君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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それは、まさしく愛だったに違いない。


滅びへと至る路
終わりの始まり(11/4)


11/4(水) 放課後

満月の日はもう終わったというのに何だか朝から体調が悪い。

熱っぽいしずっと吐き気がしていて休み時間になるたびにトイレに駆け込んで吐くことを繰り返していたら顔色が相当悪かったのか今日もまた、話しかけてきた朔間くんに心配されてしまった。

せっかく祝勝会でピザやら寿司やらご馳走を食べられるチャンスだというのにこんなに調子が悪かったら堪ったものではない。夜までに治すために部屋に籠って寝よう。

 

「これで全員分か」

「はい」

 

武治さんの確認と共に、特別課外活動部のメンバー全員の目の前で机の上に置かれたトランクの中に召喚器の最後の1個が仕舞われる。

 

「全ての元凶であった12のシャドウは、君らの活躍によって滅んだ。君らの活動は今夜24時をもって解散となるだろう。今まで本当に良くやってくれた。誰にも知られず、称える者もない勝利だが、これは紛れもなく偉大な功績だ。心から称賛の言葉を贈りたい」

 

皆を眺めるように動いていた武治さんの視線が、真ん中に立つ美鶴さんへと戻る。そしてわずかに微笑んだ。

 

「──よくやったな、美鶴」

「…! はい」

 

その声はひどく優しく、桐条グループの社長としてではなく、ひとりの父親としての声色のように感じられた。対する美鶴さんも少し嬉しそうだ。

 

「これ以上は、なにも背負う必要はない。君らには若さの本分を謳歌する権利がある。戦いに身を投じる必要はない。明日からは大手を振って、ごく普通の学生生活に戻ってくれたまえ。……では、これで失礼する。私はまた夜の祝勝会に来よう」

「お待ちしております」

 

穏やかな別れの挨拶と共に、召喚器の入ったトランクを持って武治さんは去っていく。

それを見送ってがやがやと祝勝会やこれからのことを話し始める面々を他所に、自室へと足を急がせる。そして部屋に入って洗面台に胃液だけを吐き出した。

 

ひどく眠いし頭も痛い。風邪をひいてしまったんだろうか。

制御剤で体力が落ちているらしいのでこういうこともあるのかもしれないが何も今日じゃなくてもいいだろう、と恨めしく思いながら布団へと潜り込む。ベッドの脇にビニール袋も用意したのでこれでいつ気持ち悪くなっても吐けるしいけそうなら洗面台まで行けばいい。

夜には治っていますように、と祈りながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

なんとかかんとかラウンジに降りてきたが体調はすぐれないままなどころか少し悪化しているような気がした。先に届いたまだ開封されていないピザのチーズの匂いで吐きそうになってトイレに向かい吐いてしまう程にはやばい。

 

「理事長はアイギスが受ける点検の為に先にラボに行っちゃってて遅れるって。ふふ、こんな時でもラボに行っちゃうなんて、ほんと理事長、好きですよね」

「はい。わたしはこの後、幾月さんと合流してラボで1時間ほどの点検を受けるであります」

「これまでずっとメンテナンスなしだったもんね」

 

そんな話を聞きながら吐き気をこらえる。ぐにゃぐにゃと揺らぐ視界と頭痛が更に追い打ちをかけてくる。

 

「優希、大丈夫?」

「…あ、ああ、みなと、うん…まあ、へーき…ヤバくなったら部屋に…帰るけど…」

 

一瞬、誰から声をかけられたのかわからなかった。隣に座っていたらしい湊だという事に気がついたのは5秒ほど遅れてからだった。

正直かなりきついが耐えられないほどではない、と思う。それでも食事をとるのは勘弁したい。いま何かを口に入れたらまた吐いてしまいそうだ。

 

「…強がらないでね」

「わかってる、しんどいときは、しんどいっていうから…」

「……、」

 

何かを言おうと口を開きかけた湊が何かを言う前に寮の前で止まる車の音が聞こえて注意がそちらに向く。

 

「いらしたようだ」

 

武治さんが宣言通り祝勝会に来たらしい。皆が立ち上がるのをのろのろと目で追い、一番最後に立ちあがって後を追うように玄関に向かった。

僅かな距離だが何とか追いつけば、丁度扉が開いてボディーガードと秘書を連れた武治さんが入ってきた。

 

「お待ちしていました」

「ああ、君らの祝勝会を私も祝わせてもらおう。ささやかだが私からも差し入れを用意してある。だが、その前に──」

 

武治さんは岳羽を見ると近寄りその手を取った。

 

「感謝している。よく最後まで力を貸してくれたな。…ありがとう」

「あ、いえ…そんな…」

 

それは心からの感謝だった。岳羽の父は桐条の被害者だ、と屋久島で告げたように武治さんにも負い目があったのだろう。岳羽は途中で投げ出してもおかしくない状況だったにも関わらず、最後まで戦い抜いた。それに感謝した、といったところだろうか。

照れた様子で謙遜する岳羽から手を離した武治さんは、自分の方へと向くとこちらへ歩み寄ってきて手を握ってきた。

 

「それと、きみもだ」

「…俺、ですか…?」

「本当に、申し訳ない。いまはまだ、この謝罪の意味がわからないだろうが、謝罪させてほしい。許さなくてもいい…だが、全てを知った後でも美鶴の事だけは嫌わないでいてやってくれ」

「お父様…」

 

悲痛そうな面持ちでそう告げてきた武治さんに、頭の中ではてなを浮かべる。

何か自分に都合の悪い事でも隠しているのだろうか。まさか、部屋に仕掛けられた監視カメラとか?

しかしあれは全員の部屋についているはずだ。よくわからないが美鶴さんを嫌うような要素は無いので頷いておく。

 

「え…あ、はい…大丈夫、だと思います…」

「…感謝する」

 

そうして自分から離れた武治さんを見て、美鶴さんが口を開いた。

 

「さあ、楽にしていいぞ。せっかく取ったものもある。遠慮しないで手をつけてくれ」

「やったっ、ようやくだ!」

「ピザはオーブンで温めなおしてやるか…」

 

駆けだした伊織を発端に、それぞれラウンジのテーブルに戻っていく。ダイニングの方にも荒垣くんの手料理や飲み物、ケーキなどのデザートが乗っているのでまさしくパーティー状態だ。今ならまだゼリーくらいなら食べられるかもしれない。

 

「あっ! ちょい待ち!」

 

さあ料理に手をつけよう、といったところで一番はしゃいでいたはずの伊織が待ったをかけた。そして懐からデジタルカメラを取り出すとニヤニヤと笑う。

 

「えー、突然ですが記念写真撮りたいと思います!」

「?」

 

伊織の突然の発言に、皆が頭にはてなを浮かべたような顔をする。が、それもわかってると言いたげに伊織はその発言の理由を語り始めた。

 

「ホントは昨日、現場で撮ろうと思ってたんスけどね。でも、影時間だって、すっかり忘れてて、見事に使えませんでした!」

「現場でって…お前、戦いに持って行ったのか」

「そっスよ。だって、最後って分かってた訳っしょ?」

 

