神話覚醒(5/9~5/13)
5/9(土) 深夜
ぱちり。
目を覚ます。
また薬品の匂いが鼻に入り、白い天井とも相まって結局あの後雑魚シャドウを蹴散らしてぶっ倒れたのかと自覚する。
流石に二回連続ぶっ倒れるのは勘弁してほしい。無茶したのは自分だけれども、倒れるほどの無茶でもなかっただろうと内心むくれる。
怪我をした左腕には包帯が巻かれていて、治療をちゃんと受けられたようでそこは安心した。
痛みはあまりないが動かすには少し厳しい。左手は痺れたように力が入りづらく、指を曲げたり力を入れようとすると軽く震える。そもそも握りこぶしが作れない。
(駄目か…)
一応、傷薬をぶっかけていたので何とかなるだろうと思っていたのに、本当に焼け石に水程度の効果だったようだ。
まあ痛みが取れただけでも万々歳といったところか。贅沢をいってはいけないと己を戒め簡易ベッドから起き上がる。ここは救急の治療室だろうか。
なんて考えてみるがそれはそうだ。深夜にやっている病院の窓口なんてそこしかない。
「あ、起きてる」
区切りとなっている白いカーテンを開けて、湊が顔を出す。
手には小さな白い紙袋。
「あのさ。優希、上着のポケットに入ってたこれがなにか…わかる?」
持ち上げて見せたそれは、もし外出中に不整脈が起こった時にさっと飲もうとしていた予備の薬だ。
冷や汗が流れる。
「えっと、薬…」
「うん、薬だよね。でもそんなことみたら分かる。僕は、これが、何の薬かって聞いてるの」
ずい、と迫ってくる湊。正直言って真顔で見つめられるのは怖い。というか若干怒ってるような気がする。
「い…いざというときの痛み止め…みたいな…?」
「嘘。そんなものじゃないよね」
訂正。若干どころではなさそうだ。
そしてソレが何か湊は知っている。しどろもどろに言い訳を言ってみたけど通用していない。
知ったうえで、自分の口から白状しろ、ということなのだろう。
随分と手厳しい。
「ふ…不整脈の…えと、心臓の病気の薬…です」
「そうだね。そう聞いた」
やっぱりバレてる。
「………ねえ、どうして黙ってたの」
顔を顰めた湊がベッドの脇に添えられたパイプ椅子に座る。
どうして、どうして…と言われれば。黙っていた理由はだいたい一つか二つ。
「大したことないかな…と…」
「大したことない!?」
「ひぇっ」
勢いよく椅子から立ち上がる湊にのけぞる。
そして立ち上がった湊はぐわし、と両肩を掴んできた。
「ねえ、本当にそうだって思ってるの…!? 二回も倒れて、最初の時なんて、心臓が…止まってて…このまま息を吹き返さないかもって…」
「えっ」
なんだそれ。目を覚まさないかも、は聞いたがそっちは初耳なんですが。
死にかけてた、というか一瞬? 数分? 死んでたのか自分…
周回のリセットがかからなくて良かったと胸をなでおろす。
「僕たちは病院についたときに倒れたから…奏子なんて目が覚めた時にパニックになったんだよ。『お兄ちゃんが死んじゃう! ベッドから出して!』って叫んで…」
「……」
それも初耳だし、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
縮こまることしかできない。
「生きててよかった…って、目が覚めてよかったって僕たちは思ったのに優希はなんでそんな大事なこと隠すんだ! 自分の命を、大したことないだなんていうの!」
今まで見たこともないくらい、ぐちゃぐちゃになった感情を露わにした湊がぽろぽろと涙を流す。
右腕を伸ばして湊の頭を抱え、抱き寄せる。
「ごめん」
「ごめんは…要らない…! 僕らは“ごめん”も、“さよなら”も聞き飽きた! 死なないで…! ひとりでどこかに行こうとしないで…!」
それは、無理だ。
湊を、奏子を救うには。俺が一人でニュクスを、『死』を封印しなければならない。
誰も手の届かない、遠い遠い場所で。
それが正解なのだと、前回で気が付いたのだ。
その先にたとえ死が待ち構えていようとも、自分は独りでやらなくてはいけない。
だから、約束はできない。
「…………優希はズルい」
「…うん、ごめんね」
「……」
ぽんぽんと背中を優しく叩けば湊はぐりぐりと頭を押し付けてくる。
こんなことで気が紛れるとも、ごまかせるとも思ってはいない。けれど、慰めることぐらいは赦してほしい。
「……これ…」
数分ほど無言で慰めて、泣き腫らしながらも少し離れた湊は、ポケットから召喚器を取り出した。
「優希が落としてたやつ。ちゃんと拾っておいたから」
「…ありがとう」
いつの間に落としたのだろうか。
倒れたときに落としたのだろうか。手に持っていて、シャドウを倒した際に気絶してそのまま?
