昼
京都市内
昨日は色んな意味で大変な目にあったが、露天風呂でのことは無かったことにして今日も今日とて夕方まで市内散策だ。夕方には京都駅に集合。そこから新幹線に乗って、辰巳ポートアイランド駅で解散となるため夜には巌戸台分寮へと帰ることが出来る。
昨夜の事だが、風呂からあがりお土産屋によくある機械で絞るソフトクリームをロビーで食べている時も岳羽に「女子と同じくらい肌綺麗だなんて詐欺ですよ、詐欺!」とか「なにかスキンケアやってます?」とか聞かれるのはすごく堪えた。
そんなものやってないし肌が綺麗に見えるのは日焼けしてないのと温泉のせいなんかじゃないかと思う。むしろ病的な感じがしてひ弱に見えるので自分はもう少し日焼けしたい。あと筋トレも。
山岸にも「先輩って女性の方みたいな綺麗な顔してますよね。あの、悪い意味じゃないんですよ…!」と今更ながらに言われたが女顔は湊もそうだ。
つまるところ湊が自分にそっくりなのか自分が湊にそっくりなのかはわからないが自分達が母親似なのは間違いないしそこは遺伝なので許して欲しい。
奏子は湊とは二卵生双生児で瓜二つという訳では無いが、どちらかと言えば父と母のいいとこ取りというか、可愛いパーツだけを集めた目に入れても痛くないパーフェクトに可愛い女の子だと思っている。身内贔屓が多分に含まれていると思うけれど、本当にめちゃくちゃ愛らしい。そりゃ中学やエルミンでファンクラブもできるわけだ。
結局、スキンケア云々を否定してマンゴー味のソフトクリームを舐めていれば美鶴さんにはなにか微笑ましいものを見るような目で見られるわ、奏子がからかいながらくっついてくるわで大変だった。
奏子を「彼氏がいる女の子が兄とはいえ異性に胸を押し当てるんじゃありません!」と叱れば「けちー」と言われる始末だし、奏子もそうだが彼女らは俺が男だということを失念していないだろうか。
いや、情けなくボロ泣きした姿を見られているので今更男だとか男じゃないとかの問題以前になってしまったが、脅威認定されていないというか、俺ならなんとかなりそうと思われてそうなのが若干ショックだ。
女性陣のこのメンツで彼女らが勝てない方がおかしいと言われたらそうですねと肯定せざるを得ないけど。
アイギスは黙々とアイスを食べて自分にはあまり近寄ってきていない様子だった。ただ、奏子や湊が自分に近寄ると僅かに眉を顰める様な表情をしているのを本人は気づいていないんだろう。そこはそのまま、気づかないままでいて欲しい。
昨日とは違い、今日は
休憩がてら紅葉がよく見える適当な茶屋風にレイアウトされている土産屋の軒先で自分と美鶴さん、高梨さんと朔間くんの4人で並んでありきたりだが茶菓子のほうじ茶クッキーと飲みやすくミルクと砂糖の入った甘い抹茶ラテに舌鼓を打っていればなにやらもじもじと美鶴さんが緊張している様子だったが意を決したように口を開いた。
「み、三上」
「なに? 美鶴さん」
「そろそろ、“三上”…と呼ぶのもなんだと思ってな。きみは私の名前を呼んでくれているのに私の方が名字だけというのも他人行儀だろう?」
確かに、美鶴さんの言う通りせっかく両想いになったのにこれまで通りと同じく名字呼びというのも他人行儀な気がする。
「だっ…だからっ! 呼び方を変えてみたい、と思…う」
「いいんじゃないかな」
なので肯定した。
美鶴さんが変えたいと思うのなら好きにしたらいいと思う。他人を呼ぶ呼び方くらい好きにするべきだ。それが蔑称とかでない限り。
「三上、と呼ぶのはやめにするとして、ゆ、優希さん…? 優希くん…? それとも、呼び捨てで……ゆ、ゆ、ゆ…」
考える美鶴さんの顔は蒸気を吹き出しそうなほど真っ赤になっていて、どんどん声は尻すぼみになっていっている。
これは助け舟を出すべきじゃないのだろうか。そうじゃないと美鶴さんはこのまま湯だってしまいかねない。
「ええと…呼び捨てが無理そうなら、まずは美鶴さんの呼びやすいあだ名とかで呼んでみるとかどうかな?」
「すまない…ゆかりの時はすんなり呼べたんだが、どうにもきみのこととなると上手くいかないようだ…」
「仕方ないよ、同性の友達と異性じゃ違うだろうし」
岳羽に対する呼び方が変わっているのも、あの告白の後なにかあったからだろう。
武治さんが亡くなっていないことによりなにか変わってしまうのではと危惧していた面はあったが、岳羽と美鶴さんは無事わだかまりを解消し、友人になれたようで一安心だ。
とはいえ、美鶴さんは呼び方に悩んでいるようだし緊張もしているみたいなので、こちらから手本を見せてリードした方がいいのではないかという気も芽生えてきた。
それと同時に小っ恥ずかしい気持ちが沸きあがる自分を落ち着かせて、小さく息を吸う。
そして、美鶴さんの顔をじっと見つめて口を開いた。
「──美鶴」
「ひゃい!」
…ひゃい?
