緩く、笑みの形を作った。
別にいつかは話さなければならない事だったし、バレる事だろうとも思っていたので不安や戸惑いもない。
「それで、なにから聞きたいんだ?」
腕と足を組んで背もたれにもたれ掛かる。どうせこの話は長くなるんだ。話しやすく砕けた格好をしたって誰にも怒られやしないだろう。
「三上、きみの目的は何なんだ。繰り返しをして、なにをしようというんだ」
「ああ、それね。前もほら、言った気がするんだけどさ。戦う理由は何かって話の時に。でも美鶴さんと岳羽しか聞いてなかったからここでぶっちゃけるのもアリか」
戦う理由も、繰り返している理由も大差ない。ほぼ同じと言った方が良い。
勿論、必要がなければ戦いたくなどないが。
「自己満足だよ、自己満足! 別に崇高な理由なんざこれっぽっちもございません! ごめんねー」
カラカラと乾いた笑いを零せば皆はまるで恐ろしいものを見るかのような目で見てくる。
なんなんだ。何がいけなかったんだ。
あんな傲慢な願い、『自己満足』以外になんと形容すればいいというんだ。
「俺は聖人君子でもなんでもないんだけどな。ましてや、善意で命を懸けられるとでも思ってたのか? それなら、とんだお花畑思考だと言わざるを得ないけど。…ああごめんごめん! 言い過ぎた。話題変えよう? ね?」
そう言って、話を逸らす。上手く逸らせればいいんだが。
まだアイギスは記憶を思い出してないんだろうから、詳しい事はわざわざ話さなくていいだろう。
それに、これ以上追及されてアイギスがさっさと記憶を思い出すのは
「そうか…では、これまでの繰り返し…『ループ』と今回の相違点について話してはくれないだろうか」
「…?」
どうしてそんなことを聞こうと言うのだろうか。そんなことを聞いてそれが正解なのだと判断する材料がみんなにある訳じゃないのに。
まあ、いいか。
「あのクソ野郎…ええと、幾月が俺の過去について話したことと俺があまり活躍できなかったことかな」
めんどくさいので手折る。
正直幾月は名前を呼びたくないくらいだがここは我慢しなければ。四騎士云々はどうでも良さそうだし、今更混乱させる必要も無いだろう。
「それじゃわからん。もっと詳細を語ってくれ」
横から真田くんが抗議の声をあげたので考える。
荒垣くんの生死や武治さんの生死について突っ込んだ方がいいのだろうか。
「あー…えと…美鶴さん、武治さんは幾月に撃たれたりしてない?」
「…父上は大丈夫だ。健康そのものだよ」
幾月が死ぬのは確定事項なので分かっていたことだが、武治さんが撃たれもせず元気なのは初めてだ。自分は途中から意識自体が無かったのでよく分からない。一体何があってそうなったのか。
「じゃあ、そこも相違点のひとつかな」
そう告げれば、美鶴さんは顔を俯かせた。
申し訳ない、という気持ちが顔を覗かせるがこれも仕方のない事だ。訊いてきたのはあっちなのだから、ここで嘘を吐くわけにもいかなかった。
「お兄ちゃん…桐条先輩のお父さんだけじゃなく、荒垣先輩も死んでたかもしれないって、ほんと?」
美鶴さんが俯いてしまって間が空いたからか、奏子が震える声でそう訊いてきた。
ウソかホントかどうかで言えばホントだ。
となると、頷くしかない。
「ホントだよ。10月の大型シャドウ戦のあの日。荒垣くんは天田くんに呼び出されて、ポートアイランド駅近くの路地裏に居ただろ? 本当ならあそこでタカヤに撃たれるはずだった天田くんを庇って殺されてた」
「っ!?」
一同に動揺が走る。なぜか、湊だけは表情を変えずにいた事が引っかかったが構わずに続けた。
「その天田くんがタカヤに撃たれるって事件も、チドリが9月の大型シャドウ戦のあの日に伊織を捕まえて人質にしたせいで逆にチドリ自身がこっちに捕まって、あちらが天田くんを探知系ペルソナ使いだと勘違いしたことで起こることだからそこも違うのか。そもそもチドリは伊織を人質として捕まえてなかったし、10月はストレガにチドリがちゃんと居たからその必要はなかったのかもね」
「チドリが…!?」
本当は何らかの理由によって特別課外活動部の邪魔をしなくなっただけ、が今回の理由なのだろう。
それに探知系のペルソナ使いをピンポイントで殺したかったわけじゃなく、天田くんの「自分が探知系ペルソナ使いだ」という証言を信じたタカヤの行動によるものだ。
