「……“タナトス”」
「────っは…」
湊の呼び声と共に現れた異形に顔が引きつる。
現時点では絶対に所持していないであろうそのペルソナに眩暈がした。というか今までこの時点では絶対に持っていなかったので今回は本当に何かがおかしい気がする。
現れたタナトスはその手に持った剣で臆病のマーヤを蹴散らす。
湊は自分よりも前に立っていたので引き攣った表情は見えてない…と願いたい。もし見られていたとしても「強そうな見た目で驚いた」で済ませればいい話ではある。
だって、
「──ッ!!!」
残ったマーヤがこちらに跳びかかってくるのをナイフではじき返し、召喚器をこめかみに当てる。
「“モルぺウス”!」
呼べば、青い炎と共にモルぺウスが出てくる。
真っ白な、その散りばめられた花にしか色味がないような姿と眠っているかのような穏やかな貌は自分には似つかわしくない気がした。
しかしモルぺウスはその穏やかな顔で背に背負う糸の絡まる、十字架にも見える糸受けをシャドウにたたきつけて押しつぶす。
こう見えてかなり物理寄りな性能をしているモルぺウスなので大体初回は引かれる。
「センパイのペルソナ、湊のと違って綺麗めなのに攻撃方法チョーえぐ…」
「順平、それどういうこと?」
「見た目だよ見た目! お前のなんかこえーんだって!」
「なに? もっと見たいって?」
「イエ、ナンデモナイデス」
「ね! 順平! 私のは!?」
「奏子っちのは奏子っちぽいってカンジかなーやっぱ!」
「なにそれー!」
こんな感じで。
その後は当たり障りなく探索を終え、エントランスへと戻ってくる。
「無事に初陣を終えられたようで良かったよ」
「美鶴さんのサポートのお蔭だよ」
「ふふ、そうか。褒め言葉として受け取っておこう」
軽口をたたいていると、湊と奏子が同じ場所に向かいボーっとしていた。
その行為の正体には何となく心当たりがあるので黙っておく。
恐らく、“ベルベットルーム”に入っているのだろう。
あいにくと自分は自由には入れず、
それに──
(従者たちのあの視線が苦手だ)
一度だけ、招かれて入ったことがある。
その時に散々、「空虚」だの「中身がない」だの「打っても響かないお方」だのなんだのそこそこ酷いことを言われてすごく居心地が悪かったのを未だに覚えている。
自分にだって人並に傷つく心はあるしそんな言われようをされれば苦手に思っても仕方ないと思うのだ。
ただ、そこで他にもなにか大事な話をした気がする。
覚えてないので大した話ではなかったんだろうけど。
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“月”を前に離れていく後ろ姿。
一枚のカードを手に、こちらに向かって優しく微笑んだ『彼』に手を伸ばす。
「…だめ、だ…!」
いかないで。それ以上進まないで。
その先は、
その先にあるのは。
立ち上がろうとする。
“一人で”行かせてはいけないのに。身体はちっとも動かない。手は、とどかない。
死が、『彼』に絡みつく。
「逃がさない」と。影たちが絡みつく。
酷く苛つかせる。『彼』を止められなかった自分も、『彼』を呼び、逃さない『滅び』にも。
『彼』が消える。
手の届かないところへいってしまった。
もう止められない。もう帰ってはこない。
ああ───
「また失敗した。」
奇跡が、反転する。
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5/2(土) 影時間
ぱちり。
目を覚ます。周りの雰囲気からして影時間なんだろう。
「起きた?」
声がしたので横を向く。
モコイさんはどこかへ行っているのかベッドにはいない。その代わり、ベッドの横には患者着のような服を着た白髪の少年───否、
「────モルフェ」
自らが“モルフェ”と呼ぶ存在が立っていた。彼がそう名乗ったのもあるが意外と自分のペルソナの名前と似ているので呼びやすくて好きだ。
彼は湊の言う“ファルロス”──いくつかの周で聞いたことのある存在──に似通っていると自分は思っている。けれど、別に“ファルロス”とは違い、時期によって消えることなく自分の傍に居てくれている。この長い周回生活において記憶を失うことなく寄り添ってくれる彼は唯一の理解者と言っても過言ではない。繰り返すのが辛すぎた自分の生み出した幻覚かもしれないけど。
「うん。えっと、ごめんね、起こして」
「大丈夫」
おどおどと申し訳なさそうにするモルフェに首を横に振る。
「その、あと一週間だね…」
「次の満月か…」
モルフェのその言葉に思案する。
次の満月まで一週間。相手はモノレールを乗っ取る『
タルタロスの探索もいい具合に行っているし、戦力的には申し分ないと思う。が、
(問題は伊織だな…)
伊織の行動がその後に禍根を残すことになりかねない。
それは伊織にとっても湊や奏子にとってもよくないし他の特別課外活動部のメンバーにとってもよくない。どうすれば伊織の気持ちに寄り添いつつ、諍いを起こさなくて済むだろうか。
「あのね、なるようにしかならない、から…優希は…難しく考えなくても、いい、よ…?」
「…ああうん、それはそうだけど…」
考え込んでいると、モルフェが困ったような顔で心配してくれる。
確かに。いくら考えていてもなるようにしかならない。結局はぶっつけ本番、当たって砕けろの精神で行くしかないのだ。
「でも、でもね…えっと、満月の日、無茶はしないでほしいな…って」
「わかってる。でもきっと俺の出る幕はないよ」
「………うん」
心配を払しょくさせようと事実を言ってみたが、暗い顔のままモルフェが頷く。
あれは納得していない顔だ。
「いつもとは違うなにか起こる、とか?」
「……ごめんね、それはわからない。でも、僕は…優希には大きな影には…近づいてほしくない…」
大きな影?