多分きっとそうなのかもしれない、と思いながら受け取る。
「“ポベートール”」
息をのむ。湊の口から放たれたのは、湊が知るはずのない自分のペルソナの名前。
「どうして、って顔してる。ねぇ──」
「優希は何を隠してるの」
何を、抱えているの。
その問いにも、答えることはできなかった。
喉が乾く。ぐるぐると視界が回る。
「……それは…」
全て話してしまえ、ともう一人の自分が囁く。優しい弟にすべてをゆだねてしまえばいい、と。
駄目だ。そんなこと、と頭のわずかに残る冷静な部分が告げる。
信じてもらえるはずがない。1月に死を封印した二人が3月には死んでしまう、だなんてこと。
それに、今度こそ最後まで一人でやると決めたのだ。
「い…えない…」
必死に声を絞り出す。
「今は、言えない」
歯を食いしばる。
それは今、言うべきではない。ただ代わりに──
「だけど、言えるときになったら…ちゃんというから。だから待っててほしい」
嘘を吐いた。
それはそれは、大きな嘘を。
それを伝えるときは恐らく来ない。
罪悪感が胸を支配し、ちくりとあるはずのない痛みが襲う。
我ながら酷すぎる。弟の慈悲を、最後のチャンスかもしれないそれを、自ら手放したのだから。
皆まで言わずとも、少しでも言えばきっと湊は協力してくれる。奏子だって信じてくれる。
でも、それではいけない。
だって、何度も何度も繰り返した中で全てを話した瞬間、立て続けに自分か湊もしくは奏子が死に、そこでその周は終わってしまったのだから。
この周で終わらせるためにも、言うわけにはいかないのだ。
「…わかった」
納得していない顔で納得したような言葉を吐きだした湊は目を閉じてパイプ椅子に座った。
騙す形になって本当に申し訳ない。でも、湊と奏子にとっても、そのほうが良いと思うのだ。
これは、しらなくていいことだから。
5/10(日) 夜
「と、いう事で俺はしばらく…長くて一カ月ほど戦線に復帰できないから。湊、奏子、臨時の現場リーダーよろしくね」
「はーい!」
「…うん」
「あまり無理せず、昨日俺が言ったことは忘れて二人は二人のやり方でリーダーをやるんだよ」
夜にリーダーの交代を伝えるとそれぞれの返事が返ってくる。
結局、一日たってもうまく左腕が動かないので「戦闘に参加するのは禁止」と美鶴さんからお達しが出た。
代わりに、真田くんが復帰する予定らしいので少し間があるが入れ替わりになる点は安心だ。
あまり役に立っていない自分が抜けたところで大したことにはならないだろうとは思うがそれでも心配なものは心配だ。
「それとこれとは別にもうすぐ試験があるし、わからないところがあればいつでも訊きに来ていいからね」
こちらだけ探索が休みのようなものなのはやはり申し訳ないので学業の面だけでも力になりたい。
自己責任なのでそれはなおさら。
「やったー! 頼りにしてるね、お兄ちゃん!」
「奏子…ギリギリまでサボって順平と一緒に優希に頼ろうとしてもダメだよ」
「うぐっ、そ、そんなことしないもん!」
「はは…まあ普段の勉強も頑張って、ね…」
苦笑いする。奏子は夏休みの宿題を最後に残すタイプだ。一応、毎回毎回岳羽たちとちゃんとやっているようには見えるから大丈夫だとは思うが夏休みは気を付けておいてあげようと頭の隅にメモをしておく。
ちなみに、病気の事は湊以外には話していない。もちろん、奏子にも。
これも「言うべき時に言うから」と湊の口に蓋をしたのだ。
「優希も無茶しないでよ」
「そうだよお兄ちゃん! この前みたいな無茶はしちゃ駄目だからね! 痛いときはちゃんということ! 重い荷物は持たないこと!」