「ぶべっ…!?」
ひゃいってなんだ? と思った瞬間、顔に濡れた布が押し付けられた。
………たぶん、これはおしぼりだ。
「だっ、だめだっ! それは反則だっ! 禁止する! 断りもなく突然呼んだら…しょ、処刑だからなっ!」
「え、ええー…」
頑張ってこちらも呼び捨てにしてみたのに、それがダメだったらしい美鶴さんに上擦った声と共におしぼりを顔面に押し当てられて視界が塞がれてしまった。多少理不尽と思ったが、恐らく美鶴さんもテンパって咄嗟にそうしたのだろう。自分も美鶴さんから先に言われていたら恥ずかしくて顔を逸らしてしまういらない自信がある。流石におしぼりは押しつけないが。
しばらくしておしぼりが離れ、先程よりも顔を真っ赤にした美鶴さんがふるふると震えていた。顔に熱が集まるような感覚から、こちらも恥ずかしさで今頃顔が真っ赤になっていることだろうがそれを確認することはできない。
「さっきのは例にしてほしかったというか…や、ごめん…そこまで嫌がらなくても…」
「…嫌と言うわけでは…ないが……私には、呼び捨てはするのもされるのもまだ早いようだ。すまないが、もう少しだけ心の準備ができるまで待ってくれないか?」
涙で潤んでいるようなその瞳に少したじろいで、慌てて弁明をしどろもどろになりながら口走れば首を横に緩く振られた。
嫌と言うわけではなく、単に恥ずかしいだけらしい。それなら、自分もそうなので拒否する理由もない。
「わかった」
が、正直なるべく早くが良いなあ、なんて我儘なことを考えてしまったりした。
ゆっくり待ってあげたい気もするし、そもそも呼ばれる前にこの関係が終わってしまうかもしれない。えてして初恋というものは実らないというか実を結ばないといったのは誰だったか。結んでるじゃんというツッコミはどこまで有効なのだろうか。婚約? それとも、結婚?
「いちゃつくのも結構だけれど、そろそろ休憩も終わりにしない?」
「いちゃついてはいないと思うんだけど…」
そんな変なことを考えていれば、さらっと高梨さんが飲んでいた飲み物を飲み切って、休憩をやめないかと提案してきた。ついでに、いちゃつくなと釘をしっかり刺してきたのでいちゃついていないと否定すれば「まったく…」と言いたげな呆れた顔をされた。
心外だ。
「そういうのを、いちゃついているというのよ。ねぇ、朔間くん」
「えあっ!? そ、そうだと思う。…たぶん」
朔間くんはどうやら裏切り者だったようだ。昨日から自分には味方がいないのか。
いや、内容にもよるが高梨さんに同意を求められて否定できるほどの度胸が自分や朔間くんにあるかと言われればないし、裏切り者と言うのは酷かったかもしれない。
「僕は三上くんが楽しそうならそれでいいけど…もう少ししたら休憩を終わりにしたいのは同じ気持ちだよ」
「それなら…あっ…」
「どうした?」
休憩を終わりにしよう、と言いかけて家に電話しなければいけない事を忘れていた。
土産のお菓子や漬物などを
一旦寮へと持ち帰って家へ届けるより、断然楽なので手間と苦労を金で買ったと思えば安いものだ。
けれど直接家に帰って家族に渡せない、こういうところは寮暮らしで不便だなと思うばかりだ。
「ごめん、家に電話しなきゃ。土産のこととかの連絡忘れてた」
「それなら、待っているから行ってくると良い」
「ありがとう」
美鶴さん達から離れ、物陰に背を向けてからポケットから携帯電話を出して電話帳から目当ての名前を見つけ、通話ボタンを押した。
何回かコール音がした後に相手が出る。家の固定電話にかけたのだが、どうやら家に養母さんか
『もしもし?』
「あ、
『優希? どうしたの?』
電話に出たのは養母さんだった。
養父さんは仕事だろうから、買い物かパートに行っていなければ養母さんがでるとわかりきっていたことだったが、養父さんが出たら出たで伝言を頼むだけだったので問題ない。
ちなみに養父母には日曜の内に朝倉先生からお墨付きをもらった件と元気になったことを伝えている。
なのでそういう話はしなくていいので楽っちゃ楽である。
すごく心配されたし元気になってよかったと泣きそうな声で言われたのと、心配させたことを平謝りしたのは記憶に新しい。
これから自分がやることによってはすぐに泣かせてしまうことになるけど。主に相続問題とか相続問題とか相続問題で。
生きていても死んでもそれがつきまとってしまうのでもうとんでもない。
「いま修学旅行で京都に来てて…っていうのは知ってると思うけど、その旅行のお土産、食べ物が多めだから帰って直接手渡しとかじゃなくて冷蔵便で送ることにした。時間は午前受け取りにしてるし家の電話に配達の連絡が来ると思うからちゃんと受け取ってね」