それは、
「大型シャドウのこと、か?」
「……」
こくり、とモルフェが控えめに頷いた。
何故今回になってそんなことを言い出すのだろう。モルフェもそんなことはできないとわかっているだろうに。
自分が湊と奏子を救おうとするかぎり、大型シャドウやニュクス・アバター、そしてニュクスとの戦いは避けて通れないというのに。
「それはできない」
「わかってる! もう、止められないけど、それでも、僕は…! 僕だって……! ……ごめん。やっぱり、忘れて。おやすみなさい」
激情をにじませかけてやめたモルフェの「おやすみなさい」という声に、急激に瞼が重くなる。
そして意識が途切れた。
5/3(日) 朝
ゴールデンウィーク初日だ。
今日は何をしようか。
「チミ、この前言っていたデリシャスな“うみうしの牛丼”を食べにいくっスよ」
予定を確認していると、モコイさんの方からお誘いが来る。正直嬉しいが、人間の知り合いから急にどこかに行かないかとかの誘いが来る場合もあるので一応そういうことを説明しておく。
「誰からもお誘いがなければね」
「ワオ、チミってば実はモテモテ?」
「いや、非モテ。お誘いがなければって言ったけどお誘いがあったためしはあんまりない」
「……落ち込まないでいいっスよ」
「落ち込んでない」
気を使われてしまった。
あるとしても実際に連絡が来るのはだいたいごくまれな湊や、ちょくちょく連絡の来る奏子だったり他のメンツと一緒についでだったりで纏めて誘われたり、といった感じしかない。
まあそれぞれにそれぞれの仲のいい人間がいるからそんなものだろうな、と思っている。
たまたま自分がその選択肢からは外れているだけだ。そしてそれはそこまで仲のいい人間をつくっていない自分にも非がある。
荒垣くんが来たらたまーに外でご飯を一緒に食べるがそれもほんの数回かぎり。
そんな自分にとって、モコイさんはある意味救いの神なのかもしれない。悪魔だけど。
「……連絡、こないからいこっか」
「イエーイ!」
結局、誰からも連絡が来ることがなく、沈黙したままの携帯をポケットに突っ込んでいつものバッグを背負って出かけることにした。
モコイさんはもちろんバッグの上だ。
「今日は食べ歩きしてみてもいいかも」
ぽつりと呟いた言葉に、モコイさんが嬉しそうな顔をした。
最近、無表情にも見えるモコイさんの表情が何となくわかってくるようになった気がする。
「ナイスアイデア。チミが食べきれない分もボクが食べてあげるネ」
「頼むよ」
あまり量が食べきれなくともモコイさんが最近は食べてくれるようになったのでとてもありがたい。
少し恥ずかしいが見えないモコイさんを膝の上に乗せ、自分と一緒に食事をとることによって自分が食べられなくなってしまった分を食べてもらっている。
そうすることによって、食べる量が減ったことをより悟られにくくなっていてとてもありがたい。
「牛丼、とてもデリシャス。気に入ったよコレ」
「それは良かった」
「ゲロゲロゲロゲロ……」
「も、モコイさん大丈夫…!?」
「タコ焼き…とってもデンジャラスな味だネ…」
「俺はおいしいと思うんだけど…」
「クレープって言うんだ。今日はクリームにしたけど、中にナポリタンが入ってるやつもあるよ」
「うーんとってもスウィート」
この日は一日モコイさんを連れて食べ歩きをした。殆ど食べていたのはモコイさんで、自分は一口ほどを貰ったくらいだけれど。
隠れてモコイさんにも食べさせていたおかげでなんだか少し勇気が上がった気がする。
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三上優希という人間に対し、美鶴が思うことは『壁がある』というところだ。
表面上は穏やかで、気配りもできる。同年代と比べて大人びていると感じる青年だ。
しかし絶対に他人を一定のラインから先へは踏み込ませない冷たさも持ち合わせている。と美鶴が気が付いたのはいつ頃だったのだろうか。
お蔭で、彼をよく言う人間はいれども、親しい人間というのは自分を含めてほとんどいない。己惚れていいのなら「親しい」と言っても彼は笑って許してくれるだろう。
だが、それだけなのだ。
彼は、近づいたかと思えば掴まれる前にふらりと離れていくタイプの人間だ。
掴もうとすれば離れ、離そうとすればいつの間にか傍に寄り添っている不思議な距離感を保つ存在。
気まぐれな猫のような
表面的にはクラスでクラスメイトにも恵まれ、美鶴とも言葉を交わす仲なので決して孤独とは言えない。
特別課外活動部としての活動においてもリーダーを務め、後輩とも悪くない関係を築いている。が、それも本当に表面上だけのものだ。
妹や弟は確かに他の人間よりかは近しい仲であるとよくわかるが、それでも、肉親ですら深いところまで踏み込ませているようにはみえない。
ごく浅い、それでいて他人よりかはほんの少しは深い場所にしか。
一体なにがそこまで彼にとっての「他人」を遠ざけるようなことにしたのか。
美鶴はとてもそのことが気になるのだった。