君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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Dreamlands.(しあわせな夢の国)(?/?)

――――――

望まれていた。

祝われていた。

愛されていた。

 

その子の居場所をとったのは──

 

――――――

 

「ここはね、ユーキくん自身が作り上げた幸せで満ち足りた夢の国だよ」

 

真顔でそう告げたナギサに場の空気が凍る。

何者かによって作り出されたこの特異な空間に、優希が巻き込まれたのだと思っていたのだ。

だが、ナギサによればこの空間は優希が作り上げたものだという。

 

「優希が…作り上げた……?」

「そだよー。正真正銘、ユーキくんが作り上げた世界。ユーキくんが積み上げて、無意識に棄ててきた記憶と感情と願いの墓場。または“パレス”…みたいなものとも呼べるかもね」

 

聞き覚えのない単語に一同は首を傾げる。

 

「パレス…? 宮殿…か…?」

「せいかーい! 美鶴ちゃんやっぱ賢いよね! 大好き!」

「だっ…!」

 

大好き、と言われた美鶴は顔を耳まで真っ赤にして俯いた。

しかしナギサはそれに気づいているのかいないのか、分からないような素振りで話を続行する。

 

「ここは強いて言うなら認知世界って言ったところかな。今の地球で認知科学についてどんな研究が進んでるのかは知らないけど、ここはそういう場所。詳しい話は…うーん…」

 

また湊たちには預かり知らぬ事を言いだしたナギサは頭を抱えてむむむ…と唸ると数秒後に何かひらめいたような快活な顔で人差し指を上に立てた。

 

「……おお! ビビっときた! ……7年! 7年後くらいに聞けるよ。たぶん! ナギサちゃんは賢いからわかるのだ!」

「7年後ォ!? ソレって天田少年がセンパイ達くらいになった頃ってか!? それまでオアズケかよー…」

「ダイジョーブ! いまのジュンペーくんがどれだけ詳しく聞いてもたぶんわかんないだろうから安心して!」

「ヒッデエ!!」

 

この少女、兄とは違いちゃらんぽらんなだけでなく色々と良くも悪くも歯に衣着せぬ性格をしているようだと湊が感じたのは間違いではないだろう。性別だけでなく性格まで正反対だと来るとまるで兄を反転させたような存在だな、と感じてしまった。

順平を笑顔で一蹴するとナギサは再び口を開く。

 

「ジュンペーくんは置いといてー…話を戻すけどパレスは心に歪んだ欲望──それも大きなものを持っていると生成されるの。そしてその歪みは願いの元であるオタカラを盗めば正されるってわけ。盗むっていうか、取り除いちゃうっていうか。パレスを無くそうと思ったらそーゆーことすればいいの」

 

パレス、オタカラ。歪んだ欲望。盗む。

影時間について聞いた時よりも多いその情報量を呑み込めているのはこの中に何人いるのか。

湊は隣にいる奏子の顔を覗き込んだがちんぷんかんぷんといった様子で首を傾げている。

 

「待て、それが三上となんの関係がある?」

 

来るだろうなと思った質問が明彦から飛んできて、湊はナギサの方を向いた。

なんとなく湊は関係性について分かってはいるが確証を持てなかったのだ。

主にナギサのこのちゃらんぽらんな言動のせいで。

 

「あーダメ、ぜんっぜんダメだなあ、鈍いよアッキーは」

「んなっ!? アッキーというのは俺の事か!?」

 

対してナギサは答えずに『ぷすすー』とバカにするような素振りをして肩を竦めた。恐らく、これを聞いたのが天田やコロマル、女性陣だったのならちゃらんぽらんなりに素直に優しく教えたのだろうなと思うとこの少女が贔屓()()()()()タイプの人間について何となくわかってきた気がした。

 

「もしかして、ここがパレスみたいなものってことは三上先輩も歪んだ欲望をもってるってワケ…?」

 

恐る恐るといった様子でゆかりが答える。

ナギサの話がこの現状と無関係でなければ間違いなく優希が歪んだ欲望──パレスを形成する核を持っているという事になる。そしてそれが正解だったのか、ナギサがニッコリとまた笑顔になる。

 

