ゴールデンウィークは特に何も起こることがなく。
それぞれがそれぞれのゴールデンウィークを楽しんだようだ。
もちろん自分も。殆どをモコイさんとの食べ歩きに費やして、財布も大分軽くなったけど。
食欲がなくなり、食べる量が極端に減ったとはいえども食べること自体は好きなのでありがたかった。
真田くんの怪我もだいぶ良くなってきている。復帰までもう少しだろうか。となってきたところでついに満月の日になった。
5/9 (土) 影時間
「お待たせしました!」
「何スか!? 敵スか!?」
「ふあ…」
「眠い~…」
緊急招集がかかり、慌てた様子の岳羽と伊織に続いて眠たげな湊と奏子が作戦室に入ってくる。
自分は寝ていたところを起こされたため、てっきり遅れたかと思い急いで来たら一番乗りをしたので驚いている。
あれだけ寝ないように気を付けていたのに今日という日に限って寝てしまうのはやはり疲れているからなのだろうか。
「タルタロスの外で、シャドウの反応が見つかった。詳しい状況はわからないが、先月出たような“大物”の可能性が高い」
「大物…」
奏子が
「外に出た敵は仕留め逃すわけにはいかない。影時間は、大半の者にとって“無い”ものだ。そこで街を壊されたりすれば“矛盾”が残る」
「ま、要は倒しゃいいんでしょ? やってやるっスよ!」
「また、あんたは…」
調子にのった伊織を岳羽が諫める。
しかし個人的に伊織のこの明るいお調子者な性格は本当にありがたい。
自分も湊も他のメンバーも、奏子を除けばあまりこういうことをするタイプではないからだ。この明るいお調子者のお蔭で、陰鬱にもならず、程よく皆が肩の力を抜ける。
それがとても大事なのだと、自分は思うのだ。
「明彦は、ここで理事長を待て」
「なっ…冗談じゃない! 俺も出る!」
「まずは身体を治す方が先だ。足手まといになる」
「なんだと!?」
待機を美鶴さんに命令されたにもかかわらず、なおも食い下がろうとする真田くん。
その気持ちはとてもよくわかる。よくわかるが、流石にこれ以上はごねられてはいけないのでこちらからも何か言うことにした。
「真田くん」
「三上! 三上からも何か美鶴に言ってやってくれ!」
「まだ駄目だと思う」
「お前も美鶴と同じ意見なのか!?」
「うん。俺から見ても今の真田くんは無理だよ。だから、駄目だ」
「ぐぅ…」
じっと見つめ返せばたじろいだように唸った後、視線を逸らされる。
真田くんも自分ではちゃんとわかっているはずなのだ。ただ、真田くんはまっすぐすぎる。
どうしてもやりたくなったその時は、ちゃんとバレないように隠れてやらないといけない。なのにまっすぐぶつかって、正式に参加しようとしている。
そこはある意味、ずるい手を覚えてしまった自分とは違うまっすぐな真田くんの悪い点であり、いい点でもあると評価している。
「三上の言うようにまだ駄目だ。それに彼らだって戦えるさ。少なくとも、今のお前よりはな」
「……」
「明彦…もっと彼らを信用してやれ。みんなもう実戦をこなしてるんだ」
「………くそっ」
悔しさをにじませて悪態を吐く真田くんに、伊織が自信満々に向く。
「まかして下さい! オレ、マジやりますからっ!」
「仕方ないな…」
悔しそうな顔をしていた真田くんを苦笑させる伊織は頼もしい限りだ。
少々、肩肘張っている感じがしないでもないが。
「悔しいが…現場の指揮をたのむ、三上」
「任された」
「ああ、二年のやつらを頼んだぞ」
「やっぱそう来るんスね…」
落胆した様子の伊織が肩を下げる。
「つか、もうこのままセンパイにリーダー固定っぽいよな…オレだってリーダーに…」
伊織のぼやきに誰も反応することはなかった。自分には聞こえていたがわざと無視をする。