「とにかく人数が減らせればいいから天田くんの証言に関して正誤は気にしてない」みたいな事を言っていた気もする。荒垣くんを助けようと物陰からやり取りを見ていた周もあったのでうろ覚えだが「人数減らしのついでに探知系ならその方がいいな」レベルの思考のようにも思えた。
そりゃあ、10人近くの人間をチドリを抜いた2人で相手取るとなるときついものがあるだろう。減らしたくもなる。自分がストレガの立場なら絶対に闇打ちするか各個誘い出して撃破するだろうし。
そう考えるとタカヤとジンは頑張った方だと思う。命を狙われる側としては堪ったものではないが。
「だからシンジが死ななかった、というわけか」
「変なシャドウは出たらしいけどね。“修正力”みたいなものが働いたんだと思うよ」
だから、イレギュラーシャドウという“代用品”が用意された。
「“修正力”?」
「そう。物事や歴史において、大まかに道筋っていうのは決まってるんだ。たとえ時間を操作しようが過去へ遡ろうが、世界線自体が分岐して確定した『要素』は簡単には覆せない。Aという事象を変えたければ、それに連なるBとCを変えなきゃならなくて、それぞれにそれぞれの因果や別の事象が絡んでくる。それこそ、一番手っ取り早い手段である10年前にあった事故とその原因である“デス”の完成自体を防ごうと思えば俺の生まれる前から様々な要因を取り除いて来なきゃならなくなる。流石にそれは無理だってわかるだろ?」
トントン、と机を人差し指で叩けばなぜか岳羽がバツの悪そうな顔をした。
「まあ、逆を言えばその『要素』の最低限のポイントさえ覚えておけば覆そうとすること自体は簡単だ。それが上手くいくかいかないかは自分の頑張りに左右されるけど。で、“修正力”っていうのはその要素の中でもどうあっても変えられない根幹にかかわる部分を変更されないための力みたいなものって言えばいいか」
俺もそれがどうやって働いているかはよくわかんないんだけど、とつけ足す。
人の生死にも、修正力が働く場合と働かない場合がある。それが、どういう基準なのかは本当にわからない。だが、間違いなく10年前の事件に直接関わっている──否、10年前、事故が起こった施設内にいた人間の生き残りは幾月と武治さん以外許されていない。あの桐条鴻悦ですら、許されていないのだ。
ただそれにも抜け道がある。行方不明だったり別人になり替わる。もしくは記憶喪失になるなりなんなりして、『いなかった』ことにすればその通りではない。
「そして、“修正力”には2種類ある。ひとつは先ほど言ったような『変わってしまった要素の代用』、もうひとつが『
「レッドカード…つまり退場って意味ですか?」
天田くんがハッとした顔で訊いてくるのでニヤリと笑いながら口を開く。
こういう時、聡明で察しがいいのはありがたい。
「ご名答。テレビゲームに例えるけど、定められた行動じゃないことをするぽっと出のNPCはバグそのものだ。最悪、ゲームシステムそのものが破壊されかねない。なら、ゲームの制作者から弾かれてもおかしくはないよな? そして俺はそのバグったNPCってわけ。ちなみにそのルール違反をしたら数日程…早ければ数分で俺か湊か奏子が“
自分の名前だけでなく、湊と奏子の名前が出た瞬間、今度は湊を含めた全員に動揺が走る。
兄の迂闊な言動で命をとられるかもしれないと思うとそりゃあ動揺したくもなるだろう。だからこそ、黙っていたのだ。
「──これが、俺が『ループ』しているという荒唐無稽なことを今まで話してこなかった理由のひとつだ。俺は、話さなかったんじゃない。
「じゃ、じゃあ…大型シャドウのことも…幾月のことも…知っていたのに何も言ってくれなかったのは、そういうことだったの!?」
バツの悪そうな顔をしていた岳羽が耐え切れない、と言った様子で叫んだ。
どうやら岳羽は『岳羽主任の残した修正されていないビデオ』を見たからなのか12体の大型シャドウを倒す前に──幾月が裏切る前に止めてほしかった、という思いを少なからず持っていたらしい。そう思ってしまうのは仕方ない事なので、その気持ちもわかるぞという気持ちを込めてニッコリスマイルを浮かべる。
「大型シャドウについても幾月についても、それらしい事を言ったら俺は幾月に“処分”されてたから。まあそりゃそうだ。かつてのモルモットが己の企みをぜーんぶ知ってて挙句それを暴かれましたなんてあいつには耐えがたい所業だからな。かつて、ちょっと屋久島でビデオの違和感について指摘しただけで俺を溺死させたくらいだ。あの時は海水浴中の不幸な事故ってことで片付けられてそうだけど」
