだ方向を荒垣が改めて確認するとそこにはなにもなく、ただ血だまりだけが広がっていた。

 

「どこからが夢か幻か、わかったもんじゃねえな…」

 

 

 

 

ぱちりと目を開く。

鎖のついた両開きの扉がひとつだけの白い部屋。そこで自分は寝転がっていた。

自分はどうしてここにいるのだろうか、と起き上がって記憶を遡ってみれば、天田くんを庇って左腕とわき腹が吹き飛んで天田くんの無事を確認したところまでは覚えていた。

しかし両腕はちゃんとついている。手を握って開いて動きを確かめるもちゃんと動くし痛みもない。わき腹も同じだ。

死んでしまって天国に来たのだろうか、と思うもそんなことは無く。天国にしてはやけに…子供っぽい。

ぱっと見、子供部屋のような感じがする。

積み木が落ちていたり、壁には落書きのような絵が貼ってあったり、ぬいぐるみが並べてあったり。

 

立ち上がって歩き回る。

部屋の端のゴミ箱を覗くと、中には使用済みの大量の注射器が捨ててあり、まさかヤク中の部屋か!? と身構えたが他に血の滲んだ包帯や点滴のパックも捨ててあって杞憂だった。明らかにこのゴミ箱の中身だけこの部屋には似つかわしくない。

あらかた部屋を探索し終え、目の前にそびえる巨大な両開きの扉に近寄る。

その扉は鎖と鍵で施錠がされており、取っ手を掴んで押したり引いたりしてみたが簡単には開きそうになかった。

ため息を吐いて一旦扉からは離れる。

なんだかあまりあの扉には近づきたくない。近づくと気持ち悪くなる。

 

おもむろに壁の絵の方に近寄り、一枚剥がして手に取った。

『さづろちい』という文字が一緒に書かれた赤い髪の女の人の絵だ。白くて長い服が描かれているので医者だろうか。

文字の解読が全くできないのでこの部屋の謎を解いて脱出するのは無理そうだ。

『さづろちい』

何かの暗号だったりしないだろうか。

 

こう、ゲームでよくある暗証番号をいれたらあの扉が開くとかそういう。

……そもそも入力する場所がないのでダメだった。

もう一枚、絵を見る。縞々の服の子供と患者着を着た子供とネズミとクマが描いてあった。書いてある文字は『ともださ』。ださ?

なぜ突然訛ったんだろうか。いや、これは子供が描いたと仮定すれば、『さ』は『ち』なのではないのだろうか。

つまり『ともだち』、と。なるほど。じゃあ先ほどの『さづろちい』は、『ちづろさい』?

うーん、わからない。お手上げ侍だ。

というかこんなところで謎解きしている場合じゃないのは分かっているのだ。けれど一向に出られる気配がない。

穴でも掘ってみるか、と思うも、召喚器も武器もなく。うぬぬと唸ってペルソナを召喚しようにも誰も応えてはくれない。

 

八方ふさがりで再び床に寝転がる。

そして横を向けば、ゼンマイ仕掛けのネコかネズミかわからない黄色い生き物のおもちゃとテディベアがこんにちはと挨拶してくる。嘘だ。彼らは喋らない。

その横にはフェザーマンのソフビ人形が転がっているし車の玩具も落ちている。

この部屋の主が男の子なのか女の子なのかわからない。なんというか、とにかくあるだけのおもちゃを適当に集めました、といった感じだ。

 

不意に、部屋が揺れたような気がして上半身を起こす。

最初の内はわずかな揺れだったその振動は、徐々に大きくなっていき、発信源も分かる様になってくる。

──あの扉だ。

あれを、誰かが外から叩いている。否、破ろうとしている。

ぞわりと例えようのない恐怖感が迫る。

ダメだ。

何だかよくわからないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな危機感が鎌首をもたげる。

けれど、今の自分にできることは何もない。ただ、部屋の隅で扉が破られないように神様仏様大魔王様とガタガタ震えて祈ることしかできない。目をつぶる。怖い。気持ち悪い。

 

バキリ、と音がして扉が僅かに開く。薄目を開けてそれを見て、後悔した。

鎖がジャラジャラと音を立てながら扉がそれ以上開かないようにしているがその隙間から沢山の黒い手がこちらへその手を伸ばしているのだ。なんだこのホラーは。

 

「こっちにおいで…こっちにおいで…こっちにおいで…」

 

聞こえてくる声にさらに身を縮こまらせる。あれに自分を捕まってはいけないと本能が呼びかけてきた。

 