あきれ顔の真田くんに伊織は当然だと言わんばかりの返事を返す。

 

「すいませーん。これ、お願いできます?」

 

そう言いながら持っていたカメラを武治さんのボディーガードの男性に渡す伊織は上手いこと使い方をレクチャーしているようだ。

 

「もう…どっかの観光客かっての。…でもま、写真、ちょっと欲しいかも」

「思い出にはいいよね。これから写真見返して『2年生の時は波乱万丈でしたなぁ~』って思い出すの!」

「あ、私はアルバムにしまっておこうかな…」

 

2年の女子できゃいきゃいと話し合っているのを横目に、伊織がはた、と何かに気がついて振り向く。

 

「あ、幾月さんまだだっけ…ま、来たらまた撮りゃいっか。おっし、そんじゃ、撮るんで集まってくださーい」

 

伊織に手招きされて玄関に集まる。一番前の真ん中にコロマル。その隣に天田くん。

その後ろに山岸、湊と奏子とアイギス、岳羽と伊織の順で並ぶ。

そして最後の列には武治さん、美鶴さん、荒垣くん、真田くん、そして自分の順で並んだ。一番後ろの一番端だがこれなら顔色が悪いのも何とかごまかせる位置だ。本当は元気な時に撮りたかったが仕方ない。

 

「では皆さん、宜しいですか?」

「! オッシャァァ!」

「こら、騒がない」

 

伊織が両腕をあげる、のをぴしゃりと岳羽が諫めた。

 

「えー」

「ではこちらを向いて。撮りますよ」

 

ボディガードの男性の声にみんなが瞬時に前を向く。伊織も岳羽に諫められたせいか大人しい。

パシャリ、という音と共にカメラのシャッターが切られる。何度かその音が響いたのち、ボディーガードの男性の「確認していただいて宜しいでしょうか」という声に皆が力を抜いてばらばらと離れ始めた。

 

「おお、いいっスねえ~! 写真のプロみたいだ」

「お褒めに与り光栄です」

 

カメラを覗き込む伊織とボディーガードの男性を横目に、2階へと上がる階段へ向かって歩き出す。

 

「あれ、三上さん食べないんですか?」

「ああ、うん…記念写真撮ってすぐなのにごめん…やっぱり……なんだか気分がすぐれない、から…部屋に戻って寝てるね…お寿司、届いても俺の分は残さず食べてていいから…」

「そうですか。お大事にしてくださいね」

「ん…ありがとう」

 

声をかけてきた天田くんに伝えることだけは伝えて上手く笑えているかどうかすらもわからない顔のままよろよろと2階へと上がる。そして部屋のドアノブに手をかけたとき背後から声が掛かる。

 

「優希さん」

「……アイ、ギス?」

「随分と体調が優れない様子でしたので。有事の際は医療機関へ通報することも視野に入れておくべきかと」

「……でも、皆の気分をじゃましたく、ないし」

 

救急車を呼べばそれこそ皆に悪い。お祭り気分に水を射したくないというのもある。

自分が耐えていれば済む話なのでここは寝てなんとか過ごしたいのだ。

 

「ですが、人命が何よりも大切です。せっかく大型シャドウをすべて倒したというのに優希さんが死んでは元も子もありません」

「……だいじょうぶ、寝たら…治るから…」

 

そう言って部屋に引っ込んでベッドに潜り込んだ自分の胸に、ナチュラルに部屋に入ってきたアイギスがベッドの横に座って手を当ててくる。

そのまま10秒にも満たない時間黙っていたアイギスが口を開いた。

 

「呼吸に雑音が混じっています。不整脈かと思われる脈拍の乱れもあります。メンテナンスの予定がありましたが急遽変更してわたしはここで優希さんを見守るべきだと判断しました」

「だめだよ…アイギス、おれの…事はいいから…メンテナンスは受けとかないと…」

 

しんどいからなのかまともな思考が出来なくなってきた。

なんだか、アイギスがメンテナンスを受けなくて安堵する自分がいるのに、アイギスのメンテナンスは大事なのだから行かせなきゃ、という感情もあってどちらが正解なのかわからなくなってくる。

 

「いいえ。行きません。私の大切は湊さんに奏子さん。そして優希さんの傍にいることでありますから」

「だい、じょうぶ。くすり…のむ、から…アイギスは…いってきて…」

 

結局、勝ったのはアイギスのメンテナンスは大事だ、という当たり前の思考だった。

どうして自分はアイギスのメンテナンスに行かせてはいけないという思考があったのか、頭痛で思い出せない。

 

「ですが、」

「おれも、アイギスが…メンテナンス受けられなくて、不調になるの、いやだから」

「…分かりました」

 

その言葉に、渋々といった様子でアイギスが立ち上がる。

暗い部屋を出て、廊下に向かう後姿を見送ると自分はまた起き上がって薬を飲む。昨日の夜も発作を起こしたばかりだというのに、どうなってるんだと眉を顰めながら上体を起こしたまま落ち着くのを待った。

落ち着いてなんとかかんとか寝られるだろうと布団に入り直し、目を閉じればすぐに意識が落ちる。

 

そして唐突に寝たのか寝ていないのかわからない状態のまま、激痛で意識が浮上した。

 

「あ、がっ…い…」

 

痛い。ひどく腹が痛んで思わずシーツを手で掴んでもがく。

痛む腹を押さえるまでいけず、脂汗をかきながら荒い呼吸を繰り返して痛みを逃そうとしたが上手くいかない。

 

「ぅ…ぐ……ぁ…う、うう…」

 

呻くことしかできない。

「どうせならこの痛みで意識を失ってしまえればいいのに」と思った瞬間、急に全身の力が抜けるような感覚がして強制的に意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、どうしたんだろ。昨日の大型シャドウとの戦いでやっぱり疲れちゃったのかな…」

「体調、悪そうだったし後で見てくる」

「うん。ありがと。湊。倒れてたら大変だもんね…ってアイギス?」

 

届いた寿司をつまみながら兄を心配して話し合っていた湊と奏子は、階段から降りてくるアイギスを見つけてそちらへと視線をやればアイギスもその視線に気がついたようで湊と奏子に近寄ってきた。

 

「湊さん、奏子さん。私はこれからメンテナンスに向かいます。なので、体調の悪い優希さんのことをお願いしたく」

「お願いされるまでもないよ! お兄ちゃんの事が心配なのは私たちもだし」

 

奏子の返事を聞いたアイギスは「そうですね」と相槌を打つと、口を開いて優希の状態を説明する。

 

「体調はあまり芳しくないようです。不整脈の発作を和らげる薬を飲んだようですが呼吸に雑音が混じっていたので悪化するようなら医療機関に通報を、と。優希さん自身は『寝れば治る』と言っていましたであります」

「寝て治るなら薬なんかいらないんだけど…ありがとう、アイギス。僕が定期的に様子を見ることにする」

「はい。では、失礼します」

 

ぺこり、と頭を下げたアイギスが寮から出ていく。

湊はさっそく様子を見に行こうと階段へ向かおうとすると順平がその後ろ姿に声をかけた。

 

「アレ、湊、トイレか?」

「優希が体調崩したっぽいから見てくるだけ。すぐ帰って来るよ」

「あー…」

 