『お土産、楽しみにしてるわね。…そうだわ、優希も湊くんや奏子ちゃんと一緒に近いうちに帰ってくる予定はある?』
「俺はちょっと忙しいから今回は見送りかな。湊と奏子は…んー…どうだろう。また養母さんの方から電話してみて」
自分や湊と奏子も帰って来るんだろうかと訊かれるも、特にそういう話は出ていなかったと思うので濁す。湊と奏子も恐らくは帰らないだろう。
『そうなの? でも私の方から電話するのは煩わしかったりお節介とか面倒とか思われないかしら…』
「それくらい、そんなことないって。大丈夫大丈夫」
どうしていきなり養母さんはそんなことを言い出したのか。
少し引っかかるが、それを否定しておく。湊と奏子は十分養母さんや養父さんのことを父母として──とまではいかないが家族だと思ってくれているはずだ。
自分だって過去の記憶を思い出してもなお、実の両親は実の両親であるし、養父母は養父母ではあるが実の両親と同じかそれ以上家族としての情がある。
まあ、実の両親の元で過ごしていた年月は6年あるかないかなので実の両親より養父母と共にいる期間の方が長かったりするので当たり前といわれれば当たり前かもしれないが。
とにかく、湊と奏子は養父母に懐いていると思う。たぶん。
少なくとも、中学の頃に家に来た僅かに血の繋がりがあるらしい見知らぬ親戚よりかはよっぽどだ。そんな存在と養父母を比べるのもおこがましいかもしれないけれど、血の繋がりなんか関係なく、ふたりはきっと養父母の事を良く思っているはずだ。電話ひとつかけたくらいなんとも思わないどころか喜ぶだろう。奏子は目に見えて喜ぶし、湊も目に見えないながらも実は嬉しがってたりするので可愛いものである。
ただ、自分が正常ではなかった先週先々週になにかあったとすればその通りではないと思うが。
後でこっそり聞いてみるべきか。
「でも少し気になるし俺からもそれとなく聞いてみるね。もし養母さんが気まずいなら俺がかけ直すけど…」
『大丈夫よ? 思春期って色々あるじゃない? そういうことが少し気になっただけで大したこと無いの。ありがとう』
「そっか、それなら気にしないでおくよ。というか、俺にはそーゆーの、思わないんだ?」
悪戯っぽく茶化すように返事をすれば、電話の向こうで小さく笑い声がした。
『ふふっ、何言ってるの。たくさん、思うわよ。面と向かって言わないだけ。そうそう、倒れたばかりなんだから無茶はしちゃダメよ』
「うん。わかってる」
『ほんとかしら。…二学期もあと少しだけれど体調が本当に悪かったら気を遣わずに休学も視野に入れていいのよ。こっちに帰ってきても、御影総合病院があるんだから通院や療養だって出来るんだもの』
養母さんは真剣に自分の体調を心配してくれているようだ。そして、朝倉先生のお墨付きに僅かな疑念を抱いていたらしい。否、朝倉先生の診断に疑念を抱いていたというよりも、『今回』持病持ちであるが故に元気になったと言ってもそちらが原因で弱ってしまうもしくは突然死んでしまうという心配があるのだろう。実際、つい最近死にかけたのも間接的には幾月のせいではあるが直接的には持病の発作だ。
だからこそ、その出来事が喉元も過ぎていない今、養母さんは警戒しているのだろう。いや、警戒しているのは養母さんだけではない。恐らくは養父さんもだろう。
「……うん」
曖昧に返事をしてそのまま言葉を二、三回ほど交わして電話を切る。
ふと、顔を上げると道の方に人だかりができているのが見えた。なにかイベントでもあるのだろうか。
そうやって人だかりに割り込んで少し覗き込めばマイクやテレビカメラなどを持ったテレビクルーがいた。
「『ブラウンのぶらり観光散歩』! 今日のゲストはフレッシュな駆け出しアイドルのりせちーこと久慈川りせちゃんです!」
なんと、バラエティー番組の顔なタレントのブラウンと駆け出しアイドルだというりせちーが京都に来ているらしい。
というか、この人だかりの中にいた。
アイドルのりせちーの方はよく知らないが、ブラウンはテレビでよく見る今では居なくてはならないタレントだ。
特徴的な笑い声と寒ーいギャグ。それとくすりとするような幅広い小ネタでお茶の間を賑わせている。そして、看板番組も多い人気タレントでもある。
それとなく場を盛り上げたりフォローに回ったりとその気遣いも人気の秘密らしい。この前特集番組でそう解説されていたのを覚えている。
とはいえ、彼らの熱心なファンでもないし美鶴さんたちを待たせているのでそそくさと人だかりから離れ、元の場所へと戻る。
「ごめん、お待たせ」
「ああ、おかえり」
「三上くんおかえり」
「おかえりなさい。さ、三上くんも帰ってきた事だし、行きましょ」
三者三様の返事を貰い、次はどこに行こうかと話をしながら歩き出した。
