君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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目覚める力(11/12)

一方、血を拭い蛇頭黄幡神(じゃとうおうはんしん)を睨み付けた荒垣もまた、無力感を感じていた。

天田が蛇頭黄幡神に掴まり締め上げられているのは荒垣からすれば自分のせいともいえるのだ。

荒垣が油断したから。荒垣が天田から目を離したから起きた事態だ。

天田を仲間として信頼しているから目を離したわけではない。頼って、背中を預けていたわけじゃない。

こんな事態になっているというのに、いつも通りで行けば何とかなるだろうと思っていたのだ。

しかし、天田はまだ小学生だという事を失念していた。いくら場数を踏んでいると言っても天田が一番若輩者であり経験不足だという事を忘れていた。

普段のタルタロス探索や、大型シャドウ戦で高校生に混じって遜色なく戦っていたこともあり荒垣が気にかけていたといっても、それはすぐに大丈夫だろうという油断に変わっていたのだ。

そのタイミングで冷や水を浴びせられるように蛇頭黄幡神により天田が捕らえられ、死んでしまうかもしれないという自体に陥ってしまった。

 

(どうすりゃいい。生半可な攻撃じゃあアイツを怯ませることすらできねえ…考えろ。考えろ。考えろ!!!)

 

今は手加減されて絞められているのだろうが、下手に動けば天田の全身の骨を砕くことも蛇頭黄幡神にはたやすいだろう。

隣で歯ぎしりする明彦(幼馴染)を見て考えてることは同じだと直感した荒垣はしかし、目の前をとおり過ぎた青い色の蝶に目を奪われる。

そんなことをしている暇はないというのに、その蝶から目を離せない。

どこか知っている雰囲気を感じさせるその蝶は荒垣の事を気にも留めないように空高く飛んでいく。

 

瞬間、時が止まったような気がした。

気配を感じて顔を目の前に戻せば、そこには金色の眼をしたもうひとりの荒垣が立っていた。

 

「俺…?」

 

荒垣がそう呼びかけるが、もうひとりの荒垣はじっと無言で責める様に荒垣を見つめている。

 

「なんだよ」

『……』

 

もうひとりの荒垣は喋らない。

それどころか、ゆらゆらと陽炎の様に不安定に揺らめいている。不意に、その姿にカストールの幻が重なったような気がした。

それを見て荒垣は何となく目の前のもうひとりの自分が己のペルソナであるカストールなのではないかと察しがついた。

 

「ああ、成程な。てめえは正真正銘俺ってわけだ。で、なんだ。わざわざ出てきたっていう事はなんかあんだろ。言いたいことがあるならさっさと言えよ。俺は急いでんだ」

『………』

 

投げやりに乾いた笑いを零しながらそう言えば、もうひとりの荒垣は少し悲し気に眉を顰めた。ただそれだけだ。

 

「んだよ…喋れねえのか?」

『…怖いんだろ』

 

相変わらず沈黙したままだったもうひとりの荒垣はそこでようやく口を開いた。

怖い。

候補が有りすぎて、荒垣にはわからない。

 

『どうして俺を受け入れてくれねえ。どうして、抑え付けるんだ。俺は、お前の力なのに』

 

悲しげな表情を怒りの表情に変えて、もうひとりの荒垣はその金色の眼で荒垣を睨み付けた。

 

『どうして俺に怯えてやがる。俺は、どうあがいてもお前なのに』

「お前…」

 

どうあがいても自分。その言葉に荒垣は思わずかぶりを振った。

 

「俺はてめえを受け入れたはずだ。暴走したのはてめえがわる…」

 

言いかけてはた、と気づく。

 

「…違ぇ。てめえの言う通り俺はビビってんだ。お前を受け入れて力を持つことに、まだ」

 

荒垣は自嘲気味に苦笑する。

真に受け入れられているのならそもそも暴走などしなかったのだ。

ペルソナ能力に目覚めてすぐの頃の荒垣には漠然と力に目覚めたという認識しかなく、己の心を律し、カストールを御するという気持ちがなかった。ひたすら明彦が危なっかしいから傍にいてやらないとという気持ちもあり、心を律せずともいう事を訊いてくれると思っていたのだ。

だが、それは無知ゆえの甘い考えで。

戦闘に対する怯えが本心にあったからか結果的に土壇場で暴走させ、天田の母親の命を奪ってしまった。“ヒュプノス”という乱入者があったのもあるが、結果的には恐らくカストールだけであっても天田の母親を害する結果になっていたのには変わりなかっただろう。

そして制御剤を飲み、命を削ってまで本心を押し殺して生きてきた。

カストールは制御剤を飲んでいたというのにその上でそんな荒垣に反発するように再び暴走し、また天田を危険にさらした。

今もなお、暴走しないように気をつけてはいたが結果的に荒垣のような自然覚醒型のペルソナ使いが暴走させているという事は、荒垣自身がペルソナを受け入れ切れていないことにも原因があった。

 

もうひとりの自分。

荒垣はそれを未だに認められていなかったのだ。

 

「デケえ(ちから)をもって、それを振るって。それが出来りゃ何の文句もねえってのにまだ暴走させて傷つけちまうことにビビってやがる。アキや美鶴、天田。それに三上と有里──いや、()()を守ろうってどの口がいってんだかな」

 

ハッ、ともう一度自嘲気味に笑った荒垣はもうひとりの自分に呼びかける。

 

「なあ、お前はどうしたいんだ。言えよ。自分の本心なんざ滅多に聞けねえだろ。だからよ、俺に教えてくれよ。俺がどうしたいか。カストール(おまえ)が、どうしてほしいか」