「ゆかりちゃん大正解! ナギサちゃんポイントを10点あげましょう! 貯まったら豪華景品が待ってるかも!?」

「うぇえっ!? えっ、ホント!?」

「ホントホント。ナギサちゃん嘘つかない。で、ユーキくんが歪んだ欲望を持っているってことなんだけどー、欲望って言うより心が壊れちゃってるって言えばいいのかな? ほら、心当たりない?」

「…ある」

 

ゆかりを揶揄うように謎のポイントを加算したナギサは全員に向かってそう言い放った。

欲望というより心が壊れている、と言われれば全員ではないがほとんどの人間が心当たりあるもので。

代表するように湊が頷いた。

 

「うん。だからその歪みを正せばここが()()()()。あたしもハッピー、みんなもハッピーってわけ! と、ここまでた~~~~~くさん話してきたんだけどー、全部ウソだから忘れてね!」

「はあ!?」

「えっ!?」

「そんな都合のいい話ある訳ないじゃーん! 地道にユーキくんを探す他ありませーん! やーい騙されてやんのー! ぷぷー!」

 

と、ここまで語ってきたナギサが急に掌を返した。

先ほどまで語っていたことは全て嘘だと言い出したのだ。まるで湊たち特別課外活動部をおちょくるような言い方もあり、ナギサという少女自体に疑念が生じる。

正直な話、湊たちは目の前のナギサが敵か味方かはっきりとは断定できない。

敵意が“今は”ないだけで罠に嵌める事があるかもしれない。ナギサは優希をテレビに入れたのは自分ではないと言っていたがそれが本当なのかすらもわからない。

幾月の事もあり、誰もが突然現れた表面的には友好的だが怪しい存在を簡単には信用できなくなっていたのだ。

 

「つまりみんなはユーキくんを連れて帰りたくばこのさいっきょーに可愛いナギサちゃんとカダスを歩くしかないのです!」

「──嫌です」

 

なぜか、ナギサの誘いを否定したのはアイギスだった。

 

「わたしは、このまま帰還すべきだと判断しました」

「どうして…!? えっ、だって急がないとお兄ちゃんが…」

「いいえ、帰るべきです。…っ、優希さんは、ダメです!」

 

先程までは優希を奪還することに必死になっていたというのにまるで屋久島で出会った時のように「ダメ」と言い出したアイギスに一同は首を傾げる。

奏子が理由を聞いているにも関わらず、まるでそれをわざと無視しているようなアイギスの言動に謎の必死さを感じたのは気のせいではないだろう。

 

「そうだね。その方がきっといいのかもしれないよね」

 

そこへ、妙に静かな声のナギサの援護が飛んだ。

優希を探して欲しそうであり、アイギスの意見を否定するはずの立場であるナギサがアイギスを肯定し、まるで幼子を見るように微笑む。

ちぐはぐなそれに違和感を覚える間もなく、どこかでそんな表情を見て似たような言葉を聞いたことがあるような気がして、湊は一瞬眩暈がした。

 

海辺。砂浜。影時間。兄に指先の銃口を向けるアイギス。嗤った兄の眼は──果たして何色だったか。

 

ぞわり、と背筋が粟立つ。知らない。こんな出来事、湊は知らない。覚えがない。酷く嫌な予感がする。

戸惑う湊を他所に、ナギサは言葉をつづける。

 

「きみたちはあたしを信用せずこのまま闇雲に霧の中を彷徨うも良し。ユーキくんの事は諦めて帰るも良し。あたしを信用して一緒に行くも良し。沢山の選択肢がある。あたしのおススメはアイちゃんと同意見な“このまま諦めて帰る”だけど」

「そ、それって…三上先輩を見殺しにするってこと…? そ、そんなの…」

「うん。ダメだよね。でも気にする必要も気に病むこともないの。だって、ここでユーキくんが死ねばユーキくんという人間に関する記憶や証拠は世界やみんなの中からすべて消える。()()()()()()()()()()()んだから。これ以上、辛い思いをする必要はないんだよ」

「!!」

 

見殺しになど出来るはずがない、と戸惑いを見せた風花にナギサは容赦なく告げる。

ここで優希が死ねばすべて消えるから気にしなくていい、と言い張るナギサはまるでこちらを揺さぶっているように目を細めた。

そんなナギサが美鶴が激昂して食いかかる。

 

「三上に関する全てが消える!? 冗談も大概にしろ!!! 例えそうだとしても三上を見捨てるなど、出来るわけがないだろう!!」

 

