君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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アリス(10/19)

10/19(月) 放課後

 

中間試験の結果を確認し、いつも通りモコイさんと帰り道を歩く。

ありすを探して本当に悪魔かどうなのかをそれとなく確認しなければいけないのも忘れずに、と言いたいところだが正直会えるのかどうかすらもわからない。

彼女は商店街によくいるとはいえ、確実にいるかどうかは分からない。更に、モコイさんが怯えるほどの存在に、モコイさんと一緒に会いに行ってもいいのかどうかという心配がある。なので一旦、寮に帰っていてもらおうかと思った。

 

「モコイさん先に帰っててくれないかな」

「藪からスティックにどうしたんだネ、チミ」

「…俺はありすをさがそうかと思ってる。もし会えたらモコイさんは怯えちゃうだろうし、今日は話をするだけだから俺は大丈夫だよ」

 

モコイさんが心配そうな顔で見てくる。

そんなに心配しなくとも、今日は本当に話をするだけなのだ。ありすも急に街中で人を襲ったりはしないだろうし、人に溶け込んで生活しているくらいだ。話し合いくらいはできるだろう。

 

「危なくなったらちゃんと逃げるから。俺だって死にたくはないし…」

「それなら…」

 

渋々、といった様子で肩から降りたモコイさんは寮のある方向の道を歩いていく。それを見送って商店街とその周辺を歩き出した。

 

1時間ほどぐるぐると歩き回っただろうか。

辺りはもう暗くなり、夜と言っても差し支えない時間になった。もうそろそろ今日は諦めて帰るべきだろう、と帰り道の方向へと身体を向けて歩き出す。

これ以上はモコイさんも心配するし何よりも晩御飯の時間に遅れてしまう。

 

「──おにいちゃん、こんばんは」

 

後ろから声が掛かる。

立ち止まって振り向けば、暗い夜道の真ん中でありすが街灯に照らされたっていた。

 

「こんばんは」

「ひどいよー。ありす、今日はずっとおにいちゃんのこと探してたんだよ?」

「俺もだよ、聞きたいことがあって…じゃなくてこの前はごめんね」

 

一応、この前ありすとの予定を断ったことを謝っておく。

すると、無邪気な笑顔でほほ笑んだ彼女はその小さな口を開いた。

 

「いいのよ! でも、今日はお人形さんとは一緒じゃないのね。ざんねん」

 

お人形さん。ありすの言う、“お人形さん”とはモコイさんの事だろうか。

 

「あの時は人形だって言ったけど、モコイさんは人形じゃなくて俺の友だちだよ」

「そうなの? ふーん。でも、ありすもおにいちゃんの友だちよね? そうよね?」

「え…ああ、うん」

「良かった! それじゃあねー…おにいちゃんにお願い! ありすのお家まで一緒に帰ってくれる? 今日はおじさんたち、お仕事が長引いちゃったみたいなの!」

 

ありすはどうやら家まで送ってほしいようだ。

本当に彼女が悪魔か怪しい感じになってきた。魔人とも称される悪魔で、ホワイトライダーよりも強いというのなら、こんな夜道へっちゃらに違いないのだ。

だというのに、送ってほしいというのは彼女が悪魔でない証拠ではないのだろうか。

 

「…いいよ。道を教えてくれるかな?」

「わかったー! ありがとう、おにいちゃん!」

 

荒垣くんに「帰りが遅くなるので今日は夕飯は外で食べます」とメールで連絡しておく。

「あんまり遅くなるんじゃねえぞ」という短いメールがすぐに返ってきたのを確認して携帯電話をポケットにしまう。

 

「こっちだよ、おにいちゃん!」

 

夜道を歩く。

商店街の前まで戻り、さらにそこから住宅街の方へと歩く。

 

「ありすちゃんのお家ってどこらへんなんだ?」

「もっとねーあっち!」

 

かなり向こうの方を指さすありすに、結構遠くから来てるんだなと感じた。こんなに遠いと確かに1人で帰るのは心もとないだろう。

寮から長鳴神社に行く距離よりも離れているかもしれない。

 

「このさきのね、こっちにいくのよ!」

 