『……』

 

もうひとりの荒垣は答えない。「自分で考えろ」とでも言いたげだ。

そのまま何も話すことは無く、揺らめいたもうひとりの荒垣は姿を消してしまう。

 

「てめえの答えはてめえで出せってか。成程な」

 

その意図を汲んだ荒垣は考える。自分がまず、どうしたいか。

まずは明彦や天田、奏子を守れるような力が欲しい。それは間違いない。

そして次に、ペルソナを暴走させたくない。

暴走させていることがネックなのだから、暴走させたくないのは当然だ。

だが、いまいちしっくりこない。守りたいと思ったのも、暴走させたくないと思っているのもある意味本心だ。だというのに何か違う気がするのだ。

 

不意に空間が揺らいで戦っているはずの奏子の幻が荒垣の目の前に現れる。

 

『荒垣先輩が思ってることはそんなことじゃないですよね。大丈夫。私、いい子ですから先輩の思ってること、ちゃーんと、わかってますよ。だから、思いっきりぶちまけちゃってください!』

 

その声と笑顔は陽だまりの様に酷く優しく暖かかった。

奏子の幻はすぐに揺らいで優希の幻へと変わる。

 

『荒垣くん』

 

ただ、優希の幻は以前の様に微笑んで荒垣を呼んだだけだった。だが、それだけで。たったそれだけで荒垣は気づいたのだ。

 

(ああ、そうか。俺は──)

 

簡単なことだった。

誰かのためじゃない。自分が自分自身の為に思っていることが、本心だったのだと気がついた。

荒垣の本心からの願い。

それは──

 

「聞こえてんだろ! 見えてんだろ! 俺の本心は…本当の想いは…“この先も馬鹿みてえに騒ぎながらあいつらと生きてえ”ってことだ! 俺は諦めねえぞ…! てめえがいくら暴走しようが俺は何度だって止めるし受け入れてやる! 根競べといこうじゃねえか!」

 

“生きたい”、と荒垣は消えたもうひとりの自分に叫ぶ。

それは死ぬ覚悟ではなく、本心から生きる覚悟をした荒垣の咆哮に近い叫びだった。

なぜ現れた幻が幼馴染の明彦ではなく、あのふたりだったのか。

荒垣はなんとなく分かった気がした。生きたいと荒垣に思わせたのは明彦でも美鶴でも、天田でもない。

奏子と優希だったのだ。

あのふたりが、義務でも責任感でも何でもなく「生きて欲しい」と荒垣を肯定し死の淵へ歩もうとしていたところを引っ張りあげたのだ。多少、強引すぎる気がしないでもないが、荒垣にはその強引さがどうにも心地よかったのは確かで。

思えば、最初から『アキを守りたかった』のではなく、荒垣は『アキの隣を歩んでいたかった』のだ。だから、はき違えていた。間違えた。

 

(けどな、これからはそうじゃねえ)

 

その叫びと覚悟により、本来変わることのないそれがかけがえのない絆を紡いだ奏子のアルカナである“愚者(ワイルド)”と共鳴し、新たな力を呼び覚ました。

愚者のコミュを最大まで上げると解放されるペルソナである蛇神(ヤマタノオロチ)殺しの伝説を持つ“スサノオ”。

そしてその名を冠する悪魔はかつて14代目葛葉ライドウと共に、帝都を蝕まんとする()()()の蛇頭黄幡神を討ったことがある。

 

──分霊(あくま)とペルソナ。

 

本来なら結びつかないはずのそれが、荒垣自身が紡いだ奏子との絆。そして優希という葛葉ライドウと繋がりがある人間と荒垣もまた、絆を結んでいたために奇跡的に結びついたのだ。

しかし、“カストール”が生まれ変わるのはそれではない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──すなわち、“竜殺し”を荒垣が深層心理で求めたために、カストールは自らその姿をスサノオではない()()に変えた。

 

消えたはずのもうひとりの己が笑ったような気がして荒垣も得意げな笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「だからよ、全力で来やがれ──“シグルド”!!!」

 

【グラム】

 

召喚器の引き金を引けば、荒垣によく似た髪型をした白髪の偉丈夫のペルソナが現れ片手に携えた剣“グラム”で天田を捕らえる蛇頭黄幡神の首を一刀両断する。万能属性のそれが硬い体表の防御も関係なく易々と斬り裂いたのだ。

 

──その姿はまさに“竜殺しの英雄”だった。

 

「おのれぇええ!!!! 小癪な小童風情がァアアア!!!」

 

頭をひとつ切り落とされ、天田という人質を取り逃がした蛇頭黄幡神は怒りのままに別の首で、切り落とされた首と共に地面に落ちた天田を踏みつぶそうとする。だが、それを新たなペルソナに目覚めた明彦が許さない。

 

「──来い、“カエサル”!!!!」 【ジオダイン】

 

強烈な雷撃が蛇頭黄幡神の首を牽制し、その隙に天田が何とかこちらへと走り寄って来るのを確認した明彦は戻ってきた天田を庇うために前へ出た。

 

「天田、大丈夫か!?」

「けほっ、すみません…御心配、かけました…」

「バカ言え、謝るんじゃねえよ。お前から目を離した俺らもわりぃ。…悪かったな、怖かったろうし、痛かっただろ?」

 

ぽんぽん、と天田は荒垣に頭を撫でられる。しかしそれを素直に受け取ることはできなかった。

 