「…ひとつに…ひとつに…これでひとつに…あとすこし…あとすこし…」

 

一体自分が何をしたと言うのか。

どうしてこんな怖い目に遭わなければいけないんだとヤケになって憤る。

それでもこんな男か女か子供か大人かわからないような無機質な声で直接的な欲求を向けられると、怖いものは怖いので後ろにじりじりと下がる。悪魔と違って人間っぽさというか俗っぽさが無くて怖いのだ。純粋な欲求なのは分かるのだが純粋過ぎて無機質というか。そんな感じがする。

 

と、下がった自分を追うように手も細長く伸びてくる。ドアの向こうのまっくろくろすけはゴム人間か。

自分は薬キメてるし病気持ちだしおいしくないので帰ってくれ、と願うも全く帰る様子は無いし手は更に本数を増やして伸びてくるしでたまったものではない。

正直、これが夢ならもうそろそろ醒めてほしい。

 

黒い手が、空を掻いた。あと少しで触れられそうだったので壁にへばりつくようにして離れる。

離れた瞬間、扉の向こうの存在の質量が増えたような気がしてぞわりと背を震わせた。もしかして、自己増殖型のアメーバみたいな生物なんだろうか。いや、これを生物と呼んでいいのかよく分からないが確かに増えたことには変わりなさそうで、縋ってくる手の本数が増えた。ガッデム。

武器か召喚器かどちらかあれば逃げずになんとかできるのに、と思いながらも無いものは無いので諦めてじりじりと手から距離をとる。

 

そしてちらりと扉の隙間から下手人を覗き見る。

 

──後悔した。見なきゃ良かった。

 

大きな赤い、瞳も瞳孔もない丸いだけの目と剥き出しの歯が笑みを浮かべてこちらを探すように隙間から覗いている。

それと、目が合った。

ハッキリ言ってキモい。とてもキモい。どうせ出てくるならもう少し見れる見た目の存在が良かった。こんなまっくろくろすけは嫌だ。全くもって嫌だ。

というかもうこれで確定したが確実に扉の向こうのアレはヤバい存在だ。

ヨダレ垂らして「オレ…ニンゲン…クウ…」とか言うタイプの化け物だ。実際はもっと流暢に喋っているけれども。

 

こちらを見つめた手の主がはっきりとこちらの場所を確認したのか、手のこちらを追う動きが正確になってくる。

勘弁してくれ、とげんなりしながら部屋の端を手とつかず離れずの距離で回る。

この部屋に出口がないので手の主が諦めるまで耐久戦になるのが悔しいが仕方ない。

 

どれだけこの微妙な攻防を繰り広げたのだろうか。

時間の感覚がないのでもしかしたらまだ3分も経っていないのかもしれないが、とても長い時間この攻防を繰り返していたような気がする。

その攻防が終わったのは、自分がふと気を弛めたせいだった。

一瞬の油断。それをあの化け物は逃さなかった。

 

「ひとつに……ひとつに…こっちに…こっちに…」

 

足首を掴まれて思わず悲鳴を上げそうになる。

細い手はその見た目に反して凄まじい力でこちらを転けさせるとずるずると手繰り寄せていく。身体中に手がまとわりついて、振り払おうともがいてももがけばもがくほどまとわりついてきて離れないし、なにか力を吸い取られているような気がして段々こちらの動きが鈍る。

 

笑みの表情のまま大口を開けた化け物の顔にだんだんと近づく。アレは自分を食べるようだ、と感じながらも動くほどの力が残されておらずただぼんやりとそれを見るだけだ。

そして遂に扉の前まで引き摺られもう終わりかと覚悟し──

 

ガッ!

 

「………」

 

引っかかった。

それはもう見事に。

 

そもそも扉自体はとても大きいが、そこに開いた隙間が人が通れるサイズの隙間じゃないので普通に扉に引っかかった。

 

ガッ!

 

もう一度引き込もうとしたのか力を込めてこちらを引っ張るも、通らないものは通らない。

ざまあみろ! と笑いたいところだがそんな気力も無く。

諦めたようにまとわりついていた手が離れる。

そして静かになった。

 

ガァン!!!

 

…気がしただけだった。

慌てて這うように扉から離れる。

轟音を立てて、扉の向こうの化け物が、扉を再びこじ開けようと体当たりを繰り返している。

 

ガァン!!!

 

扉と鎖が、悲鳴を立てる様に軋む。

 

ガァン!!!