他にもあったが溺死の件は今でもはっきりと思い出せる。
あの時の幾月がしていた余裕のない表情とこちらを見下すような目は
飼い犬に手を噛まれるもとい、モルモットに手を噛まれるのが大っ嫌いなあの
アイギス含め、『自分の物』と判断したものが言う事をきかなければ癇癪を起す子供みたいなやつ。それが自分の知る幾月だった。
「でも、今話して良かったんですか…? 三上先輩の話の通りならこのことを話したら…!」
“ルール違反”とそのペナルティーについて山岸に指摘されたので、説明をした方が良いかと思い立つ。確かに、自分たちが訊いたことによって人が死ぬのは困るだろう。
「それはもう大丈夫。皆の方から気づいたりして話題として出されて話すのは大丈夫っぽいんだ。
なにが、とは言わない。言えない。
「あ、そうだ。『ループ』の“リセットポイント”について話はしたっけ? まだだよね? さっきのルール違反云々に繋がる話なんだけど、俺のループの始まりは4月6日。で、リセット条件がさ、俺か湊か奏子のうち、最低でも誰か一人が死ぬことなんだよね。だからこのことを話すと
どうせ死ぬなら奏子や湊より自分が死んだ方がいいのでどうしようもなくなったら自殺したりしてたが、守り切れなかった周はいくつもある。心底、力がない自分が恨めしかった。
それも過去の話だが。
「そして俺がとあるやつと交わした契約の達成条件はひとつ。湊と奏子が生きた状態で2010年の3月5日の夜を迎えること」
小さく息を吸って、吐き出す。
「
ひゅ、と誰かが息を飲んだような音がした。
「つまるところ、俺はどんな手を使ってでも湊と奏子を生かさなきゃいけない。身勝手な願いのせいでみんなは覚えてないとはいえ同じ1年を延々と繰り返しているしこれ以上時間が進まないのは申し訳ないと思ってる。それに、湊と奏子には俺の勝手なものを押し付けてるともいえるし。まあ、2人の意志を確認しても俺はやめないけどね。…戦えなくとも俺はいまの俺にできることをするだけだよ」
そう言い放った兄に湊は最悪だ、と思った。
優希が語ったことはおおむね、カダスで見たとおりだった。だが、とんでもないところで
恐らく、本人は本当にやりたいだけなのだろう。だからこそたちが悪い。湊や奏子と相性が悪い。こうなった兄は止まらない。こういうところだけ、やけに頑固なのだ。
「私も湊もッ! お兄ちゃんの命と引き換えに救われたくなんかない! そんなことしてもらって、この先…どうやって生きてくの!?」
奏子が立ち上がって表情を険しくして叫んだ。奏子が叫んでいなければ、湊が叫んでいたであろうそれを奏子が代わりに叫んでくれたことに湊は息を吐く。が、同じように表情を険しくする。問題は、優希の返答だ。
「ああごめん、生理的嫌悪については考えてたけど考慮はしてなかった。確かに兄からこんなこと言われたら信じられないしキモいだけだよな…でもなるべくキモくないようにひっそり消えるから安心してほしい」
(やっぱり…)
奏子の叫びの意味もまるで伝わっていない。心配する点が全く違う、と湊は内心で溜息を吐く。
湊と奏子は優希に救われることやその向けられる思いが気持ち悪いから嫌だと言っているわけではない。
「違う」
思わず湊はそう吐き出した。溜息は我慢できても言葉までは我慢できない。どうしてこうも兄はわからずやなのか。どうして、こうも自分に向けられる感情に関してはとことん後ろ向きなネガティブになるのか。
「えっ違う? じゃ、じゃあ今すぐ消えろってことか? わかった。今すぐに寮を出ていくから──」
「違うの!!! 行かないで!」
「え? え? ならどうすれば…」
奏子にまで「違う」と言われ、おろおろとする優希に湊はもう一度溜息を吐く。
家族として愛してくれているのはわかっている。救いたいと思ってくれているのも、それが自己満足なのだと自嘲するのもわかっている。が、それではだめなのだ。
「私の言った『救われたくない』っていうのは、お兄ちゃんの命を犠牲にして救われるのが嫌だって話であって、気持ち悪いからとか迷惑だからとかじゃないの! どうして、なんで…そんなこというの!? 私も湊も、お兄ちゃんに一緒に生きててほしいから嫌なの! お兄ちゃんが死んじゃうこと自体が嫌だってわかってよ!」
駄々をこねる様に「嫌」と連呼する奏子に、優希は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