「そんなこと…」

 

ない、と言おうとした天田の目の前を青い蝶が過ぎ去った。

それに一瞬目を奪われた瞬間、全ての音が消えた。

 

『──結局、僕だけいつも守られてばっかりだ』

「誰だっ!?」

 

目の前に暗い顔をしているもうひとりの天田が現れる。

それを咄嗟に敵だと判断した天田は、蛇頭黄幡神に捕まった際に落とした槍を拾いなおしてその金の眼をしたもうひとりの天田へと向けた。

 

『ずっと僕は弱いまま。母さんに守られ、三上さんに守られ、荒垣さんに守られて。ただのお荷物じゃないか』

「そんなこと…わかってる…」

 

思わず向けた槍の穂先が揺らいだ。

もうひとりの天田が言ったことは紛れもなく天田が今抱えている無力感──本心そのものだったからだ。

10月の大型シャドウ戦のあと、もともと天田とその母が住んでいたアパートがあった場所に来ていた天田がしたのは許す決意とこれからも戦う決意だった。だがそれは天田の心持ちを本心から変えたわけではなかった。

確かに一大決心ではあったが、『これまで』の天田とは違い『今回』の天田は母親以外誰も失っていないのだ。

『これまで』なら荒垣か優希のどちらかが戦線離脱もしくは死亡し、そこで「もう逃げない」と決意を固めるところだったのが今回は何の因果か誰も離脱していない。

そのおかげというべきか、そのせいというべきか。

天田は上記にある様に許す決意とこれからも戦う決意しかしていなかったのだ。そのツケともいうべきものが、ここで来た。

 

『わかってないよ。わかってたら、こんなことにはなってない』

「なら僕にどうしろっていうんだよ!」

 

わからない、と乱暴に叫んだ天田を見るもうひとりの天田は凪いでいた。

 

『──それは自分で考えないと。誰かから貰った答えが本物じゃないくらいはわかってるだろ?』

「……」

 

その通りだった。

天田は黙る。この目の前にいる自分の偽物? は天田の考えを呼んで一番痛いところを突いてくる。しかし害そうという気は一切感じられず、見守るような雰囲気さえ感じられる。

天田は何となく待ってくれているのだとわかった。だがそれもいつまでも、というわけではないだろう。

 

ここで天田が何もしなくとも、きっと他の誰かが──例えば強いリーダーである湊や奏子、新たなペルソナに目覚めた明彦や荒垣がなんとかしてくれる。そんな思いがなかったとは言えない。

天田が知る中で、自分だけが現状に甘え、逃げようとしていたのだ。

 

だが、それではいけないという気持ちがあるのも確かで。

 

「僕は…小さいから、力がなかったから…大人扱いしてほしいってずっと背伸びしてたのに、結局は誰かに甘えて。当たり散らして。さっきだって誰かが助けてくれるからって期待して。やっぱり僕は子供のままだった」

『そうだね。でも甘えることは悪くないよ。大人だって狡くて甘えん坊じゃないか』

 

落ち込む天田を励ますようにもうひとりの天田がそう告げた。

それでも、天田は頭を横に振る。

 

「けど、それじゃだめなんだ…! 他人ばっかり見て比べたり、羨ましがるんじゃなくて…自分で出来ることを探さないと。諦めて逃げてちゃ、ダメだったんだ…!」

『うん。確かに、そのとおりだ』

 

もうひとりの天田が優しく微笑んだ。

その姿に、天田は死んでしまった母を幻視して誓うように叫ぶ。天国で見守る母に恥じないように。母に、要らぬ心配をかけぬように。

 

「…もう僕は自分の弱さや未熟さを理由に逃げたりなんかしない。僕には僕の出来ることをする! それで、胸を張ってみんなの…ううん、荒垣さんの横に並ぶんだ! だから、見守っててね、母さん」

 

叫びに呼応するようにもうひとりの天田が光となって消える。その間際、本当に一瞬だけ母親の姿に変わり、「頑張ってね」と言わんばかりに口を動かしたのを見逃さなかった。

 

「うん…僕、頑張るよ…頑張るから…心配しないで…!」

 

ぎゅ、と持っていた槍を握り締める。

天田は、目の前のもうひとりの自分が己のペルソナなのではないかという漠然とした勘のようなものがあった。

気づき、というべきか。

だからこそ、天田は呼びかける。もうひとりの自分に。否、「もう逃げない」と覚悟したことにより新たな力を得て姿を変えた己のペルソナに。

 

「──あいつを倒す力を…僕に貸して! “カーラ・ネミ”!」

 

召喚器の引き金を引けば、ばきん、というガラスが割れるような音と共に力の奔流が巻き起こる。

車輪の様だった姿は、無限()を意味する砂時計を横にしたような八の字を主張する上半身と華奢な下半身に変わり、真っ黒だった体躯とはうって変わりオレンジ主体のヒロイックなロボットのような姿になっていた。

 

【審判の光】

「ぐ、ぐぎいいいいいいいい!!!!!!」

 

蛇頭黄幡神に向かって、くるくると“カーラ・ネミ”が両腕をあげて上半身を回転させれば強烈な聖なる光が地面に縫い付ける様に蛇頭黄幡神の首のひとつに何度も突き刺さり、悲鳴を上げさせた。

 

それは、『これまで』なら使えなかったはずの攻撃。

悪魔と特別課外活動部。

決して交わらなかったそれが、歪んだ因果をきっかけに交わった影響で戦力の強化にもつながっていたのだ。

危機に陥ることもあればこうして力の覚醒を促すこともある。それが、因果というものだった。

 

