君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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Ⅻ 刑死者
ぬくもり抱いて(10/11~10/17)


10/11(日) 朝

すっかり忘れていたが明後日から二学期の中間試験だ。

今回、全く勉強していないので少し不安なところがある。いくら内容を毎回覚えているとは言っても1月にセンター試験があるので勉強するに越したことは無い。

正直、2年の時の自分が進路相談にどう答えていたのかわからないが、大学進学をすることは間違いないのでセンターに向けても兼ねて今日は部屋に籠って勉強をしようと思う。

奏子や湊たちはどうかは分からないが、勉強会をするならちょっと覗きに行ってもいいかもしれない。

 

『あなたの~テレビに~時価ネットたなか~』

 

モコイさんがテレビをつけて通販番組を見ているようだ。テーマ曲が妙に耳に残る。

洗脳度でいえばサトミタダシ薬局店の方が上だが。アレはもう1回でも店内に入って10分ほどいたら洗脳が完了されてしまってかなりタチが悪い歌だ。とんでもねぇ。

 

『さ~あ、本日お届けするのはコチラ! ズバリ、ラジコン下駄! オシャレも長寿も足元から! ヒュ~ウ、ワンダホー! これになんと! はがくれカップ麺を5個お付けしてお値段はたったの47800円!』

「!?」

 

“時価ネットたなか”はあまり見ない番組だがトンデモないぼったくりともいえそうな値段設定に思わずノートから目を離して画面を見てしまう。

テレビの画面の中では、あのたなか社長がいつもの得意げな顔で喋っている。

 

「チミ、チミ! はがくれカップ麺だって! ボク、食べたいな~」

「いやでも…これ下駄が本体だよ…? しかも5万近いし…」

 

モコイさんに可愛くおねだりされたがとんでもない出費だ。5万円あれば“はがくれ”の特製ラーメンを何回食べられるか。

想像しただけでお腹が減ってきた。どうしよう。

 

「今日のはやめとこうよ…その代わり、今度また『はがくれ』に行こうね」

「ウィ!」

 

即座に代替案を出して我慢してもらうことにした。

流石にカップ麺に5個に5万は無い。大富豪でもない限りない。これならコンビニに行って買ってきた方が安上りもいいところだ。

本当におまけという意識で買わないと大変なことになる。

 

『さ~あそれじゃあ今日はこれまで。売り切れ御免! 残念無念! それではまた来週の日曜に、このチャンネルでゲッチュ―!』

 

先ほどと同じく耳に残る曲が流れ、番組が終わりバラエティに変わる。

再び手元のノートと参考書に視線を落とした。

 

 

 

 

10/12(月)昼

今日は荒垣くんが朝倉先生のところでアルバイトの日なので昼ご飯は各自で用意することになっている。

つまり外食しても何ら問題はない、ということなのでモコイさんと一緒に“うみうし”にいくことにした。最近、超絶メガ盛りデラックス牛丼なるものが期間限定発売になったらしく、それを食べに行こうという算段だ。

 

“うみうし”に着いて件の代物を頼む。

食べ残し厳禁と言われたそれと小盛の牛丼を頼んでモコイさんと一緒にいただきますと手を合わせた。

特盛りの三倍はありそうな量の牛肉とご飯の上に、さらに豚バラをタレで炒めたものや生姜焼き、焼き鳥、カルビがトッピングされているまさにデラックスな牛丼だ。ちなみにお値段1480円(税抜)。かなりのご馳走だ。

紅ショウガの箱をパカリと開けて中身をトングでつまんで乗せる。

 

乗せる。

 

乗せる。

 

乗せる。

 

山盛りにこんもりと盛られたショウガに満足した後は七味のビンを手に取って上に振りかけた。

 

「いつも思うんスけど、めちゃくちゃ乗っけるっスね…」

「これがいいんだよ、これが。紅ショウガがホントにおいしいから好きだ…」

 