順平の複雑そうな声を後ろに、とんとんと階段を上り廊下を歩いて優希の部屋のドアを開ければ、中は電気がついておらず目的の人物はベッドの上で苦し気に浅い呼吸を繰り返して固く目をつぶって寝ているようだった。

額にそっと手を当てれば熱は出ていないようだったがしんどそうなことに変わりは無く。

5分ほどそうしていたが良くなることも無ければ悪化することもなさそうだったので再び下に降りて束の間の宴を楽しむ。24時になれば嫌でも現実を見る羽目になるのだから、と湊は小さく溜息を吐いた。

 

──23時59分。

料理もほとんど食べ尽くし、もうそろそろ食べるのはやめようかと皆の意見が満場一致しかけたところで視線がラウンジの時計に集まる。

 

「そういや、幾月さんとアイギス、もう出ていってから4時間以上すぎてるのに帰って来ねえし……もうすぐ0時だぜ? …でもそうか、もうすぐ、か…」

 

順平のその哀愁を含んだ言葉のすぐ後に、秒針と分針が動き時計は24時を示した。

 

瞬間。

 

「んだよ、コレ…!?」

「な、なんだこれは!?」

 

景色が一変した。

電気がすべて消え機械の動きが止まり緑色の光に照らされる。そして、武治についていたボディーガードの男性と秘書の女性が象徴化現象を起こし黒いモノ言わぬ棺と化した。

 

「秘書の人と黒服の人…象徴化してる…」

 

天田の、ありえないと言いたげな呟きが静かに反響する。

 

「どういうこった…」

「ウゥ…ワンワン!」

 

その呟きのすぐ後に困惑する荒垣と何かを感じ取り唸って吼えるコロマル。

反応はそれぞれだが皆が思うことは1つだけだった。

 

「か、影時間が、また…!? 桐条先輩、これ、いったい…!?」

「わからない、私にも…」

「可能性がゼロじゃないとは思ってたがな…だが、見ろ。外も()()()()()、だ」

 

窓の外を見やり振り向いた明彦が美鶴の言葉に答えながら後ろの窓をくい、と指さす。

 

「確かに、ぜんぶが終わったって実感…あんまり、無かったですよね…あのシャドウ、最後の一体だったのに、あんまり強くなかったですし…」

「そんな…」

 

絶望するような順平の声が場に沈む。

 

──ゴーン…ゴーン…

 

そのとき、外から不気味な鐘の音が鳴り響いた。

 

「ちょっと…なんか聴こえない? これ…鐘の音? どっから…?」

「!! おい、外を見ろ…! タルタロスからだ…!」

 

窓際に立ったままの明彦が乗り出しそうな勢いで窓ガラスの外を見る。その視線の先にはそびえたつタルタロスが鐘の音を響かせながら建っている。

 

「幾月は…何処にいる…! 何故、何も言って来ないっ! アイギスを連れたまま、何の理由で遅れているのだっ!!」

「……」

「…美鶴」

 

悩むように顔を下げた美鶴に明彦が声をかける。その声に、美鶴はキッ、と目つきを鋭くして声を張り上げた。

 

「みんな…出撃の準備だ! タルタロスへ向かう。召喚器は無いが…私たちは行かなければいけない」

 

突然の出撃号令に、皆の間で困惑が走る。無理もない。終わったと思われていた影時間が再び起こり、タルタロスもそこに健在。そして謎の音が鳴り響いているとなればすぐに動けないのも仕方が無かった。

 

「あの、何が…」

「まだ、わからない…だが、鐘の音はタルタロスからだ。何が起きているかを、確かめに向かう。三上は…様子を見て連れていけそうなら連れていこう。有里、頼めるな?」

 

美鶴の言葉に湊は頷いて階段を駆け上がる。

そして、優希の部屋に入り、ベッドを見れば。

 

「いな、い…!? どこに…!?」

 

ベッドはもぬけの殻で窓からびゅうびゅうと寒い風が入り込んでいる。

トイレに行ったのなら誰かが気がつく筈であるし、靴はベッドの下に脱ぎ捨てるように置いてある。つまり、ベッドがもぬけの殻なのと窓が開いていること以外何も変化が無かったのだ。

だが、あの体調で優希が外に──ましてや窓から外に出ることはできない。万全の状態ならいざ知らず。寝ているだけでも苦し気だった今日の兄が動けたとは思えない、と湊は眉を顰めた。

もしも、6月のようにシャドウに呼ばれてきたのなら靴もちゃんと履いているはずだ。だというのにそれもない。ただ、居るとするならタルタロスだろうという確証が湊にはあった。呼ばれているのならそこにしか行きつかない。誰かに攫われたのであっても、こんな時に兄に用があって攫う輩といえばひとりしか思い浮かばない。

 

とにかくさっさと用意してタルタロスに向かわないと、と用意を済ませた湊は兄がいないことと恐らくタルタロスにいるのではないかというを報告して特別課外活動部の皆でタルタロスへと向かった。

 

 

 

 

影時間

湊たちは近くまでやってきたがタルタロスはなおも眼前にそびえたっている。

そしてその入り口の前に幾月が立っている。

 

「やあ、遅かったねえ」

「幾月さん…!」

「今日はなんて素晴らしい日だ…滅びの鐘の音を直に聴けるなんて!」

 

歪んだ笑顔で両手をあげ、天高く見上げる幾月は狂気に染まっている。

 

「なんスか、滅びの日って! なに言ってんスか、幾月さん!」

「幾月さんは言いましたよね、12体のシャドウを倒せば影時間もタルタロスも消えるって!!!」

「クックックックッ…」

 

意味の分からない幾月の言葉に順平とゆかりが叫ぶ。だがそれに対して幾月は意味ありげに喉奥で笑うことしかしない。

 

「幾月さん…」

「何笑ってんスかアンタ!」

 

下がった眼鏡を上げなおし、幾月は再び口を開いた。

 

「きみたちはよくやってくれたよ…“僕の望み”を叶えるため、頑張ってくれた。感謝してもしきれないよ…!」

「“僕の望み”だ…?」

 

困惑する面々を嘲るように再び腕を大きく開いた幾月は一気にまくし立てる。

 

「シャドウを倒せば“影時間”や“タルタロス”が消える? そぉーんな訳ないだろう! なにしろ今までの行いはそんなこととは真逆の行いだよ…! 君たちがシャドウを倒し“器”を満たしてくれたおかげで間もなく再誕する、滅びを呼ぶ者…! デスと呼ばれる究極の存在が!」

「そんな…」

「騙してたってこと!?」

 

今まで理事長である幾月が自分たちを騙していたともとれる言葉に叫ぶ。だが、幾月はほくそ笑むと首を回してコキコキと鳴らした。

 

「フゥ…そうだね。全て、思惑通りさ…」

「最初から…知っていたな…!?」

 

美鶴は幾月の様子と言葉にそう結論付けた。

幾月は多くを語らなかった。どうもはぐらかすような、聞かなければわからないようなことを喋らないという特徴があった。

そういうところは兄と似ている、と湊は幾月は睨み付ける。兄である優希も、悪い事ではないがまだ何かを隠しているようだった。ただ、それが何なのか湊にはわからない。

 