『天田くんのペルソナも変わった…!? もしかして、私やゆかりちゃんと同じように…変化したってことなんでしょうか…?』

「天田少年ってば、ピンチになってから新しいペルソナに目覚めてやがって! く~~~~! とんだヒーローじゃねえか! それに荒垣センパイに真田センパイのペルソナも変わってるし…こりゃ勝てちまうかもな!」

 

依然7つの首が残っているために厳しい状況であることには変わりないが3人のペルソナが覚醒し、圧倒的な力を見せつけた事により希望が見える。

 

「ぐぎぎぎぎ…五月蠅い羽虫共が調子づきおって…ちょこざいな!!!!」 【デスバウンド】

 

怒り狂い、タルタロス前の広場の地面を抉りかねない勢いでのたうち回る蛇頭黄幡神。

しかし冷静さを失ったことで次の人質をとろうなどと言う思考は消え、ただただ力のままに暴れまわり、目の前の邪魔な存在を殲滅しようと躍起になっていた。

 

「ちぃ、一度この巨体の動きを止める必要があるな!」 【コンセントレイト】

 

美鶴は意識を集中させる。止める首を正確に選び、狙わねば鞭の様にしなるその巨体に押しつぶされて終わりだ。

いまはまだ、運よく荒垣以外の誰もがその巨体の餌食にはなっていないがそれも時間の問題だろう。

相手は化け物である悪魔。こちらはペルソナで補正がかかっているとは言えどもスタミナに限界のある人間だ。時間をかけ過ぎれば集中と息が切れた者からその餌食になる。

 

【ブフダイン】

 

そんな予測に美鶴が冷や汗を流しながら召喚器の引き金を引き、“ペンテシレア”が大口を開けゆかりに噛みついて来ようとしたひとつの頭の動きを巨大な氷で凍らせることによって一時的に止める。

 

「ありがとうございます!」

 

礼を言いながらゆかりが弓を引いて蛇頭黄幡神の目に向かって矢を撃てば、それは目に纏っている黒い炎によって燃やされ無効化されてしまった。

 

「こういうの、目とかが柔らかいのがセオリーって聞くけどやっぱ効かないか……なら!」

『皆さん、お待たせしました。解析、出来ました! 光と疾風の属性に弱いみたいです! 物理攻撃全般に耐性があって火炎と闇は効かないみたいですね。吸収されちゃうみたいです』

「ナイス風花! じゃ、ペルソナの攻撃はキくってわけね! ……っ、きゃっ!?」

 

風花に告げられた弱点を突こうと召喚器を構えようとしたゆかりを、蛇頭黄幡神の首が2本がかりで吹き飛ばして阻止する。

 

「岳羽ッ!」

 

おもわず美鶴の注意が逸れる。その一瞬を、蛇頭黄幡神のいくつもある目は見逃さなかった。

 

【蛇神の眼光】

 

蛇目が怪しく光り、見つめた先から黒い炎が湧き出た。

それは迷うことなく美鶴の足元を掬い、足を止めさせる。そしてそのがら空きの身体に蛇頭黄幡神の首がたたきつけられた。

 

「がっ!!!」

「桐条先輩!! …っ!!!」

 

そうして美鶴を心配したゆかりをもその巨体は呑み込むように弾き飛ばした。

この巨体だ。たった一撃ですら致命傷になりかねず、戦況をひっくり返してしまう。

蛇頭黄幡神にとって、ある意味特別課外活動部もそのほかの人間も、蟻に等しい存在だった。

それくらい、簡単に踏みつぶせるものだったのだ。かといって、既に頭のひとつを落とされているので特別課外活動部は蟻は蟻でも毒をもつ蟻、と言ったところか。

 

「桐条の令嬢か…南条も桐条も新参者の癖に我が倉橋を歴史に置いていかれた老いぼれ扱いしおって…! ぎ、ぎぎぎ、ぐぎいいいい…」

 

美鶴を睨み付けた蛇頭黄幡神は金切り声を上げる。

その思考は悪魔になったことによりもはや正常ではない。

 

「倉橋は分家と言えど古来よりある安倍晴明の血筋だぞ!? 本家の奴らとて、大正の頃に一度没落したというのに!!! 裏切者を出したわが家ばかり責め立てる!!! 全てはあの悪魔と葛葉のせいではないか!!!!! わたしはしっている…知っているんだぞ…!」

 

びたんびたんと暴れながら次々いろんなものへ責任転嫁し、蛇頭黄幡神──倉橋翁は叫ぶ。

ただし、この責任転嫁をする癖は悪魔になったからでも気がふれたせいでも何でもない、もともと彼本人が持っていた癖だ。だからこそ、娘であった優希と奏子、湊の母は“あること”が起こった際についに耐え切れなくなり絶縁したのだ。

それを知らず、尚も無関係に近い知っている人物の名を挙げながら暴れる首が倒れている美鶴と気絶しているゆかりへと襲いかかった。

 

「くそっ!」

「ゆかりちゃん! 桐条先輩!!!」

 

誰もが間に合わない。そう思ったのだ。

轟音と共にしなった首が振り下ろされる。

 

衝撃で巻き上がった土煙が晴れ、そこには──

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

【メディアラハン】

 

潰れた美鶴とゆかりの姿ではなく、くるくると回る枕を抱えた漠が2人を守っていた。

否、それは“ポベートール”そのものだった。眠たげにくるくると回るポベートールはついでと言わんばかりに美鶴たち全員の傷を癒すと、その姿を変える。

 

