君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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秘密の特訓(10/22~10/27)

10/22(木) 夜

珍しく自分とコロマル以外だれもいないラウンジで欠伸を噛みしめながらひたすら天井を眺めていると、アイギスが横に座って来る。

 

「優希さん、モコイさんとは一緒ではないのですか? ここ数日、気配も姿も見えませんがどうかされたのでしょうか」

 

ついに来たか、と覚悟を決める。

アイギスとコロマルは唯一寮内でモコイさんを知る秘密の仲間のようなものだ。

そんな2人にモコイさんが居なくなったといつかは伝えなくてはいけないとは思っていた。思っていたが中々死んだと言い出しづらく、自分から切り出せずにいたが訊かれてしまったのならもう仕方がない。観念するしかない。

 

「モコイさんは…旅に出たよ。すごく遠い場所に旅に出たんだ」

「旅、ですか。挨拶もせずにそんな急に出ていってしまうだなんて。遠い場所、というのも理解できません。どこか特定の場所ではないのですか?」

 

訝しむアイギスに薄く笑って首を横に振る。

 

「…本当に急だったから。モコイさんがどこに行ったか、きっとアイギスももう少ししたら分かると思うよ」

 

アイギスの問いをはぐらかし、視線を落とす。

12月、綾時くんに敗れた後の人の心を得たアイギスなら分かると思う。死への恐怖を覚えたアイギスなら、モコイさんの行先も、きっと。

けれどアイギスは正確さを求めたいようで、真顔で再び口を開いた。

 

「もう少ししたら…それは、いつなのでしょうか。優希さんにはわかりますか?」

「うーん、ごめんね、俺にも正確な時間とかはわからないや。けれどアイギスはいずれ分かる。嫌でも、気づいてしまう」

 

自分のその言葉に、今まで静観を貫いていたコロマルが、「クゥーン」と寂しそうに鳴きながら足元へとすり寄って来る。コロマルはわかったんだろう。モコイさんが死んでしまったことを。飼い主を目の前で失ったことがある故に。同じようなことをいろんな人間から言われたことがある故に。

その頭を撫で、「アイギスにはまだ秘密だよ」と囁きかければ分かったように頭を一度縦に振って頷いてくれた。コロマルは本当に賢くていい犬だ。賢いからこそ、こうして人の心の機微まで察してしまうのかもしれないが。

 

「嫌でも………?」

 

アイギスは何か考え込んでいるようだった。

自分の回答は今のアイギスの納得するようなものではない。だからこそ、直接言うことを避けたと言うものだ。簡単に納得してもらってはいけない。死を簡単に受け入れてもらってはいけない。死を軽いものだと扱ってほしくない。

随分と自分を棚に上げた身勝手な理由だが、アイギスには大事なものだと思うから。

という考えすらも勝手かもしれないな、と自嘲しながら自分を慰めるようにずっと撫でさせていてくれるコロマルの毛並みを堪能した。

 

 

 

 

10/23(金) 影時間

今日はタルタロスの探索がない、という事なのでこっそり窓から抜け出し夜の街に繰り出す。徒歩だと少し時間が無いかもしれないが寮からタルタロスへ向かう最短距離はしっかり把握してあるので慣れたものだ。

全力で走る。

タルタロス内を探索できる実時間は30分あればいい程度だがそれで十分だ。自分の目的は攻略ではなく鍛錬なのだから。

 

タルタロス前に着き、暴れる心臓と息を落ち着かせながら思考する。

発作が出なくてよかった、と思いつつもこの調子ならもう少し無理しても…と欲張ろうとしてやめた。倒れたら元も子も無いし最後の大型シャドウ戦を目前にして病院送りにだけはされたくない。

 

とにかく影時間は電子機器が使えないため、時間を計れるものは黄昏の羽根が内蔵されていないと動かない。だから自分で何となく時間を計るしかないか、と息を吐いて門を乗り越えてエントランスに入る。