そして、大きく息を吐いて再び口を開く。
「…言っただろ。俺は、バグったゲームのNPCみたいなものだって。
「そんなこと知らない! お兄ちゃんはちゃんと今、ここにいるでしょ!? ここにいて、私たちの家族で、お兄ちゃんで…特別課外活動部の仲間でいるのに! 消えていい人間でも薄情者でもない!」
恨んでくれとでも言いたげな優希に奏子が言い返すように言葉を否定するが、優希の顔色は優れない。それどころか、合わせていた視線をついに奏子を含む全員から離すように俯いて首を横に振った。
「……、…俺にとっては、今まで繰り返してきた1年で出会った湊と奏子は同じじゃないんだ。みんな、微妙に違う。なら、大切な弟と妹というのは同じであっても俺にとって全員が別の存在と言える。救えなかった、ひとりひとりなんだ。たとえ、時間を巻き戻してなかったことにしても、それは覆らない。無かったことにはならない。俺の中から、なくならない。だから、俺が薄情者に変わりないんだ」
震えた声で吐き出されたそれに奏子はようやく合点がいった。
9月の大型シャドウ戦のあと、優希と言い争いになったあの日。兄が別の何かを見ているように感じた正体がこれだったのだと。
だが、湊と奏子が許すと言っても、他の励ましやどんな言葉をかけようと兄はそれでも自分を責めることをやめないだろう。言葉通り兄にとってはこれまで救えなかった弟妹を全員別の人間だと認識しているのだから。
ここで重要なのは優希が湊や奏子に許しを得たいと思っているわけではなく、優希が優希自身を許さないという感情を持っていることの方だった。
ここまでくると記憶を失ったままの方が兄にとっては幸せだったのではないかという気持ちすら奏子に芽生える。だからこそ、言葉を吐かずにはいられない。
「そ、そんなの…! これまでの私たちだって頼んでないし望んでないよ、きっと!」
「言ったろ、だから自己満足だって」
その短い言葉で、切り捨てられる。
これに関してはただの言葉だけでそうじゃないと否定できるものでもないのだと、改めて奏子は自覚した。どうやっても、優希自身が自分を許せないと終わることがないのだ。
「…俺からも、聞きたいことがあるんだけど」
顔を俯かせたままの優希が、腹の底から発するような低い声で言葉を絞り出した。
「どうして俺が『ループ』してるって思ったんだ」
前髪から覗く目がギラギラと獣の様に輝いている。
返答をひとつでも誤れば、喉元を食いちぎられそうなその獰猛な目つきに全員がたじろいだ。
「そもそも、これが俺の作り話だとは思わないのか?
しかし上げられた顔に浮かんでいるのは獰猛な笑みではなく、一見嘲笑に見える泣きそうな顔だった。
「信じてほしい」「信じて欲しくない」という相反する感情がその表情を作り上げているのがありありと見て取れた。
優希の作り出したそれは、カダスで見たニャルラトホテプの嘲笑に比べて何倍も下手糞だ。
「それは…カダスという場所で…」
「ああ。だから俺はあそこから出て…その結論に至ったのも、全部見たからってことか…」
言い淀んだ美鶴の言葉で全てを察したらしい優希がひとりごちる。
あっさりと受け流した優希に湊と奏子はどこか引っかかりを覚えたが、冷めているといえばいいのか妙にあっさりしているのはこの話し合いを始めてからずっとだ。
湊と奏子に関することだけは感情をにじませていたがそれ以外は冷静過ぎるにもほどがある。
「まさか…先輩はカダスでのことを、覚えてるんですか?」
「いや、覚えてるって訳じゃない。テレビの中へと入ってしまったということと、あそこがどういうとこなのかってのをなんとなく知ってるだけだよ。記憶は…ほとんど無いかな」
「そうですか…」
嘘を言っているようには見えない優希に風花は少しだけ落胆したような声を出した。
もしかすると、同じようなことが再び起こるかもしれない。もしもの時の参考として聞いてみたかったのだが、覚えていないのなら仕方ないと諦める他なかった。
「それだけじゃない」
そこで話を終わらせなかった湊に視線が集まる。
「僕も『ループ』してるから」
「は…?」
優希はまるで惚けたような、なんだそれといわんばかりの顔をした。
「最初は転寮の日に優希が駅まで迎えに来てくれた。そして影時間になって寮に向かう途中で、最初の大型シャドウに襲われて、優希は僕と奏子を逃がす為に囮になって死んだ」