【ラスタキャンディ】

 

ポベートールから姿を変え、現れたのは“パンタソス”。

しかしその姿は以前のものとは違い、天文台で見たより人に近い姿に変わっていた。

そんなパンタソスは特別課外活動部の全員に虹色の光を落としその能力を底上げしてまた姿を変える。

 

【物理貫通】

 

【コロシの愉悦】

 

【チャージ】

 

【狂乱の剛爪】

 

最後に変わったのは“モルペウス”だった。

モルペウスはお返しをするようにスキルを発動させると、蛇頭黄幡神が叩きつけてきたその首を鋭利な爪でズタズタに断ち切った。

 

「が、ぎぃいいいい…! 貴様、貴様はぁああ!!! 悪魔が!!! 貴様はいつもわたしの邪魔をする!!!!」

 

モルペウスから聡く優希の気配と面影を感じとった蛇頭黄幡神はまたしても痛みと憎悪に叫ぶ。しかしモルペウスは素知らぬ顔だ。

 

「三上…?」

 

その代わり、そこまでしか出来ない、と惜しむように美鶴を見つめながら空気に溶けるように消えていくモルペウス。

そんなモルペウスを惚けた顔で見つめ返した美鶴は、なんとなくだが優希が守ってくれたのだと思った。そうでなければこの不可解な現象に説明がつかない。

かといって、優希本人が出てきたわけでも無さそうだ、と美鶴は判断する。

もし来ていたらまっさきに突っ込むのはペルソナではなく本人だからだ。

美鶴の知る優希ならそうする、と美鶴は目を僅かに伏せ身動ぎした。

 

その拍子に貰った金の招き猫のストラップがポケットから零れ落ちてちりんと鳴る。

バイクのキーにつけていたそれは置いてきたはずだったのに美鶴のスカートのポケットにいつの間にか入っていた。

そして、それに青い蝶が止まって空気に溶けるように消える。

 

幻だったのかと目をぱちくりとさせた美鶴だったが、そのストラップを大事にそっと拾うとポケットへと仕舞いすぐに気を持ち直して立ち上がりゆかりを守るために蛇頭黄幡神を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅっ……げほ、げほげほっ…! ひゅっ…ひゅっ…はひゅっ…はーっ…はーっ…」

 

咳き込み、酸素を肺にめいっぱい吸いながら目を開く。

 

「…?」

 

霞んだ視界に映るのは横向きになった真っ暗なラウンジだった。どうやら、自分は湊たちの帰りを待っている間に寝てしまっていたらしい。

しかしそれにしては座っていたラウンジのソファーではなく床に倒れていたのは何故かと思いながら上半身を起こした。

まるで長い間走っていた時のような息と鼓動の乱れ方をしている自分の身体は悪夢でも見たのか少し汗ばんでいる。

 

しかし反対に身体はとても寒い。

ラウンジの床で寝ていたからか氷のように冷えきっている。

 

あまりの寒さにぶるりと体を震わせた。

影時間中だから暖房はつかないんだったか、と思い出して自室から毛布をもって来ることにする。

布団に入ったらまずぐっすりと朝まで寝てしまいそうだったのでやめた。

まだ、ソファーの方がもし寝てしまっていてもみんなが帰ってきた時に起きる確率が高い。…はずだ。

影時間が終わっていないということは、恐らく意識を失っていたのは数分程度だろう。そんなことを考えながらずるずると薄手の毛布を引きずって階段を降りる。

 

そのせいなのか途中で躓いて、残り7段ほどの階段を転げ落ちた。

 

「……っ…」

 

起き上がっても視界と頭がぐわんぐわんと揺れているので暗がりで無理に毛布を引きずりながら歩くんじゃなかった。と後悔した。

異常を訴える体を無視して這うようにラウンジのソファーへとなんとかたどり着いてそのまま毛布を被って寝ようするも何だか喉が渇いているような気がして、仕方なくキッチンにあるペットボトルに入った水を取りに行こうとよろめきながらもゆっくり立ち上がる。

 

そこで眠る前の事を何となく思い出した。いまと同じように何となく喉が渇いて水を取りに行こうとして──それで。

そこからの記憶が無いので恐らく眠気に耐え切れなかったのだろう。

 

そんなことを考えながらぼんやりと立ち止まっていると、不意に誰もいない筈なのに誰かの気配を後ろに感じた気がして振り向いた。

 

闇に溶けるような暗い色のローブ。

それを着た誰かが入口に立っている。

 

「っひ、」

 

──それを揺らぐ視界で認識した瞬間、ぞわりと背筋が粟立って思わず息を飲む。

影時間内であるのにも関わらず知らない人間が寮内のラウンジへと音もなく入って来たという事実に、思考が固まる。

今までこんなことなかったのに、どうして突然。というかアレは人間なのか、シャドウなのか。それとも悪魔か別の何かなのか。

わからない。分からないからこそ怖い。

 

無意識にじりじりと後退れば、何かにぶつかった感触がして後ろを盗み見る。

テレビだ。

しまった、階段側に逃げれば良かったか、と内心で舌打ちするもその目を離した一瞬で暗い色のローブの人間はその距離を詰めて来てその手をこちらの首へと伸ばす。

音もなく瞬間移動するなんて、まともな人間じゃない。

 

そんなことを思いながら自分はその腕から逃れようと、咄嗟に足を動かした。

 

が、

 

「…っ!?」

 