ここでかける言葉を持ち合わせていないからだ。
「三上達は先行して出発だ。美鶴は外でのバックアップとなると準備が要るだろう」
真田くんの言葉に美鶴さんは軽くうなずく。
「駅前で待っていてくれ。すぐに追いつく」
「了解」
「了解です」
「はーい!」
上から自分、岳羽、奏子の順で返事をしてぞろぞろと出ていく。
この時点でメンバーが五人と申し分ない人数で安心した。
──駅前
自分は見張りを受け持ち他の四人には階段に座って休んでいてもらっている。
歩いて喉も乾いたのか、伊織と湊は持ち込んだジュースを飲んでいた。
「まだかな…」
奏子の隣に座った岳羽が不安そうにつぶやく。
「すぐ来んだろ」
「順平の言う通りすぐ来るんじゃないかな…? だってあの美鶴先輩だし!」
「順平…奏子ちゃん…そうだよね…」
未だ不安そうな岳羽が、空を見上げる。つられて、自分も空をぼんやりと眺める。
緑色に光る空と、同じく緑がかった満月。ゾワゾワと何かから見られている様な感覚を覚え、それが気持ち悪くて満月から少しだけ目を逸らした。
「今夜は満月か…なんか、影時間に見ると不気味ね…」
「……」
湊は岳羽のことが気になるのか、じっと見つめて何か言いたそうにしたがすぐにイヤホンを弄って下を向いた。
その後すぐに大きなエンジン音が駅前に響く。
「…ん? なんだぁ!?」
「来たみたいだ」
一歩前に出る。
その瞬間、猛スピードのバイクが駅前広場に突っ込んできた。
──美鶴さんのバイクだ。
自分の目と鼻の先に止まると、慣れた手つきでヘルメットを脱いで一言。
「遅れて済まない」
「そんなに時間は経ってないと思うから気にしないで」
「恩に着る。…いいか、要点だけ言うぞ。情報のバックアップを、今日はここから行う」
「えっ!? ここで!?」
驚く奏子に美鶴さんは軽く微笑んだ。
「ああ。君らの勝手はこれまで通りだ。……シャドウの位置は、駅から少し行った辺りにある列車の内部」
「そこまでは線路上を歩く事になる」と続けた美鶴さんに、岳羽と伊織が目を見開いた。
「え、線路歩くって、それ、危険なんじゃ…」
うろたえた伊織の意見はもっともだ。ただ──
「心配ない、影時間には機械は止まる。むろん列車もだ。動く筈は無い」
列車に関しては今回それがそうじゃないんだよなあ、とは言えない。
「いや、でもそのバイク…」
「これは
美鶴さんのその言葉が終わるか終わらないかにピピピ、と音が鳴る。
しばらく片耳を抑えた美鶴さんは、気合いのこもった険しい顔で口を開いた。
「よし、では作戦開始だ!」
「はい」
「はーい!」
「う…うっス! 行ってくるっス!」
「順平、気張りすぎ」
「うるせーやい!」
戦闘がいつ始まってもいいようにナイフをホルダーから抜き、線路に降りると美鶴さんからの通信が入る。
『そこから約200メートル前方に停車しているモノレールがあるはずだ』
『乗客に被害が出るとマズイ。急行してくれ』
「了解」
満月に照らされるタルタロスを横目に、線路を走る。
しばらく走っていると、目の前にドアが全開で停車しているモノレールが見えてきた。あれが美鶴さんの言う車両だ。記憶に違いがなければ。
『皆、聴こえるか?』
「美鶴さん、聴こえてるよ」
『三上か。敵の反応は、間違いなくその列車からだ。五人全員、離れ過ぎないよう注意して進んでくれ』
「気を付けとく」
『…頼んだぞ』
「と、言うことで。皆、美鶴さんの言うようにあまり離れ過ぎないこと。単独行動なんてもってのほかだ。いいね?」
通信を終えて振り向きながら二年生組の四人に確認する。
しっかりと頷いた湊、奏子、岳羽だったがなぜか伊織だけは握りこぶしを作っていた。
「へへっ、腕が鳴るぜっつーか、ペルソナが鳴るぜ!」