 

パラパラと、部屋にヒビが入り壁の欠片が落ちてくる。もうこの部屋自体が限界だ。

ぎゅっと目をつぶる。

 

──ごぼごぼと、水音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああああ、ああああああ───ッ!!!!」

 

悲鳴を上げて起きる。が、すぐに自らの身体を誰かが抑えた。

焦点の合わない視界でそれが誰か思い出そうとする。

 

「三上ッ! 落ち着け! 大丈夫だ、大丈夫だ!」

「……ぁ、真田、くん…」

 

しっかり焦点が合い、真田くんだと認識して肩で息を吸う。

ここは白い部屋じゃない。黒い泥の中じゃない。気持ち悪い、あの化け物の腹の中でもない。

 

寮の自室だ。

夢、だったのだろうか。

たぶん、おそらく、夢だったのだろう。天田くんと話をして、それで。どうなったんだっけ、と左腕を見る。

ちゃんとついていて動いている。

そうだ、よくわからないやつに襲われたんだっけ、と思い出す。あの時、左腕がもげて死んだような感覚を覚えたが、五体満足だし怪我は治っているようだし治癒魔法で治る程度の怪我で当たり所が悪く気絶したのかもしれない。腕が飛んだような気がしたのは幻覚か何かを見せられていたのだろう。たぶん。

天田くんと荒垣くんは無事かと周りを見回す──までもなくふたりが顔を覗き込んできた。

 

「俺らのことがわかるか? 痛いとことかねぇのか? 腕は両方とも動くか? 変なとこはねえか?」

 

矢継ぎ早に聞かれるので小さく頷く。

天田くんに至っては少し気まずそうだがそれでも心配するような顔をこちらに向けてきていた。敵意と困惑と憎悪たっぷりだったのにどういう心境の変化なのだろうか。

 

「…ぁ…天田くんを、襲ってきたやつは…?」

 

自分は触手みたいな部分しか見ていない。悪魔か、シャドウか。それとも別の何かか。

それを倒せたのか、倒せなかったのか。

 

「ああ、あれか…恐らくは、シャドウじゃねえか…と俺は思うがありゃあ普通のシャドウでもねえシロモンだ。俺ら全員死んでたかもしれねぇ」

 

その言葉に青ざめる。

まさか、他のみんなが居ないのは、そのシャドウと交戦しているからではないのか、という嫌な想像をしてしまう。

 

「い、いかないと…いかないと…!」

「馬鹿野郎! どこ行くつもりしてやがる!」

「突然暴れるんじゃない!」

 

勢いよく起き上がろうとして荒垣くんと真田くんに抑え込まれる。

でも、いかないと。急がないと。

そんな焦りが思考を塗りつぶす。

 

「いいから、お前は寝ていろ! 天田とシンジが見たシャドウは俺たちがつく前にすでに消滅していたから問題は無い!」

「え…あ……ど、どういう…」

 

ベッドに押し戻されて困惑する。

全滅していたかもしれない強さのシャドウを、不意打ちとはいえ自分を一瞬で血まみれにするほどの攻撃ができるシャドウを、どうやって真田くんたちがつく前に倒したというのか。

そう思って荒垣くんと天田くんを見れば、なぜか目を逸らされた。

 

「……自滅した」

 

そうして、しばらくの沈黙の後荒垣くんが口に出した答えに、目を見開く。

 

「奴の見た目からしてまともなシャドウじゃなかったらしい。だがシンジたちの目の前に現れてすぐに自壊して消えた、と。被害は天田を庇ったお前の怪我とシンジの肩ぐらいだ。それももう治療してあるがな」

 

真田くんがそう補足する。

詳しく話を聞けば、マーヤを大きくしたようなスライム状の身体に、目や牙、人間の手足のようなパーツが沢山ついた歪なシャドウだったようで、シャドウの中でも捕食を繰り返した個体が結局自らの力に耐え切れず自壊したんじゃないか、というものだった。

 

「…そっか。じゃあ、他のみんなは…?」

「今日は学校だ。お前は今日までずっと目を覚まさなかったからな。俺たちが交代で看病兼監視をしていた。さっきの慌てようを見るに、居て良かったというわけだな」

「俺、何日寝てた…?」

 

大型シャドウ戦は無事に終わったらしい。しかしずっと目を覚まさなかったということは何日か寝ていたというわけで。

 

「ちょうど5日だ。シンジと天田は初日と2日目以外は毎日。それ以外は他のメンバーが交代でお前を看ていた。他になにか異常があったりもう少し眠り続けるようなら病院に連れていく予定でもあったがな。それと、お前の怪我は通り魔に襲われたとして表向きには伝わっている」