夜
巌戸台分寮
やっと港区へと帰ってきた。
疲れてへとへとになりながら寮のラウンジに足を踏み入れれば、待っていてくれたらしいコロマルが尻尾をブンブン振りながら飛び込んでくる。
「わふっ! ワンワン!」
「ただいま、コロマル」
わしゃわしゃとその頭を撫で、顎をかいてやれば満足してないのかコロマルは奏子の方へと突撃していく。
「わん!」
「わははー! ただいまコロマルー!良い子にしてたー?」
「わんわん!」
「コロマルさんは『しっかり散歩と寮の番はしていた』と言っているであります」
「なるほどねー? 褒めて遣わすぞ~!」
アイギス翻訳のコロマルの言葉とそれを褒める奏子の声を聞き流しつつ、階段をあがる。
そして部屋に入って荷物の整理をして貴重品を置いて下に降りる。手に持つのは、寮内で渡すお土産だけでいいだろう。
下まで降りて、ダイニングで寛いている荒垣くんに声をかけて買ってきた漬物の入っている袋を渡す。
「はい、荒垣くん。これ。言われてたやつ。一応試食はしたから不味い物は選んでない…と思うけど、頼りないから荒垣くんの方でも味見しといてくれないかな?」
「おう、あんがとさん。…つーか、試食までするたぁテメェもいちいち律儀なやつだな。フツー、適当に買ってくるだろ、こういうヤツはよ。『どこで買っても変わんねえ』ってな」
「そうかな」
奏子だって湊だって食にはそこそここだわりがあるので試食や味見をする事が多い。
とはいえ、バナナが好きな奏子とは違い湊は不味くなければいい、程度なのでこだわりと言えるほどなのかはまた別かもしれないが。
そして自分も不味くなければいい、程度のこだわりくらいあるのだ。不味い美味いは好みによるところがあるので自分が正確かどうかはまったくわからないけれど、それでも人並みではあると思う。
「そうだっつの。アキのやつなんか…見ろ。プロテインだぞ? 意味わかんねぇだろ。なんで京都まで行ってプロテイン土産に買ってきやがるんだ」
「ノーコメントで」
予測はしていたがあきれ顔の荒垣くんの視線の先にあるプロテインの缶を見て何も言えなくなった。しかも3缶もだ。『いつも』なら1缶だけで我慢している(らしい)のに、今回に限ってどうして3缶も買ってきているのか。というか、帰りに少し財布の中を覗いて青い顔になっていたのはプロテインや土産を買いすぎて結構ギリギリだったからだろうか。
「天田にも土産だっつってプロテインを渡してやがる。…ったく、あいつのプロテインジャンキーはそろそろ矯正しなきゃなんねーかもな」
やれやれといった顔で肩を竦めた荒垣くんはそのまま漬物をパックに小分けし始めた。
天田くんにプロテインはまだ早いんじゃないんだろうかと思いつつも自分も天田くんに渡す土産が残っているし、ラウンジに置いておきたいものもあったのでテーブルの方へと向かえば天田くんは伊織や湊と一緒にそれぞれが買って来たらしい土産を見ていた。
「つーわけで、天田少年にはオレっちからコレ。ご当地フェザーマンキーホルダーよ!」
「わあ、ありがとうございます!」
伊織から新選組の羽織を着たフェザーマンのキーホルダーを貰って天田くんは喜んでいた。
と、同時に自分のチョイスが被っていないことに安心した。安直にキーホルダーを買わなくて良かった。
続いて、湊ががさごそとそれなりに大きな袋を差し出した。
「僕からはこれ」
「……? あ、ご当地フェザーマンTシャツ!?」
不思議そうな顔でそれを受け取った天田くんが袋から中身を出せば、白い布地にフェザーイーグルの金箔押しマスクのイラストがプリントされたTシャツが顔を出した。
背景には京都の名所がデフォルメされたシルエットで並べられており、ダサいのかオシャレなのかよくわからない絶妙なデザインになっている。
天田くんが幼稚園もしくは小学校低学年くらいなら着ていても違和感は無かっただろうそれは些か手に入れるのが遅すぎたかもしれない。ただ、ファンからすればコレクション品として価値あるお土産なので湊のチョイスは何ら間違っていない。
「…これは、外で着るにはちょっと恥ずかしいですね…でも、大切にします!」
「よかった。天田が気に入ってくれて」
天田くんは恥ずかし気に頬を掻いてから、満面の笑みでそれをきれいに畳んで大事そうにそれを抱えた。
すごくうれしそうで何よりだ。湊も安心したように笑っている。
その空気を壊したくなかったのでさりげなく近寄って、ラウンジのテーブルに紙袋を置いておく。
「天田くん、ここに天田くんへのお土産置いておくね」
「あ、ありがとうございます。後で見ますね」
「うん。お菓子だけど食べ過ぎないようにね」