……話を全く聞いてなかったのかもしれない。
少々不安を覚えつつ、近づいてあいているドアから露払いも兼ねて最初に飛び込む。
「私と奏子ちゃんの。なにがとは言わないけど見たら殴るから。特に順平」
「なんでオレ!?」
背後から棘のある岳羽の声が聞こえて来たが聞かなかったことにしたい。
車内に入ってきた四人──主に伊織が、だが──はキョロキョロと周りを見回すと棺桶のオブジェを見つける。
「これ、人間…つか、乗客だよな? “象徴化”ってやつか…うぇえ…マジ、気味わりィ…」
驚いたように棺桶を眺める伊織は象徴化した人間だったものに戦々恐々としていた。
「でも影時間に気づいてない人って、今の時間、無いことになってんだよな」
しかしその驚いたような顔を、急に真面目な顔に戻す。
「イヤな事なら、いっそ知らない方が幸せってか?」
伊織の言葉に考える。
嫌なことなら知らない方が幸せだというのはたしかにある。自分が、湊や奏子を救おうとしている今だって、本来なら見て見ぬ振りができることだったのだ。
でも、
だから今、自分はここにいる。
こうしてペルソナ使いとなって立っている。
幸せの定義とはなんなんだろうか。
何も知らずに目隠しされ、考えることもなく垂れ流される幸福を享受すること?
否、そんなことは決してない。
みなくていいものは見なくてもいいのかもしれないが、みなくてはならないものはどうあがいても見なくてはならない。それはきっと、どうあがいても逃れられないものなんだ。
自分は、誰かに与えられるだけの幸せなんて、
誰かが犠牲になった上に成り立つ幸福などまっぴらごめんだ。
だからこそ、自分はあの時誘いに乗った。
救えるものなら自分の意思で救いたかった。
あの時自分はあそこで初めて、『運命』に対する
決意を改める。今度こそ、二人の大事なきょうだいを救う。
誰も犠牲になんてさせない。
──たとえそれが、自己犠牲という矛盾を孕んでいたとしても。
「あれ…」
考え込んでいると、岳羽が声を漏らす。
「こんな駅でもないとこに停まってんのに、ドアが全開って、おかし…」
い、とまでは言い切れなかった。
勢いよくすべてのドアが閉まる。気づいた時にはもう遅い。
車内に閉じ込められるハメになってしまった。
とはいえ、自分は元からこの状況になるということを知っていたのでドアをにらみつけるだけに留めるが。
「くそっ…開かねぇっ! ちっくしょ…ヤラレた!」
ぎゅうぎゅうとドアを引っ張る伊織が片手をぶらぶらとさせた。
「つか、指すっげーイテェし! つか見て、ほら、ここんトコ、指先、ヘコんでんだろ!?」
伊織がこれ見よがしにぶらぶらさせた手を見せつけた瞬間、通信が入る音がした。
『どうした、なにがあった!?』
「それが、閉じ込められたみたいで…」
「ゆかりちゃんの言う通り、ドアが突然しまって…」
『シャドウの仕業だな…確実に、君らに気づいているという事だ』
しどろもどろに岳羽と奏子が説明したそれを、美鶴さんが予測する。
『何が来るかわからない。より一層、注意して進んでくれ!』
「りょ、了解です」
岳羽がこちらを見ながら答えるので、心配させないためにもしっかりと頷いてみせた。
「とりあえず皆、危ないから俺から離れないでね」
武器を改めて構えなおし、車両内を進む。
10号車と11号車を抜け、次の車両に入る。しかし、そこにシャドウの影も気配もない。
「あれ? シャドウいねえじゃん? んだよ。拍子抜けだよ…」
「伊織、罠かもしれないから気は抜かないでね」
「はいはい。わぁーってますよっと!」
そのまま進み、8号車の真ん中まで来たあたりで岳羽が眉を顰める。
「なんか妙に静かですね…」
「気味が悪いくらいにね」
更に少し進んだ、その瞬間
ドスンッ!!!