噛みつかんばかりに食いかかる美鶴を軽くいなしたナギサは小さく息を吐いた。

 

「そう怒らないで。あたしは別にみんなの敵になりたいわけじゃないよ。あくまでも、ユーキくんの意見を優先してるだけ」

「三上の…意見を…?」

「そそ。ユーキくんの意見。というか本心? あたしと一緒に行くって選択をしてくれればわかるよ。…それが、良い事なのかはわからないけど」

 

「だからほら、“みんな”と相談しておいで」とナギサは困ったように微笑んで美鶴を送り返す。

美鶴はその顔に釈然としないものを抱えつつも促されるままにナギサから離れた。

 

 

 

 

「ね、アイギス。なんでお兄ちゃんがダメなのか、何となくで良いから言ってみて。私も湊も怒らないから」

 

丁度、奏子がアイギスに理由を聞いているところだったようで、ナギサの発言に衝撃を受けている人間もいれば、それは一旦置いておいてアイギスの答えを静かに待っている人間もいた。

 

「わ、わたしは…その、彼女の──ナギサさんの話を聞いて。もう手遅れだと、優希さんはダメだと、漠然とそう思ってしまったんです。でも、どうしてなのかわたしにもわから、なくて…! 優希さんも湊さんや奏子さんと同じくわたしの“大切”のはずなのに、わたしは何が正解なのかわからなくなってしまって……奏子さん、わたしは、おかしくなってしまったんでしょうか…!?」

 

わなわなと瞳を震わせながら、今にも泣きそうなアイギスは自分の感覚が信じられない、と言いたげだった。

自分はおかしくなってしまったのか。

アイギスのその問いに、奏子は暫し悩んだ後に口を開いた。

 

「ごめんね、アイギスがおかしくなってしまったかどうかは私にもわからないかも。けど、もしかしたら前みたいに気のせいかもしれないし、お兄ちゃんに会ってみてから確かめてみるのはどうかな?」

「会ってみてから、確かめる…」

「うん、やらないで後悔するよりやって後悔しろって言葉もあるし!」

 

その答えは何の解決にもなっていないかもしれない。

奏子はアイギスの直感めいたそれを否定しきることが出来ずに有耶無耶にしてしまうような回答を選んだ。自分の感情を優先したと言われても仕方ない。

だが奏子には例え兄が本当にそう望んでいてもそれを兄の口から聞くまではこのまま帰るという選択肢は無かった。

否、恐らく奏子も湊ももし兄から「置いていってくれ」だの「帰れ」だの言われても、たとえ2人だけになったとしても兄を連れ戻しに行っただろう。

兄が自分たちの立場でも必死に探そうとしただろうし、家族とはそういうものなのだと奏子は思っていたからだ。

 

「……」

 

奏子の言葉にアイギスは依然、複雑そうだったが小さくこくりと頷いた。

 

「アイギス以外に三上を連れて帰ることになにか意見がある者は居るか? 遠慮しなくていい。どんな些細な理由でもいい。懸念があるならここで吐き出してくれ」

 

話がひと段落したらしいとみた美鶴が全員に向かってそう告げれば、明彦が口を開いた。

 

「意見といえるのかわからないが、あのナギサという女はいまいち信用ならん」

「それは確かにありますよね。あの人、さっきからヘンなこと言ってばっかりで信用できるかといえば…」

 

天田が顔を顰める。

ナギサの発言は信用できない、と言いたいのだろう。それは全員が多少なりとも感じていることだった。

 

「だがもしこのまま嘘だと一蹴して帰れば三上は失踪したままになる。唯一の手掛かりである彼女を信じるか、信じずに帰るか。それとも彼女の言う通りこの濃霧の中を彷徨い歩くか。どれかしかないだろうな」

「はいはいはい! オレっちは信用してもいいんじゃねえかな~、なんて思うんですけど! だってあんなカワイ子ちゃんがオレたちを騙せると思います!? …あー…三上センパイそっくりってのが…まあ…」

「順平、アンタねぇ…」

 

ハイテンションだったにも関わらず、急にテンションを落とした順平は十中八九ナギサが優希にそっくりなことに落ち込んでいた。優希の顔がどうしてもチラついてしまうのは仕方の無いことだが順平にとってはテンションを落とすのには十分な要素だったららしい。

 