そうやってあまり気にせずに言った言葉に天田くんは耳聡く反応してすこしふくれっ面になる。心外だ、と言わんばかりに。
「そんなに食べませんよ。順平さんじゃないんですから」
今度は天田くんの発した言葉に伊織が目を剥いてあんぐりと口を開けた。
「オレじゃないからってドユコト!? オレっちそんなにだらしなく見えるワケ!?」
「…否定はしません」
「うん。しないね」
自分は何も答えなかったが、確かに伊織はだらしない。というか部屋がめちゃくちゃ汚い。汚部屋だ。美鶴さんが『強盗が入ってきて荒らした』と勘違いして黒沢さんを呼ぶくらいには。
天田くんと湊がほぼ同時に頷いたのも納得である。日頃の行いだ。日頃の行い。
日頃の行いといえば露天風呂云々の話は口止めしておいたので2度と語られることはないだろう。というか、無かったことにしてほしい。あわよくば、影時間が消えた時の記憶修正でなんとかならないだろうか。結局、卒業式の日には残念な記憶が蘇ることになるけれども。
「ひっでえ!!! 三上センパイはどうスか!? そんなことないっスよね!?」
「……ノーコメントで」
「あっ逃げた!」
こういう時は作り笑いをして逃げるに限る。
留まったせいで面倒ごとに巻き込まれるのはもうごめんだ。というより、自分はもともとこういう人間なのだ。
事なかれ主義で目立ちたくない。何事もなあなあにしがちで自分本位な面倒くさがり。
優しいとか面倒見がいいという評価からはかけ離れている。
ふにゃふにゃと曖昧なので自分の芯というものがなく、マーガレットから訊かれたように「お前はなんだ」と言われると答えにくいものではある。が、そんな答えを明確に持ち合わせている方が少なくないだろうか。俺は俺だ、で良くないだろうか。それ以外に何があるのか。
いまは、厳密に言えば違うけれど。
もしかしてマーガレットやあの部屋の住人は知っていたのだろうか。
……。
いや、考えるだけ無駄だ。もう自分はベルベットルームに招かれることは無いだろうし、
嫌なことは考えないに限る。
ラウンジで適当につまんで貰う用の八ツ橋の箱を開封して中身が見えるように置いておく。そしてメモ帳を出して「ご自由にどうぞ」と書いて小分けパックに梱包されている八ツ橋の上に置いた。
自分がだらだらとラウンジで食べる用でもあり、良ければお茶を飲む時の共にでもして貰えればそれでいい。
明日からちびちび食べよう。
唐突に、ぶるぶると携帯が震えた。
新幹線に乗っていたので今までマナーモードにしていたのをすっかり忘れていた。
どうやら朝倉先生から着信のようだ。なんの用なのだろうかと考えながら階段をのぼり、踊り場で立ち止まって通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『…おう。オレだオレ』
「オレオレ詐欺の電話なら切りますけど」
案の定、電話の主は朝倉先生だった。たまに、ジンやイズミくんが朝倉先生の診療所の電話を借りてかけてくることがあるので電話の主が違う場合があるのだ。それはそうと、突然「オレだオレ」と言われたらオレオレ詐欺かと思うのも致し方ないだろう。冗談だが。
『オレオレ詐欺じゃねーっての! なんつーか、オマエ最近このパーフェクトなオレに容赦なくねーか? もうちったぁ敬えや!』
「いやいや、そんなことないですって。先生の気の所為なんじゃ?」
『…ま、オレは寛大だから気の所為って事にしといてやるよ。聞くが、明日ヒマか?』
鋭いツッコミを披露した朝倉先生は冗談だと分かっているのかあっさりとそれを流した。
さて。明日暇か、と問われれば暇だ。
学校があるが放課後の予定は何も無い。修学旅行後すぐなので皆もタルタロスに行くという訳では無いだろう。
「暇ですけど…あ、もしかして高級出前寿司奢ってくれるんですか!? やったー! ご馳走になります!」
『ちげぇよバーカ! てかオマエいつまでそれ根に持ってんだよ!!! 血液検査の結果が出たから聞きに来いって話だっつの! ついでにウチに2泊しろ』
「へ」
電話じゃダメなんだろうか。
そんな自分の心を読んだのか、朝倉先生が少し言い淀みつつも説明してくれる。
『あー…ちょっとな、検査結果がな。2泊しろっつーのは別件でタカヤがゴネたからだな』
「じゃあ、タカヤも枕投げしたかったとかそういう…」
曖昧に結果をはぐらかした朝倉先生が告げた外泊の理由に首を傾げる。タカヤがそういうことを言うなんて珍しい。意外と普通な願望があるのだろうか、と思うがそれは即座に朝倉先生に否定された。
『いや、流石にそれはねーだろ…ねぇよな…? もし枕投げしたいって言われても暴れんなよ?』
一応ここ、病院だからな、とタカヤとこちらに対する信頼が揺らぎまくってる朝倉先生が不安げに告げる。