今日は誰もいないので静かなそこをぐるりと見回せばいつも通りで安心する。転送装置に手をかけて、一番最後に来た区切りの階に行こうとした──瞬間、視界が揺らぐ。

 

「…っ…」

 

眩暈のようなそれが治まり、気を取り直してさあ移動しようとまた装置に手を賭けようとしたが、妙な視線のようなものを感じて後ろを振り向けば湊と奏子の言う、本来ベルベッドルームの扉があるだろう場所にベルベットルームよりかは少し色のくすんだ藍色の扉がそこに鎮座していた。

 

「…?」

 

つい気になってしまったので近づき、ドアノブに手をかけた。

意識が吸い込まれるような感覚がして思わず手を引こうとしたが間に合わず、顔を上げたときには扉が沢山浮かぶ青い空間に移動していた。

 

「──貴方、これ以上に強くなりたいそうね?」

 

そして、目の前に立っていたのはマーガレットだった。

わけのわからない状況に混乱しつつも、強くなりたいことには変わりないので頷く。

誰の手も借りず、ひとりでも十分に戦えるようにしないといけないのだ。

 

「…そう、貴方は私の正式な客人ではないけれど、そう願うというのなら“力を司る者”として貴方を鍛え上げる責務があるわ。本当は、こんなことしないのよ。けれど、あの御方の頼みだというのだから私は逆らえない。その代わり、死ぬ方が楽だったと思うくらい、しごいてあげる! さあ、始めましょう、一夜限りの舞踏会を!」

 

そう叫びながらペルソナ全書と共に突如として浮かびあがったマーガレットに、こちらもナイフを抜いて構える。

 

「倒れちゃ駄目よ」 【メルトダウン】

 

その言葉と共に、見た事のないペルソナ(ジークフリート)が現れる。剣を持ったその赤い鎧を着た偉丈夫が地面にその手の剣を突き刺した瞬間、地面が溶けるような衝撃派がこちらを襲う。が、たまたま“ポベートール”にしていたおかげでダメージを喰らうことは無かった。ポベートールで防御できたところから見るに恐らく、物理属性の攻撃だろう。

 

「今のうちに言っておくわ。手加減は無用よ。殺す気でかかってきなさい」

 

と、言われても困るものがある。

本当に、手が滑って殺しでもしてしまったらどうするのだろうという不安があるのだ。

だが、そんな不安を読んだかのようにマーガレットがため息を吐いた。

 

「……貴方ね、私たちがそんなにヤワだとでも? 本当の殺し合いなら貴方は今ので死んでいるのよ? どうして本気になれないのかしら?」

「どう、して…」

 

どうしてだろう。

悪魔やシャドウは殺す気にならなくても殺せる。アリスや四騎士に至っては殺そうとしてきたから殺し返したのもあるが、そこに躊躇は無かったはずだ。

しかしマーガレットはダメ。となるとどこかに原因があるはずだ。

 

いや、違う。四騎士はともかくアリスに対してはモコイさんが自分を庇って死ぬまでは防戦もしくは逃走を考えていた。

モコイさんが殺されてしまってから、頭の中で抑え込んでいた何かがぷつりと切れたのを覚えている。けれど、殺したという結果以外()()()()()()()()のも確かで。

どうやって殺してしまったのか、記憶に霞がかかったように思い出せない。ただし、共通点は何となくわかった。

 

「……ヒトの姿をしている、から…?」

 

恐らくはそれだ。これまで出会った悪魔も、完全に街中にいるようなヒトの姿をした悪魔は居なかった。

例外はアリスだけだ。彼女だけ、本当にそこら辺を歩いているような少女の姿をしていたのだ。

 

人間(ヒト)は殺せない、というところかしら。甘いわね……貴方の心の奥底に浮かぶ戸惑い、怯え。まずはそれを超えていかないと駄目ね」

 

マーガレットがそう言いながらペルソナ全書をパラパラとめくる。

 