「5日か…出席足りるかな…」

 

今年、というか今回は特にヤバイ。4月にほぼ1カ月潰れているし、熱で何度か休んでいる。そして今回5日連続で休み。

いくらどの道全て無意味になるからといって流石にこれだけ休むとクライメイトからの評判が『病気がち』から『怪我しまくりな病弱のヤべーヤツ』にクラスチェンジしてしまう。

 

「留年したときゃ俺と一緒に三年もう一度やりゃいいだろ」

「えー…」

「なんだ、不満か?」

「湊や奏子たちと同じ学年になるのはちょっと…」

 

複雑なものがある。

先輩と呼ばれるのか。はたまた呼び捨てにされるのか。なんてあり得ない未来を想像して苦笑いする。と、自分の出席を気にしていたが、学校を休学している荒垣くんはともかく、小学生の天田くんは毎日看病してくれていたらしいので学校は大丈夫なのかと気になった。

 

「…あのさ、天田くんは学校……」

「僕はしばらく…休みを貰ってます」

「あ、そうなんだ…」

 

そう答えた天田くんの顔は複雑そうだったがこの前の時のような怒りや憎悪は見受けられない。

酷い事を言ったのに殺そうとしてこないのかな、とか色々聞きたいことがいろいろあったが、先に口を開いたのは天田くんの方だった。

 

「…桐条さんと真田さんから、聞きました。ペルソナの暴走は、自分で制御できるものじゃないって。だから、抑え込むための薬を飲んでいるんだって」

「天田にも他のメンバーにも、説明していなかったからな。…それがこの悲劇を生んだ」

 

ばつが悪そうに真田くんが口を開いた。

湊と奏子は自分と荒垣くんが抑制剤を飲んでいることに気がついていたようだったが、どうりで天田とアイギス含む二年生の他のメンバーからはなにも追及がないと思えばそういう事だったのか。遠慮していたわけではなく、単に伝えられていなかったという事か。

 

「僕は…事故だと言っても母さんを殺した奴を見つけて、殺してやるって。それが正解なんだってずっと自分に言い聞かせてきた。でも、それは違ったんだって。ペルソナの暴走は、誰にでも起こることで、自分の意志で止められるものではなくて、どうしようもできないものだったんだって。…それで開き直るやつなら、僕は迷うことなく今も憎んだし、殺していたと思います」

 

天田くんの言葉に、内心で「開き直っててごめん」と謝る。

本当に悪いことをしたと思う。心をへし折ろうだなんて、そんな考えを持っていたこと自体がおかしい。

どうして、そんな誰かを嘲笑うような考えをしてしまったのか。

 

「でも、あそこで…母さんが死んだ場所であのあともう一度…見つめなおしてみて、わかったんだ。三上さんが言った通り、僕は…逃げたかったんだって。母さんが死んだことからも、僕がひとりになってしまったという事も。特別課外活動部の皆さんは…こんなに気をかけてくれて、心配してくれて、僕は、ひとりなんかじゃなかったのに。ひとりで立っている気になっていて」

 

それは違う。あの時の自分が言ったのは狡い言葉ばかりだ。まさしく、命乞いのようなものだ。だというのに、天田くんはそれをいい方向に勘違いしてしまっている。

 

「三上さんも荒垣さんも、これまで何度も僕の命を救ってくれていたのに。たとえそれが罪悪感からだとしても、今までしてくれていたことの全てを僕は見て見ぬふりをして仇だとわかった途端に憎んで命を奪おうとして…ごめんなさい」

「…謝らなくていいんだ。俺は許されるべきじゃない」

 

そう声をかけると、天田くんが顔を上げる。

 

「俺は、記憶が無いからって…言い逃れようとしていた。死にたくないって開き直った最低人間だ。俺は、いまの天田くんが思うような綺麗な人間じゃないよ…」

「…やっぱり、荒垣さんから聞いた通りだ」

「え…?」

 

天田くんはなぜか得意げな顔をしている。まるで、謎を解いた名探偵のように。

 

「荒垣さん、言ってたんですよ。『いつもの三上は絶対に謝られると悪ぶろうとする』って! 言われた通りでしたね!」

「あ、荒垣くん…!?」

「フン」

 

顔を引きつらせて荒垣くんを見れば、してやったりという顔で笑う。天田くんに変な情報を吹き込んだのは間違いなさそうだ。

 

「あのね、悪ぶってるつもりじゃなくて実際に俺は狡くて悪い奴なんだって…あんな意味の分からない命乞いをしようとしたり天田くんの復讐を無駄なものだっていったり…おかしいだろあんなの…」