ありすは自分がいるからか、努めて明るく道案内をしてくる。ただ、ここら辺になってくると閑散とした住宅街なので人っ子ひとり歩いていない。

そして、ありすが指さしたのはこの住宅街に似つかわしくない鬱蒼と茂る林に続く道だった。

 

「あっちに住んでるの…?」

「そうよ! ありす、おじさん達とお屋敷に住んでるの」

 

どうやらありすはお嬢様だったらしい。

林の先というのが少々気になるが、お屋敷に住んでいるという事は、かなりのいいところのお嬢様だ。こういうのは、使用人とか雇っているものではないのだろうか。と気になったが、単にお嬢様ではなく屋敷に住んでいるというだけでそんなに金持ちではない可能性も出てきた。

 

街灯のない月明かりの照らす、落ち葉の敷き詰められたレンガの道を歩く。

本当に最低限の舗装がされている道だ。

そして、その向こうにライトで照らされている門とレトロな外観の屋敷が見えてきた。本当にありすは屋敷に住んでいたようだ。

 

「あれがねーありすのお家なの! トモダチが沢山いるのよ!」

「へー」

 

おそらくそれは、ぬいぐるみとかペットとかそういうたぐいなんだろうなと思う自分の思考からはありすが悪魔かもしれないという可能性は消え去っていた。

 

「おうちついた~! ほら、おにいちゃんも中に入って!」

「いや、俺はここで帰るよ」

 

門の前まで来て、ここまで来れば大丈夫だろうとありすに別れを告げることにする。

インターホンが門には無いが、ありすはひとりでも家の中に入れるだろう。なんせ、留守番の途中で1人で出てきたらしいのだから。

 

「だめよ! おにいちゃんも中に入らないと! だって、ありすの友だちなんでしょ?」

(…ん?)

 

ありすの発言に、なにか違和感を感じた。

 

「ごめんね、俺もそろそろ帰らないと、晩御飯食べられなくなっちゃうから」

「そうなの?」

「そうだよ」

 

ありすが、不意に無表情になった。

その顔にゾッとした。まるで、そう、これは──

 

「あーあ、つまんないの。おにいちゃんもワタシから……“アリス”から離れようとするのね。あとちょっとだったのに」

「!?」

 

ありすの──否、アリスの目が赤く光った。

瞬間、周りの景色がぐにゃりと歪み、まるで『不思議の国』のようなメルヘンチックな遊園地に変わる。

 

「ようこそ、おにいちゃん。アリスの国へ」

 

そしてその中心で、アリスはふわりと花の咲くような笑顔で笑った。

 

「…あ、ありす……?」

 

気配が、少女のものから悪魔のそれに変わり、気持ち悪い死臭のようなものがそこら中からひしひしと感じられた。

──そして、間違いなく目の前の少女は彼らと同じ『魔人』だと内なる四騎士が訴えかけている。

 

まずい。

 

もしかしなくても、誘いこまれた?

 

「おにいちゃんはワタシの友だちなのにワタシだけのオトモダチにはなってくれないから、今日は『お願い』するために探してたのよ」

 

ぶらぶらと、その異様な景色の中をスキップするようにアリスは歩く。

 

「アリスとね、トモダチになってくれたらおにいちゃんをここから出してあげるよ。ね、それならおにいちゃんもナットクしてワタシとトモダチになってくれるよね?」

「……」

「どうしてだんまりなの? もしかして、アリスにおどろいちゃった? うふふ、じゃあおにいちゃんがトモダチになりたくなるように、もっともっと驚かせてあげるね!」

 

依然、言葉が出ない自分に可愛く笑いかけたアリスは、片手をあげる。

 

「紹介するね、これがアリスのオトモダチ!」

「…ァアア…」

 

地面から生えるように次々と現れたのは、一言でいえばゾンビだった。

思わず後ずさり、距離をとって鞄からダガーナイフを取り出す。

 

「かわいいでしょ? これがアリスのトモダチなの。ここに来てからはおじさんたちに“オトモダチを増やしちゃダメ”って言われてけど、おにいちゃんだけは良いよって言われたの! それにね、アリスのオトモダチになったらずっとずっと一緒に居られるのよ! おにいちゃんもすぐにこうなれるから安心してね!」

 

なにも安心できない。

こうなる、というのはゾンビになるという事だろう。そんなのは御免だ。

だがしかし、アリスの能力も強さも未知数だ。気を抜けば殺されてしまうかもしれない。

 

「だからね──… 死 ん で く れ る ?