眩暈がしてふらついて足をもつれさせ、後ろに倒れる体。

それを受け止めてくれるだろうとおもった背後のテレビの画面は自分を受け止めてはくれず、ぶつんと意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

蛇頭黄幡神の首は残り6つ。

一本は荒垣の新たなペルソナ“シグルド”によって断たれ、もう一本は突如現れた優希のペルソナによって断たれた。

【物理貫通】のスキルがあれば攻撃を通すことが出来るとわかったが、それを持つペルソナが居るのは湊と奏子、そして荒垣くらいだった。

 

「ね、ねえ…今の、今の! お兄ちゃんのペルソナだったよね!?」

『はい。見えたのは一瞬でしたが…三上先輩のペルソナと同じものでした。でも…』

「山岸、どうかしたの」

 

言い淀む風花に暴れまわる蛇頭黄幡神の首を斬りつけながら、湊が問いただした。

 

『その、反応が3体全て同じひとつになっていたのと出どころがよくわからなくて…それに名前も変わっていて…反応は同じなのに本当に三上先輩のペルソナなのかどうかは…ちょっと自信がないです』

 

自信なさげな風花の言葉に湊は首を傾げた。反応が一つになって名前が変わるなどあるのだろうか。湊が見た限りでは3体ちゃんと居たはずだ。だというのにひとつの反応しかなかったというのは三位一体のペルソナになったということなのだろうか。疑問に思った湊は名前が判っているらしい風花に聞き返す。

 

「名前が?」

『はい。彼らは“オネイロイ”という名前みたいです』

 

風花から告げられた名は“オネイロイ”。

知らない名前だ。これまで兄がそんな名前のペルソナを召喚したところを見たところがない。そもそも、『これまで』使っていたのはモルぺウスだけだった。

“ポベートール”や“パンタソス”は『今回』始めて湊が見るペルソナだったのだ。いや、その2体だけではない。ホワイトライダーたち黙示録の四騎士や、“トランぺッター”もこれまで湊は兄が使っているところを見た事がない。

兄になにが起こっているというのか。そして、色々変わってきている現状、この先どうなるのか。

湊には何もわからなかった。

 

だというのに。

 

──Rank UP!

 

Ⅺ “谺イ譛”

三上優希 Rank3→Rank4

 

“谺イ譛”のペルソナを生み出す力が増幅された!

 

「「!?」」

 

脳裏に突如カードが浮かび上がり、コミュランクが上がったことを知らされた。

戦闘中だというのにコミュランクが上がった事実に湊と奏子の思考と足が止まる。まるで、“オネイロイ”の名を知ることがトリガーだったようなタイミングだ。そこになにか作為的なものを感じ、湊は思わず顔を顰める。

そんな湊の後ろで分断されている順平が蛇頭黄幡神の首をいなしながら文句を言うかの如く叫んだ。

 

「くっそー! 完璧オレッちとコロマルに対してメタ貼ってきてんじゃねーかよ! せっかく伊織順平大活躍~ってしようとおもったのにさあ!」

「ワン!」

「順平さんでも補助魔法などを駆使すれば活躍できるかと」

 

悔しがる順平を窘める様にコロマルが吼え、アイギスが奏子に迫る首を蹴り飛ばしながら補足するようにアドバイスする。

 

「おっ、その手がありましたか! なるほどな! よぉーし、じゃんじゃかけまくるぜ!」 【マハラクカジャ】

「アオーン!!!」 【スクカジャ】

 

それに気を良くした順平が防御力を上げる魔法を全体にかけ出す。

その恩恵を受け、コロマルが後に続いて“ケルベロス”を呼び出してアイギスの回避率と命中率を上げた。

 

「順平さんとコロマルさんに感謝、であります! “パラディオン” !!!」 【マハタルカジャ】

 

アイギスが全員に攻撃力を上げる補助魔法を使い、さらに皆の能力値を上げる。

あらかじめかかっていた【ラスタキャンディ】の効果も合わせればかなり能力値が増幅された状態になったと言えるだろう。

 

「来て、“だいそうじょう”!!!」 【マハンマオン】

「ぐ、ああ!? 祖父に…祖父であるわたしに……攻撃するというのか!!!」

「お兄ちゃん殴ったりゆかりちゃんと桐条先輩や天田くんを殺そうとしたりする人は私たちのおじいちゃんなんかじゃない! というか、今の貴方は正真正銘悪魔でしょ!!!」

 

怒り気味の奏子が呼び出した“だいそうじょう”が神聖な力の宿る札で蛇頭黄幡神の持つ首全ての動きを止めた。

 

「湊!」

「分かってる!」

 

蛇頭黄幡神の動きを止めたままの奏子が湊に短く呼びかけながらもう一度召喚器を構える。

呼びかけられた湊は奏で子の意図をいち早く察し、同じように構えた。

──そして同時に引き金を引く。

 

「“ミトラ”!」

「“メタトロン”!」

 

それは湊が奏子に教えた秘密の技(ミックスレイド)。いざとなったら一か八かで撃とう、と相談していたものだ。

奏子がこのタイミングでこうして目配せしてきたという事は、そういう事なのだと湊は判断した。

 

「「【ラストジャッジ】!!!!」」

 

蛇頭黄幡神を威力の上がった光の柱が呑み込んだ。

 

本来、ミックスレイドは湊か奏子どちらか一人でも使えるのだが、なぜか2人で使った方が効果が上がりやすい気がするために湊は奏子に「出来るだけふたりでやろう」と伝えているのだ。