「狡くて悪い人は自分を殺そうとしてる人間を庇って『よかった』なんて言って笑いませんよ」

「俺は、そんなこと言ってない。きっと聞き間違いか何かだよ」

「じゃあそういう事にしておいてあげますね」

 

否定したのに“そういうこと”になってしまった。意味が分からない。

殺されたいわけじゃないが簡単に許されるべきことなのではないのも分かっている。だというのに、こんな簡単に許されていいのだろうか。いや、天田くんが許すと言っているのだから許されていいのか? わからなくなってきた。

うんうんと唸る。

 

「荒垣さんと真田さんの言う通り、三上さんってとっっってもめんどくさい性格してるんですね…」

「ぱっと見はまともそうに見えるんだがな…俺もこの前シンジに言われるまで気がつかなかったくらいだ」

「俺が見たときはぱっと見からヘンな奴だったぞ。転校早々自己紹介でフランシスコ・ザビエルって名乗りかけたやつだぞコイツは」

 

なんか聞き捨てならない話題が聞こえたが自分はこっちに来て早々とんでもない自己紹介をしたらしい。過去の自分よ、どうしてそんなことを。頭を抱える。

いや、自分なんだからたぶん場の雰囲気を和ませようとか純粋にふざけてからかおうとかそんなことなんだろうけど。こういう時、過去の記憶があんまりないというのが恨めしい。

 

ただ、今回天田くんの母親をペルソナの暴走で殺してしまったというのは本当に覚えがないものだった。あの頃の記憶は殆どないが男子寮に住んでいたのと夜は必ず12時前に寝るようにしているという記憶はちゃんとある。

そしてペルソナを使えたわけでもないし、ペルソナが未覚醒の時に暴走しただなんてこともおかしい気がするのだ。それは本当に自分のペルソナだったのだろうか。

そもそも本当だとして、なんで2年前に暴走をしたのに今年の7月まで暴走しなかったのか、とか色々疑問がある。

 

それが分かる日は、来るのだろうか。

 

 

 

 

10月4日(日) 影時間

 

満月の光に照らされながら、作戦室に残った幾月は緩くグラスを揺らす。

 

「ふむ、あと1体で12体か…」

 

来月には、自身の目的が完遂される。

そのことに笑みを浮かべた。あと少し。あと少しの辛抱だ、と。

 

「そういえば…」

 

数日前に廃棄した“ショゴス”はどこに行ったんだろうか、と幾月は考える。

暇つぶしに多くのシャドウを継ぎ接ぎして擬似的に『デス』を作り上げようとしたが、できたのはどのアルカナにも属さない──しいて当てはめるとするなら、数を持たぬ者を意味する【愚者】のアルカナだろうか──気持ちの悪いスライムのような不完全体ができただけだった。

神話の生物から名を取って、“ショゴス”と名付けられたそのシャドウはお世辞にも大型シャドウのような目立つ特異性はなく、凶暴性が高いだけの失敗作でもあり、これ以上の観察の必要も使い道も無いとしてタルタロス付近で廃棄したのだが特別課外活動部から遭遇したという報告は今のところあがっていない。

擬似的にとはいえ死神以外の12のアルカナのシャドウを合体させたシャドウだ。それなりに強いだろうが、不意打ちさえ喰らわなければ大した相手ではない。

 

ただし、他のシャドウを捕食して強化されていなければの話だが。

ショゴスは他のシャドウには見られない『共食い』と『弱い敵から優先的に狙う』いう奇妙な性質があった。あまり目立つものでもないし幾月の求める大型シャドウ並ではないが、ある意味では特異性といっていいのかもしれない。

恐らく、継ぎ接ぎをした際になにかそうなる原因が出来てしまったのだろう。シャドウは人間の負の感情に等しい。ならば、誰か飢餓状態に陥っていた人間のシャドウが紛れ込んでいた可能性もある。もしくは、捕食したいという欲求そのものか。

『弱い敵から優先的に狙う』の場合は複数のシャドウを駆け合わせた結果、僅かでも知性が身についたからではないかと予測された。が、その弱い強いをどう判別しているのかは終ぞわからず仕舞いだった。

 

(…まぁ今回の作戦にあまり関係はないだろうから、追々報告があがるのを待とうかな)

 

何かあればストレガか特別課外活動部を焚きつけて処理させればいい。

幾月はそう思いながら水面に映る満月を呑み込むようにグラスの中身を飲み干した。

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