 

ぞわり。本能が危険信号を放つ。

急いでその場を飛び退けば、地面からアイアンメイデンが飛び出て先ほどまで自分がいたところでガチャンと音を立てて閉まった。

飛び退くのが遅ければ即死していたに違いない。

 

「あらら、おにいちゃんどうして避けられたの? アリスの『お願い』は絶対なのに」

 

心底不思議そうに敵意の無いアリスが訊いてくるが答えられるはずがない。

と、同時にあれを連発されたら避けきれないということもはっきりしているわけで。

ただ、自分に死んでくれるかときいてきて殺しにかかってくる割に、アリス自身に敵意のようなものは微塵も感じられないのが気持ち悪い。まるで、遊ばれているような感覚だ。

 

「だんまりなのね。べつにいーもんね! ワタシのオトモダチにおにいちゃんをオトモダチにしてもらうんだから!」

 

10人ほどのゾンビがこちらに向かってくる。流石にこの数をいちいちナイフで相手をしていられるわけがない。ゾンビ映画みたいに噛まれたらゾンビになるという仕組みだったらもっと嫌だ。なので。

 

「“モルぺウス”!」【空間殺法】

 

現れた“モルぺウス”がその双腕の爪でゾンビたちを切り裂く。“パンタソス”の【マハラギダイン】で焼き払っても良かったがこちらの方が早い気がして、実際正解だったので良しとする。

モルぺウスによって斬り裂かれたゾンビたちは肉片になるかならないかの段階で塵となって消えていく。どうやら、彼らも悪魔と同じ存在の様だ。

 

「う~~~~! よくわかんないけどおにいちゃんはすぐに死んでくれないってことなの!? じゃあ、トランプ兵さんいっけ~~~!」

 

癇癪を起したようなアリスが次に呼び出したのはまさに『不思議の国のアリス』に出てくる槍を持ったトランプの兵隊だった。が、こんなもの、まともに相手などしてられない。

踵を返し、走る。

 

「あ! 逃げる気!? でも残念ね! おにいちゃんはここから出られないの。ここではアリスが女王様。アリスの命令は絶対なの!」

「……!」

 

突如現れたアリスに回り込まれ、足を止める。

ぷりぷりと怒る彼女はしかし、それでも凶暴さがない。本当に遊ばれているようだ。

 

「ほら、おにいちゃん。逃げてばっかりだと疲れちゃうよ? アリスはおにいちゃんが早く諦めてくれるならそれでもいいけど!」

 

後ろにはトランプ兵。前にはアリス。

まさに前門の虎後門の狼と言ったところだ。アリスへの注意をおろそかにすれば先ほどの攻撃を再びされるかもしれない。トランプ兵を無視すれば、いずれ追いつかれて攻撃されることは確実だ。

 

「チッ…」

 

アリスから注意をそらさずに、また走り出す。

そして、丁度両者が一方向になる様にしようと──

 

「も~~~~! 逃げてばっかりだとつまんないの~~~!」

「!?」

 

したら再びアリスが目の前に現れた。

まさかとは思うが「ここではアリスが女王様」だというのは比喩ではなく、本当の事だとしたら。アリスはこの空間のどこへでも瞬時に移動できるという事なのだろうか。

 

これなら確かにいくら逃げても意味がない。

ただアリスは自分から手出しをする気はない様だ。ならばその好意に甘えよう、と“ホワイトライダー”を呼び出した。

 

【プロミネンス】

 

太陽の如き業火がトランプ兵たちを焼き尽くす。

そして塵も残さず焼き尽くした跡にアリスが立ってぱちぱちと拍手をしていた。

 

「すごいのね、おにいちゃん! アリス、びっくりしちゃった。お人形さんだけじゃなくて、骸骨さんとお馬さんも呼び出せるのね。それがおにいちゃんのオトモダチなんだ!」

 

アリスの口が弧を描く。

 

「でも、まだアリスとトモダチになってはくれないんでしょう? う~ん、どうしよっかな~」

 

くるくると思案しながら回る姿は可憐な少女そのものだ。だが、それがまるで蟻をすり潰すように人の命を奪える存在だとしたら、恐怖でしかない。

 