「は…? え…? まってくれ、どういう…ことだ…?」
わなわなと、また口を震わせながら顔を青くした優希は信じられないものを見るような目で湊を見つめた。
「2回目は10月の大型シャドウ戦の時に荒垣先輩を庇ってタカヤに撃たれて死んだ。3回目は、天文台で幾月に殺された。4回目は体調が悪かった奏子と奇襲を受けた僕を庇って死んだ。5回目はコロマルがイレギュラーシャドウに襲われた日、たぶん、コロマルを助けようとして、そのまま…僕や真田先輩達が駆けつけた時には大怪我をしたコロマルを庇うようにして死んでた」
羅列される己の死因に何を思ったのか、優希は黙り込んでいる。その横で、コロマルが鼻を鳴らして吠えた。
「クゥーン…ワンワン!」
「コロマルさんが、『あの時誰も来なかったら死ぬ可能性は大いにあった』と言っているであります。湊さんがおっしゃったことと優希さんのこれまでの行動を考えれば、いずれも有り得ないこととは言い難いかと」
それをアイギスが翻訳すれば、観念したような表情で優希は口を開く。
「ひとつ。確実にルール違反として俺自身が殺される条件がある。それが、『転寮の日、湊と奏子を駅まで迎えに行く』こと……なんで満月の日じゃないのに大型シャドウに襲われたのか、わからないけど…湊の言っていることは…冗談でも…なんでも……ない…?」
そして、頭を抱える。
湊はどうして優希がこんなに狼狽えるのかよく分からなかった。ループしているのなら、記憶があるはずだ。なら、こんなに狼狽える必要はないのではないか。
その狼狽えようがどうも不安で、念を押すように追撃の言葉を発した。
「僕が面白くもないこんな不快になるだけの冗談言うと思う?」
「ああそうだよ…クソッ…わかってる! 湊と奏子がそういうタチの悪い嘘はつかないってことくらい! わかってるさ! けど…」
ガシガシと頭を掻き毟ったあと「俺は知らないんだ」と小さく優希は呟いた。
知らない。
その言葉を湊が脳内で反芻し、理解するまで数秒ほどを要した。
「知ら…ない?」
やっと吐き出せた言葉は同じく優希の言葉を繰り返しただけの陳腐なもの。
湊のその問いに、優希は小さく頷いた。
「俺は、湊が言ったような死因で死んだ記憶が無い。本当に、知らないんだ。俺が何も知らない俺で『周回している』という認識のないまま歩んだ1年が何回もあることになる。でもそうなると湊が見たっていう俺の行動がおかしいんだ。記憶が無ければ10月の大型シャドウ戦で荒垣くんがタカヤに撃たれて死ぬこともわからない。7月にコロマルを助けようとすることもできるはずがない。だって、知らないからね」
優希は視線を下げ、人差し指を唇に当てて考え込む。
湊からすればその発言は衝撃的以外の何物でもない。湊は優希がループしていると判明してから、ずっと優希が分かっていてそういう行動をしたと思っていたのだ。
しかし蓋を開けてみればそうではないという。
「うーん、湊が『ループ』していると信じるにしてもなんでそうなってるのかの判断材料が足りないな…」
情報が欲し気な、乞うような視線を向けられて今度は湊が観念したような表情になる。
いずれは言わないといけない事であるし、優希以外の全員にはもう知られてしまっている。
「僕が『ループ』する条件は、2010年の3月5日に眠りにつくこと。『ループ』から抜け出す方法は…わからない、けど僕が繰り返した8回全てで優希は2月1日を迎える事が出来てない。全部死んでる。だから、9回目に僕は…優希が死ぬのはダメだって思って時間を巻き戻した」
「湊が…巻き戻した…? 湊にはそんなこと出来ないはず…」
「優希は、僕と奏子を救えば終わりだって言ったよね? それは成功しかけてたんだ。でも、僕が止めた。無意識に時間を巻き戻してしまった」
直接言わないでも分かってほしかった。
湊は今この時点でニュクスの封印をすれば死ぬことになる、と皆に知られたくは無かったからだ。
そうやって湊がじっと優希の目を逸らさず見ていれば、一瞬眉を顰めてから納得したように目を見開いた。
「成功しかけてた…? ああそうか…アレなら……いやでも、それなら…湊、そのとき俺が使った“アルカナ”はなんだったかわかるか?」
完全に現在の思考の方に集中しているのか、湊が阻止したというのに特に怒りも落胆もしていない様子の優希に訊かれて思い返す。
あの時優希が携えていたカードの絵柄はこれまでに見た事ないものだった。だが、数字は覚えている。
「…“
「“世界”?