流石に枕投げはしない。言われてもしない。そもそもタカヤはそういうアクティブなタイプではなかった。残念。
ただ、外聞もプライドも投げ捨て本気で枕投げをすればどうなるか。最悪、部屋が荒れるだけでなく窓でも割れそうだ。ついでにホコリで噎せて体力を使い果たしてぶっ倒れる。真田くんと卓球をした時のように。
「しませんって。してもお土産話くらいで……あっ、修学旅行のお土産そっちに持っていきますね」
『おう。楽しみにしてるわ』
明日は学校帰りに寄ろう。そう決めて、電話を切る。
22日にあるストレガによる襲撃も、今回は起こり得ないので安心して泊まることが出来るだろう。ペルソナが使えない身体だからどの道警戒していても意味が無いというのは置いておいて。
「…ふぅ」
朝倉は携帯電話を仕舞うと小さく息を吐いた。
「なあ、ナオリン。さっきの話はマジか? 正直なところ、信じたくねぇってのがホンネなんだが」
振り返った朝倉の表情は固い。先の電話でも、平静を装えてたかどうかすら怪しかったのだ。そして、そんな朝倉の視線の先にいるのは藤堂尚也だった。
彼は、産院で聞いた話を南条に通さずに、まずは朝倉へと持ち寄ったのだ。ちょうど、朝倉が血液検査の結果に眉をひそめている時に。
「…こういうことになるから、ブンヤに話そうかは迷った。けれど、知っておいた方がいいだろ? きっと彼は──」
「言うんじゃねぇッ! アイツは……アイツは……ッ! 絶対人間に決まってる! こんなモン、何かの間違いだ。そうに決まってらぁ!!!」
その言葉と共に、朝倉は片手に持っていた紙を握り潰した。
「そんな“結果”が出てるのに?」
それでも。尚也は腐れ縁の学友に現実を突きつける。
逃げてはいけない。逃げさせてはならない。
血液検査の結果、『彼』の血液からペルソナの制御剤に使われているとされる正体不明の悪魔の血液と全く同じ成分に『置き換わっている』事が判明した。
同じモノと表現した方が良いか。
つまるところ、悪魔化していると言えなくもないのだ。ただそれだけなら、イズミのように制御剤の服用で身体が蝕まれたとも取れるだろう。
だが、朝倉にもたらされた『本物の有里渚という人間は産まれる前に死んでいる』という話。それがあるためにそこから導き出される答えはひとつに近い。
『彼』が無害ならいい。しかし、
いつ、“真実”に気がついて気が狂れるかわからない。そしてもし、その時その化けの皮が剥がれれば?
恐らく、取り返しのつかないことになりかねない。低級の悪魔だろうがなんだろうが、人を食い荒らさない保証は無いのだ。そして、成り代わった意図もわからない。目的が不明なのなら、監視して縛っておくしかない。そして必要なら殺す。
それが大人として、力を持つものとして出来る最大限の努力だった。
タカヤが伝言を頼んだ2泊に関しては全く別の話のようだが。
だが、朝倉は首を横に振った。認めたくなかった。認めてしまえば、『彼』の感情まで否定してしまうことになる。
「…アイツが死んだはずの人間に成り代わった悪魔だなんて、そんなわけ、ないだろ」
そう。
ここまで『彼』が本当は悪魔なのかもしれないという前提で話しているが、もたらされた情報が両方とも間違っている可能性だってある。朝倉とて、尚也を信用していない訳ではなかったが今回ばかりは信じられない。
イズミのように何か異常があってこのような血液検査の結果が出ているのかもしれない。
あれだけボロボロに傷ついて、それでも前に進もうとする人間らしさの塊である気狂いが、人間でないはずがない。なにより弟妹や周りを想う感情こそが『彼』を『彼』たらしめているモノだというのに、それを否定されてしまえば『彼』はどうなってしまうというのか。こんな事実が本当だとしたらあまりにも報われないだろう。
だからこそ、朝倉は嘘だと信じたかった。そう、
「…俺もだよ」
尚也も、祈るように小さく呟いた。
目を伏せ、しばしの沈黙の後にもう一度尚也は口を開く。
「……ブンヤ、ドッペルゲンガーって悪魔は知ってるよな?」
「知ってるっつの! 散々オレらが高校ン時に硝酸を舐めさせられた相手じゃねーか! いま、そういうのは関係ねーだろ!」
ヤケ気味に叫んだ朝倉の声量に顔を僅かにしかめながら、尚也は表情を真剣なものにした。
「それが、あるとしたら?」
「は?」
あくまでも仮説だが、と前置きして尚也は語り出す。
「ドッペルゲンガーは本体とは別の場所に現れ本体の目の前に現れた時には本体が死ぬっていう内容の都市伝説なのは知ってるよな。元々は自分の姿を自分で視る幻覚の一種とも言われてる。日本では影法師という名前の悪魔が昔から居たがそれに近いらしい。似てる存在だと