「貴方は貴方から私に挑みに来たわけじゃないから、その態度を侮辱だなんて思わないわ。けれど、ヒトの姿をしているからと殺せないようじゃ、強くなるどころか大事なものを失うわよ」

「……」

 

分かっている。

いくら覚悟を決めたところでそれが土壇場になってどうにかできないかと考えてしまうのが自分だ。その弱さが、命取りになることも沢山見てきた。けど、一歩踏み出せない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そんな気がするのだ。しかしそんなことも言ってられないだろう。自分がやらなければ湊や奏子、他の誰かがそれを背負うかもしれない。なら、自分が我慢して乗り越えれば、誰かが背負わなくて済む。

 

「成程ね、貴方…自分が殺されそうになるより誰かがそうなる方が覚悟できるのね。立派だわ、と言いたいところだけれど貴方のその感情の出処は本当に貴方の物なのかしら。それは、誰かに植え付けられたものではなくて?」

 

降りてきたマーガレットがツカツカと歩み寄って来る。

そしてこちらの顎をくい、と指で持ち上げてきた。

 

「──貴方は、一体“何”なのかしら?」

「…み、三上優希です…?」

「違うわよ、そういうことを訊いてるんじゃないの」

 

何、と訊かれても自分は自分だとしか答えようがないし他になにか回答があるのなら教えてほしいものだ。

この距離はほんとうにドギマギするのでやめてほしい。

 

「……私が知っている貴方の情報とは別で、貴方がとんでもなく要領と察しの悪い人だという事がよくわかったわ」

 

溜息を吐かれて指を離される。

自分でも要領と察しが悪いことくらい自覚している。けれど

 

「さあ、やり直しましょう。時間のことは気にせず…たっぷりとね!」

 

霧散していたはずの殺気が再び戻ってくる。それに応えるように召喚器を構え、引き金を引いた。

 

「“モルペウス”!」

「“ヨシツネ”!」

 

それぞれが空中でぶつかり片や糸引きで、片や刀とその手にもつ得物で応戦する。

 

【狂乱の剛爪】

【八艘飛び】

「ぐ…」

 

“モルペウス”が糸引きをしまい込んでその両腕の爪で切り刻もうとするも、マーガレットのペルソナである“ヨシツネ”の強烈な斬撃に対しモルペウスが力負けしてその姿を消す。

ペルソナの負ったダメージのフィードバックで少し呻くがこの程度なら問題は無いので戦闘を続行する。相手が物理で来るのならポベートールの出番だ。

 

「“ポベートール”!」 【テトラカーン】

「あら、そんな防戦一方でいいのかしら?」

 

物理攻撃を反射する膜を貼った瞬間にマーガレットが横まで肉迫してくる。目で追えないその速度に冷や汗を流しつつも、こちらも距離を取ろうとした瞬間マーガレットの手の中でカードが光る。

 

「来なさい…!」

 

現れたのは紫の魔王。蝙蝠のような羽を持ち紫のボンテージスーツを着たニヒルに笑うトリックスター(ロキ)は胡座をかいたまま両手を広げた。

 

【ニブルヘイム】

 

強烈な冷気が襲い、凍てついてしまいそうになるが食いしばって耐える。

急いで回復しようとし、召喚器を構えて引き金を引こうと指に力を込めた。

 

──終末の時は近い。しかして目覚めはまだ遠く。我が福音、獣の呼び水とならん。

 

「っあ…ぐ…」

 

そんな声が頭の中で響いた瞬間、腹が疼きなにかが割り込んできたような、そんな感覚がした。

その原因の分からない気持ち悪さを堪え、無意識に叫びながら引き金を引き切る。

 

「──()()()()()()()ッ!」

「ここに来て、新たなペルソナですって!?」

 

現れたのは、ラッパを持ち白い法衣を着た骸骨の天使だった。

その姿にざわりと心の中の四騎士達がざわめいたような気がしたので恐らくこのペルソナも魔人なのだろう。

 

【神恩のラッパ】

 