そう。紅ショウガ(これ)がたまらなく美味しいのだ。焼きそばやたこ焼きにもこれが入っていないと始まらない。

ようやく箸を手に取りまずは牛丼の肉とご飯を一緒に口に運ぶ。いつもの味だ。美味しい。

そうして、みるみるうちに牛丼は胃袋に収まっていく。

 

全て食べ終わり、会計を終えて店を出た。

 

「チミの最近の食べっぷりには目を見張るものがあるネ…」

「モコイさんと出会う前からこんな感じだったんだけどね、あのころくらいから体調崩しちゃって…」

「なるほどネ」

 

嘘は言っていない。以前の幾月の言葉からも周りの態度からも、今年の4月になるまでの自分は相当食べていたらしいので体調が悪くなり始めるころより前の周回の食欲と同等と考えてもおかしくはない。むしろ、どうして自分が『自分』としてはっきり自覚する前と後では体調に変化があるのかが謎だが、まあそういうものなのだろう。

変化といえば記憶に関してもそうだ。自分には4月以前の記憶が殆どない。というのにたまにそれを覚えているかのように勝手に喋ったり行動したり。

思い出そうと思えば体自体が忘れているわけではないので出来るんだろうが、どうしても自分の自由で思い出せるものでもなさそうで。まるで、もう1人他の自分がいるような、同じ自分のはずなのに微妙に違う自分が別で居るような感覚がするのだ。

最近、特にそれが顕著だ。天田くんのお母さんの事件のことだって、たまり場の不良のことだってそうだ。あれらは普段の自分なら絶対に首を突っ込まない。

ついでに美鶴さんと顔見知りどころか何度か話をする仲で、荒垣くんと転校早々仲良くなっているというのも珍しい事である。

基本、入寮前の自分は特別活動部のメンバーとは無縁の生活を送っていることが多い。

ゲームで言うごくごく一般的なモブみたいなものだ。村人Gくらいの。

だというのに、こんなにぐいぐい行くというのは珍しいを通り越して何かがあるのかと勘ぐってしまいそうになる。

 

──何を言うんだまったく。“そうなること”を俺()()が望んだんじゃないか。

 

「!?」

 

一瞬、脳裏でそんな声が聞こえた気がして、思わず足と思考を止める。

顔を上げれば、いつの間にか周りは真っ暗な闇に包まれ、目の前に転校前の学校である聖エルミン学園の制服を着て不格好な子供の落書きのようなスマイルが描かれている仮面をつけた自分が立っていた。

 

「──忘れちゃった? まあ、仕方ないか。前回の俺とこれまでのお前。俺たちは失敗したんだからさ」

「な…なに、を…」

「“同調”だよ、同調。まあ同じ自分同士だからなにか起こんない限り失敗しないんだけどさ…多分なにか起こったんだろうなあ…あの時俺がああ言ったせいかな…アレのせいかなあ…うわあやだなあ…」

 

困ったような声でもうひとりの自分がそう告げるが言っている意味が分からない。

同調とはそのままの意味だろう。ただ、そうなると自分ともうひとりの自分が同じ時間軸に存在していることになる?

もしかして、単に時間を巻き戻しているだけではないのか。

 

「ご名答! ただ時間を巻き戻してる訳じゃないのはなんとなく分かりきってることだったろ? そもそも、湊と奏子が…あー…いや、今はやめとく。でも俺とお前はどうあがいても変わらない。同一の存在なんだ。むしろ今、こうして分離していることが異常というか…なんというか、わざわざ俺を『俺』として残したことがおかしいというか」

「うーん。というかどうして今更?」

 

出てきたというか話しかけてくるようになったのだろうか。

自分自身であるならもう少し早く接触してもいいはずだ。というかしてほしかった。主に天田くん関係で。

 

「今更どころか5月から精一杯呼びかけてたの! 俺だって頑張ったの! でもこの前の満月まではお前にどれだけ呼びかけても返事してくれなかったんだよ。それに()()よくないもの沢山食べてるし…あんな悪食、自分とは言えども客観的に見ることになると流石にドン引きモノだよ。いや、同じ轍を二度踏んでるのか…ほぼほぼ俺も同じことになってたし…どうしようもできないってことか…」