尚也から語られたドッペルゲンガーの情報は朝倉ですら知っているありふれたものだった。
「それくらい知ってるっての。…で、それがどうしたんだよ」
「……なら、ドッペルゲンガーは、本体を殺し本体になり変わろうとするという説も流行ってるのを知ってるか?」
「まあ…流行ってるっつーか、たまにそういう案件に携わってるサマナーもいるくらいだしな。話には聞いてる」
うんうんと朝倉が頷けば、尚也は続きを話すために息を吸った。口が乾いてきたのか、インスタントコーヒーの入ったコーヒーカップについでのように手を伸ばす。
「“本体”よりも自らの方が優れている。“本体”より自分の方がもっと上手くやれる。辛いなら、変わってやろう。そうやって、本体となりかわろうとするんだってさ……これ、どこかで聞いたことないか?」
「それって…ナオリンの兄弟の…ああいや……」
はた、と提示された言葉の共通点に気がついた朝倉は言いかけて言葉を濁した。
しかし尚也はコーヒーを1口飲むと気にした様子もなく更に続ける。
「別にいい。あのカズヤも、俺のうち捨てた感情という意味では死人だった。そして『本物の彼』も死人だ。ならカズヤと同じく誰かが意図して死人を甦らせたとみるのが正しい気がしてるんだ。カズヤと違ったのは、本当に『本体』が既に居なかったことだろうけど」
甦らせた。
その言葉は朝倉にとってえらく荒唐無稽だった。
反魂とはそう易々と出来るものでは無い。完全に事切れていないならまだしも、既に死体となった人間を甦らせるのはそれこそ神にしか無理な所業だ。それも、多大な対価が必要になる。
「甦らせたっつっても…あの世界と違ってここは現実だぜ? なんでもかんでも創造主サマの思い通りって訳にゃいかねーだろ。赤ん坊とはいえ人間ひとり甦らせようと思えばどれだけの生贄がいるんだか…想像もしたくねぇしただの赤ん坊相手にそんなことして利があるやつなんているのかよ?」
朝倉の問いに尚也は頷いて懐からひとつの古めかしい本を取り出した。
ボロボロの紙に掠れた字。どこからどう見ても年代物の冊子である。
僅かに、かび臭い匂いがして朝倉は顔を顰める。
「なんだよそれ」
「反魂の術の方法が記された書物だ。安倍晴明の時代から連綿と続く安倍家由来の禁忌の術も載ってる」
「っ!?!?!!!?!? バッカやろっ! テメェ…なんつーもん持ってきてんだ!!!」
朝倉は尚也のとんでもない暴露に口直しに飲もうとしていた砂糖とコーヒー粉末のどろりとした練り物と化している物体を口から吹き出しかけた。
安倍家由来の書物。つまり陰陽師の大御所の家の国宝として保管されるか悪魔の専門家であり陰の国家機関でもあるヤタガラスが封印するレベルのとんでもない書物を持ってきたと告げているのだ。
ちなみにヤタガラスが陰なら陽は龍脈の操作に長けた峰津院家が牛耳る『気象庁・指定磁気調査部』である“
かつてはヤタガラスに属していたその家も、今では別れ似たようであり別の役目を果たしているという。
朝倉にとっては彼らの言う龍脈に繋がるアマラ経絡だのアウラゲートだの、星を喰らうマガツボシの予兆だのアカシックレコード理論云々はまったくわからなかったが、高尚な存在には何かしら常人では理解できない何かがあるのだろう。そしてそれらに関係することを管理しているということも。
朝倉は悪魔や超常の存在と関係を持つにあたってそんなあきらめを持っていた。
「んで、なんで持ってきたんだよその危険物」
「資料として必要かと思って」
いけしゃあしゃあと悪びれず、サラリと言ってのけたこの悪友に、朝倉はうへえとげんなりした顔をした。昔から彼はそうなのだ。クールでしっかりしているかと思えばはしゃぐ時ははしゃぐし抜けてる時はとことん抜けている。だからこそ、朝倉やマーク、ブラウン、あやせ、それに城戸といった真面目ではない生徒とも付き合いがあったとも言えるが。
「あー…忘れてたけどナオリンそういうタイプだもんな。雪の女王ン時も──もごぐっ」
言いかけた朝倉の口に、尚也はおやつ代わりのチョコチップスティックパンをねじ込んだ。
ドロドロの砂糖とコーヒーの混合物に比べ、程よい甘さのそれが疲れた脳にしみ渡る。
「その話はやめよう。不毛だ…」
「もぐもぐっ…んぐっ…そうだな…やめとくか。つか、あん時ナオリンに絡んで『この箱開けちまおうぜ!』って面白がって騒いでたのオレだわ…それを考えりゃ同罪もいいとこだったな。いやー若気の至りってこええな…」
朝倉にとっても散々な思い出であるので満場一致で語りかけた話を無かったことにした。とても平和的である。
犠牲を出すことなく解決したからこそ、こうしてただの黒歴史となっているのはもちろん分かっていた。なので、会話の上では無かったことにできるのだ。