トランペッターがその手に持つラッパを吹き鳴らせばみるみるうちに傷が癒えていき、同時に気力も回復する。

 

どういう条件でこうなるのかは分からないが、便利な技に違いはないだろう。

ただ、自分でもこのペルソナがなんなのかいまいち分かりかねている。突然出てきたこのペルソナは、本当に使っていいものなのか。自分の精神から生まれた、という訳でも無さそうだ。かといって、黙示録の四騎士達のように降魔されたわけでもなさそうではある。

そもそも、自分はこんな魔人と戦ったことがない。

得体の知れないものはあまり使いたくないし気味も悪いので慌ててペイルライダーに切り替える。

 

「貴方、どうなってるのかしら? 今、無からペルソナを産み出さなかった…?」

「そんな事言われても俺にもよく…」

 

分からない。

困惑するように答えながら横へ跳ぶ。

正直、自分が生み出したというよりもこれは誰かが無理やり割り込んできたような感覚に近い。答えようがないしこういうことに関してはマーガレットの方が詳しいのではないかと困ったような視線を向けてみれば同じように困ったような顔のマーガレットが考え込むように顎に手を当てていた。

 

「…私はあの御方からの頼みどおり続行すべきなの? それとも、これ以上はやめておいた方がいいのかしら。わからないわ…どうしてなの、こんなに先が見通せないことは初めてよ。まるで…そう、霧に包まれているよう。私の未来のお客人であるあの人が直面する試練のように」

 

自問自答するように悩むマーガレットは深刻そうだ。

彼女が戦いを止め、躊躇するほどだ。そんなにまずい事なのか、と口の端を引きつらせるも、得てしまったものを消すことはできない。

受け入れて過ごしていくしかない。利用していくしかない。

 

「それでも、貴方はまだ戦う意思があるようね。…なら、気は進まないけれど続行しましょう」

 

考えることを一度やめたらしいマーガレットが再びペルソナ全書を構え戦う姿勢をとる。

そうして、“トランぺッター”抜きで時間の感覚がなくなるまで戦いに明け暮れた。

そこに言葉は無く。ただ淡々とした殺し合いに近い何かだった。

何度死にかけたかはわからないが、確かな手ごたえと自分の中にあった戸惑いが少しなくなったような気がした。

 

気がつけばタルタロスのロビーに立ちすくんでいた。そのことに夢だったのかと思うも、確かにトランぺッターと言う異物がそこに存在していたので夢ではないと自覚する。

このままタルタロスの内部に侵入するには疲れすぎているし、素直に寮に帰ることにしよう、とタルタロスの外に出て行きと同じルートでこっそり帰ってベッドに潜り込めばやはり疲れていたのか一瞬で意識が闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

10/24(土) 放課後

寮にそのまま帰るつもりで廊下を歩いていると珍しく鳥海先生に書類を生徒会に渡してほしいと言われたので、それを手に持って生徒会室へ向かいドアをノックする。

 

「三年の三上です。鳥海先生から頼まれて生徒会の確認が必要な書類を持ってきました」

「入ってくれ」

 

美鶴さんの声にそのままガラリと戸を開ければそこには美鶴さんと岳羽しかいなかった。美鶴さんはともかく、岳羽がここにいるのは珍しい。自分のように書類の提出をしに来たのか、部活の活動報告か何かだろうか。

 

「三上先輩、珍しいですね」

 

岳羽も同じことを思ったのかこちらにそう言いながら笑いかけてくる。

自分は生徒会委員ではないので確かにここに来るのは珍しいかもしれない。実質、教師陣に美鶴さんへの伝言や書類の運搬を頼まれなければここに足を運ぶことは滅多にないからだ。そもそも、それは美鶴さん公認の生徒会お手伝いをしている湊か奏子を捕まえれば済む話なのでこういうことになる確率は本当に低い。もしかしたら明日の天気は槍かもしれない。

 

「そういえばさっきまで戦う理由について話してたんですけど、三上先輩は何のために戦ってるんですか?」

「何のため…うーん、“自分のため”かな」

 