 

ぷりぷりと怒るような声で訴えるもうひとりの自分のその言葉に思わず驚いてしまう。

悪食。よくないもの沢山食べてる。つまり、最近の食生活がやばい…? しかしなにも思い浮かばない。うどん、焼肉、肉じゃが、豆乳鍋、シーザーサラダ、牛丼…うん、普通だ。

 

「ごめ…えっ、なんか変なモノ食べてる…?」

「変も何も…いや、言わないでおこう…多分その方がいい…うんうん。まあ実際にアレやったの、一部は俺たちのせいじゃないし…スルーでいこう…」

 

気になる。めちゃくちゃ気になる。が、自分が知らない方が良いと言っているのなら知らない方が良いのだろう。やめておこう。

 

「そうした方が良い。絶対に良い。むしろアレって俺しか感知してないのかなあ…はあ~…俺たち、統合されたらショックどころの騒ぎじゃなさそう……気が滅入るなあ…どうせこれもあいつらのせいだろうし…絶対笑ってるよ今頃……後でまとめてぶん殴ってやる……」

 

落ち込んだような、困ったような声ではあ、と溜息をつきながらぶつぶつ文句をいう姿は正しく自分だ。言っていることの大半は自分には意味が分からないものだったが。

 

「──ああ、それと“モルフェ”に気をつけてあげて」

「?」

「あの子、最近変だからさ。俺は見ることしかできないけど、確実に苦しんでる。()()は“あれらを受け入れられる存在”じゃないから…まあでもあんなモノ食べたら腹壊すかなあ…連鎖して俺らも腹壊さないといいね…あ、もう壊れてるんだった」

 

モルフェに何かあったのだろうか。

というか知らないうちに何か食べて腹を壊しているらしい。今度会えたら整腸剤でも渡してあげようと決めた。というか何故モルフェの腹痛がこちらに連鎖するのだろう──まさか、使っているトイレが一緒とか…ないか。ないな。普通に整腸剤渡してあげよう。モルフェ自体、俺の見てる幻覚かもしれないけど渡せるはずだ。

 

「それ、効くかな?」

「たぶん効くと思う」

「そうかなあ…」

 

同じ声で悩むとどっちが自分の考えだったのかわからなくなってくる。

モルフェに整腸剤が効くと思う自分と不安視している自分。どちらも同じ自分なので感じている半信半疑という感情は多分同じ…だと思いたい。

 

「俺もそう思いたいよ。というか違ったらビックリ侍だ。俺はお前でお前は俺なんだよ。…えっと、我は汝~汝は我~ってやつ? 一度言ってみたかったんだよね! これ! わーい! 言えた言えた!」

「それは良かった」

 

バンザイをして喜ぶ自分に、確かにちょっと言ってみたかったけれどここまで喜ぶというのはかなり言ってみたかったの裏返しだったりするのだろうかと思う。自分でありながらやっぱり自分のことはいまいちよく分からない。

 

「んー…そろそろ会話はやめにしよう。あんまりボーッとしてるとモコイさんに心配されるだろうし、()()()()()()()()()()()()()()()ね。あ、こっちからは何もなければ基本的に話かけもしないから、居ないものだと思ってもらっていいよ。というかいつもは仕事がないときは殆ど寝てるし。俺のこと意識して呼ばない限りはお前の行動をぐっすり寝ながら夢で見てるからさ。そんなもんだと思ってよ」

 

そんなことを一方的に言って、じゃあ、なんてひらひらと手を振るもうひとりの自分がかき消える。

それと同時に周りの景色も元に戻った。

 

「ぼーっとしてどうしたの、チミ?」

「なんでもない。ちょっともうひとりの自分と話してただけ」

「はへ?」

「内なる自分との対話…みたいな? うん、間違いない」

 