「その本はヤバい事にならねーうちにさっさとヤタガラスに渡しとけよ。で、だいたい察しはつくが話してもらおうじゃねえか」
ニヤリ、と朝倉はあくどい笑みを浮かべた。もうやけっぱちである。
何が来ても驚かねぇぞ、と。
「──最初は、父親の独断かと思った。けど、
「ふたりいた? どいつとどいつだよ」
訝しげに朝倉は顔を顰めた。驚くほどではないが、気にはなった。
尚也の調査がここまで長引いたのは容疑者が1人から2人に増えたせいである。と、言うよりかは有里朔也がなかなか足取りを掴ませなかったから、というべきか。18年前の出来事だということを加味しても、そんな事実がなかったのかもしれないと思えるほどに痕跡が上手く隠されていたのだ。
最初は、遺体を持っていった父親である有里朔也がなんらかの代償を差し出し反魂の術を実行したのだと思ったのだ。
独学で悪魔と取引をして。
だが、調査を進め足取りを追ううちにそうでは無いと分かった。
有里朔也は巧妙に偽装をして、義父である倉橋翁の元へ向かっていたのだ。
その件に関して倉橋邸を訪ねた際にヤタガラスと少々事を構えかけたが、別件で調査に来ていた相手の女性サマナーが実力もあり話のわかる人間だった為にその小競り合いは起こる事無く済んだのは幸いとも言えるだろう。
そして、何が起こるかわからないからとそのクズノハの女性サマナーと共に行動することになった尚也は、倉橋翁の遺した屋敷の蔵の地下にあった隠し部屋でこの古書と翁の日記、反魂の術を行使したらしい儀式の跡を見つけることに成功した。
「甦らせたのは、彼の祖父である倉橋黄盛。そして父親である有里朔也のふたりだったんだ」
「は…? ああ、そうか、父親と爺さんならそりゃあ産まれてくるはずだったガキを生き返らせたくもなるわな…」
朝倉は納得した。方法は褒められたものでは無いが家族の情が根底にあるならば、それは悲劇だ。
意図も何も生き返らせて利用しようなどという事ではなく、『
その結果が、これだ。
非正規の手段で悪魔の力を借りた人間が、幸せにならないというのは迷信ではないらしい。実によく見るパターンだ。
しかし反魂の術だって完璧では無い。古文書にのみ伝わっていた不確定なものだ。
生き返らされた『彼』も生き返った訳ではなく、捏ねた土塊に人格を反映しているだけなのだとしたら。
ただの、人間のフリをしている
それこそ、神や悪魔の力を借りない限り人間として完全に蘇生することなどできないためにそんな可能性だってあった。
そこまで考えて、もしかすれば、と朝倉はある予測を立てる。
有里朔也と倉橋黄盛が反魂の術を実行したのだとして、その保険として悪魔も呼び出し願いを叶えたのだとしたら。
その対価はもしかすれば、と。
「ナオリン、もしも、もしもだ。アイツ自身が悪魔なんじゃなく、
「……どうして、そう思う?」
射抜くような訝しげな尚也の視線にたじろぐ事無く朝倉は言葉を紡ぐ。
「いや、なんとなくだ。もしアイツが本当に悪魔だとして、だ。悪魔の方が反魂の代償に甦らせた身体を間借りしているとすれば。アイツをスケープゴートとして利用してるなら、アイツ自身が消耗しきって苦しんでるのにも理由がつく。ついでに、アイツが無意識にソイツを抑えていると仮定してみろ…!」
「彼を殺すのは逆に悪手かもしれない、という訳か…」
「ああ。身体っつー器がぶっ壊れても、それを利用して好き勝手する悪魔はこれまで何度も見てきたからな」
どうして、朝倉はただの患者である『彼』を擁護しようとしているのか、自分でも分からなかった。
だが、これまでにそうやって人間社会へと紛れ込んだ悪魔はよく居た。悪魔にとっては肉体だけが大事なのではなく、肉体に含まれるマグネタイトも重要で、器が壊れたくらいは本来の自身が顕現する足がけ程度でしかないだろう。本来の人格が邪魔するならば尚更、死んで欲しいと思う者もいるという訳だ。死ぬ時に発する強烈な感情からなる物質──マガツヒも悪魔にとっては有り難い代物なのだから。
対価が反魂でないにしろ、召喚者の体を乗っ取ってクズノハのサマナーが振るう一刀の元に切り伏せられた悪魔は数しれない。
もしくは、カードにされてマハ・ラギオンで燃やされたか。
とにかく、そういう悪魔は珍しくないのだ。
となると、『彼』は一方的な被害者とも言える。
勝手に生き返らされ、気がつかないうちに身体が徐々にヒトでなくなってしまうなど、あんまりにもあんまりだ。
結局、いくら話し合ったところで真相など分かるはずもないので朝倉と尚也は悪魔が巣食っているのなら取り除く。それが無理ならしばらくは『彼』を刺激せずに見守るという結論に至った。その結果、彼の中の“悪魔”が暴走すれば必ず殺すと決めて。