「きーめた!おにいちゃんのお友達も来てるみたいだし、お友達の目の前でおにいちゃんには死んでもらうことにするね!」

「それは、どういう…!?」

 

ことだ、と言おうとした瞬間にアリスが指を「えい」と振ったのが見えた。

それが攻撃の動作だと認識するかしないかのタイミングで、身体を斬り裂く痛みが走る。

 

「いっ…!」

 

飛んできたのは無数のトランプ。

それが、雨のように降り注いで受け身をとる暇もない全身を切りつけていく。血が滲み、服が切れていく。

雨が終わるころにはロクに立ち上がれなくなっていた。

このままではまずい、と思うも痛みで体が動かない。

 

「う~ん、ボロボロのおにいちゃんはカッコよくないから直してあげる!」

 

くるりとアリスが回ると服だけが修復される。ここではなにもかもアリスの思いのまま、らしい。

 

「え~っと、服をボロボロにしないでもっとおにいちゃんから元気を奪うには…これね!」

【エイガオン】

「──ッ!?」

 

悲鳴をあげる間もなく、足元から黒い光が噴出して受けたことも見た事も無い魔法で体力を削られる。呪いの力で攻撃する、という点では【ムド】に近いのかもしれないが、今つけている“モルぺウス”で即死しないという点ではまた別物のような気がする。死にはしないだけで既に地に伏せって起き上がれなくなっているが。

 

「これでおにいちゃんはもう起き上がれないね! ねえ、おにいちゃんのお友達は出てこなくてもいいの? このままだとおにいちゃん、死んじゃうよ?」

 

先ほどからアリスが何もないところに向かって話しかけている。しかしそこにはだれもいない。いないはず、なのだ。

 

「怖くてでてこれないのかな? じゃあ、いいや。おにいちゃんに死んでもらったら次はアナタの番ね!」

 

アリスが手をあげる。

死ねない。こんなところで、死ねるはずがない。

よろよろと立ち上がる。

 

「わあ、すごい! おにいちゃん、まだ立ち上がれるんだ! でも、気を抜いていていいの?」

 

ぞわり、とまた死の気配を感じて後ろへ飛び退く。が、アイアンメイデンは出てこない。

 

「…?」

「よそ見はだめだよ、おにいちゃん。ほら、上を見てみて!」

 

アリスのその声に咄嗟に上を向くと、上空から槍とトランプがこちらめがけて振って来る。

その距離は到底今から動いて避けられるものではなかった。

 

死ぬ。

今から全身をあれらに貫かれて死ぬのだと、はっきりと分かった。

 

それでも、諦めることなくペルソナを変えようとした瞬間、ドン、と何かに突き飛ばされて地面を転がった。

と同時に先ほどまでいた場所に槍とトランプが突き刺さる。

 

そして、自分の代わりにそれを受けたのは。

 

「──モコイ、さ…え…なんで…どうして…!」

 

そこにいるはずのないモコイさんだった。這うようにして、モコイさんに近づく。

 

「やっぱり…チミの事が心配で…こっそり着いてきて…良かったっスね……」

「あれれ~? おにいちゃんが逃げられないように、槍とトランプにしたのにおにいちゃんのお友達のせいで失敗しちゃった!」

 

アリスが何か言っているが聞こえない。モコイさんを震える手で抱き上げる。

 

「モコイさん、穴、が……ぁ…回復……回復しなきゃ…」

 

モコイさんの体の真ん中には、槍で貫かれただろう大きな穴が開いていた。

そこから赤い粒子が血のように流れ出ていっている。

どうにかしないと。はやく、治癒魔法をかけないと、と思うも震えて集中することが出来ずになかなかうまくいかない。

 

「もういいっスよ……モコイさん…はもう、ダメダメさんだから…」

「そんな事ない! いま、いま…俺がなんとかするから…! どうにか……するから…!」

 

救わなきゃ、助けなきゃと思うのに、なんとかして探し当てた傷薬では効果が出ず、じゃあ宝玉なら、としてみても全く回復する様子が見られない。だめだ、これじゃ、だめだ。

モコイさんを死なせるわけにはいかない。

死なせるなんて、そんなこと。

 