「10年前…僕も研究者として計画に携わっていたんだよ。実験は失敗したけど、“影時間”や“タルタロス”は、そのせいで生まれたわけじゃない。あれこそ、“シャドウの力”の正しい現れなのさ」

 

それは、10年前の事故に関わっていたことも示していた。

そしてそれの深く食い込んでいたということも。

 

「だから先代は集めたんだ…“滅び”を得るためにね」

「滅びを得るため…?」

「もう忘れたのかい? 屋久島でも説明しただろう。鴻悦氏が求めて求めてやまなかった代物さ」

 

やれやれ、といった風に首を横に振った幾月はまた演説でも語る様に両手を広げる。

 

「人は世界を満たし尽くし、まっ平らな虚無の王国にしてしまった! もはや“滅び”によってしか救われない! 予言書に曰く…滅びは“黒き聖杯”を得た“皇子”の手により導かれる。そして“皇子”は全てに救いを与えたのち、“(おう)”となって新世界に君臨する! 10年前に試みた男は核心を知らなかった。しかし時を経て、ついに僕が『こちら側の世界』の“皇子”となる!」

「く、狂ってる…マジでいってんのか…?」

 

あまりの突飛な言葉に信じられないようなものを見る目で順平が呻いた。

まるでおとぎ話か厨二病を患った者の発言のようなそれが、到底現実に起こりえることだとは思えなかった。この男はそんな世迷言を本当に信じているのか、という困惑が広がる。

 

「まあ、ウソをついていた事は謝るよ。でも、君たちは未来の為になる事をしたんだ。あと少し、黙って僕についてこれば、君たちも“救済”を得られる」

「死ぬのが…救済…?」

 

幾月の言葉に誰も同意などしていなかった。

死が救済などと戯言もいいところだ。母親が死んだ天田や、両親の居ない湊と奏子、そして事故により父親を失ったゆかりにとっては。

そんな中、ゆかりがはた、とあることに気がついた。

 

「…ちょっと、訊きたいんだけど」

「何だい?」

「10年前の、父さんの記録…飛び散ったシャドウを倒せって言う、あれも、ウソだったってこと?」

 

幾月の話によれば飛び散った12体のシャドウを倒すこと自体が罠だったというわけだ。

ならば、父親の推測が間違っていたというのか。

そんなゆかりの思考とは別に幾月が何の気もなしに答えを出した。

 

「ああ…あの記録は、実際に本人が残していたものさ。…もっとも、意に沿わないくだりには手を加えたけどね」

「ッ…改ざんしたのか!?」

「そういう言い方は良くないなあ…」

 

叫んだ美鶴の声に、うるさいと言わんばかりに幾月は溜息を吐く。

 

「君の父上…岳羽詠一朗氏は、実に有能な科学者だった…主任だった彼は、当時の若い僕など知らなかったろうけど、私は科学者としての部分()()は尊敬していたよ」

 

惜しい、と言いたげに目を細めた。

 

「殆どの研究者がシャドウの能力だけを見てた中、彼は“滅び”について熱心に研究したようだ。でも惜しいことに、彼は“滅びの素晴らしさ”までは理解できなかったようでね…」

「なに…それ…」

 

あまりの言い草にゆかりが絶句する。

それではまるで父親の倫理観がおかしかったとでも言わんばかりの言い草ではないか。明らかにおかしいのは、目の前のこの男の方だというのに。

 

「あれは、岳羽の父上の命と引き換えに遺された記録だった!」

「らしいね。役に立ったんだから、良かったじゃないか」

「……全部、利用してたってことだよね……父さんの事も…私も!!」

 

キッ、と幾月を涙目で睨み付けた岳羽を歯牙にもかけず、幾月はいけしゃあしゃあと口を開く。

 

「利用なんて言わないでくれよ。世界の為なんだ、しょうがないだろ?」

「なにを…言ってるの…? 正気…!?」

「とてもそうは見えないな…まずは黙らせてから話をゆっくり訊こう」

「同感だぜ…あいつぁ…正気じゃねえ」

 

明彦の声に皆が頷いて戸惑いながらも戦う姿勢を見せる。

世界のため。そんな大義名分が幾月のこれからやろうとすることにあるとはとてもじゃないが思えなかった。

 

「おいおいおい、理事長先生に暴力を振るうのかい? ひどいなあ…そう思うだろう? アイギス!」

「!?」

 

幾月が呼んだ名前に、一同が後ろを振り向けばそこには武治に指の銃を突き付けている虚ろな目のアイギスが居た。

 

「お父様!」

「美鶴…ッ」

「アイギス!」

 

呼び合う父子と様子のおかしいアイギスに向かって呼びかける奏子。

その様子を見て幾月が笑う。

 

「フフフ、無駄だよ。君たちの声は彼女には届かない。コレはきみたちの仲間では無く私の指示に従うただの殺人マシーンだからね…」

「そんな…!」

「アイギス、駄目だ!」

 

出来ないとわかっていても湊はアイギスに寄ろうと前に出るがその足すれすれを銃弾が穿った。それ以上進めば警告ではすまなくなるのを湊ははっきりと感じた。『今回』もダメだったようだ。

 

「…っ、」

「さあ、儀式を始めよう」

 

恭しく身体を曲げた幾月のその言葉に武治を気絶させたアイギスが次々と特別課外活動部の面々を気絶させていく。

そうして、動く者が居なくなったのを確認した幾月はまたほくそ笑んだ。

 

 

 

 

「う…」

 

湊が目を覚ました時、月光館学園の別館である天文台がある場所の頂上で巨大な十字架に(はりつけ)にされていた。

湊にとってはもう10度目のそれに落ち着きを取り戻し、皆が無事か確認すればコロマルと武治、そして優希以外は気絶して同じく磔にされているだけでケガなどはなさそうだ。

コロマルはタルタロスの下に放置されているのである意味安全だと分かっている。

下を見れば幾月と武治を押さえるアイギス。そして幾月の足元に兄である優希が倒れているのが見えた。しかし、ピクリとも動こうとはしない。まさか死んでいるのでは、と思うが幾月が早々兄を殺すとは思えなければ、もし殺していたとしても死体をそのままにしておくとも思えなかったからだ。

 

「…? うおっ、なんだこりゃ!?」

「ん…なにこれッ!?」

「えっ…!?」

「な、なにこれ…動けない…!」

 

他の面々も目を覚ましたらしい。

 

「クソッ…外れないッ…!」

「完全に留められてやがる…!」

「お父様ッ!! 三上!!」

 

なんとか外そうともがく明彦と荒垣。そしてアイギスに拘束されている武治と地面に倒れている優希を目に入れて叫んだ美鶴。それに答えることは無く、武治は幾月を問いただす。

 

「幾月…これは何の真似だ!? そしてなぜ彼がそこにいる!?」

「見ての通りですよ…彼らには、少し数は多いですが滅びの先駆けとして“生贄”となってもらう。これで予言書に示された段取りは全て完了だ。あとは、“聖杯”が滅びを産むだけとなった」