「うわっ!」
「きゃあ!」
「──っ!」
「出やがったな!」
大きな音を立てて天井から冠を被った髪の毛のようなシャドウ──偽りの聖典が落ちてくる。
そのシャドウはこちらを見つけるや否や、まるで誘うかのように次の車両へと逃げていく。
それを見た伊織は慌てて追いかけようとした。が、しかし──
『待てっ!』
「待て伊織」
美鶴さんと自分の「待て」が同時にかかり、ぴたりと伊織はその場で固まったように動きを止めた。
『敵の行動が妙だ。イヤな予感がする』
「そんなっ! 追っかけないと、逃がしちまうっスよ!?」
『三上、現場の指揮はきみだ。この状況…どう思う?』
聞かれたので答える。こんなもの、火を見るよりも明らかだ。
知っているから、というのもあるが何も知らないとしても罠だと思えるほどのあからさまな動き。
冷静さを失っていなければ引っかからないようなものだ。
「俺も美鶴さんの意見と同じです。伊織、明らかにあれは誘ってる動きだ」
『同じ意見で安心したよ。…迂闊に追うべきじゃないな』
美鶴さんが安心できたところで伊織も三年の自分の意見なら問題なく聞いてくれるだろう…と思い確認するように見つめれば、そこには不満げな顔。
これは失敗したかもしれないと瞬時に察した。
「なんでだよ!? あんなの、オレらで倒せんじゃん! それとも何スか!?センパイ、臆病風吹かしちゃってビビってんすか!? …なら、オクビョーもののセンパイの意見なんていちいち聞いてらんねーよ! 」
「順平!!! 流石にそれは私と湊が怒るよ!」
伊織の物言いに、なぜか奏子と湊が怖い顔をする。
いや、伊織の「臆病者」という意見はもっともだと思う。自分はとても臆病者でもあるし、どのみち前に進まなければならないのでいつまでも日和ってるわけにはいかない。
「伊織…一緒に──」
「…っ、てか、オレ1人だってやれるっつーの!」
「あ、コラ、順平ッ!?」
一緒に行くぞ、と言おうとした瞬間、一人で突っ走っていってしまった。
急いで追いかけようと一歩足を踏み出した瞬間、
『危ない! 後ろだ!』
上からシャドウが落ちてくる。数は4体。
これはすっかり忘れていた。ここで挟み撃ちにしようという魂胆だったか。
「お願い!“ピクシー”! 【ジオ】!」
「はぁあ…!」
さっそく奏子がワイルドの能力を駆使して新しいペルソナを使っている。
湊もさっそく新しいペルソナ──イヌガミをお披露目しているようだ。
ジオとアギが偽りの聖典に襲い掛かる。
ジオが弱点のようだがダウンをとることなく消滅させた。
「私も…! “イオ”!」
岳羽のペルソナ──“イオ”が【ガル】で偽りの聖典に風を巻き起こす。が、相手は殆ど無傷だ。
「なんで!?」
「恐らく疾風属性が効かないんじゃないかな、っと」
岳羽が仕留め損ねた個体から追撃される前にナイフで貫き消滅させる。
そしてそのまま近くにいた偽りの聖典も薙ぎ払って倒した。
『よしっ! 伊織が心配だ。先を急ごう』
シャドウが全部消えたことを確認すると、焦ったような美鶴さんの通信が聴こえた。
その言葉の通り、本当に心配なのだろう。なにがあるかわからないから、というのもあるが、先走って大けがでもしないか、敵の戦力がどれくらいか、が美鶴さんにとって未知数なのだ。
「ったく…さっそく敵のペースじゃん…」
「そうだね…」
疲れたような顔をして岳羽と奏子が溜息を吐く。
『こうなっては仕方ない。とにかく、君らも伊織を追ってくれ。このままでは各個撃破の的だ』
「もう、順平のやつ! 先輩には酷いこと言うし、自分からはぐれてどうすんの!?」
「見つけたらお仕置きかな」
あ、そこ気にするところなんだ。と一人驚く。
別に酷いことを言われたとは感じていないので周りの怒りがあまり理解できない。