不思議そうな顔をするモコイさんを連れて、そのまま寮へと帰宅した。

そういえば、最近ありすに会うことが出来ていない。中間テストが終わったら探してみるのもいいかもしれない。モコイさんに悪魔だと判断されているが、間違いという事もあるし話も通じるはずだ。きっと。

 

 

 

 

10/13(月) 昼

二学期の中間試験が始まった。

試験内容は概ねいつも通りだ。

これなら復習しなくても良かったかもしれない。

と思っていたら江戸川先生の担当教科である保健のテストでいつもとは少し違う問題が出た。

が、江戸川先生が授業中に「ここ、テストに出しますからね。キヒヒヒヒ…」と言っていた所だったのでしっかりノートにメモしてあった。ちゃんと覚えがある。

おそらく正解できているだろう。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

10/17(土) 放課後

二学期の中間テストが終わった。月曜日には試験の結果が張り出されるだろう。

モコイさんとふたりで“オクトパシー”のたこ焼きを食べていると寒い風が吹いてくる。

ベストをこの前ダメにしてしまったので新しいのを買ってもいいかもしれないな、と考えながら腕をさする。

 

「チミ、寒いの?」

「まあね…でもモコイさんと一緒だから寒くないよ」

 

言葉の綾だ。

実際は少し寒いが本気で寒いわけでもない。モコイさんと話す事によって緩和されているのもまた事実。独りだと寒い寒いと唸っていなければいけない程度には今日は寒かった。

そろそろカイロとマフラーの導入を考えるべきだ。両面に一枚ずつ貼るので一日二枚の消費と考えると“青ひげファーマシー”で箱買いした方が良いのかもしれない。

 

「明日はポロニアンモールに行こう。で、帰りに“はがくれ”の特製ラーメンを食べようか」

「ナイスだね、チミ。モチロン、3時のデザートは“シャガール”のケーキだよネ?」

「そうしようか。モコイさんは今、ジャスミン茶より『おいしい牛乳派』なんだっけ」

「イエス! ゴックゴク飲むのがマイブーム。寒いこの時期、ホットにすると更にテイスティ」

 

じゃあ明日は14時ごろに寮を出てポロニアンモールまで行ってカイロを買ったら“シャガール”を梯子して、しばらくそこで暇をつぶすのもいいかもしれない。丁度読みたかった本を手に入れたのでそれを持っていこうと考えながら二皿目のたこ焼きを平らげた。

 

 

 

 

10/18(日) 昼

カイロを買ったその足で“シャガール”に寄った。

モコイさんの分のホットミルクとケーキを頼んで膝の上に乗せて本を開く。

傍から見れば本を読んでいるだけ、に見えるはずだ。たぶん。

 

「う~ん、テイスティ。あちっ」

「大丈夫? ちゃんとフーフーしてから飲んでね」

「気をつけるネ…」

 

冷まさないまま暖かいホットミルクのマグに口をつけたせいか小さい叫び声をあげたモコイさんを心配する。火傷になっていないだろうか。というか悪魔は火傷するんだろうか。炎上はしているところを見た事はあるが火傷になっているのは見た事がない。

朝倉先生曰く、ケガをしたなら人間より悪魔の方が治しやすいらしいが、ケガはしないにこしたことはない。傷薬を追加で買っておけばよかったかな、と思うも、そもそもモコイさんに火傷する舌があるのか見た事が無いのでわからなかった。悪魔は不思議だ。

 

「あれ、三上くん?」

 

モコイさんを心配していると、聞き覚えのある声で呼ばれたのでそちらを向くと、この前カウンセリングを受けた園村さんと、もう1人、黒髪でピアスをつけた男の人がそこにいた。旦那さんだろうか。

 

「園村先生、こんにちは」

「こんにちは。あれからどう? 何か変なことは…って、その膝の上に、乗せてるの…ぬぐるみ…?」

 

園村さんのぎょっとするような視線が思いっきりモコイさんを見る。まさか、園村さんは“視える”人なのか。

 