「なんだと!?」

「テンメー! フザけんなよ!」

「やれやれ、騒がしいねえ…折角の歴史的瞬間を目の当たりにできるというのに…僕の話を聞く余裕すらないとみた。知りたくはないのかい? なぜ、三上くんがこうしてここにいるのかを」

 

幾月の言葉にぴたりと野次は止み、誰かが息を飲む声が聞こえた。

その様子に満足した幾月は口を開いて語り出す。

 

「『時を操る神器』を作る必要があったという話はしただろう? 神器、というようにそれは正しくシャドウを入れて作る器だ。僕の居たチームはその器の研究も行っていたのさ」

 

かつて、幾月は一介の研究員だったといったがそれは優秀ではないという証明にはならなかった。そして、桐条鴻悦と同じ滅びへの無意識の渇望も抱いていた幾月は見初められたのだ。

 

「ペルソナ能力はともかく、黄昏の羽が無い無機物じゃシャドウの支配権の方が勝ってね。かといって少しならともかく大量のシャドウを受け入れるには黄昏の羽を搭載した無機物より生物の方が適していたことが研究で分かっていた。だから、秘密裏に僕はシャドウを集め、入れる器を生き物を使って作るよう先代から言われたのさ」

 

先代から、という言葉に武治が苦虫をかみつぶしたような顔をする。

そんなことをしていたというのは武治にすら聞いたことが無いものだった。本当に極秘の研究だったらしい。

 

「最初は、虫だったよ。そこから実験用のラット、モルモット、イヌ、ネコ、魚、鳥…浮浪者、孤児。試せるものはなんでも試した。先代から支援を受けていたとはいえ、建前上の立場は一介のヒラ研究員の僕だ。用意するのに苦労したよ…けれどね、ダメだったんだ。どれもこれも、大量のシャドウを、滅びを受け入れる器じゃなかった」

「そんな…ことを…!」

 

でも、と1度切った言葉を続けた幾月はおぞましい笑みで再び口を開く。それは、狂気を孕んだものだ。

 

「行き詰まっていた僕に、ある日『神からのお告げ』があったんだ! ある子供を使えばいい、と! だから攫って来た。必要な事だったからね。けれど笑ったよ。まるで神が僕に味方しているかのようになにもかもがすんなり上手くいったんだから!」

「攫ってきた…?」

 

幾月の言葉を、磔にされたままの奏子がうわ言のように繰り返した。隣の湊は青ざめて、わなわなと震えているようだった。攫ってきた、という言葉にひたすらに嫌な予感がしているのだ。

 

「貴様! それがどういうことか分かって言っているのか!?」

「もちろん。先代公認だったので正しい事だと認識していますよ」

「っ、倫理観まで腐りきっていた我が父に毒されていたのか。貴様は…」

 

幾月は歯噛みする武治の言葉に耳を傾けることは無くそのまま語り続ける。

 

「驚くことにね、お告げ通りその器を使ったらどんどんシャドウを入れることが出来たんだ! まあ、ある程度の量になって来るとさすがに抵抗はあったみたいだから苦痛に泣き叫んでいたけど他の実験体みたいに痙攣しながら目鼻口から黒い液体を出して死んだりしなかった。兆候すらなかったよ! そういう意味では、本当に素晴らしい器だった!」

「下衆野郎が…!」

 

荒垣が心底軽蔑したように呟くも、それは風にかき消され幾月の耳には届かない。

 

「2年かけて実験の内容が『時を操る神器』の作成から『滅びを得るための聖杯』の作成にシフトした後も、その器は水を吸うスポンジのようにシャドウを受け入れた! そしてついに完成したんだ。13体の大いなるシャドウで内を満たした黒き聖杯がね!」

「あの実験以前に、既に完成していたというのか…!?」

「岳羽詠一朗氏が『聖杯』の存在に勘づいたのはそのすぐあとだったよ。器の扱いに我慢できなくなった彼女…桐条千鶴(きりじょうちづる)が遂に研究主任である彼を頼ったらしい。つくづく、彼女は生物を使用する研究の研究者に向いていない人だった」

「千鶴が…」

 

武治の目が見開かれた。

 

桐条千鶴。

 

それは美鶴の叔母であり武治の妹であった人間だ。そして、10年前の事故で死亡している。

 

「けれど、詠一朗氏は器を救うより、あの時点では確定していなかった滅びを防ぐ事を選んだ。そしてあの事故が起こったんだよ。そのせいで器が破損して集めた大いなるシャドウは飛び散ってしまった。まあ、滅びの到来まであと少しだったんだけどね」

「父さんがやった、事……」

 

ゆかりが複雑な表情で考え込む。幾月の話が本当なら、あのビデオの言葉通り父は周辺の人と当時の自分と同じくらいの歳の幼子を犠牲に滅びを防いだことになる。

果たして、それは改竄されていなくとも、手放しに褒められることだったのだろうか。ゆかりの気持ちは再びぐらぐらと揺れていた。

 

「聖杯は完成しただけで滅びをもたらすものではなかった。当然だ。あれは願望器に過ぎないんだから。それに、驚くことに器自体にまだ自我があったんだよ。あれだけのシャドウを受け入れておきながら、自己の喪失もなく、無様に滅びを抑え込もうと抵抗していた」

 

狂気を孕んだ笑みから一転。機嫌が悪くなったように真顔に戻った幾月はその事が心底面白くなさそうだった。

 

「必死に家族のことをうわ言のように呟いて生きることを諦めなかったのには驚いたけれど。先代がどんなに願っても脅してもなだめすかしても滅びを放とうとしなかったからね。そう思うように仕向けたんだ。拷問だろうがなんだろうがなんでも使ってね。けれど、それでもダメだったから桐条千鶴を使って脅すことにしたんだよ。ああ、これも先代の許可の上ですのでこちらを責められても困りますよ?」

「まさか貴様…千鶴を…!」

「──まあ、貴方の予想通り最終的には殺すことになりましたよ。脅しても器が思ったよりもスムーズに“死にたい”と、滅びを願ってくれなくて。彼女も器を励まそうとして五月蝿かったので。それに彼女を殺せば懐いていた器も絶望するかと思いましてね」

「貴様ァッ!!! くっ…!」

「冗談じゃねえよ…こんなヤツがガッコウの理事長やってて…オレらと一緒に居たってことかよ…!?」

「……叔母上を…理事長…いや、幾月が…!?」

 

激昴し、暴れた瞬間にアイギスに押さえつけられた武治と、悪びれずに「拷問し、脅しの材料に使った人間は殺した」と言い放った幾月を今まで信じていたものがガラガラと崩れていく認識となった順平と叔母の死の真相を知った美鶴が信じられないものを見るような目で見た。

幾月がその手段に踏み切ったのは個人的な思惑と桐条鴻悦による実の娘でさえ己の目的のために犠牲にするGoサインがあったからもあるが、そもそも鴻悦がこれにGoサインを出さないような家族想いならこのようなことになってはいなかったのだ。

故にこれは幾月だけの罪では無かった。

 

「桐条千鶴が死んで絶望した器の精神は目論見とは少し違ったけど見事に壊れた。そして、抑えが無くなった滅びは放たれようとした。けれど知っての通り岳羽詠一郎氏の手によって爆発事故が起こり、器の中にあった13体の大いなるシャドウは散り散りになってしまったんだ」