「うん」
「なら
確かめるように訊いてきた険しい顔の優希に頷けば、納得したように苦笑いを浮かべられる。何に納得しているのかも知らない。
しかし何故優希が“宇宙”のアルカナについて知っているのかという事に関してもどこかの周回で知ったのだろうと納得できてしまっていることにまず湊は驚いた。
慣れにしても早い。が、どうでもいいかとそれを流して口を開きかけた湊を順平が遮る。
「ちょい待ち! なんか勝手にセンパイが納得してるけど、さっきから二人にしかわかんねーよ―なことばっか話してないでセンパイも湊もオレらにわかるように話してくれって! 置いてきぼりジャン!」
「ごめんごめん。でも、ちょっとした確認だったから特に関係はないよ。大丈夫」
苦笑いのまま、困ったように順平に謝罪した優希は湊が願った通りこのことを話す気はなさそうだった。
もしかしたら、意志を汲んでくれていたのかもしれない。
「順平や俺らに対する答えになっちゃいねえ。どうしても言えねえことか?」
「んー…そうだなあ…説明するほどでもないっていうか。どうでもいいことに成り果てちゃったというか。晩御飯の確認以下のものだったから気にしなくていいよ」
優希の中では湊がどうやって時間を巻き戻したのかを知るのはその程度のことだったらしい。それは既に優希の中では湊が時間を巻き戻したのは“どうでもいい”ことだとして処理されていることを意味していた。
「ああそうそう、それで話を戻すんだけど。俺が『ループ』してるって確かめてどうしたいの?」
ニッコリと、今度は苦笑ではなく綺麗な笑みを浮かべた優希が全員を問いただす。
「え…いや、そこから先は…なにも……、…伊織はどうだ?」
困ったような顔をした美鶴から、順平にキラーパスが投げられた。が、唐突に話を振られても答えられるわけがなく順平もおろおろと狼狽えてしまう。
「え!? オレ!? いやいや、オレっちだってなんも考えてねーですよ!? ほ、ホラゆかりッチはセンパイに何か言いたいこと、あンじゃネーノ!?」
「はあ!? や、な…ない…けど……もう! ないです!」
全員が顔を見合わせた。
ループしてるのか否かを確かめるつもりではいたが、その先のことを何も考えていなかったのだ。話し合いがこんなにスムーズに行くとも思っていなければ、優希がスラスラと情報を出してくれるとも思っていなかった。もっと、いつものことを考えれば誰かが感情を爆発させてごちゃごちゃとした言い合いに発展するように思えたのだ。
そんな挙動不審の面子を見た優希は思わず吹き出してしまう。
「ぷ、あはは…! うーん、じゃあさ。たぶんだけど皆は“ヒュプノス”からふたつの選択肢を示されてない?」
ぴ、と二本の指を立てた優希に風花が「あっ」と声を出した。
“ヒュプノス”と言えばあの日十字架に縛りつけられていた全員を降ろしてくれたペルソナ──否、シャドウだったのではないか、と。となるとヒュプノスに示された選択肢といえば到底覚えがないなどとは言えなかった。
「逃げずに滅びに立ち向かうか、影時間に関する記憶を消して滅びを待つか、でしたっけ」
「そう、それ。バタバタしてたのと俺が迷惑かけてたのもあってロクに話し合いもできてないんじゃないかと思ってさ。俺としては、皆がどちらの選択をしようがそれに従うだけだよ」
ニコニコと笑みを浮かべたまま優希は風花の言葉に頷き、己の意見を述べた。
が、その日和見のような芯のない意見にゆかりが思わず食いつく。
「ソレって、先輩の目的と矛盾してません? だって、有里くんと奏子ちゃんが生き残ることが先輩の目的なんですよね? なら、滅びに立ち向かうって選択をしてくれたほうが良いんじゃないですか?」
そんなゆかりに対し、優希はぽりぽりと困ったように頭の後ろをかいた。
実際、湊と奏子に否定されても「やめない」と言い放ったにもかかわらず、そんな日和見な意見を発した優希は矛盾している。確実に救うにはゆかりの言うように滅びに立ち向かうという選択をしてもらった方がいいはずだ。むしろ、強制的にそちらへと持っていってもおかしくは無い。だが優希はそれを肯定しつつもやんわりと否定した。
「そうなんだけどね。俺は本当にどちらでも構わないんだ。だって俺には誰かの選択を止める権利はないし…あっ、いまテキトー言ってるだろって思ってないよね?」
「思ってませんよ! でも私もまだ決めてなくて…突然あんなこと言われて、どうしろって言うんだろって、そればかり考えて…」