「え、あはは、そ、そうなんです。かわいいでしょう? ってモコイさん今はだめだってケーキに手を伸ばしたら!」

 

できるだけ小声で言い放って慌てて隠すももう遅い。モコイさんはケーキを口に入れてしまった。

そして園村さんの顔は驚愕に目を見開いているし、横の男の人は何が起こっているのかわからないような顔をしつつもモコイさんをしっかり見ていた。

 

「……それ、全部食べ終えてからでいいから話聞けないかな?」

「……はい」

 

観念するしかない。今日の読書の予定はキャンセルだ。

油断していた自分のミスなのでモコイさんは何ら悪くない。万全を期すなら普通にお持ち帰りにして部屋で食べても良かったのだ。

席に着いてこちらにニッコリと笑いかけた園村先さんは謎の凄味があった。ちょっと怖い。

 

「ごめんモコイさん…こんなことになるならお持ち帰りにしてホットミルクは寮で作ればよかったね…」

「ゆっくり食べるからノープロブレム! いざとなったらこの『えんまくだん』で~」

「いや、ここじゃだめだと思うよ…お店の人の迷惑になるしやめようね」

「ウィ…」

 

モコイさん秘蔵の『えんまくだん』で逃げようという作戦もここじゃ無理だし、美鶴さんの紹介でかかった心療内科なのでたぶん住所も知られてる。詰んでるのなら素直に話し合いに応じた方が良いというのが自分の考えだ。

そんなにいきなりモコイさんを消そうとか排除しようという気も感じられない。あくまで、モコイさんがいることに驚いているだけのように見えた。ならそんなに警戒する必要もないだろう。カウンセリングの時の園村さんの印象からして、無理やり踏み込んでくるタイプでもないような気がした。

ただ、園村さんと一緒にいる男の人が少し気になった。その人は特にこちらを見てくるという事もなく、普通にコーヒーを飲んでいる。が、逆に普通過ぎてなんだか気になるのだ。

 

(気にし過ぎかな…)

 

詮索するのはやっぱりよくないか、という事でそのまま本に目を戻す。モコイさんが食べ終わるまでは読書でもして待っていようかと思ったのだ。が、全然頭に内容が入ってこなかった。

 

 

 

 

「そんなことだったんだね。無理言ってごめんなさい」

「大丈夫ですよ。ね、モコイさん」

「ウィ! 飴ちゃんくれる人に悪い人はいないっスから」

「お、おやつで懐柔されてる…」

 

ポロニアンモールから駅までの道を、園村さんとその彼氏さん?(園村さんは同居人だと言っていた)である藤堂さんと歩く。

モコイさんとの関係をオブラートに包んで話して、悪い悪魔でない事をしっかりと知ってもらった。とりつかれているわけではなく、ただの大事な友達だと。

そして驚いたのがふたりが朝倉先生の知り合いで、ペルソナ使いだという事だ。

多分さっきから藤堂さんが気になっていたのはそれが原因かもしれない。

 

園村さんと藤堂さんは高校時代と10年前にいろいろあったらしい。高校時代は御影町で。10年前は珠閒瑠市で、だそうだ。

そういえば、神条さんの話で10年前の珠閒瑠市で噂がなんとやら、というのがあったんだっけか。

 

「10年前の珠閒瑠市ってあれですか? 珠閒瑠市が浮いたとかっていう…」

「そうそう、よく知ってるね。こっちだと10年前って言ったらポートアイランドの事故の方が有名じゃない?」

「か…知り合いの人から聞きました。あれ、悪魔がらみだったんですね」

 

知らなかった。そんな話の裏でペルソナ使いが戦っていたなんて。

実際、自分たちの戦いも誰も知らないようなものなので同じような感じか。知らなければ存在自体分からない。『認知』されない。

 

「そう、“ニャルラトホテプ”っていう悪い神様のせいだったらしいの」

「ニャルラ…トホテプ……」

 