 

酷く残念そうにため息を吐いた幾月は床に倒れ、浅く呼吸を繰り返す薄目の優希を見やると笑顔になる。

 

「でも君たち特別課外活動部がまたひとつに戻してくれたおかげで再び器は満たされ滅びがやって来ることになった! とても感謝しているよ! そして、」

 

さらに笑みを深め、パチパチと幾月は拍手した。

 

「──おめでとう。()()()()()()()。三上くん」

 

「ぇ……ぁ……お、おれ……俺の…?」

「全て思い出すといい。君の目の前で彼女が──桐条千鶴が死んだのも、岳羽くんの父親やポートアイランドの人達が死んだのも、君の実の両親が死んだのも、有里兄妹が親戚中をたらい回しにされたのも、君と共に居た人工ペルソナ使いの子供たちが死んでいったのも、皆が大型シャドウと戦う羽目になって苦しんだのも…そう、すべて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。きみがあの時死にたいと願わなかったせいだ。そうだろう?

 

────“ナギサ

 

「あ………あ………あああ………あ、」

 

薄く開かれていた目が、これまでにないほど見開かれる。

無理やり封じ込めていた記憶を幾月によって1番最悪な形で引きずり出され、瞳が絶望の色に染まった。

跳ね起きるように身体を起こす。

 

自分のせいで、みんなが。

自分のせいで、千鶴さんも、父さんも母さんも、死ぬ羽目になった。

自分のせいで、デスを内側に封印されることになった湊と奏子を苦しめた。

自分のせいで、タカヤ達人工ペルソナ使いの皆が苦しんだり死んでいったりしてしまった。

自分がいたから、ニュクスが来てしまった。

自分がいたから、湊と奏子はニュクスを封印する羽目になって死んでしまった。

 

ぜんぶ、ぜんぶ、自分が生きていたから。

 

──死にたいと、願わなかったから。

 

冷静になって聞けば「何を言っているんだこいつは」となる、幾月による責任転嫁のような暴論を跳ね除けられるほどの思考回路は既に焼ききれていた。

最早、優希に正常な判断というものが出来てはいなかったのだ。

無理やり記憶を思い出したが故にその時に負った精神ダメージまでもが蘇り、全ての記憶がぐちゃぐちゃに混ざり合う。記憶と感情、そして精神を幾月によるカミングアウトという名のミキサーに全てかけて混ぜあった結果、

 

「ぁ、ああああああああああぁぁぁ!!!!」

 

優希は発狂した。

頭を抱え、月に吼えるように仰け反る。そしてガクリと項垂れたかと思うとぶつぶつと呟き始めた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「赦しを請いたいのかい? なら、なにをすべきか、わかるだろう? ナギサ」

 

満足そうに微笑む幾月が震える優希に拳銃を手渡せば、すぐに額へと震える手で銃口を当てた。その様子に納得した幾月は数歩離れて見守るように笑みを深める。

 

「幾月! 今すぐ止めさせろ! 命を無駄に散らせるつもりか!」

「安心してください。黒き聖杯であるナギサを死にたいという自らの願いと共に壊せばじきに滅びがやってきて救済と新しい世界がやってくるのですから」

「戯言を!」

 

うっそりと笑む幾月は夢見心地のようだった。来る新世界に向けての妄想で悦に浸っている。

 

「だめ! お兄ちゃん! 死ぬなんてダメだよ! 帰ってきて…! お兄ちゃんは物なんかじゃないし滅びなんか来てもぶっ飛ばせばいいから!」

「優希のせいなんかじゃない! だから、死のうなんて考えないで! 僕達は……僕は……!」

 

奏子と湊がいち早く「幾月曰く優希こそが滅びをもたらすものの器」という衝撃から立ち直り引き留めようと吠えるように叫ぶ。

 

「しなないと…みんなを、すくわないと…ぼくが死ねば、みんな、みんなしあわせ、に…なる、から……せんせいがそう言ってた、から……いままで、生きてて、死ななくて、ごめんなさい…いま、いま…死ぬから、ゆるして…」

 

だが、壊れてしまった優希には妹と弟の声さえ届かない。恐らく、幾月以外の誰も認識できていないのだろう。

虚ろな目から大粒の涙を流して壊れた精神で死の恐怖に怯えながらも引き金に指をかける。

それは間違っていることだと僅かに残った正常な心が叫ぶのに、もう止められない。止めることが出来ない。

 

「良い子だ、ナギサ。そのまま引き金を引くといい。ほら、いつもやっているだろう? なにも怖いことなんてない。君が死ねば桐条千鶴が助かるんだ…ほら、見えるだろう」

 

実際には桐条千鶴などいない。だが、幾月は己の真横を示した。

狂気に落ち、幾月の言われるがままになっているいまの優希ならば、嘘でもこうやって言ってしまえば無いものを見てしまうのではないかという思惑があったのだ。

 

「ぁ…あ……千鶴、さ……ん……ゆ、ゆるして……ぼく、いまからしぬから、ゆるして…わすれて…生きて…! 死んだりなんか、しないで…!」

 

そして、その幾月の思惑は思い通りにいった。

優希は見えないはずの桐条千鶴を幻視したのだ。引き金に添えられた指に力が込められる。

 

勝った、と幾月はそこで勝利を確信した。

 

しかし青い光が淡く優希を包む。

拳銃を持つ震える手を覆うように、半透明な白い手が優しく添えられた。

 

「──っ!?」

『ええ、赦すわ。…けれどあなたが死のうだなんて思う必要は無いの』

「あ……」

 

黒いドレスを着た赤髪のペルソナ──“パンタソス”が後ろから優希を抱きしめるように顕現していた。

閉じられていた目から流れていた赤い血は止まり、優しい光をたたえる陽の光に似た黄金色の目が悲しげに細められている。

虚ろなドレスしか無かった身体は白く透けているが確かに滑らかな人のような柔肌の四肢と胴体を得ていた。

 

そしてその顔は武治と美鶴、そして幾月にとって覚えがある顔で。

 

「桐条…千鶴ゥウウウ!!! また君が邪魔をするのか!」

『あなた、まだこの子を傷つけるつもりなのね。本当に、卑しいヒト…』

 

呆れた様子で忌々しげに叫ぶ幾月を睨みつけるパンタソス──桐条千鶴の残滓はゆっくりと放心状態になった優希の手から拳銃を離させた。

 

「卑しいのは君の方だろう! 死人に口なしさ。だというのに…桐条千鶴。きみは死してなおいつまでもソレの肩を持つ。ソレの心に焼き付き、そこに魂は無いというのにペルソナとなってでも守ろうというのかい? どうやら僕は死人の未練という非科学的なものを侮っていたようだ」

『あら、冴えないあなたに一矢報えたのなら本望だわ。私は本物の桐条千鶴ではなくてこの子の心に焼きついただけの偽物だけれど…それでもこの子を守りたいと願う思いは本物よ。ヒトはそれを“愛”と言うのでしょう?』