「まあそうだよね。だって、みんなに世界の命運はかかってる。それこそ、大型シャドウなんかメじゃないくらいの奴を相手にするんだ。緊張も、葛藤も、恐怖も、不安も。全部全部乗っけたフルコースみたいなもんだよね」
自信なさげに、それでいて困ったように笑う優希の口ぶりは酷く他人事だ。心配しているという事は伝わるが当事者意識が薄い。
「随分と他人事だな」
「まさか! 他人事なんかじゃないよ。今からでもタルタロスの探索についていきたいくらいだ! 思い出した分、使えるペルソナがないだけで考えは浮かぶのに出来ないことが多すぎてさ…」
言われてみればそうだった、と指摘した明彦は納得した。
戦えないのならばそれは蚊帳の外に近い。なら他人事のように聞こえる言動でも納得できる。しかしそれでも我慢できないのかうずうずとしている優希をぴしゃりと天田が窘める。
「あ、ダメですよペルソナがないのに戦おうとするのは!」
「わかってる。皆が探索に行くことになっても、俺はちゃんとここで待ってるよ。お荷物になるなんて御免だし」
はあー、と深い溜息を吐いた優希はその後恥ずかしそうに頬を掻いた。「無茶をするな」と口酸っぱく言われているのがようやく伝わったのかどうなのかはわからないが、無理やりついていくような意志は見られなかったのだけが幸いだった。
「だが、私たちはまだ何も決まりきっていない。毎度毎度、土壇場にならないと決められない、というのはなんともな…」
「それも大事っスけど、やっぱ修学旅行が終わってからっつーか? 考えるならそっからがいいっていうか!」
美鶴の言葉に被せる様に順平が割り込み、調子のいい言葉を吐く。確かに修学旅行は目と鼻の先だ。楽しみにするのも仕方がないと言える。この二択を選べと言われて既に決めているのは未だ優希と湊くらいだ。片方は『できれば』がつくが。
「順平、そう言って宿題最後まで残すタイプだよね…私も言えないけど!」
「うっ」
いつも一緒にはしゃぐ立場である奏子にまで苦言を呈され、思わず順平は呻いた。
まさに痛いところを突かれたような表情だ。
「言われてる日まで皆さんの修学旅行が終わったらあっという間ですけどね。あ、お土産は無理のない範囲でお願いしますね!」
「うぐぐ。天田少年はちゃっかりしちゃってサ~」
「わっ、やめてくださいよ!」
うりうりと天田の額を順平が突けば、天田はそれから逃げる様に荒垣の後ろに隠れる。
「荒垣サンの後ろに隠れるとかずりー!」
「いや、ズルくはねえだろ…」
話が脱線してしまっている。が、誰もそれを指摘することなく自然と話し合いではなくいつもの世間話にシフトしていく。
いつのまにかテレビがつけられ、テレビの話題に移れば話し合いが終わったと言わんばかりに皆は部屋に帰るなりなんなりし始めた。
がやがやと騒がしくも明るくなり始めたラウンジで、それを機と見た美鶴は口を開く。
「三上、もう少しだけ良いだろうか」
美鶴のその言葉を聞いてぱちくりと目を瞬かせた後、優希は僅かに笑みを浮かべた。
「いいよ」
誘われるまま、美鶴さんについていけばそのまま部屋に迎えられて美鶴さんの部屋に入ることになってしまった。
(良い香りがする、なんて言ったら間違いなく変態だよな…処刑されそう)
女の子の部屋に入るのは慣れていないのでドキドキすることこの上ない。しかも、美鶴さんの部屋である。
例外は奏子の部屋だが基本的には入らないようにしているしむしろ奏子がこっちの部屋に突撃してくるくらいだ。
もじもじと豪華な椅子に座っていれば、同じく対面に座った美鶴さんが口を開く。
「先ほどは…話しづらい事を聞いてしまって、すまない。いくら異界で見たからと言って人の秘密のようなものを暴くというのは許されないだろう」
「いや、いいんだ。確かに、思うところがないとは言わないよ。でも…そうだな、ホントにもういいんだ。知られてしまったことも、訊かれることも」
それは謝罪だった。
謝罪されるほどではないので笑いかけてみても美鶴さんの表情は明るくなるどころか暗くなってしまった。
もういい、と言うのは本心だ。少し前の自分なら何故見てしまったんだと憤ってリセットしても仕方ないところだったが、そんなものは誤差と言えるものになってしまったので本当にどうでもいい。
知られたところで何の問題もない、と思う。皆の精神衛生は考えてないけど。
「恨んで、いないのか」
小さく、吐き出された言葉は予想してなかったとは言えないが、美鶴さんにいま言われるとは思わなかったものだ。