「あ、あの…少し良いですか…?」

「どうした、山岸」

「えっと、さっきからアナライズが全く上手くいかなくて…恐らく私たちだけでここを探索するというのは無理に近いと思います。感覚的には全部霧でぼやけて分からないんです。だから、あの中を普通に歩けたあの子なら何か知ってるんじゃないかって」

 

アナライズができない。

それはつまりナビゲーションできないということだ。

地図もない。土地勘もない。敵がいるかどうかも分からないこの濃霧の中で探索するのは無理だと風花は断言した。

美鶴も集中し、辺りを探るようにしてみたが一切わからなかった。それどころか、少し霧で気持ち悪くなりかけていたので即座にアナライズをやめる。

 

「確かに、これでは彼女無しで探索するというのは無謀だな」

 

そこで今まで黙っていた荒垣が初めて口を開いた。

 

「どのみち、あの女を頼るしか方法はねぇってことか?」

「そうなるな」

「…そうか」

 

荒垣も複雑そうな表情で返事を返してきた。どうやら、口には出さないだけでなにか思うところがあるのだろう。

これまでは静かに静観していたということは、優希を救うことに関して自体に意見は無いように見えた。

 

「有里姉弟…は聞くまでも無いか?」

「はーい! 私はあの人を信用しても…うん、いいと思います! 悪い人ではなさそう! ってこれあの人(幾月)の時といっしょか…」

 

奏子はうむむ、と唸って首を傾げた。

幾月のようにナギサが特別課外活動部を嵌めないとも限らない。

あえて優希を殺すような行動をとらせるかもしれない。

そんな疑念のようなものは奏子の中にもあったが何故かそうだとは言いきれず、信用してもいいのではないかという気すらあるのだ。見た目が兄に似ているからか。それとも。

奏子にはその確証のない信用の出処がなにか、イマイチ分からないでいた。

 

「…僕は優希を連れて帰れればどうでもいい」

「有里くん、そういうとこあるよね…」

 

順平の時と同じくまたしてもゆかりがジト目になる。

ただしこちらは呆れではなく仕方ない、といったような表情だった。

湊からしたらナギサと名乗る少女がなんであれ、敵対すれば倒すだけであるしそこまでだと思っているので大して気にかけていないだけだ。

 

「ねー、そろそろ決まったかな~?」

 

しびれを切らしたのか、ナギサが声をかけてくる。

 

「ああ…決まった、とは言い難いがな。三上を助けるにはきみを頼るしかないようだ」

「ふーん、やっぱりあたしが信用できなくて困ってる感じだよね! 仕方ないなあ。でも、()()()()()()()()()()()()()()そう決めたからには忠告とかはちゃんと聞いてね。別にあたしがここに住んでるからってここが危険じゃないわけじゃないから!」

 

ぷんぷん、と怒ってもいなさそうだった顔をニッコリと笑顔に戻し、ナギサは特別課外活動部全員に向かって口を開く。

 

「それでは、ここで歩くのに必要な物資を皆さんに支給したいと思います!」

 

虚空から小包を取り出したナギサはそのふたを開けて中身を見せる様に持ち替えた。

 

「じゃーん、“メガネ”でーす!」

「見りゃわかる」

 

中に綺麗に陳列されていたのはメガネだった。様々なデザインのそれが互いに干渉しあわないように傷つかないように並べられていた。

それを皆が知らないものだとでもいうかのように自信ありげに紹介したナギサに、呆れた荒垣が皆の心情を代弁すればナギサは頬をむくれさせた。

 

「むむ! これはただのメガネではないのですぞガッキー!」

「……なにも突っ込まねえぞ」

「えーじゃあガッキーのメガネはこの鼻眼鏡って事で~」

「おい」

 

ガサゴソと箱の中から鼻眼鏡を取り出したナギサに一瞬で荒垣が負けてしまった。

 

丁寧にも出されたそれは、鼻から息をすれば『吹き戻し』がピロピロとなる仕組みの鼻眼鏡だ。

ナギサがそれを元のメガネの上からかけるとそのまま息を吸って鼻から吐く。

 

ピ~~~~~ピョロロ~~~~~~プピピッ

 

「うん。やめよ。五月蠅いし」

 

荒垣の代わりに自らそのメガネをかけたナギサは即座にメガネを外して箱にしまった。

そして改めて箱を差し出す。

 