「はは、紛い物のペルソナが愛を語るのかい。これは論文がひとつ書けそうだ。“自己愛”という題材でね」

『どうぞご勝手に。世界を滅ぼそうだなんて考えたりこの子を傷つけることよりよっぽど良いわ』

 

パンタソスと幾月による舌戦は声色こそ穏やかだが内容はとても刺々しい。

犬猿の仲、と言っても間違いないほどにお互いに対し良い印象がないようだ。

 

死人がペルソナになる事例はこの場にいる誰もが知らないがひとつだけある。

桐条の本元、南条家の現当主である南条圭のもつペルソナの中にヤマオカという存在がいる。

その姿はサーフボードのようなものに乗った機械の羽をもつスーツ姿の翁の天使だ。

当時はまだ高校生だった南条圭の幼い頃からの専属執事であり、忙しかった南条圭の親の代わりに愛を与え様々なことを教え、南条圭が唯一心を開いていた山岡というヤマオカの元になった人物はセベク・スキャンダルという事件の際に悪魔から人々逃がすためにその命を散らした。

それがきっかけで南条圭はペルソナに目覚めるのだが、その時死した山岡という人間が何の因果かその事件の終盤に南条圭のペルソナとして降りてきたのだ。

ただ、こちらはパンタソスのように偽物という訳ではなく。

恐らく本物の山岡の魂もしくは精神が心の海たる普遍的無意識に介入したのではないかと思われている。

 

「ち、ちづる、さん…ほんもの…?」

『…ごめんなさい、私はあなたなの。でも、あなたに生きていて欲しいと願ったのは本物の私もよ。ちゃんと思い出して。あの時、私がなんて言ったのかを』

「おもい、だす…?」

 

パンタソスの言葉に、優希はぐちゃぐちゃになった記憶をぐちゃぐちゃになった精神で手繰り寄せようとする。だが、そう上手くはいかない。

 

幾月の拳銃によって撃たれ、リノリウムの床に倒れる千鶴の姿がフラッシュバックする。

優希を──ナギサを涙を流しながら見つめた桐条千鶴は、口から血を吐きながらはくはくと口を動かして声を絞り出した。

 

「“生きなさい(死になさい)”、ナギサ」

 

それは歪められた遺言(ねがい)だった。

生きろ、と確かに彼女は言ったはずなのに幾月によって強烈に刷り込まれた自殺願望がそれを上書きしたのだ。

 

愛が、願いが、洗脳(のろい)に負けた。

 

そしてそれがトドメとなる。

 

「わあああああぁぁぁ!!! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…やっぱり…やっぱり、ぼくは、死ななきゃ…! ちづるさんも、そう言ってたから…う……かはっ…げぼっ……げえっ…えげっ……!」

 

最後の(よすが)を砕かれ、浮かび上がろうとしていた精神が再びドン底に落ちる。そして同時にえづいた優希の口からぼたぼたと血が吐き出された。

 

『そんな…ちがう、ちがうわ…だって、あの言葉はそんな呪いじゃ…! ダメ、信じないで! 私は、あなたに生きて、ほし──』

 

そのまま床に倒れ呼吸すらままならなくなった優希を守ろうと手を伸ばすパンタソスの姿にヒビが入り、硝子のように砕け散る。

それは召喚を終えて消えるときの様子とは大きく違っていた。

その尋常ではない様子に特別課外活動の面々は青ざめ、武治がひくりと口の端を引き攣らせて呟く。

 

「あれはペルソナの…崩壊…!」

 

ペルソナとは心の鎧でもあり剣でもあり、もうひとりの自分だ。

それが崩壊するということは、すなわち完全な精神の崩壊を意味していた。

その証拠に、倒れる優希の目には既に光がなく、呻き声すら上げる事無く何も喋らなくなってしまった。

かろうじて息をしているだけの人形に成り果ててしまったのだ。

末期の影人間のような有様にもうダメか、と武治は顔を歪ませた。

 

「まったく、ヒヤヒヤさせなくでおくれよ。驚いたじゃないか…」

 

幾月が、嗤いながら倒れた優希を蹴飛ばして仰向けにさせる。そして、その腹の上に片足を乗せた。

 

「精神が崩壊してもまだ無意識に滅びを抑え込んでいるのかい? 無駄な努力はするものじゃないよ、ナギサ。きみは滅びを抱える聖杯であり母胎だ。早く滅びを産んでもらわないと、ね」

「やめて!!!!」

 

腹の上に幾月の足が上げられ、勢いよく落とされる。

奏子が止めようと叫ぶも、それは止まることがなく。

びくん、と一瞬優希の身体が強ばり口から血が漏れるがそれだけでなんの反応もない。

そのまま誰も止める人間がいない幾月は何度も何度も何度も抵抗することの無い柔らかい腹を踏みつけた。その度に、口から命が流れていくように血が零れる。

 

「やめろ幾月ッ!! くっ、この枷さえなければ…ッ!」

「やだぁ!!! やめて! やめてよ! これ以上お兄ちゃんに酷いことしないでよぉ!!!!」

 

青い顔になりながらも必死にガチガチと枷を外そうと試みる美鶴と、涙で顔をぐしゃぐしゃにして声を張り上げるように叫んだ奏子にそこで初めて幾月が忌々しそうな顔を向けた。

 

「桐条くんはともかく…奏子くん、きみは些か先程から騒々しい。これは教育的指導が必要かな?」

「ひっ…」

「てめえ…やるなら俺にしやがれッ!」

「荒垣くんには興味が無いんだ。申し訳ないね」

 

荒垣が噛みつくも、心底興味無さそうに受け流した幾月は床に落ちていた拳銃を拾い磔にされている奏子にそれの銃口を向けた。

 

「はあ…君たち兄妹はいつもそうだ。実験が終われば結果がどうであれ抜け殻になった用済みのナギサを返してあげようと親切心から10年前、この港区に呼んだというのに、勝手に事故に巻き込まれて勝手に面倒なことにする。まあ、ナギサを縛りつける餌としては上々だったけどね」

「お前……ッ!」

 

つまり、三上家にあった有里家宛てに出された10年前のあの手紙は、実験で使いつぶし廃人になった幼い兄を適当な嘘をついて処理するための方便だったという事実に憤りを感じた。だが、幾月の思惑は予想以上に固い兄の精神と岳羽の父によって防がれた。

瞬時にそこまで考えた吠える湊を無視し、見向きもしない酷く冷たい目の幾月は本気で奏子を害そうとしている。

引き金に指がかかる。

 

「うう…か、なこさん……みなと、さん……まも、る…わたし、は……そば、に…」

 

ここでアイギスが初めてうわ言のように何かをつぶやき虚ろな目が何かを確かめるように揺らいで僅かに動くがそれだけだ。

もうダメか、と思われたその時。

 

「……終末の時は…来たれり…」

 

ぼそり、と優希の口が動いて言葉を発した。そして、手をゆるゆると上げて掴むように月へと伸ばす。そして5つの不吉なラッパの音が鳴り響いた。

 

その音に拳銃を放り投げた幾月が高らかに笑い、両腕を上げる。

 