というかちょっと待って湊。お仕置きってなんだお仕置きって。お兄ちゃん気になるよそれ。
『反応では、何両か先へ行ってるだけだ』
「了解。──ちょっとお客さんが来たんで適当に蹴散らしてから行きます」
通信の途中で割り込んできたシャドウを蹴飛ばす。
跳ねたそれを湊の剣が叩き潰した。
そこからはもう、一方的な蹂躙だ。自分がリーダーとして参加したからか、湊と奏子の二人が揃っているからなのか、タルタロスの攻略もとい訓練はいつも以上に行われており戦力はそれなりに上がっている。
一瞬で片付け次の車両へと走る。
「順平、この車両にもいないね。ったく…一人は危険だってわかってるはずなのに…」
「なんだか順平、様子おかしかったよね…お兄ちゃん、なにか知らない?」
「うーん…」
伊織について自分が知っているのは湊(もしくは奏子)に当たり散らす、という事だけで、本質的な原因は実のところよく知らないのだ。
なんとなく、リーダーの座を欲しがっている気もするのだが、それだけで解決するようなものなのだろうか、という不安もある。
「ま、順平に聞けばわかるでしょ。とりあえず急いで後を追いましょう、三上先輩!」
岳羽が無理やり納得させるように言う。
確かに、聞けばわかるのだから追いついて、安全を確保できてから聞けばいい。
ただそれだけの事だ。
序盤の妨害に比べてぴったりと止んだ襲撃に楽でいい、と思いながら扉を開ける。
車両を進む。
「あっ、いた!」
何両目だろうか。数えていないのでわからないが伊織は比較的近くにいた。
「ヤバ、敵に囲まれてるじゃん!?」
「助けなきゃマズそうだ」
近くまで駆け寄ると順平は正しく孤軍奮闘していた。シャドウを手に持った剣で切り、跳ね飛ばしてうまく近づかれないようにしている。
「順平!」
ざっと見る限り大きなけがもしていない。大したものだ。
「くそっ…オレ1人だって! コノ、コノ!」
「手伝うよ!」
奏子がそう言った瞬間、横からシャドウが伊織に跳びかかった。
「あっ…」
「伊織!!」
伊織は他のシャドウに気を取られ、そのシャドウの一撃に反応できていなかった。もちろん、自分以外の三人も。
その直撃を食らえば伊織は腕に大けがを負いかねない。そしてそれは剣を両手で持っている伊織にとって致命的だろう。
目を見開いて固まり、とっさに迎撃できそうにない伊織の横に飛び込む。
そして襟を掴んで後ろに引き倒し、こちらも直撃を避けるために左腕で身体を庇う。
「──っ……!」
肉を裂くような音が響き、己の血が顔にかかる。一瞬焼けつくような痛みが走り、すぐにさあと冷えるような感覚に陥る。
「ぐ…っ」
歯を食いしばり、上から右腕にもったナイフをシャドウに突き立てる。
そのままナイフの一撃で地面に落ちたシャドウを蹴り飛ばすと何度か毬のように跳ねた後に消滅した。
攻撃を食らった腕は痛むが、庇わなければ伊織が大けがを負わない保証も無かったので左腕だけで済んで良かったとも言える。これも必要経費だ。
運が悪かったのは相手が伊織の得意とする火炎系の魔法である『アギ』ではなく純粋な攻撃で襲って来た点だろう。
ふう、と軽く息を吐いて、引き倒してしまった伊織を見る。
「荒々しくしてごめん。なんともない? 伊織」
「……っ! …オレは大丈夫っスけど…センパイ、血が…!」
「ああ、それならよかった。…まあ平気だよ。たぶんね」
その言葉にようやく動けるようになったのか、他のシャドウを蹴散らした岳羽と奏子が走り寄ってくる。
湊はいつの間に構えていたのか、こめかみにあてていた召喚器を大きく息を吐きだしながら下していた。
湊は湊で伊織を助けようとしていたのかもしれない。
「お兄ちゃん!順平!」
「三上先輩…その腕……!ちょっと順平、アンタね…!」
しーっ、と怪我をしていない方の片腕で口元に人差し指を当てて奏子と岳羽を制す。