10回ほどこの1年を繰り返しても何故自分たちがミックスレイドなどというものが出来るのか、記憶がある湊にも記憶の無い奏子にもさっぱりだが便利なものは使って損は無いという価値観で一致している。

 

度重なる補助魔法により後押しで威力を増した【ラストジャッジ】の光が収まり、地に倒れ伏す蛇頭黄幡神の姿が露わになる。

 

「た…たおせ、た…?」

「これでまだ起き上がるようならもう一発撃てばいいよ」

「む、むりだよお! 今のですっごく疲れちゃったもん…お兄ちゃんがたまに連れてってくれてた“タルタロス周回特別訓練コース”くらい! 逆になんで湊はそんなにぴんぴんしてるの!」

「ひみつ」

 

へたり込む奏子と蛇頭黄幡神を睨みつけながらそう告げる湊。

少し離れてみても蛇頭黄幡神はピクリとも動かないようだった。

 

「本当に倒せたんでしょうか…」

「さあな。だが、まだ動くようなら有里弟の意見と同じくもう一度倒すまでだ。俺はまだまだ動けるぞ」

 

不安げに勝利を確認する天田に軽く笑った明彦は戦闘の構えを解かない。

そんな明彦の横で湊と同じく蛇頭黄幡神を睨みつけていた荒垣は小さく口を開いて召喚器をこめかみに当てた。

 

「……いや、まだだ」 【グラム】

「ギャアアア!!!!!!」

 

“シグルド”を呼び出した荒垣が何もない場所に向かって『グラム』を放つ。

──否、奏子に跳びかかろうとした切断されたはずの首に向かって放ったのだ。

 

「…おい、じーさんよお、テメェ、切れた首だけになっても孫…それも女に対して不意打ちたあ随分と往生際と根性がわりいじゃねえか。ああ、ついでに性格も悪かったか。すまねえな」

 

煽るようにそう呼びかければ本体が身じろぎし、壊れたブリキの様に残りの首を上げようとした。が、もうほとんど力が残っていないようですぐに地へとまた倒れ伏し黒い靄に包まれる。

 

「う…ぐ…ぎぎ……わたしは…わたしは人を超えたはずなのだ…」

 

そして靄の中から元の倉橋翁がズタボロの姿で倒れ伏したまま現れた。

 

「…だというのになぜ…なぜこのような小童どもに…負け…いいや、まだだ! まだわたしは負けていない!!! 主よ! 今一度わたしに力を!」

「いいや、テメェの負けだ。諦めろ。教主とやらも現れやしねーよ」

 

ムスッとした顔で荒垣が告げる。

もう倉橋翁は動けそうにない。そして教主が出てくる気配もない。再び力を授けてもらえるなどと言うムシのいい話はなさそうだった。

 

「え、どーすんだよこのじーさん。黒沢さんに捕まえてもらう、とかか? あーでも奏子っちや湊のじーさんなんだよな…ふたりの身内がハンザイシャになっちまうのはちょっとな…」

桐条(こちら)で身元を引き受けよう。今はどう見ても動けないようだから後で人員を手配し保護することにする。訊くべきことは山のようにあるからな。無論、三上や有里達には何ら関係のない人物として扱う予定だ」

「ひ、ひぃい!」

 

順平の言葉に怒髪天気味の美鶴がそう答えれば、倉橋翁は悲鳴を上げた。

天田やゆかり、そして美鶴自身を殺そうとし、あまつさえ桐条やその本家である南条に対しての悪態を吐いたのだ。捕縛されれば命の保証はされるのだろうが待遇が良いとはお世辞にも言えないだろう。

その想像だけはいち早くした倉橋翁はとことん自己保身の塊だった。

 

「お、おい! なにを見ている! 孫ならわたしを助けんか! この女と仲がいいのだろう!? 口添えのひとつでもしないのか!?」

 

そう叫ぶ倉橋翁の言葉を聞き、湊と奏子は顔を見合わせた。

 

「孫、だって。都合のいい時だけ孫扱いする人みたいだねあの人。私、さっきあんなお祖父ちゃん居ないって言ったばっかりなのに。あ、でもそれは悪魔になってた時か」

「あの人、悪魔にならなくても父さんと母さんが死んだときに葬式にすら来なかったし僕らを養いもしなかったし連絡もなかったよね。そして優希を殴った。つまり、()()()()()()()()

「やっぱり? お祖父ちゃんとお祖母ちゃんといえばやっぱり小父(おじ)さんと小母(おば)さんのお父さんとお母さんの事だよね! 私たちのほんとのお父さんは若い頃にお祖父ちゃんとお祖母ちゃん亡くしてたみたいだし」

 

先ほどとは違い、悪い顔で倉橋翁をちらちらと見ている湊と奏子は結論が出たのか更にその顔を綺麗な笑みに変える。

 

「うん。だからあの人は──」

「──知らない人だよね、湊!」

 

「……なっ!?」

 

双子が放ったその言葉と明確な拒絶の笑みは倉橋翁の目論みを完全に砕き、希望を奪った。

待つのは桐条での尋問。そして桐条が『ヤタガラス』にたどり着けば倉橋翁はヤタガラスによってしかるべき処罰を受けるだろう。最悪、お取りつぶしになるどころか倉橋自身が死にかねないような罰を、だ。

しかし特別課外活動部が止めていなければ事態を知ったヤタガラスのサマナーか葛葉ライドウが出てきただろう。そうなれば倉橋翁は悪魔のまま死んでいた可能性が高い。それを考えると特別課外活動部で運が良かったともいえるのだ。

ただし、

 