「これは…予言書にある“7つ”のラッパの音! ふ、ははは! ついに…遂に来た! さあ、産まれるぞぉ! 待ちに待った滅びの到来だ! あははははは! これで僕はようやく闇の皇(メシア)となる!」

 

月を背後にした影時間の空に、天使が降臨する。

その天使が再びラッパを吹けば、その天使を挟むように黙示録の騎士たちが現れる。

 

「ああ、ああ! 予言書の通りだ!」

 

その光景に幾月は歓喜し、さらに笑みを深くした。

 

『我が福音、終末の獣の招来を報せるものなり。来たれ、来たれ、来たれ。満たせ、満たせ、満たせ。黒き杯が満ちるまで…しかして目覚めの時は尚も遠く…』

 

トランペッターはそう語る。その言葉はその場にいる誰もに聞こえていた。

 

最後に、ボロ布と鎖を纏うヒュプノスが現れもう一度鳴らされたラッパの音に合わせてそれぞれが光の玉となりひとつに合わさって天に昇っていく。

その光景を見た湊は何故かベルベットルームで行うある行為を想起した。

 

──六身合体(ペンタゴンスプレッド)

 

ペルソナを6体使って行う強力なペルソナを生み出すための合体だ。

そして、湊の持つタナトスを生み出すための合体方法でもあり、その中にペイルライダーが含まれていたこともよく覚えていた。

タナトスの場合は死神に属するアルカナのペルソナばかりを6体集めて作っていたが、これは違う。黙示録の四騎士にトランペッター、そしてもうひとりの死神(デス)の疑惑があったヒュプノスだ。

さらなる何かが産まれてしまうのか、それともここに直接ニュクス・アバターが降臨してしまうのかと冷や汗を垂らすと、優希の手がパタリと力尽きるように降ろされ、落ちて来た光が弾けてその中身を現した。

 

漆黒の翼が勢いよく開き、タナトスに似た姿のそれが黒い羽根で出来たコートをはためかせる。

その姿は、屋久島のビデオで見た昔のヒュプノスだった。ただ、ひとつ違うのはその手に深紅の鎌がある事だ。

 

「さあ! “滅び”よ! 7人の生贄を喰らい、虚無にまみれ平になった世界を滅ぼし愚かな人類に救済を!」

『救済…?』

 

子供のような幼い声が幾月の言葉に反応する。その事に対話の余地アリとみた幾月は嬉々とした顔でヒュプノスに歩み寄る。

それが、どれだけ愚かな行いか知らずに。

 

『よくわからないけれど、“滅び”が欲しいの?』

「そうだ! そして僕を『こちら側』の闇の皇に──」

『そう…』

 

幼い声が底冷えするようなものに変わる。実際に周りの空気も急激に冷え、ぶるりと幾月でさえも身震いした。

 

『優希を…ナギサをそんなくだらない事のためにぐちゃぐちゃにしてぜんぶぜんぶ壊しちゃったんだ。ふふ、ふふふ…あははははは! 優希を守れなかったぼくもわるい子だけど──おまえが、いちばん、“わるい子”だ』

「は…?」

 

目に見えない速度で鎌が振られ、刃の先で肉を抉り取る様に幾月の身体が深々と袈裟斬りにされる。

返り血が、ヒュプノスではなく近くで倒れていた優希の顔にかかるが反応はない。

 

「きゃああああ!!!?」

「う、うわあああ!!!」

 

その光景に、誰のものかわからない悲鳴が上がる。

幾月は突然の事に片手で傷を押さえながらよろめきながら後退し、はくはくと口を動かした。

 

「な、なぜだ…! わたしは…ぼくは……闇の皇子で……滅びを……よげん、を……」

『きみはそこから落ちるといい。ほら、求めていた滅び()(そこ)にはある』

 

黒い靄のような手が、冥府(タルタロス)の底でうごうごと蠢き幾月を歓迎していた。

その言葉と示されたヒュプノスの指に誘われ、まるで夢を見るかのような表情で後ろに倒れるように幾月は落ちる。

それを見送るとヒュプノスは倒れたままの優希に近寄り、顔を近づけた。

 

「や、やい! バ…バケモノ! 動けねー三上センパイになにしようとしてんだ!」

 

その様子に順平がビビりながらも食いかかる。傍から見ればバケモノが優希を食べようとしているように見えたようだ。

ひとまずそれを無視してヒュプノスは癒しの光で優希を包んでから、そこでようやく獣の頭骨の様な装飾をつけたのっぺらぼうの顔を上げる。

 

『優希の傷を癒しただけさ、伊織順平。…でもバケモノか。そんなものじゃない。ぼくはもっと恐ろしいものになった。人はぼくを“死の宣告者”とも呼ぶ。来たる“避けられない終わりを告げる者”だ』

「来たる、終わり…?」

『そうだよ。12体のシャドウが倒され、13番目であるぼく(デス)とひとつになることで滅びそのものである“ニュクスの招来”を確定させる存在になるんだ』

 

風花の疑問にヒュプノスは素直に答える。

その声は先程の幼い声のままだが僅かに優しい音を含んでいた。

 

『ニュクスが来た時が本当の終わり。あの男が言ってた“滅び”ってやつだよ。きみたちは、それを防がないとこの戦いの真の終わりは来ない。タルタロスも影時間も消えはしない。だから、タルタロスの頂上を目指し続けるんだ。そこが、1月31日にニュクスの舞い降りる場所だから』

「1月…31日…?」

 

訝しむ一同にヒュプノスはまた説明する。

 

『来ることを取り消せはしなくても少し遅らせることは出来るからね。だから、刻限ギリギリである1月31日にしたんだ。それ以降はどうあっても伸ばせない』

「そんな…!」

『それが嫌なら影時間に関する全ての記憶を消してなにもかも知らないまま滅びを穏やかに待つことも出来る。でも、きみたちなら奇跡を起こせるかもしれない。だから、頑張って欲しいと僕は願う。

…1ヶ月後の12月2日の影時間。ムーンライトブリッジでぼくは待っているから返事を考えて欲しいな』

 

一方的にまくしたてるようにそう言うと、ヒュプノスは翼を広げて羽根を舞い散らせながら夜空へと浮かび上がりその大鎌で全員の拘束を外した。

拘束が外れたことにより、地面に落下するがやわらかい風が吹いてその衝撃を和らげる。どう考えても目の前のヒュプノスが行ったことだろう。ファルロスと同じく随分と優しいんだな、と湊はそれを見上げた。

 

『さあ、もうすぐ今日の影時間が終わる。彼女も命令をする人間が居なくなったしもうすぐ正気に戻るだろうね。また襲いかかられるのは勘弁だから、ぼくはどこか遠くに行くよ。──有里湊。きみのことは殺してやりたいくらいに大嫌いだけど…優希を、お願い。ぼくは優希を傷つけてしまうことしかできなかったから…』

「言われなくても」

 

最後に湊に向かってそう告げたヒュプノスは翼を羽ばたかせ、影時間の闇に消える。

大嫌い。理由はわからないが湊に対しヒュプノスが嫌う何かがあるのだろう。

 

ただ、そんなことよりも大事なのは心の砕け散ってしまった兄をどうにかしなければいけない、という事だった。

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