「いいか、伊織。これでわかったかもしれないけど、“特別”な立場である現場リーダーって言うのは時にこうしてみんなを守らなきゃいけないんだ」
ボタボタと、腕から血を垂れ流す。
攻撃された場所が悪かったのだろう、中々血が止まらない。
「みんなを引っ張って、誰かが危ない時だったりヘマをやらかした時には身体を張ることだってある」
「………」
「みんなの命を預かってるんだ。指示ひとつで危険な目に遭わせかねない。……実際、俺がこうして伊織を止められなかったせいで伊織は危ない目にあったんだから」
「……そんなことは…だって、これはオレの……センパイのせいじゃ…」
「そんなこと、あるんだよ」
伊織の言葉を切り捨てて大きく息を吸う。
「間違いなくこの怪我は伊織を止められなかった俺の自己責任。だってあの時、きみを説き伏せるなり殴るなりすれば俺は止められたはずだからね。それをしなかった俺の自己責任だよ」
尻もちをついたままの伊織はとてもバツが悪そうだ。仕方ない。
こちらが何を言ったとしても、自分の行いで誰かを傷つけてしまう結果になって開き直れるほど伊織は悪い人間ではないのだから。
「……伊織」
「はい」
「君は、こんな風に仲間の命を預かって、いざと言う時には守って死んでもいいと思えるほどの覚悟を持って“特別な存在”であるリーダーはやれそう?」
「オレは……オレは……」
眉を寄せ、歯を食いしばりながらも考える伊織のその姿に罪悪感を覚える。こんな考えはまともではないしすぐにできるようなものでもないだろう。意地悪なことを言い過ぎたかもしれない。
「ごめんね、少し意地悪が過ぎたね。これは一般的な現場リーダーの考えじゃないだろうし、答えを出すのはまた後で。俺からの宿題ってことで。今日のところはリーダーじゃなくて悪いけど、攻撃隊長とかになってみない?」
「オレが……スか?」
「そう。もちろんさっきみたいな独断専行はダメだよ。その代わり、きみがみんなが動きやすいように敵を陽動するんだ。みんなとの連携を考えて無茶しない程度にね」
「でも……先走っちまったオレなんかが…」
「いいや。これは、伊織にしか頼めないことだよ」
伊織の迷いを覆い隠すようにそう告げると先程までの迷いのあった瞳から一転、決意を秘めたような硬い目付きになった。
これならなんとかなりそうだ。
「やらせてください…オレ、頑張ります!」
「──うん。俺は片腕がこんなだし、足でまといだろうから俺の代わりにみんなをよろしく頼むよ。攻撃隊長さん」
「っス!」
「3人も、この話はここでおしまいだから、伊織のことは運の悪い事故ってことでこれ以上言わないであげてね」
まあ、湊も奏子も岳羽も今の伊織のことはあまり責める気は無さそうだし余計なお節介かもしれないが、一応言っておく。
「さっさと親玉を倒してきてくれた方がここで待ってることにした俺も楽で嬉しいかな…」
「……優希…」
「お兄ちゃん…やっぱり私か湊のどっちかが居た方が…それか治療しよ? ね?」
心配そうにする湊と奏子に首を横に振る。治療をしている暇はない。早くしないと列車が動き出してしまい、最悪止まっている前の列車とぶつかって終わりだ。
そんな終わりは絶対に避けたい。そのためには、自分なんかに構っている暇などない事を伝えてしまいたかった。
「大丈夫。思ったより傷は浅いし、大型シャドウは荷が重いってだけだから気にせず行っておいで。俺はここで雑魚の相手でもしてるよ」
「でも…」
「ごめんね、頼むから」
そう笑いかければ、湊と奏子は渋々と言った感じで伊織や岳羽と共に前の車両へと進んでいく。
その姿が見えなくなった瞬間、安心して気が抜けたのか、ずるずると座席の前に座り込んでしまった。
──なんとか無理矢理かもしれないが伊織を説得出来て良かった。あの調子ならもう1人で暴走もしないだろうし、チームワークもより良くなるだろう。正しく怪我の功名、と言ったところか。