「折角、教主が力を授けたというのに──ふむ、負けてしまったか」

「!!」

 

倉橋翁の背後に突如サングラスの男──神取が現れる。

足音も気配もないその現れ方に、皆が皆、身構えた。

 

「倉橋翁──残念だよ。特別課外活動部のひとりも消せないとは、貴方は役立たずだったというわけだ。いや、違うな。()()()()()()()()と評価すべきか」

「お、お褒めに与り光栄です! ですので神父の方からもう一度教主様に口添えをば、と…!」

 

笑みを浮かべる神取に、倉橋翁は希望を見たのか目に光が戻る。が、そうは問屋が卸さなかった。

 

「だがね、負けた事には変わりないのだよ。主は『残念だ』と嘆いておられたよ」

「そ…そんな…! もう一度、もう一度チャンスを下されば…!」

 

尚も追い縋る倉橋翁を足で蹴飛ばし、神取は鼻で笑う。

 

「私としては手心を加えてやってもいいのだがね。彼らの血縁というものは大いに価値のあるものだ。しかし、残念なことにお前はいま、その価値を失ったらしい」

「ひ…あ…ぁ…あああ…」

 

神取のサングラスの向こうの眼窩を見た倉橋翁は慄く。慄いたばかりに、周りの影が持ち上がっていることに気がつかない。

 

「しかし我らが教主は寛大だ。その働きに免じて“ティンダロスの猟犬”どもの糧となる幸福を恵んでくださるようだ」

「ひ、いいいい! ば、化け物! 化け物!」

 

鼻を突くような強烈な異臭があたりに立ち込める。

影の中から、ぐじゅぐじゅと粘液のくぐもるような音が聞こえ、四足歩行の狼のような生き物が現れた。

身体からは黒い触手が生え、口からは鋭い舌をだらりと垂らし眼は燃える様に赤い。

それは、先日朝倉達が遭遇した“ブラックドッグ”そのものだった。

 

「な…んだ…あれは…」

 

明彦が呆然と呟く。

それらは影から現れると倉橋翁に跳びかかり体中を貪り始めた。

 

「ぎゃああああああッ!!!!!」

「そんな…酷い…」

 

あまりの惨状に風花が青ざめて吐き気をこらえる様に目を逸らした。

荒垣は咄嗟に天田の目と耳を塞ぎ、明彦でさえも目を逸らす惨状は誰が止めることもできないまま数十秒ほど続いた。

 

やがて、叫び声すら聞こえなくなり、残ったのは血塗れの地面と僅かな肉片だけだった。

倉橋翁の姿は何処にもない。

 

「さて、きみ達がちゃんととどめを刺してやらなかったお蔭で御老人は惨い死に方をすることになったのだが、今度はちゃんと、惨い死に方をする前に止めを刺してやるといい」

「んだとてめー! ふざけんじゃねーぞ!」

「…フッ、青いな」

 

まるで良い助言だと言わんばかりな神取に順平が突っかかる。

だが、神取はそのまま軽く鼻で笑うとまた同じように姿を消したのだった。

 

「クソが! 逃げんじゃねー!!!」

「そこまでにしておけ。やつは恐らく先ほどの化け物よりも段違いに強い。…悔しいがな」

 

順平は義憤に燃える様に神取が消えた場所を睨みつけていたが明彦に抑えられ、声のトーンを落とす。

 

「けど…あんなんでも…! 湊や奏子っちの…いや…そっか…三上センパイが殴られてるから……どう、なんスかね…」

 

順平は何か言おうとして口ごもり、やめる。

順平の父親は母親にDVを働いていた。そんな、家庭内暴力を働く父親と、優希を殴ったという倉橋翁の姿が重なったのだろう。

だからこそ、そこで順平は悩み、言葉を出せなかった。あの老人は死ぬべきだったのか。そうでなかったのか。

分からないからこそ、順平は迂闊に何も言えなかったのだ。

言ってしまえば、それが自分の父に抱く感情と同じだと思えてしまうから。

 

人に戻った倉橋翁が悪魔のような生き物によって食い殺されるというアクシデントがあったせいか、帰りは皆無言だった。あの順平でさえ、何かを考え込むように押し黙っている。

気絶していたゆかりもすぐに目を覚まし、どうなってきたかを訪ねてきたが簡潔に話す事しかしない皆の様子に悪い予感を感じ取りあまり深くは訊かなかったのだ。

そうして、微妙に暗い空気のまま、寮に帰る。

 

「ただいま」

 

玄関を開け、湊が声をかけるも反応がない。返ってくるはずの『おかえり』という言葉すらないのだ。

ただただ、静寂が支配している。

 

「お兄ちゃん…? 部屋に帰っちゃったのかな…?」

「え、でも、ソファーに行く前は無かった毛布が置いてあるし…手洗いとかじゃ?」

 

ゆかりがそう言ったので湊がトイレを見に行くも、もぬけの殻でだれもいない。

明彦が駆けて優希の部屋を見に行ったらしいがすぐに帰ってきて首を横に振った。

 

「ど、どういうこと…? お兄ちゃん、なんでどこにもいないの…?」

 

総出で寮内やその付近を捜したが優希の姿は無く。

体調が万全とはいえない優希が遠出するはずもない。毛布を用意していたという事はそこで寝ていたか寝るために持ってきたものだろう。そして、出ていく前の様子から察するに勝手に影時間中、意味もなく出ていくなどはあり得ないだろう。

 

しかしどうみてもこれは間違いなく──

 

──失踪だった。

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