「楽し…かったよ……チミとの……ランデヴー…」

「だめだ、モコイさん…死んじゃだめだ…! 嫌だ…! 嫌だ! 俺を…置いて逝かないでくれ…! 消えないでくれ…!」

 

──その叫びもむなしく、モコイさんは自分の腕の中で他の悪魔と同じように消えた。

 

「う、ああ…あああ…あああああああああああああああああ──ッ!!!!!!!!!」

 

…消えてしまった。

死んでしまった。

死んだ者はもう元には戻らない。帰ってこない。二度と話すことはできない。

もう、触れられない。抱きしめようと力を込めても、そこにはもう何もない。

 

「ユーキおにいちゃん、感動のお別れはもう済んだ? ふふ、大丈夫だよ。おにいちゃんも死ねばすぐにその子と会えるから!」

 

ガチガチと震える歯を食いしばる。引き攣りながらも大きく息を吸う。

 

「だから、ね? 今度こそ【 死 ん で く れ る ? 】

 

虚空からトランプや槍が降り注いでくるが関係ない。

身体の痛みなど、この心を引き裂くような慟哭に比べたら無いに等しい。

ごぼごぼと、足元で泥が泡立つ。まるでそれは自分の激情に反応しているかのように湧いてきているようだった。

 

──そして泥の中から出てきたそれを、掴んだ。

 

立ち上がる。手によく馴染むそれを、自分は知っている。

聖槍ロンギヌス。本物の聖遺物であり神話の代物だ。

どうしてこんなものがという疑問はない。だって、これは1()0()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「なんで!? なんでおにいちゃんは死なないの!? ユーキおにいちゃんは……! ひっ! やだ……それ…こわい…!その手に持ってるものをどこかにやって! アリスに向けないで! 近づかないで!!! こっちに来ないで!!!!!」

「駄目だよ。逃げるなんて俺が赦さない」

 

赦せない。

捕まえて乱暴に足で押し倒してからロンギヌスの矛先をアリスに向ける。

自分の中からはもう、アリスに対する情や優しさといった感情は消え去っていた。

 

「やだ!やだやだやだやだやだやだ!死にたくない!消えたくない!」

「モコイさんも同じことを思っていたと思うよ」

 

何も感じない。

ただ、こいつは消さなきゃという感情だけが頭を支配していた。

 

「どうしてみんなワタシをイジメるの! いつもひどいことするの!アリスはただ、遊びたかっただけなのに!」

「ごめんね」

 

謝罪の言葉に中身はなく。

なんの躊躇いもなく、槍をその胸に押し付け力を込めた。

 

「いやーーーーーーッ!」

 

何度やっても慣れない、悪魔の肉の感触。

ああ、五月蝿い。面倒臭い。一丁前に人間みたいな姿をするんじゃない。人間みたいな反応をするんじゃない。モコイさんを、”俺の大切な友達”を殺したくせに。

力を入れ、槍を更に深く食いこませる。

…まるで犯罪者みたいだ。いたいけな少女を殺す、猟奇殺人鬼。なんて。

これじゃあどちらが殺人鬼かわかったものでは無い。

 

それでもなお、アリスに対してなんの感慨も浮かばない。

モコイさんが死んでしまってから、まるで感情が全て抜け落ちてしまったかのようだ。

 

しばらくぐりぐりと押し込んでいるとアリスは霧散して消えた。他の悪魔と同じように。モコイさんと同じように。

いつの間にかロンギヌスも手から消え去っていたがそんなことはどうでもいい。

 

(………帰ろう)

 

鞄を拾い上げ、踵を返す。

アリスの創り出した空間はすでに消えていた。空間を維持するほどの力すらなくなったのだろう。

 

「待ちたまえ」

 

不意に、後ろから声が聞こえた。男の声だ。

振り向けば、それぞれ赤いスーツと黒いスーツを着たふたりの紳士が立っていた。

 

「……」

 

が、そんなことは関係ない。

無視して歩こうとした瞬間、世界が一変した。

まるで魔人の領域のような異様な空間に足を止める。

 

「我々を無視しようとはいい度胸ではないか」

「君は、自分がどういうことをしたのか分かってるのですか?」

 

目の前の男たちは憤慨しているようだが答える義理もない。興味がない。どうでもいい。

 