そう安堵する。
『三上! 大丈夫か!』
「うん、大丈夫大丈夫。美鶴さんは俺の事を気にせず二年生組のサポートをしてあげて」
『だが…』
「いいから」
有無を言わせずに美鶴さんとの通信を切って深く息を吐く。
やってしまった。
そう考えている間にも血がどんどん出ていく感覚がして、頭がくらくらする。
傷が浅いなんて言うのは嘘だ。出血量からしてかなり深く切られてると感じる。
痩せ我慢するのはあまり良くないかもしれない。
懐から傷薬を出し、口でふたを開けて傷口にぶっかける。ないよりはマシな程度だが仕方ない。
ガタン、と車内が揺れる音がした。
(思ったより遅めだったけど動き出したか…)
モノレールがひとりでに動き出す。
分かっていたこととはいえ、こうして怪我をした自分に出来ることはあまり無い。
他のモノレールにぶつかる前に湊達が止めてくれることを願うしかないのだ。
(──その前に、)
ゾロゾロと湧いて出てきた雑魚シャドウの処理をしないと、と動く片腕で召喚器をこめかみに当てた。
ずるずると、這う。
行かなくては。守らなくては。
金色の蝶が飛ぶ。囁いてくる。責めてくる。
手を伸ばす。
虚空に浮かんだ水色に光るそれを、砕くように握りしめた。
──数分後。
「ギリギリ、セーフか?」
「どうしよう! 止まってないよ!?」
「そっか! ブレーキかかんないと、すぐには…!」
ひと悶着ありつつも気合いの入った順平の獅子奮迅によりプリーステスを倒した四人は、電車が止まらないことにパニックになっていた。
『おい、どうしたっ!? 前の列車はすぐそこだぞ!』
「うがー! こんなモンの運転なんて分かっかよ!」
その叫びに湊が駆け出しブレーキレバーを引いた。が、間に合わない。
ギャリギャリと音を立てて停まろうとする車体はしかし、如何せんその距離が短すぎたのだ。
「何で止まらないの!? だめ、ぶつかるーーー!!!!!!!!!」
奏子は叫びながら目を閉じる。
四人が四人共、死を覚悟した。その時
「“ポベートール”……っ…!」
ぱきん、とガラスの割れるような音が響き、車体の前面に枕を抱えた
それは自身の身体をクッションにし、車両同士がぶつからないようにガードした。
少しの衝撃と静寂。
気が付けば獏のような存在も消えており、乗っている車両の車体は前のモノレールとは少し離れたところで止まっていた。
まだ皆が目を閉じているところを見るに、
「と…止まった…?」
「た、たすかった、の…?」
「たぶん…止まってる…みたい」
『おい、怪我はないか!?』
「い、一応、大丈夫です」
ふらつきながら岳羽は立ち上がる。
「や、やば、あたしヒザ笑ってる…」
「わたしも…ゆ、ゆめじゃ、ないよ…ね…?」
「あーっ、あーもうっ、メチャメチャ、ヤな汗かいたっつーの…」
『フゥ…前の車両に残った三上以外は無事らしいな。
……今回は、バックアップが至らなかった。済まない…私の力不足だ。──ッ!?』
話の途中で美鶴は息をのんだ。
「アレ? どうしたんスか?」
『いつのまに…何故だ…』
おちゃらけた風に順平がきくも、美鶴は声を震わせるばかりだ。
『…おい! そこに三上が…! その車両…先頭車両に三上は居ないか!?』
「えっ…先輩ですか…? ぱっと見いませんけど…」
「っ!!!」
突然叫んだ美鶴に、三人はキョロキョロと辺りを見回す。
湊だけは、血相を変えて走り出した。
座席の横の、陰になっているところを足早に確認していく。
そして先頭車両最後の席の横で座り込むようにくずおれている身体を見つけた。
「優希…!」
その顔色は白く、血の気のない色をしていた。
怪我をしている左手はだらりと下がっているが、空いた右手はきつく胸を押さえるように掴んでいる。