「このメガネをつけるとあら不思議! この深ーい霧が晴れて鮮明に周りを見ることが出来ちゃいます! ワオ! 便利だよね! という事でこれをみんなにプレゼント~!」

 

まるで通販番組である『時価ネットたなか』の様に説明を始めたナギサは特別課外活動部の面々に無理やり押し付ける様にメガネを渡していく。

無理やり渡されたメガネをそれぞれがかければナギサの説明に嘘偽りは無かったようであれだけ濃かった霧が視界から消え、周りを見渡せるようになった。

 

「どう? 調子悪いとか見えないとかあったら言ってね! じゃ、行こっか!」

 

ナギサに連れられ、ぞろぞろと会話もなく歩けば数分もしないうちに『ようこそ忘れ去られたカダスヘ!』と書かれたポップな配色の看板とアーチが特別課外活動部を出迎えた。

そして青空をバックに軽快な明るい音楽すら流れ、風船が飛んでいる様子に、ナギサ以外は全員目をぱちくりとさせる。

 

「え、遊園地…?」

「おい、どうなってる? なんだこれは」

「見ての通り遊園地だよ! 入口だけね! 中は全然違うけど。ちなみに入場料とかいるから気をつけてね」

 

困惑する一同に、ナギサが説明する。

入場料をとるらしいと聞いて1部のメンバーの顔色がサッと変わった。

 

「ハァ!? か、金取るのかよ!?」

「まあ外見は遊園地ですから? 一応、ね?」

「マジかよ…変なとこで現実感あんな…今月オレ、チドリに渡す修学旅行の土産とか色々買いてえしキビシーんだよなあ…」

 

ガックリと肩を落とした順平は薄い財布の中身を数えている。

いくらかかるのか分からないが遊園地の入園料だ。数百円から下手をすれば数千円かかるだろう。人命と引き換えにするという点で見れば安いものだが順平にとっては痛い出費にほかならなかった。が、しかしそこに救いの手が現れる。

 

「──待て、ここは私が出そう」

 

それは美鶴だった。

 

「マジすか!? やりぃ!」

「えっ、桐条先輩良いんですか!?」

「ああ、一応部費ということで落とせるからな」

「アザッス!」

「すみません、ありがとうございます」

 

喜ぶ順平とゆかり、風花に財布を出しながら美鶴は頷く。だがしかし、部費という言葉を聞いて半笑いで美鶴に近寄る人間がひとりいた。

 

「……あの~~~武器防具代とか、その部費で……」

 

落とせませんか、と恐る恐るといった様子で近寄った奏子が美鶴へ訊いた。その話は今までタブーだった領域だ。

何せ特別課外活動の財布は湊と奏子が共同で握っている。そしてそれはなぜかこれまで一度も支給されることがなかった。すなわちそれはタルタロスに落ちている金や湊と奏子のアルバイト代から出ていると言っても過言ではなかった。

たまに気に入った防具や武器を個人で買うことはあれど、基本的にそういうものを見繕うのは湊と奏子の役目だ。

 

最近は入ってくるお金と出ていくお金の差が減ったとはいえ、それでも厳しいものがあるようだった。なお、ペルソナ全書からのペルソナの引き出しにもそのお金が使われていることは湊と奏子だけの秘密となっていて、それが財布を軽くする主な使い道だということは2人以外に知らないしタルタロスで拾ったものやペルソナが受胎して生み出したものを装備しているのも秘密だ。

 

「うっ…そ、それはだな…その、済まない…」

 

そんなこともつゆ知らず、美鶴はたじろいでそれはできないと言うように謝罪した。こちらには言えない複雑な事情がいろいろとあるらしい。

 

「と、とにかくっ! チケット買いに行こ! ね?」

 

微妙な空気になったのを察したのか、ナギサが愛想笑いを浮かべながら話をブッチ切り割り込んできた。

そして美鶴を引っ張る様に皆を誘導しつつチケット売り場へと向かう。

カウンターへと目を向ければそこは人間ではなく緑の奇妙な生物が受付をしていたことに美鶴だけでなくアイギスとコロマル以外の全員が目を見開いた。

 

「モコイさん…?」

「ワンワン!」

「アレ? アイちゃんとコロコロちゃんじゃないスか。なんでチミ達ここに居るの?」

「優希さんの捜索であります!」

「カレ、勝手にどこかへ行くの好きだよネ…」

 