「ひとりの少女のささやかな夢を踏みにじったどころかその形を奪ったのですよ。“ベリアル”も私も、ただあの子の笑顔を見たかっただけなのです」

「…だから、俺の一番大切な友達を殺してもいいと?」

 

口から洩れた声に温度はなかった。

その返事に黒い方の男が笑みを浮かべる。

 

「ええ、ええ。悪魔といえども死ねば永遠となれるのです。永遠の平穏を享受できるのです。それのなにがいけないのか。消滅させないだけありがたいと感謝すべきです」

 

狂ってる。

黒いスーツの男が笑いながら言っていることの意味が分からない。自分にとってはどちらも同じことだ。

今しがたアリスにしたことも、モコイさんがされたことも。

 

「アリスの遊び相手として君も永遠を手に入れるべきなのです。時間がかかりますがあの子はまた復活する。ならばそれまで耐えられる形になっておくべきです。私としても、君のその歪な魂には興味がありますからね」

 

どうやら逃してくれる気はないらしい。

面倒くさい。こいつらもどうせ悪魔なんだろう。

 

──なら、殺しても問題は無いわけだ。

 

「ッ!? “ネビロス”…ッ、いかん!」

「“ヒュプノス”」

 

赤い男が何かに気がついたようだがもう遅い。

また湧いてきた足元の泥から、“ヒュプノス”が鎖の擦れ合う音を鳴らしながら這い出てくる。

そして眼窩を光らせて大口を開けた。

 

「……【アンティクトン】」

 

爆発。

もう一度、

 

【アンティクトン】

 

こんなところでくたばる程度の悪魔じゃないだろう。

もう一度。

 

【アンティクトン】

 

念には念を入れよう。背後からの奇襲なんてめんどくさいことこの上ない。

 

【アンティクトン】

 

死体なぞ見たくもないしうるさい言葉も聞きたくない。

 

【アンティクトン】

 

聞きたくない。

 

【アンティクトン】

 

聞きたくない。

 

爆風の余波を身に浴びながら、耳を塞いでひたすら“ヒュプノス”が放つ魔力の爆発の光を見る。あまりの威力に空気がビリビリと揺れているらしい。

 

どれくらい連発したのか覚えていないが、殆ど気配もしなくなったのでもういいだろう、と一旦止めさせて、土煙が晴れたそこを見やる。

そこには先ほどのスーツ姿から打って変わって細身の赤いトカゲのようなフォルムの悪魔とオレンジの布のようなものを身体に巻き付けた骸骨メイクの悪魔が地に伏せていた。

なんと2体ともまだギリギリ生きていたらしい。

しぶとい悪魔(やつら)だ。モコイさんはあんな簡単に死んでしまったというのに。

 

「ぐ…愛する者の為に尽くすのが…なぜ…いけないのだ…」

 

うわ言のようにそうつぶやく悪魔の話を聞く義理はない。やっぱりもう一撃放っておくべきだった。

ただ、このような状況になっているのはこちらのせいじゃない。

アリスや彼らが好き勝手しすぎたせいだ。自業自得じゃないか。

自分としては自分の知り合いやモコイさんにさえ手を出さなければ見て見ぬふりをすることもできた。

越えてはいけない一線を越えたのは彼ら自身だ。だから、

 

「“ヒュプノス”、」

 

告げる間でもなく、自らの意志を汲んでくれたヒュプノスが大口を開いて魔力の塊を放てば地に伏せる悪魔たちの真上で魔力が爆発した。

爆風。

 

風がやみ、煙が晴れる頃には悪魔の気配と姿は跡形もなくなっていた。

周りの景色も元の物に戻っているようだ。

いつの間にか薄曇りになった夜空から、ぽつりぽつりと雨が降ってくる。それは瞬く間に勢いが強くなり、頭から足までを濡らしていく。

 

(寒い、な…)

 

そう思っても心配してくれる声はもうない。

 

自分に力が無かったから失ってしまった。自分が甘かったから失ってしまった。

身の丈に合わない願いを持ってしまったから、失ってしまった。

希望など、要らない。奪われるくらいなら、要らない。

頼ってはいけなかった。甘えてはいけなかった。

 

──繋がりなど、持たなければよかった。

 

自分はどこまで行っても独りで居るべきなのだ。

 

「…………」

 

酷く軽い肩が虚しかった。

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