「恨む? なにを?」
「桐条と私をだ。きみは、私たちのせいで──」
「ごめんストップ。わかったから、それ以上言わないでいい」
それは、美鶴さんが言うべき言葉じゃない。
自分から訊いたことではあるが、そこから先を聞きたいわけではない。
そう訊かれれば、答えはひとつだ。
「──恨んでないよ」
「だがっ!」
「恨んでない。美鶴さんこそ、俺のせいで叔母さんを──千鶴さんを失ってる。俺のことを恨んだっておかしくないだろ?」
自分に関わらなければ、少なくとも千鶴さんは幾月に殺されたりしなかった。
爆発事故で死ぬか、拳銃で撃たれて死ぬかの二択になるかもしれないが、それでも、もしかすると何かのボタンの掛け違いであの日事故現場にいることはなかったかもしれない。
確実に、俺に関わったせいで千鶴さんは死んだ。俺が原因と言っても過言ではないのだ。
しかし、美鶴さんは緩く首を横に振った。
「私は…そのことを加味しても三上の事を恨むことは無い。きみは、どこまでいっても被害者だ」
「ちがうよ、俺は加害者の側だ。だって、世界を救えてたかもしれないのに自分の思い通りにならなかったからって時間を巻き戻し続けている。美鶴さんのお父さんを助けられるかもしれなかったのに、変わることを恐れて見殺しにした時だって何度もある。今回武治さんが無事だったのはたまたまだよ」
どこまでいってもたまたまだ。むしろ、見殺しにするのは故意にできる。
だからこそ、自分は加害者側なのだ。救えるはずの人間を救わなかったのだから。
「…そうだろうか」
それでも美鶴さんの顔は納得がいっていないようだった。
「現実に、いまお父様は生きている。なら、重要なのはそこではないのか…?」
「え、あ…うーん、そうかも…?」
言われて、考える。確かに美鶴さんからすれば『前回』も『前々回』も『その前』も、関係ないことかもしれない。
知らないし、体験をしていないのだ。なら、見殺しにしたと言われても実感はないに等しいのではないのだろうか。
「私は…思うんだが、三上がこれまで経験してきたことは確かに大事だろう。蔑ろにしたくないと思う気持ちも、完全に理解できているとは言えないが尊重したいという気持ちはある。だが、私たちにとっては『今』しかないんだ。だから、きみへの気持ちも…その、『今』の私たちの物だ。はっきりと言うならば、私たちの知らない、
すり、と目の前に座る美鶴さんが己の手を撫でた。
その姿が優雅かつ妙に艶めかしくて、「好みではない」と言われたことも忘れて思わず顔を逸らしてしまう。
「そうだな…面白くない、というのかもしれないな。私は──きみの中にいる『今』の私ではない私に“嫉妬”している」
「目を逸らさずにこちらを向いてくれ。私は、ここにいる」
対面から手が伸びてきて、くい、と軽い力で美鶴さんの方へと顔が向けられた。
抵抗しようとすればできる、ほんの軽い力だ。だが、先ほどとは違い視線が美鶴さんから離れない。
「恨んでいない、と言ってくれた事は嬉しい。救いともいえるかもしれない。私は、ずっとそれだけが気がかりだった」
美鶴さんの瞳は、潤んでいた。
泣きそうなその顔に、思わず口開いて言葉を発してしまう。
「あのさ、なら、もうこのことは白紙にしない? 桐条でも、その被害者でもなく、俺はただの三上優希で、美鶴さんの友だちで──美鶴さんもただの桐条美鶴っていう、か、可愛い…女の子でさ。だから、だから…」
羞恥で顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら情けなく言葉に詰まる自分の目の前で、美鶴さんが泣きそうな笑顔で首を横に振る。
「いいや、それではだめだ。だめなんだ」
もしかしたら、友だちと言う関係も白紙にしたいという事なのだろうか。
もしそうなら先ほどの自分はピエロにもほどがある。これからも以前と変わらない関係を続けていこうにも、傲慢がすぎると言うものだった。
それもそうだ。美鶴さん個人が恨んでいなくとも、『ループ』していると周回について知ってしまったら気まずいにも程がある。付き合いを控えたいと思うのも無理はないだろう。
期待していた自分がバカだった。そんなプラスな感情を向けて貰えるわけがなかった。
美鶴さんが口を開こうとする。
ああ──きっと今からあの口から綺麗な声で死刑宣告がなされるのだ。もう終わりだ。
いや、終わりなのも仕方のない事だ。いい頃合いじゃないか。何を落ち込んでいるのか。
「好きだ。三上」
その言葉に