奇妙な生物──モコイが不思議そうな顔をしながらカウンターの中で牛丼を食べながらアイギスとコロマルへと話しかけたが、アイギスとコロマルからしたらモコイの方が何故ここにいるのかと問い詰めたいくらいなのだ。

 

「モコイさん、あなたは『遠い所へ行った』と優希さんが言っていましたがこんなところにいたんですね。突然いなくなってしまわれたので驚きました」

「あー…その、それについては…モコイさんはモコイさんとしてここにいるから泣くんじゃないぜベイビーってカレに伝言しといてよ、ネ」

「了解しました」

「知り合いなのか?」

「はい。わたしとコロマルさんと優希さんの友だち、であります!」

「……そうか」

 

複雑そうな顔をした美鶴はしかし、詮索するのはやめてチケット売り場の上にある『チケット1枚3000マッカ』と書かれた看板を見て財布から1万円札を3枚取り出してモコイへと渡した。

 

「すまない、これで入場チケットを10人分欲しいのだが…」

「これじゃムリムリさんだね。人間の世界のお金はここではケツ拭く紙にもなりゃしないっスよ」

「……」

 

ぺい、とモコイに1万円札を3枚とも返された美鶴は門前払いを食らい言い返す言葉も無いのか無言で戻ってきた。その後ろを追撃するようにモコイの言葉が続く。

 

「ここでは()()しか受付してないんスよ。いくらカレのシスターやブラザーとそのフレンズといえどもタダでここを通すわけにはいかないんだよネ…でも中学生以下のキッズとコロコロちゃんは無料っスよ~」

「う…ごめん、そうだよね、普通の人はマッカなんか持ってないよね…」

 

天田とコロマルの分が無料と聞いてもそもそも通貨が違うので払うことが出来なければ、天田とコロマルだけ侵入する訳にもいかない。またしても手詰まりか、となった一行にモコイが再度声をかけた。

 

「そこら辺の悪魔からカツアゲしてくればスグっスよスグ。そこら辺ほっつき歩いてるバルバトスとかちょうどいっすよ。ボクちんはしないけど」

「だ、だめだよカツアゲなんて! “先代”くんがしてたからってそーゆー悪いことをユーキくんだけじゃなく湊くんたちに教えちゃ、みんな怯えて逃げちゃうよ!」

「ちょうどいいんじゃないスか? カレを探すのにいちいち襲われてちゃ邪魔っスよ~」

 

それに、とモコイは続ける。

 

「アレが活性化しだしてるネ。まだ奥の森の中を彷徨ってるケド、手当たり次第に悪魔を殺しまくってる」

「アイツが? ……そう。じゃあここらで遊んでないでちょっち急いだ方が良いよね。へそくりだったけど仕方ない。マッカでちゃんと払うから中に入れて」

「ウィ! 団体様ごあんな~い! だネ!」

 

短くモコイと会話したナギサが焦ったような顔になり、自ら財布を開いてジャラジャラと見た事もない硬貨を出してモコイへと渡せばチケットも無しに門が開けられる。

ここはチケット売り場ではなかったのか、という疑問もそこそこに門の中へと入っていく。

 

「頼んだっスよ、カレを救えるのはチミたちだけなんスから」

 

そんなモコイの声が後ろから追うように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

門を抜けた先はなんと巌戸台分寮のラウンジ。

まるで戻ってきたような感覚に面々は戸惑う。

 

「寮に…戻ってきた…?」

「ううん、違う。ここはまだカダスだよ。でもユーキくんの『出入口はここ』って認知のせいであたしの知ってるカダスの構造が変化してるみたい」

 

即座に否定したナギサが周りを見渡した。ラウンジの光景は蜃気楼のように少し揺らめいている。

 

「たぶん、ここから先は扉を開けても思い通りの場所に繋がってるかは分からないんだよね。ユーキくんの記憶とカダスの性質が混じって全部ちぐはぐな場所に繋がってるかも」

「一筋縄じゃいかねぇってか」

「うん。でもいつかは辿り着けるはずだしユーキくんの認知と記憶を元にしてるってことは一定の規則性があるはずだから。とにかく1番奥を目指すの。ゴールはきっと、そこだよ」

 

あまり気乗りしなさそうな表情になったナギサが「ただ、」と吐き出す。

 