「分かってる」
「ほんとかなー」
困ったように湊と奏子で顔を見合わせられるとこちらとしても何とも情けないものが込み上げてくる。
自分で言うのもなんだが信用されていない。そりゃそうだ。信用に足る行いをしていないのだから。
5/13(水) 放課後
学校も終わり、放課後になったのでモコイさんと二人でぶらぶらする。
カバンを担いでいるのは右肩なので怪我をしたのが左腕で本当によかったと思う。
「チミも災難っスね」
「自業自得だから仕方ないよ」
今日はポロニアンモールで珈琲でも飲もうか、とモコイさんに告げて歩き出す。
そして着いた自分とモコイさんを待ち受けていたものとは──
「占めて100万円からスタートでございます」
「エリザベス…ちが…」
「分かりました。これは手を洗うところでしょう?」
「違うからね!? まだ正解に近いベスの説明聞いてた!?」
噴水に、コインが滝のように落ちていく。
噴水の横には湊と奏子。そして青い姉弟。エリザベスとテオドアだ。
時期が遅い気がするがポロニアンモールの案内でもしているのだろうか。
……みなかったことにしよう。
彼女らにかかわるとロクなことにならない。
散々振り回されてポイがオチだ。湊と奏子には悪いがここでじゃじゃ馬の犠牲になってもらうしかない。南無三
「あら、貴方…随分と面白いものを連れているのね」
心の中で合唱して離れようとした瞬間、声を掛けられ反射的に振り向く。
金糸のような髪に青い服の女性が立っていた。彼女はどこからどう見ても…
(あっ
ベルベットルームにいる、イゴールの従者たるマーガレットがそこに立っていた。ちなみにそこの
見た目はThe・大人の女性といった感じだがヤバいのはその
まあその『強いイケメン大好き』というのも繰り返しの中でエリザベスとテオドアから聞いただけであり、自分はその時「ああそう…」とほぼほぼ無関心に聞き流しただけだったのであまり実感はない。そもそもベルベットルームの人たちと関わり合いたくなかったというのが大きいが。
「ふふ、そう緊張しないで頂戴。今すぐ何かしようというわけじゃないわ」
「それに、手負いの獣と弱小悪魔を狩る趣味はないもの」とギラギラした目で告げたマーガレットに思わずモコイさんの乗ったカバンを右腕で抱きしめて後ずさる。
──この人、ナチュラルにこちらを獣呼ばわりしたどころかモコイさんの事が見えている。
というかなんでここにいるんだ。どうして自分なんかに話しかけてきたんだ。と混乱する。
そもそも、こちらのことを「いくら打っても響かないお方」と言ったのはこのマーガレットだ。
色々むちゃくちゃ言ってるのは何となくわかるし、三人の従者の中で一番苦手な存在ともいえる。それならまだ噴水に100万円分の500円硬貨をぶちまけていたエリザベスの方が話が通じるような気がした。
「そういえば、貴方…その様子だとまだ気づいてないのね」
こちらの頭の上からつま先までをさっと見下ろしたマーガレットが聞いてくる。
気づくも何も主語がないとわからない。
「な、なにを…?」
「いいえ。気づいていないのならいいわ。今はまだ、知るべき定めではないもの、ね? 貴方が越えるべき試練に直面したときまた会いましょう」
勘弁してくれ。
これ以上あの青い部屋の住人とは関わり合いになりたくないのだ。面倒だし疲れるし厄介ごとを運んでくるしこちらに利益があまりない。
マーガレットの口ぶりからするとまた会いに来るかこちらが無理やり呼ばれるかのどちらかだ。
自分に何か用でもあるのだろうか。1人だけ“客”が居なくて暇とか…?