何だか言いにくい名前だ。嚙みそう。

あとよくわからないけどムカつく。すごくムカつく。幾月ぐらいムカつく名前だ。多分すごく悪いことをやったんだろう。幾月みたいに高笑いしながら。

…想像していたらめちゃくちゃムカついてきた。

 

「名前聞いて悪そうな感じを想像したらなんかめちゃくちゃムカついてきました。嚙みそうな名前だからですかね」

「さ、さあ…」

 

園村さんが困惑している。

少し素直な意見を言いすぎたのかもしれない。流石に名前を聞いただけでムカつくとか思うのはさすがに悪い奴でも可哀想だったりするのだろうか。

 

「でも、三上君の方も大変みたいじゃない?」

「まあ…その…そうです、ね…」

 

朝倉先生伝いに、朝倉先生に伝えたこちらの情報はほぼほぼ伝わっているらしい。

言えるわけがない。「来年の1月末にはこの世界滅ぶんですよ」とか、「来年の1月末には死ぬ予定してるんですよHAHAHA!」とか。

もちろん、朝倉先生に大型シャドウの事は伝えていない…筈なのになぜかそのことも伝わっていた。桐条云々も伝わっていたのでタカヤ辺りがバラしたのか。多分そうに違いない。

一体どういうつもりなんだろうか。

 

「──実は、俺は急増する影人間の原因と桐条の起こした10年前の事故について調べてるんだ。きみの知ってることで良ければ教えてくれないか?」

「……藤堂さんが、ですか」

 

ここで初めて口を開いた藤堂さんの言葉に眉を顰める。桐条へ、ひいては美鶴さんに何かするつもりなのでは、という警戒心が生まれる。

 

「ああ。桐条の本家本元。“南条”から調べるようそう言われてる」

 

南条。

日本有数の財閥である桐条の、源流とも呼べる大財閥だ。“南条コンツェルン”という超大会社を運営しているバリバリのセレブ一族、だった気がする。つまり美鶴さんの親戚とも言えるのだ。

 

「今の当主である南条くんも私たちと同じペルソナ使いなんだよ。だから、悪いことはしないし、信用してほしいな…なんて」

「……」

 

園村さんの言葉に思案する。

確かに、かの南条なら分家である桐条の事情を察知しててもおかしくはない。が、逆にならば何故10年前に調査に来なかったのか、とか色々疑問が──あ、

 

(もし園村さん達と同じように、10年前の珠閒瑠市の事件に現・南条家当主がペルソナ使いとして関わっていたら、さすがに忙しすぎて分家かつもみ消しのプロな桐条を問い詰めることは出来なかったとか…? 影時間だの実験だのの資料はほぼほぼ幾月の手中に収まっていて見れなかったろうし、朝倉先生のように影時間の適性がないペルソナ使いや一般人なら影時間中に起こったシャドウの暴走による事故だなんて知りようがない…)

 

だから、朝倉先生経由でシャドウや影時間の情報が現・南条家当主に伝わるまで動けなかったとかだろうか。

とてもじゃないが先代の南条家の当主さんがペルソナ使いだったり影時間への適性を持っているようには思えないからだ。

 

「それ、調査始めたのって、朝倉先生から連絡行ったからですか」

「よくわかったな。そうだよ。ブンヤ…朝倉からなんじょうくんに電話があったらしくて、それで俺に回ってきた。それだけだよ」

 

こればっかりは自分が撒いてしまった種みたいなものだ。

影時間やシャドウのことを朝倉先生に伝えなければ──否、そもそもあの夏の日に倒れなければこんなことにはなっていない。

けれどあの出会い方をしなければ制御剤の副作用をなくすこともできなかったわけで。

 

「…朝倉先生に話したことと同じです。それ以上は、さすがに俺も知らないです」

 

しらばっくれることにした。

今ニュクス云々喋ったところで何もできやしない。

それにタカヤ達が“影時間を消す方法”について朝倉先生に何もしゃべっていないという事はそういう事だ。大型シャドウが月(いち)で来るという情報しか藤堂さんは話さなかった。