「最深部の直前に絶対に森を通ると思うの。あそこだけはどうあっても変わらないから。そこに“パンの大神”っていう刈り取る者よりもヤバい奴が居るってことだけ今は覚えといて。詳しい話はそこに入ってからするけど……アレと対面して勝てるだなんて思わないで。メガネを外して直視するのも絶対にダメ。アナライズは厳禁だからね」

 

いつになく真剣な表情と声色でそう忠告してきたナギサは言うだけ言うとそのまま階段をあがって廊下を進むとひとつひとつドアノブを触って開かないことを確認してから乱暴に優希の部屋のドアを開けた。

 

「…やっぱり、別の場所に繋がってる」

 

ドアの向こうは影時間の月光館学園の天文台に繋がっていた。

そして、そこのフチギリギリに1人の男子生徒が月明かりに照らされながら腰掛けて足を揺らしている。

 

「優希…?」

 

思わず湊が声を零せば、男子生徒が振り向き驚いたように僅かに目を見開いて立ち上がった。

 

「驚いた。天文部の見学…とかかな…こんな夜更けにどうしたんですか 」

「て、天文部…? お兄ちゃん何言ってるの…?」

 

男子生徒──優希らしき人物が発した声はまるで他人行儀で、奏子だけでなく全員を混乱させる。

 

「ええと、誰と勘違いしているのかは知らないけど俺はひとりっ子ですよ。…桐条さんがいるってことは生徒会か特別課外活動とかいうやつですよね。今日の活動は理事長公認ですのでどうぞ気にせずごゆっくり」

 

愛想笑いをしてまた座り直して空を見上げた優希は不意にそこから身体を押し出すようにして飛んだ。

 

「っ…!」

 

咄嗟に伸ばした湊の手は空を掴んだだけで終わる。

誰かが止める間もなく夜の闇にかき消え、数秒間を置いてどしゃり、と嫌な音が聞こえた。

 

しん、と辺りが静まり返る。

 

「先、進もっか。アレは…色んなものが混じった認知上のユーキくんだから気にしなくていいよ」

 

その静寂を破ったのはナギサだった。

たとえ気にするなと言われても目の前で優希が身投げしたのだ。気にしない方がおかしい。

奏子は震えながら腰を抜かしているし、湊だってこれまでの優希の死に様を思い出しかけ吐き気をこらえるので必死だった。

 

「きっとこの先こういうのが続くから慣れろとは言わないけど動じないでね! …ぶっちゃけちゃうとユーキくんの認識の中では自分が死ぬことってああいう世間話をするくらいには軽いものでもあるから、そういうのがモロ出ちゃってるんだと思う」

 

そう言いながらナギサが1歩前に踏み出した瞬間、景色が一瞬ブレた。

 

「!」

 

足を止めたナギサが現れたモノを凝視する。

それは、天文台の十字架に括り付けられたコロマルと優希以外の特別課外活動全員とアイギスに拘束される桐条武治。そして幾月と幾月に前髪を掴まれ膝立ちの状態で頭に拳銃を突きつけられている優希の姿だった。

全員が全員、半透明で向こう側が透けている。

 

「なんだよ…これ…あの時の…!?」

 

天田が困惑したような声を漏らす。

それもそのはず。その光景はついに10日ほど前に見た光景そっくりだったからだ。

違う点があるなら、優希は苦しげに倒れ伏しておらず強い意志を宿した目で幾月を睨みつけるように見ている点だろうか。

 

『──ぎゃあぎゃあと煩いんだよねえ君たちは。生贄は黙って新世界の礎になってくれれば良いんだよ。ああ、それとも見本を見せてあげないと分からないかい?』

 

壁を1枚隔てたような、酷く穏やかだが苛立ちを含む幾月の声が聞こえる。

仕方がないと言いたげな幾月はどうやら先程の認知上の優希とは違い、こちらを認識してはいないようだった。

どちらかと言えばビデオを再生した時のように、この場にいる誰の介入も許さない。

 

『それなら、三上くんで見せてあげよう。役立たずにもう利用価値は無いからね。廃棄処分といこうじゃないか』

『やめろ幾月ッ! 貴様…ぐっ…!』

 

武治が叫びすぐにアイギスに取り押さえられる。いよいよ地面に這いつくばるように押さえつけられた武治は苦しげに呻くだけだった。

 