突然岳羽に聞かれたので美鶴さんに書類を渡しながらそう答える。

 

「自分のため…?」

「うん。自分のため。自己満足とか自分勝手とか、そんな感じの感情かな。なんていうか…やらなきゃいけないって言えばいいのかな…まあ、成り行きみたいなものだよ」

 

どこまで行っても自己満足なのでそうとしか説明できない。湊と奏子を救いたいと思うのも、こうして繰り返しているのも全て自己満足だ。

 

「あはは、ごめんね。なんか参考にならなさそうな答えで」

 

苦笑する。

誰かのためとかではなくこれっぽっちも高尚な理由じゃないので先輩として幻滅されたかもしれない。けれどこれはどうあがいてもごまかしようがないので仕方ない。

 

「いえ、こちらこそこんなタイミングで訊いちゃってすみません」

 

微妙な空気になってしまった。なんというか、ここで気の利いたギャグでも言えればこの空気を何とか出来たのかもしれないが生憎と手持ちがないし自分は多分ボケよりツッコミ派だ。荒垣くんや岳羽のように冴えているわけではないけど。

 

「書類、渡したし俺は帰るね。サインとかいらないから内容を確認してそこの枠に確認印を押してくれるだけでいいって」

「ああ、ありがとう。そろそろ生徒会の委員が来るころだ。岳羽。話なら、後でも聞くが…」

「あ、いいんです。すいません、お邪魔しました」

 

岳羽も自分と同じように部屋を退室するような声を後ろに、今日もまっすぐ帰って寝てしまおうと考えながら帰路についた。

 

 

 

 

 

「やあ、三上君。大型シャドウも残り1体だけれど、調子の方はどうだい?」

 

ダイニングで夕食の海鮮たっぷりペスカトーレを食べていると不意にやってきた幾月に声をかけられて内心でげんなりする。せっかく荒垣くんの美味しい晩御飯を堪能していたというのに、なんてやつだ。と思いながら作り笑いを浮かべて対応することにした。

 

「調子はいいですよ。体調も悪くは無いですし」

「そうかい、それは良かった。ところでこの戦いが終わった後の事は何か考えているかな?」

「いえ…特には」

 

こいつに言うことは特にない、と言うだけだ。教えてたまるかバーカ。という反抗心が何となくある。というか絶対に教えたくない。

 

「親御さんとはこまめに連絡をとっているんだろうけど、今年に入ってからのきみはひどく体調を崩しやすくなっているし何が起こるかわからないんだ。明日にでも帰省して一度ゆっくり話でもしてきたらどうだい」

 

余計なお世話だ。と言いかけた口をつぐみ、笑顔を崩さずこう答える。

 

「考えておきます」

「まあ、確かに明日だなんて急だしね…来週でもいいんじゃないかな? ああでも、御影町からここまで片道2、3時間ほどだったか。そうなると朝早くでなきゃいけないから大変だろうね」

 

こいつがこんな気を効かせてくるという事は何かあるのか。訝しむも原因は十中八九満月の次の日にある諸々のカミングアウト&特別課外活動部の面々を生贄にしまぁす!宣言&幾月フライアウェイ事件だと思う。そしてどうせそこで全員生贄になって死ぬとでも思っているから最後の思い出作り云々を暗に勧めてきたのだろう。こいつの好意に限ってはめんどうくさいしどうでもいい。

何が起こるかわからないと言うがこいつの故意なので何か起こすの間違いじゃないかと言ってしまいそうになる口を再びつぐんだ。

 

「さて、食事の邪魔をしたようだしそろそろお暇しようかな」

 

ぽん、と肩に手を置かれる。なんでお暇すると言っときながら自分に触れてくるんだ気持ち悪い。

さっさとどっかいけ、と笑顔で念じながら幾月がラウンジまで歩き離れていくのを見て、溜息を吐きつつパスタをフォークにぐるぐると巻き付けた。

 

 

 

 