そんなはずないか。と華麗に去っていくマーガレットの後ろ姿を見つめる。
「何なんスかあのベッピンレディーは。チミのガールなフレンド?」
「断じてそれは無い。そもそもタイプでもない。とにかくやばい人、かな…興味はなさそうだったけど一応モコイさんは見られてるし気を付けてね…」
そもそもタイプでもない。と断言した瞬間、悪寒のようなものがした気がしたけど無視することにした。
気のせいのはず…たぶん…
結局、
酷く疲れた気になってとぼとぼと歩いて帰る。
初めに襲われた時以来、悪魔に襲われていなかったのもあり大分気が抜けていたのだろう。
自分は、“誘われている”ことに気が付かなかった。
「チョイマチ、チミ! 道間違ってるっスよ!」
「えっ…あ、ほんとだ。いつもはこっち通らないのに…」
モコイさんの指摘にはた、と足を止める。
いつもなら通らない道。薄暗いそこは夕方という事もありかなりじめっとした生暖かい風を噴出している。
「スグ帰るっスよ。ここは少し“マガツヒ”の流れが濃いからネ」
「“マガツヒ”?」
足を止めて首を傾げる。
初めて聞く単語だ。
「“マガツヒ”はボクら悪魔のエネルギー源っスね。他にもマグネタイトとか赤玉とか色々あるっスけど、コレ。ゴハンみたいなものだと覚えといてネ」
「へぇ…」
「こうして澱んでるとこはとっても濃くて、デリシャスで、悪魔も寄ってきやすいのね。つまりとってもデンジャー」
再び息をのむ間もなく、踵を返す。そんな危険なところに万全の状態ならいざ知らず、怪我をしている今、要はない。
「じゃあ早く戻らないと」
「あ~…ダメだね、もう“巣”に入ってる。誘いこまれちゃった、ネ」
「ごめん…」
振り返れば、いつもの道は消え失せ、タルタロス内部のような迷路に迷い込んでいた。
そして奥から獣のような唸り声が聞こえる。この前見たガキとはまた違う悪魔なのだろうか。
「どうすれば出られる?」
「“巣の主”を倒せば、いけるんじゃないカナ」
「主か…」
思案する。
一応ナイフを持ってきてはいるが片腕が使えない。ペルソナも使えるかどうかわからないこの状況で、たとえモコイさんがいるとしても巣の主を倒して抜け出せるのだろうか。
「まあイケてるボクとチミにかかればスグだよスグ」
ひょいとバッグから降りたモコイさんが得意げに手に持ったブーメランを振り上げる。
頼もしい限りだが、おんぶにだっこは嫌なのでナイフを取り出していつでも応戦できるようにしておく。
迷路状になった道を進む。
空気中に、赤いおたまじゃくしのようなものが流れていることに首を傾げながらも警戒は怠らない。
ぞわり、と肌が泡立った瞬間、曲がり角から影がとびだしてきた。
「グルルッ! ニンゲン! ウマソウ! オレサマ、マルカジリィィイッ!」
二つの頭を持つ獅子──あれは湊のペルソナで見たことがある。“オルトロス”だ。
火炎は効かなかったはずだが、物理攻撃に対する耐性は特に持っていないと思うので飛びかかってきたところを横に避けて切りつける。
シャドウとは違う、肉を切る感覚に顔を顰めた。
「ギャウ!」
「【ジオ】、いくっスよ!」
モコイさんがジオを放つ。
それが直撃し、痺れたように地に伏せるオルトロスを見たモコイさんは『ニヤリ…』と笑ったような気がした。
「もう一発っス!」
先ほどよりも大きな、威力の高いジオを浴びたオルトロスは断末魔を上げる暇なく赤い粒子となって消えていった。
とりあえず一匹目は何とかなったようだ。
息を吐く。
「この調子でドンドン進むっスよ」
その後は危なげながらもここにいる悪魔自体はモコイさんの敵ではないらしく、モコイさんの言葉通りにドンドン進む。
三体の悪魔に囲まれたときはどうなるかと思ったが、モコイさんの『マハジオ』で何とかなった。電撃耐性や無効をもつ悪魔が居なくてよかった、と内心胸を撫でおろす。
しかし今のところモコイさんのジオ頼りになっているのもダメな気がする。ジェムを持っていれば放り投げるだけで魔法攻撃を使えて便利だったのだが生憎とそれらをタルタロスで発掘する前なので手持ちが一つもない。
「モコイさん、頼りきりになるけどごめんね」
「ノープロブレム!」
きびきびと腕を上げたモコイさんに微笑む。
自分もモコイさんも軽い切り傷や擦り傷は出来ているが直撃はほとんどしていない。
「この奥、マガツヒがより濃いっスよ。オオモノの予感!」
「巣の主が居るのかな…気を引き締めていこう」
一歩、足を踏み出す。
──バササッ!