その押さえている右手首を、湊はつかんだ。
酷く冷たい。まるで、死体のように。
「───ッ!!!!!!」
途端に、カッと見開かれる優希の両目。
ちかちかと黄金を湛えたそれは、大きく息を吸い瞬きをした次の瞬間には消えていつもの灰色に戻っていた。
目の錯覚だったのだろうか。
「……なん、で…湊が…? …ああ、もう、終わった、の…」
焦点の合わない目で湊をぼんやりと見つめ、そして憔悴しきったようなひどく疲れた声で吐き出して、また大きく息を吸う。
「ごめ、ん…なんか…少し…寝て…た…」
「なんではこっちの台詞! …いま、いま…優希は……!」
ざっと見た限り腰のホルスターにも優希自身の近くにも召喚器は見当たらなかった。
だというのにどうして召喚器無しでペルソナの召喚が行えたのか。そんな疑問を湊は喉奥にしまいこんだ。
「……?」
「…なんでもない。立てる?」
震える声で、滅多に出さないような動揺の仕方をする湊に優希は首を傾げる。
「……いけ…る、と思…う」
ふらふらと、手すりや壁を支えにしながら立ち上がる。
「あ…召喚器…どこに…やったっけ……」
いまだぼんやりと、夢見心地の優希が空のホルスターをみて呟く。前方車両に置いてきたのだろうそれを探すように視線を彷徨わせる。
「前の車両に置いてきたんでしょ。帰りしなに探せばいいよ」
「……うん…」
まるでいつもとは真逆の会話に、湊は眉をひそめた。いつもしっかりと話す人間がこれほど口数が少なくなる、という事は相当危ないラインだという事だ。
「さむ、い……」
「こんな無茶して、皆に怒られるよ」
「みん、な…?…… ああ、うん…みんな……だっけ……わかって、る…」
ずるずると湊に引きずられるように歩く優希は気を抜けばまた気を失ってしまいそうだった。
そんな優希を見た奏子は悲鳴を上げたし、ゆかりはディアを必死にかけ、順平は自分が怪我させたのだからと介助を申し出た。
兄である優希を順平に任せ、湊は召喚器を探す。
召喚器は予想した通り優希が待つと言った車両に落ちていた。
血に塗れたそれを手に取り、歩き出す。
(後で綺麗にして返そう。それに──)
湊は、どうやって
己の疑念を晴らすために。
巌戸台分寮 作戦室
『こちら現場だ。たった今、全て片付いた。モノレールにも目立った被害はない』
「ご苦労様、桐条くん」
美鶴からの通信に幾月が答える。
「やー、列車を乗っ取られたと聞いたときは正直どうなるかと思ったけど、上出来だよ」
得意げにほほ笑んだ幾月はほっと胸をなでおろすようにそういった。
「これなら明日の朝刊にヘンな大見出しが出るようなことは、無くて済むね」
『彼らがよくやってくれました。ただ──』
躊躇うように言い淀む美鶴。
「おや、何か問題でも?」
『……三上が負傷しました。怪我は自体は大したことありませんが出血が多かったらしく、意識も朦朧としている様子です』
「それは…大変だね。こちらで病院を手配しておくよ」
『ありがとうございます』
一連の話を黙って聞いていた明彦が、眉を顰めて真剣な顔で口を開く。
「しかし、シャドウの様子…ただ事じゃないですね。モノレールを乗っ取るなんて、調子に乗りすぎている」
「こちらでも調べているよ」
『ついに…“始まった”という事なんでしょうか?』
不安そうな美鶴の声に、幾月は思案気に答えた。
「うーん、まだ早計には言えないけどね…
ま、とにかく、まずは現れるきっかけを突き止めないことにはね。いつもこんな土壇場まで分からないのはどうにもマズい」
『……そうですね。私に…私にもっと力があれば…皆の負担を軽くでき…三上のように無茶をさせることなく…』
「思いつめないでくれ。きみはよくやってくれてる」
「──そう、とてもよく、ね」
小さく呟いた幾月の言葉は誰にも届くことなく消えた。