10/27(火) 影時間

 

「こんばんは」

 

湊はその声で目を覚ました。

もう慣れたその声にベッドの淵へと視線を移動させると、ファルロスがいつものようにそこへ腰かけていた。

 

「あと1週間で、満月だよ。いよいよ、今回が12体目だ」

 

その姿が蜃気楼のように揺らぎ、ベッドの淵からベッドの横へと移動する。

 

「ここまで、長かったのか短かったのか…でも、いろんなことが起きたね。けれど、思い出話をするには、まだ、早いよね」

「……」

「きみのお兄さんがどうなるか。僕がどうなるか。きみのお兄さんの中に巣食うものがどうなるのか。それは僕にもわからない。だからこそ……くれぐれも、気をつけてね」

「わかってる」

 

湊は目を伏せてそう答えた。

毎回気をつけている。しかし対策法が無いために兄はペルソナを暴走させたり傷ついたりしているわけで。

力技で止めるわけにもいかないし、傷つけることはもっとしたくない。ファルロスはどうなるかわからない、と言っているが兄に纏わりつくような黒い靄のような気配は段々濃くなってきていた。一度無くなったと思われた気配が、水曜日辺りから押さえられていた分も噴出するようにぶわりと増え始めたのだ。

それに首に包帯を巻いていたのも兄曰く「朝起きたら痣が出来ていたけどペルソナのせいではないと思う」と言っていたがどうも信用ならない。というよりも一番黒い靄のような気配が纏わりついているのが首なのだ。もしあれがペルソナでないとしたら尚更なんだというのか。呪いや『死』そのものだとしたら優希は何に呪われているというのか。何に、憑りつかれているというのか。

思わず、眉を顰める。

 

「ファルロスには、アレが何かわからない?」

「アレって…ああ、あの気配…? アレはきみのお兄さんに巣食うモノじゃないよ。けれど、お兄さんを蝕む要因のひとつだ。道連れにしたいと願う思いとか、どうしてお前が生きてるんだと恨む思いとか、不特定多数の死んだ人が持つそういうものの集まり。こういうのを、人は“怨念”っていうんだっけ。たぶん、きみのお兄さんはそういうものを寄せやすいんだと思う」

「怨念…」

「うん。死してなお、強烈に焼き付いた感情っていうのはなかなか消えないものだよ。それが良いものでも悪いものでもね。もしかしたら、あれもシャドウと言えるのかもしれないけど…まだ形を持つまでには至っていないみたいだ」

 

それでもなお、牙をむこうとまとわりついているのかと思うと湊は更に眉間のしわを深めた。何の権利があって死人ごときが兄を傷つけようというのか。

 

「“メサイア”でなんとか…」

「うーん、召喚できないしペルソナじゃ引き剥がすのは難しいかもね」

「じゃあお祓いをお勧めするとか…」

「どうだろう…」

 

うんうんとふたりで唸る。

“メサイア”は今回の周での湊が未だ使っていないある意味で最強のペルソナだ。

しかし使っていないというよりかは使()()()()、と言うべきか。

そこにいる気配が確かにするのに、召喚することができない。今まではそんなことが無かったというのに、一体なぜ、と焦るような気持ちがあったのも確かで。

それと同時に満月の日が過ぎても心配すべきことはたくさんある。

ただ、目下のところどうなるかがわからない日が満月の日であるだけであって。

それを乗り越えたら次は幾月による兄の殺害が成されないのを湊は祈るしかない。あの時、どうして兄を殺したのか見せしめ以外にわからないがあまり反抗的な態度をとらないようにしないといけないと決意する。幸い、湊の経験から湊や奏子がつっかかりさえしなければ兄は死なないという結果がでているのでその方向で行こうと彼は思ったのだ。

 

「考えていても何も解決しないし、今日のところは寝た方がいいよ。それじゃあ、おやすみ…」

 

ファルロスの姿が消える。しばらく後、湊も瞼を閉じて眠ることにしたのだった。

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