『さて、三上くん。最後に言い残すことは?』

『地獄に落ちろファッキンクソメガネ。お前の望んでる物なんか何度死んでも手に入らねーよバーカ』

 

そう吐き捨てて狂暴に笑う優希の顔は生き生きとしており、今からとても殺されるとは思えない程にその目は爛々と輝いていた。

 

自身に対する剥き出しにされた優希の本性を垣間見た幾月は、その顔を一瞬怒りで歪ませその頬を拳銃を持った手で殴り抜いた。

 

『……お兄ちゃんっ!』

 

縛られている方の半透明な奏子の悲鳴のような声が響く。

殴られた勢いで地面に倒れてもなお、優希は強気に睨み付けることを止めない。

その事に幾月は得体の知れない物を感じるも、見下し、ずっと利用してきた物だと思っていた存在に『自分の得たいと思っているものはどう足掻いても手に入れられない』と言われたことを再度確認する。

怒り狂い乱暴にキレ散らしてもおかしくはないその言葉と態度に乱心しないだけ幾月はまだ比較的冷静だった。ただし、内心でどうやって苦しませて殺してやろうかと頭の中で考えてはいたが。

 

『っ…、ははは、君はほんとうに…私をイラつかせるのが得意なようだ。だけどこれは…そう、見せしめだ。闇の皇子たる僕に逆らうとどうなるか、みんなに教えてあげなくちゃあいけない!』

 

幾月は引き金に指をかける。

そして、

 

「やめ──」

 

──パァン!

 

乾いた銃声が一発響き、体を起こしかけていた半透明の優希の頭がごとんと床に落ちて血だまりを作り現れた幻覚は全て消えた。

しかしそこで湊は限界を迎える。

 

「──うっ…おえええっ…!」

「おい、湊ダイジョーブかよ!?」

 

胃の中身を胃液と共に全て床にぶちまけ、荒い呼吸のままぶるぶると震える自身の体を掻き抱いた。

いま、目の前で繰り広げられた光景は湊の記憶の中の物だった。

湊が、『3回目』と呼んでいる周に実際に起こった出来事だ。それを再度直視して湊が耐え切れなくなったのだ。

 

「いまの、なに…」

 

小さく、震えた声で言葉を零したナギサが後ずさる。そして、湊の顔を見た。

 

「ねえ、いまの…みな、と…くんの記憶…?」

「……」

「いや、何を言ってるんだ。そもそも三上は死んでいないだろ」

 

押し黙る湊に明彦が助け舟を出した。

明彦──否、特別課外活動部全員からすれば今目の前で垂れ流された惨劇は、起こっていないことだ。

優希はあんなに元気ではなかったし、幾月に反抗的でもなかった。そして殺されてもいない。

湊以外が知る中では確かに一度死にはしたがそれは衰弱死ですぐに生き返ったのだ。銃殺という結末では決してない。

その事実を理解したナギサはその話を無かったことにした。それよりもやるべきことがある、と。

 

「そう…だよね…ごめん、もう少しだけ歩けるかな。近くに“セーフルーム”があると思うからそこで休もう。この調子じゃ慣れるより先に潰れちゃいそうだし」

 

ナギサは、人では無い。

だからこそ人の心の脆さを知っているつもりで知らない。分からない。だがその人間が限界に近いかどうかくらいはだいたいわかる。

腰を抜かしたままの奏子の手をとり立ち上がらせて、ナギサは数歩先へと歩みを進めて動かない特別課外活動部の面々へと振り向いた。

 

「それとも、帰る? 言ったよね。みんなが辛い思いをする必要ないって。耐えられないなら無理に進む必要はないよ」

 

ナギサの声と瞳は先ほど休むことを提案した時とは違い、酷く冷たい。

突き放すような拒絶を含むその言葉を吐いた一瞬の心変わりは異常としか言いようがないものだったが、その“後ろ”からさらに声が響いてきた。

 

「いやあ、彼女の言う通りだよ。まったくもってその通りだ」

「!」

「けれど…酷いなあ、ほんとうに酷い。キミ達は人の心に無断で立ち入ろうとしているにも関わらず何のためらいもないというんだね」

 

影時間の闇から姿を現したのは──

 

「アンタは…」

「幾…月……!?」

 

タルタロスの天文台からあの日、転落死したはずの幾月だった。

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