「ニンゲン! ジブンカラ、エサニナリニキタカ!」
獅子の頭に青い鳥の身体。
翼を使い、器用に飛ぶそいつの名前を自分は知らない。
「アンズーは聞いてないっスよ…マズマズさんだネ…」
モコイさんが今までとは違う、真剣な声色で下がる。
「チミ、逃げるっスよ!」
「えっ」
「こいつはヤバすぎるっス! シビシビが効かないやつで、チミとモコイさんの手には負えな…ぎゃっ!」
シビシビ…【ジオ】の事か?と言う暇もなく、モコイさんが横に吹っ飛んだ。
「ゲキャキャキャキャ! ジャマダ!」
「モコイさん!」
モコイさんが何度も跳ね、遠くに転がる。アンズーとやらに蹴られたのだ。
ぴくりとも動けないようだが消えてはいないので死んでしまったわけではなさそうだ。隙をみて抱えて逃げないと。
「サテ、臓物ヲヒキズリダゾウカ! ソレトモソノ目玉ヲ喰ラオウカ!」
不味い。
モコイさんに興味をなくしたのは運がよかったが、こいつは意思をもって自分を甚振り殺すつもりだ。
じりじりと距離を詰められる。こんなところで死ぬわけには行けない。
(せめてペルソナが使えれば…!)
片手で銃を使うとナイフを手放してしまうため、召喚器で召喚を試すことはまだしていない。
気を抜けば今にも食いつかれそうで、一瞬でも隙を見せたくはなかった。
片腕さえ使えればこんなに緊張せずとも済んだのに、と周回を始めてすぐのころのタルタロス探索を思い出す。
あの頃は、特別課外活動部の皆の事がよくわからず、寮暮らしだったりそうじゃなかったこともあって1人だけで手探りしながら登っていたのだ。そこから鉢合わせして入寮したり、敵と間違われたり、ストレガに誘われたり、エトセトラエトセトラ…
(随分と懐かしいな…あれ…そういえば)
最近は特別課外活動部に入部してからタルタロスに登っていたので忘れていたが、召喚器なしでもペルソナを召喚できる事を忘れていた。
“召喚器が無いと召喚できないもの”だと思っていたが焦った時やヤバい時は勝手に出していたじゃないか、と今更ながらに思い出す。
そもそも、聞いた話ではペルソナ使いは基本的に召喚する際は銃を使わない、のだとか。特別課外活動部の面々が特別なのだ、とか。
この話は誰から聞いたんだっけか。そもそもペルソナ使いがほかにいるってなんだっけ。忘れてしまったけどそんな話を聞いた覚えがある気がする。
(それなら、もしかすれば、ここでも…)
できるかもしれない。
そう自覚した瞬間、力が湧いてくる。
──さあ、私を早く呼んで…
声がする。今か今かとその時をそれは待っていた。
モルぺウスでも、ポベートールでも無いそれが。
脳裏で記憶にないはずの女性が優しく微笑んだ気がした。
「ペルソナッ!」
青い光が自分を包む。
衝撃波が巻き起こり、アンズーを跳ね飛ばす。
そして背後に現れる
「“パンタソス”!」
パンタソスは虚ろな黒いドレスを翻す。
長い髪に周りを漂う水。青い炎で隠された目元からは血の涙を流している。
四肢のない彼女は魔力をかき集め、アンズーへとぶつける。瞬間、大きな嵐を凝縮したかのような風がアンズーを切り裂いた。
「ギャアア!」
『ニヤリ』と嗤う。
倒れていないのならそれでいい。もう一撃だ、と放つ。
「【ガルダイン】」
「バ、バカナ…異能ニメザメルダト……グギャッ!」
こんどこそ、耐え切れないほどの風の奔流を食らいアンズーは細切れになった後消滅した。
モコイさんを片腕で抱えて道を歩く。
巣の主だと思われるアンズーを倒した後、景色は元に戻った。モコイさんの話は本当だったようだ。
「…アレ、ボク、生きてる?」
「生きてるよ。大丈夫? モコイさん」
抱えているモコイさんの目が覚めたらしい。
警戒するように周りをきょろきょろとみるモコイさんに頬が緩む。
「そんなことよりチミ! アンズーはどうしたの!」
「運よく倒せたよ」
そう言えば、モコイさんが驚いたような顔をした。
「ワオ、ミラクルが起きたんだネ」
「そんな感じかな」
会話が続いたのはそこまででモコイさんは詳しくは聞いてこなかった。
それが酷く心地よく、慣れてしまったこの関係に甘えているような気がして少し申し訳なかった。
他のみんなに隠し事をしているからこそ、余計そう思ってしまうのかもしれないけれど。