つまり、そういうことなのだ。

嫌でも12月頃にはニュクス教で大騒ぎに……ならないな。

今のタカヤ達がニュクス教を作るとは到底思えない。

今となってはTシャツGパンで紗耶ちゃんの相手を渋々しているタカヤが、終末思想の宗教なんか始めた日には紗耶ちゃんが大泣きだ。そしてチドリとイズミさんが怖い顔になるに違いない。というかその前にジンが止めそうな勢いではある。ジンはジンで今でもタカヤの事を信奉はしているが、そのベクトルが少し変わりつつあるような、そんな気もする。

まるで紗耶ちゃんという子供を通して、みんな未来を見る様になった感じだ。

ついでにガッツありまくりでザ・元気の塊って感じのイズミさんが居るのも大きいのかもしれない。あの親子がいるだけで部屋が明るいのだ。シャイニー。

それはともかく、

 

「…そっか。じゃあ、無理には聞かない。だから、話せるようになったら話してくれよ」

 

藤堂さんには自分が何かを隠していることはお見通しだったらしい。

薄く笑ってそう言ってきた藤堂さんは朝倉先生のように騒がしいという事もなく。本当に、自分の事を信頼して待っていてくれるような声色でそう伝えてきた。

この短い時間に出会ったわけのわからない高校生を、どうしてそうも信用できるというのか。自分にはいまいちよくわからない。

 

「それじゃあね、三上君。今日は無理に話を聞いちゃう形になってごめんね」

「いえ、大丈夫です」

「またなにかあったらカウンセリングに来てね。話をするだけでもいいから」

 

駅の前で園村さんと藤堂さんに別れを告げ、電車に乗る。

 

「まだ少し時間があるからマンガ喫茶にでも行く?」

「行く行く!」

 

『はがくれ』で夕食を食べる予定の時間まで時間があるので寄り道しようと思う。

少し買い物してもいいかもしれない。流石に防寒具がカイロだけは少し心もとないから。

 

 

 

 

 

「マフラー、フヒヒ。いいですなぁ」

「こうして巻けばモコイさんも一緒に温まれるからね」

 

赤いマフラーを巻いて、夜道を歩く。

モコイさんも巻けるようにと長めのものを選んで買ったのだ。実際には、首に巻いているマフラーの輪の中にモコイさんが入り込む形になってしまって少しくすぐったいが。

 

「そうだ。12月になったらクリスマスがあってケーキとか食べるし、年末には年越しそば…1月にはおせちもあるから楽しみにしていてね」

「クリスマスケーキ! おせち! ン~、楽しみっスね!」

「おせちの他にお雑煮もあるかも。お出汁はどうしようかな…」

 

まだ早いが今から計画を立てていても損はしないだろう。

楽しめることは楽しまないと損だ。死ぬからと言ってこういうイベントを逃したいとは思わない。流石に死んだり何度繰り返すと言ってもイベント事は毎回やりたいのだ。特に、モコイさんが居るから今回は新鮮で楽しい。

もし、世界を救ったとして。なにか奇跡が起こって死ななかったとしたら。きっとこの先もモコイさんと一緒に歩んでいけるのだろう。

悪魔に寿命は無い、らしいから。

だから、もし自分が湊も奏子も世界も救えて未来を生きれるようになったら、ちゃんと奏子と湊にモコイさんを「俺の一番の友だちだ」と紹介する。

 

──それくらいの希望をもっていたって、きっと許される。

 

たとえ待ち受けるものが、絶対の死だとしても。

今はただそれだけで頑張ろうと思える。

 

最近、湊や奏子、美鶴さんやモコイさんと一緒にいると、死ななければという暗示のようなものが少し和らぐような気がした。

依存でもいいから、見えている終わりに怯える心を少しだけ奮い立たせてくれる存在に頼るのを許してほしい。本当は守らなければいけない存在に寄りかかるのを許してほしい。

 

「あたたかいね」

「あたたかいですな~」

 

そうやって、ふたりで笑いながら夜道を帰った。




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